Game of Vampire   作:のみみず@白月

177 / 566
最後の課題

 

 

『レディース・アンド・ジェントルメン! いよいよ長きに渡る三大魔法学校対抗試合、その最後を締め括る課題の時が訪れました! 選手たちは間も無く入場してくることとなります!』

 

様変わりしたクィディッチ競技場に響き渡るバグマンの声を、レミリア・スカーレットは黙したままで聞いていた。長きに渡るっていうか、たった二回しかやってないわけだが……まあ、そこはご愛嬌か。

 

目の前には刈り揃えられた芝生のグラウンドではなく、信じられないほどに巨大な迷路が広がっている。高さ八メートルほどの生垣で形作られたそれは、クィディッチ競技場を埋め尽くすほどの広さだ。……うーむ、前に見た時は高さが無いせいでいまいち迫力がなかったが、成長した今となっては最後の課題に相応しい見た目だな。これを抜けるのには間違いなく時間が掛かるだろう。

 

……今回も安全面は万全のはずだ。夜ということで有事には私も自由に動けるし、迷路の外では教員たちが事故に備えて巡回している。何よりハリーには透明になったリーゼが引っ付いているのだ。万に一つも事故は起こるまい。

 

魔法の明かりに照らされた迷路の入り口を見ながら考えていると、再びバグマンが観客席に向かって拡声された大声を上げた。クィディッチの観戦用に元から設置されている高所の観客席ではなく、地面に近い場所に造られた特設の観客席だ。第二の課題の時と同じような、突貫工事感満載の安っぽいやつ。どうやら第一の課題で予算を使いすぎたらしい。

 

しかし、バグマンは高すぎると観戦し辛いと思ったらしいが……ここまで低いと逆に中が見えないんじゃないか? あるいは不正防止のためなのかも知れんな。何にせよ、観客たちはまたしても暇な時間を過ごすことになりそうだ。湖面の次は生垣鑑賞? うんざりしちゃうぞ。

 

『先に課題の内容を説明しておきましょう。最後の課題はご覧の通りの巨大迷路です! ルールは簡単。これまで獲得した点数の高い者から順に中へと入り、この巨大な迷路の中央に置いてある優勝杯に最も早く手を触れた選手が優勝となります。』

 

そこまで言うと、バグマンは人差し指を振りながら続きを話し始める。所謂『チッチッチ』ってやつ。なんともムカつくジェスチャーじゃないか。

 

『おっと、心配ご無用! もちろん単なる迷路ではありません。ホグワーツの教員の皆様にご協力いただきまして、至る所に様々なトラップを仕掛けてあります。何れ劣らぬ難題ばかり! 選手たちはその力の全てを振り絞ることになるでしょう!』

 

……リーゼは引っかかったりしないだろうな? うーむ、心配になってきたぞ。変なところでドジなのだ、あのペタンコは。さすがに行動不能にはならないだろうが、イラついてぶっ壊すとかはするかもしれない。

 

ちょびっとだけ不安になりながらも選手の入場を待っていると、隣に座るダンブルドアが声をかけてきた。ちなみに当然ながらクラウチは不在で、今日もロビン・ブリックスが代理で来ている。カルカロフの隣に座ってるせいでなんとも居心地悪そうだ。

 

「そういえば、オーソンからは良い返事をいただけましたぞ。アメリアに協力してくれるとのことです。」

 

「あら、それは重畳。これで三階も盤石ね。少なくとも実働部隊に関しては完全に掌握出来たわ。」

 

魔法省の勢力というのはフロア毎で考えるのが一番分かり易い。地下一階から順に、魔法大臣室、魔法法執行部、魔法事故惨事部、魔法生物規制管理部、国際魔法協力部、魔法運輸部、魔法ゲーム・スポーツ部だ。八階にアトリウムがあり、その下には九階の神秘部と十階のウィゼンガモット大法廷が続く。

 

十階のみ例外となるが、基本的には階層が高い方が重要な部署とされている。そして、オーソン・エドモンドは魔法事故巻き戻し局の局長。つまりは三階の実力者だ。既に魔法事故惨事部部長は内側に引き込んでいるし、これで三階は完全に掌握したと言って問題あるまい。

 

四階の魔法生物規制管理部と六階の魔法運輸部は限りなく味方に近い中立を保つだろう。……そもそも、四階と六階はフロア全体での意思統一が不可能なのだ。あそこは部内でも仲の悪い部署が多い。勝手にフロア内で争いあって、敵にも味方にも染まりきらんのが目に見えている。

 

五階の国際魔法協力部は部長であるクラウチの失踪でそれどころではないし、七階の魔法ゲーム・スポーツ部と九階の神秘部はそもそもどうでもいい。あの二つの部署は権力闘争の場からは遥か彼方にあるのだ。神秘部なんかは今の魔法大臣が誰なのかすらも知らないんじゃないか? なにせパチュリーがいっぱいいる感じなのだから。

 

一階と十階が敵方、二階と三階が味方。正しく頂上決戦だな。政治の中枢と武力の中枢。魔法省で最も重要な四フロアが権力闘争の舞台となるわけだ。うーん、楽しみ。ウズウズしてきちゃうぞ。

 

まあ、他のフロアに関しても基本的には優勢で進んでいる。国際魔法協力部には他国から圧力をかけてもらっているし、六階の煙突ネットワーク庁からは協力の確約を受け取り済みだ。ウィゼンガモットの老人どもが移動キー局への影響力を行使したとしても、あそこがその動きを阻んでくれるだろう。

 

そして、四階の動物課とゴブリン連絡室にもダンブルドアの知り合いが手紙を送ってくれたらしい。それぞれニュート・スキャマンダーとホラス・スラグホーンに頼んだそうだ。片や言わずと知れた魔法生物飼育学の権威。片やその人脈で八年前のゴブリン労働法改正に尽力した恩人。どちらも無視はできまい。

 

……待てよ? ひょっとしたら四階も完全に掌握できるかもしれんな。動物課、存在課、霊魂課、ゴブリン連絡室があそこの四巨頭となる。内二つを味方に出来たなら不可能ではないはずだぞ。

 

存在課と霊魂課への対応を考え始めた私に、ダンブルドアが苦笑しながら話しかけてきた。

 

「いやはや、怖い笑みですな。何を考えているので?」

 

「失礼ね、ボーンズの『お友達』を増やそうとしてるだけよ。存在課と霊魂課に知り合いはいないの? どっちも私とは繋がりの薄い部署なんだけど。」

 

「ふむ……存在課は難しいと思いますぞ。あそこは『ヒト』であることを重視する者が多い。変身後の狼人間や水中人、そしてもちろん吸血鬼。それらを魔法法で『ヒト』と定義出来ないのもあの部署の働きだと聞いております。であるからして、それを撤廃しようとしている動物課とは非常に仲が悪いのですよ。味方につけるならどちらか片方ということになるでしょう。」

 

「ふん、ヒト至上主義者どもの巣穴ってわけ? となれば、私と仲良くしてくれそうな感じじゃなさそうね。……霊魂課に的を絞りましょうか。後で調べてみることにするわ。」

 

霊魂課はゴーストの管理をする部署だ。もう聞くだけで変わり者が多そうではないか。……うーむ、これまで全然関わったことがないから想像がつかんな。ゴーストの職員とかもいるのだろうか? ビンズみたいな感じで。

 

まだ見ぬ霊魂課について考えていると、ダンブルドアが会場を見渡しながらポツリと問いを放ってくる。

 

「……勝てそうなのですかな? わしの下に送られてくる手紙を見る限り、かなりの優位にあることは理解していますが。」

 

「当たり前でしょ。勝つのは確定済みよ。問題は、どこまで『勝ち切るか』なの。……本来なら八割強は手中に収めるつもりだったんだけど、このままだと六割ちょっとって感じになりそうね。」

 

「四割は敵対すると?」

 

「まさか。そのうち半分以上は政治的センスがない一般職員よ。今何が起こっているのか『よく分からない』っていう中庸の連中。本当に敵対してくるのは一割そこらでしょうね。」

 

今頃アンブリッジはビックリしていることだろう。確実に味方だと思っていた駒が次々とひっくり返っていくのだから。……いやぁ、惜しいな。その顔だけは見てみたかったぞ。

 

あの『ひよっこ』は何にも分かっちゃいないのだ。駒ってのはじっくりじっくりひっくり返すようなものではない。必要な時に、相手が対応出来ない速度で一気に覆すからこそ意味があるんじゃないか。きっとあの女も今頃そのことをよく理解しているだろう。

 

ピンクのガマガエルを思って鼻を鳴らす私に、ダンブルドアがちょっと引きつった顔で返事を返してきた。

 

「それはまた、容赦がありませんな。完勝ではありませんか。」

 

「バカ言わないで頂戴。私がどうしてウィゼンガモットに拘っていたかは分かっているでしょう? ……司法権に関してはともかく、本来ならあそこからアズカバンの管理権を奪うつもりだったのよ。それが出来ていない以上、完勝とは言えないわね。」

 

「……スカーレット女史も、アズカバンを放置しておくのは危険だとお考えなのですか?」

 

「貴方と同じ考えよ、ダンブルドア。私も吸魂鬼は信用できないわ。……ただまあ、イギリスにアズカバンに代わる施設が存在しない以上、管理権を奪ったところで今すぐどうにかするってのは無理なのよね。受刑者全員を毒ガス室に集めるってのは……無理かしら? やっぱり無理よね?」

 

ダメ? 可愛らしくきょとりと首を傾げて言ってみれば、ダンブルドアは物凄く渋い苦笑で首を横に振る。やっぱダメか。それが一番楽なんだけどな。

 

「間違いなく反対は大きいでしょうな。国内からも、他国からも、そしてわしからも。それはあまりに短絡的で、そしてあまりに非人道的すぎます。」

 

「ま、分かってたけどね。想像くらいさせて頂戴よ。……ああ、独裁者ってのが羨ましいわ。そしたらこんな悩みからは解放されるのに。」

 

羨ましい限りじゃないか。パッと決めてパッと殺せるんだから。やっぱり政治形態ってのは良し悪しだな。『流行り』の政治形態の欠点を思ってため息を吐く私に、呆れた表情のダンブルドアが別の話題を投げてきた。こいつは独裁者がお嫌いらしい。

 

「そういえば、フランス魔法省の方はまだ到着されていないのですかな? 最後の課題が終わった後に会談があるとのことでしたが……。」

 

「ああ、ちょっと遅れるかもしれないって連絡が来たわ。心配しなくても話し合いの時間までには到着するはずよ。」

 

ダンブルドアの言う通り、今日はホグワーツで『ヴォルデモート』に関しての話し合いが行われることになっているのだ。ダンブルドアはホグワーツを離れられないし、今の私はフランスに出張しているような余裕がない。結果としてフランス魔法省から責任者を招いて、有力者であるオリンペも交えてホグワーツで話し合うということに纏まった。

 

本当は最後の課題の後などという慌ただしい時に行うつもりはなかったのだが、向こうの責任者……デュヴァルのスケジュールが私のそれと合うのは今日だけなのだ。私も大概忙しいが、彼も中々に忙しい日々を送っているらしい。草臥れた姿が目に浮かぶな。

 

そしてアリスはそのデュヴァルの案内をしてくることになっている。……それにまあ、あの人形娘もリドルに関しては『専門家』の一人なのだ。話し合いに参加する意義もあるだろう。

 

「それで、どのような人物なのですか? ルネ・デュヴァル氏という方は。……折角フランスからお越しいただくのですから、出来れば好物のお茶請けなどでもてなしたいのですが。」

 

お茶請け? 相変わらず妙なところを心配する男だな。笑顔のダンブルドアが寄越してきたすっとぼけたような問いかけに、肩を竦めて答えを送る。

 

「好物までは知らないわよ。貧相な見た目に似合わぬ実力者で、やたら腰が低くて……ああ、すっかり忘れてたわ。ムーディにもデュヴァルが来るのを伝えておかなくっちゃ。」

 

「アラスターに?」

 

「ええ、デュヴァルはムーディの古くからの友人らしいのよね。向こうも会いたいでしょうし、いっそ話し合いに同席させましょうか。」

 

「それはまた、なんとも意外な繋がりですな。つまり、デュヴァル氏もアラスターのように……あー、『独特』な方なのですか?」

 

おやまあ、ダンブルドアでさえこの反応か。『ムーディの友人』ってのは万人にとって驚愕に値する単語だったようだ。かなり言葉を選んで聞いてきたダンブルドアに、苦笑しながら返事を返す。

 

「心配しなくても、デュヴァルはかなりの常識人よ。物腰も柔らかだし、礼儀作法も合格点。……よく考えるとムーディとは正反対の人柄ね、彼。あれでよく友達やっていけるもんだわ。嫌になったりしないのかしら?」

 

「なればこそ、なのかもしれませんぞ。形が違うからこそピッタリ嵌るということもあるのでしょう。それが人間というものです。」

 

「私にはよく分かんないわね。認めるのは業腹だけど、リーゼと私は似通った部分があるし……パチェも正反対って感じじゃないわ。」

 

「ほっほっほ、人それぞれの形があるのですよ。アラスターがそれを見つけられたのなら、わしとしては嬉しい限りです。」

 

あのイカれ男でさえも、こいつにとっては『教え子』の一人なわけか。好々爺の笑みでうんうん頷くダンブルドアに、椅子に凭れ掛かりながら声を放つ。

 

「まあ、ムーディには課題が終わったら教えてあげましょうか。今はもう配置についちゃってるんでしょ?」

 

「ええ、この場所とはちょうど真逆の……あの辺りですな。向こうから『目』を使って迷路内部を監視しているはずです。彼なら生垣など有って無いような物でしょうて。」

 

「あら、羨ましいならパチェに頼んでみれば? グルグル回るお目々を作ってくれるかもしれないわよ?」

 

「ううむ、幸いにもまだ自前のものが残っておりますからのう。これが見えなくなったら考えることにしましょう。」

 

賢い選択だな。無言で肩を竦めていると……やおらバグマンが競技場に響き渡る大声を放った。どうやらダンブルドアと話をしている間に、選手たちが入場する時間になってしまったようだ。

 

『さあ、代表選手たちが現れました! 二位のクラム選手、三位のディゴリー選手、一位のポッター選手、そして四位のデラクール選手です! 盛大な拍手でお迎えください!』

 

観客席から沸き起こる拍手を背に進んでくる選手たちは、四人が四人とも緊張した表情を浮かべている。無理もあるまい。一千ガリオンと優勝の名誉が袖をチラつかせて手招きしているのだから。

 

実況席……というか木組みのお立ち台を下りたバグマンは、選手たちに近寄って何かを話し始めた。注意事項の説明とかか? 恐らく緊急時の対策を確認しているのだろう。今まさに確認してるってのがバグマンらしいな。重要なことなんだから、もっと事前にやっとけよ。

 

やがて話し終わったバグマンは再びお立ち台に上ると、遂に課題の開始を告げる声を張り上げる。

 

『先程の説明の通り、点数の順に迷路に入ってもらいましょう。ポッター選手、クラム選手、ディゴリー選手、デラクール選手の順です。それではぁぁぁ、スタート!』

 

バグマンの声と共に、先ずは緊張した表情のハリーが早足で迷路へと入って行く。私からは見えないが、その背中にはリーゼが続いているはずだ。……続いてるんだよな? 気配まで消してるせいでさっぱり分からん。まあ、油断してないってことだろう。

 

『さて、次は僅差のクラム選手の番となります。クラム選手も……スタート!』

 

僅か十秒後、今度はクラムが小走りで迷路の中へと駆け込んで行った。そしてそこから更に一分後にディゴリーが出発し、点差の大きなデラクールが五分ほど置いてそれに続く。

 

さて、後は誰かが優勝杯に到着するまでヒマな時間が続くだけだ。今回はこれまでの総まとめを話し始めたバグマンを見ながら、レミリア・スカーレットは魔法省の政争について再び思考を巡らせるのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。