Game of Vampire   作:のみみず@白月

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炎のゴブレット

 

 

「クラムだぞ、ハーマイオニー! ビクトール・クラムだ! 本物の! シーカーの! ブルガリアの!」

 

城へと戻るために階段を上りながら、霧雨魔理沙は隣を歩くハーマイオニーに捲し立てていた。何たってダームストラングの代表団にクラムがいたのだ。『あの』クラムがだ。

 

「落ち着いて頂戴、マリサ。たかがクィディッチの選手でしょう? そりゃあちょっとはカッコいいけど、前にも近くで見たじゃないの。」

 

「『たかがクィディッチの選手』? どうかしちまったのか? ハーマイオニー。クラムは世界最高のシーカーだぞ? ワールドカップの決勝戦でスニッチを取ったんだから……くっそ、羽ペンを持ってくればよかったな。サインを貰えたかもなのに。」

 

「残念ながら、どうかしてるのは貴女ね。ほら、あれを見てみなさいよ。『あんなの』と一緒だなんて思われたくはないでしょ?」

 

冷たい目線のハーマイオニーが指差す先を見てみれば、ハッフルパフの女子生徒たちがキャーキャー騒ぎながら口紅で帽子にサインしてくれないかと相談している。……おいおい、さすがに『あんなの』と一緒にして欲しくはないぜ。

 

大広間の扉を抜けながら、誤解を解くために口を開く。あれと一緒にされたら沽券に関わるぞ。

 

「あのな、私は純粋に選手としてクラムを尊敬してるんだ。クィディッチをやってる魔法使いの端くれとしてな。ああいう連中とは違うぜ。もっとこう……純粋な尊敬だよ。」

 

「私から見れば一緒よ。おバカに見られたくないならあまり騒がない方がいいわね。……ちょっとO脚気味だったし。」

 

「あれは……うん、きっと箒に乗り過ぎてるからだろ。多分な。」

 

「それなら、私は貴女が箒に乗り過ぎないことを祈っておくわ。ほら、お仲間が来たわよ。」

 

呆れたように首を振ったハーマイオニーは、既にグリフィンドールのテーブルで寛いでいるリーゼと咲夜の方へスタスタ歩いて行ってしまう。そして入れ替わりに近付いて来たのが興奮しているハリーとロンだ。ようやく事の重大性を理解してくれるヤツが来たな。

 

「マリサ、クラムだ。見たか? すっげえぞ。」

 

「おう、見た。そっちは羽ペンを持ってないか? 私は談話室に置いてきちまったんだ。」

 

「僕とハリーもだ。……失敗だったな。まさかクラムがダームストラングの生徒だとは思わなかったよ。」

 

私だってそうだ。あんな大歓声の中で飛んでるようなヤツだぞ? ワールドカップの決勝に出るような選手が、普通に学生やってるだなんて夢にも思わなかった。同級生はどんな気分なんだろうか?

 

サインを貰えなさそうなことに三人で落ち込みながら、人の集まりつつあるグリフィンドールのテーブルへと向かうと……リーゼ、咲夜、ハーマイオニーが三人でお喋りしているのが聞こえてきた。いや、咲夜だけはソワソワと扉の方を見ているな。

 

「跪かれた? レミィがかい? ……参ったな。そんな面白い光景が見れたなら寒くても我慢してたぞ。それが凍死するような寒さでもだ。」

 

「クリービーに頼めばいくらでも見られるでしょ。兄と弟、二人してシャッターを切りまくってたわよ。今年から二倍に増えたから画角も二倍ね。そして鬱陶しさも二倍。」

 

「よしよし、さすがはグリフィンドールが誇るパパラッチ兄弟だ。後で写真を買い取って、肥らせ呪文をかけて談話室に飾ろうじゃないか。もちろん壁中に。」

 

私はそんなもんが飾られてる談話室は嫌だぞ。ハーマイオニーとリーゼのアホな会話を横目に咲夜の隣に座ってみれば、彼女は入り口の方をぼんやり見ながら話しかけてくる。心ここに在らずといったご様子だ。

 

「ねえ、レミリアお嬢様はまだ来ないの? 寒くないかしら……?」

 

「あー、なんか校長たちの方について行ってたぜ。フィルチが椅子を足してるし、あっちで食うんじゃないのか?」

 

「あら、そうなの? ちょっと残念だわ。」

 

咲夜は『ママ』と離れ離れになって寂しいようだ。……でもまあ、レミリアにグリフィンドールのテーブルに来られても困るだろうに。私やハリーたちはワールドカップで多少耐性があるが、普通の生徒たちからすれば『なんか偉い吸血鬼』なのだ。飯を食うどころではなくなるだろう。

 

カビが生えてそうな燕尾服を着ているフィルチを眺めながら考えていると、いきなりロンが立ち上がって大声を上げた。なんだよ、ビックリするな。

 

「おーい! こっちが空いて……くそっ、マルフォイが連れて行っちゃったよ。あのおべんちゃらお化けの、ロウソク顔の、ケナガイタチめ!」

 

ブツブツと意味不明な怨嗟の呟きを発するロンの視線を追ってみれば……なるほど。どうやらダームストラング生はスリザリンのテーブルに持って行かれてしまったらしい。てっきり各テーブルにバラけるんだとばっかり思ってた。

 

それならボーバトンは? くるりと逆方向を見てみると、水色ローブの集団はレイブンクローのテーブルを選択したようだ。青繋がりってことか? ……もしくはまあ、一番行儀良く座ってるからかもしれないが。グリフィンドールとハッフルパフの騒ぎっぷりを見るに、そう間違った選択とも言えないな。

 

「残念だったな。グリフィンドールのテーブルには誰も……ハリー?」

 

肩を竦めて向かいのハリーに話しかけようとするが、彼は私の肩越しにレイブンクローのテーブルを見つめるのに夢中なようだ。おいおい、ハリーまでフランス女に見惚れてるのか? またハーマイオニーが怒っちゃうぞ。

 

どんなのが好みなのかと興味本位で視線を辿ってみると……あー、そっちね。ハリーが見ているのは水色ローブのフランス女ではなく、レイブンクローのシーカー、チョウ・チャンだった。

 

「なあ、ハリー。ジッと見つめすぎだと思うぜ。向こうに気付かれちゃうぞ。」

 

「……へ? ああ、いや、これは……その、気付いちゃった?」

 

「そんなに見てたらバカでも気付くさ。隠したいならもうちょっと上手くやるべきだろうな。」

 

「あー、うん。そうする。」

 

どうするんだよ。……ま、ハリーがチョウにぞっこんなのはグリフィンドールのチームじゃ常識だ。全員が全員、生暖かい視線で見守っているのである。

 

ただし、その話には女子メンバーしか知らない続きが存在する。つまり、ハリーがお熱なチョウはディゴリーにお熱だという続きが。……なに、ハリーはシーカーなんだ。きっと逆転勝ちしてくれるさ。そう思わないと悲しすぎるぞ。

 

ちょっと顔を赤くするハリーに哀れみの視線を送ったところで、奥のドアから教師たちが大広間に入ってきた。見慣れたホグワーツの教師たちに続いて、三校の校長たちがご入場だ。それとまあ、威張りまくっているレミリアも。

 

ちなみに大きなボーバトンの女校長……マクシームだったか? ヤツが入ってきた瞬間に、何故かボーバトンの生徒たちは一斉に立ち上がった。うーむ、形式張っているというか、堅苦しいというか。お行儀が良いのは認めるが、どうも私にはホグワーツがお似合いらしい。あんなことをしてたら気疲れしそうだ。

 

そのまま全員が着席したところで、唯一立ったままだったダンブルドアが声を張り上げる。いよいよ歓迎会のスタートか。

 

「こんばんは、ホグワーツの諸君。そして客人の皆様もこんばんは。ホグワーツへのおいでを心から歓迎いたしますぞ。皆様の本校での滞在が快適で楽しいものになることを、わしは希望し、また確信しております。」

 

そこでボーバトンの女子生徒がクスクス笑い声を上げた。間違いなく嘲笑な感じの笑い声だ。……ふん、お偉いフランス人にはホグワーツがお気に召さないってか?

 

「今すぐ帰ればいいんだ。」

 

「全くよ、マリサ。誰も引き止めやしないのに。」

 

私の呟きに反応したハーマイオニーがその女子生徒を睨んでいる間にも、ダンブルドアの柔らかい声での話は続く。多分ダンブルドアにも聞こえたと思うが、彼はその程度のことを気にしたりはしないようだ。

 

「三大魔法学校対抗試合は、この宴の終了と共に正式に開始される。……しかしながら今だけは三校の垣根なく、皆で宴を楽しみましょうぞ。さあ、それでは大いに飲み、食い、かつ寛いでくだされ!」

 

ダンブルドアが大きく両腕を上げるのと同時に、いつものようにテーブルの上が色とりどりの料理で満たされる。どうだ、カエル女め。これがホグワーツだ! ……まあ、いつもより多少豪華であることは否めんが。

 

「あら、凄い。今日は外国の料理も沢山あるわね。」

 

「この……これはなんだ? ドロっとしてるが。」

 

「ビスクよ。多分ロブスターの。」

 

「びすく?」

 

意味不明だという私の顔を見て、咲夜はそれを皿に掬いながら面倒くさそうに噛み砕いた説明を放ってきた。ドロドロでちょっと気持ち悪いな。パッと見はカレーみたいだ。

 

「つまり、スープよ。クリームっぽい感じの。」

 

「ああ、クラムチャウダーか。」

 

「全然違うわ。あっちは牛乳と貝で、こっちはクリームと甲殻類よ。……いやまあ、クリームを使うこともあるけど、でもこっちには──」

 

「おっと、そこまでだ。私にとっちゃ似たようなもんなのさ。」

 

大好きなお料理談義を止められて頬を膨らます咲夜を横目に、びすくとやらを私も食べてみる。……んー、イマイチだな。なんかこう、後味がずっと残ってる感じ。パンと合わないぞ、これは。

 

とはいえ咲夜は美味そうに食べてるし、ハーマイオニーなんかも澄ました顔で謎の外国料理をご堪能だ。反面、ハリーとロンは安牌を取ることを選択したらしい。毎度お馴染みのブラッドソーセージやらキドニーステーキ・パイやらを皿に盛り付けている。

 

そしてリーゼは言わずもがな。肉でさえあればどこのどんな料理でもいいようだ。その辺から多種多様な肉を一つずつ奪い取って堪能している。鴨だろうが羊だろうがお構いなしだな。こいつ、人肉でも普通に食うんじゃないか? ……いや、そりゃ食うか。そういえば一応妖怪だった。

 

私は……うん、冒険してみよう。魔女は度胸。アリスもそう言ってたし、先ずは試してみなければ新しい発見は得られないのだ。早速ハーマイオニーが美味そうに食べているピンク色の謎の物体を食べてみるが……。

 

「……咲夜、ちなみにこれは何て言う料理なんだ?」

 

「テリーヌよ。色的にサーモンかしらね?」

 

「なるほど。覚えとくぜ。」

 

てりーぬか。その名前を頭に刻み込む。いつか何処かで見かけても、絶対に頼まないで済むようにだ。こんなもんどうやって食えってんだよ! パンにだって白飯にだって合わないぞ!

 

自然と手が大好きなシェパーズパイに向かってしまうが……ぐぬぅ、耐えろ、魔理沙。魔女は探求しなければならんのだ。それに次の料理は美味しいかもしれないじゃないか。

 

内心の葛藤をなんとか抑えつつも、霧雨魔理沙の挑戦は続くのだった。

 

 

─────

 

 

「珍しいケースだね。ローブよりスーツの方が似合う魔法使い、か。」

 

いつの間にか教員用テーブルに居たクラウチを見ながら、アンネリーゼ・バートリはボソリと呟いていた。あの男には死ぬほどローブが似合ってないのだ。昔のゲラートと同じくらい似合ってないぞ。

 

何にせよこれで役者が揃ったわけか。三人の校長に、クラウチ、バグマン。そしてまあ、オマケのチビコウモリ。……しかし、なんでアイツは常にドヤ顔なんだ? 咲夜に良いところを見せたいのかは知らんが、こっから見る分には滑稽を通り越して怖いぞ。

 

今も鴨のコンフィをドヤ顔で食べている。あまりにも意味不明だ。あいつは鴨をドヤ顔で食べるのがカッコいいと思い込んでいるのだろうか? パリパリに焼かれた鴨だってあれでは浮かばれまい。というか、吸血鬼がバカだと思われるから本当にやめて欲しい。

 

軽めの妖力弾でも撃ち込んでやろうかと考えていると、フランス料理を堪能し終わったハーマイオニーが声をかけてきた。

 

「クラウチさんだわ。ウィンキーの主人だった人。」

 

「ウィンキー?」

 

「ほら、前に話したでしょ? 闇の印事件の時のしもべ妖精よ。」

 

「あー、そういえばクラウチのしもべ妖精だったのか。結局解雇したのかね? しもべ妖精なしじゃあ不便だろうに。ご苦労なことだ。」

 

居ると居ないとじゃ大違いだろう。少なくともロワーが居なくなった後のエマはそう思っていたはずだ。あの時は涙目で新しいしもべを雇うようにと頼まれたっけ。……いやまあ、そのうちケロリと慣れてしまったが。

 

美鈴といい、エマといい、多少図太くないと吸血鬼の使用人は務まらないのかもしれない。細かいことを気にしないというか、いい加減というか、雑というか。そんな感じの。

 

父上の従者はどうだったかと思い出していると、ハーマイオニーはぷんすか怒りながらクラウチを睨みつけ始める。『スピュー』の代表としては不当解雇は許せないことのようだ。

 

「苦労すればいいのよ。当然の報いだわ。……でも、ウィンキーは大丈夫なのかしら? 次の職場を見つけられてると思う? もちろんきちんとお給料が貰えるような仕事場を。」

 

「大丈夫だ。魔法省にしもべ妖精の職場を斡旋する部署があったはずだよ。……まあ、給料云々は別だがね。しもべ妖精に給料を払おうとするヤツなんて、スクリュートを可愛がるヤツ並みに珍しいのさ。」

 

つまりはこの世に一人だけだ。スクリュートにはハグリッドが、しもべ妖精にはハーマイオニーがいるのだから。何処にでも変わり者ってのはいるもんだな。

 

「魔法省まで奴隷労働の片棒を担いでいるわけね。……悪しき慣例よ。どこかで歯止めをかけなくっちゃ。」

 

ミス・スピューが怒りに燃え始めたところで、やおらダンブルドアが立ち上がって大広間を見渡した。どうやら食事の時間は終わりのようだ。……いや待て、ダームストラングの連中はまだがっついてるぞ。真紅のローブが食べこぼしでマーブル模様になっている。

 

ダームストラングには昔一度だけ行ったことがあるが、あの兵舎みたいな環境は今も健在なのだろうか? ホグワーツを知った今となっては、あれが『ヤバい』環境だってのが良く理解できる。そりゃあ人格も歪むぞ。教育以前の問題だ。

 

「さて、さて。食事は楽しんでいただけたかな? だとすれば嬉しいのじゃが。……では、本題に移る前に重要な人物を紹介しよう。対抗試合を復活させるために尽力し、そして審査員を引き受けてくださったお三方じゃ。先ずは国際魔法使い連盟の名誉顧問をされている、レミリア・スカーレット女史!」

 

紹介を受けたチビコウモリが気取った仕草で立ち上がると同時に、ホグワーツの生徒たちからは儀礼的な、そして残りの二校からはやり過ぎな感じの拍手が上がった。……圧政下の民衆みたいだな。拍手は義務ってか?

 

「国際魔法使い連盟の名誉顧問? なんだそりゃ?」

 

「どうせ有名無実な役職だろうさ。悪しき権力者にはありがちだろう?」

 

魔理沙の疑問に適当に答えていると、ダンブルドアは次にクラウチを手のひらで示して声を放つ。そら、座れ邪悪な吸血鬼。いつまでも立ってるとクラウチが可哀想じゃないか。ただでさえローブ姿がバカみたいなのに。

 

「次に国際魔法協力部部長、バーテミウス・クラウチ氏!」

 

仏頂面のクラウチが立ち上がると、パラパラと気の無い拍手が上がった。レミリアの時より大きな拍手をしているのは私だけのようだ。それに……おいおい、ボーバトンは拍手しようとすらしてないぞ。揃いも揃ってむっつり顔で沈黙している。何でだ?

 

ひょっとして、『ヨーロッパの英雄』どのに真実薬を飲ませたからだろうか? いやはや、フランスはゲラートに数十年も抵抗していただけあって、レミリアの影響力も一入のようだ。イギリスとは段違いだな。

 

クラウチが気にすることなく一礼して座るのと同時に、その隣のバグマンが立ち上がる。私としてはこっちの方が信用ならん。クラウチは有能なバカだが、こっちは無能なバカなのだ。スカスカブラッジャーめ。

 

「そして魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマン氏!」

 

とはいえ、ホグワーツの生徒たちにとってはそうではないようで、クラウチの時よりも遥かに大きな拍手が大広間を包み込んだ。確か元クィディッチのプロ選手だったそうだし、その辺も影響してるのかもしれんな。

 

「あいつ、賭けに勝った私と双子に偽の金貨を払いやがったんだ。レプラコーンの金貨を。クソ野郎だぜ。」

 

おや、小さな魔法使いどのはバグマンのことがお嫌いらしい。ハリーとロンもそれを聞いてピタリと拍手を止めてしまった。

 

「それなら、取り立てたまえ。殺してでもだ。泣き寝入りは馬鹿のやることだよ?」

 

「当たり前だ。絶対に逃がさんぞ。」

 

言うと魔理沙は双子の方へと席を移動し始める。バグマンも不幸なことだな。あの三人の取り立ては熾烈を極めるはずだぞ。きっと糞爆弾塗れになった辺りでそれを知ることだろう。

 

訪れる不幸も知らないバグマンがニッコニコで再び座ると、ダンブルドアはようやく生徒たちが望む言葉を放った。

 

「結構、結構。それでは本題に移るとしよう。これより代表選手を決める方法を説明するが……よいか? 注意して聞くように。一度選手になったからには、辞退することは許されんのじゃ。魔法契約によって厳重に縛られることになる。故に、よく考えてから決断しなさい。」

 

途端に静まり返った生徒たちに頷いてから、ダンブルドアはフィルチの持ってきたデカめの木箱をテーブルに置く。……あれに件のゴブレットが入ってるのか? 随分デカいな。あの大きさだとすると、巨人用サイズだぞ。

 

「代表選手への立候補を望む者は、自分の所属校と氏名を羊皮紙に書いてこの……炎のゴブレットへと投じるように。ゴブレットはこの後玄関ホールに設置されることになる。期限は明日の晩餐会までじゃ。」

 

言葉の途中、ダンブルドアが杖で木箱を叩いた瞬間……んー、木製か? ちょっとイメージと違ったな。木箱が開いて巨大な木製のゴブレットが姿を現わす。複雑な彫刻が刻まれており、ゴブレットというかトロフィーって感じの大きさだ。そして何より口の部分から噴き出す青い炎。あれが魔道具であることを雄弁に物語っている。

 

誰もがゴブレットをよく見ようと立ち上がる中で、ダンブルドアが再び声を張り上げた。

 

「もう一度言おう。立候補の期限は明日の夕刻までじゃぞ。……それと、何度も言っておる通りに立候補できるのは成人した魔法使いだけじゃ。わしが年齢線を引くので、それ以外の魔法使いは決して試そうとはしないように。」

 

そりゃ無理だ。既に魔理沙と双子はバグマンのことも忘れて年齢線について話し始めているし、他のテーブルでもコソコソと出し抜き方について話しているのだから。

 

ま、問題はあるまい。年齢線ってのはよく知らんが、ダンブルドアが成人もしてないガキに出し抜かれるとは思えん。というかそもそも、上級生を差し置いて下級生が選ばれるはずもないだろう。

 

ダンブルドアにも生徒たちの『やんちゃ』は分かっているようで、ちょっと苦笑いで締めの挨拶を放った。

 

「ほっほっほ。それではおやすみ、生徒たち。おやすみ、お客人方。明日も宴は続くのじゃ。今日はゆっくり夢を楽しみなさい。……では、解散!」

 

即座にロンは双子と魔理沙の方へと走って行き、ハリーとハーマイオニーはそれに苦笑しながら私と咲夜を促してきた。

 

「うーん、ダンブルドア先生の魔法を突破するのは無理だと思うんだけど……。」

 

「どうせフランス女どもにチヤホヤされたいんでしょ。ほら、あんなの放って談話室に帰りましょうよ。」

 

「先に行っててくれたまえ。私と咲夜はチビコウモリと話があるんだ。」

 

明日はハロウィン。つまりは咲夜の誕生日なのだ。どういう風に祝うのかをレミリアと相談せねばなるまい。……仲間外れにしたら談話室まで突入してきそうだし。

 

「あら、そうなの? それじゃあ先に戻ってるわね。」

 

歩いて行く二人を見送って、咲夜と一緒に教員席へと歩み寄ってみれば……何だよ。マクシームがいきなり立ち上がって私に視線を送り始めた。ちょっと顔が強張ってるし、もしかして警戒されてるのか?

 

「何だ? まさかイギリスの巨人を殺しまくったのが伝わってるんじゃないだろうな? フランスにはあんまり関係ないはずだぞ。」

 

小声で咲夜に囁いてみれば、彼女はドン引きした感じで顔を引きつらせてしまう。あれ、言ってなかったか?

 

「そ、そんなことしてたんですか、リーゼお嬢様……。」

 

「やったのはほぼ美鈴だけどね。私は殆ど見てただけさ。」

 

うーむ、前回の戦争ではかなり派手にやったからな。私に関しては死喰い人どもよりもそっちに恨まれている可能性が高いのだ。基本根絶やしにしてたから大して広まってはいないと思うんだが……。

 

緊張している様子のマクシームの前をこちらもちょっと緊張しながら通り抜けて、ダンブルドアとお話し中のチビコウモリへと言葉を放った。

 

「おい、レミィ。咲夜を連れてきたぞ。」

 

「──だから、第一の課題の時に……咲夜! 寂しかった? 寂しかったわよね? このボケ老人がそっちのテーブルで食べさせてくれなかったのよ! ボケてる上に意地悪なの!」

 

「ほっほっほ。いきなりのどぎつい言葉ですのう。さすがはスカーレット女史じゃ。」

 

ぴょんとテーブルを飛び越えて咲夜に抱きつくレミリアを無視して、謂れのない誹謗を浴びせかけられたジジイへと小声で話しかける。

 

「やあ、ダンブルドア。なんかマクシームからえらく警戒されているような気がするんだが……理由は分かるかい?」

 

「警戒、ですか? ……ふむ? 心当たりはありませんな。マダムは信頼に足る人物ですし、気のせいでは?」

 

「んー……そうか。まあ、それならいいさ。」

 

チラリとマクシームの方を見てみれば、既にボーバトンの生徒たちの方へと歩いて行くところだった。……うーむ、分からんな。後でレミリアにも聞いてみるか。

 

首を傾げている私に、咲夜を抱っこした……というかおぶさっているような形のレミリアが声をかけてくる。どうしてこいつはバカに見えることしか出来ないのだろうか? 咲夜が絡むと本当にダメダメだな。

 

「決めたわ。誕生日パーティーは紅魔館でやりましょう。一日くらい戻ってもバレやしないわよ。」

 

「キミね、たった一年で我慢できなくなっちゃったのかい? 咲夜がホグワーツで誕生日を過ごしたのは去年だけだろうに。」

 

「別にいいでしょうが! 今年は特別よ! 特別! ……そっちも文句ないわね? ダンブルドア。どうせ私の行き来のために煙突ネットワークは開いてるんだから、構わないでしょう?」

 

咲夜の頭越しに提案を押し通してくるレミリアに、ダンブルドアは困ったような苦笑いで返事を返した。

 

「規則上は好ましいこととは言えませんが……まあ、明日までに戻るのであれば構わんでしょう。どうぞ、楽しんできてください。」

 

「素晴らしい! 話のわかるジジイは良いジジイよ。」

 

翼をバタつかせながらうんうん頷くレミリアを横目に、困ったように笑う咲夜に向かって肩を竦める。……まあいいさ。咲夜もちょっと嬉しそうだし、アリスやパチュリーなんかも喜ぶだろう。私だってなんだかんだで紅魔館の方が寛げるのだ。別に文句など無い。

 

そうなると……ふむ、ハリーや魔理沙たちには一声かけておく必要があるな。誕生日プレゼントのこともあるし、レミリアの溺愛っぷりを知っている彼らなら特に疑問には思うまい。

 

久々に酒や血やらが大っぴらに飲めることを楽しみにしつつ、アンネリーゼ・バートリは薄く微笑みを浮かべるのだった。

 


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