Game of Vampire   作:のみみず@白月

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蛇の道は吸血鬼

 

 

「こんばんは、スキーター。良い夜ね。」

 

ホッグズヘッドのテーブル席でウィスキーを呷るブン屋へと、レミリア・スカーレットは微笑みながら話しかけていた。しかし、相変わらず小汚いバーだな。前回の戦争で拠点の一つとして使ってた頃と何にも変わっちゃいない。

 

零時を少し過ぎた薄暗い店内では、『私は悪い魔法使いです』という格好の連中がチラホラ酒を飲んでいる。……そら、今も一人私の姿を見て慌てて店を出て行ったぞ。どうやらホグズミードでは『ゴミ溜め』を一箇所作ることで、村全体の治安を維持しているようだ。実に賢いやり方じゃないか。

 

私の礼儀正しい挨拶にチラリと目線を寄越してきたスキーターは、これでもかというくらいに胡乱げな表情に変わって返事を返してきた。さすがに肝が据わってるな。隣で飲んでるカメラマンなんかは挙動不審になっちゃってるぞ。

 

「あら、なんざんしょ、スカーレット女史。ここは貴女が来るような場所じゃないと思うんですがね。『三本の箒』は向こうですよ。もっとお行儀の良いお店で飲んだらどうかしら?」

 

「今日は貴女に話があって来たのよ。明日まではホグズミードに滞在してるって聞いたから。……悪いけど、席を外してくれない? 外で月の写真でも撮ってきなさいな。今日は美しい満月よ?」

 

後半を頭の悪そうな顔のカメラマンに言ってやると、彼は困ったような表情を浮かべてスキーターへと問いかけの視線を送る。どうやらこいつは自分で判断するための『脳みそ』を持っていない魔法使いらしい。イギリス魔法界によく生息してるタイプだ。

 

「ボゾ、行かなくていいよ。座ってなさい。……スカーレット女史、もし記事に関しての文句を言いに来たのなら──」

 

「あらそう? とっても『お得』な話があって来たんだけど……その男、秘密を守れるの?」

 

「ボゾ、スカーレット女史の言う通りざんす。しばらく外で月だか街灯だかの写真でも撮っておいで。」

 

清々しいほどに見事な前言撤回を決めたスキーターの指示に従って、変な名前のカメラマンは素直に外へ出て行った。……まあ、確かに秘密を守れそうな雰囲気ではなかったな。自分がそう思われているということにすら気付いていなかったし。

 

三脚にしかならんような男を見送ってから、スキーターの向かいに座って口を開く。なんか……座席が砂みたいなのでザラザラしてるぞ。よし、この服は帰ったら捨てよう。

 

「しかし、何だって今の今までホグズミードに滞在してたの? ホグワーツにはとっくの昔に進入禁止になったんでしょうに。」

 

「別に何処で何をしようが私の勝手ざんしょ? ……そんな話より、さっさと本題に入りましょ。誰のスキャンダルなのかしら? ルーファス・スクリムジョール? ドローレス・アンブリッジ? アメリア・ボーンズ? それとも……アルバス・ダンブルドア? 期待で胸が膨らむざんす。」

 

コーネリウスの名前は出てこないのがちょっと面白いな。もう彼のスキャンダルには高値がつかなくなってしまったようだ。……ま、そりゃそうか。需要に対して供給が多すぎたのだろう。

 

とはいえ、今日はそういう話をしにきた訳ではない。首を横に振りながら、ウィスキーを呷るスキーターへと本題を放った。

 

「残念だけど、今日は『タレコミ』に来たわけじゃないの。……単刀直入に言うわ。ヴォルデモートが復活したから、そのことをイギリス魔法界に広めるための記事を書きなさい。」

 

私から『ヴォルデモート』という単語が出た途端、スキーターは飲んでいたウィスキーを盛大に吹き出してしまう。……ふむ、この女でもリドルのことは怖いのか。珍しい光景を見れたな。

 

しっかしまあ、どいつもこいつも何だって名前なんかを怖がるのやら。ゴホゴホ咽せているスキーターに構うことなく、事情の説明を捲し立てる。もちろん頬杖をついてニヤニヤしながらだ。

 

「ねぇ、スキーター? 私は貴女のことをそれなりに評価しているのよ? 大嘘吐きで、服の趣味も性格も悪いし、クズな上に倫理観ゼロだけど……でも、能無しの大衆を扇動する記事を書くことに関してはイギリスで一番だわ。人間誰しも取り柄があるもんなのね。」

 

「そりゃまた、嬉しいお言葉に涙がちょちょぎれそうざんす。……それで? そんなたわ言を話しに来たってんなら、あたしゃこれで失礼させてもらいますけどね。」

 

「たわ言なら良かったんだけどね。闇の帝王どのが復活したのは本当よ。そして、そのことはコーネリウスにも伝えたわ。反応は……貴女なら予想出来るでしょう?」

 

肩を竦めて問いかけてやると、スキーターは一つ鼻を鳴らしてから答えを返してきた。コーネリウスの『人となり』について詳しい彼女は、簡単に正解にたどり着いたようだ。

 

「簡単ざんす。『イヤイヤ』したんざんしょ?」

 

「ご明察。今頃ウィゼンガモットの『枯れ草』どもに泣き付いて、枯れ草どもは予言者新聞社に泣き付いてるでしょうね。結果、明日か明後日には私とダンブルドアの『妄言』があげつらわれる記事が出るはずよ。」

 

「そりゃ重畳。確かに『お得』な情報ざんした。今から編集長に直談判して、私に書かせてもらえるように言っとかないとね。」

 

「別にそれでもいいんだけど……ねぇ、スキーター? 『伝説の記者』になりたくはない?」

 

立ち上がろうとしたスキーターは、私の台詞を聞いてその動きを止めた。その表情には有り余る疑念と……そぅら、かかったぞ。ほんの僅かな期待が浮かんでいる。

 

「……どういう意味ざんしょ?」

 

「簡単よ。ヴォルデモートが復活した以上、遅かれ早かれイギリス魔法界は戦争に引きずり込まれることになるわ。コーネリウスがいくら駄々をこねようが、予言者新聞が嘘八百を報道しようが、その日は必ず訪れるの。……どう? 今から復活したヴォルデモートへの警戒を報道し続ければ、いずれ凄まじい評価が得られるとは思わない?」

 

「ふん、それこそたわ言ざんす。何の保証も無しにそんなリスクを負うとでも?」

 

「貴女は負うわ、リータ・スキーター。だって貴女が何より欲しているのは、記者としての輝かしい名声でしょう? ……ほら、目の前にそれがヒラヒラ浮いてるわよ? 多くの命を救った正義の記者。闇の帝王に抗った勇敢な記者。あらまあ、選り取り見取りじゃないの。」

 

クスクス笑いながら言ってやると、スキーターは席を立ったままで少しの間逡巡するが……やがて私の対面に座り直して質問を寄越してきた。まだまだ疑いの表情が強いものの、ちょっとは興味が出てきたようだ。

 

「仮の話をしましょ。あくまで仮のね。……例のあの人が本当に復活したとして、私がそれを広める記事を書く気になったとして、一体何処にそれを載せると? ウィゼンガモットと『ズブズブ』の予言者新聞が載せるわけないし、週刊魔女になんか載せたらそれこそゴシップで終わるざんしょ?」

 

「驚いた、自覚はあったのね。……でもまあ、心配ないわ。既に夕刊予言者新聞の方の編集長と話がついてるの。彼も中々の野心家だったみたいでね。日刊の編集長の椅子を奪い取るために、私の側に付いてくれることになったのよ。」

 

予言者新聞社には三つの発行紙がある。毎朝発行されるお馴染みの『日刊予言者新聞』、日曜の昼にのみ発行される一週間の総纏め版の『日曜版予言者新聞』、そして緊急性の高い記事を載せる臨時発行紙である『夕刊予言者新聞』だ。

 

一応それぞれに『編集長』とされる人物はいるが、基本的には日刊の編集長が新聞社のトップとして君臨しているらしい。予言者新聞社の小さな帝王というわけだ。……まあ、発行部数からいって当たり前のことだが。

 

そして競争社会の常として、上座があるならそこを狙おうとしている人物もいるはず。そう思った私が目を付けたのが、夕刊予言者新聞の編集長、ドブ・フォックスである。

 

私の支援を受けたフォックスはここ半年ほどかけて徐々に社内の協力者を増やしていき、頃合いを見計らって大衆の支持を得るためのボーンズ擁護の記事を出版する予定だったのだが……こうなった以上、リドル対策にも使うべきだろう。私はイギリス魔法界における予言者新聞の影響力は学習済みなのだ。

 

日刊に対抗するため夕刊も毎日出すことになるだろうし、出版所を確保しておかないといけないな。どこを『徴発』しようかと考え始めた私に、スキーターが恐る恐るという感じで疑問を放ってくる。

 

「……ちょっと待つざんす。『私の側』?」

 

「あら、対抗試合に目を注ぎすぎて魔法省内の動きに気付かなかった? イギリス魔法界はもうすぐひっくり返るわよ? 魔法大臣は七月か八月にはボーンズに交代。その後ウィゼンガモットもジワジワ踏み潰すし、忌々しい名家の権益もどんどん排除するわ。これまでバカどもが擦り寄っていたものが、何の価値もない存在になるってことね。」

 

今やスキーターの顔からは疑念が剥がれ落ち、真剣な表情で私の言葉を反芻し始めた。いくら対抗試合に集中していたとしても、魔法省の基本的な勢力図は頭に入っているのだろう。そしてその上で判断を下したわけだ。私なら出来るし、やる、と。

 

黙考するスキーターへと、ニヤニヤ笑いながら話を続ける。

 

「どうかしら? これだけ大きく動いているのにも拘らず、まだ私やダンブルドアが『たわ言』を言ってると思う? ……そうそう、記事の出来次第ではヨーロッパ各国の新聞社からもアドバイスを求められるかもしれないわ。ヴォルデモートは大陸の方にも目を向けてるみたいだし、向こうでも被害が出るでしょうから。……あら、大変。世界的に有名な記者になっちゃうかもよ? サインの準備は出来てる?」

 

「……情報は優先的に回してもらえるんざんしょね?」

 

「貴女が私にとって都合の良い記事を書く限り、誰より優先して渡すと約束しましょう。」

 

「もしも、『都合の悪い』記事を書けば?」

 

分かりきったことを聞くなよな。返答代わりに抑えめの殺気を放ってやれば、スキーターは厚化粧の顔を更に白くしてコクコク頷いてきた。外からキャンキャン吠え立ててるならともかく、一度私の傘下に入ったからには裏切りなど許さん。私は野良犬には寛容だが、飼い犬には厳しいのだ。

 

「さあ、どうするの? 店を出る? それとも私から復活についての話を聞く? 目の前にあるチケットは二つよ。さっさと決めなさい。」

 

コツコツとテーブルを叩きながら聞いてやれば、スキーターは……うんうん、それでいいんだ。ゆっくりと頷きながら、ワニ革のハンドバッグを開けて取材の準備を始める。大変結構。これで私は使い勝手の良い『声』を手に入れたわけだ。イギリス魔法界に喧しいほどに響き渡る、大きな『声』を。

 

「いいざんしょ。見出しは……そう、『例のあの人、帰還す』がいいわね。事が事だけに、シンプルな方がインパクトがあるはずざんす。」

 

「その辺は任せるわ。精々不安を煽る内容にして頂戴。外敵への恐怖はイギリスを団結させるしね。私も操り易くて万々歳よ。」

 

「あたしゃ自分が悪どいことは重々承知してますけどね、あんたも相当なワルざんす。……そういえば、他の客は何処へ行ったんざんしょ?」

 

おや、今更気付いたのか? 先程まではチラホラ見えた客の姿はもう無く、店主のアバーフォース・ダンブルドアの姿も見えなくなっている。羊皮紙を取り出しながら怪訝そうに周囲を見回すスキーターへと、ニヤリと笑って言い放った。

 

「ああ、ここの店主にお願いしといたのよ。もし断られたら貴女には『失踪』してもらう予定だったから。……ちょっと、なんて顔してるの? そんなの当たり前でしょうが。でなきゃあんなに内部情報をペラペラ話すわけないでしょ。」

 

「……こりゃ、前言撤回。あんたに似合うのは『相当なワル』なんていう可愛い表現じゃなく、『邪悪』ざんしたね。」

 

「シンプルで素敵ね。……目には目を、歯には歯を、悪には悪を、よ。その辺の正義の味方じゃあヴォルデモートに対抗するのに頼りないでしょ? 闇の帝王には邪悪な吸血鬼ってわけ。」

 

「ま、なんでもいいざんす。私は私の記事が評価されるなら、他のことなんか知ったこっちゃないからね。……さて、それじゃあスカーレット女史? 例のあの人の復活劇について話してくれるかしら? 詳しく、分かり易く、そして少しだけ大袈裟にね。」

 

いやはや、本当に使い勝手の良い駒を手に入れたな。スキーターの何より素晴らしいところは、死喰い人に殺されたところで胸がチクリとも痛まないって点だ。

 

こいつは本当に気付いているのだろうか? 私の『プロパガンダ』を書く限り死喰い人に狙われ続けるだろうが、逆に私を裏切ればイギリス魔法界そのものに追われることになるのだ。袋小路の行き止まり。お前は今、自分の死刑執行書にサインしたんだぞ。

 

……まあ、これぞ悪魔との契約ってわけだな。少なくともそれなりの名声は手に入るだろうし、リスクに見合うリターンがあるのも確かなのだ。万に一つも生き延びることが出来れば、本当に『伝説の記者』になれるかもしれない。

 

渡す情報はちゃんと制限しないとな。拷問されても秘密を守り切るってタイプじゃないのは明らかだし。『取材モード』になったブン屋の質問に答えつつ、レミリア・スカーレットはクスクス微笑むのだった。

 


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