Game of Vampire   作:のみみず

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マダム・フロッグ

 

 

「つまり、シリウス・ブラックは無実だと? ……なんとも唐突な話ですな。」

 

執務机越しに腕を組むスクリムジョールを見て、レミリア・スカーレットはゆったりと頷いていた。

 

場所は闇祓い局の局長室だ。他より少し広めのオフィスルームには、スクリムジョールの気質を表すかのように飾り気の無い装飾がなされている。執務机、書類庫、本棚、タイプライター、私が座っている来客用の椅子。あとはまあ、申し訳程度に賞状が飾られているくらいだ。オフィスのモデルルームみたいだな。

 

ムーディの頃は警報機やら侵入者用のトラップやらがひしめいてたっけ。思わず浮かびそうになった苦笑を堪えつつ、目の前のスクリムジョールへと言葉を返す。

 

「少なくともペティグリューが生きてることは保証するわ。……まあ、猫に食われてなければだけどね。」

 

私がかなり言いづらそうに答えるのに、スクリムジョールも僅かに困った表情で質問を放ってきた。

 

「これは非常に失礼な質問なのですが……本気で言っているのですか? 成年した魔法使いが猫に食われる可能性があると?」

 

「最高にバカバカしい話なのは承知の上よ。でも、ダンブルドアも当時のペティグリューを知る者も『有り得なくはない』と言っているの。一応可能性だけは頭に入れておいて頂戴。」

 

そんなこと言われても、私だって半信半疑なんだぞ。とはいえ、ダンブルドアは下らない嘘を吐くような人間じゃないし、フランですら苦笑しながら有り得ると口にしていたのだ。ここまで意見が一致するとなればさすがに認めるしかなかろう。……ペティグリューの常軌を逸したアホさを。

 

私の返答を受けたスクリムジョールは小さなため息を吐いた後、気を取り直すようにして話し始める。

 

「まあ、その辺は後々に回しましょう。重要なのはブラックの一件です。……単刀直入にお聞きしますが、貴女は本気でブラックを無実だと思っているのですか? それとも、これも『政治』の一環なのですかな?」

 

おやおや、悪巧みだと疑われているらしい。……うーん、それも仕方ないか。クラウチとのパワーゲーム以降、私だって色々と裏から手を回していたのだ。この有能な男がその一端を掴んでいてもおかしくはなかろう。

 

私が返事を返す前に、スクリムジョールは椅子に背を委ねながら言い募ってきた。

 

「あくまで確認です。どちらにせよ、私は貴女に協力するつもりでおりますので。」

 

「あら? 貴方はそういうものがお嫌いかと思ってたけど?」

 

「あまり侮らないでいただきたい。いつぞやも話しましたが、私は貴女が大きな戦争を予期していることや、それに備えて魔法省を改革していることには気付いていますよ。……これがその為の一手だとするなら、乗るのも吝かではないというだけの話です。」

 

「大事の前の小事ってこと? ……『より大きな善のために』ってわけね。」

 

かつて大陸を震撼させた標語を口にしてやると、スクリムジョールは滅多に見せない苦笑を浮かべる。この男はリーゼと同じく、『グリンデルバルド式』にも一分の理を認めているわけだ。あのペタンココウモリと気が合いそうだな。

 

まあ、今回ばかりは悪巧みをしているわけではない。実際ブラックは無実なのだろうし、ペティグリューが生きている……というか、生きていたのも事実なのだ。両手を上げて戯けながら、苦笑混じりに言葉を放つ。

 

「なんとも心強い言葉だけど、ブラックが無実なのは正真正銘の事実よ。……私の妹がホグワーツの同級生でね。ブラックが冤罪だと知って悲しんでるの。そのために動いているってわけ。」

 

「妹さんがですか。……何と言うか、意外ですな。貴女にも家族がいるのですね。」

 

「失礼ね。私を何だと思ってるのよ。」

 

ちょっと大仰に怒りながら言ってやれば、スクリムジョールは再び苦笑を浮かべながら言い訳を口にし始めた。この男の苦笑を何度も見れるとは……今日はなんとも珍しい日だな。明日は雪か?

 

「これは失礼しました。……しかし、我々の世代にとっての貴女は完全無欠な吸血鬼なのですよ。『家族と過ごすレミリア・スカーレット』というのは想像するのが難しいのです。」

 

「私にだって大切な存在はいるわ。今も昔も、その為に戦っているのよ。……これ、今度の取材で話してみようかしら? イメージアップするんじゃない?」

 

「悪くない提案ですが、最後の言葉で台無しですな。」

 

私の小粋なジョークで場が和んだところで、スクリムジョールが表情を真剣なものに変えて口を開く。

 

「とにかく、私はブラックに『手加減』すればいいのですね? アメリアには伝えてもよろしいので?」

 

「そっちはダンブルドアから伝えてあるわ。きちんと連絡を取り合って、精々手を抜いて頂戴。……それと、動物もどきの件はオフレコでお願いね。ペティグリューさえどうにかなればいい伏せ札になるわ。いつかどこかで利用できるかもしれないでしょ?」

 

「それもまた備えの一つというわけですか。承知しました。では闇祓いたちには適当な言い訳を……誰かね?」

 

おっと、来客か。言葉の途中で部屋に響いたノックに、スクリムジョールが鋭い声で誰何する。するとノックの主は聞き覚えのある耳障りな声で名乗りを上げた。うえぇ、鳥肌が立っちゃいそうだぞ。

 

「アンブリッジですわ。ブラックの件でお話があるんですけれど、少々よろしいかしら?」

 

ドローレス・ジェーン・アンブリッジ。コーネリウスの上級補佐官にして、彼を蹴落とそうとしているカエル女だ。……しかし、このカンに障る猫撫で声だけはいつになっても慣れないな。肌に纏わりつくようでどうにも気持ち悪い。もうちょっと普通に喋れないのか、こいつは。

 

嫌そうな顔のスクリムジョールがどうしようかと目線で問うてくるのに、同じ表情で頷いて構わないと伝える。別に私がここに居るのは怪しいことではあるまい。

 

「客人も居るが、それでもいいなら入りたまえ。」

 

「失礼しますわ……あら、客人というのはスカーレット女史でしたの? ごきげんよう、スカーレット女史。お会いできて嬉しいですわ。」

 

私は嬉しくないぞ。入室してきたアンブリッジは、いつも通りに悪趣味なピンク一色の服装を纏っている。見た目は……うん、魔法で人に化けているガマガエルって感じだ。今度こっそり解呪を試してみようかな? ひょっとするとカエルに戻るかもしれない。イボイボで、ヌメヌメのやつに。

 

そしたらパチュリーの研究に使わせようと考えつつも、外向きの笑顔で挨拶を返す。外交用なのを隠した外交用の笑みではなく、外交用と丸わかりの外交用の笑みだ。ややこしいが、これが読み取れないヤツは政治などできん。薄っぺらなオブラートに包んだ意思表示というわけだ。

 

「ごきげんよう、アンブリッジ。私には構わないで頂戴。ちょっと世間話をしていただけなの。」

 

「まあまあ、とっても気になりますわ。何を話していたのかしら?」

 

薄気味悪いニタリとした笑みで聞いてくるアンブリッジに、スクリムジョールがうんざりしたように声を投げかける。彼もカエルは嫌いなようだ。気が合うじゃないか。

 

「それは君の気にすることではないな、アンブリッジ。プライベートな話だよ。……それで、何の用かね? 大臣から何か連絡でも?」

 

「いいえ、違いますわ。ホグワーツへの吸魂鬼による強制捜査について、『みなさま』が賛成の意を表してくれましたので。実行に移して問題ないかを話しに来ましたの。」

 

「私にはそれを何故君が話に来るのかが非常に疑問だが、一応返答を聞かせよう。答えは却下だ。その『みなさま』とやらは数ヶ月前の問題をもう忘れてしまったのかね? あの布きれどもは生徒を一人殺しかけたわけだが。」

 

「もちろん安全策は十分に準備しますわ。ただ、その……気を悪くしないでいただきたいのですけれど、闇祓いたちは『何一つ』成果を上げられていないでしょう? この辺で次の手を打ち出すべきだと思いますの。」

 

賭けてもいいが、『みなさま』とやらは現体制反対派のバカどものことだろう。それに、ひょっとしたらアズカバンも一枚噛んでいるのかもしれない。

 

となると、ウィゼンガモットの老人たちの中にも賛同者がいるな。アズカバン関係となれば……シャフィクかフォーリーあたりか? 時代錯誤の遺物どもめ。変化に対応出来ないならとっとと席を明け渡せばいいってのに。どいつもこいつも椅子にしがみ付くのだけはお得意だな。

 

ニヤニヤ笑うアンブリッジの皮肉に一切怯むことなく、スクリムジョールは冷徹な無表情で返事を返した。

 

「ご心配はありがたいがね、気持ちだけ受け取っておこう。そもそも私の記憶が確かなら、君は魔法大臣の補佐官だったはずだ。アズカバンでも執行部の人間でもない。関係のない仕事に首を突っ込むべきではないと思うが。」

 

「あら、コーネリウスもとっても心配していますのよ。闇祓い局が、何と言うか……無能なのではないかって。ああ、もちろん私は否定しましたわ! あなたがたが有能なのはよーく知っていますもの。だからちょっとした助言を伝えに来たんです。」

 

「君の心配はともかく、大臣の心配は真摯に受け止めよう。とはいえ、吸魂鬼が信頼に値しないというのはホグワーツの校長も同意見なのだ。強制捜査は諦めてもらおうか。」

 

「うーん……私にはそこが疑問なのですけれど、どうして学校の校長程度に遠慮しなければならないのかしら? 司法機関として断固たる態度を示すべきだと思いますわ。」

 

人差し指を口元に当てながら、アンブリッジはさも分かりませんという雰囲気で首を傾げる。昼食を食べないでいて良かった。もし食べていたら薄気味悪くて吐くことになっただろう。容姿に合った振る舞いというのが、いかに重要なのかを再確認できたぞ。

 

しかしまあ、このまま見ているのも退屈だな。せっかく目の前でオオカミとカエルが騙し合いを繰り広げているのだ。コウモリとしては是非とも参戦しなければなるまい。観客に甘んじるのも楽しいが、私は演者として乱入する方が好みなのだ。

 

無表情のままのスクリムジョールが反論を口に出す前に、足を組んでそこに頬杖をつきながら口を開く。もちろん上目遣いでニヤニヤとだ。

 

「懐かしいわね。かつてホグワーツに対して、『司法機関として断固たる決意』とやらを示した男を知ってるわ。今はそう、国際魔法協力部とかいう場所でワールドカップのための調整を楽しんでるでしょうね。」

 

言わずもがな、クラウチのことである。……まあ、正直言ってこの女よりはクラウチの方がマシだったかもしれんな。少なくともあっちには実務の能力がそれなりにあったのだ。対してこの女は政治しか出来ない。

 

私の『お前もそうなるぞ』という言外の脅しに気付いているのかいないのか。アンブリッジはさして気にした様子もなく、ニタニタしたままで言葉を返してきた。

 

「非常に強引な方だったと聞いています。もちろん私は違いますの。ホグワーツのことも蔑ろにするつもりは毛頭ありませんし、貴女が『ヒト以外』であることも問題視しておりませんわ。」

 

言ってくれるじゃないか。自分だってカエル人間のくせに。『ヒト以外』の部分を妙に強調してきたアンブリッジに対して、今度はスクリムジョールが口を開いた。もうウンザリしているのを隠そうともしていない。

 

「ならば話は終わりだ。ホグワーツに強制捜査は行わない。……何を突っ立っているのかね? もう退室しても構わんよ。私はスカーレット女史と話があるのだ。彼女の服装は目に優しいのでね、長話でも苦痛を感じずに済むのだよ。」

 

おっと? アンブリッジの顔が僅かに歪んだぞ。どうやらあのバカみたいな服装には多少の自信があったらしい。……ふん、バカめ。ピンクなんぞ紅の引き立て役に過ぎんのだ。

 

弱点を見つけた以上、吸血鬼としては突っ込む他ないだろう。アンブリッジが何か反論を口にする前に、ピンクのガマガエルに向かって追撃を放つ。

 

「そうね、自分の容姿に合わせた服を着るのは大切なことだわ。貴女はコーネリウスの後ろで写真にも写るんだし、今度洋服を贈ってあげましょうか? 『ヒト以外』にセンスが劣るのは問題じゃない?」

 

「……結構ですわ。それでは失礼させていただきます。ああ、心配はご無用ですよ。案が却下されたことは、『みなさま』にきちんと伝えておきますわ。」

 

再びニタニタの仮面を被りなおしたアンブリッジが退室していくのを見送って、ため息を吐きながらスクリムジョールに話しかける。最後のは脅しのつもりか? 私やスクリムジョールがそんなもん気にするはず無いだろうが。

 

「うんざりするわね。その辺でハエでも食ってればいいのに、何だって余計な場所に首を突っ込んでくるのかしら。」

 

「ああやって方々に『お願い』するのがアンブリッジのやり方なのですよ。……貴女はまだマシでしょう。滅多に顔を合わせないで済むのですから。あの様子では近いうちにまた『みなさま』の要望を伝えにきますよ。」

 

「落とし穴でも仕掛けておけば? 中にバジリスクでも仕込んでおけば、もう二度と会わずに済むわよ。カエルなんだし、蛇には弱いでしょ。」

 

「魅力的な提案ですな。考慮しておきましょう。」

 

おいおい、真顔でジョークを言うなよ、スクリムジョール。本気でやる気に見えちゃうぞ。……いや、ムーディだったら実行に移していたかもしれんな。そういう意味ではまだまだこいつもひよっこだ。

 

少なくともスクリムジョールは未だ魔法省中のシュレッダーを破壊しようとはしていないし、アトリウムの暖炉前にマンティコアを設置しようともしていない。行動力だけはムーディに遠く及んでいないのだ。……それが良いことか悪いことかは分からんが。

 

被害妄想の権化を思い出している私に、スクリムジョールが纏めるように話しかけてきた。

 

「何にせよ、急いだ方がよろしいかと。私とアメリアとて組織の中の人間なのです。最大限の協力はしますが、無限の時間を稼げはしません。」

 

「分かっているわ。ペティグリューがこのまま見つからなかったとしても、夏までには対応策を考えるつもりよ。」

 

「あと四ヶ月というところですか。……かしこまりました。精々成果を『出さない』ために頑張るとしましょう。」

 

「たまにはそういうのもいいでしょ。手を抜くことを上手くやれてこその管理職よ。」

 

『サボり学』の講師に美鈴でも派遣するか? 手を抜くことに関してならあの門番以上の存在はいまい。今だってどうせ分霊箱探しと言いながら何かを食べているのだろうし。

 

何の連絡も送ってこないポンコツコンビを脳裏に浮かべて、レミリア・スカーレットはそろそろ催促の手紙を送ろうと決意するのだった。

 


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