Game of Vampire 作:のみみず@白月
「失礼しちゃうわよ、まったく!」
ぷんすか怒るハーマイオニーに苦笑しながら、アンネリーゼ・バートリは目の前の皿に注文を放っていた。たまにはフォアグラも悪くないが……うむ、やっぱり肉だな。ラムチョップにしよう。慈悲深い吸血鬼としては、子羊の死を無駄にするわけにはいかん。
最初のダンスも一段落ついて、クリスマス・ダンスパーティーの会場はお喋りと食事の場へと変わりつつある。そんな中、さっきまでは同じテーブルだったロニー坊やが予想通りの行動を取ってしまったのだ。
ロンはハーマイオニーのパートナーがお気に召さなかったらしい。同席するクラムに対して失礼な態度を取り続けるせいで、ハーマイオニーを怒らせてしまったのである。……というかまあ、相手が誰だろうとロンは同じことをしただろうが。彼が気に入らないのは『ビクトール・クラム』ではなく、『ハーマイオニーのパートナー』なのだから。
そんな私から見ればいじらしいロニー坊やの行動だったが、ハーマイオニーにとっては失礼千万な行動に見えたようだ。結果として別々のテーブルに分かれ、いつも通りに私がハーマイオニーを、ハリーがロンを宥めることになった。この役割分担にももう慣れたぞ。毎年恒例のイベントではないか。
丸テーブルに着く私、咲夜、ハーマイオニー、クラムの中から、先ずは困り顔のクラムが言葉を放つ。彼はロンの言っていたことをさほど気にしてはいない様子だ。……もしくは早口の英語が聞き取れなかったのかもしれんが。かなり微妙なとこだな。
「ゔぉくは全然気にしていません、ハーミイ・オウン。……それに、ゔぉくには彼の気持ちが少し分かります。許してあげてはくれませんか?」
「ダメよ、ビクトール。ロンは失礼なことを言ったんだもの。もっと毅然とした態度で接さないと。」
「しかし、ゔぉくのせいであなたたちの関係にヒビが入るのは悲しいです。それはあまり……良くないことだと思います。」
少ない語彙で丁寧に喋るクラムは、なんと言うか……大人だな。まあ、そりゃそうか。こいつはもう成人してるのだ。おまけにクィディッチのプロプレーヤーともなれば、言葉の重みというものを良く理解しているのだろう。
「……優しいのね、ビクトール。」
とはいえ、まだまだ子供なハーマイオニーはそんな歳上の魅力に耐性がなかったらしい。うっとりしながらクラムの方を見つめている。……参ったな、カメラを持ってくるべきだった。この顔を写真に収めておけば、良いからかいの種になっただろうに。
しかし、この調子で行くとロンが『アシスト賞』にノミネートされることになりそうだぞ。結婚式のスピーチでも依頼するか? 『私たちの関係が深まるきっかけをくれたのはロンです』みたいな具合に。憤死するかもしれんな。
ラムチョップを頬張りながら面白い展開を眺めていると、いきなり私の隣に誰かが……おや、我らがポンコツ吸血鬼じゃないか。レミリアがポスンと座り込んできた。クラムが慌てて立ち上がっちゃったぞ。
「座って頂戴、クラム。大事な一人娘と話しに来ただけなの。……それと、男装癖のある従妹ともね。」
「僻むのはいただけないね、レミィ。ダンスの相手に親が口を出すのはご法度だよ。昔からの伝統だろう?」
「ええ、そしてその相手と引き裂かれるのも伝統ね。叶わぬ恋よ、リーゼ。諦めなさい。」
お互いにニヤニヤしながらいつものやり取りをしていると、サラダを食べていたはずの咲夜が嬉しそうに声を上げる。パチリと両手を合わせて、なんともご機嫌なご様子だ。
「わぁ、お嬢様方で踊られるんですね! 私、見てみたいです!」
お嬢様方で、踊る? つまり私がレミリアと踊るってことか? なんだそりゃ。何を勘違いしたのか、咲夜はいきなり素っ頓狂なことを言い始めてしまった。レミリアは咲夜を誘いに来たんだろうに。
「ち、違うのよ、咲夜。私は貴女と──」
「違うんですか? 私、とっても見てみたいのに……。」
「さあ、行くわよ、リーゼ!」
なんなんだお前は。咲夜の上目遣いに一瞬で敗北を喫したチビコウモリは、立ち上がって私に手を差し出してくる。瞬殺じゃないか。もう少し耐えたらどうなんだ。
「別にいいけどね。私はキミと踊ったって何にも面白くないぞ。」
「私だってそうよ! 足を踏んだら蹴っ飛ばすからね。」
「こっちの台詞だよ、短足コウモリちゃん。」
当然ながら気乗りはしないが、咲夜がキラキラした目で見ているのだからやらざるを得まい。文句を言い合いながらダンスホールへと進み、曲に合わせて二人で懐かしいステップを踏み始めた。……癪だが、やり易いな。傍から見てれば息ぴったりなのだろう。
古くさいスローワルツの曲に合わせながら、お澄まし顔のレミリアへと小声で話しかける。
「それで? 第二の課題に関してはバグマンから何か聞き出せたのかい?」
「残念ながら、まだよ。あの男、ゲームに関しては妙な律儀さを発揮するのよね。結構口が堅くって。……こんなことなら小鬼の札を取っておくんだったわ。切り時を間違えたかしら。」
「もう少し頑張りたまえよ、レミィ。そんなんだからポンコツ吸血鬼って呼ばれるんだぞ。」
「呼んでるのはあんただけでしょうが。……そっちこそ、私の手助けがないとダメダメね。ダメダメ吸血鬼だわ。おまけにペタンコだし。」
よし、いい度胸だ。くるりとターンしながらレミリアの足を踏んでやろうと足を動かすが……おのれ、避けおったな。顔を上げれば、ドヤ顔でニヤニヤしているチビコウモリが見えてきた。
「そっちの考えることなんかお見通し、よ!」
反撃とばかりに踏みつけてきた足を、こちらも踊りながらするりと回避する。こっちだってお見通しだ、馬鹿め。
「短い脚を動かすのは辛いだろう? 大人しくステップを踏んでいたま、え!」
「比率で言えば私の方が長いわよ! 比率!」
「いいや、私の方が長いね。牙も、翼も、腕も、身長もだ!」
「なんでこんな簡単なことが理解出来ないのかしら? 比率で言えば全部私の方が長いし、全部私の方が美しい……のに!」
お互いの足を狙って踏みつけを放ちながらも、当然ダンスは優雅にこなす。令嬢が無様な姿を見せるわけにはいかんのだ。無様な姿を『見させる』ことこそが重要なのである。
「キミは本当に陰湿だな。ダンス中に相手の足を踏もうとするだなんて……常識を疑うよ。スカーレット卿は偉大な方だったが、傲慢すぎる長女の教育には失敗したようだね。」
「バートリ卿はご苦労なされたでしょうね。何せ一人娘の頭がおかしいんですから。自分の行いを数瞬後にはもう忘れちゃうんだもの。……鶏だってもっと覚えてるわよ?」
「……ああ、ビックリした。小さすぎて誰と踊ってるんだかよく見えなかったんだが、キミだったのかい、レミィ。どうしたんだ? パチェに縮小呪文でもかけられちゃったのか? えらく『ちいちゃい』じゃないか。」
「あら、そっちこそ貴女だったのね、リーゼ。あんまりにも胸がペッタンコなせいで、てっきり男性だとばっかり……ごめんなさいね。後で豊胸セットでもプレゼントするから、それで許して頂戴。」
不毛な足の踏み合いを切り上げて、更に不毛な皮肉の応酬を数回やり合ったところで……ようやく曲が一区切りついたか。結局いつも通りのダンスになっちゃったな。
「キミとのダンスはもうこれっきりだ。めちゃくちゃ疲れるぞ。」
「それ、千回は聞いた台詞よ。」
虚しい気分で肘を打ち合いながらテーブルに戻ると、駆け寄ってきた咲夜が満面の笑みで拍手を送ってくれた。純真無垢な彼女にはダンスの裏側が見えなかったようだ。頼むからずっとそのままでいてくれ。
「凄いです! 優雅です! 私、記憶に焼き付けておきますね!」
「是非とも忘れて欲しいね。ちなみに私はもう忘れたよ。さっきやったキミとのダンスが記憶に残るばかりだ。」
「私はまだギリギリ記憶にあるわ。上書きするためにも相手をして頂戴、咲夜。」
「えっと……はい、喜んで。」
誘いを受けて、今度はレミリアと咲夜がダンスホールへと歩いて行く。ご苦労なことだな。私はもうダンスはやりたくない。そもそもダンス自体があまり好きではないし、この格好だと妙に注目されちゃうのだ。
もう今更だが、やっぱりもっと『普通』の格好で来るべきだった。同級生や上級生からはすれ違うたびにギョっとした顔で見られ、下級生からはキャーキャー謎の声援を送られる。……もううんざりだぞ。そんなに変か?
やれやれと首を振りながらテーブルに戻ろうとすると、残ったハーマイオニーとクラムの間で凄まじく滑稽なやり取りが行なわれているのが見えてきた。
「ハー、マイ、オニー、よ。」
「ハーム、オウン、ニニイ。」
「うん、まあまあね。」
どうやら名前の発音講座を開いているらしく、ひたすら『ハーマイオニー』という単語のやり取りを繰り返している。うーむ、こっから見てるとアホなカップルにしか見えんな。友人の名誉のためにも、見るに堪えない奇行を止めようと口を開いたところで……意外な人物からダンスの誘いが飛んできた。
「やあ、バートリ。一曲どうかな? ……ちょっと話したいことがあるんだ。」
後半を小声で言ったのはホグワーツのもう一人の代表選手、ハッフルパフのヒーロー、セドリック・ディゴリーどのだ。いつもの柔和な笑みを浮かべつつ、サマになる仕草で私に手を差し伸べてきている。
「話? ……まあ、構わないが。」
「それじゃ、行こうか。」
本当は身長差があるから嫌なんだが……話というのは少し気になるし、仕方ないか。こいつと私は顔見知り程度の関係なのだ。このタイミングで話があるとなれば、間違いなく対抗試合に関係する内容なのだろう。
再びダンスホールと化したスペースに躍り出て、曲に合わせてステップを踏む。……ほう? 結構上手いな。いいとこの坊ちゃんなのか? あるいはちゃんと練習してきたのかもしれない。
「それで? 話ってのはなんだい?」
踊りながらも問いかけてやれば、ディゴリーは苦笑を浮かべて質問を返してきた。
「君はハリーに『協力』してるみたいだし、僕が彼に助けられたことも知ってるだろう? つまり、ドラゴンの一件で。」
「ああ、聞いてるよ。グリフィンドールお得意の、騎士道精神ってやつを無駄に発揮したらしいね。」
「その通り。……でも、僕はそれを『無駄』にはしたくないのさ。だからハリーに伝言を頼みたいんだ。さすがに直接ハリーを誘う勇気はなかったからね。」
そりゃそうだ。ディゴリーがハリーをダンスに誘えば、『変な噂』が立つのは間違いないだろう。主に一部の女子生徒たちから。……っていうか、私は大丈夫なんだろうか? なんか怖くなってきたぞ。
「なるほどね。ハリーといいキミといい、なんとも律儀なもんじゃないか。」
邪悪な想像を振り払って返事してみれば、ディゴリーは踊りながら肩を竦めてくる。器用なヤツだな。
「僕の場合は借りを返すだけだよ。……ハリーにはこう伝えてくれ。卵の言葉を聞き取る鍵は水だ。お風呂にでも浸かってゆっくり考えるべきだ、ってね。」
「お風呂? なんとも奇妙なヒントだね。」
水とお風呂。……シャワーじゃないってことは、水中じゃないとダメなんだろうか? 思考を回す私に、ディゴリーは悪戯げな表情で言葉を付け足してきた。
「六階の『ボケのボリス』の像の左側、四つ目の扉に監督生用のバスルームがある。合言葉は『パイン・フレッシュ』だ。そこを使うといいよ。」
「至れり尽くせりじゃないか。……本当にいいのかい? キミは本気で優勝を目指しているんだろう?」
「だからこそさ。負い目を抱えた勝利なんかに意味はないだろう? 正々堂々戦って、その上で勝つよ。それが僕のやり方なんだ。」
「……キミはグリフィンドールに組み分けされるべきだったね。組み分け帽子はミスを犯したらしい。」
なにせ話せば話すほどグリフィンドール的なヤツなのだ。もちろんハッフルパフ的なところが無いとは言わないが、どちらかといえばグリフィンドールな気がする。相変わらず適当な帽子だな。
私の言葉を受けたディゴリーは、困ったように笑いながら首を振ってきた。
「グリフィンドールの君にそう言われるのは嬉しいよ。ありがとう。……でも、僕はやっぱりハッフルパフなんだ。それに、僕だって君にはハッフルパフに入って欲しかった。」
「私に? 何だってそんなことを言うんだい?」
「君が知ってるかは分からないけど、ハッフルパフにも昔吸血鬼がいたんだよ。談話室の暖炉の上に小さなコウモリの像があるんだ。不思議な翼のコウモリの像が。……随分と慕われてた先輩みたいで、当時の寮生たちが作って残していったらしいよ。」
「……へぇ。」
非常に心当たりのある話だな。賭けてもいいが、その『不思議な翼』というのは枯れ枝にぶら下がる宝石のような形の翼のはずだ。フランから聞いたことのない話な以上、彼女の卒業後に作られた物なのだろう。
「君が組み分けされた時のことを覚えてないかい? あの時、ハッフルパフの生徒たちは結構残念がってたんだよ。その先輩の『逸話』が残ってたからね。」
「確かにそんな覚えもあるが……逸話?」
「まあ、色々とね。君が僕に言ったのと同じように、その吸血鬼の先輩も『グリフィンドール的な』生徒だったんだってさ。でも、同時に誰より『ハッフルパフ的な』生徒でもあったらしいんだ。だから、僕もそうありたいと思ってるんだよ。」
……ひょっとしたら、こいつもハリーと同じような状況でハッフルパフに組み分けされたのかもしれんな。誠実さと勤勉さ、勇敢さと度胸。それらで均衡を保つ天秤を、自らの願いで傾けたクチなのだろう。
話している間にも曲は終わってしまった。そのままゆっくりとテーブルへと帰りながらも、律儀にエスコートを続けるディゴリーに向かって口を開く。
「中々に面白い話だったよ。頑張りたまえ、ディゴリー。ハリーの次に応援してあげよう。」
「残念、二番目か。それじゃ、期待を裏切れるように頑張るよ。」
笑顔で言ったディゴリーは、そのまま向こうで待っていたチョウ・チャンの方へと戻って行った。……さっきの話は手紙でフランに知らせてやろうかな。きっと喜ぶだろう。
ハリーへの伝言と仕入れた土産話を脳裏に記憶して、アンネリーゼ・バートリは『うっとりハーミーちゃん』のテーブルへと戻るのだった。