Game of Vampire   作:のみみず@白月

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クィディッチ・ワールドカップ

 

 

「ひゃー、さすがに今日は人が多いな。このスタジアムが満員になったのは初めてだろ?」

 

煌びやかなスタジアムを埋め尽くす人の絨毯を前に、霧雨魔理沙は隣を歩くハリーに話しかけていた。さすがに決勝戦だけあって、観客たちの盛り上がりも最高潮だ。

 

長きに渡って行われたワールドカップも今日でとうとう最終日。アイルランド対ブルガリアの一戦。今やスタジアムは無数の照明で真昼のように照らされ、あちらこちらで色とりどりの火花が上がっている。

 

「うん。十万人が入るスタジアムらしいから、そのくらいは確実に居るわけでしょ? 魔法使いって……本当に沢山いたんだね。」

 

「今更何を言ってんだよ、キャンプ場で死ぬほど実感したろ?」

 

ハリーの素っ頓狂な返事に、ケラケラ笑いながら言葉を返す。ここまでの日程で世界各地の珍妙な魔法使いたちを大量に見たのだ。

 

例えばフランスの魔法学校から来たという女生徒たち。香水の匂いをプンプンさせて、早口のフランス語でぺちゃくちゃお喋りをしていた。彼女たちに遭遇すると決まってロンがデレデレし始めるせいで、毎回ハーマイオニーの機嫌が悪くなって大変だったのだ。

 

それに、アフリカのワガドゥとかいう魔法学校の生徒も変だった。いきなり道端でヒョウとチーターに変身して、ギャウギャウ鳴きながら喧嘩をおっ始めたのである。慌てて止めにきた魔法省の役人が酷く引っ掻かれていた。あれは……うん、ちょっと可哀想だったな。

 

そういえば、久々に日本人と話すことも出来たっけ。マホウトコロの生徒らしき集団に、おにぎりと味噌汁をご馳走になったのだ。まあ……あいつらもちょっとおかしかったが。何を考えたのかは知らんが、自国の敗北を嘆いて自分たちのテントを燃やしまくったのである。怒鳴り散らしながら止めにきた管理人は、結局三回も忘却術をかけられていた。

 

「んー、そうだね。魔法界の広さを改めて実感したよ。」

 

千差万別の格好をした観客を見て頷いたハリーの肩を、後ろから双子が追い抜きざまにパシンと叩く。

 

「その通りだぜ、ハリー。お前の叔父にも教えてやれよ。くだらないマグルの常識なんかひっくり返るぞ。」

 

「そうそう。どうせなら連れてくりゃよかったんだ。そしたら俺たちが『歓迎』してやったってのに。」

 

二段飛ばしで貴賓席に向かう双子は頗るご機嫌な雰囲気だ。……まあ、無理もあるまい。彼らは南米にあるカステロブルーシュの生徒から、妙な臭いのする蛍光色の薬品を大量に仕入れたのだ。ウィーズリー家のテントで怪しげな実験を繰り返していたのを思うに、今年のマクゴナガルはさぞ苦労することだろう。

 

意気揚々と階段を上がる双子の背に続いて頂上までたどり着くと、もはや見慣れた貴賓席の椅子が見えてきた。最初は感動してたが、今じゃ一般席の盛り上がりが羨ましく思える始末だ。ここはちょっとお行儀が良すぎるぞ。

 

「感覚がおかしくなりそうだ。明日から日常に戻ると思うと気が滅入るよ。」

 

「こっちにすぐに慣れたように、元の生活にもすぐに慣れますよ、局長……じゃなくて、父さん。」

 

アーサーとパーシーの悲しい会話を聞きながら、いつものようにウィーズリー家、シリウス、ハリー、私、咲夜、ハーマイオニーの順で座り込む。レミリアはどっかでお偉いさんとでも話しているのだろう。咲夜が私との間に一席空けているのを見るに、今日はあの吸血鬼も一緒に観戦するようだ。

 

そそくさと先程買ったパンフレットを取り出しながら万眼鏡……スロー再生やらコマ送りが出来る優れものだ。ちゃんとアリスの手伝いをしたお小遣いで買った。のチェックをしていると、やおら後ろを振り返ったハリーが誰かに向かって呼びかけた。

 

「ドビー?」

 

どびー? 何のことかと思って私も振り返ってみれば……うーむ、こっちの世界で見た中でも、とびっきり奇妙な生き物だな。小鬼を臆病にしたような見た目の生き物が、一段高い後ろの席に座っている。

 

「旦那さまはあたしのことをドビーってお呼びになりましたか?」

 

何故か目を覆っている長い指の隙間からこちらを見る謎生物に、ハリーは困ったように返事を放った。身に纏うボロボロの服……というか布切れが、この場所になんとも不釣り合いだ。

 

「あー、人……じゃなくって、妖精違いだったみたい。ごめんね。」

 

「でも、旦那さま、あたしもドビーをご存知です! あたしはウィンキーでございます。そして、貴方さまは……貴方さまは、紛れもなくハリー・ポッターさま! ドビーがいつも貴方さまの話をしていらっしゃいます!」

 

「うん、そうだよ。ドビーの友達なの?」

 

「滅相もございません! ……旦那さま、決して失礼を申し上げるつもりはございませんが、旦那さまがドビーを自由にしてしまったのは間違いだったと、あたしにはそう思えてならないのでございます。」

 

甲高い、震えるようなキーキー声で言うウィンキーとやらに、ハリーはますます困ったような表情になって問いかける。

 

「どうして? ドビーに何かあったんじゃないよね?」

 

「ドビーは自由で頭がおかしくなってしまったのです、旦那さま。言うのも恐ろしいことに……仕事にお手当てをいただこうとしているのでございます!」

 

後半のセリフを犯罪を密告するかのように言ったウィンキーに、その場の全員が疑問符を浮かべた。お手当って……給料ってことだよな? それを貰って何が悪いんだ?

 

ハリーもそう思ったようで、意味が分からないという顔で再び問いを放つ。

 

「どうして貰っちゃいけないの? 普通貰うものだと思うけど……。」

 

「とんでもございません! お手当をいただくだなんて、あたしたちにとっては恥なのでございます! お手当てをいただこうとするドビーは悪いしもべ妖精なのでございます!」

 

「でも、ドビーだって少しくらい楽しい思いをしてもいいんじゃないかな。買い物とか、美味しい物を食べたりとか。」

 

全くもってその通りだ。うんうん頷く私たちに向かって、ウィンキーは悪魔の誘惑でも耳にしたかのような表情で首を振ってきた。聞くのも恐ろしいと言わんばかりだ。

 

「買い物だなんて! ……ハリー・ポッターさま、しもべ妖精は決して『楽しんで』はいけないのでございます。よい屋敷しもべというのは、ただただ言われたことをするのです。あたしは、高い所が全くお好きではないのですが……でも、ご主人さまがこの席を取っておけとあたしにおっしゃいましたので、あたしは我慢してここにいらっしゃるのでございます。」

 

ウィンキーは隣の空席をチラリと見ながら言うと、再び目を覆ってぷるぷる震え出してしまった。……うーん、なんかちょっと可哀想な生き物だな。ご主人様とやらも少しは気を遣ってやればいいだろうに。

 

「変な種族だな。しもべ妖精って言うのか?」

 

「そうそう、屋敷しもべ妖精。……でもまあ、前に会ったのはもっと変だったけどね。悪い存在じゃないんだけど、ちょっとズレてるんだよ。」

 

「『ちょっと』、ね。」

 

脳内で『かなり』に訂正しながらハリーと共にピッチに向き直ったところで、階段の方から……あいつはさすがに知ってるぞ。イギリスの魔法大臣、コーネリウス・ファッジだ。それに数人の見知らぬ魔法使いが、レミリアと共に階段から上がってくるのが見えてきた。

 

「こちらが貴賓席となります。こちらのスタジアムは初めてですかな? 心配ご無用! もう一つのスタジアムと同じく、決して不便のないように様々なサービスを──」

 

我らがぽっちゃり気味の魔法大臣は、必死な表情で要人らしき豪華な黒ビロードのローブを着た人物に話しかけているが……うーむ、残念ながら彼の興味を惹くことには成功していないようだ。要人はレミリアとの会話に夢中になっている。

 

しかしまあ、ここから見てる分には面白い構図だな。要人の機嫌を取ろうとするファッジと、レミリアの機嫌を取ろうとする要人、そして早く咲夜の隣に座りたさそうなレミリア。彼らの生態系の頂点に立つのは、どうやら我が銀髪の親友らしい。

 

珍妙なやり取りをぼんやり眺めていると、どうやら会話はひと段落したようだ。レミリアは要人とにこやかに握手した後、私と咲夜の間の席へと座り込んできた。顔にはうんざりしたような表情を浮かべている。

 

「疲れたわ。ブルガリア大臣の英語は壊滅的だし、コーネリウスはブルガリア語を話せない。お陰で私が通訳する羽目になっちゃったわよ。」

 

「そいつはご愁傷様。……っていうか、通訳くらい準備できなかったのか?」

 

「誰もがクラウチ……国際魔法協力部の部長ね。がやるもんだと思ってたのよ。ところがいざ当日になると姿を見せないし、間抜けのバグマンは賭けの胴元に夢中。うんざりするわね。最終日で気が抜けたのかしら。」

 

「バグマンってあの丸顔のおっさんだろ? 私も賭けたぜ。アイルランドが勝つけど、スニッチはブルガリアが取る。……双子の読みを信じたんだ。」

 

かなり小さな確率な分、倍率は非常に高い。私はお小遣いの残りを注ぎ込んだだけなので大きな金額ではないが、双子は二人分の全財産を賭けていたのだ。勝ったら凄い金額になるだろう。

 

私のギャンブルの内容を聞いて、レミリアは呆れたような顔で口を開く。

 

「随分な大穴狙いじゃない。賭け事ってのは勝ち筋を見てからベットするものよ? あるいは運命を『読んで』からね。……ま、いい勉強になるでしょ。経験を買ったと思いなさいな。」

 

「どうかな? アイルランドはチェイサーが強いが、シーカーはブルガリアが上だぜ。有り得ない話じゃないぞ。」

 

これまでの試合を見るに、十二分に可能性はあるはずだ。私がレミリアと話している間にも、ようやく到着したバグマンがファッジに声をかけるのが聞こえてきた。同じような体型だが……ふむ、何故かバグマンの方からは身軽な印象を受けるな。纏う雰囲気の差だろうか?

 

「さて、さて。大臣、準備はよろしいですかな?」

 

「おお、ルード。君さえよければ、いつでも。」

 

「では、ソノーラス(響け)!」

 

ジョーダンが使ってるのと同じ魔法だ。どうやら今日の実況はこの男自らが務めるらしい。ちなみに昨日までの実況は昼は落ち着いた女性、夜は軽快な口調の男性がやっていた。

 

『レディース・アンド・ジェントルメン! ようこそ、第四百二十二回目のクィディッチ・ワールドカップ決勝戦に! ようこそ!』

 

途端に歓声を上げる観客たちは、何千という色とりどりの国旗を振り回しながらそれぞれの国家を歌い出す。お互いのリズムも歌詞も無視してるせいで、不協和音にしか聞こえんぞ。魔法使いの辞書には『協調』という単語が載っていないようだ。

 

貴賓席と逆側にある巨大な黒板に金色の文字で『ブルガリア 0 ─ アイルランド 0』と浮かび上がるのと同時に、バグマンは満面の笑みで拡声された声を放った。

 

『素晴らしい盛り上がりですな! それでは前置きはこれくらいにして、早速ご紹介しましょう。……先ずはブルガリア・ナショナルチームのマスコット!』

 

どうやら毎度恒例のマスゲームが始まるようだ。パンフレットにはこれまでとは違ったパフォーマンスがあると書いてあるし、何が始まるのかとワクワクしながらピッチを見下ろしていると──

 

「マズいぞ、ヴィーラだ!」

 

メガネを外しながらのアーサーが大声を出すのと同時に、シリウスとビル、チャーリーは黒板の方へと目を逸らし、パーシーも慌ててメガネを外して俯いた。……何だ? ヴィーラ?

 

「何でしょう? 危ない生き物なんですか?」

 

「『あれ』がヴィーラよ。私たちにはさして問題ないわ。……まあ、特殊な嗜好を持ってなければだけど。」

 

咲夜に答えるレミリアの説明と共に、百体ほどの『あれ』が音楽に合わせて踊りながら姿を現した。んー? 見た感じは綺麗なねーちゃんの集団だ。踊りも見事なもんだし、別に問題は感じないのだが……。

 

だが、ヴィーラの一体何が問題で、何故アーサーやシリウスたちが焦ったのかはすぐに分かった。男性客たちがいきなりソワソワしたかと思えば、謎の奇行をし始めたのだ。

 

カツラを振り回しながら腰をくねらせて踊るジジイや、シャムロック……アイルランドのチームマークだ。をめたくそに踏みつけてから杖で火を点けるヤツ。そして我らがハリーとロンも恍惚とした表情でピッチへと飛び降りようとしている。

 

「おいおい、死ぬぞ、ハリー!」

 

「……あれ? でも、僕、目立たなくちゃいけないんだ。そしたらヴィーラがこっちを見てくれるかもしれないだろ?」

 

「アホかお前は!」

 

ロンを汚物でも見るような目のジニーが、ハリーを呆れ顔の私が引き戻したところで、ヴィーラたちはようやくブルガリア側の控え室の前へと整列した。……魔性の女ってやつか? 本当にもう、男ってのは!

 

私、ジニー、咲夜、ハーマイオニーが馬鹿を見る目になっているのにも気付かずに、ハリーとロンは未だにヴィーラを見つめている。確かに怖い生き物だな。なんたってハリーとロンの株は一気に下がってしまったのだから。ストップ安だぞ。

 

『あー……素晴らしいパフォーマンスでした。出来ればピッチに飛び込もうとするのはやめていただきたい。職員たちが受け止め切れなくなってしまいます。……それでは、次はアイルランド・ナショナルチームのマスコットです!』

 

バグマンの実況が響いた瞬間、頭上に……こりゃいいぞ。彗星だ! 大きな緑と金の彗星がスタジアムへと突っ込んできた。それぞれが両端のゴールポストにたどり着くと、今度はそれを結ぶ巨大な虹が現れる。

 

「マスゲームはアイルランドの勝利ね。少なくとも女性陣にとっては。」

 

「違いないぜ。」

 

レミリアの呟きに同意の声を返す間にも、彗星はピッチの中央上空で合流して……わお、光り輝く緑の三つ葉、シャムロックへとその姿を変えた。最後にそれがどんどん高く昇っていき、金色の雨のようなものを降らせ始める。

 

「金貨だ! 金貨だよ!」

 

金貨? 嘘だろ? これが全部か? ロンの叫びに従って、試しに落ちてきたそれを一つ手に取ってみると……マジかよ、確かに金貨だ。アイルランドってのは地面が金ででも出来てんのか? とんでもない量だぞ。

 

慌てて私が集めようと席を立つと、レミリアが苦笑しながら止めてきた。

 

「魔理沙、貴女の故郷にも同じような昔話はないかしら? 大金を手にしたと思ったら消えちゃってたり、くだらないものをお金に変えて人間が化かされたり、そんな感じの昔話が。」

 

「そりゃ、沢山あるぜ。狸が葉っぱを金に変えたり、狐が……ああ、そういうことか。消えちまうんだな? これ。」

 

「ご明察。醜態を晒したくないなら捨て置きなさい。レプラコーンのかわいい悪戯よ。」

 

レミリアの指差す先をよく見てみれば、巨大なシャムロックを形作っているのが小さいおっさんの集団だということに気付いた。お揃いの赤いチョッキを着て、手に金や緑の豆ランプを持っている。つまり、あれがレプラコーンか。フリットウィックを更に小さくしたみたいだな。

 

大人たちやハーマイオニーは既に知っているようだし、隣のハリーも私とレミリアの会話を聞いていたようだ。ロンとジニー、双子だけが必死になって掻き集めている。……うん、教えてもらえてよかったな。真実を知っていると実に間抜けな光景だぞ。

 

生暖かい目で腕いっぱいの金貨に顔を綻ばせる赤毛たちを眺めていると、バグマンがとうとう選手入場のアナウンスを放った。おっし、いよいよだ!

 

『さあさあ、両チーム共に見事なパフォーマンスでした! それでは皆様、どうぞ拍手と共にお出迎えください! ブルガリア・ナショナルチームの入場です!』

 

ブルガリアサポーターが嵐のような拍手と歓声を送る中、左側の控え室から赤いユニフォームを着た選手たちが次々と飛び出してくる。……凄い速さだ。姿がぼやけて見えるぞ。

 

『ディミトロフ! イワノバ! ゾグラフ! レブスキー! ボルチャノフ! ボルコフ! そしてえぇぇぇぇ、クラム!』

 

瞬間、スタジアムがクラムコールに包まれた。急いで万眼鏡を覗き込むと……これまでの試合でも何度か見た、ビクトール・クラムが凄まじいスピードで飛んでいるのが目に入ってくる。色黒の痩せた筋肉質で、大きな鷲鼻に濃い眉毛。クィディッチをやるために生まれてきたかのような体型だ。

 

「あれって、きっとスピードを出すために痩せてるんだよな? ストイックだぜ。」

 

「うん、十八歳とは思えないよね。それにほら、左手に凄い箒ダコがある。死ぬほど練習してるんだよ、きっと。」

 

「きっとウッドの練習ですらお遊びなんだろうな。……尊敬するぜ。」

 

やっぱりプロは違うな。私と同じく万眼鏡を覗くハリーと喋っていると、今度はバグマンがアイルランドの入場を叫んだ。うーむ、忙しない。こっちも気になるぞ。

 

『さあ、皆様、こちらにも大きな拍手を! アイルランド・ナショナルチームの入場です!』

 

右側から出てきたのは綺麗な矢尻型をした緑の影だ。ブルガリアが一人一人飛んでいたのに対して、こちらは一糸乱れぬ編隊飛行を行なっている。

 

『コノリー! ライアン! トロイ! マレット! モラン! クィグリー! そしてえぇぇぇぇ、リンチ!』

 

下馬評ではクラムに劣ると言われているリンチだが、私から見ればどっちも上手すぎて区別がつかん。今も矢尻の先端でクルクル回りながら高速飛行を披露している。酔わないのか? あれ。

 

「見てるだけで気持ち悪くなってくるな。」

 

「あれはちょっと……真似できないね。僕がやっても気絶して落ちるのが精々だよ。」

 

ハリーと二人のシーカーについて話している間にも、バグマンの紹介を受けた審判が高価そうな木箱をピッチの中央へと置いた。公式ボールだ。私たちが使ってるのよりもずっと速いやつ。

 

「いよいよ始まるな。見逃すなよ、ハリー。少しでも技を盗むんだ。」

 

「もちろんさ。いつも通り僕はシーカー、君はチェイサーだ。技が見られそうな時はお互い教え合おう。」

 

これがワールドカップを通して私たちが編み出した戦術である。プロの試合はあまりにも速すぎるため、あっちこっち観てるとバンバン名場面を見逃してしまうのだ。そのため三日目くらいからは分業体制を取る羽目になった。やる方もしんどいだろうが、観る方も大概だぞ。

 

『準備はよろしいですかな、紳士淑女の皆様! ……それでは、試あぁぁぁぁい開始!』

 

審判が箱を蹴った瞬間、勢いよく四つのボールが飛び出して行く。そして上空で唯一失速したクアッフルを……おいまて、昨日までより全然速いぞ。

 

『先手を取ったのは……マレット! そしてトロイ! モラン、ディミトロフ、またマレット! トロイ! レブスキー、モラン!』

 

もはやバグマンもボールを持った選手の名を叫ぶので精一杯だ。この試合は、あれだな。何の参考にもなりゃしない。唯一分かるのはアイルランドがやってるのがホークスヘッドフォーメーションってことだけだ。

 

口をあんぐり開けて見ていると、シリウスが私と同じ表情をしているハリーに声をかけた。心底ワクワクしている表情だ。なんというか……いい意味でガキっぽいやつだな。

 

「いいぞ、リンチを見ておけ、ハリー。パペイラ・フットフェイントだ。絶対にやる。ジェームズはあれが大得意だったから、私は予備動作を良く知って……ほら! 今のだ!」

 

シーカーのフェイント合戦も既に始まっているらしいが、もう私にはそっちを見ている余裕などない。私たちが数時間かけて動きを擦り合わせて、数週間かけて練習するような戦術がポンポン出てくるのだ。しかも、遥かに高い完成度で。

 

パス、パスカット、パス、ブラッジャー、そしてパス。素早いやり取りのループから先に抜け出したのは……アイルランドだ。トロイ、マレット、モランの三人が以心伝心のパスワークでブルガリアを翻弄している。

 

「あら、やっぱりチェイサーはアイルランドね。パス回しがいやに正確だわ。」

 

「そうなんですか? よく分かんないけど……えっと、凄いんですね。」

 

「そうね。何というか……とっても速いわ。」

 

レミリアに答える咲夜とハーマイオニーのすっとぼけたような感想を無視して、食い入るように三人のパス回しを追う。信じられないほどに見事なプレーだ。これまでの試合では爪を隠していたらしい。まるでお互いを繋ぐ糸を伝うかのように、ボールが有り得ない速さで三人の間を行き来している。

 

『──から、マレット、トロイ、またマレット、モラン、そしてトロイ……先制点! トロイが先制点です! アイルランドのリード!』

 

スタジアムが歓声に沸く中、頭を抱えて背凭れに倒れこむ。降参だ。この試合を研究対象として観るのはバカのやることだぞ。これは細かいことを考えずに観たほうが楽しめそうだ。

 

───

 

そのまま試合は数々の名場面を見せながら進んでいった。両チェイサーの激しいクアッフルの奪い合い、キーパーの何をどうしているのかも分からんセーブ、ブラッジャーの軌道を完全に把握しているビーターたち。

 

色々と考えさせられる場面はあったが、前半の見所はやはりクラムの見事なフェイントだろう。ウロンスキー・フェイントだったか? 地面にダイブしてギリギリで切り返すことによって、追ってきた相手のシーカーをグラウンドに激突させたのだ。……シーカーのフェイントが重要だってのがよく分かる一幕だった。

 

そんなこんなで色々とあった試合も、いよいよ幕引きが近付いているらしい。アイルランドのシーカー、リンチが凄まじいスピードで急降下し始めたのだ。

 

「またフェイントか? すっごい速さだぞ。」

 

「いや、多分本当にスニッチを見つけたんだよ。ほら、クラムもリンチの先を見ながら追ってるでしょ? 彼もスニッチを見つけたんだ。」

 

『リンチが飛ぶ、クラムが追う! シーカー二人が遂にスニッチを見つけたようです! 一直線に急降下しています!』

 

バグマンの実況で気付いていなかった観客たちも事態を把握した頃には、既に二人は地面へと近付きつつあった。徐々にクラムが追いついてきて……並んだぞ。今や一対となったシーカーは、迷うことなく地面に突っ込んで行く。

 

「二人ともぶつかるわ!」

 

ハーマイオニーの悲鳴が歓声にかき消された瞬間……クラムだ。再び地面にキスをしたリンチを背に、握った拳を振り上げながらクラムが急上昇している。クラムがスニッチを取ったんだ!

 

思わず歓声を上げようとして……ちょっと待て、ブルガリアの負けじゃないか? 先程までの点数は170-10だったはずだ。スニッチを取っても十点差で負けちゃうぞ。

 

「……何でクラムはスニッチを取ったんだ? そりゃまあ、先に見つけたのはリンチだけどさ。もうちょっとやりようがあっただろうに。」

 

ポツリと呟くと、観客や実況の声にかき消されないようにハリーが顔を寄せて答えを返してきた。

 

「多分、絶対に点差を縮められないって分かってたんだよ。アイルランドのチェイサーが上手すぎたんだ。……このまま惨めに点差が広がっていくくらいなら、自分のやり方で終わらせたかったんじゃないかな。」

 

「そりゃまた、大したヤツだな。」

 

私ならこの観衆の中、しかもワールドカップの決勝でその選択が出来るだろうか? ……そんなの絶対に無理だぞ。きっと葛藤もあったろうに。こういうスニッチの取り方もあるんだな。

 

ブーイングの中、堂々と地面に下り立ったクラムを見つめていると、バグマンがそれをかき消すような大声を放った。

 

『見事、実に見事な試合でした! 両チームともに決勝戦に相応しい、素晴らしいプレーを見せてくれた! ……では、アイルランド・ナショナルチームのウィニング飛行の後、表彰に移りたいと思います。』

 

実況の通りにアイルランドチームが拍手の中でスタジアムを一周すると、地面に下り立った選手たちはゆっくりと階段を上って……おい、こっちに来るのか? 真っ直ぐに私たちいる観客席の方へと上がって来ている。てっきりピッチの中央でやるもんだと思ってたぞ。

 

「こ、ここで表彰をやるのか? つまり、私たちのすぐ側で?」

 

「当たり前でしょ。コーネリウスが優勝カップを渡すんだから。……コーネリウスの方を向かわせたら、足を踏み外して階段を転げ落ちるかもしれないしね。」

 

「酷いジョークだな。」

 

「本気よ。」

 

レミリアとバカ話をしている間にも、先ずはブルガリアチームが上がってきた。……おいおい、通り過ぎる際にどの選手もこっちに向かって深々とお辞儀をしていくぞ。当然ながら私にしているわけなどないし、恐らくレミリアに向かってしているのだろう。

 

「お前って、本当に凄いヤツだったんだな。」

 

「嘆かわしいわね。一番貢献してるイギリスのガキがこれだなんて、なんとも悲しくなるわ。ちょっとは彼らを見習いなさいな。」

 

「私は幻想郷育ちなもんでな。」

 

私が肩を竦めて返していると、私たちの後ろの方までたどり着いたブルガリアの選手たちはバグマン、ブルガリア大臣、ファッジの順で握手をしていく。列の最後尾には……クラムだ。彼もまたレミリアに対して深々とお辞儀をした後、二人の大臣の方へと進んで行った。

 

「カッコいいな。」

 

「そうね、とっても勇敢な人だと思うわ。」

 

私の呟きに何故かハーマイオニーが反応したところで、今度は勝者であるアイルランドチームが貴賓席へと入ってきた。彼らもレミリアへと一礼するものの、明らかにブルガリアチームよりかは軽い礼だ。軽くぺこりって感じの。

 

うーむ、確かに奇妙な感じだな。イギリスにほど近いアイルランドよりも、遠くのブルガリアの方がレミリアを重要視してるわけか。何でだろう? チグハグな感じがするぞ。

 

私が拍手しながら考えている間にも、アイルランドチームへとファッジが優勝カップを渡す。リンチは地面への激突のせいで朦朧としていたが、それでもニッコリ笑って嬉しそうだ。……そろそろ拍手のしすぎで手が痛くなってきたぞ。

 

『さあ、最後に両チームが競技場を一周します! 皆様、是非とも大きな拍手でお送りください!』

 

いやはや、いい試合だった。再び箒に跨って飛び立っていく十四人の選手たちを見ながら頷いていると、席を立った双子が私に近付いて話しかけてきた。その顔にはアイルランドの選手たちに負けず劣らずの笑みが浮かんでいる。

 

「よう、マリサ。アイルランドが勝った。だがスニッチはクラムが取った。……何が言いたいかは分かるだろ?」

 

「ジャックポットを漁る時が来たのさ。行こうぜ。バグマンがトンズラしないうちにな。」

 

「おっと、それが残ってたか。……へへ、今日はいい夢見れそうだぜ。」

 

そういえばそうだった。試合の興奮ですっかり忘れていたが、私たちは賭けに勝ったのだ。それも信じられないほどに大穴の勝利で。

 

双子と同じように悪戯な笑みを浮かべながら、霧雨魔理沙は立ち上がってバグマンの方へと一歩を踏み出すのだった。

 


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