Game of Vampire   作:のみみず@白月

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クィディッチ・ファイナル

 

 

「では、私は実況席の方へ行ってまいります。是非とも楽しんでいってください。」

 

一礼しながら言ってきたマクゴナガルに頷きを返して、レミリア・スカーレットは競技場へと向き直った。咲夜が全然来ないな。リーゼはちゃんと伝えたのか?

 

貴賓席の天幕の下には、他にもフラン、ルーピン、ブラックが居る。本当はここにダンブルドアも追加される予定だったのだが、ウィゼンガモットから連絡があるとのことで校長室に戻ってしまった。直接大法廷からということは……アズカバン関係だろうか? 何にせよご苦労なことだ。老人が老人の相手とは、世も末だな。

 

広いグラウンドと、両端に設置されている計六本のゴール。うーむ、フランが観るというから私も来てみたものの、ルールが分からない以上はあんまり楽しめなさそうだ。リーゼによれば頗る複雑なルールらしいし。……いやまあ、ルールくらいは覚えておくべきか。ワールドカップが始まれば各国との外交のために嫌でも観ることになるのだ。そこで何にも知らないってのは恥ずかしすぎるぞ。

 

事務的な理由で集中し始めた私を他所に、フランは素直に楽しんでいるようだ。今もでかい犬コロと一緒に日向ギリギリまで身を乗り出している。……フランはともかく、お前が落ちても助けないからな、ブラック。

 

というか、杖は何処に隠しているのだろうか? ダンブルドアから予備のを渡されたはずなのだが……。そういえばマクゴナガルも猫に変身した時は杖がどっかにいっちゃうし、洋服なんかと一緒に一体化しているのかもしれない。実に不思議だ。動物もどきってのは謎が盛りだくさんだな。

 

バタバタと忙しなく振られる尻尾を見ながら考えていると、ルーピンが隣に座って話しかけてきた。

 

「フーチ先生が位置に就きましたから、そろそろ選手が入場してくるはずです。そしたら中央で両チームが挨拶をした後、ボールが放たれて試合開始ですよ。」

 

「あら、解説してくれるのかしら?」

 

「ご迷惑でなければ、ですが。随分と退屈そうにしてらしたので。」

 

「助かるわ。ルールがさっぱりなのよね。夏のためにも少しは覚えておかなくっちゃ。」

 

こいつは苦労人タイプだな。フランしかり、ブラックしかり、そしてリーゼしかり。誰かを振り回すヤツの側には苦労するヤツがいるものなのだ。よく分かるぞ、ルーピン。

 

私がヨレヨレローブに同情し始めたところで、赤と緑のユニフォームを着た選手たちが入場してくる。途端に盛り上がる生徒たちの歓声に応えるように、選手たちは手を振りながら中央に集まった。……いや、物凄い表情で睨み合ってるぞ。あれがかの有名な獅子寮と蛇寮の確執というわけだ。

 

そのまま『平和的』に握手を終えた選手たちは、グラウンドの各所に散らばり始める。箒片手にテクテク歩いてるのがちょっと間抜けだな。飛んで移動するのはルール違反なのだろうか?

 

「ほら、あの位置にいるのがハリーですよ。それぞれのポジションに就いた後、試合開始と同時に一斉に飛び上がるんです。シーカーは……ご存知ですか?」

 

「スニッチを取って、試合を終わらせる役でしょ? さすがにそのくらいは知ってるわ。……それで、反対側の同じ位置にいるのがマルフォイの息子ってわけね。どっちも父親そっくりじゃない。」

 

気取ったような金髪をもうちょっと長くすれば完璧だ。しかし……随分と体格差があるじゃないか。グリフィンドールがどちらかというと細身の選手ばかりなのに対して、スリザリンは体格の良いのが揃っている。殴り合いが禁じられていないとすれば、スリザリンの方に多少の分がありそうだ。

 

そしてどうやらフランもそこに目をつけたらしい。ハリーに向かってきゃーきゃー言うのを止めて、隣で興奮している犬へと話しかけ始めた。あの犬コロは自分の贈った箒をハリーが持っているのが嬉しくて堪らないようだ。尻尾が千切れて吹っ飛んでいきそうになっている。

 

「うーん、チェイサーはあっちの方が強そうだねぇ。……ちょっと、パッドフット。ワンワン言われてもわかんないよ。頷くとかで返事してよね。」

 

何をしているんだ、フラン。嘆かわしいことに我が妹が犬との漫才を始めたところで……おっと、競技場に実況の声が木霊した。何というか、場末のコメディアンのような口調だ。昔『てれびじょん』で見たことがあるぞ。

 

『さあ、いよいよ始まるグリフィンドール対スリザリンの今学期最終戦! グリフィンドールからはポッター、ベル、ジョンソン、スピネット、ウィーズリー、ウィーズリー、そしてウッド! 何年かに一度のベストチームだと広く認められています!』

 

「これをやってるのも学生なのよね?」

 

「ええ、そうです。グリフィンドールのリー・ジョーダンという子がここ数年の実況を担当しているみたいですね。結構上手いですよ。」

 

ルーピンが私の疑問に答えを寄越してくれている間にも、軽快な声の実況は進む。確かに上手いな。盛り上げるにはもってこいのテンポだ。

 

『そしてフリント率いるスリザリンからはマルフォイ、ワリントン、モンタギュー、デリック、ボール、ブレッチリー。……スリザリンはメンバーを多少入れ替えてきました。腕前よりデカさを狙ったようです!』

 

『ジョーダン! 余計なことを付け足さないように!』

 

うーむ……巧拙はともかくとして、どうやら公平な実況とはいかないようだ。途端にスリザリンの観客席から大きなブーイングが起こるが、それに実況が反応する前にホイッスルの音が響き渡った。同時にトランクから出たボールが空高く吹っ飛んでいく。

 

『試合開始! 選手たちが一斉に飛び上がり、最初にクアッフルを取ったのは……グリフィンドールだ! いいぞ、アリシア! アリシア・スピネット選手がゴールへ向かって一直線に……ダメか。クアッフルはワリントンの手に渡りました。さあ、今度はワリントンがカウンター気味に攻めますが……おっと、これは痛い! ウィーズリーの打ち込んだブラッジャーでこれを取り落とす! あー、どっちのウィーズリーかは不明です。零れ落ちたクアッフルはジョンソンに! そしてそのまま……ゴール! グリフィンドール先制点!』

 

ううむ、展開が早すぎないか? 慌ただしすぎてよく分からんが、とにかくグリフィンドールが先制点を得たようだ。隣のルーピンにブラッジャーが何なのかを聞こうとしたところで……おお、スリザリンの選手がゴールを決めたグリフィンドールの選手に突っ込んでいったぞ。タックルもアリなのか。

 

「ああやって箒から落とすのもアリなの? ……それと、ウィーズリーのとこの息子が棍棒を投げつけてるけど。結構危険なスポーツなのね。」

 

「あー……どっちも反則ですよ。ほら、ペナルティを受けてるでしょう? 棍棒を投げたのはタックルへの報復ですね。」

 

「……泥仕合になりそうだってのは何となく分かったわ。」

 

どうやらペナルティというのはフリースローのことらしい。タックルを食らったグリフィンドールの女性選手が見事にそれを決めた後、今度は棍棒と激突したスリザリンの選手が逆側のゴールの前に進み出た。

 

『さあ、次はフリントのフリースローです! ウッドは優秀なキーパーですから、これを決めるのは難しいでしょう。難しいはずです。難しいに違いない。彼なら必ず止めてくれる、私はそう信じて……嘘だろ? 信じられないぜ! ウッドが見事にゴールを守った! これでグリフィンドールが二十点リード!』

 

あれは確かに凄い。逆さまになりながらゴールを守ったキーパーに、観客席から歓声が投げかけられる。特にグリフィンドールの応援席なんかは凄まじい大きさの横断幕をぐわんぐわん靡かせてはしゃいでいるようだ。

 

ふむ、いい横断幕じゃないか。真紅ってのが実に素晴らしい。寮のシンボルカラーを紅に決めたことといい、ゴドリック・グリフィンドールという男は他の創始者三人よりもセンスがあったようだ。……肖像画だと見た目が一番バカっぽいのは問題だが。

 

「いや、物凄い横断幕ですね。私たちが学生時代に作ったものを思い出しますよ。」

 

苦笑いで言うルーピンに、首を傾げながら質問を放つ。

 

「貴方たちも同じようなのを作ったの? 伝統なのかしら?」

 

「伝統ってわけではありませんが、七年生の時にジェームズのために作ったんです。まあ……その時はハッフルパフとの試合だったので、フランドールとコゼットが呪いをかけて横断幕の文字を変えてしまったんですけどね。『チェームス・ポッツァー』に。」

 

「ホントはもっと別の文字に変えようとしてたんだけどね。シリウスが邪魔するから変になっちゃったんだよ。」

 

ルーピンの言葉を聞いて、試合に夢中のフランが背中越しに訂正を送ってきた。……何ともまあ、バカバカしい話ではないか。今も昔も生徒たちのクィディッチへ注ぐ情熱は変わっていないらしい。

 

───

 

そのまま試合が続いて二十分も経った頃、いきなりフランが競技場の方へと身を乗り出し始めた。……危ないじゃないか! 日光ギリギリだぞ、そこは。

 

「フラン、もうちょっと下がりなさい! ジュージューしちゃうわよ!」

 

「もう、子供じゃないんだから平気だってば。赤ちゃんじゃあるまいし、『ジュージューしちゃう』はやめてよね。」

 

「反抗期? 反抗期なの?」

 

「反抗期はもう終わったの! それより試合! 多分ハリーがスニッチを見つけたんだよ。見てよ、あの顔。ジェームズそっくり。」

 

そんなこと言われたって私には分からんぞ。……とはいえ、残りの二人には理解できる言葉だったようだ。ルーピンは懐かしそうに顔を綻ばせているし、ブラックは狂ったように尻尾を振っている。ここまで振りっぱなしだったが、筋肉痛とかにならないのだろうか?

 

『──のタックルを避けたケイティがそのままパスを……おっと、シーカー二人が動いています! ハリーが急上昇して、マルフォイがその背に続いている! どうやらスニッチを見つけたようです!』

 

実況と共に盛り上がる観客席の声を聞きながら、件のハリーの方へと目をやってみれば……んー、あれがスニッチか? 小さな金色の虫みたいなのが彼の前をビュンビュン飛んでいるのが見えてきた。

 

「今取ったらどこが優勝なの?」

 

残り十メートルほどか。追いかけっこをする生き残った男の子を見ながら聞いてみると、ルーピンもハリーから目を離さずに答えてくれる。

 

「60-40なので、グリフィンドールです。ハリーもそれが分かっているんでしょう。あれは本気で取りに行ってますよ。」

 

ってことは、本気で取りに行かない可能性ってのもあったわけだ。……よく分からんな。私の予想以上に複雑な競技らしい。帰ったらパチュリーの図書館からルールブックでも借りてみるか。

 

あんまり盛り上がっていない私を他所に、もはや競技場は怒号に近い歓声で包まれている。それを聞いているのかいないのか。ハリーは一直線にスニッチへと飛び続けて、右手をゆっくりと前に伸ばす。

 

「んー……やった! 取ったよ! ハリーがスニッチを取った!」

 

「よくやったぞ、ハリー!」

 

ハリーが伸ばした手を握った瞬間、フランが犬コロの両手を取ってくるくる回り始めた。……これで決着? あっけないな。どうやらハリーは見事に勝利を掴んだようだ。ルーピンもいつになく興奮した様子でガッツポーズを決めている。

 

『試合終了です! ハリー・ポッターがスニッチを取りました! 210-40でグリフィンドールの勝利! そしてグリフィンドールの優勝です! やったぞ、ウッド!』

 

うーむ、熱狂という単語がピッタリだな。グリフィンドールの応援席は言わずもがなの盛り上がりっぷりだし、マクゴナガルなんかは……おい、号泣してるじゃないか。コメディアン君を抱きしめているのが見えてきた。

 

リーゼが魔法使いはクィディッチに『狂ってる』と表現していた理由が今ハッキリと理解できたぞ。スポーツってのは……まあいい。フランも嬉しそうだし、私としても文句などないのだ。

 

「良かったわね、フラン。……でも、まだ大仕事が残ってるわよ。ハリーにそこの野良犬のことを説明しないとでしょ?」

 

そしてここからが私にとっての本題となる。結局一度も席に座らなかった愛しい妹に話しかけてみると、フランは空中を見ながら気もそぞろといった様子で返してきた。

 

「うん、それはそうだけど……ハリーったら、どうしたんだろ?」

 

フランの呟きに従って空中のハリーへと目線を送ってみれば……ふむ? 確かに妙だな。全然喜んでいないし、あらぬ方向を見つめている。私たちからは背中の壁に阻まれて見えないが、どうやら城の方を見ているようだ。

 

ハリーはそのまま暫く城の方向に目を凝らしていた後、いきなり箒に身をくっ付けるようにして……おいおい、全速力で飛んでっちゃったぞ。表彰とかはないのか?

 

「まだ何かあるの? パフォーマンス飛行とか?」

 

「いえ、普通ならグラウンドに下りてそのまま表彰式です。妙ですね、一体何が──」

 

ルーピンと二人して首を傾げた瞬間、逆側に身を乗り出してハリーが飛んで行った方向を見ていたフランが言葉を放った。興奮してるのか、翼がシャラシャラと揺れている。

 

「ムーニー! 飛翔術! 天文台!」

 

言うと、そのままフランはルーピンのローブの中へとすっぽり入ってしまった。……いやいや、何してるんだ、フラン。淑女にあるまじき行為だぞ!

 

「フ、フランドール? 何をしてるんだい?」

 

「いいから飛ぶの! パッドフットも早く! 杖は渡されてるんでしょ?」

 

「……分かった。天文台だね? 決して顔を出さないように。」

 

天文台? 飛翔術? 私が疑問符を浮かべている間にも、かなり真剣な表情のフランから何かを汲み取ったのか、ルーピンは質問を止めて飛翔術で飛び立ってしまう。変身を解いたブラックも素早い動きでそれに続き、私も……ちょっと待て、私は? 日光で動けんぞ!

 

チラリとグリフィンドールの観客席へと目をやれば、リーゼもまた城の方へと飛び立って行くのが見えてきた。おいおい、全力で飛んでるじゃないか。何か緊急事態か?

 

空中で溶けるように姿を消したリーゼから目線を外して、忌々しい日差しに注意しながらフランたちの飛んで行った方向を覗いてみると、城の一番高い塔から赤い煙のようなものが立ち昇っているのが見えてくる。あれは確か……救難信号? 前回の戦争で何度か見た、救難信号として使われている魔法だったはずだ。

 

それに、何か黒い影……吸魂鬼か? 獲物に群がるカラスのように、吸魂鬼たちが塔の天辺を取り囲んでいるようだ。真昼のホグワーツには似合わん光景だな。全然現実感がないぞ。

 

「えぇ……。」

 

とはいえ、分かったところでどうしようもない。空に忌々しい太陽が在る限り、私は昼空を飛ぶことは出来ないのだから。……せめて日傘を持ってくるべきだったな。今更遅いが。

 

遠ざかる二つの白い影を見つめながら、取り残されたレミリア・スカーレットは呆然と立ち竦むのだった。

 


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