Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ルーン文字はただ刻むだけでは意味がありません。正しい場所に、正しい順序で、正しいルーンを刻むことこそが大切なのです。では、目の前の石に黒板通りのルーンを刻んでみてください。上手くいけば夏に活躍する冷気を放つ石になるはずですよ。」
バブリングの無感情な念仏を聞きながら、アンネリーゼ・バートリはうんざりした気分で彫刻刀を手に取っていた。ルーン文字というか、今のところは石材加工の授業に近いぞ。
春が目前に迫ったホグワーツでは、比較的穏やかな日常が続いている。クィディッチの一件以来、吸魂鬼は城内に足……というかマントの裾を踏み入れてはいないし、ハーマイオニーの『超過密』スケジュールも『そこそこ過密』にまで改善された。逆転時計を返しに行った時はマクゴナガルも安心したような表情になっていたそうだ。だったら最初から渡すなよ、まったく。
ついでに言うと、クィディッチの勝利のお陰で寮全体の雰囲気もかなり良好になっている。ハリーの解説によれば、次の試合でレイブンクローがハッフルパフを破れば優勝杯に手が届く確率は更に上がるらしい。結果としてグリフィンドールは青色の横断幕を作り始める始末だ。昨日の敵は今日の友か? 忙しないにもほどがあるぞ。
とはいえ、問題もまた残っている。まったく足取りの掴めないペティグリューはいよいよ毛玉の餌になった説が濃厚になってきたし、ハーマイオニーとロンの冷戦も講和条約を結ぶには至っていない。後はまあ、ヒッポグリフの裁判が迫ったり、ハリーが暴れ柳に突っ込んだ箒の後継者を決め兼ねたりしているが……うん、それはどうでもいいな。
ちなみにブラックも姿を見せる気配はない。レミリアを警戒しているのか何なのか、あれ以来フランにさえ連絡を入れてこないのだ。……野良犬生活が気に入ってしまったのかもしれんな。きっとゴミ漁りを楽しんでいるのだろう。
アズカバンと野良犬のどっちがマシかを考えながら石をゴリゴリ削っていると、几帳面に下書きをしているハーマイオニーが声をかけてきた。
「ねえ、リーゼはマーガトロイド先生に連絡を取れるわよね? 一緒に住んでるわけだし。」
「アリスに? そりゃあ取れるが、どうしたんだい?」
「その、裁判の付き添いをお願い出来ないかしら? ハグリッドも頑張って判例なんかを覚えようとしてるんだけど……あの様子だとちょっと不安なのよ。何て言うか、当日は緊張してダメダメになっちゃいそうなのよね。」
うーむ、容易に想像できる話だ。図体のくせに小心者のハグリッドが、緊張してまともに抗弁できないのは目に見えている。論戦ならプライマリースクールのガキにすら勝てまい。オロオロしながら白旗を振るに決まってるぞ。
六歳のガキに論破されてうるうるしているハグリッドを想像する私に、ハーマイオニーが羽ペンを置いて言い募ってきた。
「マーガトロイド先生はハグリッドと親しいみたいだし、あの方なら裁判だって上手くやれるでしょう? なんとかお願いできない?」
「まあ、そつなくこなすだろうね。……分かったよ、手紙で知らせておこう。文句は言うかもしれないが、多分手伝ってくれるんじゃないかな。アリスはなんだかんだでハグリッドに甘いしね。」
ぐちぐち言いながらも手伝うに違いない。アリスとヴェイユ。ハグリッドは良い先輩を持ったものだ。私の『先輩』吸血鬼など性悪ばっかりだぞ。
「よかったわ。これでバックビークも安心ね。」
うんうん頷きながら再び下書きを始めたハーマイオニーに倣って、私も忌々しい削りカスを量産する作業に戻る。……この授業は時間割から消すべきかもしれんな。私はカッコよくルーンが使えるのをレミリアに自慢したいのであって、石像を素早く作れることを自慢したいわけではないのだ。
きっとパチュリーの時代はもうちょっと『理論』に重きを置いた教師だったのだろう。でなきゃあの紫もやしがこの授業をオススメするはずなどあるまい。心の広い私ですら我慢の限界なのに、『根暗のノーレッジ』が耐え忍んでいたとは思えんぞ。
夏休みに帰ったらパチュリーに文句を言おうと誓いながら、三つ目のルーンへと取り掛かるのだった。
───
そして『石工学』の授業も終わり、昼食時の大広間へと足を踏み入れると……おお? グリフィンドールのテーブルに人集りができている。双子がいたら糞爆弾を投げ入れずにはいられないような光景じゃないか。
うーむ、クィディッチ関連の何かが起きたに違いない。なんたって、ここからでも魔理沙の歓声やらウッドの奇声やらが聞こえてくるのだから。ウッドあるところにクィディッチあり。これはホグワーツで学べる真理の一つなのだ。
「何かしら? マルフォイたちが出場停止になったとか? 『吸魂鬼ごっこ』は罰則だけで済んだんじゃなかった?」
「死ぬほどキツい罰則だけどね。それに、スリザリンのシーカーが出場停止だとしたらあの程度じゃ済んでないよ。そんな知らせを受けたウッドは嬉しすぎて心停止を起こすはずだろう? 生きて奇声を上げてるじゃないか。」
「それもそうね。まあ、ゴーストになっていつまでもキャプテンをやられたら堪らないわ。ウッドには生きて卒業してもらわないと。」
「どうかな。このまま負ければショックで死ぬだろうし、今年も三連覇が叶えばそれもそれでショック死するだろうさ。今のうちからどこに取り憑かせるかを決めといたほうがいいかもね。」
ハーマイオニーと凄まじくバカバカしい話をしながら近付いてみれば……まーたキミか、ハリー。騒ぎの中心はいつも通りに生き残った男の子のようだ。今度は何をやらかした?
「咲夜、何があったんだい? 」
人集りを横目に昼食を食べている咲夜に聞いてみれば、彼女は慌ててプチトマトを飲み込みながら説明してくれる。蛇じゃあるまいし、丸呑みはダメだぞ。
「んむ……リーゼお嬢様。よく分かんないんですけど、ポッター先輩に箒が贈られてきたみたいなんです。ファイアボルト? とかいうやつが。」
「箒が? とうとうハリーは殉職した箒の後継者を決めたのか?」
「いえ、注文したわけじゃなくって、誰かからの贈り物らしいんです。すっごく高い箒だそうなので、みんなで誰が送ってきたのかを推理してるみたいですよ。」
なんじゃそりゃ。現代の足長おじさんというわけか? ハーマイオニーと顔を見合わせて首を傾げていると、私に気付いたハリーが声を放ってきた。物凄く嬉しそうな表情じゃないか。哀れなニンバスは既に頭の中から消え失せたらしい。
「リーゼ! 今朝話そうと思ってたんだけど、君は談話室にも朝食にも居なかったから……ほら、手紙だよ!」
「ちょっと用事があってね。……しかし、手紙? 私にかい?」
今朝はスネイプと一緒にネズミ狩りをしていたのだ。……まあ、いつも通りに無辜のネズミが数匹犠牲になっただけだったが。いちいち解呪を試みるのもいい加減うんざりだぞ。ただのネズミだと分かった時の遣る瀬ない空気。あれだけはいつになっても慣れん。
ルーピンもそれなりに熱心だが、スネイプもかなりの時間を割いてペティグリューを探している。ブラックのためというよりかは、リリー・ポッターの仇ということで必死なのかもしれない。一途な横恋慕か。見てて哀れになってくるな。
ちなみに毛玉ちゃんも最近は付いてくるようになってしまった。私たちが楽しい狩りをしているのに気付いてしまったようだ。……かなりの捕獲スコアを誇っているだけに文句は言えんが。
ネズミ狩り名人となりつつある毛玉・陰気男コンビのことを考える私に、ハリーが頷きながら返事を寄越してくる。
「うん、ファイアボルトの包装紙にくっついてたんだ。これ、リーゼのことでしょ? ……開けてみてよ。誰が贈ってくれたのかが分かるかもしれない。」
言いながらハリーが差し出してきた手紙には……ふむ、『黒髪の吸血鬼殿へ』ね。随分と迂遠な宛先の書き方じゃないか。ハリー経由で渡そうとするあたりがなんとも奇妙だ。
いつの間にか私を囲んでいる大量のグリフィンドール生たちに見守られながら、手紙の封をそっと開く。彼らは差出人が気になって仕方がないようだ。そんなに凄い箒なのだろうか? 私から見ればニンバスと同じようにしか見えんぞ。
呆れつつも中に入っていた安っぽい羊皮紙を取り出してみると……おや、ネズミよりも先に犬コロがコンタクトを取ってきたらしいな。野良犬生活にとうとう見切りをつけたか。
『パッドフットよりピックトゥースへ。プロングズが君に初めて感謝した場所で会おう』とだけ書かれているのが見えてきた。ピックトゥースというのはフランのことだったはずだ。私には分からんが、恐らくフランにならこの言葉の意味が理解できるのだろう。
……しかし、何故ルーピンでもダンブルドアでもなく、一切関わりの無い私に接触してきたんだ? 面識どころか私の存在を知っていたかも怪しいはずだぞ。
文面から見るに、私とフランの繋がりにも気付いているようだ。でなきゃフランにしか伝わらないような暗号では書かないだろう。吸血鬼繋がりってことか? ……いや、それならレミリアと繋がってることも想像できるはずだ。
うーむ、分からん。手紙を前に首を捻っている私に、ロンが待ちきれないとばかりに話しかけてきた。
「誰なんだ? リーゼ。この最高のプレゼントをハリーに贈ったヤツは。」
「んふふ、残念ながらよく分からないね。差出人は書いてなかったよ。」
まさかシリウス・ブラックからのお手紙でしたと言うわけにはいくまい。あの男は今でも一応指名手配中なのだ。
とはいえ、そろそろハリーには真実を伝えておく必要があるだろう。私が伝言を伝えればフランはブラックと接触するだろうし、となればこちらが味方であることも伝えられるはずだ。ふむ、それから考えればいいか。
「書いてなかったのか? それじゃあ、何の手紙だったのさ。ヒントっぽいものも無し?」
「ああ、無しだ。まあ……ありがたく受け取っておいたらいいんじゃないかな。ちょうど良いタイミングだったんだろう?」
残念そうに項垂れるロンに返事を返してから、興味なさげな咲夜とハーマイオニーの間に座り込む。……一番可哀想なのはロンかもしれんな。
ハリーが真実を知れば、当然ロンにも話すだろう。……見知らぬおっさんと一緒のベッドで寝ていたという真実を。私ならショックで死ぬかもしれんぞ。聖マンゴの精神科医に予約を入れといたほうがよさそうだ。
再びグリフィンドール生たちと推理し始めたロンに哀れみの視線を送っていると、サンドイッチを手にしたハーマイオニーが口を開いた。何故か物凄い胡乱げな目つきだ。
「ねえ、あれって……危険じゃない? 凄く高価な箒なんでしょう? ひょっとして、ブラックがハリーを殺そうとして送ってきたのかもしれないわ。クィレルもドビーもクィディッチの時を狙ってきてたじゃない。」
「ドビーは『命を助けようと』してたんだけどね。」
うーむ、名探偵の素質はハーマイオニーの方が上だな。ニアミスじゃないか。思わず苦笑を浮かべる私に、ハーマイオニーは自分の考えを整理するかのように言い募る。
「そうよ。差出人不明の高級箒だなんて怪しすぎるもの。……私、マクゴナガル先生に伝えてくる! きちんと調べてもらわなくっちゃ。」
返事も聞かずにサンドイッチを手にしたままで走り出したハーマイオニーを見送って、ミートボールの皿を引き寄せた。マクゴナガルも既に真実を知っているのだ。適当に説得するか、もしくはちょっと調べるフリをして終わりだろう。
ついでにステーキは無いかと大机を見回し始めた私に、咲夜が心配そうな表情で話しかけてくる。……お肉が食べたいのか? 言えばいくらでも分けてやるぞ?
「あの、リーゼお嬢様? ハーマイオニー先輩とロン先輩は喧嘩してるんですよね? それも、物凄い大喧嘩を。」
「ん? ああ、そうだね。それがどうかしたのかい?」
違ったか。葉っぱばかりを皿に盛っている咲夜に聞き返してみると、彼女は困ったような様子で続きを話し始めた。
「それなら、ハーマイオニー先輩のせいで箒を取り上げられたらマズいんじゃないですか? ロン先輩の様子を見る限り、すっごく怒ると思うんですけど……。」
「それは……うん、その通りだ。マズいな。」
確かにそうだ。あの喜びっぷりを見るに、一時的にでも取り上げられればいい顔はすまい。喧嘩中のハーマイオニーが原因となればなおさらだろう。冷戦の新たな火種になっちゃうぞ。
ニコニコ顔で魔理沙と箒談義をするロンを見て、アンネリーゼ・バートリは頭を抱えるのだった。