Game of Vampire   作:のみみず@白月

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紅の女王

 

 

『──というわけであるからして、つまり、あー……新聞に載っている『帰還』などというのは根も葉もない狂言であり、全く証拠の無い言葉に過ぎないのだ! だから、要するに、えー……魔法省の各員においては不確実な情報に惑わされることなく、いつも通りに日々の業務を行うように!』

 

暖炉を抜けて魔法省のアトリウムへと足を踏み入れながら、レミリア・スカーレットはへったくそな演説に顔をしかめていた。二十点ってとこだな。声が小さいし、言葉に詰まりすぎだし、原稿を見過ぎだぞ。あとはまあ、もっと身振り手振りを入れるべきだ。

 

イギリス魔法省が誇る美しい黒檀のアトリウムには、あらゆる部署の職員たちが大集合している。我らが魔法大臣、コーネリウス・ファッジどのが『全省集会』を開いているのだ。宮仕えの苦労を感じさせる光景じゃないか。

 

イギリス魔法界のシンボルである巨大な噴水……『魔法族の和の泉』の逆側に置かれた縁台の上で、コーネリウスが必死に『読み上げている』内容は単純明解。ヴォルデモートなど復活していないし、クラウチ親子は勝手に気が狂って殺し合い、対抗試合でディゴリーが死んだのは魔法ゲーム・スポーツ部のミスである、という内容だ。いやぁ、お粗末。

 

そして、それを聞いている……というか聞かされている職員たちの反応は、ここから見る分では大きく三つに分かれている。先ずはワザとらしくうんうん頷きながら聞いている連中。ウィゼンガモットの爺婆どもやアンブリッジなどを中心とした、『現体制派』の連中だ。

 

今更どうにもならないことは分かっているだろうに。時折拍手なんかを交えることで、コーネリウスの『読み上げ』に必死で箔をつけようとしているらしい。……うーん、哀れな。ここまでくると、あまりに空虚すぎて笑えんぞ。

 

二つ目の反応は、『よく分かりません』という顔をしている職員たちだ。何故コーネリウスが仲が良かったはずの私のインタビュー記事を叩いているのか、例のあの人が戻ってきたというのはどういう意味なのか。ちんぷんかんぷんで不安そうに混乱している、『政治周回遅れ』の連中である。……ここはまあ、どうでもいいな。主導権をボーンズが握れば勝手に付いて来るだろうし。

 

三つ目の反応は、嫌悪感を露わにしている魔法法執行部や魔法事故惨事部を中心とした『改革派』の職員たちだ。アメリア・ボーンズは片眼鏡の奥から怜悧な瞳でコーネリウスを睨みつけ、スクリムジョールはつまらなさそうに杖を弄びながらあらぬ方向を見つめている。……もしかして、結構長いこと聞いてたのか? だとしたらご苦労なこった。

 

結構、結構。それなら私が面白いショーで盛り上げてやろうじゃないか。大きめに靴音を鳴らしながら近付くと、私に気付いた職員たちが慌てて道を開け始めた。おお、いいぞ。レミリア・スカーレット様のお通りだ。控えい、控えい。

 

『──で起こったことは、確かに悲惨な事故だった! あー……我々は、若き青年の事故死を悼み、そして再発の防止のために……スカーレット女史? 何故ここに? 貴女はその、他国への出張中のはずでは?』

 

「急に予定が変わっちゃってね。それより、楽しそうなことをしてるじゃないの、コーネリウス。……ねぇ、私にもちょっと喋らせてくれない? 一度上ってみたかったのよね、そこ。」

 

私がニコニコと演台を指差しながら言うと、焦ってキョロキョロし出したコーネリウスの代わりに、演台の横に立つカエル女が割り込んでくる。おお、今日もニタニタしているな。私の贈った『昆虫お菓子セット』はお気に召したようだ。ゴキブリゴソゴソ豆板あたりがウケたのだろうか?

 

「ェヘン、ェヘン。……スカーレット女史? 申し訳ありませんが、今は魔法大臣がみんなに『お話』をしていますの。部外者は黙って見ていていただけますか?」

 

「あら、そう。残念ね。それじゃ、演台は諦めるわ。」

 

肩を竦めて踵を返す。残念だな。一回くらい上ってみたかったのは本音なんだが……まあいいさ。私にはもっと相応しい舞台があるのだ。あんな低い場所はレミリア・スカーレットには似合うまい。

 

私がスゴスゴと引き下がったとでも思ったのだろう。ニヤニヤを強めたアンブリッジの視線を背に、真逆の方へと歩き続ける。私を不安そうに見る職員たちの間を抜けて噴水の前にたどり着くと、ふわりと浮かび上がってその天辺に着地した。

 

おお、絶景かな。魔法使い、魔女、小鬼、しもべ妖精、ケンタウルス。それらを象った黄金の立像が囲む噴水の一番高い場所。先端に刻まれた『M.O.M(Ministry of Magic)』という文字の更に上。うーん、完璧。この場所こそが高貴なる吸血鬼に最も相応しい場所なのだ。

 

イギリス魔法界を表現する噴水の頂点に立った私は、ゆるりと両手を広げながら高らかに大声を放つ。拡声魔法など三流のやることだ。演説の作法を教えてやるよ、コーネリウス。

 

「聞きなさい! ヴォルデモートが復活したわ! かつてこの地に恐怖を撒き散らした忌むべき男。多くの魔法使いやマグルを殺した男。ハロウィンの悪夢を引き起こした男。……ヴォルデモート卿がイギリスに舞い戻ってきたのよ!」

 

私からヴォルデモートの名前が出た瞬間、恐怖と、混乱。それが職員の間を漣のように通り抜けた。多くの職員が怯え、竦み、認めたくないとばかりに首を振っている。やはり、リドルの恐怖は未だにイギリスを支配していたらしい。

 

だが、恐怖に立ち向かう者もまた存在しているようだ。スクリムジョール率いる闇祓いや、魔法警察の古参たち、魔法事故リセット部隊の数人と、魔法戦士あがりの職員たち……そしてたった二人のマグル製品不正使用取締局の局員と、決然とした表情のエイモス・ディゴリー。他にもチラホラと真っ直ぐにこちらを見つめている視線を感じる。

 

『ち、違う! そんなものは根も葉もない──』

 

「バーテミウス・クラウチは死んだわ! あの闇に対抗するために生まれてきたような男が、今回の戦争における最初の犠牲者となったのよ! ……あの男が『狂って勝手に死んだ』? まさか本気でそんなことを信じている者は居ないでしょうね? 彼はヴォルデモートの支配に抗い、私たちに情報を伝えるためにその命を犠牲にしたの!」

 

名前を使わせてもらうぞ、クラウチ。去年のハロウィンの夕食の時、お前の絞り出した警告を受け止められなかったのは私のミスだ。……だから詫びとして、お前の名前を狼煙として使ってやろう。『変革』の狼煙として。

 

なぁに、死んだ後まで闇の魔法使いたちに対抗できるなら、そっちだって本望だろう? コーネリウスの言葉をかき消して、尚も演説を続けるために声を張り上げた。

 

『やめろ、聞くな! 例のあの人など一切関係ない! クラウチは単に精神的な病気で──』

 

「既にホグワーツの生徒にも犠牲者が出ているわ! ハッフルパフの高潔な青年、セドリック・ディゴリーはヴォルデモートの手によってその命を奪われたの。……そして、今回の戦いは前回よりも熾烈なものになるでしょうね。今回の戦争の舞台はイギリスだけじゃないわよ。フランスでも闇の印を持つ者が見つかったわ。今やヴォルデモートの支配力は、ヨーロッパ大陸にまで及んでいるということよ!」

 

「誰か、スカーレット女史をあそこから降ろして差し上げなさい。可哀想に、少々『おかしく』なってしまったみたいですわ。……誰か? 誰か早く動きなさい!」

 

アンブリッジが私を指差して喚くが、残念ながら誰一人として動こうとはしない。ウィゼンガモット子飼いの廷吏たちですらだ。……どうやら、杖を弄びながら睨みを利かせているスクリムジョールが怖いらしい。

 

「ヴォルデモートは新たなる戦力として大陸に残った負債を取り込んだわ。……半世紀前に世界の魔法界を荒らし回った、かのゲラート・グリンデルバルドの残党たちよ。古き悪と新たな悪。その二つはお互いを喰らい合い、より強大な悪へと変貌を遂げようとしているの。」

 

と、そこで我慢の限界を迎えたのだろう。アンブリッジが自ら杖を振って私の方に呪文を放とうとするが……そりゃそうだ。スクリムジョールが素早い杖捌きでカエル女の杖を奪い取ってしまった。

 

自分の杖がクルクルとスクリムジョールの手元に飛んでいくのを見ながら、アンブリッジは驚愕の表情で口を開く。

 

「……スクリムジョール! 貴方は自分が何をしているか理解しているのですか? これは、これはクーデターです! 貴方は今、魔法大臣付上級次官の杖を武装解除したのですよ!」

 

「ああ、重々承知しているよ、アンブリッジ。その上で言わせてもらうが、状況を理解していないのは君の方だ。……誰か、私を捕縛しようという者は居るかね? 誰でもいい。誰か居ないか? 私は今、クーデターとやらを起こしているらしいが。」

 

至極真面目な表情で両手を広げて周囲を見回すスクリムジョールだったが、誰一人として杖を上げる者は現れない。闇祓いや魔法警察たちは出来の悪いジョークを聞いたかのように苦笑しているし、他の職員たちは気まずそうに目を逸らすばかりだ。どうやら、『周回遅れ』の連中もだんだんと起こっていることの構図が掴めてきたらしい。

 

「何を……許されませんわ! こんなことを許して良いはずがない! ……後の歴史家たちはこの事件をイギリス魔法界の恥として扱うでしょう。これは武力によるクーデターです。しかも、吸血鬼のような『動物』を旗頭にするなど!」

 

「その通りだ、アンブリッジ。後世の歴史家たちが私たちの行いを裁いてくれることだろう。『動物』に率いられた愚かしいクーデターとして扱うか、はたまた『指導者』に率いられた賢明な改革として扱うか。……だが、どちらにせよ裁くのは君ではない。既に幕は上がったのだ。である以上、君はもはや『台本』に従うしかないのだよ。」

 

冷たい口調で語り終わったスクリムジョールは、『どうぞ』とばかりに私に目線を送ってくる。……いやはや、優秀な飼い犬はやはり違うな。これだから可愛がってやろうという気になるのだ。

 

とはいえ、この場にはそうでない犬も居たらしい。演台の上のコーネリウスは、お外に取り残された子供のような表情で必死に私の言葉を否定してきた。

 

『違う、違う! 復活など有り得ん! 恐怖の時代はとうに終わった! もうあんな日々は御免だ! 私はそんなことは──』

 

「あら、怖いの? コーネリウス。それなら耳を塞ぎなさい。目を瞑りなさい。ただしゃがみ込んで蹲っていなさい。……他の者もそうよ! 認めたくない者がいるのなら結構! あなたたちの魔法大臣のように怯えていなさい! 現実から目を背け、ただ都合のいい情報を信じていればいいわ。……でも、きちんと覚悟はしなさいよ? ふと目を開けたその時、耳を澄ませたその時、あなたたちの目の前には何があるでしょうね? 平和な魔法界がまだそこにあると思う? 今まで通りのイギリスがあると思う? ……それこそ有り得ないわ。そこにあるのはあの『ハロウィンの悲劇』の光景よ。積み重なる死体、親しい者の死、秩序の崩壊。そんな光景が広がっているだけだわ。」

 

そこで一度言葉を切って、胸を張って続きを話す。尊大に、余裕たっぷりで。私が誰だかを理解させるために。

 

「私はもう二度とあの光景を見るつもりはない! そのために杖を取り、戦うことを選ぶの。……あなたたちも選びなさい! 目を背けるか、向き合うか! 首を垂れるか、睨み返すか! 選択の時間はもう残り少ないわよ! ……さあ、私と共に杖を取る者はいる?」

 

サクラなど必要あるまい。私はそれだけのことを積み上げてきたのだ。群衆に呼びかけてやると、誰より先にアーサー・ウィーズリーが声を上げた。高らかに、迷いなく。

 

「私は戦う! 私は杖を取る!」

 

『忠臣』の声を皮切りに、傍らに立つ息子が、闇祓いたちが、魔法警察たちが、魔法戦士たちが杖を掲げて叫ぶ。『杖を、杖を!』と。それに押されるように徐々に声が大きくなってきた。覚悟を決めた表情の者も居れば、悲壮ながらも歯を食いしばって上げている者も居る。

 

『違う! 私はそんなことは許していない! 杖を下ろせ! 私は魔法大臣だぞ! 魔法大臣なんだぞ!』

 

コーネリウスの必死の叫びも掻き消されるだけだ。『杖を、杖を!』この場の七割以上が杖を掲げて叫んでいるのだから。……ふん、残りの三割のうちの半分以上はどうしたらいいか分からずに立ち尽くしているだけだろう。

 

本質的な『敵』は、私を憎々しげに見ている一割の魔法使いというわけだ。どうせウィゼンガモットの傘の下に逃げ込むだろうが……ま、一年保てばいい方だろうさ。既に実行力は取り上げた。後は有名無実な椅子の上で、自らの手足が腐っていくのを見るのが精々だ。

 

しかし……うーむ、実にいい気分じゃないか。私に呼応する群衆、それを為す術なく見つめる政敵。これが私だ。これこそが、レミリア・スカーレットの在るべき姿なのだ!

 

どうだリドル! これが私の力! 私の武器! 私の兵隊だ! ここにいる連中だけじゃないぞ。ヨーロッパ各国にはまだまだ杖を取る魔法使いが山ほどいるだろう。私の手足となる忠実な『しもべ』たちが。

 

いいぞ、いいぞ! ようやく盤面が拡がって、少しは派手にやれるようになってきたな。これから始まるのはこんな小さな島国のせせこましい政争ではない。大陸を舞台にした壮大なウォーゲームなのだ。

 

くぅう、楽しそうでワクワクしちゃうぞ。築き上げるのも楽しかったが、駒をすり減らしながらぶっ壊し合うのはもっと楽しいはずだ。吸血鬼とは本来創り上げる者ではなく、嗤いながら崩す者なのだから。

 

掲げられる無数の杖としもべたちの喝采。自分が手に入れた力を見下ろしながら、レミリア・スカーレットは無邪気な吸血鬼の笑みを浮かべるのだった。

 


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