Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……まったくもう。」
どうやらマグル界の乱痴気騒ぎはようやく終息を迎えたようだ。写真がピクリとも動こうとしないマグル界の新聞を読みながら、レミリア・スカーレットは鼻を鳴らしていた。あんな小さな火種がここまで盛大に燃え上がるとは……国際政治ってのは難しいもんだな。
数年前に始まったマグルどもの小競り合いは、誰も予見できなかった規模の戦争に発展してしまった。結果としていくつかの国は解体され、国境線も新たに引き直されたらしい。巷で囁かれる『世界大戦』なんて呼び名も大袈裟じゃなさそうだ。
そして、このヨーロッパを中心としたマグルの大戦は魔法界の戦争にも大きな影響を及ぼした。各地の魔法省やそれに類する機関が魔法界の存在を秘匿するために慌しく駆け回っていたまさにその時、突如としてグリンデルバルドが大規模な攻勢に出たのだ。終戦を祝うバカどもに、ヨーロッパは悪い魔法使いに支配されかけているぞと教えてやりたい気分だな。
かくして大きな勝利を収めたグリンデルバルドは、いよいよヌルメンガードを中心とした支配体制を確立し始めたらしい。対する私は残念ながら後手後手に回っている。おまけにあの忌々しい教師は未だに動く様子を見せない有様だ。
うーむ、厳しい状況だな。今やこちらの手札は多くないぞ。必死に抵抗を行なっているヨーロッパ各地のレジスタンス、ようやく現状を認識し始めたイギリス魔法省、アフリカのワガドゥ魔法学校を中心とした独立自治体。有用そうなカードはそれくらいだ。
新大陸は対岸の火事だと言わんばかりの態度を崩さず、アジア圏の魔法使いどもも静観を決め込み、ロシアの連中は自国の争いで手一杯。全く以って使えん連中ではないか。……吸血鬼である私が反グリンデルバルドの急先鋒であることは後世喜劇になるかもな。よしよし、その時は愚かな魔法界を皮肉る内容にしてやろう。
「めーりーん! 来なさい!」
痛む頭を押さえつつ、大声で美鈴を呼び出す。ここで悲観していても仕方がない。先ずは大陸各地のレジスタンスを一箇所に集めることにしよう。一網打尽にされる可能性もあるが、このままでは飛び回るハエのように一匹一匹潰されていくだけだ。
「はいはーい。……何ですか、お嬢様?」
「この手紙を届けてきて頂戴。」
私が差し出した十通ほどの手紙の束を見て、美鈴はうんざりした表情で愚痴を放ってきた。
「えぇー、またですか? ふくろうかコウモリに運ばせればいいじゃないですか。めんどくさいですよ。」
「大陸ではふくろうなんかもう安全じゃないし、コウモリを使いにしたら吸血鬼だってバレバレでしょうが! いいから行ってきなさい!」
「うえぇ……分かりました。行ってきますよ。」
私が執務机をバンバン叩きながら言ってやると、美鈴はトボトボと手紙を持って部屋を出て行く。いくらなんでも美鈴から手紙を奪い取るのは不可能だろう。これで確実に届きはするはずだ。後は素直に纏まってくれれば助かるんだけどな。
考えつつも立ち上がって、部屋を出て足早に地下室へと向かう。お次は敵情視察といこうじゃないか。敗色濃厚になってきた忌々しいゲームだが、一つだけ嬉しい変化も生まれた。フランがこのところご機嫌なのだ。
最近は癇癪を起こさずにいつもニコニコしているし、この前なんて私のことを久々に『お姉様』と呼んでくれたくらいだ。その時の声を再生しながら地下室へと続く階段を下りて、地下通路の奥にある鋼鉄製のドアをノックする。
「フラン、私よ。入っていいかしら?」
「んー? ちょっと待って。」
心なしか応対の声も柔らかい気がするな。何かを片付けているようなガサゴソとした音を聞きながら、ドアの前で三十秒ほど待っていると、ようやくフランから入室の許可が飛んできた。
「もう入っていいよ。」
「それじゃ、失礼するわね。……ごきげんよう、フラン。いい子にしているかしら?」
「ん、イイコにしてるよ。見ればわかるでしょ?」
フランは地面に寝転がってお気に入りの人形を抱きしめているが……むう、我が妹ながら反則級に可愛いな。駆け寄って撫でてやりたい気持ちを懸命に堪えつつ、ポーカーフェイスを保ったままで質問を送る。
「そう、よかったわ。それで……そっちの陣営は随分と順調のようね? こっちとは大違いみたいじゃないの。」
ゲームの話を持ち出してみると、フランは途端に笑みを浮かべて起き出してきた。どっかで見たようなニヤニヤした笑みだが、まさかリーゼの真似だろうか? 教育に悪いじゃないか。今度会ったら注意しておこう。
「んん? ふーん? 探りに来たんだ? 負けそうなお姉様は、賢いフランのところに情報が欲しくて来たんでしょ? ……でも残念、情報なんてあげないもんねー! べーっだ!」
ふむ、珍しいポーズだな。今のフランは踏ん反り返って喜色満面になっている。目に焼き付けておかなくては。……しかし、これで満足してはいけない。ゲームのために情報を手に入れる必要があるのだ。
「そんなことを言わないで頂戴。このままだと私は何も出来ずに負けちゃうわ。……この哀れな姉に情報を恵んでくれない? ちょびっとだけ、特に重要じゃない情報で構わないから。」
「んー? どうしよっかなー? フランはこのまま勝っちゃってもいいんだけどなー?」
「ねえ、フラン? 何もタダでとは言わないわ。……これでどうかしら?」
言いながら近付いて、懐に仕舞っておいた小さな人形を取り出した。噂の人形店に手紙を送ってオーダーメイドで作らせた、フランそっくりの人形だ。ちなみに私そっくりの物は既にプレゼント済みなのだが、今は部屋の片隅で磔にされている。おまけにちょっと焦げているではないか。火焙りごっこにでも使ったらしい。姉は悲しいぞ。
「うぅ、フランのお人形? でもでも、リーゼお姉様から教えちゃダメだって言われてるもん。だからダメ……だよ。」
おのれリーゼ、余計なことを。とはいえ、悩んではいるらしい。ならばもう一押し。どう考えてもリーゼは情報を漏らしたりなどしないのだから、フランから手に入れるしかないのだ。
「それにほら、このままストレート勝ちになっちゃうと面白くないでしょう? フランが強すぎて私たちには勝ち目がないのよ。強者の余裕を見せて頂戴?」
「フランたちが強すぎて? ……えへへー、そうだね。フランとリーゼお姉様が強すぎるのかもね。仕方ないなぁ、いいよ。教えてあげる。」
よし、かかった。我が妹ながらチョロすぎて心配になるが、今だけはありがたい。人形を手渡してやると、フランは嬉しそうにそれを弄りながら計画の一端を教えてくれた。
「えっとねー、近いうちにフランスの……学校? を襲撃するんだってさ。グリンデルバルドも参加するらしいよ。邪魔するヤツらがそこに集まってるから、イチモーダジンにしちゃうんだって。」
フランスの学校? ……なるほど、ボーバトンか。確か現在はレジスタンスの拠点として使われていたはずだ。ギリシャやブルガリアの支援団体なんかも合流しているはず。
これは思ったよりも大きい情報かもしれないぞ。ノコノコやってきたグリンデルバルドを仕留めるか捕らえるか出来れば、一発逆転も夢ではないのだ。
知らず浮かんできた悪どい笑みを妹に隠しつつ、レミリア・スカーレットは魔法界の友人たちに手紙を書くため歩き出すのだった。
─────
「……まーた捕まったのかい? 一体何をやっているんだ、ゲラートは。」
ムーンホールドの図書館までロワーが持ってきた報告を受けて、アンネリーゼ・バートリは呆れ果てた気分で呟いていた。後方で踏ん反り返っていればいいものを、わざわざ前線に出て行くからそういうことになっちゃうんだぞ。
改善の兆しを見せていたスカーレット姉妹の仲をドン底まで叩き落とした、忌まわしき『情報お漏らし事件』からは既に五年以上が経過している。あの時のボーバトン攻防戦で珍しく大敗したゲラートは、一時的にレジスタンス側の魔法使いに捕縛されてしまったのだが、スイスの魔法使いが起こした不手際のお陰で何とか逃げ果せることが出来たのだ。……厳密に言えば、私が魅了をかけて不手際を『起こさせた』わけだが。レミリアだって卑怯な盤外戦術を使ってきたわけだし、それに関しては文句を言わせんぞ。
とにかく、その際スイス魔法省を痛烈に批判していたのが新大陸を牽引するアメリカ合衆国魔法議会、通称『マクーザ』と呼ばれる政治機関なのだが……今回はそのマクーザとやらが『旅行中』のゲラートを捕らえたようだ。少なくとも紙面上ではそういうことになっている。
ところが、ロワーの報告によれば実情はちょっと違ったらしい。詳しく聞いてみると実際にゲラートを捕らえたのはアメリカではなく、我らがイギリスの魔法使いなんだとか。
何でもオブスキュリアルなるものに拘って手痛い失敗をした挙句、単なる魔法生物学者に負けて拘束されたそうだ。史上最悪の魔法使いの名が泣いてるぞ、ポンコツ皇帝め。
まあ、捕まったこと自体はもはやどうしようもない。問題なのはゲラートが捕まっている場所である。神秘の薄い新大陸は、人外にとってあまり足を踏み入れたいような土地ではないのだ。
しかし、ゲラートめ。私の忠告を聞かないからこういうことになるんだぞ。私はきちんと伝えたはずだ。新大陸の魔法界なんてどうでもいいし、ヨーロッパの支配を完全なものにしてからでも遅くはないと。だが、ゲラートは頑なにアメリカ行きを主張した。
自ら顔を変えてまで潜入した結果がこれではさすがに笑えんぞ。毎回肝心なところで躓くゲラートを思ってため息を吐く私に、閲覧机で書き物をしているパチュリーがポツリと話しかけてくる。
「ご苦労なことね。」
「……冷たいじゃないか、パチェ。慰めてはくれないのかい?」
「所詮他人事だもの。大体、悪い魔法使いが捕まったのは喜ばしいことでしょ。悲しむことじゃないわ。」
素っ気なく言ってくるパチュリーにジト目を送るが、彼女は我関せずと書き物に戻ってしまった。我が家の司書どのは既に捨虫、捨食の法を修得し、最近では件の図書館魔法にかかりっきりだ。極悪人グリンデルバルドの逮捕なんぞに構っている暇はないらしい。……いや、待てよ? パチュリー、パチュリーか。
私がジッとパチュリーを見つめていると、彼女はどうやら厄介事の気配に気付いたようだ。羽ペンを横に置いて警戒し始める。
「何よ? 言っておくけど、私はこの屋敷を出るつもりはないからね。ほら、研究も途中なんだし。」
「なあ、パチェ? 私たちは親友だろう? ちょっとした、ほんの小さな頼みごとがあるんだが……。」
「い、嫌だからね! アメリカに行けとか言うつもりなんでしょう! あそこは魔女狩りが流行ってた場所なのよ? 野蛮な土地だわ!」
私以外にゲラートを脱獄させることが可能な者で、私が自由に動かせるのはパチュリーだけだ。最近は魔女として力を付けてきているし、今の彼女には新大陸ごときの牢獄など障害にもならないだろう。何より私は新大陸なんぞに行くのは御免蒙る。
「なぁに、新大陸の『魔女狩りブーム』はヨーロッパほどじゃなかっただろう? 大丈夫、大丈夫。ちょっと行って、ささっと世紀の大犯罪者を脱獄させてくるだけだよ。」
「そんなの嫌に決まってるでしょうが! 絶対行かないからね! ……こあ、ご主人様の危機よ! 早く助けなさい!」
「ひゃっ、巻き込まないでくださいよぅ……。」
逃げようとする小悪魔を盾にしつつ、断固拒否の姿勢をとるパチュリーだったが……無駄だぞ。私は魔女の働かせ方というものをよく知っているのだから。相応しい『対価』を用意すればいいだけだ。
「ふむ、どうしてもダメなのかい? 残念だな。そろそろパチェにあの魔導書を渡そうかと思っていたんだが……。」
「魔導書? ……卑怯よ、リーゼ! 貴女まだ魔導書を隠し持ってたの? もうこれで全部だってこの前言ってたじゃない!」
「んふふ、悪魔ってのは嘘を吐く生き物なのさ。そうだろう? こあ。」
パチュリーにウィンクしてから小悪魔に問いかけてみれば、新米悪魔はふるふると首を横に振ってくる。……まあ、小悪魔だってあと数十年も経てば嘘を吐きまくるようになるさ。それが成長というものだ。
「ぐっ……分かったわよ。行くわ。行けばいいんでしょう? だけど、準備はそっちでやってよね! 脱獄幇助なんて当然初めてなんだから。」
「何事にも初めてはあるもんさ。」
不服を全身で表現しているパチュリーへと、肩を竦めて軽口を叩く。さて、これで『実行犯』は決まったわけだし、後は細かい計画を練るだけだ。紅魔館に行ってフランと話し合うことにしよう。
救い出した後に行うゲラートへの説教の内容を考えながら、アンネリーゼ・バートリはエントランスに向かって一歩を踏み出すのだった。
─────
「あー……初めまして、ゲラート・グリンデルバルド。」
面倒くさい旅路の元凶である魔法使いに話しかけながら、パチュリー・ノーレッジは異国の監獄を見物していた。噂に聞くアズカバンよりは幾分清潔なようだが、あまりにも無個性的だな。見た目だけなら本で読んだマグルの牢獄と大差ない気がする。
ただまあ、無個性なのは何もここだけの話ではない。この国に入ってからというもの、一事が万事この調子なのだ。言うなれば……そう、量産品の国って感じ。リーゼが嫌うのもよく分かるぞ。
うーむ、不思議だな。私は機能的なものが嫌いじゃなかったはずなのだが、いざ目にしてみると何となく好きになれない。結局私もイギリスっ子だったということか。どうやら私には『ごちゃごちゃ』しているイギリス魔法界がお似合いだったようだ。
「誰だ、お前は。」
内心の思考に決着を付けた私へと、鎖で雁字搦めにされているグリンデルバルドが傲然と言い放ってきた。その格好でよくもまあ威張れるもんだな。
「貴方がよく知る吸血鬼の友人よ。どうして来たのかは……まあ、説明しなくても分かるでしょう?」
端的に伝えながら、複雑な呪文が重ねがけされている牢を調べる。中々厳重なようだが、もはや私にとってこんな封印は有って無いようなものだ。杖なし魔法でサクサクっと解呪していると、苦い表情に変わったグリンデルバルドが頷きを返してきた。
「そうか。……また世話をかけたようだな。」
「まったくね。ヨーロッパに帰ったらリーゼに怒られるといいわ。手ぐすね引いて待ってるみたいよ?」
その言葉を聞いてグリンデルバルドの顔が更に嫌そうに歪むが、私としてはいい気味なだけだ。こいつの所為で大事な図書館魔法の研究を中断する羽目になったのだから。解呪が終わった牢のドアを開いて、そのままグリンデルバルドを縛る鎖も外してやれば、彼は立ち上がって身体をほぐし始める。これで私も犯罪者の仲間入りか。初犯にしては大それたことをやっちゃったな。
「感謝する、若い魔法使いよ。」
「こう見えて同世代なんだけどね。貴方の一個上よ。」
肩を竦めて言ってやると、グリンデルバルドは驚いたようにこちらを見つめてきた。こいつはまだ見た目でものを判断しているらしい。未熟者め。……というか、これって言っちゃっても大丈夫なんだろうか?
「同世代? それは……つまり、お前もあの吸血鬼と何らかの契約を結んだのか?」
「ま、そんなところよ。……それより、さっさとこれを飲んで頂戴。ポリジュース薬よ。さすがにヨーロッパまでひとっ飛びとはいかないから、少し街中を歩くことになるわ。付いて来なさい。」
グリンデルバルドにポリジュース薬の入った小瓶を渡してから、持ってきた小さめのスーツケースを床に置いて開く。すると中にはニューヨークの路地裏の風景が広がっていた。外にある別のスーツケースと繋がっているのだ。
自作の魔法が正常に動作していることを確認しつつ、ひょいとスーツケースの中へと飛び込む。ぐるりと視界が一回転するような感覚の後、先程見えていた路地裏へと飛び出した。
「パ……じゃなくて、魔女様! 成功したんですね!」
「ええ、大丈夫みたい。グリンデルバルドもすぐ来ると思うわ。」
私が出てきたのを見て、こちら側のスーツケースを見張っていた小悪魔が安心したように近付いてくる。『魔女様』か。一応グリンデルバルドの前では名前で呼ぶなと言っておいたのだが……そのまんますぎるぞ。別にいいけど。
「……驚いた。見事なものだな。」
ポリジュース薬の効果で無個性な男に顔を変えてスーツケースから出てきたグリンデルバルドは、不思議な魔道具に興味津々のようだ。しかし、残念ながら向こう側のスーツケースは回収できない。だから証拠を残さないためにも破壊するしかないと伝えてやると、グリンデルバルドは勿体無いと言わんばかりの様子で頷いてきた。これを使った悪巧みでも考え付いていたのか? 危ないところだったな。
「そっちもあの吸血鬼の協力者か?」
「この子は私が契約している悪魔よ。……何? その顔は。」
「いや……何でもない。」
私が他の悪魔とも契約していると聞いて、グリンデルバルドは異常者を見るような目付きでこちらを見てくる。失礼なヤツだな。お前だって同じようなもんだろうが。
「魔女様、グリンデルバルドさん、早く行きましょう。脱獄に気付かれたらさすがに面倒ですよ。」
「そうね、さっさと行きましょうか。」
小悪魔は私の魔法で翼を隠しているし、グリンデルバルドは顔を変えている。服装はちょっと奇抜かもしれないが、そこまで目立ちはしないだろう。……極悪人に悪魔に魔女か。よく考えたらふざけた集団だな。正義のヒーローが来ないといいのだが。
雑多なニューヨークの街中を歩きながら、リーゼに指定された場所へと向かう。実に混沌とした街だ。こんなに沢山の人を見るのは久しぶりかもしれない。歩いてるだけでクラクラしてきちゃうぞ。
「それで、どうやってヨーロッパまで戻るんだ? 姿くらましも煙突飛行も無理だろう? 船を使うのか?」
「『普通』の魔法使いには無理でしょうね。でも、私を一緒にしないで頂戴。」
グリンデルバルドと話している間にも、私たち奇妙な一行はビルの隙間に立つ一軒の店にたどり着く。店頭にはカラカラに乾いたイモリだとか、ヤギか何かの頭蓋骨が吊るされているような……つまりはまあ、ノクターン横丁によくある類の店だ。
「お邪魔するわよ。」
曇りガラスのドアを開けながらカウンターに居た店主らしき女性に声をかけてみると、彼女は悪戯げな笑みを浮かべて挨拶を返してきた。少し緑がかった髪が特徴的な、不思議な雰囲気を漂わせている若い女性だ。
「ああ、いらっしゃい。あのコウモリ娘から話は聞いてるよ。」
普通の人間にはそうとは分からないだろうが、今の私はこの店主の危険性が理解できてしまう。リーゼ曰く『イカれた悪霊』であるこの店主は、リーゼのお父様の友人らしい。もうその時点でかなりのヤバさだ。
「えっと、ミマさん? で合ってるわよね? リーゼから話を聞いてるならご存知でしょうけど、今日は暖炉を借りに来たの。」
リーゼの説明によれば、基本的には気の良い嘘つきだが、決して悪霊と呼んではいけないとのことだった。よく分からない説明だったが、勿論わざわざ呼んでみたりはしない。私には虎の尾を踏む趣味はないのだ。
「おう、奥にあるから好きに使ってくれ。暖炉なんか何に使うんだか知らんがね。」
「感謝するわ。」
店主にお礼を言ってから、店内に山積みにされているガラクタの山を崩さないように慎重に奥へと進む。グリンデルバルドは店に入った時から押し黙ったままだし、小悪魔は店主を見ながらぷるぷる震えている。悪魔から見ると彼女の実力は一目瞭然らしい。
壁際に設置されているやや大きめの古ぼけた暖炉にようやくたどり着いて、リーゼから渡された魔道具の操作に四苦八苦していると……背後から話し声が聞こえてきた。
「なんだい? 欲しいんだったら遠慮せずに持っていきな。下手に使うと死ぬけどね。」
「これは……本物の十二面鏡なのか? てっきりおとぎ話の存在かと思っていたが。」
どうやらグリンデルバルドがその辺に置いてあったガラクタに興味を惹かれたようだ。勘弁してくれ。好奇心旺盛なのは結構だが、この店は店主からして危険なのだ。商品に触るのはやめておいた方がいいぞ。
「余計なことをしないで頂戴、グリンデルバルド。それに店主さん、貴女もよ。売り物なんでしょう? タダで渡してどうするのよ。」
「いやぁ、実は近々遠い場所に引っ越す予定でね。どうせ全部は持っていけないから、あらかた処分する予定だったのさ。」
それを聞いて手を伸ばそうとするグリンデルバルドを睨め付けて、有無を言わせずこちらに呼びつける。準備は出来た。ならばとっととおさらばすべきだ。
なおも後ろ髪引かれる様子のグリンデルバルドを暖炉に押し込み、小悪魔が飛び込むような勢いでグリンデルバルドの隣に収まったのを確認してから、御暇の挨拶をするため店主に向かって口を開く。
「それじゃあ、これで失礼させてもらうわ。ご協力どうもありがとう。」
「おいおい、本当に暖炉を使うだけなのかい? ……まあいいさ、あのコウモリ娘によろしく言っといてくれ。」
「伝えておくわ。」
店主に答えながらも、暖炉に設置した魔道具を起動させる。お腹の真ん中を引っ張られるような一瞬の浮遊感の後、目を開けてみればそこは既にヨーロッパにあるグリンデルバルドの要塞……ヌルメンガードだったか? その一室の中だった。魔道具はきちんと動作してくれたようだ。
妙な場所に飛ばされなかったことに安心しながら、暖炉から出て煤を払っていると……部屋の中央に置いてあるソファから声が投げかけられた。リーゼだ。隣にはロワーさんの姿もある。
「お疲れ様、私の可愛い魔女さん。こあもご苦労だったね。それに……おや? これはこれは、私の忠告を無視して新大陸旅行に行ったマヌケが見えるぞ。ごきげんよう、ゲラート。監獄に宿泊するだなんて中々センスがあるじゃないか。言い訳を聞かせてもらえるかい?」
うーむ、私の試練は終わったようだが、グリンデルバルドにとっては今からが本番らしい。皮肉を浴びせかけられる哀れな極悪人の顔を横目にしつつ、パチュリー・ノーレッジはいい気味だとこっそりほくそ笑むのだった。