Game of Vampire   作:のみみず@白月

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カリスマの憂鬱

 

 

「それじゃあ、今やドラゴンのことを知らない選手はいなくなったわけだ。」

 

星見台に立つ万能磁石と化したハリーに向かって、アンネリーゼ・バートリは呆れたように首を振っていた。呼び寄せ呪文はもう完璧だな。今もインク瓶やらシリアルやらが、杖を振るハリーに向かってビュンビュン飛んでいってるぞ。

 

十一月も終わりに近付き、第一の課題が行われる日までは五日を切っている。そして昨日の昼、ハリーはハグリッドの小屋で彼からとある『秘密』を教えられたのだ。つまり、禁じられた森の奥にドラゴンが到着したことと、それが課題に使われるということを。

 

まあ、ハグリッドがハリーに助言するのは特におかしくない話だ。彼だってハリーに死んで欲しくはないだろうし、彼のお口がツルツルなのは実証済みなのだから。……秘密の対義語は『ハグリッド』にすべきだな。『二人だけのハグリッド』とか、『ハグリッドの部屋』とか。

 

とはいえ、誤算もまた存在した。ハグリッドが一昨日の夜に行った『ドラゴン見学ツアー』にマクシームを誘ったことである。ここ最近『お仲間』を見つけたハグリッドはマクシームに夢中で、ロマンチックだと思ったのかなんなのか、意中の巨人友達にもそれを見せてしまったのだ。

 

おまけにその帰りには、『道に迷った』カルカロフのことも目撃したらしい。これでボーバトンとダームストラングの代表にドラゴンの情報が渡ったのは間違いあるまい。お見事な秘匿技術だ、バグマン。

 

そして私と同じことを考えたハリーは、どうやらディゴリーだけが知らないのは不公平だという結論に至ったようだ。騎士道精神だかなんだかに導かれた結果、ここに来る途中でわざわざディゴリーに情報をくれてやったらしい。……情報戦だって試合のうちだろうに。

 

呆れる私を見て困った顔をするハリーに、ハーマイオニーが援護の言葉を投げかけた。

 

「ハリー、貴方がやったのは素晴らしい行いだわ。それこそフェアプレーってもんよ。」

 

「どうかな。キミがやったのは相手のシーカーにスニッチの位置を教えてやったのと一緒だぞ。あまり賢い行いとは思えないね。」

 

「いいえ、貴方は正しいことをしたのよ。そしてそれはいつか自分に返ってきてくれるの。きっとね。」

 

真逆のことを言う私とハーマイオニーを交互に眺めた後、ハリーは呼び寄せ呪文を唱えながら曖昧に頷く。悪魔と天使の囁きに、彼は意見を決め兼ねてしまったようだ。

 

「アクシオ、チョコシリアル。……まあ、僕はそもそも優勝を目指してるわけじゃないから。アクシオ、マリサの帽子。それに、セドリックが死んじゃうのはさすがに避けないとでしょ? アクシオ、キャラメルシリアル。」

 

飛んできたキャラメルシリアルを口でキャッチしているハリーだが……ま、確かにその通りか。ハリーは金には困っていないようだし、優勝の名誉も別に望んでいない。単に生き残りたいだけで、一位を目指す必要などないのだ。

 

鼻を鳴らして引いてやると、ハーマイオニーはちょっと安心したような顔で口を開いた。

 

「でも、種類が分かったのは僥倖だったわね。ウェールズ・グリーン普通種、スウェーデン・ショートスナウト、チャイニーズ・ファイアボール、ハンガリー・ホーンテール。……一番嫌なのはスウェーデン・ショートスナウトだわ。飛ぶのがファイアボルトと同じくらい速いんでしょう?」

 

向こうで懐かしき意味なし決闘をしている金銀コンビを見ながら言うハーマイオニーに、傍に落ちていた本を開いて答えを返す。図書館から仕入れてきたドラゴンについて詳しく書かれている図鑑だ。著者はかの有名なニュート・スキャマンダー。正確さではピカイチだろう。

 

「その通り。次点でチャイニーズ・ファイアボールだね。それから……少し離れてウェールズ・グリーンとハンガリー・ホーンテールがほぼ同じ速度だ。」

 

「ハグリッドは一番危険なのはハンガリー・ホーンテールだって言ってた。もし選べるなら絶対に選ぶなって。」

 

「ふむ。どうやらニュート・スキャマンダーもハグリッドに同感らしいよ。『最も強力なドラゴンの一種で、縄張りを荒らせば生きて帰るのは難しい。一般的に狩りを行うのは雌で、特に営巣中の雌は雄の数倍は気難しく、非常に危険である』、だそうだ。ハグリッドは雄か雌かを話してたかい?」

 

「全部雌だったって。しかも卵を守ってたらしいよ。」

 

引きつった顔のハリーが発した言葉に、私とハーマイオニーも同じ顔になってしまった。……これは本格的にバグマンが生徒を殺そうとしている説が濃厚になってきたな。っていうか、あいつがハリーを殺そうとしてる犯人なんじゃないか? レミリアに調べてもらう必要がありそうだ。

 

「……とにかく、これまで調べた情報を見る限り、一番安全なのはウェールズ・グリーン普通種ね。もし選べるならそれを選ぶべきよ。」

 

「そうするよ。……選べるといいんだけど。」

 

ハーマイオニーの強引な纏めに、ハリーは自信なさげに答えている。……無理もあるまい。ハリーの悪運は今に始まったことではないのだ。最速か最悪を引きそうな予感をビンビン感じるぞ。

 

現状、ハリーの武器はさほど多くはない。ほぼ仕上がった呼び寄せ呪文と、成功率八割ほどの結膜炎の呪いだけだ。ドラゴンに対処するにはあまりに頼りないラインナップではないか。

 

「そういえば、降下呪文はどうなったんだい? 私とハーマイオニーがルーン文字に行ってる間に魔理沙や咲夜と練習してたんだろう?」

 

数日前にハーマイオニーが見つけ出してきた呪文のことを聞いてみると、ハリーは微妙な表情になってその結果を口にした。どうやら予想通りとはいかなかったようだ。

 

「一応校庭で練習してはみたんだけど……あんまり良い方法じゃなさそうだったかな。」

 

「あら、どうして? 穴を掘ってそこに潜れば炎をやり過ごせるでしょう?」

 

自説が否定されてちょっとご機嫌斜めのハーマイオニーへと、意味なし決闘を終えた魔理沙が横から説明を放つ。咲夜が悔しそうなのを見るに、今回は彼女が勝利したようだ。

 

「あれってさ、自分から逃げ道を無くすようなもんだぞ。大体、直接炎が当たらなくても蒸し焼きになるのがオチだ。やめといた方がいいと思うぜ。」

 

「うっ……確かにその通りね。うん、他の呪文に切り替えましょう。」

 

そりゃそうだ。ハリーが包み焼きハンバーグになるのなど見たくない。敗北を認めたハーマイオニーに、今度は咲夜が声をかけた。

 

「一応、私と魔理沙もいい呪文がないかを調べてみたんですけど……これくらいしか見つかりませんでした。あんまり意味ないですよね、これ。」

 

おずおずと咲夜が差し出した本を覗き込んでみれば……ああ、火消し呪文か。三年生の呪文学でちょこっとだけ出てきたような覚えがある。

 

「んー、そうね。多分消火する前に死ぬでしょうし、そもそも杖が先に燃え尽きるわ。」

 

「でもよ、ちょっと掠ったくらいの時には効果あるんじゃないか? 飛んで逃げてる時に、ローブか箒に火が点いちまった時とか。」

 

「……それもそうだわ。ハリー、こっちはもう使えるわよね? 三年生でやったでしょ?」

 

魔理沙の提案を受けたハーマイオニーの問いに、ハリーは情けなさそうな表情で首を振る。気持ちは分かるぞ。あんな呪文を真面目に練習したのはハーマイオニーだけのはずだ。

 

「あー……ちょっと厳しいかな。呼び寄せ呪文は完璧だし、次はそっちを練習するよ。」

 

「もう、授業を真面目に聞かないからそうなるのよ! 来なさい、教えてあげるから。」

 

哀れなもんだな。ハーミーママに連行されて行ったハリーを眺めていると、咲夜もそれを見ながら話しかけてきた。うーむ、ほくそ笑んでるぞ。呪文を頑張って調べていたから敵対心が消えたのかと思っていたが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。

 

「そういえば、明日はホグズミードに行かないんですか? ロン先輩は張り切ってましたけど。お菓子を沢山買ってきてくれるそうです。」

 

ああ、そのことか。明日はホグズミード行きが許される日なのだ。去年は許可がなくて行けなかったハリーも、ブラックにサインを貰ったことで行けるようになったらしい。……とはいえ、とある事情で私たち三人は行かないことに決めたのである。

 

「気晴らしにどうかとも思ったんだけどね。スキーターがホグズミードに滞在してるらしいんだよ。となれば、気晴らしには向かなさそうだろう?」

 

「む。あの失礼な記事を書く人ですか。」

 

おやおや、小さなメイド見習いどのもスキーターのことがお好きではないようだ。咲夜が言っているのはハリーの記事のことではなく、レミリア関係の記事なのだろう。……正直なところ、私から見ればかなり面白いのだが。一種の『空想コメディ』として見るべきだぞ、あれは。

 

ぷんすか頰を膨らませる咲夜に微笑んでいると、魔理沙も星見台に腰掛けながら話に参加してきた。こっちの二年生どのは怒りではなく、呆れた表情を浮かべている。

 

「スキーターって、あの滅茶苦茶な記事を書いたヤツだろ? グリーンの瞳から零れた涙が頰を伝うやつ。」

 

「その通り。ハーマイオニーが愛を教えるやつだよ。」

 

「グリフィンドールじゃ笑い話だぜ。あんなもん信じてるヤツがいるのか?」

 

「そりゃあいるだろうさ。ハリーを直接知ってる魔法使いなんて極僅かだろう? それ以外の連中にウケてるんだろうね。真実か嘘かなんてどうでもいいんだよ。」

 

だから予言者新聞もスキーターを雇い続けるのだろう。彼らにとって重要なのは購読者が増えることであって、真偽なんてもんは二の次なのだ。……少しはザ・クィブラーを見習うべきだぞ。あそこは常に購読者を置いてけぼりにしているのだから。

 

「ふーん。……やっぱり新聞なんてどこも同じだな。天狗の新聞もデタラメばっかりだったし。」

 

「天狗の新聞? ……まあいい。どれ、ハーマイオニーとハリーは暫くかかりそうだし、私が決闘を見てあげよう。盾の呪文はモノに出来たかい?」

 

「あー……まだだぜ。」

 

「あの、ちょっと難しくって……。」

 

そりゃそうか。二人はまだ二年生になったばかりなのだ。……この光景を見ていると、いかにアリスが凄かったのかが分かるな。教師に向いてないと思ってるのは本人だけだぞ。

 

「それじゃ、頑張って練習しようじゃないか。ほら、おいで。」

 

ハーマイオニーが熾した火を必死に消そうとしているハリーを尻目に、アンネリーゼ・バートリは二人の見習い魔法使いへの指導を始めるのだった。

 

 

─────

 

 

「ああもう、しつこいわね! 私もリーゼもダンブルドアもいるの! だから大丈夫なの! 心配ないの!」

 

エントランスの暖炉に浮かぶ顔に向かって、レミリア・スカーレットは怒鳴りつけていた。いい加減しつこいぞ。こんな親バカは他にいまい。

 

暖炉に浮かんでいるのは黒髪のおっさん。つまりは犬コロもどきのシリウス・ブラックである。彼は明後日行われる第一の課題を観に行きたいと言ってきかないのだ。子供か! 駄々っ子か!

 

エマに用意させた椅子に座りながらイライラと貧乏揺すりをする私に、ブラックは尚も縋るような表情で食い下がってくる。名付け親どのは生き残った仔犬ちゃんが心配で堪らないらしい。

 

「しかし、それでも危険なものは危険でしょう? 去年は見事に出し抜かれて吸魂鬼の群れに襲われたじゃないですか。人手が多いに越したことはないはずです。」

 

「あれはハリーの方から突っ込んでいったんでしょうが。……とにかく、絶対ダメ。そもそも部外者が観に来るのはおかしいんだし、それでなくても会場にはスキーターが来るのよ?」

 

「私は『部外者』ではありませんし、既に無罪の判決を言い渡された身です。今更恐れることなどありません。」

 

「あの女にそんな台詞が通用すると思うの? ハリーと貴方との関係を根掘り葉掘り調べた挙句、あることないこと滅茶苦茶に混ざった忌々しい記事を書くのが想像できない?」

 

私にはできるぞ。簡単にできる。……そしてブラックにもできたようで、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでしまった。それでいいんだ。そのまま黙って諦めてくれ。

 

正直なところハリーとブラックの記事ならそれほど問題はないが、ダンブルドアや私に絡められると厄介なことになるのだ。やれ知り合いだから裏から手を回して無罪にしただの、脱獄したのは私の手助けがあったからだの、根も葉もないことを書きまくるに違いないのだから。……それにまあ、完全に根がないわけでもないし。

 

何とか反論の糸口を探しているブラックに、畳み掛けるように言葉を放つ。

 

「私、リーゼ、ダンブルドア、マクゴナガル、スネイプ、ムーディ。そしておまけにオリンペとクラウチ、三十人近いドラゴン使い。この面子の目の前で何か出来るヤツがいると思うの? ヴォルデモートがダースでハリーを殺しに来たって大丈夫よ。」

 

こんなもん過剰なくらいなんだぞ。ドラゴンだろうが何だろうが、この守りを抜くのは不可能なはずだ。カルカロフは『お友達』のスネイプが見張る予定だし、磐石と言っても差し支えあるまい。

 

「……分かりました。ただし、決して油断はしないでください。ヴォルデモートと一切関係ない場所でドラゴンと戦うだなんて、どうかしていますよ。」

 

「バグマンに言いなさいよね、それは。」

 

「とにかく、任せましたからね。私はハリーがローストされただなんて知らせを受けるのは御免ですよ。」

 

「こっちだって御免よ!」

 

私がぷんすか怒ってやると、ようやく煩い保護者の顔は消えていった。全くもって迷惑な話だ。ふらふら遊び回ってるお前と違って、私は忙しいんだぞ! 親バカめ! バーカ!

 

「エマー! えーまー! 終わったわ。椅子を片付けて頂戴。」

 

「はぁい。」

 

エントランスの隅っこで妖精メイドとあやとりをしていたエマを呼びつけると、彼女は返事と共にこちらに向かって歩いて来る。うーむ、あのトボけたようなニコニコ顔を見てると気が抜けてくるな。初めて会った時はもう少しキリっとしてたはずだぞ。……いや、そうでもなかったか?

 

ムーンホールド出身の彼女はどちらかといえばリーゼの部下なわけだが、彼女はホグワーツだし美鈴は頻繁に分霊箱探しに出かけている今、私に付いていることが多くなってしまった。

 

まあ、特に文句はない。というかむしろ助かってるくらいだ。荒事では美鈴に劣るが、書類仕事では遥かに使えるのだから。ハーフヴァンパイアにしては穏やかな性格なので非常に使いやすいのだ。大抵はプライドが高いもんなんだが……こいつはプライドなんてもんとは無縁だな。いや、良い意味で。

 

「この後の予定は何だったかしら?」

 

執務室へと戻りながら後ろを歩くエマに問いかけてみると、のんびりした声の返事が返ってきた。聞いてるだけで眠くなってくるトーンだ。ふにゃふにゃだぞ。

 

「えーっと……今日はファッジさんと夕食の予定があったんですけど、先程キャンセルの連絡が入ってきました。なので予定なしです。ヒマです。退屈です。」

 

「へぇ? ……最近コーネリウスが素っ気なくなってきたわね。ちょっと注意した方がいいかしら?」

 

二年前ならば這ってでも食事に参加したはずなのだが……ふむ、アンブリッジあたりから何か吹き込まれでもしたのか? いよいよもって降ろし時かもしれんな。

 

「腰痛がどうたらって手紙でしたけど。取ってきましょうか?」

 

「必要ないわ。何にせよ嘘くさい言い訳でしょ。」

 

最近のアンブリッジは単純な影響力で私に対抗するのは不可能と思ったようで、ウィゼンガモットと手を組んで駒をひっくり返す作業に夢中なのだ。ボーンズの方にも『御用聞き』に訪れたらしい。……残念ながら、手酷くあしらわれてしまったようだが。あの片眼鏡の潔癖症にそんなもんが通用するわけないだろうに。

 

そして今は熱心にコーネリウスをひっくり返そうとしている。まあ、うん。悪くない着眼点だと言えるだろう。コーネリウスは一番重要な位置にいるくせに、一番軽くてスカスカな駒なのだ。私だってひっくり返すならここを狙うぞ。

 

ついでに言えば、コーネリウスの方も満更ではないようだ。ちょっと前に蹴落とされかけてたことはもうお忘れらしい。……んー、こればっかりは距離の差が痛いな。四六時中一緒にいる秘書官が囁きかけてくるとなれば、嫌でも影響はされるだろう。

 

非常に残念だ。最後まで良い飼い犬でいてくれたなら、退任後もそれなりのポストを用意しようと思っていたのに。優しい私の気遣いを無下にするのはいただけないぞ。

 

しかし、飼い犬に手を噛まれるってのもなんかカッコ悪くて嫌だな、なんてことを考えていると……椅子を片手に執務室のドアを開いてくれたエマが質問を放ってきた。顔には分かり易くクエスチョンが浮かんでいる。

 

「もう交代しちゃったらダメなんですか? ボーンズさん? と。」

 

「そりゃあ出来なくはないけど、もうちょっと土台を固めたいのよ。元々ハリーの成長に合わせて魔法省を改革する予定だったしね。今やっちゃうとウィゼンガモットあたりに干渉し切れないわ。」

 

本来ハリーが成人するくらいに、一番強力な状態の魔法省を持ってくるつもりだったのだが……うん、計画は所詮計画ってこったな。あの頃はコーネリウスがここまでアホだとは知らなかったし、時計の針を若干進める必要がありそうだ。

 

あとはまあ、リドルがいつ復活するか分からんのも面倒くさい。極端な理想を言えば、ハリーが成人したくらいの頃に分霊箱が全部破壊された状態のリドルが復活して、その一年前くらいにボーンズ政権がスタートしてれば完璧……かな? いやまあ、私だってそこまで上手くいくとは思ってないさ。時には妥協も必要だろう。

 

ま、正直言ってそこまで深刻な問題ってわけでもない。コーネリウスがひっくり返ろうが、アンブリッジが喚こうが、もはや全体の流れは変わらんのだ。次期魔法大臣がボーンズなのは周知の事実であって、後は遅いか早いかの違いでしかない。

 

政治家である私が司法機関であるウィゼンガモットに干渉出来ないように、ウィゼンガモットもまた私に干渉するのは難しいだろう。いざとなったらボーンズ政権の中でゆっくり握り潰してやればいいのだ。

 

唯一気になるのは何故か海外を飛び回っているシックネスだが……ふん、海外に関してはむしろイギリスよりも頼りになる。さしたる問題にはならないだろう。情けない顔で帰ってくるのがオチだ。

 

適当に思考を切り上げたところで、執務机に着いた私にエマが書類を差し出してきた。……請求書? なんだこれは?

 

「なぁに? これ。物凄い額だけど。」

 

「えーっと、ここからここまでが司書さんの改築用資材の請求で、ここが美鈴ちゃんたちの分霊箱捜索に使った経費です。……ああ、ここはフラン様の絵画用品ですね。おっきな絵にチャレンジしてるみたいですよ。」

 

「……フランのはまあいいわ。可愛い理由だし。アホ二人の食い道楽にも目を瞑りましょう。大した金額じゃないしね。……問題なのはこのジメジメ魔女の資材よ。何を買ったらこんな金額になるの?」

 

「えっと、えっと……ありました! これです!」

 

エマが輝く笑顔で取り出した羊皮紙に目を通してみると……あの紫しめじは世界遺産でも造るつもりなのか? やれ最高級のオーク材だの、エボニーだの、アメジストだの、大理石だの……挙げ句の果てには大量の金? こんなもん魔法で創り出したらどうなんだ! お前は御伽の国の王様か何かか!

 

「これ、請求書なの? もう注文してあるってこと?」

 

「はい、しました! 急いで欲しいって言われたから、その日のうちに終わらせたんです。ちょっと大変でしたけど……頑張りました!」

 

「あら、そう……。」

 

咲夜そっくりの……というか、咲夜の方がそっくりの仕草で言われると文句を言う気力も失せるぞ。ズキズキしてきた頭を押さえながら、やんわりと注意の言葉を口にした。

 

「うん、頑張ったわね。でも、次からは私に先に伝えてくれるとありがたいわ。パチェからのやつだけでいいから。」

 

「そうですか? 分かりました、そうします。」

 

「結構。それじゃあ私は……図書館に行ってくるから。パチェに言わなきゃいけないことがあるの。」

 

「はぁい。それじゃあ、私は夕食の準備をしておきますね。」

 

ふにゃふにゃ声を背に廊下へ出て、北館に向けてひた進む。……紅魔館に『世界遺産』が出来るってのは望むところだが、その費用をそっくり背負い込むとなれば話は別だ。あのジメジメには金銭の価値を思い出させてやる必要があるだろう。

 

怪人トカゲマン、トロール大臣、スカスカブラッジャー、ブン屋、マダム・フロッグ、そして犬コロと紫しめじ。どうして誰もが私に苦労をぶん投げてくるんだ? しかも全力投球で。私は前世で何かやらかしたのだろうか? ……いやまあ、今世では結構やらかした記憶はあるが。ちょっとは良いこともすべきかもしれんな。権力者らしく、チャリティー活動でもしてみるか?

 

今度魔法省の和の泉にガリオン金貨を袋ごと入れようと決意しつつも、レミリア・スカーレットは懐の頭痛薬を取り出すのだった。

 


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