Game of Vampire   作:のみみず@白月

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またまた、ゴシップ

 

 

「うん、まあ……僕にちょっと愛想が尽きたみたいだね。」

 

予言者新聞を片手に苦笑しながら言うハリーを見て、アンネリーゼ・バートリは全く同じ表情で肩を竦めていた。いいとこ突いてくるじゃないか、スキーター。

 

いよいよ訪れた最後の課題当日。緊張する私たちの出端を挫くかのように、朝刊にスキーターの記事が載っていたのだ。見出しには『ハリー・ポッターと吸血鬼のぶっといパイプ』という文字が踊っている。うーん、なんとも文学的。さすがは百戦錬磨のゴシップ記者だな。

 

結構長い記事だったが、簡略化すると然程情報量は多くない。私を通じてハリーとレミリアがやり取りを行い、対抗試合で不正をしている『疑い』があるという内容だ。……まあ、当たらずとも遠からずじゃないか。ドラゴンの情報を仕入れたのはレミリアなわけだし。

 

既に各寮のテーブルで話題に上っているが、その反応は実に対照的だ。グリフィンドールはカルカロフの『不正』こそを糾弾すべきだと怒り、レイブンクローは真実だとしても戦略の一つだと納得し、ハッフルパフはもし本当なら許せないと睨んできている。スリザリンは……うん、スリザリンしているな。私は分かり易くて好きだぞ、その反応。

 

ハリーに続いて新聞を読み終わったハーマイオニーは、困ったような表情で私に声をかけてきた。『心配』と『バカバカしい』の中間みたいな表情だ。

 

「リーゼ、落ち込んで……ないわね。貴女について、『性悪な仔コウモリ』って書いてあるけど。」

 

「んふふ、一応新聞社に訂正は送っておくよ。『極悪非道な残虐コウモリ』と評すべきだね。あるいは『公共の敵』とかもいいかもしれない。」

 

「同感だぜ。『性悪な仔コウモリ』じゃ可愛すぎる表現だしな。スキーターのやつ、リーゼを見たことないのか?」

 

いい度胸じゃないか、魔女っ子。これ幸いと無礼なことを言う魔理沙のベーコンを奪い取っていると、咲夜がぷんすか怒りながらソーセージをフォークで滅多刺しにし始める。おお、ソーセージ殺戮ショーの始まりだ。腸詰愛護委員会が怒るぞ。

 

「失礼です! 無礼です! こんな人、スクリュートの餌にしちゃうべきなんです!」

 

「それいいな、サクヤ。そしたらスクリュートも腹を壊すかもしれないぞ。夜までになんとかスキーターのババアを餌箱まで誘き出せればいいんだけど……。」

 

「やめなよ、ロン。いくらスクリュートでも可哀想だよ。」

 

なんて優しい子なんだ、ハリー。慈愛に満ちた表情のハリーがロンの楽しそうな計画を止めたところで、ハーマイオニーが全員読み終わった新聞に再び目を通し始めた。そんなもんに構ってると食事が冷めちゃうぞ。

 

「……やっぱり変よ。所々に私たちしか知らないようなことが載ってるわ。スキーターはどうやってこんなことを知ったのかしら?」

 

「さぁね。もう放っておきなよ、ハーマイオニー。ゴシップなんぞに真面目に向き合うのは時間の無駄さ。……それよりも試験の心配はいいのかい? 朝に魔法史の復習をするって言ってたじゃないか。」

 

「ん、まあ……そうね。最後のチェックをしとかなくっちゃ。ゴブリン騎士団の将軍の名前が難しくって。どうして誰も彼もがドイツ式の名前なのかしら? しかも、滅茶苦茶複雑なやつ。」

 

「それが小鬼ってもんだからさ。」

 

適当に返してやると、ハーマイオニーは疲れたように首を振りながらスープに手を伸ばす。代表選手は試験免除だが、普通の学生たちは期末試験の真っ最中なのだ。残念ながらハーマイオニーの中のスキーターに対する興味は、期末試験に注ぐ情熱を超せなかったらしい。

 

午前中に魔法史と呪文学の筆記。午後に変身術の実技があって、夕方からは最後の課題。……ふむ、昼食を食べたら校長室に行くか。ダンブルドアと最後の課題についての最終確認をしなければなるまい。変身術の実技は一人一人行うようだし、別にボイコットしても構わんだろう。

 

「おい、返せよ、ベーコン泥棒。闇祓いを呼ぶぞ。」

 

「残念ながら、今のあの連中はベーコン誘拐事件に関わってる余裕はないと思うよ。もっと重要なヤツが行方不明になってるからね。」

 

ベーコンを奪い返そうとしてくる魔理沙のフォークをあしらいながら考えていると、入り口の方からマクゴナガルが規則正しい足取りで歩み寄ってくる。彼女はヒソヒソ話をしている双子をギロリと睨みつけた後、ピタリとハリーの前で立ち止まって言葉を放った。双子のヒソヒソ話を校則で禁じるべきだと言わんばかりの表情だ。

 

「ポッター、代表選手は課題の前にそれぞれの家族と会う予定になっています。貴方の家族も来ていますから、付いていらっしゃい。」

 

「えっと……まさか、バーノン叔父さんたちが来てるんですか?」

 

ダーズリーたちがホグワーツに? だとすれば二十世紀最大の奇跡だな。最後の課題の真っ最中に特大の雹が降りかねんぞ。『有り得ない』の比喩表現のようなことを言うハリーに、マクゴナガルが珍しく苦笑しながら返事を返す。

 

「勿論そちらにも手紙を送りましたが、残念ながら返信はありませんでした。なので、代わりにブラックが来ていますよ。」

 

「シリウスおじさんが? すぐに行きます!」

 

おやおや、ハリーは犬ころおじさんに会えるのが嬉しくて仕方がないようだ。食べかけのサンドイッチをロンの方に押しやると、待ちきれないとばかりに立ち上がってしまった。フリスビーとかドッグフードを持って行った方がいいぞ。絶対に喜ぶはずだ。

 

しかし、そうなると話し合いにはブラックも同席しそうだな。……うーむ、面倒くさいことになりそうだ。あの親バカは間違いなくハリーの安全についてを煩く言ってくるだろう。レミリアと親バカ談義で盛り上がるかもしれんな。

 

「ああもう、何で私のばっかり盗るんだよ! あっちの皿にいっぱいあるだろうが!」

 

「それはだね、魔理沙。人から奪ったものが一番美味しいからさ。そのことはキミだってよく知っているだろう?」

 

「お前には負けるぜ、性悪仔コウモリ。」

 

「んふふ、キミも言うようになってきたじゃないか。ぷるぷる震えてた頃が懐かしいよ。」

 

この悪戯娘も着々と成長しているわけか。魅魔もきっとご満悦だろう。嬉しそうにマクゴナガルの背に続いて去って行くハリーを横目に、魔理沙からベーコンをもう一つ奪い取るのだった。

 

───

 

「危険です! スフィンクスに、悪魔の罠に、アクロマンチュラ? それに、スクリュートだなんて!」

 

「随分と怒っているようだが、キミはスクリュートが何かを知ってるのかい?」

 

「ハグリッドが生み出した魔法生物だと新聞で読みました。であれば、安全なはずがないでしょう?」

 

お見事、大正解。少ない情報からスクリュートの危険性を読み取ったブラックに拍手を送りつつ、校長室の柔らかなソファに深々と身を預ける。やっぱりこうなったか。親犬どのは仔犬の危機にご立腹らしい。

 

変身術の試験をボイコットすることに成功した私は、ダンブルドア、ムーディ、ブラックと校長室のテーブルを囲みながら最後の課題についてのお話中なのだ。マクゴナガルとスネイプは試験を実施してる真っ最中だし、レミリアは忙しいとかでまだ到着していない。

 

私が拍手を送ったのに全然嬉しそうじゃないブラックは、困り顔のダンブルドアへと尚も抗議の言葉を放った。

 

「本当に安全なんでしょうね? 私はスフィンクスにぺちゃんこにされたハリーなんて見たくはありませんよ。」

 

「無論、安全は確保してあるよ、シリウス。アラスターやミネルバ、フィリウスやポモーナが迷路の外側を巡回しておるし、審査員席からはわしとスカーレット女史が見守っておる。何よりハリーにはバートリ女史が付いていてくれるのじゃ。心配はなかろうて。」

 

「バートリ女史が?」

 

おっと、こっちに矛先が回ってきたか。目線で本当かと問いかけてくるブラックに、肩を竦めながら返事を返す。今回は最初の課題の時と同様に、透明化した私がハリーに引っ付いておくことに決まったのだ。

 

「安心したまえ、ブラック。キミの大事な『仔犬ちゃん』は私が見守っておこう。スフィンクスの猫パンチだってギリギリどうにかできるさ。何なら猫じゃらしでも持って行くよ。」

 

「それは……まあ、それなら安心かもしれませんが。」

 

「そもそも、今更ビビってるのなんてキミだけだぞ。ハリーはドラゴンとクソ長い素潜りを乗り越えたんだ。彼はもうキミの知る小さな赤ちゃんじゃないんだよ。今や立派な一角の魔法使いさ。」

 

「分かっていますが、それでも心配なんです。……ジェームズやリリーが居ない今、ハリーを心配するのは私の役目なんですから。」

 

つまり、咲夜に対するアリスやフランみたいなもんか。……となると、やっぱりレミリアだけが例外だな。チビコウモリはヴェイユにそこまでの思い入れはないだろうし、あいつの親バカだけは根っからのものだったらしい。

 

堂々と親バカ宣言を放ったブラックに対して、今度は部屋の隅で本棚に寄りかかっているムーディが口を開いた。彼は壁を背にしてないと落ち着かないようだ。ホントに病気だぞ、お前は。

 

「キャンキャン喚くな、ブラック。これだけ厳重な守りならば誰にも手は出せん。……それより、わしはカルカロフを見張ることを重視した方がいいと思うがな。」

 

「同感だね。現状で一番怪しいのはあの男だ。何なら試合開始前に気絶させてもいいと思うよ。」

 

「いい考えだ、バートリ。そうしよう。」

 

うーむ、ムーディの同意を得ると自分の思考回路が心配になってくるな。ちょっと苦い顔になった私に変わり、苦笑を強めたダンブルドアがやんわりと止めに入る。

 

「それはさすがにやり過ぎというものじゃよ、二人とも。心配しなくとも近くにわしとスカーレット女史が居るのじゃ。セブルスもそれとなく見張ることになっておるし、そうそう怪しい動きはできまいて。」

 

「ふん、そうだといいがな。いざとなったら容赦するなよ? ダンブルドア。油断大敵!」

 

いきなり大声を出したムーディだったが、もはや誰一人として驚かない。……不死鳥ですらカゴで寝たままだぞ。こいつの『発作』には全員耐性をつけてしまったようだ。

 

「ああ、そうだな、ムーディ。油断大敵だ。もう言わなくても分かってる。……とにかく、ハリーの安全を最優先にお願いしますよ? あの子の名前を誰かがゴブレットに入れたのは確かなんですから。」

 

ブラックの言葉を受けて、部屋に沈黙が舞い降りた。そこは結局謎のままだったな。当然ながら容疑者一位はカルカロフだが、ヤツが入れたにしては少しばかり積極性に欠けるのだ。点数に関してはともかく、直接ハリーをどうこうしようという様子は全く見られない。

 

あとは大穴にバグマンがいるが……うーん、そっちもちょっとピンとこないな。あの男は単なるお祭り好きのアホなのだろう。信じられないほどに迷惑な男だが、闇の魔法使いという単語は似合いそうにない。

 

ま、考えても仕方がないか。私より多くのヒントを持っているはずのダンブルドアやレミリアがたどり着けなかったのだ。である以上、私の視点からいくら目を凝らしても謎のままだろう。

 

脳内の考えに決着をつけてから、黙考するダンブルドアとムーディに対して言葉を投げる。

 

「推理ゲームは後の楽しみに取っておこうじゃないか。先ずは目の前の問題を片付けるべきだろう? ……ハリー個人に関しては私が受け持つが、会場、使用される器材、城の防衛魔法。その辺の安全確認は済んでいるんだろうね?」

 

第一の課題以降、私はバグマンの『準備』を一切信用していない。悪意云々ではなく、『おっちょこちょい』的な意味でだ。……私がハリーを狙うならそこに付け込むぞ。何せバグマンの管理下にある部分というのは、今のホグワーツで一番狙いやすい箇所なのだから。

 

私の確認を受けて、ダンブルドアとムーディは口々に返事を返してきた。その表情を見るに、彼らもバグマンのことはあまり信用していないらしい。……そりゃそうか。

 

「無論、確認済みです。領内全体の防衛魔法に関してはわしが、会場の安全点検はミネルバが行ってくれました。……一応、開始直前にもう一度行うつもりですが。」

 

「器材に関してはわしが念入りに確認済みだ。この杖と、この目でな。」

 

「それならいいけどね。キミも一応最終確認はしたまえよ? ムーディ。……バグマンが対抗試合の終わりを『盛り上げる』ために、優勝杯にドラゴン花火を仕込まないとも限らないだろう? 私は優勝したヤツがお空に打ち上がっていくのなんか見たくないぞ。それがハリーなら尚更だ。」

 

あまりにもバカバカしい話だが、絶対に無いとは言い切れないのがバグマンの恐ろしいところなのだ。やれやれと首を振りながら言ってやれば、ムーディは目玉をピタリと私の方に向けて口を開く。動いたら動いたで不気味だが、止まるとそれはそれで不気味だな。

 

「よかろう。もう一度確認しておく。……だが、何か仕込まれるというのは有り得ん。どれだけ巧妙に隠そうが、わしの目を欺くことなど不可能だ。特にあの能無しにはな。」

 

「念には念を、さ。ここ最近は不測の事態ってやつに出遭うことが多くてね。今年くらいは無縁で……『もう』無縁で終わって欲しいんだよ。」

 

「ふん、そんなことは分かっておるわ。油断大敵! いつもわしが言っていることだろうが?」

 

「これはこれは、失礼したね。被害妄想の専門家どのには釈迦に説法だったか。」

 

珍しくニヤリと顔を歪めて言ってきたムーディに皮肉を返してから、再びソファに身を委ねる。となれば、後は私がハリーを無事に守りきれば問題ないわけだ。……ハグリッドの魔の手から。

 

うーむ、スクリュートとスフィンクスだけが若干の不安要素だな。仮にスフィンクスと戦闘になればハリーに気付かれずに対処するのは至難の業だし、スクリュートは存在が意味不明すぎて予測不可能なのだ。

 

厄介な魔法生物にハリーが遭遇しないことを祈りつつ、アンネリーゼ・バートリは目の前の紅茶を飲み干すのだった。

 


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