Game of Vampire   作:のみみず@白月

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悪夢

 

 

「ややこしいね。……誰かの見ていた光景を、そのままキミが夢で見たってことかい?」

 

目の前のクッキーを消失呪文で消し去りながら、アンネリーゼ・バートリはハリーに質問を投げかけていた。しかし、マクゴナガルはなんでクッキーを教材にしたんだろうか? 普通に食って消したフリをしてるヤツがいるぞ。

 

一コマ目の変身術の授業中、意を決したような表情のハリーが私たちに相談を放ってきたのだ。沈んだ顔でポツリポツリと話す彼によれば、どうやらかなりリアルな悪夢を見たらしい。……朝に元気がなかったのはそのせいか? 悪夢に怯えるって歳でもなかろうに。

 

何にせよハリーにとっては朝食を食べる気も失せるほどの悪夢だったようで、今も具合の悪そうな表情で私に返事を返してくる。顔が真っ白だぞ。

 

「うん、そんな感じ。僕は視点を自由に動かせないんだ。……でも、誰かっていうよりかは『何か』の視点だったかな。椅子に座ってたんだと思うんだけど、異様に視点の位置が低かったから。まるで小人になったみたいだった。」

 

「そこだけ聞くとメルヘンな世界観じゃないか。……まあ、その後でぶち壊しだがね。目の前で磔の呪文が使われていたんだろう?」

 

そんなもん絶対にムーディのせいだろうに。十四歳の多感なガキどもにあんな授業をするから、こうやって悪夢を見るヤツが出てくるのだ。一年生なんかきっと毎日のようにムーディの悪夢を見てるはずだぞ。十一歳のヒヨコちゃんたちにとってはあの顔がそもそも悪夢だろうし。

 

内心でイカれ男の『情操教育』を批判している私に、ハリーは練り歩くマクゴナガルに注意しながら答えを寄越してきた。

 

「……凄くリアルな叫び声だった。黒スーツの魔法使いが、灰色のローブの人に何度も磔の呪文を使ってたんだ。何度も、何度もね。それで、椅子に座った『僕』はそれをジッと見つめてるだけ。やめさせようとしても、目を逸らそうとしても、自分の意思じゃ何にも動かせないんだよ。」

 

「ふぅん? 目の前で延々誰かが痛めつけられてたってわけか。そりゃまあ、確かに楽しい光景ではなさそうだね。」

 

「んー……単に痛めつけようとしてるってよりかは、何かを聞き出そうとしてる感じだったかな。呪文の合間に質問っぽいことを怒鳴りつけてたし。でも、何を言ってるかは分かんなかったんだよ。多分フランス語で喋ってたんだと思う。ボーバトンの生徒が話すのにそっくりだったから。」

 

フランス語ね。うーむ、なんとも不思議な夢だな。随分と正確に覚えているようだし、知らないヤツや知らない言語が出てくるってのも珍しい。……いわゆる明晰夢ってやつか? トレローニーが初めて役に立つ時が来たのかもしれんぞ。

 

ぼんやり考えている私を他所に、ハーマイオニーが杖を振りながら言葉を放った。彼女は無生物に対する消失呪文を早くも習得したようだ。今も見事にチョコチップ入りのクッキーを消し去っている。普通ならチョコチップの部分だけを残しちゃうもんなんだがな。

 

エバネスコ(消えよ)! ……でも、ただの夢でしょう? 第二の課題だってすぐそこまで迫ってるんだし、もう忘れちゃいなさいよ。」

 

「それは分かってるんだけど……起きてからずっと傷痕が痛むんだよ。まるで一年生の時みたいな感じに。」

 

ふむ? ……それはちょっといただけないな。ハリーが言っているのは、一年生の学期末にリドルが賢者の石を奪おうとした日のことだろう。確かにあの日の昼間に傷痕が痛むと言っていた覚えがある。同時に『警告』のようなものだとも言っていたはずだ。

 

ロンも同じ事に思い至ったようで、杖を振るのをやめて心配そうな表情を浮かべ始めた。ちなみに彼とハリーはまだクッキーの欠片を消すのにも成功していない。……いやまあ、他の大多数の生徒も同様だが。今回はちょっと難易度が高すぎるぞ、マクゴナガル。

 

「まさか、『例のあの人』が近くにいるってことじゃないよな? また誰かの後頭部に引っ付いてるとか?」

 

「近くにいると痛むってことはないでしょ。それならハリーは一年生の間中痛んでたはずよ。クィレルはずっとホグワーツに居たんだから。」

 

ハーマイオニーの言う通りだ。今までよく考えなかったが、そもそも何故一年生の時は痛んだのだろうか? ハリーが言っていたように、リリー・ポッターの遺した護りが『警告』を発したとか? ……いやいや、そんなに便利なものじゃないはずだぞ。大体、それなら二年生の時も痛んで然るべきだ。

 

一年生の時はクィレルに憑依したリドル。二年生の時は分霊箱に保存されていたリドルの記憶。そして三年生の時は吸魂鬼の群れ。その中で一年生の時だけ痛んだということは……リドル本人が関わっている必要があるということか? 分かたれた欠片ではない、本体のリドルが。

 

……なんかこれ、結構重要な話じゃないか? たかが怖い夢だという考えを切り替えて、真面目にハリーへと問いかける。

 

「傷痕の話は後に回そう。他に覚えてることはないのかい? 聞き取れた単語とかは?」

 

「えっと、フランスの都市の名前が何個か出てきたよ。リヨンとか、ニースとか。後は……そうだ、スカーレットさんの名前が出てきてた。それに、ホグワーツとかボーバトンも何回か出てきたかな。」

 

「待て待て、レミィの名前が出てきたのか?」

 

「多分ね。発音が違ったけど、そうだと思う。……聞き取れたのはそれくらいだよ。」

 

どんどん話がきな臭くなってきたな。フランスってとこが如何にもそれっぽいじゃないか。今のフランスは正に火薬庫だ。そして、種火を踏み消しまくっているレミリアの名前も出てきたと。

 

吸血鬼としてのカンが警鐘を鳴らすのに従って、尚もハリーへの質問を重ねる。もうクッキーを消すとかいうアホなことをしてる場合じゃないぞ。

 

「他には? 場所、拷問されていたヤツ、していたヤツ。特徴とか、目立ったところとか……何でもいい。何か覚えていることはないか?」

 

「……どうしたの? 相談しておいて言うのもなんだけど、単なる夢の話だよ?」

 

「いいから。思い出してみてくれ。」

 

真剣な表情で言ってやると、気圧されるように一つ頷いたハリーは、宙空を見つめながら記憶を振り絞るように話し始めた。

 

「……拷問されてた人はアルミの椅子に縛られてて、酷く衰弱してるみたいだった。ローブもボロボロだったし、何日も食べてないみたいにガリガリだったよ。場所は廃墟みたいな所で、壁や床がコンクリートの広い空間。太い柱が沢山あって……あと、看板みたいなのもいくつかぶら下がってたかな。殆どの電灯が切れてたせいであんまり奥までは見えなかったけど。」

 

「看板の文字もフランス語かい?」

 

「ううん、それは普通に読めたよ。ほら、マグルの工場によくある『危険!』とか『注意!』とかのやつ。……それで、拷問してた人はパリっとした黒いスーツを着てた。帽子を被ってたし、薄暗かったせいで顔はよく見えなかったんだ。でも、僕の知らない人だったと思う。声も聞き覚えが無かったし。あとは……そうだ、壁に変なマークが描いてあったよ。真っ白なペンキで、物凄く大きく。」

 

「マーク?」

 

言いながら差し出した羊皮紙に、ハリーがさらさらと描いたのは……三角形に丸と棒。見慣れた死の秘宝を表す紋章だ。決まりだな。これは間違いなくレミリアとダンブルドアに連絡すべき事態だろう。それも今すぐに。

 

「結構。少し用事を片付けてくるよ。」

 

「ちょっとリーゼ、授業中よ!」

 

ハーマイオニーが慌てて飛ばしてきた注意を背に、ハリーから羊皮紙を引ったくって教室のドアへと歩き出す。その途中で困惑したような表情になっているマクゴナガルへと囁きを放った。

 

「緊急の連絡がある。ダンブルドアは校長室かい?」

 

「はい、今は校長室にいらっしゃるはずです。……ポッターに何か?」

 

「その通りだ。恐らくハリー自身がどうにかなるような話じゃないと思うが……一応気を配っておいてくれ。授業が終わる前には戻るよ。」

 

「かしこまりました。お任せください。」

 

話が早くて助かるな。小声でのやり取りを終えた後、すぐさま教室のドアを抜ける。

 

「ちょっと、リーゼったら!」

 

「グレンジャー、問題ありませんよ。バートリには私の用事を頼んであるのです。他の皆も呪文の練習に戻りなさい! ……トーマス! 杖の振り方が間違っていますよ。それと、ロングボトム! 発音にもっと──」

 

微かに聞こえるマクゴナガルの誤魔化しを背に、階段に向かってズンズン歩き続ける。三階に上がり、ガーゴイル像の前までたどり着くと、校長室を守る彼に向かって合言葉を放った。

 

「フィフィ・フィズビー。」

 

ダンブルドアには悪いが、こと合言葉のセンスに関してはカドガンの方が上だったな。鼻を鳴らしながらガーゴイル像の横をすり抜けて、螺旋階段の向こうにある校長室のドアをノック……しなくていいか。一気に開け放って室内に踏み込んだ。

 

「邪魔するよ、ダンブルドア。」

 

「ごきげんよう、バートリ女史。」

 

ふん、相変わらずつまらんな。急に入ってきた私に一切驚いた様子のないダンブルドアは、にこやかに微笑みながら挨拶を返してきた。どうやら執務机で書き物をしていたらしい。そして焼き鳥は今日もカゴの中で居眠り中だ。

 

しかし、寝てばっかりだな、この鳥。死なない生き物ってのはこれだからいかん。不死の存在ってのは何度か見たことがあるが、どいつもこいつも生きてるんだか死んでるんだか分からんような生活を送っていた。……生を極めると死に近付くわけか。なんとも皮肉なもんだ。

 

考えている間にもズカズカと執務机の前まで進み、右手に持った羊皮紙を叩きつけてやれば……うんうん、それでいい。描いてあるものを見てさすがにダンブルドアは表情を変える。驚愕と、僅かな苦々しさを含んだ表情に。

 

「これは……どういうことですかな?」

 

「先程ハリーが描いたものだよ。『悪夢』の中で見たそうだ。こいつが壁に描かれたコンクリート造りの廃墟で、誰かが拷問されるのをひたすら『奇妙な視点』で眺めていたらしい。おまけに、起きてからずっと傷痕が痛むってオマケ付きだ。」

 

どうやらご老体は早くも状況が理解できたようだ。今や険しい表情に変わっているダンブルドアを見ながら、ハリーから得た情報の続きを捲し立てた。

 

「会話は全てフランス語。レミリアの名前、ホグワーツ、ボーバトン、フランスの都市の名前。そういった単語が辛うじて聞き取れたそうだ。そして拷問していた人物は黒スーツ、拷問されていた者は灰色ローブ。……どう思う? まさかただの夢だとは言わないだろうね?」

 

「……『奇妙な視点』というのは?」

 

「第三者で、明らかに人より低い視線だったそうだ。ハリーは『小人の視点』と表現していたよ。」

 

「ふむ。」

 

一つ頷きを放ったダンブルドアは、瞑目して動かなくなってしまう。そのまま十秒、三十秒……おい、一分は経ったぞ。死んだか? だとすれば私が容疑者として疑われかねんな。焼き鳥が罪無きリーゼちゃんの無実を証言してくれればいいんだが。

 

更に数十秒も沈黙が続いた後、ようやくダンブルドアが口を開いた。

 

「少々お時間をいただけますかな? 結論が出たらこちらから連絡します。」

 

「……別にいいけどね。ハリーに何か言伝はあるかい?」

 

拍子抜けだな。分かんないなら分かんないって言えよ。ちょっと呆れた感じに言う私に、苦笑いのダンブルドアが返事を返してくる。

 

「今のところは何も。……ただし、また同じような夢を見た時は話を聞いておいてください。傷痕が痛んだかどうかもです。」

 

「はいはい、了解したよ。レミィやパチェへの連絡はどうする? 私からやろうか?」

 

「いえ、わしがやっておきましょう。ノーレッジには少し相談したいこともありますので。」

 

「それじゃ、任せたよ。」

 

言い放ってから踵を返してドアへと向かう。何一つ解決してないし、何一つ分からなかったが……まあ、ここからは私の仕事ではあるまい。考えるのは吸血鬼の仕事ではないのだ。頼れる魔法使いたちに謎を解き明かしてもらおうじゃないか。

 

パタリと閉じたドアを背に、アンネリーゼ・バートリはゆっくりと短い螺旋階段を上がるのだった。

 


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