Game of Vampire 作:のみみず@白月
『──した結果、そのまま残されてしまいました。つまり、今のこの湖には昔は無かった横穴がいくつも開いているというわけですな。恐らくダームストラングの方々もそういった抜け穴を通って、遠く離れたホグワーツまで来てくださったのでしょう。』
まあ、努力だけは認めようじゃないか。遂に一時間を埋めようとしているバグマンの『トークショー』を聞きながら、レミリア・スカーレットは小さく鼻を鳴らしていた。
バグマンはこの日のためによっぽど予習してきたに違いない。代表選手たちが使った呪文の解説から始まり、潜水に有効な魔法薬やら呪文やらを並べ上げ、それらの逸話や誕生秘話などを披露する。そして今やこの湖に関する歴史を話し始めたのだ。
ここまでなんの揺らぎもない湖面を見せられるという地獄のような状況が続いているが、少なくとも生徒たちに退屈で居眠りする様子は見られない。このままいけばバグマンは見事に役割を果たせそうだ。……その努力を課題の内容に向けられなかったのか?
しかし、アリスの動きが気になるな。恐らくこの会場内で唯一選手たちの状況を把握している彼女は、目を瞑ったままで時折もどかしそうに脚を揺すっているのだ。仕組みはさっぱり分からんが、湖の中に配置している人形と視覚を共有しているらしい。
向こうでマクゴナガルが心配そうにアリスを見ているのを眺めていると、隣に座るブリックスが話しかけてきた。短い金髪の下には頼りなさげな童顔が引っ付いている。父親に全然似てないな、こいつ。
「あのぅ、スカーレット女史。寒くはありませんか? お飲物をお持ちしましょうか? 紅茶とか、ホットコーヒーとか……そう、ココアとか。」
「不要よ、ブリックス。そもそも貴方は審査員としてここにいるんでしょうが。シャンとしてなさい。シャンと。」
「あー、はい。気をつけます。」
私がココアなんか飲むはずないだろうが。……うーむ、目をパチパチさせながらペコペコ頷くのを見てると、なんとも心配になってくるな。クラウチのやつ、もっと向いてるのを選べなかったのか? こいつに比べればクラムの方がよっぽど大人に見えちゃうぞ。
ロビン・ブリックス。彼は不死鳥の騎士団に参加していた闇祓いの息子だ。父親はロングボトム夫妻の指導役をしていた男で、スキンヘッドの大柄な男だった。こいつとは似ても似つかぬ頼もしさを醸し出していたものだ。
しかし、残念ながら戦争の中期に死喰い人との戦いで犠牲になっている。確かレストレンジ家の誰かにやられたんだったか。……いや、ロジエールだったっけ? あんまり覚えてないな。
とにかく、その後ハッフルパフで平和な学生生活を終えたブリックスは、屋敷しもべ妖精転勤室を経て国際魔法協力部に移ってきたらしい。出世街道からかなり外れてるぞ。『窓際コース』を真っしぐらじゃないか。
まあ、この様子だと無理もないな。蛙の子は蛙とはいかなかったようだ。遺伝子の不思議さにため息を吐いていると、たわ言を喋っていたバグマンがやおら大声を上げた。どうした? 水死体でも浮かんできたか?
『──ですから、大イカには一切の危険はありません。よく人を襲っていると勘違いされるのはジャレているだけであり、精々いきなり水の中に引きずり込まれるだけの……おっと、誰かが上がってきました! 現在の時刻は一時間を僅かに過ぎたところです!』
観客たちもバグマンの言葉を聞いて、途端の湖の方を覗き込みながら騒めき出す。うーん、審査員席は地面と同じ高さに設置されているせいで、水中は全然見えないな。台に乗っているバグマンの実況を待つ他なさそうだ。
『これは、これは……ディゴリー選手だ! 最初に戻ってきたのはディゴリー選手です! 手には自身の『大切なもの』をしっかりと抱えています!』
おっと、最初はディゴリーか。バグマンの興奮した早口の実況が響く中、私たちにも見える浅瀬まで上がってきたディゴリーは……やるな。黒髪の人質をお姫様抱っこで運び始めた。観客へのパフォーマンスなのか素なのかは知らんが、お陰で観客席は大盛り上がりだ。
『時間は一時間飛んで三分! ホグワーツのディゴリー選手、一番乗りで課題達成です! どうか盛大な拍手を!』
バグマンに促されて更に大きくなった拍手喝采の中、岸まで上がってきた笑顔のディゴリーへと校医のポンフリーが駆け寄って行く。……ふむ。一時間をちょびっと過ぎただけだし、本人にも人質にも怪我はない。九点ってとこか?
私がサクッと点数を決めたところで、再びバグマンの声が響き渡った。また誰か戻ってきたのか? 帰還ラッシュだな。
『また浮上してくる人影が見えます! 続いて戻ってきたのは……クラム選手です! ダームストラングのクラム選手が戻ってきました! こちらもきちんと人質を連れています!』
続いて戻ってきたサメ男は、浅瀬まで上がると変身を解いてこちらに向かって進んでくる。どうやらグレンジャーはすぐに目覚めてしまったようで、自前の足で普通に歩き出してしまった。残念、跪き君はお姫様抱っこの機会を逃したな。
『二番手は一時間五分! ディゴリー選手とは僅か二分差で、クラム選手も見事に課題達成です!』
むぅ、二分差か。難しいな。クラムはディゴリーと同じように人質にも自分にも傷を許してはいない。これが二位と三位ならば同点でもよかったが、一位と二位になるとどうしても差を付けざるを得ないのだ。悪いが八点ということになるだろう。
岸まで歩いて来たクラムとグレンジャーはタオルを受け取り、こちらもそのまま校医に救護用テントへと連れていかれ……ないな。グレンジャーはどうやらハリーのことが気になって仕方がないようだ。髪に引っ付いたゴミを払うクラムの気遣いにも上の空で、祈るように湖面を見つめ続けている。
なんかこう、ムズムズする光景だ。やっぱり思春期ってのは理解し難いな。……咲夜にもああいう時期がきちゃうんだろうか? いやいや、パチュリーもアリスも恋愛沙汰には無縁だったし、大丈夫なはずだ。うん、大丈夫。きっと。
変に言い寄ってくる男が出てきたら脅しつけてやろうかと考えていると、バグマンが実況する間もない速度で湖面から何かが飛び出してきた。あれは……デラクールか? 小さな人形に首根っこを掴まれているところを見るに、どうやらアリスが介入したようだ。
可愛らしい人形に切り傷だらけの女性が引っ張られているという訳の分からん状況を見て、観客席の生徒たちの間では困惑と心配の騒めきが広まっている。人形がニコニコ笑ってるのがなんとも不気味だ。……あの人形娘の感性は相変わらず謎だな。アリスはあれを本気で『可愛い仕草』だと思っているらしい。時と場合ってもんを考えるべきだぞ。
そのままポンフリーの下へと連れて行かれるデラクールを見ながら、バグマンが自身も混乱しているような口調で話し始めた。彼にとっても意味不明な状況に見えたようだ。一応事前に説明しているはずなのだが……まあ、聞くと見るとじゃ大違いか。
『えー……これは、あー、少々お待ちを。ただ今運営の方で協議をさせていただきます。』
困惑顔で台を下りたバグマンに、アリスが近寄って何かを話しかけている。……うんうん、片眼を閉じたままなのはさすがだな。ハリーの監視はきちんと続けているらしい。
そのまま一分弱の説明を聞き終えると、再びバグマンは台に上がって声を響かせた。
『お待たせいたしました! 非常に残念なことに、デラクール選手はリタイアとなります! 水魔に襲われて水草が脚に絡まり、パニックになって泡頭呪文が解けてしまったようです! そこを運営の方が救出してくださった形となります。』
なんか、いつの間にかアリスが『運営の方』にされちゃってるぞ。アリスを連れてきたのは私なんだから、『スカーレット女史のお陰で』と言うべきだろうが。どうやら貴重な若年層の支持を取りこぼしてしまったようだ。
私が上手いこと言ったバグマンをジト目で睨んでいる間にも、会場を包む状況はどんどん進行していく。ポンフリーの手によって目覚めたデラクールは半狂乱で湖へと戻ろうとして、それを慌てて駆け寄ったオリンペが制止し始めた。冷静に考えれば人質が死ぬわけないだろうに。……よっぽど重要な人物が人質になってるのか? ダンスパーティーの時の態度からして、あの時のパートナーではなさそうだな。
ひたすら湖に向かって祈るグレンジャーと、あの手この手でその気を引こうとするクラム。毛布に包まれて離れた場所から状況を見守るディゴリーと黒髪の人質。ようやくちょっとだけ落ち着いてきたデラクールと、その周囲でふわふわ浮いている人形に興味が移ったらしいオリンペ。
一気に慌ただしくなった場を苦笑しながら眺めていると……ようやくか? バグマンが興奮した感じで声を上げる。どうやらハリーは溺死体以外の姿で戻ってきたようだ。
『おっと、遂に最後の人影が見えてきました! ポッター選手でしょうか? 徐々に浮かび上がって……これは凄い! ポッター選手、自分の人質の他にもう一人誰かを抱えています!』
もう一人誰かを? ……消去法でいくならデラクールの人質ということになるな。どこぞのアクションスターじゃあるまいし、まさか水中人を逆に人質に取ったということはなかろう。しかし、何故そんなことを?
観客席から歓声が上がる中、ようやくハリーが浅瀬へと顔を出した。その両手には確かに二人の人質が抱えられている。ウィーズリー家の末弟と、銀色の髪の幼い少女。まったく同じ髪色なのを見るに、どうもデラクールの身内のようだ。
「ガブリエル!」
ここまで聞こえるような大声と共に、膝を濡らしながらデラクールが駆け寄っていった。目を覚ましたらしいロン・ウィーズリーとハリーが二人で対応し、そこに加わりたそうにグレンジャーがウズウズし始めたところで……いきなり審査員席に近い湖面から水中人が飛び出してくる。
いやはや、今日は人が飛び出すところをよく見る日だな。……まあ、あれを『人』にカウントするかは意見が分かれるだろうが。対外的にはともかくとして、内心では大いに悩むところだぞ。
鱗が各所についた灰色の肌に、暗緑色の長すぎるボサボサ髪。目はどぎつい蛍光色の黄色で、首には丸石がジャラジャラついたネックレス……というか、ただのロープを巻きつけている。うーむ、醜い。水中人に生まれなくてよかった。ここだけは冥界の連中に感謝しとこう。
ゆったりと水中人の方へとダンブルドアが向かっていくと、そのままジジイと魚もどきは悲鳴のような叫び声で会話し始めた。彼らがマーミッシュ語で話していると知らなければ、今にもダンブルドアを老人ホームに入れたくなるような光景だ。それも厳重監視のとこに。徘徊しながらあんな声で叫ばれたら堪らんからな。
微妙な表情の審査員たちの前でかなり不気味な会話が繰り広げられた後、ようやく話が終わったらしいダンブルドアがバグマンに向けて声を放つ。その表情は何故か満足げなニコニコ顔だ。
「どうやら協議が必要なようじゃ。点数についても合わせて話し合いましょうぞ。」
『えー、これより審査員で得点に関しての審議に入ります! 詳細については後ほどお知らせいたしますので、観客の皆様はどうか今暫くお待ちください!』
観客に状況を知らせたバグマン、デラクールの下から戻ってきたオリンペ。その二人が審査員席の方へと合流したところで、先ずはダンブルドアが水中人の話を説明してきた。
「どうやら、ハリーは一番最初に人質の下へと到着したそうじゃ。しかし、彼は自分の人質だけを連れて戻るのを良しとはしなかったらしい。他の人質が全員救出されるのを見届けるまでその場に留まり、結局デラクール選手が来なかったために彼女の人質も連れて戻ったとのことじゃった。」
「素晴らしい! なんとも道徳的だ!」
「わたーしもそう思います。アリー・ポッターは正しいことをしまーした。」
絶賛するバグマンとオリンペを尻目に、カルカロフが冷たい言葉を場に投げる。
「そもそも、ポッター選手は何の呪文を使ったのですかな? 私が見る限りでは杖を振った様子はありませんでしたが。」
「マーカス……先程詳細を教えてくれた水中人の女長じゃよ。彼女の話を聞く分では、どうも鰓昆布を使ったようじゃ。詳細は……うむ、不要じゃな。ルードが詳しく説明してくれたからのう。」
「いや、見事! 鰓昆布は最も有効な選択肢の一つだ。知恵で経験の差を補ったとは……うん、実にお見事! 脱帽だ!」
こいつ……第一の課題の時もそうだったが、えらくハリーのことを気に入ってるな。ひょっとして小鬼とのギャンブルでは彼に賭けているのだろうか? 最年少は大穴だろうし、そう有り得ない話でもなさそうだ。
ヨイショしまくるギャンブル狂いをジト目で見ていると、彼はうんうん頷きながら点数の発表を促してきた。
「到着順でいきましょう。つまりディゴリー選手、クラム選手、デラクール選手、ポッター選手の順で。私は九点、八点、五点、十点が妥当だと考えますな。……リタイアしたとはいえ、デラクール選手は一時間近く水の中で探索を続けられたのです。基礎的な評価点は付けるべきだと思いまして。」
「それなら、わたーしは八点、七点、五点、九点です。」
「わしは九点、八点、五点、十点としようかのう。」
バグマンの後にオリンペとダンブルドアが発表したのを受けて、慌てて口を開いたブリックスが続く。そういえば居たんだったな。全然喋らないから忘れてたぞ。
「えーと、僕は八点、七点、五点、九点でお願いします。」
「それじゃ、私は九点、八点、四点、七点にするわ。」
『道徳的』だかなんだか知らんが、これはスピードと手段を競う競技だったはずだ。杖魔法のことはよく知らないし、分かり易く順位そのままで点差をつけた方がよかろう。……ハリーは本当は六点にしようと思っていたが、私は空気の読める良い吸血鬼なのだ。
しかし残念なことに、一切空気の読めない男が最後に控えていたらしい。
「私は六点、十点、二点、三点としましょう。」
うーむ、いっそ清々しいな。この場の全員……いや、ブリックスは気まずげに目を逸らしているから、それ以外の全員の呆れた目線もなんのその。カルカロフは当初のスタンスを崩すつもりはないようだ。
リタイアしたデラクールが二点なのはギリギリ言い訳出来るとして、他の三人の点数が頗る意味不明だぞ。一位のディゴリーが六点なのに、二位のクラムが十点? そして課題をきちんと達成したはずのハリーが三点、と。彼の頭の中ではどういう計算が成されているのだろうか? 呆れを通り越して興味深くなってきたな。
「カルカロフ校長、ポッター選手の得点にもう少し加点を加えてもいいのではありませんか? つまり……そう、生徒たちの模範を示したわけですから。それに、一位のディゴリー選手の点数も低すぎるように感じられるのですが……。」
「私は正しい点数を付けたつもりだよ、バグマン。そもそも、第二の課題のテーマは『魔法技能』だったはずでは? 簡単な泡頭呪文よりも難度の高い変身術を評価するのは当然のはずだ。そして、魔法ではない手段を選んだポッター選手の評価が低くなる理由もまた然り。……むしろ、公正な審査員としては私情を抜いた審査をすべきだと思うがね。」
「それは……分かりました。では、ディゴリー選手は四十九点、クラム選手は四十八点、デラクール選手は二十六点、ポッター選手は四十八点としましょう。それでよろしいですな?」
取りつく島もないカルカロフの言葉を聞いて、バグマンは諦めたように審査内容を纏めてきた。よろしいも何もそうするしかないだろう。……いやまあ、『公正な審査員』のところには全員突っ込みたさそうな顔をしてはいるが。
カルカロフを抜いた全員が渋々頷いたのを確認すると、バグマンは再びお立ち台に戻って声を張り上げる。
『お待たせしました! それではこれより審査内容を発表したいと思います! 先ずは最初に到着したディゴリー選手。見事な泡頭呪文で──』
ま、これで第二の課題も無事に終えることが出来たわけだ。信じられないことに未だ誰も死んでないし、この分だと残る一つもどうにかなりそうだな。……それより今はフランスの問題に集中したい。確証が無いとはいえ、リドルが居た可能性があるのだ。終わったらオリンペと話す必要があるだろう。
本当はクラウチとも話して国際魔法協力部とも連携を取りたかったのだが……ブリックスじゃあちょっと頼りないな。手紙で済ますしかないか。肝心な時に休むなよ、まったく。
何にせよ、あの忌々しいトカゲ男が何処で何をしているのかを探り出す必要があるだろう。どうせロクでもない何かをしてるに決まっているのだから。……である以上、どうにかして私の庭を荒らす『害虫』を燻し出さねばなるまい。必要とあらば周りの花を多少枯れさせても、だ。
バグマンの解説に一喜一憂する観客を横目に、レミリア・スカーレットは次なる問題について考えを巡らせるのだった。