Game of Vampire   作:のみみず@白月

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家庭訪問

 

 

「ここが噂の監獄か。確かに『マグルらしさ』全開の家だね。」

 

プリベット通りの一軒家の前に立ちながら、アンネリーゼ・バートリは初めて見るダーズリー家に鼻を鳴らしていた。特徴のない、つまらん家だな。

 

隣には咲夜と魔理沙、そして犬人間のシリウス・ブラックが一緒に立っている。クィディッチワールドカップの会場へと向かうために、この家に収監されている生き残った男の子を迎えに来たのだ。

 

もちろんながら私がこの場にいるのには理由がある。極悪非道な陰湿魔女、パチュリー・ノーレッジから逃げるためだ。弾幕ごっこで今世紀最大の努力を見せた紫もやしに敗退した私は、夏の間中イカれた図書館談義を聞くことになってしまった。

 

……いや、まさかあそこまで必死になるとは思わなかったぞ。普段見せない機敏な動きで飛んでいたし、貯め込んでいた賢者の石を湯水のように使っていたのだ。それに……うん、昼だったから。夜なら勝ってた。絶対勝ってた。

 

とにかく、既に現場で政治家ごっこをしているレミリアの下へと二人を送ったら、サボり魔二人の食い道楽へと合流する予定だ。もう夏休みの間は紅魔館になどいられまい。私はまだたった五百年しか生きていないのだ。ノイローゼで死ぬには早すぎるぞ。

 

ブラックだけでは心配だということで、本来はアリスが一緒に来る予定だったわけだが、パチュリーから逃れるために無理を言って代わってもらった。……すまんな、アリス。極悪魔女は私がいなくなればきっとキミに図書館談義を仕掛けるだろう。キミの自己犠牲は忘れんぞ。

 

テンプレート的な家を前にアリスの冥福を祈っていると、興味深そうに辺りを見回していた魔理沙が口を開いた。

 

「なあなあ、なんで同じ形の家が沢山あるんだ? そういう決まりなのか? 法律とか?」

 

「うーん、景観の問題なのかしらね? それとも考えるのが面倒くさかったとか? マグルの考えることはよく分かんないわ。」

 

咲夜もまた、首を傾げながら返事を返す。……そういえばそうだな。一帯全部とは言わないが、同じ形の家がちらほらあるのだ。実に無個性で、実につまらん。魔法使いの家は多種多様で面白いぞ。

 

全員で首を捻っていると、愛しの名付け子に早く会いたいブラックが私たちを急かしてきた。彼にとってダーズリー家の形はさほど重要なことではないらしい。

 

「ここにいるのは生粋の魔法使いと吸血鬼だ。考えたって答えは出ないさ。それより、あー……柵でドアまでたどり着けないな。ドアノッカーはどうやって叩けばいい?」

 

「アリスはノッカーじゃなくって『チャイム』があるって言ってました。でも……鐘、ないですね。」

 

咲夜の言葉に従って全員でそれらしきものを探すが、ベルのようなものは見当たらない。おいおい、マグルの家ってのはどうやって来客を知るんだ? 普通に柵をぶち破って、ドアを蹴破ればいいのだろうか?

 

「ブラック、キミはマグル学を取らなかったのかい? なんかこう、そういう装置があるんだと思うんだが……。」

 

「残念ながら取ってませんよ。……もう普通にノックしましょうか。柵の鍵は魔法で開ければいい。」

 

「『臭い』でまたハリーに警告状が届いたりしないだろうね?」

 

「その時は私たちで説明すればいいでしょう。どうせ後で姿くらましをするんです。気にするだけ無駄ですよ。……それより、無作法じゃないかが心配ですね。あんまり妙なことをすると、ハリーの扱いが悪くなる可能性がある。」

 

元極悪殺人犯が訪ねてくる時点で大概だと思うぞ。ブラックの妙な心配に呆れ顔を浮かべたところで、魔理沙が塀にくっついている謎の機械を指差しながら推理を放ってきた。黒くて、平べったい機械だ。

 

「これじゃないか? 香霖の……あーっと、故郷の道具屋で見たことあるぜ。確か来客を知らせる装置だったはずだ。まあ、あの時は結局動かなかったけどな。」

 

「ふーん? どうやって使うのかしら? ……わっ、なんか押しちゃった。」

 

咲夜が謎の機械をペチペチ叩いていると、いきなり呼び出し音らしきものが機械から聞こえてくる。……私たちに聞かせても意味なくないか? マグルは本当にアホだな。

 

四人で疑問符を浮かべながら機械を囲んでいると、やがて機械から女の声が聞こえてきた。

 

「どなたかしら?」

 

「あー……こちらはダーズリー氏のお宅でしょうか! 私はハリーの名付け親の、シリウス・ブラックと申しますが! キングズクロス駅でお会いしたことがあるはずです! ブラックです! シリウス・ブラックです!」

 

住宅街に響き渡る大声で念入りに名乗ったブラックの声を受けて、機械は……おや、切れたみたいだ。電話で聞いたことのあるような、ブツッという音と共にうんともすんとも言わなくなってしまった。

 

「……聞こえなかったか? もっと大声で言った方が良かったかもしれないな。」

 

「壊れてるのかもしれませんよ。塀にくっつけるだなんて、雨に濡れちゃいますし。何考えてるんでしょう?」

 

うーむ、ブラックと咲夜は機械の不調を疑っているが、私としてはダーズリー家が恐慌状態に陥った説を推したいな。どうも魔理沙も私と同じ考えのようで、かなり気まずそうな顔で二人を見ている。

 

そのまま機械を叩いたりして数分待ったところで、家の柵が開いてハリーが飛び出してきた。やれやれ、ようやく話が進みそうだ。

 

「シリウス! それに……みんなも! 早く入って。バーノン叔父さんが怒ってるんだ。その、ご近所さんに知られるって。」

 

「ああ、ハリー! 元気そうでなによりだ。それじゃあ、お邪魔させてもらおう。」

 

嬉しそうなブラックの背に続いて、全員でドアを抜けてみると……おお、廊下の先に立つ叔父が形容し難い顔色でこちらを睨みつけている。子豚ちゃんと叔母はいないな。避難させたか?

 

「これは、バーノンさん。お久しぶりです。つまらない物ですが、これを。いつもハリーの世話をしてくれているお礼です。『転がりぶどう』がお好きならいいんですが……。」

 

「ン……ウム。」

 

笑みを浮かべたブラックがゴソゴソ動く四角い包みを渡すと、叔父は爆発物でも扱うかのような慎重な手つきでそれを受け取った後、体型に見合わぬ機敏な動きで何処かへ持って行ってしまった。どうやらぶどうはあまりお好きではないようだ。

 

「参ったな、ぶどうは嫌いだったか?」

 

「んー、えっと、そんなことないよ。マグルのぶどうは動いたりしないから、珍しかったんじゃないかな。うん。」

 

ハリーと話すブラックの背に続いてリビングらしき場所に入ると、キッチンの……オーブンか? それっぽい装置にぶどうの箱をしまっている叔父が見えてきた。珍妙な行動をするヤツだな。マグルはぶどうを焼くのか?

 

「あいつ、爆発すると思ってるぜ。賭けてもいい。」

 

「さすがにそんな馬鹿じゃないでしょ。ぶどうは爆発しないわ。……しないわよね?」

 

するぞ。昔したのを見たことがある。咲夜と魔理沙のコソコソ話を背に椅子へと座ると、ハリーが私の背を見て困惑したように話しかけてきた。今更気付いたのか。どうやらハリーも結構動揺していたようだ。

 

「あれ、今気付いたけど……翼はどうしたの?」

 

「魔法で消してるんだよ。さすがにそれくらいの常識はあるさ。」

 

「あー……うん、それならインターホンについても調べておいて欲しかったかな。」

 

いんたーほん? ハリーと私が話している間にも、ブラックは余所行きの笑みを浮かべながら叔父へと話しかけ始めた。……ふむ、アリスの時よりビビってるな。どうやら叔父にとってはキュートな魔女よりも、おっさん凶悪殺人鬼の方が怖いらしい。どす黒い顔で三重顎をぷるぷる震わせている。

 

「それで、そう。今日はハリーを迎えに来たんです。クィディッチのワールドカップに連れて行くために。……クィディッチはご存知ですよね?」

 

「……ウム、小僧から話は聞いておる。『お前たち』の馬鹿げたスポーツだとか。何処へなりともさっさと連れて行ってくれ。」

 

「いや、しかしながら、貴方も心配でしょう? つまり……ハリーのことが。何日も預かることになるわけですから、何処でどのような生活になるのかをきちんと説明しておきたいんです。」

 

「心配しておらん。説明はいいから、もう行ってくれ。その……クイッチとやらを観に。」

 

叔父は『非常識な』連中が家にいるのが我慢ならないのだろう。もうさっさと出て行って欲しくて堪らないようだ。……しかし、残念ながら好印象を与えたくて仕方がないブラックにはその思いが通じなかったらしく、元殺人犯は朗らかな笑みでクィディッチの説明をし始めた。

 

「クィディッチです。魔法界では人気のスポーツで、ハリーもシーカーをしているんですよ? ……さすがにそれはご存知ですよね? 他にはチェイサーとビーター、それにキーパーというポジションが──」

 

これは果たして誰にとっての悪夢なのだろうか? 目の前でどうでもいい会話を繰り広げられている私か、どす黒い顔で死刑宣告でもされたような表情になっている叔父か、やってしまったという顔になっているハリーか。かなり迷うところだな。

 

大好きなクィディッチの説明を繰り広げているブラックと、それをどう止めようかとオロオロしているハリーを眺めていると……部屋の隅でコソコソ何かをしているやんちゃ娘たちの話し声が聞こえてきた。あっちはあっちで『探検』を楽しんでいるようだ。

 

「ふふん、これは知ってるわよ。てれびじょんだわ。妹様とピコピコをする時に使ってるもの。」

 

「てれびじょん? そういえばロンドンの街を歩いた時に見たな。これよりずっとでかかったけど。ビルの上の方についてたんだ。」

 

「ビルの上に? それはまた……よっぽどピコピコが好きな人なのね。きっとお金がかかるでしょうに。」

 

「というか、ピコピコってなんだよ。マグルのスポーツか?」

 

ううむ、側から聞いてると素っ頓狂な会話だな。ハーマイオニーなんかが聞いてたら嬉々として訂正を加えまくるに違いない。……私もちょっと気をつけよう。バカにされるのは御免だぞ。

 

そうこうしている間にも、ハリーはとうとう名付け親を止めることに成功したようだ。ブラックの『大演説』がストップしたのが聞こえてきた。

 

「──ですから、魔法使いのテントには充分な居住性が確保されているのです。料理もできますし、ベッドもきちんと付いている。ハリーは何不自由なく……どうした? ハリー。まだ説明はあるぞ?」

 

「もう大丈夫だよ、シリウス。ね? バーノン叔父さん。僕が説明済みだよね? ね?」

 

「ウム! その通りだ! 小僧から全て話は聞いておる。何一つ心配しておらん。だからもう充分だ。早く行ってくれ。」

 

実に感動的な光景ではないか。普段いがみ合っている二人が、迷惑な殺人鬼を追い払うために協力し合うとは……団結力を手に入れるためにはやはり外敵が必要だったようだ。

 

私がまた一つ賢くなったところで、『外敵』が曖昧に頷きながら口を開いた。

 

「ん、まあ、それならよかった。それじゃあ、ハリーをお預かりします。新学期の前に一度こちらに帰すことも出来ますが……。」

 

「いや、結構だ。小僧もその方がよかろう?」

 

「うん。問題ないよ。」

 

ハリーどうこうというよりかは、ブラックがもう一度来るのが嫌なのだろう。再び見事な連携を見せた二人に向かって、ブラックは了解の返事を投げかける。

 

「そうですか? それじゃ、お暇させていただきます。……ハリー、私の手を取ってくれ。お嬢さん方はバートリ女史の手を。姿くらましで移動する。」

 

「えっと……リーゼも魔法は使えないんじゃないの? それに、『バートリ女史』?」

 

「おっと、あー……それはだな、えー……。」

 

よかったな、ハグリッド。演技指導のお仲間ができたぞ。どうやらこの男も演劇の才能は皆無のようだ。大根畑にまた一本無能大根が増えてしまった。今度は尻尾の生えた犬コロ大根だ。

 

馬鹿犬へと呆れた視線を送りながら、ハリーに向かって適当な言い訳を話し出す。私が吸血鬼でよかったな、ブラック。吸血鬼は嘘をつくのが大得意なんだよ。

 

「ハグリッドと一緒だよ。ブラック家は結構な名家だろう? 多少歴史を知っている分、バートリの名前にビビってるのさ。……それに、制限法が適用されるのは未成年で『人間』の魔法使いだ。吸血鬼じゃない。」

 

「そうだったの? ……羨ましいな。でも、姿くらましが出来るのは知らなかったよ。成人しないと使えないって聞いてたけど。」

 

「そっちも『人間』向けの法律だしね。法の隙間ってやつだよ。……ま、実はそんなに難しい魔法じゃないのさ。ホグワーツじゃ妨害呪文のせいで使えないけどね。」

 

嘘、嘘、嘘のオンパレードじゃないか。……積み重ねてるといつかしっぺ返しがきそうだな。大体、姿くらましは普通に難しい呪文だし、未成年に対する制限法やら機密保持法やらが吸血鬼に適用されないのかもさっぱりなのだ。頼むから調べようとしないでくれよ、ハリー。

 

「そう、そういうことだ! それじゃあ、早速行こうじゃないか。ハリー、お嬢さん方、きちんと掴まるんだぞ? 『バラけ』たくはないだろ?」

 

馬鹿犬が慌てて言うのに従って、咲夜と魔理沙が私の左手にしがみ付いた。……そんなにギュッとしなくても大丈夫だぞ、二人とも。今更『バラけ』るような失敗はしない。美鈴の犠牲のお陰で上手くなったのだ。

 

「それじゃあ、失礼します、バーノンさん。」

 

ブラックの言葉と同時に杖を振って、規定のキャンプ場へと付添姿あらわしする。ヌルリと管を通り抜けるような感覚の直後……夕暮れの森が視界いっぱいに広がっていた。なんともまあ、辺鄙な場所だ。ただの森の中じゃないか。

 

「おっと、すぐに退いてくれ。輝きの丘からの集団がもう少しで到着するんだ。『混ざ』っちまうぞ。」

 

そりゃ御免だ。誘導役らしき魔法使いに従って姿あらわしの定位置となっている広場を離れると、彼は手元の羊皮紙を見ながら私たちの名前を聞いてくる。面倒くさそうな表情を見るに、何度も繰り返しているやり取りなのだろう。

 

「それで、あんたらの名前は?」

 

「ブラックだ。シリウス・ブラック。」

 

「スカーレットで予約されているはずだよ。レミリア・スカーレット。」

 

おやおや、可哀想なことに、誘導役の魔法使いは腰を抜かしてしまった。ちょっと面白いな。よく考えれば、結構なビッグネーム二人なのだ。

 

「あんた……ああいや、無罪になったんだったか。でも、あんたはスカーレット女史じゃないぞ。あの方の顔くらいは新聞で見たことがある。」

 

「親戚だよ。本人はもう来てるはずだし、ちょっと遅れて合流するのさ。……ほら、これでどうだい?」

 

翼を現して言ってやれば、魔法使いはへたり込みながらコクコク頷いてきた。そのまましばらくは呆然と私の翼を眺めていたが……おや、再起動だ。やがて自分の職務を思い出したらしく、慌てた様子で手元の羊皮紙を捲り始める。

 

「あー……はい、二人とも、向こうに四百メートルほど行った先にあるロバーツさんという方がやっているキャンプ場だ……です。」

 

「どうも。お仕事頑張りたまえ。」

 

ひらひら手を振りながら言葉を放り、指差された方向へと歩き出す。こういう仕事も魔法ゲーム・スポーツ部がやっているのだろうか? だとすれば結構な激務だな。

 

普段何をやってるのかわからん魔法省の窓際部署について考えていると、魔理沙が私の横に歩調を合わせながら話しかけてきた。その顔は興味一色で塗りつくされている。

 

「よう、リーゼ。さっきのは私も使えたりしないのか? ハリーとの話を聞く限りだと、なんかの制限があるっぽいけど。」

 

「残念ながら、十七歳以上にならないと使えないよ。私が何故使えてるかは……キミなら分かるだろう?」

 

「あー、なるほどな。……残念だぜ。瞬間移動ってのにはちょっと憧れるんだけどな。」

 

「厳密に言えば瞬間移動ではないらしいけどね。まあ、詳しい話はアリスにでも聞きたまえ。私はよく知らないよ。」

 

昔なんかの機会に話してくれた気もするが、ちんぷんかんぷんで放り投げたはずだ。……ま、一々理論など知る必要はないだろう。空気力学など知らなくてもコウモリは空を飛ぶし、栄養学を知らない吸血鬼も血を吸うのだから。

 

そのままちょっと残念そうな魔理沙がハリーや咲夜とのクィディッチ談義に戻ったところで、今度はブラックが隣を歩きながら話しかけてきた。

 

「いや、さっきはすみませんでした。ダーズリー氏を前に緊張してたようでして。」

 

「別にいいさ。大根役者はハグリッドで慣れてるしね。これでキミも違和感なく話しかけられるだろう?」

 

「そうですね。……でも、リリーのお姉さんにも会っておきたかった。この前もまともに話せなかったんです。」

 

「やめといた方がいいと思うよ。リリー・ポッターからは話を聞かなかったのかい? 叔母の方はどうも魔法を良く思っていないようじゃないか。」

 

少なくともアリスの話によればそのはずだし、私も数度会った限りではそんな風に見えたぞ。毛嫌いしているというか、憎んでいるってレベルだ。……劣等感なのだろうか?

 

しかしブラックにはまた別の考えがあるようで、首を振りながら話を続けてくる。

 

「確かにそんな話はしていましたが……それでも、心の底ではリリーのことを想っているのではないでしょうか? でなければハリーを預かったりはしないはずです。私はそれを信じたい。」

 

「ふぅん? ……まあ、受け取り方は人それぞれだ。ダンブルドアなんかは同意するだろうが、私には少し無理があるように思えるね。どうせ世間体やらを気にした結果だろうさ。」

 

「そうでしょうか? リリーもそう信じたからこそあの魔法を遺したのでは? ……いや、結局は結論の出ない話ですね。忘れてください。」

 

少し自嘲げなブラックがそう言ったところで、管理人らしきマグルのいる石造りの小屋へと到着した。横にある門の向こうには既に大量のテントが設置されているのが見える。……愛、ね。ふん、くだらん。

 

「どうも。ブラックで予約されているはずなんだが。」

 

「あいよ。……ブラックさん、テントを一張り、二週間。合ってるかい? 合ってるなら払うもん払ってくれ。」

 

「それで間違いない。……あーっと、ハリー、手伝ってくれないか?」

 

ハリーの助けを借りてマグルの通貨を数えているブラックを横目に、私も管理人へと問いを放つ。

 

「スカーレット家のテントはどの辺だい?」

 

「スカーレット? ああ、あのどでかい真っ赤なテントか。向こうの方だ。馬鹿みたいに目立つから、行きゃわかるよ。……それよりお嬢ちゃん、その羽はなんだ? ハロウィンにはまだ早いぞ。」

 

「お気遣いどうも。ロンドンじゃこれが流行ってるのさ。」

 

「ハン! 都会者ってのは変わってるな。」

 

皮膜の良さを理解できないバカがここにもいたか。翼を指差しながら適当に言ったところで、ようやくブラックは通貨の違いを認識したようだ。……こと通貨に関してはマグルの方が分かりやすいはずだぞ。

 

ブラックが愛想笑いを浮かべながら管理人に金を払ったところで、管理人はお釣りを四角い空き缶から出しながら声をかけてきた。

 

「おめえさんたちも外国人かね? 金勘定ができねえのは、おめえさんが初めてじゃねえ。さっきの奴なんか、車のホイールキャップぐれえのでっけえ金貨で払おうとしてきた。」

 

「なるほど。それはまた、迷惑な客だ。」

 

「何でか知らねえが、俺の人生でも今が一番繁盛してんだ。……何百って数の予約。一体全体何が起きてんだ?」

 

「あー……私にはさっぱりだよ。」

 

困り果てたブラックへと釣銭を渡すことなく、管理人は疑わしそうな顔でテントの群れを見ながら続きを話す。

 

「奇妙な連中ばっかりだ。変な服装で、変なことを喋ってやがる。……犯罪が関わっちゃいねえだろうな? 昔もあったんだ。脛に傷のあるような連中が、ここで良くない物の取引を──」

 

オブリビエイト(忘れよ)!」

 

おおっと、いきなりブラックの隣へと姿あらわししてきた魔法使いが、管理人へと忘却術を放った。容赦なしだな。マグル対策口実委員会の連中も大忙しのようだ。

 

途端にトロンとした表情になった管理人からブラックが地図と釣銭を受け取ったところで、小屋の外へと私たちを追いやりながら忘却術師が話しかけてきた。

 

「あの男は忘却術を日に十回はかけないと変な疑いをかけてくるんだ。……うんざりだよ。なるべく近寄らないように気をつけてくれ。」

 

「あー……そうしよう。」

 

無精髭に濃い隈、そしてヨレヨレのローブ。この忘却術師が過労死する日も近いな。イギリスの大多数の魔法使いはワールドカップを喜んでいるだろうが、彼らにとってはただの悪夢なのだろう。

 

ブラックの返答を受けて疲れたように再び姿くらましをする忘却術師を見送ったところで、門を抜けてテントの群れへと突入する。……いやいや、これは管理人が疑うのも仕方ないぞ。まともな『テント』が全然無いじゃないか。

 

煙突やら塀やらがついているテントはまだマシな方だ。三階建ての庭付きテントや、バルコニー付きのショッキングピンクのテント、そしておまけに孔雀が数羽繋がれているテント。マグル学の重要性が今はっきりと分かったな。あの授業は必修科目にすべきだぞ。

 

「私でも分かります。これは間違ってる。」

 

「素晴らしいよ、咲夜。キミがまともな感性を持っていてくれて私は嬉しい。」

 

虎柄の尖塔付きテントを指差しながら言う咲夜にため息混じりの返答を返していると……あの、威張りたがりの、自意識過剰の、ポンコツチビの、大馬鹿コウモリめ! 頭がおかしいのか、あいつは! 真っ赤な超巨大テントが見えてきた。

 

庭もある、バルコニーもある、噴水も、尖塔も煙突もある。欠けているのは孔雀だけだ。魔法使いのアホなところを凝縮したようなあのテントこそが、管理人の言っていた『馬鹿みたいに目立つ』テントに違いない。つまり、我がセンスのおかしい幼馴染のテントだ。

 

「わあ……これは、あれですね。あの、あれです。」

 

「無理にフォローしなくていいよ、咲夜。『わあ』の部分が全てさ。レミリアは頭がおかしいんだ。……私は悲しいよ。吸血鬼がアホの仲間だと思われてしまう。」

 

「ぶっちぎりで狂ってるな。これをテントと呼ぶヤツはいないぜ。」

 

スカーレット卿も地獄で泣いてるぞ。魔理沙が天辺にはためくスカーレット家の紋章を指差しながら言ったところで、ブラックが精一杯の愛想笑いを浮かべて口を開いた。ちなみにハリーは口をあんぐり開けてサーカスでも開けそうなテントを見つめている。

 

「まあ、スカーレット女史らしいテントじゃないですか。これなら誰も間違わないでしょう。」

 

「今すぐ火を点けてやりたい気分だよ。これほど馬鹿みたいなテントは歴史上に存在しないだろうさ。今までも、これからもね。」

 

いっそ燃やしてしまおうか? ……いや、ダメか。咲夜と魔理沙の泊まる場所がなくなってしまう。夏とはいえここは少し冷えるのだ。風邪でも引いてしまったら大変だろう。

 

無意識に抜いていた杖をそのままに、大きくため息を吐いてから口を開く。

 

「それじゃあ、私はもう行くよ。キミたちはあの……テントらしき物体でレミィを待ちたまえ。それと、私が文句を言っていたことは必ず伝えるように。必ずだ。」

 

「あの……はい、伝えます。」

 

「あそこに泊まるのかよ……まあ、あんがとな、リーゼ。試合を楽しませてもらうぜ。」

 

咲夜と魔理沙に声をかけた後は、ブラックとハリーの方へと向き直る。もう一刻も早くここを離れたいのだ。あのテントを見てると羞恥心でどうにかなっちゃうぞ。

 

「私はここで失礼するよ。キミたちも存分にワールドカップを楽しむといい。」

 

「行っちゃうの? ロンもハーマイオニーも後から来るんだし、せめて一試合くらいは観ていけば?」

 

「んふふ、私は私で夏休みを楽しむのさ。ヨークシャーの方に行ってワインを飲みまくるんだ。それと、ステーキも食いまくる。牛が絶滅するくらいにね。」

 

「そっか。僕は飲んだことないけど……うん、そっちも楽しそうだね。」

 

絶対に楽しいはずだ。少なくとも紅魔館で魔女の念仏を聞かされるよりかは百倍良い。私を待つ牛たちを思ってうんうん頷きながら、今度はブラックに向かって声をかけた。

 

「ブラックも、ハリーのことを頼んだよ。ウィーズリー家の連中も後で来るはずだ。」

 

「ハリーたちのことは任せてください、バートリ女史。そちらも楽しい休暇になることを祈ってます。」

 

「ああ、存分に楽しませてもらおう。」

 

言いながら杖を振って、美鈴に教わった場所へと姿くらましする。ワイン、ステーキ、ワイン、ポークチョップ、そしてワインだ。今年の夏休みは楽しくなりそうじゃないか。

 

姿くらまし独特の感覚に再び身を委ねながら、アンネリーゼ・バートリは満面の笑みを浮かべるのだった。

 


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