Game of Vampire   作:のみみず@白月

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杖調べ

 

 

「それで? 第一の課題は結局何になったの?」

 

真昼のホグワーツ城の廊下を歩きながら、レミリア・スカーレットはダンブルドアに向かって問いかけていた。ちなみに彼は私の少し前を歩いて、杖を振って雨戸を閉めつつ進んでくれている。うーむ……こういうことを言わずともやってくれる辺りに付き合いの長さを感じるな。

 

今日は選手たちの杖調べとかいうのが行われる日なのだ。当然ながらそんなもんに一切興味はないが、対抗試合の審査員はそれを見届ける義務があるらしい。……余計な規則を作ってくれたもんだな。そんなんだから廃れたんだぞ。

 

ともかく、せっかく来たなら情報交換をしようというわけだ。ダンブルドアは小慣れた仕草で杖を振りながら、ちょっと言い難そうに返事を返してきた。

 

「それが、校長たちにも秘密のようでして。恐らく代表選手に『教示』してしまうのを避けたいのでしょう。……ただ、校庭の片隅を貸して欲しいとの要請がありました。」

 

「ふぅん? どのぐらいの大きさで?」

 

「そうですな、クィディッチ競技場よりは少し狭いくらいの大きさ……と言えば伝わりますかな?」

 

「そりゃまた、『片隅』って感じじゃないわね。物騒な臭いがプンプンするわ。絶対にロクな内容じゃないわよ。」

 

私の言葉を受けたダンブルドアは、苦笑いでただ困ったような沈黙を寄越してくる。つまり、こいつもロクなことじゃないのには同意するわけだ。

 

まあいいさ。義理堅いダンブルドアは下らないルールとやらを守るだろうが、吸血鬼がフェアプレーを重んじるなどジョークにもならん。どうにかバグマンから聞き出して、リーゼ経由でハリーに伝える必要があるぞ。

 

そもそも、オリンペやカルカロフだってダンブルドアのように『お綺麗事』を貫いたりはすまい。これが国際的な催しな以上、政治や裏工作だって立派な戦略だろう。ボーバトンやダームストラングもそれぞれの方法で課題の内容を探っているに違いないのだ。

 

というかまあ、ダンブルドアだって私からハリーに伝わることは重々承知しているだろうに。別に止めてこないということは、こいつだって暗黙の……いや待て、そうなるとディゴリーが哀れだな。あいつだけ知らないままの可能性があるぞ。ダンブルドアがこの問題に気付いていないはずも無いし、それとなく人伝にでも伝えるつもりなのだろうか?

 

まあ、どうでもいいか。重要なのはハリーがきちんと生き残ることであって、ディゴリーなんぞどうなろうが知ったこっちゃないのだ。馬鹿馬鹿しい行事で死なせるためにこれまで苦労してきたんじゃないんだぞ、まったく。

 

思考にケリをつけたところで、先導するダンブルドアが私の入ったことのない部屋のドアを開いた。どうやら杖調べの会場に到着したようだ。

 

ドアを抜けると……狭いな。ホグワーツには無数にある、今は使われていない教室の一つのようだ。黒板の前に机が三つほど横に並べて置かれてあり、それにビロードのカバーをかけて『らしい』感じの長テーブルに偽装してある。それでも安っぽさは隠せていないが。

 

机の向こうには丸椅子が四脚。そしてその更に後ろに背凭れ付きが五脚と、一際巨大なのが一脚。要するに代表選手と審査員のための椅子なのだろう。既に後ろの席には校長二人と今日も具合が悪そうなクラウチ、それにバグマンが腰掛けており、前の丸椅子には各校の代表選手が……ありゃ、ハリーが居ないな。『正規』の三人だけだぞ。

 

「あら、生き残った男の子は重役出勤かしら?」

 

「ふむ? 連絡は送りましたし、もう到着しているはずですが……。」

 

パタリと閉じたドアを背にダンブルドアと話していると、慌てて立ち上がったバグマンが小走りで近付いてきた。ペコペコお辞儀しながら愛想笑いを浮かべているその姿は、何とも小物感漂う雰囲気だ。デュヴァルといい勝負だな。天然か擬態かの違いはあるが。

 

「ああ、スカーレット女史。わざわざご足労いただきまして、我々といたしましても──」

 

「前置きは結構。それより代表選手が一人足りないようだけど?」

 

「ポッター選手は、その、取材を受けていまして。もうそろそろ終わると思うのですが……。」

 

言いながらバグマンが目線を送ったのは……ロッカー? 部屋の片隅に置いてある、ホグワーツではあまり見ない大きめの金属製ロッカーだ。しかし、ロッカーの中で取材? なかなか奇抜な記者が来ているらしい。

 

「へぇ? 取材ってことは、予言者新聞よね? 誰が来てるの?」

 

「あー……それが、その、スキーター記者です。」

 

「……なるほどね。」

 

あのバカ女か。そうと決まれば話は早い。何事かと全員が注目する中、ロッカーへと足早に近付いてから……思いっきりそれを蹴っ飛ばした。そら、出て来いブン屋。早くしないとロッカーと心中しちゃうぞ。

 

「スカーレット女史、ハリーも中に居ることをお忘れなきように。」

 

「大丈夫よ、若いんだし。それに放って置いてみなさい? あの女はハリーに関しての余計な記事を書くに決まってるわ。」

 

やんわりと止めてくるダンブルドアに適当な返事を返しながら、ガンガンとロッカーを蹴り続ける。この私が『スキーター待ち』だと? 有り得ん。天地がひっくり返っても有り得んのだ。

 

ロッカーの凹みが致命的になってきたところで、ようやくスキーターがバタバタと飛び出してきた。痩せた猫背にブロンドの巻き髪。真っ赤な縁眼鏡の向こうで突き出す、ギョロギョロと忙しなく動く緑の目が周囲を一巡して……おっと、私のところで止まったぞ。彼女は『ロッカーキッカー』を特定したようだ。

 

「ごきげんよう、スキーター。悪いけどもう時間なの。取材は後回しにしてくれるかしら?」

 

「あらま、スカーレット女史。随分と個性的な催促の仕方ですこと。あたくし、ちょっと暴力的に感じるざんす。」

 

「あらそう? 私ったら、ロッカーに対するノックの仕方が分からなくって。間違ってたらごめんなさいね。」

 

クスクス笑いながら言ってやると、スキーターは猛烈な勢いで自動筆記ペンを走らせ始める。おやおや、今度はどんな記事を書くつもりだ? 『無礼なコウモリ、無抵抗のロッカーを蹴り殺す』とかか?

 

もはや止める気にもならん。好き勝手に書けばいいさ。鼻を鳴らしながら選手たちの方へと近付いていくと、全員がちょっと顔を引きつらせながら立ち上がった。……そんなにビビるなよ。心配しなくても私はロッカー以外を蹴り殺したりはしないぞ。少なくとも今日は。

 

私が乱暴に椅子に座ったところで、バグマンが場を取り成すかのように大声を放つ。スキーターに続いてハリーもロッカーから出てきたが……ふむ? 頭を押さえているのを見るに、彼にも多少のダメージを与えてしまったようだ。すまんな、ハリー。これは必要な犠牲だったのだ。悪気はないのだ。

 

「さて、それでは早速杖調べに移りましょうか! 試合に先立ち、代表選手たちの杖が万全な状態にあるかを調べてもらうこととなります。そのために本日はイギリスで最優の杖作り、オリバンダー翁に来ていただきました!」

 

言いながらバグマンが指し示した先には……おや、居たのか。全然気付かなかったぞ。部屋の隅っこに枯れ木のような老人が立っているのが見えてきた。『あれは蝋人形です』と言われれば信じたかもしれんな。

 

なんかこう……存在感が無いというか、儚げというか。身も蓋もない言い方をすれば今にも死にそうなジジイだ。歳上のはずのダンブルドアの方が全然若く見える。あれが世界的にも有名な杖職人、ギャリック・オリバンダーか。直に見るのは初めてだな。

 

スルスル滑るような足取りで選手たちの向かいに立ったオリバンダーは、先ずは一番右隅のデラクールへと声をかける。

 

「デラクールさん、先ずは貴女からいきましょうか。杖を出してくれますかな?」

 

コクリと頷いたデラクールが机に杖を置いた瞬間……うーん、面白い。一気にオリバンダーの顔が輝き、全然死にそうじゃなくなってしまった。『杖狂いの家系』か。リーゼがそう評していた意味がよく分かったぞ。

 

心底嬉しそうな表情で杖を手に取ったオリバンダーは、それをくるくると回しながらブツブツ呟き始める。さっきまでと同じ人間とは思えんな。

 

「ふむ、ふむ。24センチ。紫檀で……しなり難い。少々気まぐれ。されど執着は強い。どちらかといえば呪文術に向き、そして芯には……おお、これは珍しい。ヴィーラの髪の毛ですかな?」

 

なんでそんなことまで分かるんだ? ただ触っただけだろうに。私と同じようにデラクールもちょっと驚いたような様子で、頷きながら質問の答えを口にした。達人技もここまでくると薄気味悪いな。

 

「その通りでーす。わたーしの祖母のものでーす。」

 

「ううむ、そうですな。わしの流儀とは違うが、これもまた一興。貴女には合っておるようじゃし……オーキデウス(花よ)! うむ、上々。上々の状態じゃ。」

 

うんうん頷きながら杖先に咲かせた花を摘み採ると、オリバンダーは杖と一緒にデラクールへと渡す。洒落たジジイだ。若い頃はなんとやらってか?

 

「では、次はディゴリーさん。貴方じゃ。」

 

「はい、お願いします。」

 

礼儀正しくディゴリーが握り手を向けて杖を渡すと、オリバンダーは再び嬉しそうにブツブツ呟き始めた。……これは、本当に私が見届ける必要がある儀式なのか? もう飽きてきたぞ。

 

「おお、これはわしが作った杖ですな? 懐かしい。実に懐かしい。春の麗らかな日に作った杖じゃった。30センチ、トネリコ。心地よくしなり、芯には際立って美しいオスのユニコーンの──」

 

「ちょっと来なさい、バグマン。」

 

『ブツブツ』を背にバグマンを引っ張って、部屋の片隅へと移動する。途端に何かを嗅ぎつけたブン屋が忍び寄ってこようとするが……いいぞ、ダンブルドア。柔らかな笑みを浮かべたダンブルドアがスキーターに話しかけ始めた。ファインプレーだ。

 

「あの、何かありましたか? スカーレット女史。やはり椅子にクッションを置いた方が良かったですかな? いや、私はそう思って用意しようとしたのですが、マダム・マクシームの椅子を準備するのに手間取ってしまいまして、その頃にはもう時間が──」

 

「そんなもんどうでもいいのよ。それより、第一の課題の内容はどうなってるの?」

 

「それは……言えません。ああいや、もちろんスカーレット女史を信頼していないわけではありませんが、公平性を保つためには──」

 

「ねえ、バグマン? こんな話をご存知?」

 

二度バグマンのたわ言を遮って、笑顔を浮かべながら言葉をかける。……ニコニコ、ご機嫌そうな笑顔でだ。

 

「とある男が、小鬼とギャンブルをしたらしいのよ。物凄い金額の賭かったギャンブルをね。でも、可哀想に……その男、負けちゃったの。払いきれないほどの『歴史的』ボロ負けだったらしいわ。」

 

この時点で既にバグマンの顔は真っ青になっているが、構わず笑顔のままで続きを話す。……ちなみにボロ負けした男というのは、ルドビッチ・ バグマンとかいう男らしい。ワールドカップで無計画な胴元をして破産してしまったようだ。スカスカブラッジャーの面目躍如だな。

 

「このままだと殺されちゃうと思うの。ほら、小鬼のお金に対する執着って凄いでしょ? その男は今度は対抗試合を賭けの内容にして挽回しようとしてるみたいなんだけど、小鬼は乗り気じゃないのよね。……あら? そういえば私、小鬼と仲が良いんだったっけ。ドイツでの『ちょっとした』トラブルを解決してあげた貸しがあるのよ。今急に思い出しちゃったわ。」

 

『びっくりレミィちゃん』の顔で言ってやると、途端にバグマンは鳩みたいに頷きながら問いを囁いてきた。藁にも縋るってのがピッタリの表情じゃないか。

 

「それは、その……どのような? いや、つまり、私……というか、その男の借金を帳消しに出来るほどの?」

 

「さすがにそれは無理でしょ。小鬼っていうのはそういう生き物よ。……ただ、そうね。猶予を貰うことは出来るでしょう。少なくともその借金塗れの男は、焼印を入れられて売られたりはしなくなるわ。顔の部品をバラ売りされたりなんかもしなくなるしね。」

 

肩を竦めて言ってやると、バグマンは僅かの間だけ葛藤するが……お粗末。ヘコヘコしながらゴマすり顔を浮かべ始める。手早い陥落だな。

 

「いや、そうですな。確かに……そう、貴女には知る権利がある。うん、あるはずです。審査にも影響するかもしれないし……まあ、今回だけは構わないでしょう。構わないはずだ。」

 

何やら言い訳らしきものをぶつくさ呟いた後で、バグマンは声を潜めて第一の課題の内容について知らせてきた。早く言え、間抜け。そもそも誰に言い訳してたんだよ。

 

「ドラゴンですよ。ドラゴンを出し抜くんです。」

 

「……へ? ドラゴン?」

 

「ええ、その通り。……驚きましたかな? そうでしょう、そうでしょう。きっと他の皆も驚いてくれるはずです。それが今から楽しみですよ。」

 

嬉しそうに言ってるが……こいつ、頭がおかしいのか? ドラゴン? ドラゴンって、あのドラゴンのことだよな? カッコいい皮膜の翼とかがあって、火を吐くデカいヤツ。いやまあ、私はあんまり詳しくはないが。

 

そう、詳しくはない。詳しくはないが……それでも知ってることもあるのだ。例えばドラゴンは人を丸呑み出来るということや、その炎はガキンチョの杖魔法なんかじゃ防げないということ。そしてまあ、連中にとってハリーは軽めのランチにしかならんということも。

 

「前にも聞いた気がするけど、一応もう一回聞いておくわ。……貴方は代表選手を皆殺しにしたいわけじゃないのよね?」

 

真顔で心の底からの疑問を問いかけてやると、バグマンは面白いジョークを聞いたかのようにクスクス笑い始めた。狂ってる。今分かったが、コイツはムーディより狂ってるぞ。

 

「なに、心配無用です。安全策は幾重にも施しますよ。あの『小さなトカゲちゃん』たちが選手を傷付けるようなことにはならないでしょう。……まあ、擦り傷程度ならあるかもしれませんが。」

 

「……そう。よく分かったわ。それじゃ、小鬼にはきちんと話を通しておくから。」

 

「おお、素晴らしい。貴女は私にとって幸運の女神だ。これで枕を高くして眠れますよ。」

 

そしてお前は私の疫病神だ! クソったれめ! 嬉しそうに席に戻って行くバグマンを見ながら、キリキリ痛んできた頭をそっと押さえる。お祓いに行くべきかもしれんな。吸血鬼を受け入れてくれる教会があるかは知らんが。

 

他の連中がどうだかはさて置き、私はバグマンの組み立てた『安全策』とやらを信頼するほど耄碌しちゃいないのだ。……杖調べが終わったらすぐにダンブルドアと話し合う必要があるだろう。リーゼにも早く伝えなければ。このままだとハリーは遠からぬ日に『ローストポッター』になっちゃうぞ。

 

クラムの杖を手にグレゴロビッチとの製作様式の違いを延々喋り続けるオリバンダーの方へと歩きながら、レミリア・スカーレットはパチュリーに頭痛薬を処方してもらうことを決意するのだった。当然、一番強いやつを。

 


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