Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ハッピー・イースター!

 

 

「でも、スカーレットさんはカルカロフが死喰い人だって言ってた。……というか、戦争の後に死喰い人を裏切ったって。クラウチさんの件に関しても疑ってたみたいだし、あんまり信用できない人みたいだよ。」

 

ハリーが飛んでくるゴムボールの動きを遅くしながら言うのに、アンネリーゼ・バートリは適当な頷きを返していた。あんなヤツ見た目からして信用できないだろうに。山羊髭は悪役と昔から相場が決まっているのだ。

 

ホグワーツにも春が迫ってきた今日この頃、他の生徒たちが今年は早めに訪れたイースター休暇を楽しむ中、我々『ハリー強化部隊』は星見台に籠って練習の日々を送っている。最終的には盾、武装解除、妨害、失神の四つの呪文を無言で唱えられるようになるというのが目標だ。

 

現在は武装解除のみ完璧で、盾の呪文は八割成功。妨害と失神は五割弱といったところまで引き上げることが出来た。……これを喜ぶべきかどうかは議論が分かれるところだろうが、ホグワーツの四年生としては他に類を見ないほどに成長しているはずだ。っていうか、そう信じないとやってられんぞ。

 

何せ最後の課題は、『障害物』の設置された巨大迷路を抜けるというものなのだ。ここでのミソは障害物を設置するのがホグワーツの教師陣やバグマンであるという点である。そんなもん絶対に厄介な事になるのが目に見えているではないか。

 

いやまあ、殆どの教師たちに関しては問題ないだろう。相変わらず律儀にルールを守るマクゴナガルやダンブルドアはさて置き、さほどその辺を気にしないスネイプやムーディからは既に内容を聞き取り済みだ。彼らはバグマンと違って、『難易度が高い』のと『命の危険がある』というのが別物であることをよく理解しているようだった。

 

最大の問題はハグリッドである。どうやらあの男はマクシームに課題のことを話したのを反省しているようで、頑としてハリーたちに何を設置するのかを話そうとしないのだ。この前お茶をしに行った時には、満面の笑みで『当日を楽しみにしとけ』とだけ言っていたらしい。……それを語っていたハリーは全然楽しそうじゃなかったが。私と同じく、彼もその言葉から嫌な予感を感じ取ったのだろう。

 

無理もあるまい。ハグリッドが『思わず足を止めたくなるような可愛い仔犬』だとか、『ちょっと気性が荒くて悪戯好きのニフラー』なんかを設置するはずがないのだ。アクロマンチュラ、三頭犬、ドラゴン、スクリュート。あの男の『伝説』に新たな一ページが刻まれるのは間違いないぞ。

 

私はマンティコアとイエティの可能性を推したが、ハーマイオニーとロンはそれぞれレッドキャップとキメラを配置するだろうと主張していた。……まあ、すぐに明らかになるはずだ。何たって今まさに偵察の任を受けた咲夜と魔理沙が、ハグリッドの小屋で大きなお友達から情報を引き出そうとしているのだから。

 

タイミングの良い事に、二年生二人は三年生以降の選択授業を決めている真っ最中なのだ。『飼育学についての詳細を聞く』という名目で小屋に入り込み、障害物についての詳細を聞き出そうという魂胆である。……ふん、あの男が咲夜の『おねだり』攻勢に耐えられるものか。すぐに口を割ることになるだろう。

 

十三歳になってもまだまだ破壊力を維持している上目遣いのことを考えていると、ハリーにゴムボールをぶん投げているハーマイオニーが口を開く。若干お怒りな感じの表情だ。

 

「もう、ハリーったら! クラウチさんのことは後にするって約束したでしょう? その件はダンブルドア先生やスカーレットさんにお任せして、貴方は課題に集中するの! つまり、呪文の練習にね。」

 

「それに、ムーディも居るしな。あのグルグル回る目がある限り、カルカロフに何か出来るはずないだろ? 点数を低くするのが精一杯さ。」

 

「それは……うん、そうだけど。」

 

ロンの追撃を受けて、ハリーは渋々といった様子で再び無言呪文に集中し始めた。今回は珍しいことに、ハーマイオニーとロンが意見の一致を見せているのだ。クラウチのことを気にするハリーを二人がかりで軌道修正しているのである。

 

そして私もハーマイオニー・ロン同盟の傘下に降った。正直なところヨーロッパの状況やクラウチの一件は気になっているが、今はハリーが最後の課題を生き延びることに集中すべきだろう。

 

レミリアからぶん投げられた問題をキャッチする代わりに、あっちの問題はレミリアと現場のアリスにぶん投げることにしたわけだ。……ちなみに美鈴には期待していない。絶対にフランスで新たなレストランを開拓しているだろうし。羨ましいヤツめ。

 

フランス料理についてぼんやり考えている私を他所に、手元のゴムボールが無くなったのを見たハーマイオニーが、杖を振って集め直しながらも声を上げた。

 

「アクシオ、ゴムボール。……それじゃ、次は失神呪文をやりましょうか。いつも通りにいくわよ。」

 

「いよいよか。……なあ、やっぱりミセス・ノリスを攫ってきて的にするのは無理なのか? なんならクルックシャンクスでもいいんだけど。」

 

「ダメに決まってるでしょうが! いいからやるの。」

 

言いながらクッションが置いてある方に向かうハーマイオニーに、ため息を一つ零したロンが渋々続く。……そりゃあ嫌だろう。二人は今から何度も失神させられることになるのだから。

 

武装解除は杖を取られるだけだし、盾と妨害はゴムボールでなんとかなるのだが……失神呪文だけはそうはいかない。練習の為には何かしらの生き物を失神させる必要があるのだ。つまり、この場合はハーマイオニーとロンを。

 

しかしまあ、ハーマイオニーがまだ蘇生呪文を使えなくて本当に良かった。ここだけは神に感謝してやってもいいくらいだ。お陰で私は優勝杯を手にするウッドのモノマネごっこをしなくて済んだのだから。

 

「……それじゃ、やって頂戴。」

 

「いつでもいいぞ、ハリー。」

 

「あー、うん。……ごめんね?」

 

なんとも哀愁を誘うやり取りの後、ハリーが二人に向かって無言呪文を放つ。……おお、今回は両方成功だ。赤い閃光が激突した二人はパタリと倒れて動かなくなった。何度も見たせいで麻痺しちゃってるが、よく考えると割とショッキングな光景だな。

 

エネルベート(活きよ)。ほら、起きたまえよ、二人とも。次々いこうじゃないか。」

 

「……なんかリーゼったら、やけに楽しそうじゃない?」

 

「私が楽しそう? おいおい、そんなことがあるはずないだろう? 私はキミたち二人の自己犠牲を悲しんでいるのさ。草葉の陰の哀れなハインリヒと一緒にね。」

 

それにまあ、自己犠牲と『復活』ってのはイースター休暇に相応しいテーマじゃないか。疑わしそうなハーマイオニーによよと泣き真似をしながら返してやると、続いて起きてきたロンもジト目で声をかけてくる。

 

「僕にも蘇生呪文を教えてくれよ、リーゼ。死ぬ気で練習してみせるから。他の全てを擲ってでも。」

 

「残念ながら、どれだけ頑張ったとしてもキミたちが蘇生呪文を習得する前に最後の課題の日が訪れるだろうさ。ああ、残念だ。私も気絶ごっこを楽しみたかったのに。」

 

「よく言うぜ。」

 

首を振りながらも素直に位置についた二人は、再びハリーの呪文を受けてクッションへとダイブをかましていった。素晴らしい、連続成功だ。……いやぁ、カメラを持ってくればよかったな。これは学生時代を懐かしむ時の良い思い出になるぞ。

 

「エネルベート。……ハッピー・イースター、二人とも! 三日も経たずにお目覚めとは、『例のあのお方』もびっくりしてるぞ。大幅な記録更新じゃないか。」

 

「誓うわ、リーゼ。私、蘇生呪文を覚えてみせる。絶対よ。」

 

「んふふ、それなら私も誓おう、ハーマイオニー。私は絶対にそれを阻止してみせるよ。実を言うと、それを妨害する為にくすぐり呪文をマスターしておいたんだ。」

 

「リーゼの意地悪。」

 

いやはや、楽しい休暇だな。半眼で私を睨みながら舌を出すハーマイオニーに、クスクス笑って肩を竦めるのだった。

 

───

 

そして気絶コンビが二人合わせて三十回ほど復活ごっこを楽しんだところで、隠し部屋のドアが開いて二年生コンビが帰ってきた。良かったな、二人とも。犠牲者が増えたぞ。

 

「おう、帰ったぜ。……くっそ、失神呪文の練習中かよ。もうちょいハグリッドの小屋で時間を潰してくりゃよかった。」

 

「えーっと……ハグリッド先生からラズベリーのジュースを沢山頂いたので、ちょっと休憩にしませんか? とっても美味しそうですよ?」

 

うーむ、二人の性格がよく表れている反応だ。素直に嫌がった魔理沙に対して、咲夜は搦め手で難を逃れるつもりらしい。休憩で有耶無耶にしようという魂胆か。

 

とはいえ、呪文を撃ち続けているハリーや気絶しまくっている二人に休憩が必要なのも確かだろう。それなりの回数はこなしたことだし、ここはかわいい娘分に助け船を出してやることにするか。

 

「そうだね、少し休憩しようか。ハリーも疲れてるだろう?」

 

「うん、ちょっとね。」

 

「そうしましょ。あんまり頻繁に気絶してると悪影響とかがあるかもだし。……今度調べた方が良さそうね。」

 

もう遅いと思うぞ。気絶癖とかがついたりするんだろうか? ……とにかく、四人で星見台を下りて、ソファに座って咲夜から瓶詰めのラズベリージュースを受け取る。ちなみにソファもティーテーブルも、一年生の時に何処かから魔理沙が『借りて』きたものだ。やるじゃないか、後輩。

 

「それで、ハグリッドはなんて言ってたんだ? キメラだったろ? ドラゴンはもう『使っちゃった』しな。」

 

「ロン、キメラは危険すぎるわ。さすがのハグリッドだって食べられちゃうでしょう? ……レッドキャップよね? 難易度からいってもそれが適正ってもんよ。」

 

「ハグリッドが『難易度』なんてものを気にするはずないと思うけどね。絶対にマンティコアだ。人を食う上に尻尾には毒があるんだぞ。しかもお喋りの相手にもなる。ハグリッドが好きそうな生き物じゃないか。」

 

「それに、獰猛だしね。ルーピン先生の授業で習った生き物なら嬉しいんだけど……。」

 

早速とばかりに議論を始めた四年生四人組に対して、咲夜と魔理沙は首を振りながら答えを寄越してきた。

 

「全部ハズレだ。……スクリュートだよ。あの訳の分からん生き物を設置する気みたいだぜ。まあ、共食いで二匹しか残ってないらしいけどな。」

 

「それと、スフィンクスやアクロマンチュラの話もしてました。一応、隠そうとはしてましたけど……あの感じだと設置する気だと思いますよ。話にやたらと『実体験』が出てきましたし。」

 

……うーむ、微妙な名前が飛び出してきたな。ハリーたちもどう反応したらいいか分からないという顔になっている。そりゃあマンティコアやらキメラよりかはマシだが、イエティやレッドキャップよりは難しいし、何よりルーピンの授業では出てこなかった面子なのだ。

 

「先ず、スクリュートはどうしようもないわね。出会ったら戦おうとせずに逃げるべきよ。それも全速力で。死に物狂いで。」

 

「そんなにヤバい生き物に育ってるのかい? 私は最近見たことがないんだが……。」

 

「めちゃくちゃ『ヤバい』わ。殻のせいで呪文を弾くし、尻尾の針を射出するようになっちゃったの。正直言って絶滅すべきよ、あの生き物は。」

 

「それはまた……凄まじいね。」

 

ハーマイオニーの答えに、思わず顔を引きつらせる。噛んで、刺して、血を吸い、爆発して、針を飛ばし、呪文を弾くわけだ。そして雑食で共食いもすると。魔界にだってそんな生き物はいないぞ。ハグリッドが繁殖に『成功』しなかったのは不幸中の幸いだったな。

 

ハグリッドの深遠なる業を思って沈黙する私を他所に、ロンが次なる生物についての話を繰り出した。

 

「スフィンクスはエジプトで見たぜ。ほら、三年生の時に旅行に行っただろ? 物凄く強力な門番だけど、なぞなぞに答えれば通してくれるんだ。」

 

「それって、門番としては致命的じゃないか? ザル警備じゃんか。」

 

「あー……まあ、そうだな。そのせいでピラミッドは殆ど盗掘されちゃったらしいし。」

 

「アホみたいな話だな。……要するに、なぞなぞの練習をしとけってことか。」

 

ロンと魔理沙は軽い感じで話しているが、スフィンクスだって結構危険な生き物だったはずだぞ。賢くて巨大な獅子の身体を持っている上に、答えを間違えたら襲ってくるんじゃなかったか? 超強力猫パンチで。

 

理性的だから魔法省の危険レベル分類は低くなっているが、実力そのものだけ見れば強大な魔法生物の一角だったはずだ。昔パチュリーから聞いたような気がする話を思い出していると、今度はハリーが咲夜に向かって問いを投げた。

 

「スフィンクスについては後で本で調べてみようか。……アクロマンチュラっていうのは? ハグリッドはどんな話をしてたの?」

 

「でっかい蜘蛛みたいですよ。でも、いまいち分かり難かったんです。美しい生き物とかって言ってましたけど……。」

 

「じゃあ危険なのは間違いないね。ハグリッドの言う『美しい』っていうのは、『獰猛で人を食べる』って意味だから。」

 

ハリーは『ハグリッド語』を正しく理解しているようだ。謎のアクロマンチュラなる蜘蛛に対して疑問符を浮かべてしまった五人に、唯一知っているであろう私が答えを放つ。アリスが居れば話は早かったんだがな。あの子もちょっとした『実体験』を語れるだろうし。

 

「四メートル強の大蜘蛛だよ。タランチュラをそのままデカくして、脚を長くした感じだそうだ。牙には当然毒があるし、脚の先には当然獲物を切り裂く鋏がついてるし、そして当然人を食う。なんとも『ファンタスティック』な生き物じゃないか。ハグリッドにピッタリの魔法生物だね。」

 

「ハグリッドが僕の命を助けようとしてくれてるってのはよく分かったよ。ドビーと話したら気が合うんじゃないかな。」

 

大きなため息を吐きながら言うハリーに、ロンが葬式の司会みたいな表情で言葉をかけた。

 

「とりあえずこれではっきりしたな。武装解除も、盾も、妨害も、失神も。何の役にも立たないぞ。この分だと逃げる為の走り込みをした方がマシだ。」

 

「他の先生方はもう少し常識的な障害を用意してるでしょうし、無言呪文はそっちで役に立つはずだわ。ハグリッドの設置する障害物に関しては……そうね、違う呪文を練習する必要があるわね。」

 

「図書館に行こうか。とりあえずはなぞなぞの本と、蜘蛛についての本を探す必要があるね。……あとはまあ、スクリュートの餌箱に毒を入れた方がいいかな。そんなもん効くとは思えんが。」

 

ハーマイオニーに続いて返事を返して、ジュースを飲み干してから立ち上がる。これはもう一度『知識』に連絡を取る必要がありそうだ。……いや、スクリュートだけはどうにもならんな。新種である以上、パチュリーでさえ知らない生き物だろうし。

 

いやはや、ハグリッドこそが対抗試合における最後にして最大の敵だったわけか。想像の中でニッコリ笑う傍迷惑な大男を思って、アンネリーゼ・バートリは小さく苦笑いを浮かべるのだった。

 


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