Game of Vampire   作:のみみず

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ハリーとリーゼ

 

 

「話があるんだ、リーゼ。」

 

目の前で真剣な表情を浮かべるハリーに、アンネリーゼ・バートリは小さく頷きを返していた。そりゃあ話したいことは沢山あるだろう。今日は色々なことがあったのだ。

 

騒動から数時間が経った今、満月に照らされたホグワーツ城には静寂と夜の帳が下りている。生徒たちはそれぞれの寮で不安な一夜を過ごし、ダンブルドアやレミリアらは為すべきことを為すために動いているはずだ。

 

そんな中、『尋問』を終えた私は深夜の医務室へとお見舞いに来たのである。……まあ、別に何かを意図して来たわけではない。ぐーすか寝る気にもならず、かといって呑気に散歩をする気にもならず、足の赴くままに来てしまった。

 

もしかしたらハリーも眠れてないかもしれないし、それなら話し相手が必要だろう。そう思ってひょっこり医務室に顔を覗かせてみたところ、案の定ハリーはベッドの上で考え事をしていたのだ。そして彼はまるで私が来ることを予期していたかのように、微笑みながら先程の第一声を放ってきたのである。

 

ちなみに奥のベッドでは哀れなイカれ男がお休み中だ。拡大呪文がかかったトランクの中に詰め込まれて、一年近くも監禁生活を送っていた『本物の』ムーディである。ポンフリーによれば重度の栄養失調で衰弱しているだけで、しばらく安静にすれば問題ないらしい。……起きたら被害妄想が加速するのは間違いないな。

 

つまり、この一年間ムーディとしてホグワーツで過ごしていたのは、イカれ男ごっこをしていたバーテミウス・クラウチ・ジュニアだったわけだ。……バカみたいな話じゃないか。直接会ったことの無かった私はともかく、騎士団で一緒だったダンブルドアやマクゴナガルあたりは気付いてもいいはずだぞ。

 

いやまあ、元がイカれすぎてて多少おかしくても気にならなかったのかもしれんな。そう思うと何故か納得できてしまうのが恐ろしい。……何にせよ、今年の『ホグワーツ主演男優賞』はクラウチ・ジュニアで決まりになりそうだ。

 

先程行われた真実薬を使った尋問の結果、ゴブレットを狂わせてハリーを代表選手に仕立て上げたのも、優勝杯をポートキーに変えたのも、当然ながらムーディに化けたクラウチ・ジュニアだったということが発覚した。

 

クラウチ・ジュニアはポリジュース薬で身代わりになった母親と入れ替わるという手口で数年前にアズカバンを脱獄し、父親に服従の呪文で監禁される形でひっそりと生活していたが、長い年月をかけて徐々にその支配から抜け出していったらしい。そしてワールドカップの時に暗号を組み込んだ闇の印を打ち上げ、リドルに自身の生存と変わらぬ忠誠を伝えたそうだ。……ブラックの脱獄記録が塗り替えられてしまったな。

 

結果としてリドルに『救出された』後はムーディと入れ替わる形でホグワーツに潜入して、ひたすら疑われないように最後のあの結末を『演出』していたとのことだった。……ただまあ、本人曰くあまりやる事は無かったそうだが。ポリジュース薬を煮込みながら授業内容を考える時間が一番多かったとか。なんだよそれは。

 

そういえば、行方不明だったクラウチ……シニアの方だ。彼も既にジュニアの手によって殺されていたことが判明した。クラウチ・シニアはリドルによる服従の呪文を受けていたが、自力でその支配を抜け出してダンブルドアへと警告を伝えに来たらしい。……しかし、後一歩のところで追ってきたジュニアに『処理』されてしまったのである。

 

この話を聞いたレミリアはなんとも言えない表情を浮かべていた。私たちとやり方は違えど、クラウチもまたリドルの敵として生き、そして敵として死んだわけだ。私なんかは大した感想もないが、ずっと政敵として戦っていたレミリアには何か思うところがあったのだろう。

 

そして本来ならハリーが死に、その後もスパイとしてダンブルドアの近くに残る予定だったそうだが、何故かハリーが戻ってきたのを聞いて指示を仰ぎにリドルの下へと向かおうとしたところ、偶然通りかかった『旧友』に正体を暴かれたとのことだった。

 

私たちにとっては得難い幸運で、クラウチ・ジュニアにとっては理不尽な不運だったな。私、レミリア、ダンブルドア、マクゴナガル。それらの目を完全に騙し切ったというのに、最後は単なる偶然によってその秘密を暴かれたわけだ。誰にも予期し得なかった、ムーディの『友情』によって。

 

闇祓いに連行されていった時のジュニアの憎々しげな表情を思い出しつつも、ハリーに向かって口を開く。ちなみに、彼もムーディに関しては大まかな説明を受けているそうだ。アリスがムーディを医務室に運び込んだ際に、事態を掻い摘んで説明したらしい。

 

「だろうね。アリスやレミィから大まかな話は聞いているよ。……んふふ、今ならバートリ家の令嬢が話し相手になってあげよう。これは望外の名誉だぞ? 光栄に思いたまえ。」

 

本当は寝かしてやるべきなんだろうが、今は吐き出したいことが山ほどあるはずだ。ダンブルドアやレミリアに話せなかったことも私になら話せるだろう。……特に、セドリック・ディゴリーのことなんかは。

 

今宵の私は役立たずにも程があった。だからせめて、話し相手くらいは務めるべきなのだ。隣のベッドに座り込みながらあえて戯けるように言ってやると、ハリーは顔に苦笑を浮かべて返事を返してくる。困ったような、それでいてどこか清々しい感じの苦笑で。

 

「違うんだ、リーゼ。なんとも光栄な話だけど、そうじゃなくって……うん、そうじゃないんだよ。僕、ヴォルデモートから聞いちゃったんだ。……つまり、君が何者なのかってことを。」

 

ハリーの言葉を聞いて、私の表情がピタリとその動きを止めた。……まあ、予想はしてたさ。リドルと色々な話をしたようだし、私のことが出てきてもおかしくはあるまい。ひょっとすると、私はそれを聞きにここまで来たのかもしれんな。遂に清算の時が訪れたわけだ。

 

しばらくの間虫の鳴き声だけが医務室に響いていたが、やがて私の声がその静寂を破る。自分の声なのに、やけに乾いて聞こえるな。

 

「……そうか。ヴォルデモートは何て言ってたんだい? まさか私の黒髪を褒めてくれたわけじゃないだろう?」

 

「残念ながら、違うよ。ヴォルデモートは僕が、僕の知らない多くのものに守られてるって言ってた。ママの遺した魔法、ダンブルドア先生とホグワーツ、スカーレットさんと魔法省、それと、アンネリーゼ・バートリ。……酷く怒ってたよ、あいつ。一番近くに居る、一番邪魔な存在だったって。」

 

「そりゃあいい気味だね。少なくとも闇の帝王どのは私の努力を評価してくれていたわけだ。……それで、どう思うんだい? 聞きたいことがあるんだろう?」

 

さあ、どうする? 騙していたことを怒るか? それとも悲しむのだろうか? 仮面の微笑を浮かべながら審判の時を待つ私に、ハリーは思いもよらない言葉を寄越してきた。彼も微笑を浮かべている。……私の仮面とは違う、柔らかな微笑を。

 

「ううん、聞きたいことはないよ。君が話したい時に話してくれればいいんだ。ただ……お礼を言いたくって。ありがとう、リーゼ。僕をずっと守っていてくれたんだね。」

 

「それは……それはまた、予想外だね。私はキミが、怒るとばかり思っていたよ。……いいのかい? 何を聞いたのかは知らないが、私が普通に学生をやるような歳じゃないのはもう分かっているんだろう?」

 

「でも、君はリーゼだ。僕の友達の、アンネリーゼ・バートリだ。僕にとってはそれで充分なんだよ。……まあ、色々と納得のいく部分はあったけどね。」

 

何だそれは? 全然意味が分からん。普通怒らないか? ずっと身分を偽って接していたんだぞ。私の間抜けな疑問顔を見て、ハリーは苦笑しながら話を続けてきた。

 

「うーん……つまり、理由があるんでしょ? 別に僕を殺そうとしてたわけじゃなくって、守ろうとしてたんだから。それなのに隠すってことは、その必要があったってことなんじゃないの?」

 

「そりゃあそうだが、それとこれとは別だろうに。不愉快じゃないのかい? キミが今日知った多くのことを、私はいくらか知っていたんだよ? その上で黙っていたんだ。」

 

「それはみんなそうだよ。ダンブルドア先生も、スカーレットさんも、マーガトロイド先生も、ルーピン先生も、シリウスも。みんな僕に全てを話してはくれなかった。……でも、それは僕のためなんだ。不満はあるけど、理解もできるよ。僕は『ちょっと』トラブルに巻き込まれがちだしね。」

 

これはまた、予想外の展開だな。無理に笑顔を浮かべているという感じではないし、どうやらハリーは本気で言っているようだ。……なんだよ、ちょっとだけ緊張してたのがバカみたいじゃないか。

 

自分が何故緊張してたのかを考えないようにしながら、困ったように笑うハリーに向かって言葉を放つ。

 

「キミは、随分と変わったね。一年生の頃とは大違いだ。あの頃のキミならきっと怒ってたよ。……本当にいいのかい? 私は殴られても文句を言えないと思ってたんだが。」

 

「しつこいよ、リーゼ。僕は怒ってなんかいない。……例えばほら、シリウスやルーピン先生だってフランドールさんの年齢を気にしてなんかいないでしょ? あの二人にとって、フランドールさんは友達なんだよ。掛け替えのない、大切な友達。それが一番重要で、一番優先すべきなことなんだ。だから僕も、きっとロンやハーマイオニーも一緒なんだよ。」

 

「なんともまあ、人間ってのは不思議な……本当に不思議な生き物だね。どこまでも不条理だ。私なら絶対にぶん殴ってるよ。」

 

種族単位で見てるとバカを見る、か。誰の言葉だったかは忘れたが、どうやらそれはこれ以上無い真実だったらしい。苦笑しながらまた一つ学習していると、やおら真剣な表情になったハリーが話しかけてきた。

 

「でも、一つだけ。一つだけ教えて欲しい。……ヴォルデモートは、僕に拘ってる。ただ自分が殺されたからじゃない。他にも何か理由があるんだ。そうなんだろう?」

 

「……残念ながら、イエスだ。キミはヴォルデモートに狙われている。そしてこれからも狙われ続けるだろう。それだけの理由があるんだよ。忌々しい、クソったれな理由がね。」

 

私の返答を受けたハリーは、ほんの少しだけ俯いた後……ゆっくりと顔を上げると、覚悟を秘めた瞳で私に言葉を寄越してくる。

 

「詳しくは聞かない。きっと君やダンブルドア先生が話すべき時を決めるだろうから。……だけど、お願いがあるんだ、リーゼ。僕に戦い方を教えてくれないか? 今までよりももっと実践的な、『本当の』戦い方を。もっと厳しいやり方でいいから。」

 

「それは、ヴォルデモートに狙われるからかい? そりゃあもちろん構わないが──」

 

「違うよ、リーゼ。それは違う。ヴォルデモートが狙ってくるからじゃないんだ。……上手く言えないけど、違うんだよ。狙われてるから仕方なく戦うんじゃない。僕が戦うって決めたんだ。」

 

言葉で表現するのが難しいのだろう。もどかしそうにそこで一度言葉を切ったハリーは、ポツリポツリと選び取るようにして続きを話し始めた。

 

「ヴォルデモートと僕が戦うのは、もしかしたら決められたことなのかもしれない。それは僕なんかには抗えない運命なのかもしれない。……でも、だから戦うっていうのは嫌なんだ。僕は自分で選びたいんだよ。ヴォルデモートと戦うってことを。だからこれは、ただ流れに従うんじゃなくって……僕が、僕自身の意思で決めたことなんだ。」

 

……なるほど。少し分かるような気がする。ハリーは首を垂れて運命を受け入れるのではなく、杖を手に立ち向かうことを決めたのだろう。その二つは同じようでいて、全く違うものなのだ。彼は諦めではなく、決意で前に進むことを選んだのだから。

 

リドルと話したことか、両親の『木霊』を見たことか、それともセドリック・ディゴリーの死の所為か。きっかけは分からないが、ハリーは決意を固めたらしい。運命に定められた道を行くのでは無く、自ら険しい道を切り拓いて行くことを。

 

いやはや、本当に成長したな。漏れ鍋で初めて出会った頃から僅か四年。魔法のことなど何も知らなかった小さな男の子は、今や自分の意思で運命そのものに立ち向かおうとしているわけか。

 

大したもんだ。思わず浮かんだ微笑をそのままに、私を真っ直ぐに見つめるハリーへと返事を返した。

 

「ああ、分かったよ、ハリー。キミの言いたいことはよく分かった。……だから、死ぬ気で覚えてもらうぞ。キミは未だ温かなカゴの中にいる。多くの力ある存在が、キミを愛する者たちが作ってくれたカゴの中にね。……それでも、いつかはここを出る日が来るんだ。いつの日か、耐え難いような運命に晒される日がキミに訪れるだろう。」

 

そこで一度言葉を切ってから、大仰に手を広げて続きを話す。このホグワーツの全てを示すように、大きく。

 

「だが、忘れるな、ハリー。キミは一人じゃないんだ。ヴォルデモートが……トム・リドルが弱さだと切り捨てたものを、キミは強さとして持っているんだよ。私、レミィ、ダンブルドア、そしてハーマイオニーやロン。他にも沢山の人たちが、キミのことを想っている。キミが運命に立ち向かう時、私たちがそれを支えようじゃないか。」

 

「うん、分かってる。ずっと昔、フランドールさんにも言われたんだ。僕は、僕が思ってるほど一人じゃないって。その時はよく分からなかったけど、でも……今ならその言葉の意味がよく分かるよ。」

 

「フランが? ……いやはや、あの子は本当に賢いな。物事の本質ってものをよく捉えているね。」

 

あの子の目には、私やレミィなんかよりもよっぽど重要な部分が見えているのかもしれんな。地下室の小さな妹分を思う私を他所に、ハリーがちょびっとだけ気まずそうな顔で話題を変えてきた。

 

「それでさ、ロンとハーマイオニーにも『正体』のことは話すんだよね? もし秘密にするっていうなら付き合うけど……うん、あんまり自信ないかな。他の人ならともかく、あの二人に黙ってるのはかなり難しいと思うよ。」

 

「ああ、話すよ。今学期……じゃなくて、夏休み中には必ず話す。ヴォルデモートが復活した今、死喰い人にも私の話は伝わっているだろうし、もはや隠しておく理由はあんまりないんだ。だから……うん、話さないといけないな。他のヤツから伝わる前に。それが私の責任だろうさ。」

 

ひどく憂鬱だ。憂鬱だが……きちんと自分で話さないってのはあまりに後ろめたすぎる。ハリーと同じく、二人に対してもしっかりと説明する必要があるだろう。そしてまあ、その怒りを受け止める必要も。

 

途端に萎れてしまった私の翼を見て、ハリーが苦笑しながら提案を送ってきた。十四歳に気遣われる五百歳? 我ながら情けなさすぎるぞ。

 

「うーん、ロンとハーマイオニーなら絶対に大丈夫だと思うけど……僕も一緒に話そうか? ちゃんと理由があったってことを説明するよ。」

 

「いや、大丈夫だ。これは私がやらなくちゃいけないことだしね。……参ったな。何でこんなに億劫な気持ちになるんだ? 我ながら理解不能だよ。」

 

「それはきっと、リーゼがロンやハーマイオニーを大切に想ってるからだよ。」

 

大切に、か。……ああ、アンネリーゼ・バートリ。お前はいつからそんな情けないヤツになっちゃったんだ? 百年前の私なら、怒るロンやハーマイオニーのことを皮肉げに笑って見ていられただろうに。

 

今じゃあ絶対に無理だな。……今の私の真似妖怪はきっと雨雲ではあるまい。私を糾弾するグリフィンドールの三人組だ。自分のあまりの情けなさに顔を覆ってベッドに倒れ込む私に、ハリーはクスクス笑いながら声をかけてくる。

 

「僕も変わったかもしれないけどさ、リーゼも結構変わったんじゃないかな。昔はすごく謎めいてたけど……今はずっと身近に感じられるよ。」

 

「……それは、褒めてるのかい?」

 

「褒めてるかどうかは……んー、自分でも分かんないや。でも、僕は今のリーゼの方が好きだよ。昔のカッコいいリーゼも良かったけど、今のリーゼの方が『友達』って感じがするし。」

 

「『友達』か。……まあ、そうだね。私もその方が良い。」

 

参った。本当に参ったぞ。レミリアも言っていたが、私たちは本当に弱くなってしまったようだ。孤高にして至高。夜の王者。夕闇の支配者。……今の私にはどれもこれも似合わん単語じゃないか。

 

ここに居るのは単なるアンネリーゼ・バートリだ。ハリーの友達のリーゼ。友達に嫌われるのを怖がっている、小さなビビり屋の女の子。私もまたフランと同じように、ホグワーツに来て変わってしまったらしい。

 

……いいさ、受け入れてやる。私はお前とは違うぞ、リドル。今の私はこの『弱さ』の価値を知っているんだ。その上で守り切ってやるからな。来年からは何一つ隠す必要はない。私も多少動き易くなることだろう。……ただし、その前に大仕事が残っているが。

 

「なぁ、ハリー。本当にハーマイオニーとロンは怒らないと思うかい? 殴られないかな?」

 

「多分だけど、殴るって発想が出てくるのはリーゼだけだと思うよ。」

 

そうかな? そうだといいな。しつこくハリーに向かって確認を送りながら、アンネリーゼ・バートリはベッドの上でバタバタするのだった。

 


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