Game of Vampire 作:のみみず@白月
「こっちだ、リーゼ!」
おっと、助かったぞ。コンパートメントから顔を出して呼ぶロンの方へと、アンネリーゼ・バートリは歩み寄っていた。探すのに結構時間がかかっちゃったな。
九月一日。いよいよ魔法の学校へと戻る日が来たのである。ちなみに咲夜と魔理沙は、先程見つけたルーナとジニーが居るコンパートメントに乗り込んでしまった。もうすし詰め状態の七人乗りは嫌だということで、今年は四年生組と低学年組で分かれることになったのだ。
「やあ、久しぶりだね、三人とも。」
コンパートメントに入り込みつつもいつもの面子に挨拶を投げかけると、三人は口々に挨拶を返してきた。うーむ、三人ともに少し背が高くなっているようだ。気に食わんな。縮めばいいのに。
「うん。ワールドカップの初日ぶりだね、リーゼ。」
「僕とハーマイオニーは二ヶ月ぶりだよ。どうして来なかったんだ? すっごい楽しかったぞ。」
「元気そうでなによりだわ、リーゼ。……でも、ワールドカップは本当に勉強になったわよ? 色んな魔法学校の生徒も見れたの。」
「それに死喰い人も、だろう? レミィから聞いたよ。巻き込まれたそうじゃないか。」
ハーマイオニーの隣に座りながら言ってやると、三人は微妙な表情で黙り込んでしまう。ふむ、どうやらそっちはあまり良い思い出ではなかったようだ。そりゃそうか。
「本当に嫌な連中だったわ。マグルの家族を晒し上げて楽しんでたの。小さな子供までね。……あんなの主義主張の問題じゃないわよ。やってることがただの犯罪だわ。しかも、とびっきり下らないやつ。」
「そうだな。パパやママがいつも言ってた意味を実感したよ。あいつらは……最低さ。アズカバンに閉じ込めておくのが一番だ。」
ハーマイオニーとロンが神妙な表情で言ったところで、出発の汽笛が車内に鳴り響く。お陰で霧散した重い空気を払うように、ハリーが話題を変えてきた。
「そういえばさ、リーゼは何か知らない? 今年のホグワーツで何かイベントがあるみたいなんだ。ほら、三年生以上はドレスローブを持参しろって手紙に書いてあったでしょ? ……でも、大人たちは全然教えてくれなくって。」
対抗試合のことか? ダームストラングやボーバトンは既に選手の選抜をやってるようだし、別に秘密にすることじゃないだろうに。多分耳の早い生徒はもう知ってるぞ。
まあ、別に隠すようなことではあるまい。どうせ歓迎会で聞くことになるのだ。肩を竦めながら、今年のメインイベントについての説明を放つ。
「三大魔法学校対抗試合だよ。ホグワーツ、ダームストラング、ボーバトンで代表を一人ずつ決めて、三つの課題で得点を競うんだ。要するに、古臭い交流イベントさ。」
「それって……知ってるわ! 本で読んだもの!」
おお、久々の決め台詞だ。何となく私が感動している間にも、トランクを漁ったハーマイオニーは一冊の分厚い本を取り出した。もはや見慣れたハーマイオニーの大好きな鈍器、『ホグワーツの歴史』だ。
「これの……ここよ! 十三世紀初頭から始まった伝統的なイベントで、代表選手たちは魔法技能、知力、勇気を競って戦う。各校の交流のための素晴らしいイベントだったが、死亡事故が……あー、死亡事故が相次ぎ、夥しい数の死者が出たことから、1792年に中止されることとなった。ですって。」
ハーマイオニーが後半を気まずそうに言い終わると、身を乗り出して聞いていたロンは微妙な表情に変わって座席に戻る。出場したかったのかは知らんが、彼の決意を折るには充分すぎるほどに血生臭い情報だったようだ。
「『夥しい数の死者』? それをホグワーツでやるのか? 今年?」
「ま、そんなに酷いことにはならないと思うよ。安全対策も昔よりきちんとしてるようだし、危険ならダンブルドアが了承するはずないだろう?」
「それもそうね。ダンブルドア先生が開催すると決めた以上、死者なんて出ないわよ。」
私とハーマイオニーの適当なフォローを聞いて、ロンはうんうん頷きながら笑顔に戻った。いやぁ、素直なバカはいいバカだ。愛嬌というものがある。
「そうだな、うん。それなら参加してみようかな。……代表ってのはどうやって選ばれるんだ? たった一人だけなんだろ?」
「えーっと……『炎のゴブレットが資格あるものを選ぶ』って書いてあるわ。何かを飲むのかしら? リーゼは知ってる?」
「それは知らないが、一つだけ知ってることがあるよ。十七歳以上じゃないと立候補できないのさ。残念だったね、ロニー坊や。」
パチリとウィンクしながら言ってやれば、ロンは大きくため息を吐いてから俯いてしまった。……本気で出るつもりだったのか? なかなか勇気があるじゃないか。
ついでにハリーもちょびっとだけ残念そうな顔になっている。いや、本当によかった。有り得ないとは思うが、ハリーが選ばれていたら酷く面倒な年になったはずだ。……これまでの経験を思うに、絶対ないと言い切れないのが実に悲しいな。
ハリーが背負っているもののことは重々承知しているが、せめて一年くらいは平穏な年があってもいいはずだぞ。車窓に流れる景色を見ながら、忌々しい運命とやらに鼻を鳴らすのだった。
───
そして学校に到着した途端に大雨だ、くそったれめ。平穏な一年を願った直後にこれってのは不吉すぎるぞ。ホームの屋根の下で嫌そうに立ち尽くしていると、馬車に向かおうとしていたハリーが声をかけてきた。
「リーゼ、行かないの?」
「私が雨を苦手にしているのは知っているだろう? 先に行っててくれ。後から行くよ。」
「でも……すぐ馬車だよ? ほんの十五メートルだ。何なら替えのローブを貸すよ。それを被れば大丈夫じゃない?」
「私にとっては遥か彼方の距離なのさ。構わないで行ってくれたまえ。……組み分けを見逃してしまうよ?」
三人は尚も逡巡している様子だったが、私がもう一度身振りで行くように伝えると、曖昧に頷きながら馬車へと向かって歩いて行く。小雨ならともかくとして、これだけの大雨だとローブだの傘だのではどうにもなるまい。
雨というか、『流水』は一部の悪魔や吸血鬼にはご法度なのだ。動きが酷く緩慢になってしまうし、皮膚に当たれば焼け爛れる。……天が与えし恵の雨か。上手いこと言ったもんだな。
苛々しながら忌々しい雨雲を見つめていると、列車から出て来た咲夜がトランク片手に走り寄ってきた。
「リーゼお嬢様! 大丈夫ですか?」
「ああ、屋根があるしね。……ま、しばらくは足止めさ。咲夜も先に行って構わないよ。」
「いえ、私も待ちます! 別に組み分けには興味ありませんし、一人じゃ退屈でしょう?」
「おや、可愛いことを言ってくれるじゃないか。」
ふんすと鼻を鳴らす咲夜を撫でてやれば、ちょっと照れながらも受け入れてくれた。……もうすぐ十三歳か。さすがに頭を撫でるのも卒業かもしれんな。どんどんスキンシップの手段が減っていくのは少し悲しいものがあるぞ。
名残惜しい気分でサラサラの銀髪を梳いていると、今度は金髪の十二歳が悪戯な笑みを浮かべながら近付いてくる。こいつにはこの表情がピッタリだな。生まれてくる時もこんな感じで笑ってたに違いない。
「よう、悪しき吸血鬼。聖なる雨のせいで足止めか?」
「その通りだよ、小さな魔女さん。魔法で雲を追い払ってくれると嬉しいんだが。ちちんぷいぷいってね。」
「お生憎。私は修行中の身なんでな。退屈凌ぎに付き合うのが精一杯だぜ。……実際、天気を変えられたりするのか?」
戯けたやり取りから一転して興味深そうに聞いてくる魔理沙に、分厚い雨雲を見上げながら返事を返す。
「そりゃまあ、ダンブルドアやパチェなら不可能じゃないと思うけどね。さすがに私には無理さ。全力で妖力弾を撃ちまくれば雲はなんとかなるかもだが……少々派手すぎるだろう? 絶対に騒ぎになるよ。」
「そりゃそうだ。打ち上げ花火って雰囲気じゃないしな。……んじゃあ、魔法で馬車を浮かせたりするのは? ここまで持ってくればいいじゃないか。」
「単純に面倒だよ。セストラルと綱引きをする気分じゃないしね。ちょっと待ってみて、全然止まなさそうなら『強硬策』に出るさ。」
守護霊でマクゴナガルかハグリッドあたりを呼びつければいいだろう。……いや、スネイプの方が面白そうだな。物凄い嫌そうな顔で迎えに来るに決まってる。うん、呼ぶ時はあいつにしよう。
唇の端をヒクヒクさせるスネイプを想像していると、魔理沙が残り少なくなってきた馬車の方を指差しつつ質問を放ってきた。
「せすとらる? ……あのガリガリの馬か?」
「おや、キミはセストラルが見えるのかい?」
そういえば去年は小舟だったし、見るのは初めてか。馬車の方を見る魔理沙に、ちょっと驚いた声で言葉を返す。セストラルが見えるということは、誰かの死を見たことがあるということだ。
「そりゃ見えるけど……おい、見えたらヤバい系の生き物じゃないよな? 死神犬みたいな。」
「安心したまえ。見るのに条件があるだけだよ。」
「うぅ、私、見えません。どういう条件なんですか?」
仲間外れでちょっと悲しそうに言う咲夜に、苦笑しながら答えを放つ。咲夜が見えないということは、妖精メイドがピチュるのはカウントされないようだ。……まあ、翌日には復活してるし、そりゃそうか。あれは死とは言えまい。
「死だよ。一応、誰かの死を見たことがあるのが条件とされているのさ。……眉唾だけどね。『何』の死なのかが曖昧なんだ。動物じゃダメで、人間ならオッケーってのが意味不明だよ。」
私から見ても謎多き生き物だ。恐らく認知の変化によって見られるようになるんだと思うのだが……やめやめ。こういうのはパチュリーにでも考えさせるのが一番だ。魔法界のヘンテコな生き物のことを真面目に考えるとバカを見るのだから。
そういえば、ゲラートはこの生き物がいたくお気に入りだったな。こいつの牽く馬車を好んで使っていたし、ニワトコの杖の心材にはセストラルの尾の毛が使われているのだと自慢げに話していた覚えがある。……最強の杖の心材になるほどの生物か。これだけ大量にいるとありがたみが薄れちゃうぞ。
ドラゴンと馬の合いの子みたいな生き物を横目に考えていると、ちょっと神妙な顔になった魔理沙がポツリと呟いた。
「……死、ね。なんか怖い生き物だな。」
「かなり賢いみたいだけどね。皮膜の翼を見ればそれは明らかだろう? それに、結構なスピードで飛ぶらしいよ。詳しくはハグリッドに聞きたまえ。」
「へぇ。皮膜はともかく、速いってのには興味があるな。今度聞いてみるか。」
そもあのセストラルたちを世話しているのはハグリッドなのだ。生態や特徴については誰よりご存知のことだろう。三頭犬、ドラゴン、セストラル。飼育難度の高い生き物をよくもまあ上手に育てるもんだ。
普通に魔法生物ブリーダーになってれば、スキャマンダーなんかと同じように歴史に名を残したかもしれんな。……ドラゴンやらマンティコアやらが増え過ぎて災害になるかもしれんが。
───
それから数十分ほど咲夜や魔理沙と話していたが、雨は弱まるどころか勢いを増すばかりだ。雷まで鳴ってきちゃったぞ。……いよいよ陰気男を呼ぶ時が来たようだな。オモチャが無ければやってられん。
「ダメだね、これは止みそうにない。大人しく救助を要請しよう。」
「しかしまあ、お前らは強大なんだかポンコツなんだか分からん種族だな。長命で頑丈かと思えば、雨だの太陽だのがダメだったり。」
「なぁに、些細な問題さ。それでも人間に比べれば吸血鬼ってのは……おや、懐かしい顔のお出ましだ。」
話の途中で気配を感じて学校とは逆側の森を振り返ってみれば、茂みを掻き分けて獣道を歩いてくる男が見えてきた。一瞬だけ雷に照らされたその姿は、まるで失敗作の彫像のようだ。肌にはビッシリと傷が走っており、鼻と片耳は削がれ、片足は木の義足。そしておまけに巨大な左目がグルグル回っている。……言わずもがな、アラスター・ムーディだ。
緑色の雨避けフードを目深に被るムーディは、油断なく警戒しながら私たちに近付いてくると、駅のホームへと上りながら言葉を放った。当然杖は手にしている。警戒心の塊みたいなヤツだな。
「……吸血鬼か。ふん、貴様がバートリというわけだ。」
「ごきげんよう、我らがイカれ男さん。この二人は事情を知っている。……ダンブルドアから説明は受けただろう?」
「ああ、聞いておる。それで? こんな所で何をしている? 怪しげな密談か?」
「そっちこそ、何だって森なんかから出てきたんだい? ハイキングを楽しむ天気じゃないだろうに。」
別に信用していないわけではないが、流水についてを詳しく話すつもりはない。苦手としていることを知っている人間は多いが、詳細までを一々話す必要はなかろう。身内以外に弱点をペラペラ話すのはバカのすることだ。
私の質問返しを受けて、ムーディは義眼をグルグル回しながら口を開いた。近くで見ると死ぬほど不気味だな。……ひょっとして、私の透明化も見破れるのだろうか? パチュリーの作った魔道具なのだ。有り得ない話じゃないぞ。
「領内に姿あらわしは出来んし、ポートキーは信用ならん。飛翔術など以ての外だ。あんなものはただの的になりかねんだろう?」
「それで姿あらわし出来る位置から歩いて来たのかい? ……話以上にイカれてるね、キミは。この大雨でその選択をするヤツは多くないと思うよ。」
「油断大敵! 常に警戒すべきだぞ、吸血鬼!」
おい、いきなり大声を出すなよ。可哀想に、咲夜と魔理沙がびっくりしちゃってるじゃないか。咲夜はちょっと怖そうに私のローブの裾を握っているし、魔理沙は敵を見るような目で睨みつけている。……第一印象ってのは本当に大事だな。
「うるさいよ、ムーディ。……大丈夫だ、二人とも。こいつは新任の教師だよ。見た目も頭もイカれてるが、杖捌きだけは確かだ。こと杖魔法ではアリスを凌ぐはずだよ。」
「それのどこが『大丈夫』なんだよ。めちゃくちゃ強い狂人ってことじゃないか。」
「あー……まあ、そうだね。」
なんか私も言ってて大丈夫じゃないように思えてきたぞ。そんな私と魔理沙の会話に構うことなく、ムーディはコツコツと義足を鳴らしながら城の方へと歩き出してしまう。彼の辞書にはさようならという文字はないらしい。
うーむ、咲夜にも然程興味を持った様子はなかったな。こいつは『ヴェイユ』に対して特に思うところがないのだろうか? テッサ・ヴェイユは恩師だし、コゼット・ヴェイユやアレックス・ヴェイユは元部下だったんだろうに。ちょっとは声をかけてやったらどうなんだ。
可愛げのない対応に私が鼻を鳴らしていると、城へと遠ざかっていく狂人の背中を眺めながら魔理沙が纏めるように言葉を放った。
「つまり、今年の防衛術には期待すんなってこったな。」
「正解だ、魔理沙。この短時間で答えを導き出すとは……キミは優秀な魔女になれるよ。」
適当に言ってから杖を振って守護霊の呪文を唱える。大雨に、ムーディか。今年は最悪の出だしだな。二つ合わせれば去年の吸魂鬼・ラデュッセルペアと並ぶぞ。
早くも今年一年の騒動を予感しながら、アンネリーゼ・バートリは守護霊へと伝言を託すのだった。