Game of Vampire   作:のみみず@白月

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再び、ゴシップ

 

 

「何ともまあ、興味深い記事じゃないか。」

 

同室のラベンダー・ブラウンから渡された週刊魔女を読みながら、アンネリーゼ・バートリは呆れたため息を漏らしていた。さすがにこれは予言者新聞には載せられなかったようだ。驚くべきことに、あの新聞社にも一抹の良心が残っていたらしい。

 

第二の課題が行われてから二週間後。最後の課題は学期末ということで、私たちにも比較的穏やかな日常が戻ってきている。……もちろん星見台での無言呪文の特訓は続けているが。

 

難易度の高い練習内容にハリーはちょっとうんざりし始めたらしいが、リドルの対策にも繋がる特訓を止めるわけにはいかない。最後の課題は間違いなく『最悪の課題』になるぞと脅しつけて、なんとか続けさせているのが現状だ。まあ、あながち嘘とも言えないだろう。バグマンなら何をしてくるか分からんぞ。

 

そんな日々を送りながら今日も授業に向かっている私たちへと、通りすがりのブラウンが週刊魔女を渡してくれたのである。少し気まずげな表情でハーマイオニーの方を見ながら、『読んでおいた方がいい』と言って。……読んだ後だから分かるが、これは彼女なりのルームメイトに対する気遣いだったのだろう。

 

私と顔をくっつけて一緒に読んでいたハーマイオニーは、やれやれと首を振りながら言葉を放った。……かなり冷たい表情だな。ちょっと怖いぞ。

 

「そうね。スキーターは少ない脳みそを振り絞って書いたんでしょう。……鶏より小さい脳みそでも文法を成立させられるとは思わなかったわ。脳科学的大発見ね。」

 

「……怒ってるのかい?」

 

「違うわ、呆れてるの。」

 

嘘だ。絶対怒ってるぞ。……つまり、週刊魔女に載っていたのは、スキーターがハーマイオニーのことについて書いた小さなゴシップ記事だったのである。もちろんながら出鱈目だらけの批判記事だ。というかまあ、それ以外をスキーターが書くはずない。

 

曰く、ハーマイオニーはハリーとクラムの恋心を弄ぶ野心家の悪女で、有名人となれば愛の妙薬を駆使して誑かしまくっているらしい。うーむ、こんなもんを書く方も書く方だが、載せる雑誌も凄いな。未成年に対して容赦が無さすぎないか?

 

「何が書いてあったの? 僕たちにも見せてよ。」

 

「スキーターお得意の妄想ゴシップ記事だよ。ほら、ゆっくり楽しみたまえ。」

 

読みたそうにしているハリーとロンの方へと雑誌を渡しつつも、何故か思案顔で歩くハーマイオニーへと声をかける。幸いにもショックを受けてるって感じではないな。あんまりにも内容がバカバカしすぎたからかもしれない。

 

「まあ、気にしないのが一番さ。キミは愛の妙薬なんか作っちゃいないだろう? ダンスパーティーの時の姿を見る限り、特に必要なさそうだしね。」

 

「残念ながら愛の妙薬は作ってないけど、『第二の課題の際に救出してくれたビクトール・クラムの言葉には耳を貸さず、ひたすら湖を見つめながらハリー・ポッターが戻るのを祈っていた』って部分は本当だわ。……スキーターはどうやってこんな情報を得たのかしら? ハグリッドの記事を書いた後、ホグワーツには立ち入り禁止になったはずでしょう?」

 

ハーマイオニーの言う通り、スキーターは第二の課題以前にホグワーツの領内には入れなくなっている。半巨人云々の記事に対して、ダンブルドアが予言者新聞社に厳重抗議をしたらしいのだ。……まあ、それでものらりくらりと躱され続けた結果、最後はダンブルドアがホグワーツの自治権を行使して立ち入り禁止を押し通したらしいが。さすがは我らの予言者新聞社だな。

 

「生徒から聞いたんだろうさ。スキーターは城にこそ入れなくなったが、ホグズミードには未だ滞在中のようだしね。どうせ蛇寮のバカどもが面白おかしく話したんだろうよ。」

 

その光景が目に浮かぶようではないか。きっと滅茶苦茶に脚色して話したに違いない。そこから更にスキーターが面白くするための『修正』を加えたとなれば……うーむ、それにしてはちょっとお優しいかな?

 

鼻を鳴らして言った私に、ハーマイオニーは疑問げな表情を崩さずに反論してくる。内容よりもそっちの方が気になって仕方がないようだ。

 

「有り得ないわ。ビクトールと私の会話までそのまま載ってるもの。観客席どころか、ちょっと離れた場所のディゴリーたちにだって聞こえなかったはずよ。」

 

「それじゃ、君は本当にこんなことを言ったのか? 『貴方のお陰で助かったわ。本当にありがとう、ビクトール』って? 君はあいつが助けなくても安全だったんだ! 安全! そもそも、いつからアイツのことをビクトールなんて呼び始めたんだよ。」

 

「何かの呪文を使ったのかしら? でも、あの時近くにはダンブルドア先生がいらっしゃったし、マーガトロイド先生だっていたのよ? あの二人の目の前でそんなことが出来ると思う?」

 

割り込んできたロンの言葉を完全に無視したハーマイオニーは、私とハリーに至極真っ当な疑問を寄越してきた。……ふむ、確かにその通りだ。杖魔法に疎いレミリアはともかくとして、アリスとダンブルドアがそんなことを許すはずがない。こと魔法であの二人を出し抜くってのは至難の業だろう。

 

ぼんやり考え始めた私に代わり、記事を読み終わったハリーが仮説を放つ。

 

「透明になってたんじゃないかな? 僕のマントみたいなのを使って。……いや、違うか。ダンブルドア先生は見抜けるんだったっけ。」

 

「それに、ムーディもね。あの『グルグルお目々』にはそういう類の魔法や魔道具は一切通用しないはずだよ。」

 

何せパチュリーが作った魔道具なのだ。手紙で確認して知ったが、私の透明化だって見抜かれるほどの代物だぞ。スキーターごときに出し抜けるとは思えない。……それにまあ、あの被害妄想男が見過ごしたというのも有り得ないだろう。透明の誰かが居たら呪文を放たずにはいられないような男なのだから。

 

「君があいつを『ビッキー』って呼ぶ日も近いな。それに、『まるでお姫様のように抱かれたのにも関わらず、グレンジャーは素気無くクラムの話をあしらっていた』ってのも本当なのか? お姫様のように? 正気かい? 君は『歯癒者』の家の娘なんだぞ!」

 

安心したまえ、ロニー坊や。お姫様抱っこをしたのはディゴリーだけだ。未だ雑誌を読みながら捲し立てるロンを再び無視して、ハーマイオニーが顎に手を当てて口を開いた。

 

「とにかく、詳しく調べる必要があるわね。ハグリッドの時もそうだったし、何か思いもよらないような方法があるのよ。それを暴けばスキーターに一泡吹かせることができるわ。」

 

「無視すればいいと思うけどね。こういうのは放っておけば収まるもんだよ。ハリーにハンカチを渡してくるヤツらも長くは保たなかったろう? 騒ぎたいだけのヤツが騒ぐだけで、次の獲物を見つければそっちに流れていくさ。」

 

「そうかもしれないけど、気になるじゃない。……忙しくなってきたわね。しもべ妖精たちのとこにも行かないとだし。」

 

「また行くのかい? ……出禁を食らっても知らないよ。」

 

ミス・スピューはこのところ談話室での演説を取りやめ、直接『被害者たち』への呼びかけをし始めたのだ。双子がうっかり口を滑らせたせいで、しもべ妖精たちの居る厨房への入り方を知ってしまったらしい。……ずっと黙秘していた魔理沙が報われないな。

 

一度だけついて行ったが……うん、酷い光景だった。ハーマイオニーが自由を選び取ることを呼びかけ、しもべ妖精たちは悪魔の囁きを聞いたかのような恐慌状態に陥っていたのだ。化け物から逃げ惑う哀れな民衆、って感じだったぞ。

 

ちなみに賛意を表明したしもべ妖精も一応存在している。誰かの命を救う名人、ドビー閣下だ。マルフォイ家から出た後しばらく放浪した末に、ダンブルドアと契約を結んでホグワーツに就職したらしい。そして驚くべきことに、クソ安いながらも一応給料を貰っているとか。……私の『命を救おうとして』食事に毒を盛らないことを祈るばかりだ。

 

呆れて微妙な表情になっている私に、ハーマイオニーは決意に満ちた表情で話を続けてくる。

 

「根気強く続ければしもべ妖精たちだって分かってくれるはずよ。次行った時にはアメリカで起こったことを紙芝居にして伝えようと思うんだけど……どうかしら? いけると思う?」

 

「『いけない』んじゃないかな、ハーマイオニー。彼らは馬鹿だからああしてるんじゃなくて、理解した上であの立場を望んでるんだ。ガキ向けの紙芝居ってのは些か無礼だと思うよ。」

 

「うっ……そうね。彼らにはきちんとした知能があるわ。文章を冊子にして配ることにしましょう。イギリスでの有名な裁判のことも入れなくっちゃ。」

 

そういうことじゃないんだが……まあいいか。スネイプのローブにバッジを貼り付けることに成功した私には、もう一切興味のない話なのだ。私はしもべ妖精がそれを『悪魔の書』として扱うことに全財産賭けてもいいが、ハーマイオニーが満足するなら文句を言うつもりはない。

 

「おい、ハーマイオニー。『クラムとグレンジャーは何度もホグズミードで逢瀬を重ねている』って書いてあるぞ! これ、本当なのか?」

 

ハーマイオニーは今学期一度もホグズミードに行ってないのを知ってるだろうに。誰一人反応しないのにもめげないロンを尻目に、三人で呪文学の教室へと入って行くのだった。

 

───

 

しかし、私たちの予想とは裏腹に、スキーターの記事を信じるバカはそこそこの数が存在していたらしい。結果としてその日以降、ハーマイオニーの下には『抗議』の手紙が届くようになってしまったのである。……魔法省は脳みその着用義務を布告した方がいいぞ。どいつもこいつも着け忘れてるじゃないか。

 

その内容は『ハリー・ポッターを放っておけ』だとか、『居るべき場所に帰れ、マグル』といった非常にありがたい戯言だ。世にはこれほどまでに暇人が蔓延っていたのか。吼えメールだって何通もきたぞ。

 

ひょっとしたら、前回の予言者新聞の記事も影響しているのかもしれない。彼らはグリーンの瞳から涙を零すハリーのことを放って置けなかったのだろう。なにせ記事が出てから一週間経った今でも、朝食のテーブルの上には手紙の山が乗っかっているのだから。

 

「……有名人になった気分だわ。」

 

もはや慣れた手つきで『不要な』手紙を分別するハーマイオニーに、現実を知らせるための言葉を投げかける。

 

「実際なってるんだよ、ハーマイオニー。今やキミはアホどものスターさ。自分で何かを考えられないアホどものね。」

 

「こんなの資源の無駄よ。便箋が勿体無いじゃないの、まったく!」

 

手が腫れる薬品が仕込まれているという不愉快な事件があって以降、彼女は知らないヤツから送られてきた手紙は開けようともしなくなったのだ。正しい選択だぞ、ハーマイオニー。

 

ちなみにその時は咲夜がパチュリーから持たされている薬でなんとかなった。……ついでにハーマイオニーの手がツヤツヤになってしまったが。数日経った今でもツヤツヤが持続しているところを見ると、もはや薬なんだか美容品なんだか分からんな。薄めて売ればひと財産築けそうだ。

 

「しっかしまあ、暇なヤツが多いもんだな。誰が読んでるんだ? ああいうの。」

 

廃棄に回される手紙の束を見ながら言う魔理沙には、シリアルのたっぷり入った皿に牛乳を注いでいるロンが答えた。嫉妬に燃える彼にとってもハーマイオニーの現状はさすがに哀れに思えたようで、最近はクラムについての文句を言ってこなくなっている。

 

「うちのママみたいな主婦とかだよ。……まあ、スカーレットさんのことを悪く言うから、だいぶ前に取らなくなっちゃったけどさ。」

 

「他にはどんなことが載ってんだ? まさかゴシップだけってわけじゃないんだろ?」

 

「掃除に役立つ呪文とか、どっかの歌手が結婚したとか、ロックハート特集とか。つまんないのばっかりさ。読む価値ゼロだよ。」

 

「へぇ。……週刊ってことは、毎週出てるってことだろ? よく書くことがあるな。」

 

パンに色々な食材を挟みながら言う魔理沙に、今度は咲夜が呆れた表情で返事を返した。

 

「予言者新聞と同じで、書くことがないからこんな大嘘を書いてるんでしょ。年刊にすればいいのよ。それで丁度いいわ。」

 

「食ってけないだろ、それじゃあ。」

 

「なら廃刊すればいいじゃない。」

 

かなり滅茶苦茶なことを言い始めた咲夜もまた、この状況に対して結構怒っているようだ。レミリアの記事で苛々が溜まり、ハーマイオニーの一件で爆発したのかもしれない。……ハリーの時にはあんまり関心がなかったのがなんとも切ないな。

 

その件のハリーはといえば……おやまあ、上の空でレイブンクローのテーブルを見つめている。脅迫文騒ぎもなんのその、『黒髪のあの子』が気になって仕方がないらしい。横恋慕は報われんぞ。私はその生き証人を知ってるのだ。

 

「ハリー、あんまりジッと見つめてると薄気味悪がられるぞ。」

 

「……もうやめるよ。」

 

「それがいいね。私はキミがレイブンクローで『クリーピー・ポッティー』なんて呼ばれて欲しくはないんだ。あるいはまあ、『熱視線マン』とかも有り得るかな。」

 

「……もう、絶対に見ない。チラッともだ。」

 

私の忠告に耳を貸した生き残った男の子は、決然とした表情で目の前の水差しに向き直った。チョウ・チャンに熱視線マン呼ばわりされるのは嫌だったらしい。どうせ明日にはまた見つめ始めるくせに。

 

クスクス笑ってから脅迫文の一通を抜き取り、適当に杖で火を点ける。……ま、ハーマイオニーもそれほど気にしてはいないようだし、吠えたいヤツには吠えさせておけばいいのだ。彼女が深く傷付くようだったらホグズミードまで出向いて『然るべき対処』をしたが、この分だと必要なさそうだな。

 

何にせよハリーの訓練を進めなければなるまい。最後の課題もそうだが、いよいよ魔法界がきな臭くなってきた今、私のすべきことはそれだ。レミリアも動いているし、聞けばアリスにも仕事が割り振られたらしい。私だけが呑気にバカみたいな記事に振り回されているわけにはいかんだろう。

 

次に教えるべき呪文のことを考えながら、『ゴミ』が燃え尽きた後の灰をアンネリーゼ・バートリはそっと吹き飛ばすのだった。

 


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