Game of Vampire   作:のみみず@白月

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スラグ・クラブ

 

 

「んー……。」

 

ホグワーツの生活も二年生の春に突入し、新たに難易度を上げて襲い来る魔法薬学の宿題と、アリス・マーガトロイドは激戦を繰り広げていた。

 

パチュリーに貰った『より正確な』魔法薬学の参考書を持ってしても、私にはこの学問を克服することはできなかったのである。

 

大体、起こる物事に規則性がなさすぎるのだ。同じ材料が全く違う薬に使われたり、材料の刻み方ひとつで結果が変わるなど、私には到底理解できない。

 

……ダメだ、これ以上一人で悩んでいても解決しそうにない。パチュリー曰く、こういう時は図書館に頼るべきだ。

 

談話室の柔らかなソファに別れを告げて、図書館へと向かって歩き出す。ホグワーツの珍妙な廊下にももう慣れた。いつまでも動く階段に惑わされる私ではない。

 

図書館のドアを開け、空いている席がないかと見回すが、試験を控えた五年生や七年生で埋め尽くされている。閲覧机の間を縫いながら席を探していると……リドルだ。

 

いつもの取り巻きに囲まれつつ、リドルは何かを調べているようだ。魔法薬学の教師であるスラグホーン先生が、優秀な生徒を集めて作った『スラグ・クラブ』とやらに入ったリドルは、いつからか取り巻きを従えるようになった。

 

ちなみに私は誘われていない。魔法薬学の成績を見るに、当然のことだろう。

 

さすがにあの中に入っていく勇気はない。諦めて他を探そうとしたところで、こちらに気付いたリドルが話しかけてきた。

 

「ん? やあ、マーガトロイド。君も何か調べものかい?」

 

「ええ、こんにちは、リドル。えーっと……魔法薬学の宿題に手を焼いててね、本の助けを借りようと思って来たの。」

 

「それなら、僕が手助けできそうだ。こっちに座りなよ、これでも魔法薬学は得意なんだ。」

 

誘われてしまったのだから行くしかあるまい。こちらを見てくる取り巻き連中の間を晒し者の気分で通りながら、リドルの向かいに座る。ちなみに先に座っていた上級生らしき人は、リドルの合図で退かされている。側から見ていれば滑稽で面白いかもしれないが、自分のせいだと気まずいだけだ。

 

「ありがとう、リドル。えっと、ここなんだけど……。」

 

「……ああ、そこは確かに難しいね。ここは、先にスズヨモギの葉っぱを刻んで入れればいいんだよ。」

 

「そうなの? 後から入れろって書いてあるけど。」

 

「スラグホーン先生によれば、教科書のほうが間違ってるらしいんだ。僕も実際やってみたけど、上手くいったよ。」

 

だったら授業でそう言ってくれ。どうやらスラグホーン先生は、自分のクラブだけに秘密の指導をしているらしい。迷惑な話だ。

 

私の呆れ顔を見て取ったのか、リドルが慎重な口調で話しかけてくる。

 

「その、君もスラグ・クラブに入らないかい? 僕の推薦なら問題ないだろうし、君の学力はそれに値するものだ。スリザリン生ばかりと思うかもしれないけど、クラブには他の寮生もたくさんいるよ?」

 

「あー、ありがとう、リドル。でも……やっぱりやめておくわ。他の授業ならともかく、魔法薬学はやっぱり苦手だもの。」

 

スラグ・クラブに入ったとして、上手くいくビジョンは見えてこない。誘いはありがたいが、残念ながら私には向いていないのだ。

 

「そうか……それは残念だよ、本当に。」

 

本当に残念そうな顔をするリドルに、ちょっと罪悪感が湧いてくる。申し訳なさそうな私を見かねたのか、リドルが話題を変えてくれた。

 

「そういえば、ダンブルドア先生が君に興味を持っているように思えてならないんだが……何かあったのかい?」

 

「ああ、去年の冬に手紙を渡して以来、ずっと観察されてるみたいなのよね。まあ、理由は分からなくもないんだけど。」

 

「手紙? 誰かから頼まれたとか?」

 

リドルはどうやら興味を持ったようだ。別にスカーレットさんからだということは口止めされていない。グリンデルバルドの勢力下ならともかく、ホグワーツでなら話しても問題ないはずだ。無論、吸血鬼云々は抜きだが。

 

「スカーレットさんから手紙を渡して欲しいって頼まれたのよ。内容は勿論見てないんだけど、色々と聞かれちゃったわ。」

 

「スカーレット? レミリア・スカーレットかい? それは凄いな、知り合いだったとは思わなかったよ。」

 

「前に話した、私を引き取ってくれた方がお知り合いなの。それでちょっと頼まれちゃったってだけよ。」

 

「直接会ったってことだろう? 羨ましいよ、僕にとって話をしてみたい人の一人なんだ。」

 

リドルはスカーレットさんに憧れているクチなのだろうか? 私には『灰かぶり事件』のイメージが強すぎて……いや、凄い人だというのは分かっているが。

 

とはいえ、スカーレットさんについて根掘り葉掘り聞かれるのはあまり良くないはずだ。どこまでが話していいラインなのか分からない、さっさと話題を閉じよう。

 

「その、スカーレットさんのことはあまりおおっぴらには話せないのよ。ここだけの話にしておいて頂戴。」

 

「ああ、勿論だ。重要な人物のことだしね、約束するよ。しかし……君のお嬢様とやらにも会ってみたいな、きっと凄い人なんだろうね。」

 

「ええ、とっても凄い人よ。それに……とっても優しいし、綺麗だし。」

 

「まったくもって羨ましいよ。僕の住んでいる忌々しい孤児院とは雲泥の差だね。」

 

リドルの孤児院は当初の想像通り、あまりいい場所ではないらしい。去年のクリスマスはもちろん帰らなかったらしいし、夏休みの時もホグワーツに居られないかとディペット校長に必死で交渉していた。

 

自分の境遇と少し重なるからなのか、可哀想に思えてならない。……そうだ、せめて夏休みにちょっとだけでも招けないだろうか? リーゼ様に聞いてみようかな。もし大丈夫そうなら、テッサも招いてみようか。

 

「ねえ、リドル? まだ私の保護者に許可を取ったわけじゃないから、もしもの話なんだけど……よければ夏休みに遊びに来ない? もちろん、テッサも一緒に。」

 

「それは……それは、その、嬉しいよ。いや、そうなったら最高だよ。君のお嬢様が許してくれるのであれば、是非お邪魔させてもらいたいな。」

 

予想以上の喜びっぷりだ。リドルがこれだけ喜んでいるのは初めて見るかもしれない。

 

「それは良かったわ。それじゃあ、テッサにも伝えてこないとね。ああ、その前に屋敷に手紙を送らなきゃ。……もし許可が出なかったらごめんなさいね?」

 

「いや、提案だけでも嬉しかったよ。勿論、許可が出るのが一番だけどね。」

 

笑顔のリドルに別れを告げて、手紙を出すためフクロウ小屋へと向かって歩き出す。

 

そういえば、リドルの取り巻きたちは彼を誘ったりはしないのだろうか? 彼らであれば、夏休みの間ずっと家に置いてくれと言っても承諾しそうなのに。

 

リドルに別れを告げた時の、私を見る無感情な瞳の群れを思い出して、アリス・マーガトロイドはちょっとだけ背筋を震わせるのだった。

 

 

─────

 

 

「ちゃんと消えてるかい?」

 

本日何度目かの問いをパチュリーに投げかけつつも、アンネリーゼ・バートリは自分の背中を気にしていた。

 

「しつこいわね、消えてるわ。見事に背中も胸も真っ平らよ。」

 

一言余計なパチュリーを睨みつけながら、翼はきちんと隠せているらしいことに一安心する。これならアリスの友達とやらが来ても問題なさそうだ。

 

当のアリスはダイアゴン横丁でショッピング中だ。そこで待ち合わせて、少し買い物を楽しんだ後にこの屋敷に来る予定らしい。

 

「それで、そろそろ来るんだろう? えーっと……トム・リドルとテッサ・ヴェイユ、だったか?」

 

「ええ、そうよ。何度も何度も聞かないで頂戴。ボーイフレンドを連れてくるわけでもあるまいし、緊張しすぎよ。」

 

「ボーイフレンドだったら歓迎なんかしないだろうに。変なことを言うなよ、パチェ。現実になったらどうするつもりだ。」

 

「アリスは美人だから、このまま成長すればさぞモテるでしょうね。その時は相手を殺さないように我慢しなさいよ?」

 

アリスが誰かを連れてきて、これが私のボーイフレンドです、と言っている場面を想像する……ダメだ、我慢できそうな気がしない。

 

「それは無理だな。」

 

「貴女ねぇ……頑固な父親じゃあるまいし。アリスは人間なんだから、そういう日もいつかは来るのよ?」

 

「ぐむ……まあ、まだまだ先の話だ。あの子はまだ十三歳だぞ。」

 

「私たちにとっては、瞬く間でしょうに……。」

 

私たち、か。パチュリーもすっかり魔女としての考えに染まってきたようだ。……待てよ? アリスも本物の魔法使いへと誘ったらどうだろうか?

 

「貴女の考えが何となく読めるんだけど、決めるのはあの子よ? 提案はまあ……私もしようかと思ってたけど。」

 

「それは分かっているさ。あの子が人間としての一生を選ぶのであれば、それを尊重するつもりだ。だが……こちら側を選ぶのであれば、キミが導いてやりたまえよ? 『先輩』さん。」

 

「ま、あの子に自分の全てが懸けられるほどの願いがあればいいけどね。目指す場所がはっきりしてないと、魔女になんか至れないわ。」

 

自分を作り変えることをも辞さないほどの、強い願い。パチュリーにとっての『知識』であったそれを、アリスは見つけられるだろうか?

 

思考の海に沈んでいると、使用人の鳴らしたノックの音で浮上する。どうやらお客人御一行が到着したようだ。

 

パチュリーと共に応接室へと歩き出す。出不精なこの魔女がきちんと挨拶に向かおうとしているところを見るに、やっぱりパチュリーもアリスの友達が気になっていたらしい。人のことを言えないじゃないか。

 

応接室のドアは使用人に開けさせる。こういうのは第一印象が大事なのだ。そのことはレミリアが身を以て教えてくれた。

 

「ごきげんよう、アリスの友人たち。私がこの屋敷の主人、アンネリーゼ・バートリだ。」

 

アリスの友人を招くに当たって、最近は外に出られるのが余程嬉しいのか、頻繁に遊びに来るレミリアとも一応話し合ったが、まあ別に本名で挨拶して問題ないだろうという結論に達した。

 

一応向こうのキングであるダンブルドアとはあまり関わらないように気を付けているが、その生徒まで気にしていては何も出来ない。幾ら何でも自分の生徒に片っ端から開心術をかけたりはしないだろう。

 

私の挨拶を受けて、まずは黒髪で整った顔をしている少年が立ち上がって挨拶を返してくる。恐らくこいつがリドルだろう。

 

「こんにちは、バートリさん。トム・リドルと申します、訪問の許可を頂けたこと、本当に嬉しく思っています。」

 

セールスマンみたいなやつだな。まあ、この歳でここまで礼儀正しいのは珍しいかもしれない。リドルの挨拶が終わると、蜂蜜色の癖っ毛を波立たせながら、隣の少女が続いて挨拶をしてくる。こっちがヴェイユか。

 

「えっと、テッサ・ヴェイユです。お邪魔して……させてもらっています!」

 

こっちは敬語に慣れていない様子だ。見た目通りのわんぱく娘なのだろう、アリスの話からもそれは知っている。

 

「まあ、あまり畏まらないでくれ。アリスの友人であれば、私にとっても友人さ。それと、こっちの魔女はパチュリー・ノーレッジ。この屋敷の……あー、司書だ。」

 

「どうも、パチュリー・ノーレッジよ。今日はゆっくりしていって頂戴。」

 

さすがに居候と言うのはやめておいた。感謝しろよ、パチュリー。

 

使用人が淹れた紅茶を飲みながら、ホグワーツの生活について聞く。一応はホストなのだから、きちんと話題を回さねばなるまい。

 

「それで、ホグワーツでの生活はどうなんだい? 二年生も終わったことだし、もう慣れたんだろうが……来年からは教科が増えるらしいじゃないか。」

 

「はい、僕は数占いとルーン文字学を取ろうと思っています。」

 

「私はまだ決めてないなぁ。魔法生物飼育学には興味あるんだけど……他のは小難しそうで。」

 

「私はマグル学とルーン文字学にしました、リーゼ様。」

 

三者三様の答えが返ってくる。リドルは優等生タイプ、ヴェイユは……『典型的グリフィンドール生』のようだ。パチュリーがよく使っている言葉である。

 

「占い学以外から選ぶのは賢明な選択だわ。あの授業は取っても意味ないもの。」

 

「パチェ、何か嫌な思い出でもあるのかい? 本に潰されて死ぬって予言されたとか?」

 

「違うわよ、バカね。ただ……不明確なのよ、あの学問は。」

 

それはさぞお嫌いだったことだろう。不明確、パチュリーが大嫌いな単語だ。

 

「えーっと、ノーレッジさんは上級生……じゃあないですよね? もしかして、ホグワーツの卒業生ですか?」

 

ヴェイユが我慢できないとばかりに聞いてくる。確かにパチュリーは学生にも見える見た目だ。賢者の石を飲んだ頃から変化がないというか、ちょっと若返っている気さえする。

 

「パチュリーはダンブルドア先生と同期だったんだって。レイブンクローじゃ知る人ぞ知る伝説の寮生よ。何たって、ダンブルドア先生ですら首席を奪えなかったんだもの。」

 

アリスの自慢気な解説に二人が驚く。レイブンクローじゃそんなことになってたのか。卒業してからようやく尊敬されるというのも、なかなか可哀想な話だ。

 

「その見た目は……若返り薬ですか?」

 

「あんな不健康な薬より、もうちょっと高尚な物よ。まあ、魔女の秘密ってことにしておいて。」

 

パチュリーの言葉の後も、リドルの興味が薄れる様子はない。おいおい、その歳で不老に興味があるのか? 探究心の豊富なことだ。

 

とはいえ、もう聞ける雰囲気ではなくなった。未だ気になっているリドルを他所に、話題は学生時代のダンブルドアに移る。

 

「それじゃあ、やっぱりその頃から人望があったんだ……。やっぱりダンブルドア先生は違うなぁ。」

 

「いつも人に囲まれてはいたわね。快活な秀才、そんな感じだったわ。」

 

どうやらヴェイユはダンブルドアをよほど尊敬しているようだ。私はゴドリックの谷の事件以来見ていないが、アリスの家族の葬儀で話す機会があったパチュリー曰く、『老いたが、謙虚になった』らしい。

 

「快活な、ですか。今のダンブルドア先生からは想像ができませんね。今の先生は……何というか、落ち着いた雰囲気ですから。」

 

「同い年なのにキミとはえらい違いだね、パチェ。老成して落ち着きを手に入れたダンブルドアと、老いない代わりに皮肉屋になってしまったキミ。面白い比較だと思わないか?」

 

「皮肉屋云々はともかく、精神は見た目に左右されるものなのかもしれないわね。貴女を見ていてもそう思うわ。」

 

リドルの言葉を切っ掛けにパチュリーをからかうと……やはりリドルは不老の話に興味があるようだ。今度は矛先がこちらに向かってくる。

 

「あの、その言葉から察するに、バートリさんも見た目通りの年齢ではないのですか?」

 

「んふふ、まあ、その通りだよ。少なくとも、パチュリーやダンブルドアよりは歳上だね。……不老に興味があるのかい?」

 

「その、あります。人並みには。」

 

「ふぅん? まあ、魔法界じゃあ長生きなのは珍しくもないだろう? それと似たようなものさ。それに、詳しく知るには基礎知識がないとね。まずはホグワーツで勉学に励むといいよ。」

 

驚くべき早さでたどり着いたパチュリーでさえ、成人までかかったのだ。十三歳の少年に理解できるとは思えない。勿論理解できたとしても教えてやるつもりもないが。

 

「はい、分かりました。」

 

 

 

それからはとりとめのない話題を肴に、五人での談笑が続いた。それは夕食を終えて別れの挨拶をするまで続いたが、結局その間中リドルの瞳から不老への興味の色が消えることはなかった。

 


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