Game of Vampire   作:のみみず@白月

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第二の課題

 

 

「クソ寒いぜ、あれは。」

 

冬の湖を見ながら呆れたように言う魔理沙に、アンネリーゼ・バートリは深々と頷いていた。そりゃあ寒いだろう。基本的には単なる寒中水泳なのだ。代表選手が心臓麻痺を起こさなきゃいいんだが。

 

二月末。結局あれ以来ハリーが悪夢を見ることはなく、順調に第二の課題が行われる日を迎えたわけだ。ハリーが不完全な分霊箱であるという話は聞いたが……うん、私にどうにか出来るレベルの問題じゃないな。魂やら精神やらに関わる問題な以上、悔しいが知恵者たちに任せる他ないだろう。

 

まあ、そこまで心配はしていない。パチュリー、アリス、ダンブルドア。あの後話した感じだと、三者三様にそれぞれ考えている手段があるようだった。その場でこそ結論は出なかったものの、あの三人ならどうにかしてくれるはずだ。……してくれよ? 頼むから。私はハリーを生贄にリドルを殺すなど御免だぞ。

 

とにかく、私のやるべき事はハリーを対抗試合で死なせないことだろう。分霊箱以前にそれを解決せねばどうにもならん。ハリーが溺死体になっては元も子もあるまい。

 

準備は万全……のはずだ。ハリーは鰓昆布を持ち、水中でも使用可能ないくつかの呪文をマスターし、多少泳ぎを特訓してからマクゴナガルに連れられて選手控え室へと向かって行った。

 

しかも今回は完全な役立たずになる私とレミリアに代わり、アリスが教員たちの座る席に控えている。人形を水中に何体か控えさせているとのことだが……水中人たちがびっくりしちゃわないだろうか? 正しく未知との遭遇だな。

 

ちなみにハーマイオニーとロンはこの場に居ない。クソ真面目なマクゴナガルは律儀に秘密を守っていたが、恐らく取り返すべき『大切なもの』というのは代表選手にとっての親しい人物なのだろう。昨日の夜に連れて行かれて、今はきっと水中で待機中だ。

 

湖底で待つのなど暇じゃないのかと考えている私に、マフラーを巻き直した咲夜が話しかけてきた。いかんな、もっと厚着させるべきだったか?

 

「でも、今回はあんまり盛り上がらなさそうですよね。観客はここで待ってるだけなんですか?」

 

「だろうね。潜って、出てきて、審査して、それで終わりさ。内容はともかく、バグマンは観客にまで考えが回らなかったらしい。」

 

課題そのものは趣向を凝らしていると言えなくもないが、咲夜の言う通り観客的には退屈だろう。それが迫力満点のドラゴンの後なら尚更だ。心なしか私たちの座る観客席も第一の課題の時より安っぽく見える。

 

あの時は雰囲気のあるオーク材で頑丈に作られていたが、今回のはペラペラの木を組んでいるだけだ。隙間も多いし、ガタガタ揺れるし……うーむ、風がないのだけが幸運だったな。これで吹き荒れてたら地獄絵図だったぞ。

 

私も咲夜に倣ってマフラーを巻き直したところで、最前列の手すりから身を乗り出していた魔理沙が口を開いた。そんなことしてると落ちちゃうぞ、わんぱく娘。

 

「なんか……ずっと深くに何かいるな。魚か?」

 

「大イカじゃないか? 遥か昔にスリザリンの卒業生が放していったらしいよ。スリザリン版ハグリッドってわけだ。何処にでも変わり者ってのはいるもんだね。」

 

「あの、夏によく日向ぼっこしてるやつだろ? あれはどう見たって『大イカ』じゃなくて『クラーケン』だと思うんだが……でも、あれよりかはもっとちっちゃいやつだったぞ。人っぽい見た目の。」

 

「それなら水中人だろうさ。ヒントからして課題に協力してるっぽいし、愚かな地上人どもを見物にでも来たんじゃないか?」

 

もしかすると、連中にとってもちょっとしたイベントなのかもしれんな。基本的に水中人は排他的で陰湿な連中だが、この湖に住む水中人はホグワーツと契約を結んでいるのだ。恐らく、遥か昔に創始者たちと。

 

有事にはホグワーツを守るために戦う代わりに、領内の湖の底で暮らすことを許されているらしい。七百年ほど前に起こった『境界の戦い』では、湖からの侵入者を槍を手に戦って押し留めたそうだ。……本当かよ。

 

まあ、未だ創始者たちとの契約を覚えているかはさて置き、少なくとも今の彼らは生徒たちに危害を加えようとはしてこない。大イカしかり、水中人しかり、ホグワーツの湖は彼らによってその秩序を保たれているわけだ。

 

ちなみに、フランによればスリザリンの談話室には水中が覗ける窓があるらしい。確か蛇寮は地下にあったはずだし、湖に面した崖沿いにあるということなのだろう。……ちょっと見てみたいな。今度忍び込んでみるか。

 

他寮の談話室に思いを巡らせていると、審査員席から立ち上がったバグマンが拡声された大声を放った。ようやく開始の時間になったようだ。

 

『ごきげんよう、観客の皆様! ごきげんよう、審査員の皆様! 天気にも恵まれた今日、遂に第二の課題が執り行われることとなりました!』

 

「審査員、一人足りなくないか? クラウチだったっけ? あの無愛想なヤツが居ないぞ。」

 

「おや、本当だ。代わりに見ないのがいるね。」

 

実況の合間に話しかけてきた魔理沙の声に従って見てみれば、確かに審査員席にはクラウチの姿が欠けている。代わりに座っているのはパリパリのローブを着た若い魔法使いだ。いかにも新入りですって感じの。

 

私たちの疑問に応えるかのように、バグマンがクラウチに関しての説明を始めた。

 

『さて、さて。ここで一つ残念なお知らせがあります。どうもクラウチ氏は体調不良のようでして、代わりに国際魔法協力部の部下の方が来てくださいました。ロビン・ブリックス氏です! どうぞ大きな拍手を!』

 

バグマンに促された観客席からは、パラパラと儀礼的な拍手が上がる。……つまり、クラウチはサボりか? 第一の課題の時もどう見ても楽しんではいなかったし、いよいよ面倒くさくなったのかもしれんな。それにまあ、レミリアと何度も顔を合わせるのは気まずかろう。

 

何にせよ、代打となったブリックスはクラウチほど優秀な人物ではなさそうだ。今も立ち上がろうとして机に足をぶつけているし、痛みに顔をしかめながらペコペコとお辞儀する様はなんとも頼りない。なんかこう、ロングボトムに似てるな。困ったような愛想笑いがそっくりだぞ。

 

座る時に今度はお腹をぶつけたブリックスを呆れた目線で眺めていると、バグマンは次に競技に関しての説明を語り出した。第一の課題の時と同じく、なんとも得意げな表情だ。

 

『拍手をどうも! ……それでは、代表選手たちが入場する前に課題に関しての説明をしておきましょう! 第二の課題の内容は単純明快! この深い湖の底に隠された、各選手たちにとって『大切なもの』を取り戻すだけです! ……しかし、当然ながら選手たちは水の中で息をすることなど出来ません。それを解決するためにどんな魔法を使うのか、そしてこの場に戻ってくるまでどれほどの時間がかかるのか、そういった項目を審査の対象とさせていただきます!』

 

うーむ、鰓昆布は魔法じゃないぞ。反則じゃないよな? 箒がセーフだったから大丈夫だとは思うんだが……まあ、最悪零点でも構わんのだ。死ななきゃ安いさ。

 

「ひょっとして、大切なものって先輩たちのことなんですかね? ハーマイオニー先輩はクラムさんの、ロン先輩はポッター先輩の相手として。だから昨日の夜から姿が見えなかったんですか?」

 

バグマンの解説を受けて首を傾げながら聞いてきた咲夜に、肩を竦めて返事を返す。

 

「多分そうだと思うよ。口には出さなかったが、ハリーも薄々勘付いてるんじゃないかな。」

 

「……それって、大丈夫なんでしょうか? こんなに寒いのに。それに、息とかも。」

 

「ダンブルドアかマクシームあたりが何か魔法を使ったんだろうさ。バグマンはともかくとして、校長たちが生徒を水死体にするわけがないだろう?」

 

「じゃあ、ポッター先輩もその魔法を使えば良かったんじゃ?」

 

確かにそうだな。人質にはどんな魔法を使ってるんだろうか? ……いや、パチュリーが教えなかったということは、ハリーには使い熟せないレベルの魔法なのかもしれない。ダンブルドアが知っててパチュリーが知らないってのは有り得んはずだ。

 

どうやらこの広い魔法界には、私の知らない呪文がまだまだ沢山存在しているらしい。この前の呪文学で出た靴磨き呪文なんてのも知らなかったし。……ただまあ、正直清めの呪文との違いがさっぱり分からなかったが。艶が出るとかか?

 

もしくは革製品専用の魔法なのかもしれないな。私が謎の呪文について考え始めたのを他所に、魔理沙が再び湖の方に身を乗り出しながら口を開いた。

 

「でもよ、私もいつか潜ってみたいな。水中人の住んでるところってのも見てみたいし、何より深い水の底ってのはワクワクしないか? きっと良い経験になるぞ。」

 

「そう? 私はちょっと怖いわ。水がどうこうっていうよりかは、自分が自由に動けない環境ってのが嫌なの。やっぱり人間は地上にいるべきよ。」

 

「おいおい、私たちは魔法使いなんだから、その辺は魔法で解決すりゃいいんだよ。……泡頭呪文か。今度二人で練習してみようぜ。さすがに今の季節は潜る気にならんが、夏にちょっと泳ぐくらいなら咲夜も平気だろ? 」

 

「まあ、そのくらいならいいけど……深いところまでは行かないからね。約束よ。」

 

二年生二人の微笑ましい会話を眺めていると……ようやくか。遠くのテントから出てきた代表選手たちが、緊張した表情でゆっくりと湖の方に近付いてくる。全員がきちんとスイムウェアを着ているところを見るに、卵の謎を解き損ねたヤツはいないようだ。

 

湖の縁で立ち止まった代表選手たちが準備運動をし始めるのと同時に、バグマンが再び実況の声を響き渡らせた。

 

『さあ、いよいよ準備が整いました! 制限時間は一時間! 準備と覚悟はよろしいですかな? 代表選手の皆さん。……結構。それでは、スタート!』

 

割とあっさりめの合図と共に、先ずはディゴリーとデラクールが杖を振って頭を泡のようなもので覆う。どうやらあの二人は実績のある選択肢を選んだようだ。つまり、泡頭呪文を。

 

『さあ、ディゴリー選手とデラクール選手は同じ呪文を選択したようです! 恐らく泡頭呪文でしょうが、果たして制限時間以内に……おおっと、クラム選手は難しい手段に出ました! 変身術でしょうか?』

 

バグマンの実況に従ってクラムへと目を向けてみれば……なんだありゃ? ちょうど恐怖のサメ人間が湖へと飛び込んでいくところだった。肩から上にサメの頭がくっついてるぞ。っていうか、淡水なのに大丈夫なのだろうか?

 

「少なくともイルカとお友達にはなれそうにないね。それに、水中人ともだ。私は連中が未知の化け物に立ち向かうのに賭けるが、キミたちはどうする?」

 

「私は逃げる方に賭けるぜ。……そもそも、あれだと手元が見えないんじゃないか? クラムは首を残すべきだったな。」

 

「確かにそうね。サメの視野ってどのくらいなのかしら?」

 

私たち三人がアホな会話を繰り広げている間にも、一人残されたハリーは浅瀬で口をモグモグさせている。彼はパチュリーの注意書きをきちんと守ることにしたようだ。

 

しかし……うーむ、杖を振ろうともしない姿はかなり間抜けだな。傍から見てると為す術なく佇んでいるようにしか見えないぞ。事情を知っている私ですらそうなのだから、知らぬ生徒たちにとっては尚更のことだろう。スリザリン生たちなんかは嬉々としてヤジを飛ばし始めた。

 

『そして残るポッター選手は……ようやく飛び込んだ! えー、私から見てもどんな手段を選んだのかは分かりませんでしたが、とにかく深く潜って行きます! これで全選手が湖の中へと消えていきました!』

 

マルフォイがこれ以上ない程にニッコニコになった頃、ようやく鰓昆布を食べ切ったハリーが湖の奥底へと消えていく。……それで? こっからどうする気なんだよ。一時間のヒマヒマタイムに突入だぞ。

 

『えー……それでは、解説に移りましょう! 先ずディゴリー選手とデラクール選手が使用した泡頭呪文ですが、これは十六世紀の初頭に開発された魔法でして、それまでは複雑な魔法薬が必要だった水中での魔法植物の調査をするために──』

 

これは厳しい一時間になりそうだな。バグマンの苦し紛れの抵抗を見ながら、アンネリーゼ・バートリは咲夜のマフラーをしっかりと巻き直すのだった。

 


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