Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ふぅん? 大変だったみたいだね。」
ワールドカップでの顛末を話すレミリアの声に耳を傾けながら、アンネリーゼ・バートリはワインに舌鼓を打っていた。……うん、スパークリングもいけるな。昔よりシュワシュワしてる気がする。それにまあ、ボトルも破裂しなくなったようでなによりだ。
どうやら私と美鈴、小悪魔がヨークシャーで食い道楽を楽しんでいる間にも、ハリーたちは毎年恒例の騒ぎに巻き込まれたようだ。もはや才能だな。彼を主人公にした小説があれば盛り上がりに欠けることはあるまい。こうも毎年事件があってはうんざりかもしれんが。
執務机で書き物をしているレミリアは、寛ぐ私を忌々しそうに見ながら話を続けてくる。ふん、そんな顔をしてもワインはやらんぞ。これは私が買ってきたんだ。欲しければ美鈴のを奪え。
「最悪よ。結局捕まえた死喰い人『もどき』どもは殆どが騒ぎたいだけのバカだったし、おまけに……これ!」
言葉と共にぶん投げてきた物をキャッチしてみれば……おや、見慣れた予言者新聞じゃないか。一面には『魔法省、一大イベントで大失態!』と書かれている。実に分かりやすい見出しだ。
「そりゃあ大失態だろうさ。少なくとも大成功とは言えないだろう? 予言者新聞にしては真っ当な記事じゃないか。」
肩を竦めて言ってやると、レミリアは左手をヒラヒラさせながら疲れたような返事を寄越してきた。
「いいから読んでみなさい。そしたら分かるわ。」
ふむ? レミリアの言葉に従って適当に目を通してみると……あー、なるほど。これは酷いな。『魔法省、死喰い人の大多数を取り逃がす!』だとか、『闇の印が上がった場所から複数の死体が運び出されたという噂が?』など、曖昧なバッシングがずらりと並んでいる。具体的なことは全然書かれていない、かなりボンヤリした記事だ。
内容の八割くらいが魔法省の失態を批判するもので、残りの二割がワールドカップの内容。そして肝心の死喰い人の名前なんかは一切載っていない。どうやらこの記事を書いた人間はその点をさほど重視しなかったようだ。小物が多すぎてウケないと思ったか?
『膨大な数のテントが被害に遭い、善良な一般市民のマンダンガス・フレッチャーなどは、バスルームが四つもあるテントを無残にも破壊された』の辺りを読んでいると、レミリアがぷんすか怒りながら声を放ってきた。
「いい? 凡そ三十人のうち、私たちは二十五人を拘束したわ。死傷者ゼロでね! どこが『大多数』を取り逃がしてるのよ! 英語も、ロクに、使えないのかしら!」
言葉の合間にバンバンと机を叩くレミリアは、顔を真っ赤にして激怒している。うーむ、面白い。どうしてレミリアが怒っている姿はこんなにも私を愉しませるのだろうか? 永遠の謎だな。
ニマニマしながら怒るレミリアを肴にワインを楽しんでいると、彼女は尚も記事に対する文句を言い募ってきた。
「それに、『複数の死体が運び出された噂』? そんな記事を書いたら噂が立つに決まってるでしょうが! 能無しで、ボンクラで、役立たずの、リータ・スキーターのせいでね!」
「スキーター? ……ああ、記者の名前か。人を煽る才能はあるね。ほら、キミのことも載ってるぞ。『悪趣味な若作り』だってよ。見事に真実を射抜いているじゃないか。反証ゼロだ。」
「パチェに頼んだら秘密裏に呪い殺せないかしら? 身体の端から腐っていくとか、耐え難い痒みが全身を襲うとか……なんかこう、すっごい苦痛を伴うようなやつで。」
「それが出来るならリドルにやってるさ。痒みの方は特にね。」
適当に返事をしながら新聞を捲ってみれば、次々に面白い文章が見えてくる。役立たずかはさて置き、この記者に度胸があるのは確かなようだ。何せ全方位に喧嘩を売りまくっているのだから。
ファッジのことは『トロール省大臣』、クラウチは『中世の遺物』、バグマンは『スカスカブラッジャー』。……全部合ってるじゃないか。端的かつ的確。百点満点だぞ。
「こいつ、昔から予言者新聞の記者だったか? こんな攻撃的な記事は見たことがないが。」
『独自の調べによるとテントの被害は三百張りを超える』の部分を読みながら聞いてみると、レミリアは鼻を鳴らして答えを返してきた。
「週刊魔女から移ってきたのよ。ほら、馬鹿なゴシップ記事ばっかりの週刊誌。……胸糞悪いことに、結構人気があるらしいわ。体制に屈さぬ勇敢な記者ってね。」
「民衆の不満の捌け口なわけだ。いやはや、いつの世も変わらんね。体制と反体制、弾圧と闘争。人間ってのは愚かな生き物だよ。」
なんたって、私が生まれた頃からずっとそれを繰り返しているのだ。革命やらクーデターを起こし、そしてまた腐敗していく。そしたらまた革命だ。きっと未来永劫続く営みなのだろう。
せせこましく同じことを繰り返す人間と、何一つ変わらない吸血鬼。どっちがより愚かしい生き物なのかを考え始めたところで、何やら書類を書き終わったレミリアが話題を変えてきた。
「そういえば、三大魔法学校対抗試合のルールがほぼ決定したわよ。予定通り、十七歳以上ってのは押し通したわ。」
「素晴らしいね。これで我々には何一つ関係が無くなるわけだ。適当に観戦させてもらおう。」
「一応貴女にも参加資格があるわけだけど?」
「おや、知らなかったのか? 私は十四歳の『リーゼちゃん』なんだよ。三年足りないじゃないか。」
頼まれたって出ないからな。子供のかけっこに陸上選手が出るようなもんだぞ。大人気ないどころか、そこまでいくと狂気を感じるだけだ。そんな辱めは御免被る。
レミリアにも私の気持ちは伝わったようで、苦笑しながら言葉を放ってきた。
「ま、有り得ないわね。……ただ、一応ダームストラングの連中には気を配っておいて頂戴。あそこの校長はキナ臭いわ。」
「イゴール・カルカロフだったか? さすがはゲラートの出身校だ。元死喰い人でも校長になれるとは、恐れ入るよ。誰にでもチャンスが与えられる場所らしいね。」
「一応調べたんだけど、小物よ。杖捌きは三流、政治は二流、野心だけが一流ね。ハリーに接触してこようとした時だけ気を付けてくれればいいわ。」
親マルフォイ以下か。あいつも杖捌きは三流だが、野心と政治は一流だ。つまり、ダンブルドアのお膝元で騒ぎを起こせるようなヤツではあるまい。……いや、一応気を抜かないでおこう。クィレルもラデュッセルも大した魔法使いではなかったが、それでもいいところまではいったのだから。
そういえば、次の防衛術教師は誰になるのだろうか? アリス、ルーピンの流れは悪くなかった。ハリーは今や基本的な戦闘用呪文を習得し、予定外の守護霊までもを使い熟している。新四年生でこれってのは上々と言える成果だ。できればこの流れを断って欲しくはないのだが……。
「了解したよ。……それで、ルーピンの後任は誰になるんだい? ダンブルドアから聞いているんだろう?」
対抗試合の件もあるし、ジジイと連絡は取り合っているはずだ。生じた疑問を問いかけてみれば、レミリアは物凄く微妙な表情になって返答を寄越してきた。ちょっと腐ってる血を飲んだ時みたいな表情だな。うえぇ、って感じの。
「あー……アラスター・ムーディよ。よく知ってるでしょ?」
「……ムーディ? あのイカれたグルグル目玉か? 被害妄想で陰謀論者の?」
「その被害妄想で陰謀論者のイカれたグルグル目玉よ。……言っておくけど、ダンブルドアが選んだんだからね。教師としてはともかく、部外者が多く入ってくる今年は防衛に重点を置きたいからって。」
「そりゃあ、番犬としてはこの上ないだろうがね。やたらめったらに噛み付きまくる狂犬じゃないか。死喰い人も入ってこれないだろうが、生徒にだって噛み付きかねんぞ。」
聞く話によればムーディの被害妄想は悪化の一途を辿っているらしい。先日も自宅に侵入者が入ったとして、防犯用のゴミバケツを暴れさせたばかりなのだ。今やあの男は一月に一度はそんな騒ぎを起こしている。
レミリアにも良い人選とは思えないようで、全く信じていない顔で空虚なフォローを放ってきた。
「まあ、ほら。ダンブルドアの側ならちょっとは落ち着くでしょう。それに杖捌きは一流よ? きっと『実践的』な指導をしてくれるわ。」
「ああ、そうだね、レミィ。生徒たちがあらゆる贈り物を破壊して、毒を警戒し始めるのが眼に浮かぶようだよ。きっと合言葉が流行るぞ。だってほら、誰が服従の呪文で操られているかは分からないだろう?」
悪夢だな。……いやまあ、警戒するのはいいのだ。問題はあの男がやり過ぎることである。人生には多少の余裕が必要なことを知るべきだぞ、あいつは。
ワインで気晴らしをしながら新たな『問題』を思って額を押さえたところで、部屋のドアが開いて……おお、素晴らしい。憂鬱な気分が吹っ飛んだぞ。アリスと一緒に可愛らしいドレス姿の咲夜が入ってきた。
「あの……これ、どうでしょうか? 二年生は必要ないみたいなんですけど、折角だからってアリスが縫って──」
「さ、咲夜! なんて可愛らしいの! 悪魔のお姫様みたいよ!」
悪魔のお姫様? 意味不明な褒め言葉を放ったレミリアは、執務机を乗り越えて咲夜へと突っ込んで行く。……いやまあ、確かに似合っているな。咲夜の銀髪がよく映える、黒を基調とした黒白ツートンのドレスローブだ。さすがにアリスの作品だけあって、黒でも重苦しい雰囲気が一切感じられない。服飾店を開いたらさぞ繁盛しそうだ。
「あぅ……その、変じゃないですか? 私、こういうのはあまり着慣れていないので。」
「変じゃないわ! めーりーん! カメラ! カメラ持って来なさい!」
「とても良く似合っているよ、咲夜。レミィも言っていたが、本当にお姫様みたいだ。」
「えへへ、嬉しいです。」
頰をちょっと赤らめながらはにかむ姿は、親の欲目抜きでも有り得ないレベルの可愛さだ。下級生の間では魔理沙とペアで結構目立つ存在だし、この様子ならさぞダンスの申し込みが……いや待て、良くないな。悪い虫が寄り付いてきちゃうじゃないか。
「おい、レミィ、来たまえ。」
「何よ。私は忙しいの! カメラが来る前にベストショットを撮れるアングルを見つけないと──」
「咲夜があの姿で何処ぞの馬の骨と踊るかもしれないんだぞ。いいのか?」
「ダメ。」
うわぁ、ちょっと怖い。急に感情が抜け落ちたかのような真顔になったレミリアは、そのままの顔でジッと私を見つめた後……私の両肩をガッシリと掴みながらニヤリと笑って口を開いた。かなり嫌な予感がする表情だ。
「そうよ。貴女がエスコートなさい、リーゼ。昔はよくやってたでしょ? お父様たちが開いてたパーティーで、貴女が男装して私をエスコートしてくれてたじゃない。」
「おいおい、あれは髪の短い頃の話だろう? せっかくの髪を切るのは嫌だぞ。……それに、子供のお遊びだからこそ皆微笑ましく見ててくれたんだ。今やったらただの異常者じゃないか。」
「別に何とでもなるわよ。貴女は十四歳の『リーゼちゃん』なんでしょ? まだまだ子供のお遊びで通じるわ。十四歳だなんて、赤ちゃんみたいなもんじゃないの。」
「赤ちゃんは言い過ぎだし、そもそも服がない。私だって微々たる成長はしてるんだぞ。今更昔のフォーマルウェアなんて──」
と、そこまで言ったところで何者かに肩を叩かれた。恐る恐る振り返ってみれば……やあ、アリス。そんなに笑顔でどうしたんだ? ちょっと怖いじゃないか。
「任せてください、リーゼ様。すぐ作れますよ。っていうか、咲夜の服を作ってる時にも考えてたんです。リーゼ様ならそんなにガチガチの男装じゃなくって、ハーフパンツを基調にしたちょっとボーイッシュな女の子って感じが似合うと思いますし、咲夜と並べばとっても可愛いペアになれます。ふむ……そうなると小物も色々と作った方がいいかもですね。普段は人形の洋服ばっかりだから、ちゃんとした洋服を作るのは楽し──」
終わった。呼吸を忘れて延々と話し続けるアリスを前に、早くも思考を放棄する。こうなるともう逃げられるはずなどないのだ。夏休みの残りの期間は、アリスの着せ替え人形として生活することになるのだろう。
絶望感に打ちひしがれながら何処からかメジャーを取り出したアリスを眺めていると、部屋のドアが開いて再び乱入者が……おい、幾ら何でも私はそれほどの罪を犯しちゃいないぞ! 羊皮紙の束を手にしたパチュリーが立っているではないか。
「帰ってたのね、リーゼ。今回は逃がさないわよ。姿くらましは妨害してるし、暖炉はぶっ壊したし、館の周囲に小雨を降らせてるから。逃げられるもんなら逃げてみなさいよ。」
「何? パチュリーもリーゼ様に用があるの? 今から採寸しないといけないんだけど……。」
「平気よ。私のは話だけだから。何だかは知らないけど、作業しながらでも聞けるでしょ。」
ふむ、地獄ってのはこれよりもキツい場所なのだろうか? だとしたらさすがに行くのは嫌だな。パチュリーの演説を聞きながらアリスの着せ替え人形にさせられるだなんて、ここ数世紀でも結構な罰だぞ。
悪しき魔女二人の会話を聞きながら、アンネリーゼ・バートリは少しくらい善行を積もうと決意するのだった。