Game of Vampire   作:のみみず@白月

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Happy Halloween!


変革

 

 

「有り得ません。有り得ない話です。」

 

そうあって欲しいと言わんばかりのコーネリウスの言葉を聞きながら、レミリア・スカーレットは小さくため息を吐いていた。……随分とやつれたな。どうやら権力は彼にとって甘い毒でしかなかったようだ。

 

魔法省地下一階の魔法大臣執務室には、私の他に冷徹な表情のスクリムジョールとニヤニヤ笑うアンブリッジが座っている。うーん、しくじったな。リーゼを連れて来れば良かった。そしたら透明になってカエル女をぶん殴ってもらったのに。

 

今日もピンク一色の悪趣味ガマガエルを無視しつつ、机の向こう側に座るコーネリウスへと口を開く。

 

「事実よ。クラウチはホグワーツの禁じられた森に居て、そして正気を失っていたの。それ以降は行方不明ってわけ。」

 

「しかし、それは一生徒の証言なのでしょう? つまり、ダンブルドアや貴女が実際に目にしたわけではないのですよね? ……所詮は子供の言うことです。あまり信用しない方がいいと思いますが。」

 

「クラウチは自宅にも居ないし、魔法警察の捜索にも引っかからないのよ? 何かあったのは明らかじゃないの。」

 

「しかし、しかし……クラウチほどの男が誰かに呪いをかけられたと? 本気でそう思っているのですか?」

 

信じられないのではなく、信じたくないだけだろうに。去年の春先から支持率を低下させ続けているコーネリウスにとって、これ以上のスキャンダルは耐え難いものなのだ。もはや問題を直視することすら止めてしまっている。

 

この分だと、リドルとフランスの関わりについては話さない方が良さそうだな。もし話せば許容量を超えるのは目に見えて明らかだ。『爆発』して妙なことを仕出かさないとも限らんぞ。

 

縋るように見つめてくるコーネリウスに、現実を突きつけるべく言葉を放った。信じないのは結構だが、大臣の承認が無ければ大規模な捜査が出来ない。スクリムジョールやボーンズの動きに制限をかけられるのは困るのだ。

 

「事実だけを見なさい、コーネリウス。現にクラウチは行方不明になっているの。何があったにせよ、国際魔法協力部の部長が行方不明ならば調べるべきでしょうが。何一つ動きを見せないとなれば、スキーターあたりがまた無茶苦茶に叩いてくるわよ。」

 

「それは……そうですな。スキャンダルはいけない。もう絶対にダメです。それならすぐに承認を──」

 

「少々よろしいかしら?」

 

そーら、来たぞ。書類にサインしようとしたコーネリウスのことを見て、これまで黙っていたアンブリッジが止めにかかる。この女が邪魔してこないはずなどないのだ。……今回の一件に関しては、損得ではなく嫌がらせでやってるあたりがまた苛つくな。

 

「ど、どうしたのかね? ドローレス。何か問題でも?」

 

「ええ、大臣。問題という程ではないのですけど……本当にこんな大規模な捜査が必要なのでしょうか? 予算の無駄では?」

 

「それは……そうなのかね?」

 

何が『そうなのかね?』だ。脳みそを何処かに置いてきたのか? これはクラウチを探すよりも先に、コーネリウスの脳みそを探した方がいいかもしれんな。いやまあ、それこそ『空想上の存在』である可能性は否めんが。

 

思考能力を失った魔法大臣に対して、今度は私の隣のスクリムジョールが冷徹な口調で答えを返した。

 

「私は適正な予算だと思いますが。クラウチ氏は長年魔法省に勤めており、嘗ては魔法法執行部部長の職を務めていたほどの人物です。つまり、魔法省にとって重要な情報を数多く握っていることになります。もし誰かにその情報を奪われたとなれば──」

 

「ェヘン、ェヘン。些か被害妄想が過ぎますわね。まるで『敵』がいるかのように話していらっしゃいますけれど……何処にそんなものが? 今のイギリス魔法界は平和ではありませんの? それなのに一体誰が情報を奪うと?」

 

「アンブリッジ、危険を予測することこそが闇祓いである私の仕事なのだ。そうなる可能性が存在する以上、手を抜くわけにはいくまい。それにクラウチ氏は前回の戦争の際に──」

 

「ェヘン、ェヘン。」

 

おいおい、ハエの食い過ぎで喉がおかしくなってるんじゃないか? 再びアンブリッジがお得意の咳払いで割り込もうとするが……おお、やるな、スクリムジョール。我らが闇祓い局局長どのは完全に無視して話を続ける。それでこそムーディの後釜だ。

 

「──数多くの死喰い人を逮捕したことで、闇の魔法使いたちに恨まれております。狙われる可能性も十分にあるでしょう。彼の安全の為にも、捜索の手を抜くべきではないと思いますが?」

 

「……死喰い人など過去の話ではありませんの? 今のイギリスにそんな危険分子は存在していませんわ。そうでしょう? コーネリウス。」

 

「いや、その……そうだな。危険などない。うん、その通りだ。」

 

なんとまあ、ダメダメだな。もうこれは理性的な会議ではない。子供をあやす上手さを競っているようなもんじゃないか。スキャンダルは嫌、責任を負うのも嫌、現状を変えるのだって嫌。今のコーネリウスは駄々をこねる盲目の赤ん坊だ。

 

これがイギリス魔法界のトップの姿? 世も末だな。我が身が引き起こした事態ながら、まさかここまで酷くなるとは思わなかった。これなら就任当初の方がまだマシだったぞ。少なくともあの頃はそれなりの理念を持っていたし、下手くそながらも仕事をしようとはしていたのだ。

 

いやはや、本当に悪いことをしたな。分不相応な魔法大臣という椅子がコーネリウスを狂わせたのだろう。そこらの部長程度でいたならば、彼はドジだが人好きのする良い上司として魔法省でのキャリアを全う出来たかもしれない。……まあ、もしもの話だ。こうなってしまった以上、もはや意味などあるまい。

 

さて、どうしようか? 今すぐボーンズを魔法大臣に当てて、コーネリウスを転落の恐怖から『救って』やってもいいが……出来ればもう少し時間が欲しいな。地盤が固まりきっていないうちに交代するのはよろしくなかろう。ウィゼンガモットの老人どももお掃除しなければならないのだ。彼女には万全の状態で魔法大臣になってもらう必要がある。

 

となれば、もう少しだけこの『赤ちゃん』を操る必要がありそうだ。死ぬほど面倒な状況に内心で大きなため息を吐きつつも、劣勢のスクリムジョールを援護すべく口を開いた。

 

「話がズレてるわよ。いい? クラウチが、行方不明なの。これだけよ。この単語だけで大々的な捜索が必要だって分からないかしら? 政府の外交担当が行方不明になってるのに、その辺の魔法パトロールを捜索に当てるバカがどこにいるの?」

 

「いや、なるほど。確かにその通りですな。では承認を──」

 

「あらあら、私は捜索の必要が無いとまでは言ってませんの。単に規模を縮小すべきだと考えているだけですわ。魔法警察はともかくとして、闇祓いの出動は本当に必要かしら? もっと重大な事件に割り当てるべきではなくて?」

 

「それじゃあ、どの事件に割り当てるべきかしらね? アンブリッジ。『敵』はいないんじゃなかった? 現状で最も重大な事件はクラウチの失踪だと思うけど?」

 

既にコーネリウスの話を聞いている者などいない。ここで起こっているのはガマカエル対オオカミ・コウモリ同盟の戦いなのだ。オロオロと翻弄されるベイビー大臣になど構っている余裕はないのである。

 

私の言葉を受けたアンブリッジは……ふむ? やけに自信ありげだな。ニヤリと笑って返事を返してきた。どうやら何らかの札を切ってくるつもりらしい。

 

「……私は魔法大臣の護衛にこそ割り当てるべきだと考えますわ。スカーレット女史ならば、フランスの一件は既に耳に入っておいででしょう? 彼らは自作自演で被害者を装って、他国への攻撃を目論んでいるとか。となれば、大臣を狙ってきてもおかしくはないと思いますの。」

 

うーん、やるな。フランスの札をそう使ってくるとは思わなかったぞ。非常に嫌らしい一手じゃないか。予想通りいきなり慌て出したコーネリウスは、真っ青な顔でスクリムジョールに向かって喚き始める。

 

「本当なのかね? 危険ではないか! スクリムジョール、すぐに護衛を付けてくれ。四人……いや、八人は欲しい。……八人で足りるだろうか? もっと付けたほうが良いか? どう思うかね? 諸君。」

 

「落ち着きなさい、コーネリウス。あれはフランスの陰謀などではなく、フランスの闇払いは実際被害に遭っているのよ。陰謀だのなんだっていうのは情報操作の──」

 

「あら? 随分とフランス寄りの意見ですのね、スカーレット女史。貴女もイギリスの人間……ああ、失礼。イギリスの『生物』ならば、イギリスのことを第一に考えるべきではなくって? それに、危険を予測することこそが闇祓いの仕事なのよね? スクリムジョール?」

 

ええい、面倒くさいヤツめ。ここぞとばかりに攻め立ててくるアンブリッジに、今度はスクリムジョールが反撃を放った。

 

「フランスの闇祓いは実際に死んでいるのだ、アンブリッジ。下らん陰謀のために自国の闇祓いを殺しまくったとでも? 馬鹿馬鹿しい。私は事件が実際に起こっている可能性を推すがね。」

 

「それも実際のところはどうなのでしょうね? 死んだことにして隠しているとか? あら、大変。その連中を暗殺に使おうとしているのかもしれませんわ。」

 

「話が飛躍しすぎだぞ。君は『それでも』イギリス政府の人間なのだろう? もう少し言葉に気をつけたまえ。無暗に他国への疑いを煽るなど──」

 

「ェヘン、ェヘン。私はイギリス政府の長を心配して言っていますの。コーネリウスが死ねば、イギリス魔法界は立ち直れないほどに混乱してしまうでしょう? 護衛を付けるべきですわ。今すぐに。」

 

コーネリウスが死んだってイギリスは小揺るぎもしないだろうが、当の本人だけはそう思っていないらしい。我らが魔法大臣どのは、その顔に恐怖の表情を貼り付けながらスクリムジョールに命令を繰り返してくる。

 

「うむ、その通りだ。護衛は十人に増やそう。もちろん熟練の者を頼むぞ。それに防衛魔法も点検すべきだし、万一の時のために逃げ道の確保も──」

 

いやはや、ここまでくると笑えてくるな。保身を優先する魔法大臣と、それを見て満足そうに頷く奸臣。……アホくさ。もうやめだ。やってられるか。大きなため息を一つ零した後で、ゆっくりと立ち上がってドアへと向かう。

 

「あらあら? もうよろしいのかしら? スカーレット女史。」

 

「ええ、もういいの、アンブリッジ。用は済んだわ。全部ね。」

 

勝ち誇るように言ってきたアンブリッジは、振り返った私の表情を見て……おや、どうした? ビビっちゃってまあ。怯んだようにその顔から笑みを消した。そうだ、もう用済みなのだ。使えないものはゴミ箱にポイしなければなるまい。私はお母様からそう習ったぞ。

 

「では、私も失礼しましょう。……護衛の件はお任せください。」

 

意図を汲んだスクリムジョールもまた、私の背に続いて部屋を出てくる。エレベーターまでの長い廊下を無言で歩いた後、ボタンを押しながら口を開いた。

 

「護衛は新入りを当てなさい。一番経験がないのを二名でいいわ。他は全員クラウチの捜査に使うように。」

 

「……よろしいので? 許可は結局得ていませんが。」

 

「構わないわ。抗議してきたら無視していいわよ。それが魔法大臣名義だとしてもね。……そのうちウィゼンガモットにも話を持っていくと思うけど、あの老人どもが動き出す頃にはとっくにイギリス魔法省は変わってるから。」

 

「では、とうとう始めるのですね?」

 

同意の言葉を頷きに変える。こうなれば多少強引にでも予定を繰り上げる必要があるだろう。そうなると、ボーンズにも話をしておかないとないといけないな。彼女には人形としてではなく、対等な同盟者として動いてもらうのだから。……もう脳みその欠落してるヤツなど御免なのだ。

 

まったく、イギリス魔法省は色々なことを忘れすぎだぞ。ヴォルデモートのこと、ゲラート・グリンデルバルドのこと、そしてこの私のこと。そろそろレミリア・スカーレットがどんな存在なのかを思い出させてやらねばなるまい。ヨーロッパが未だ覚えているっていうのに、肝心のイギリスが忘れっぱなしじゃ格好つかんだろうが。

 

現状だとウィゼンガモットを潰しきれないのだけが不満点だが……ま、いいさ。完璧にいかないってのは政治の常だ。拘りと、そして妥協。バランスとしてはそう悪くない地点だろう。老いぼれどもは後から真綿でじっくりと絞め殺してやればいい。苦しむ姿を楽しめるってのは悪くないし。

 

「きっと面白くなるわよ、スクリムジョール。貴方は『変革』を最前列で観られるでしょうしね。」

 

「それは楽しみですな。」

 

ああ、私も楽しみだ。ガチャガチャと開いたエレベーターの扉を抜けながら、レミリア・スカーレットはその真っ赤な唇で弧を描くのだった。

 


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