Game of Vampire   作:のみみず@白月

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もう一つのゲーム

 

 

「んー、残念だったわね。」

 

ワールドカップ特設スタジアムの貴賓席で、レミリア・スカーレットは隣に座るギリシャの魔法大臣へと話しかけていた。トガのような白いマントが特徴的だ。スーツと絶望的に合ってないな。

 

ワールドカップの日程は順調に消化され、今日はとうとう準々決勝の日となったのだ。外交のために何回も観たせいで、クィディッチにはめちゃくちゃ詳しくなってしまった。今の私にはブラッチングとブラッギングとフラッキングの違いが分かるぞ。

 

そんなこんなで行われたギリシャ対スペインのナイトゲームだったが、結果は170対190。スペインの大逆転勝利で幕を下ろしたのだ。百三十点もリードしていたのにも関わらず、ギリシャのシーカーは最後の最後でスニッチを取りこぼしてしまったのである。試合後に号泣していたのが実に哀れみを誘う光景だった。

 

「そうですね。……まあ、我が国の選手は健闘してくれました。評価が低かったのにも関わらず、準々決勝までこれたのですから。」

 

拙い英語で残念そうに言うギリシャ魔法大臣に、うんうん頷きながら同意を返す。内心どう思っているにせよ、ニコニコ顔で同意するだけならタダなのだ。タダなら使う。それが政治だ。

 

「勝負は時の運ってやつね。それがクィディッチならなおさらよ。……でも、試合前のマスゲームは今まで見た中でギリシャが一番だったわ。グリフィンの空中曲技なんて、他の国じゃ絶対に真似出来ないでしょうしね。」

 

これは紛うことなき本音だ。巨大な猛禽の編隊が軽やかに夕空を舞う姿は、私をして見事だと思わせる出来栄えだった。途中で弱火になってしまったスペインのサラマンダーとは大違いだ。餌の胡椒が足りなくなったせいで、火力を維持できなくなってしまったらしい。

 

「おお、それは嬉しいお言葉です。……一頭いかがですかな? 友好の証にお贈りしますよ?」

 

「んー……嬉しい提案だけど、やめとくわ。餌に馬を食べるんでしょう? 残念ながらイギリスじゃウケないわね。」

 

「なるほど、確かにそちらではあまり喜ばれないでしょうね。……それでは、私はこれで失礼させていただきます。選手たちを励ましに行かなければ。」

 

おっと、外交ゲームも終了か。立ち上がった魔法大臣に合わせるように席を立ち、手を差し出しながら言葉を放つ。

 

「今日は話せて良かったわ。また何かあったら気軽に声をかけてね。……選手たちにも良い試合だったと伝えて頂戴。」

 

「私も貴女と観戦できて光栄でした。妻へのいい自慢になります。選手たちもきっと喜ぶでしょう。」

 

しっかりと握手を交わしてから、去って行く大臣と護衛たちを見送る。……よしよし、ギリシャは好意的、と。高名な魔法戦士が多い国なのだ。関係を築いておいて損はあるまい。

 

「……ふぅ。」

 

もう一度椅子に座り直してから、この後の予定を脳裏から引っ張り出す。優先すべきはフランスの大臣だな。昨日敗退してしまったから、今日にも帰ってしまうはず。その前に会食を……いや待て、ウガンダの代表も捨て置けまい。アフリカのワガドゥ魔法学校はヨーロッパ大戦の時も積極的に味方してくれたのだ。今の代表は校長を務めたこともあったはずだし、そっちの話もしておきたい。

 

こうやって予定を組み立て、愛想笑いを浮かべ、時には冷たい脅しを放つ。非常に面倒な仕事だ。面倒な仕事だが……うむ、悪くないぞ。昔は嫌々行っていた政治ゲームも、今の私には楽しみとなりつつある。

 

努力すればするほどに、レミリア・スカーレットは大きく、強くなっていくのだ。じわじわと各地に広がっていく私の影は、私をより偉大に、より眩しい存在へと彩ってくれる。かつてお父様が吸血鬼のコミュニティでやっていたそれとは比較になるまい。盤となっているのはイギリスだけではなく、全世界なのだから。

 

もちろん当初の目的を忘れてはいない。本来リドルを追い詰める為にやっていることだし、今だってその為の努力は重ねている。……だがまあ、それが無くとも私はこのゲームをやめないだろう。リーゼもフランも関わっていない、私だけのゲーム。これはレミリア・スカーレットの挑戦であり、愉しみなのだ。

 

……よし、決めた。ウガンダが優先だ。フランスはどうせ三大魔法学校対抗試合でも関われる。それなら今はウガンダと関係を深めた方がいいはずだ。向こうじゃ杖なし呪文は普通に使われているようだし、変身術においては世界一の技術を誇ると聞く。ひょっとしたら大きな戦力になるかもしれない。

 

立ち上がってスタジアム中央上部の貴賓席から、関係者用の階段に向かって歩き出す。ちなみに我らがイングランドはとっくの昔に敗退した。二日目の試合で390対10でトランシルバニアにボッコボコにされたのだ。……別に最初から期待しちゃいなかったが。

 

これで準決勝へと確実に駒を進めたのは今勝ったスペインと、昼のゲームで勝利したペルーとアイルランド。今頃もう一つのスタジアムでブルガリア対エジプトの試合を行なっているだろうが、大方の予想通りならもう一枠にはブルガリアが勝ち上がってくるはずだ。いやはや、ここまで大量の試合を観ていると、さすがにどこが勝つのか気になってくるな。政治的に関わりが深いのはアイルランドとブルガリアだが……まあ、クィディッチの勝敗なんて予想するだけ無駄か。

 

思考に耽りながら色とりどりのランタンに照らされるスタジアム前の道を歩いていると、不意に驚いたような声が聞こえてきた。

 

「これは……スカーレット女史。」

 

声の方向へと振り返ってみれば……なんともまあ、懐かしい顔ではないか。我が古き宿敵、バーテミウス・クラウチだ。嘗てと同じようにキッチリとスーツを身に纏い、山高帽の下には厳格そうな顔を引っさげている。老いてはいるが、あんまり変わってはいないな。

 

「あら、クラウチ。久しぶりじゃないの。……そういえば国際魔法協力部に居たんだったわね。どうして今まで顔を見なかったのかしら?」

 

「貴女が相手をしてくれているなら、私などは必要ないでしょう。他方のスタジアムを接待していたのですよ。……準決勝からは同時に試合が行われなくなりますから、嫌でも顔を合わせることになるはずです。」

 

「それはなんとも楽しみだわ。……まあ、過去は水に流してワールドカップを成功させましょう。イギリス魔法省のために、ね。」

 

うーむ、我ながら何とも空虚なセリフだな。私のせいで主流街道から切り離されたのだ。内心でははらわた煮えくりかえっていることだろう。

 

とはいえ、クラウチの政治力はなおも健在のようで、表情を変えないままでゆっくりと頷いてきた。

 

「もちろんです。仕事は仕事。私情を挟むつもりなどは毛頭ありませんよ。……それでは、私はブルガリアの魔法大臣と夕食の約束がありますので。」

 

「ええ、そっちも頑張って頂戴。」

 

適当に返事を返してから、真逆の方向へと歩き出す。うーん、少し痩せたようにも見えたな。別に同情なんてしないが、なんかこう……物悲しい気もする。昔はあれだけ苦労させられた政敵なのだ。落ちぶれた様子を見ると時の流れというものを感じてしまう。

 

ま、これが政治だ。どれだけ輝かしい勝利を積み重ねようと、一度負ければ奈落の底まで落ちて行く。どれだけ必死に這い上がろうとしても、嘗て自分が蹴落とした者たちがそれを阻むのだ。それが嫌なら勝ち続けなければならない。……いやはや、業の深い世界だな。

 

そして我が情けない人形大臣、コーネリウス・ファッジはそれを恐れている。今や予言者新聞の一言一句に怯え、魔法大臣の席に震えながらしがみついている始末だ。……ふむ、そろそろ切り時か? あの男が無能なのはもはや周知の事実。次の大臣はさぞ楽な仕事になるだろう。普通にやるだけで前任者を遥かに凌げるのだから。

 

次の魔法大臣は……手持ちの札から出すならアメリア・ボーンズしかないな。他にも優秀な者は居るが、ちょっとばかり歳が若すぎるのだ。となればスクリムジョールを魔法法執行部の部長に上げる必要があるし、そうなれば次の闇祓い局局長も考えねばなるまい。

 

順当に行けばガウェイン・ロバーズだが、実力で見ればキングズリー・シャックルボルトも捨てがたい。聖28一族なら純血派のウケもいいだろうし……うーん、スクリムジョールと話し合う必要があるな。向こうの面子の問題もあるはずだ。頭越しにやられれば気分も悪かろう。

 

いやぁ、面白くなってきた。中継ぎ大臣の仕事が終われば、いよいよ本格的な魔法省の改革が断行できそうだ。ウィゼンガモットの老人どもにもそろそろ席を空けてもらおう。古い体制の遺物は一掃せねばなるまい。……もちろん、私以外の話だが。

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、悪巧みを頭に巡らせながらウガンダの代表のテントへと歩くのだった。

 

───

 

そして二日が経ち、いよいよワールドカップの決勝戦の日となった。勝ち上がったのはブルガリアとアイルランド。まあ、大方の予想通りだ。

 

アイルランドはチェイサーの働きにより大差でペルーを破り、ブルガリアはエースシーカーの働きでスペインとの試合を決めた。……正反対のチームだな。ブルガリアのシーカーがスニッチを早めに取れるかが試合の決め手となるだろう。

 

陽が沈む頃に目を覚まし、ベッドに丸まりながら今日の試合について考えていると、ノックの音と共に聞き慣れた名乗りの声が聞こえてくる。

 

「咲夜です。お目覚めでしょうか? レミリアお嬢様。」

 

「んー。入っていいわよ。」

 

「はい、失礼します。」

 

静かに入室してきた咲夜は、クローゼットから私の着替えを取り出し始めた。昔は愛娘に着替えや髪を整えてもらうのは気恥ずかしかったが、今ではむしろ日々の楽しみとなっている。自分でやるよりも気持ちいいのだ。

 

反面、リーゼなんかは決して他人に髪を触らせようとはしない。寝顔を見られるのも嫌いだし、着替えなんか以ての外のようだ。四百年前くらいにお互いの髪を弄っていたような気もするが、そんなおぼろげな記憶がある程度。……あの頃は私が長髪で、リーゼが短髪だったな。

 

古の記憶に想いを馳せていると、準備の整った咲夜が私を促してきた。

 

「今日はこちらの服でいいですか? んー、でも……こっちも捨てがたいですね。どっちにします?」

 

「より紅い方にして頂戴。今日は大事な一戦なんだから、気合いを入れていかなくちゃ。」

 

「かしこまりました。それじゃあ、こっちにしましょう。」

 

されるがままで着替えをしながら、何故か楽しそうな咲夜へと問いを放つ。……まさか着せ替え人形だと思われてないだろうな? ふんふん鼻を鳴らしながら作業する姿は人形を弄るアリスにそっくりだぞ。

 

「魔理沙はどうしてるの?」

 

「ポッター先輩たちと遊びに行ってます。何でもウッド先輩……卒業しちゃったグリフィンドールのキャプテンさんです。に会えたみたいで。きっと昨日の試合について話してるんですよ。」

 

「ふーん。私は仕事であんまり一緒にいられなかったけど、どうかしら? 楽しんでる感じだった?」

 

「ええ、とっても。毎日狂ったように試合を観に行ってましたよ。私やハーマイオニー先輩は有名どころをいくつか観るくらいでしたけど、魔理沙はシリウスさんに連れられて、ポッター先輩やロン先輩とハシゴしてたみたいです。」

 

それは何よりだ。シーズンチケットを手に入れた甲斐があった。……あの金髪の小娘の重要度は私の中で結構高い。咲夜の友達で、恩人。アリスにとってのテッサ、フランにとってのコゼットなのであれば、きちんと気を遣ってやる必要があるだろう。小娘どうこうというよりかは、咲夜が泣くのを見たくないのだ。

 

ちょっと生意気ながらも距離を縮めるのが上手い小娘について考えていると、着替えを終わらせた咲夜が櫛を手に取りつつ話しかけてきた。

 

「今日は一緒に観られるんですよね? ……それとも、今日もお仕事で離ればなれですか?」

 

ぬおぉ、吸血鬼殺しの上目遣いか。これを捌けるのは紅魔館でフランだけだ。上目遣いをやり返すという、凄まじく難易度の高い技でしかやり過ごすことは出来ないのだから。

 

「もちろん一緒よ! 最初にブルガリアの大臣とちょっとだけお話ししなきゃだけど、そこからはずっと一緒だわ!」

 

「えへへ、嬉しいです!」

 

本当はブルガリア大臣の隣で観る予定だったが、こんな咲夜を放っておけるはずがない。どうせバグマンかクラウチあたりも来るのだ。そっちに任せておけば問題ないだろう。……ちなみにコーネリウスには端から期待していない。英語もまともに話せないのに、ブルガリア語なんぞを話せるもんか。

 

きっちりと髪も整ったところで、咲夜と二人で部屋を出る。ふむ、今更ながらに……このテントはちょっと大きすぎたかもしれんな。拡大魔法のかかった内部は、紅魔館の四分の一くらいの広さがあるのだ。つまりは普通のお屋敷一軒分である。結局使わなかった部屋が大量にあるぞ。

 

私の私室、咲夜と魔理沙の部屋、応接室、リビング、キッチン。そのくらいしか使わなかった。……これ、また使う機会があるだろうか? 結構高かったんだが。

 

魔法テント屋のセールストークにしてやられたな。内心でちょっと金遣いを反省していると、リビングに到着した私に咲夜が夕食の準備をしてくれる。

 

「これ、昼間にトランシルバニアの大臣の使いの方が届けてくださったんです。何でも最高級の血だとか。吸血鬼のことをよく知ってらっしゃるみたいで。」

 

「あら、それは楽しみね。トランシルバニアにはうちの分家があったからかもしれないわ。ここ百年くらいは全く連絡がないけど……討伐されちゃったのかしら? ちょっとやんちゃな連中だったし、宜なるかなって感じね。」

 

高価そうなボトルからグラスに注がれた血の匂いを嗅いでみると……おお、これはいいぞ。間違いなく処女の生き血だ。しかも幼い少女の。トランシルバニアの大臣がどうやって入手したのかは知らんが、吸血鬼に対する正しい贈り物というものをよく理解しているらしい。

 

「ボトルは置いといて頂戴。リーゼにバレる前に全部飲んじゃうわ。」

 

「あの……はい。それじゃあ、お食事をお持ちしますね。」

 

困ったように頷いてドアを抜けていく咲夜を見送り、匂いを楽しみながら真っ赤な血を口に含む。あいつも今頃ワインを飲みまくっているのだ。文句は言わせんぞ。

 

恐らく保存魔法がかかっているのだろう。新鮮な血を飲みつつトランシルバニアへの返礼について考え始めたところで、咲夜が食事の載ったカートを……何故かサラダがあるぞ。しかも、ニンジンが多いではないか!

 

「さ、咲夜? サラダがあるわよ? それに、どうしてニンジンが入ってるの? ステーキだけでいいのよ?」

 

「ダメです! ハーマイオニー先輩が教えてくれました。野菜も食べないと不健康なんだって。ビタミンとか、なんかそういうのが足りなくなっちゃうんだって。だから、これからは毎日食べていただきます。」

 

おのれ……おのれ、グレンジャー! チケットを贈ってやった恩も忘れて、賢しらに余計な知識を吹き込みおったな! 毎日ニンジンだなんて悪夢だぞ。私はウサギでも馬でもない、吸血鬼なのだ。あんなマズいもんを食べてたらおかしくなっちゃうだろうが!

 

「わ、私は吸血鬼よ? 野菜なんか食べなくても大丈夫なの。ほら、ピンピンしてるでしょう?」

 

「お嬢様のことが心配なんです。ドレッシングもきちんと作りましたから、どうか食べてくれませんか?」

 

「ぬ、ぐぬぅ……た、食べるから。そんな悲しそうな顔をしないで頂戴。食べるから!」

 

潤んだ瞳でフォークに刺したニンジンをぐいぐい押し付けてくる咲夜に、口をあーんしながら敗北宣言を送る。……忘れんぞ、グレンジャー。この恨み決して忘れんからな!

 

栗色の髪のガキに憎悪の思念を送りながら、レミリア・スカーレットは大嫌いなニンジンを咀嚼するのだった。

 

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