Game of Vampire   作:のみみず@白月

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暴かれた嘘

 

 

「ここが……ホグワーツですか。何というか、城らしい城ですな。私の母校とは大違いです。」

 

大橋から夜のホグワーツ城を見上げて呟くデュヴァルに、アリス・マーガトロイドは曖昧な頷きを返していた。……ボーバトンはどんな校舎なのだろうか? 向こうも城だとは聞いているが、『大違い』ということはホグワーツ城とはまた違った建築様式なのかもしれない。

 

今日はレミリアさんやダンブルドア先生との話し合いを行うために、フランスからデュヴァルを連れてホグワーツまでやって来たのだ。この『初心者』には優しくない城で何か失礼があったらいけないということで、私が案内人を務めることになったわけである。……いやまあ、賢明な選択だと言えるだろう。ピーブズとかも居るわけだし。

 

約束の時間まではまだ少しあるが……うむ、早いに越したことはないはずだ。もしかしたらまだ最後の課題の途中かもしれないし、そうなれば観戦出来るかもしれない。ハリーは上手くやっているだろうか?

 

ちょっとだけ楽しみになりつつも、興味深そうに辺りを見回すデュヴァルに向かって口を開いた。正直言って私もここからの風景はあんまり見たことがないのだ。何となく、こっちは『お客様用入り口』ってイメージがある。

 

「千年ほど前に魔法学校として建築されたのよ。レイブンクロー、グリフィンドール、ハッフルパフ、スリザリンの手によってね。……まあ、さすがにその辺は知ってるでしょうけど。」

 

「四人の創始者たちの話はフランスにも伝わっています。確か、城の図案はレイブンクローが考えたとか。」

 

「んー……それが、ちょっと微妙なところなのよね。レイブンクロー寮の出身者はレイブンクローが設計したと言うし、グリフィンドール寮の出身者はグリフィンドールが打ち負かした小鬼が建てたと主張し、ハッフルパフ寮にはハッフルパフの人脈によって大工たちが集められたと伝わっていて、スリザリン寮ではスリザリンの偉大な魔法によって礎が築かれたことになってるの。」

 

「それはまた、随分と……。」

 

バカみたいな話って? 気を遣って言葉を言い澱むデュヴァルに、城門を潜り抜けながら返事を返した。もちろん呆れたような苦笑でだ。

 

「言いたいことは分かるわ。……何にせよ、決着のつかない議論ね。詳しく調べてみれば分かるけど、どれもあんまり根拠のない説なのよ。真実は歴史の闇の中ってわけ。」

 

ちなみに私はどれも違うか、どれも正しいかのどちらかだと思っている。個性豊かな四寮に比べて、ホグワーツ城自体はプレーンすぎるのだ。中庸の存在が城を築いたか、混ざりすぎて結果的に中庸になったかのどちらかだろう。……ううむ、後者のほうがホグワーツっぽいな。

 

話題にしたことはないが、パチュリーならば何か知っているかもしれない。彼女は昔この城の歴史を色々と探っていたはずだ。実際に手を加えて『増築』してるわけだし。

 

ふむ……私も隠し部屋を作ってみようかな? 『人形の部屋』みたいなやつを。壁一面に三百体くらいの人形を並べて、誰かが入ってきたら一斉に挨拶するってのはどうだろう? もちろんニコニコ笑いながらだ。メルヘンで可愛いと思うのだが。

 

新たなる隠し部屋のことを考えつつも、デュヴァルと二人で玄関ホールまでたどり着くと……おや、ムーディだ。懐かしき被害妄想男が、義足を鳴らしながらこちらの方へと歩いて来るのが見えてきた。

 

「あら、こんばんは、ムーディ。元気そうね。」

 

「アラスター! 久し振りだね。」

 

そういえば友人だったっけ。嬉しそうにデュヴァルが走り寄るのに対して、ムーディは昔と同じ仏頂面で返事を寄越してくる。うーむ、やっぱり友人に対してもこんな感じなのか。ニコニコ笑うムーディってのもちょっと見てみたかったな。

 

「ああ……久し振りだな。それに、マーガトロイド。何故お前たちがここに居る? ダンブルドアに呼ばれて来たのか?」

 

「ええ、デュヴァルと一緒にフランスの一件を話し合いに来たのよ。対抗試合はどうなったの? もう終わっちゃった?」

 

「……既に終わっておる。少しばかり騒動が起きてな。わしは急ぐから、詳しくは競技場に居るダンブルドアに聞け。」

 

騒動? ムーディはぶっきらぼうな返答を口にすると、聞き返す間も無くコツコツと私たちの横を通り抜けて行ってしまった。……変わらんな。相変わらずお喋りは嫌いなわけか。

 

というか、何処に行くんだ? その『騒動』とやらに関することで、ダンブルドア先生から何か仕事を頼まれているとか? 私が首を傾げていると、デュヴァルが困ったように去り行く背中へと言葉を投げかける。

 

「何か仕事があるのかい? アラスター。……私は明日まではホグワーツに滞在する予定なんだ。久々に会えたんだし、後でゆっくり話せないか?」

 

「……ああ、構わんぞ、『デュヴァル』。わしは少しばかり用事があってな。それが終わったらすぐに戻る。」

 

きっと二人で酒でも飲み交わすのだろう。……そういう場にもムーディは自前の飲み物を持って行くのだろうか? それともさすがに警戒を緩めるのか? いやはや、この男の『友達付き合い』には謎が溢れてるな。

 

想像の付かない情景に私が頭を悩ませていると……どうしたんだ? デュヴァルは少し腑に落ちないような表情になった後、再び歩き出したムーディの背へと質問を放った。軽く、ちょっとしたジョークを口にするような雰囲気で。

 

「……アラスター、私の守護霊は何だい?」

 

「っ!」

 

瞬間、三つの杖が同時に抜かれる。ムーディが振り向きざまに、デュヴァルはそれを予測していたかのような速度で、そして私は反射的にだ。……いや、ええ? 抜いたはいいが、状況がさっぱり分からんぞ。さっきのは成り代わり対策の合言葉か?

 

いきなりの展開に私が悩む間にも、ムーディとデュヴァルの間で激しく無言呪文が行き交い始めた。そして私は蚊帳の外だ。……どうしよう。いまいち状況が分からないし、いっそどっちも無力化しちゃおうかな。

 

もう『紅魔館式』でいこうかと考え始めた私に、呪文を捌きつつのデュヴァルが声をかけてくる。ムーディが必死なのに対して、こっちは少し余裕がある感じだ。

 

「アラスターは、プロテゴ! ……私を『ルネ』と呼びます!」

 

そういうことか。聞いた直後に、ムーディの隙を突くように無言呪文を撃ち込む。……俄かには信じ難いが、目の前のムーディは何者かが入れ替わった偽物だということらしい。

 

恐らく、デュヴァルにも確証があったわけではないのだろう。呼び方でほんの僅かな疑問を抱き、半信半疑で守護霊に関してを問いかけてみたわけだ。結果として過剰反応してしまった偽ムーディの反応を見て、デュヴァルもまた確信を得た、と。

 

いやまあ、無理もないな。一体誰がムーディにファーストネームで呼び合うような相手がいると予想できる? それに、デュヴァルはフランスの魔法使いだ。私のことは知っていたか調べたかしたらしいが、他国のことまでは下調べが及ばなかったのだろう。

 

「……ちっ、最後の最後で!」

 

二体一。それも手練れ二人が相手だ。偽ムーディも一瞬で不利を悟ったようで、飛んでくる無言呪文を必死に捌きながら後退すると……おっと、やるな。自分と私たちとの間を遮るように、玄関ホールの出口にある鉄格子を落としてきた。

 

とはいえ、こっちだって伊達に場数をこなしちゃいない。鉄が軋む音と共に落ちてくる格子を、杖を一振りして『解いた』後、太い鉄の棒に変わったそれらを操って偽ムーディにけしかける。

 

分かり易い焦りの表情を浮かべた偽ムーディは、のたうつ蛇のように襲いかかる鉄塊を複雑に杖を振って必死に逸らすが……ほら、相手は一人じゃないんだぞ。

 

今度は手すきになったデュヴァルが素早く複雑に杖を振って、校庭と玄関ホールの間の階段を構成する石レンガを操ると……お見事。まるでパズルのように組み合わさったそれらは、偽ムーディの周囲を塞ぐ高い壁となった。

 

「諦めなさい。逃げられると思うの?」

 

無言呪文と並行して人形を展開しながら言ってやると、逃げ場を塞がれた偽ムーディは自嘲げな笑みを浮かべてポツリと呟く。本物なら絶対に有り得ないような表情だな。

 

「……いや、思わない。フューモス(煙よ)!」

 

目眩し? 偽ムーディが生み出した真っ黒な煙幕を私とデュヴァルが同時に払った隙に、狂気の滲む笑みを浮かべた偽ムーディは……またそれか! 素早く自身の喉元に杖を向けると、そのまま口早に呪文を唱えた。

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)。」

 

しかし、偽ムーディにとっては不運なことに、私は既に同じようなことを経験済みなのだ。である以上、二度目はもう無い。数多の選択肢の中でも、最も素早く発動できる軽めの衝撃呪文を肘に当ててやると、ズレた杖先から放たれた死の呪いは周囲を塞ぐ壁へと飛んでいってしまう。

 

「っ、きさ──」

 

そのまま憎々しげな表情で何かを言おうとした偽ムーディだったが、言い切る前にデュヴァルの無言呪文で壁に叩きつけられた後に倒れこんでしまった。……いや、ギリギリだったな。もう少し早口言葉が得意なヤツなら危なかったぞ。

 

転がったムーディの杖を人形で回収してから、隣で油断なく杖を構えているデュヴァルへと声をかける。

 

「失神呪文?」

 

「はい。アラスターの居場所を聞き出す必要がありますから。……恐らくポリジュース薬で変身しているのでしょう。であれば、『素材』を採取するために生かされているはずです。」

 

「そうね。ムーディが心配だし、さっさと運び込んで尋問しましょう。……レベリオ(現れよ)。」

 

ポリジュース薬を使うには、変身先となる人物の『新鮮な』一部が必要なのだ。いつから入れ替わっていたのかは定かではないが、継続的に変身していたとなれば確かに生きている可能性は大きいだろう。……頼むからそうであってくれ。

 

考えながらも暴露呪文を使ってみると……うーん? 技量から見てベテランかと思ったが、結構若めの男だな。みるみるうちに義足は素足に、左目は自前の眼球に変わり、気絶しながらも呻いている五体満足な優男が現れた。

 

「誰だかご存知ですか?」

 

「なんか見覚えあるような気もするんだけど……ダメね、思い出せないわ。何にせよ運びましょう。ホグワーツの教師には真実薬を調合出来るヤツがいるから、すぐに尋問出来るでしょう。在庫があればいいんだけど。」

 

義足や眼球などの落ちた『パーツ』を人形に回収させながら言うと、デュヴァルも杖を振りつつ答えてくる。男は彼が運んでくれるようだ。割と容赦ない感じでぶらんぶらん浮かせているのを見るに、友人の安否が気になってイライラしているらしい。

 

モビリコーパス(体よ動け)。……素晴らしい、案内をお願いします。」

 

「ええ、それじゃあ地下牢に……いえ、今は最後の課題の会場かしら?」

 

決めたはいいが、スネイプは今何処に居るんだ? ……ええい、面倒くさい。玄関ホールに戻ったところで、守護霊を飛ばそうと──

 

「マーガトロイドさん?」

 

響いた声に、反射的に杖を構える。デュヴァルと声の主……マクゴナガルも同時に杖を抜くと、玄関ホールは微妙な沈黙に包まれてしまった。どうやらマクゴナガルも衰えてはいないようだ。顔がキョトンとしているのは減点対象だが。

 

「あー……一応聞くけど、私の守護霊は?」

 

「兎から、獅子です。……あの、何かあったのですか?」

 

「いえ、御免なさいね。ちょっとゴタついてたから神経質になっちゃってるの。デュヴァル、大丈夫よ。」

 

デュヴァルにも声をかけて、とりあえず私から杖を下ろす。……いかんな。ムーディの被害妄想はこうやって培われてきたのかもしれない。初めてあいつの気持ちが理解できたぞ。

 

弛緩した空気の中で自省していると、マクゴナガルが慌てた様子で言葉を放ってきた。

 

「マーガトロイドさんも来てくださったのですね。校長先生とスカーレット女史は医務室です。幸いにもハリーは無事に戻りました。……ただし、セドリック・ディゴリーが犠牲になってしまいましたが。」

 

最後の言葉を苦しそうに言うマクゴナガルに、疑問符を浮かべながら問いを返す。セドリック・ディゴリーが……『犠牲』になった? どういうことだ? 偽ムーディと何か関係があるのか?

 

「どういう意味? 私たちはムーディに化けていた『あれ』を捕まえたところなんだけど。」

 

デュヴァルが魔法でぶら下げている『あれ』を指しながら言ってやると、マクゴナガルもまた疑問符を顔に貼り付けて口を開く。

 

「ムーディに、化けて? えっと……その、ハリーが課題の最中に姿を消した一件で来られたのでは? つまり、例のあの人が復活した一件で。」

 

「例のあの人……ヴォルデモートが、リドルが復活?」

 

何だそれは。先程偽者が言っていた『騒動』というのは本当だったのか? ……どうやらホグワーツでは何かが起きているようだ。それも、かなり深刻な何かが。偽ムーディは事件の本命ではなく、その余波に過ぎないのだろう。

 

マクゴナガルとデュヴァルの疑問顔を見ながら、アリス・マーガトロイドは手の中の杖を強く握りしめるのだった。

 


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