Game of Vampire   作:のみみず@白月

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始まり

 

 

「また一年が過ぎた。今年もホグワーツから君たちが離れる時がやってきたのじゃ。……今日は話したいことが沢山ある。皆も聞きたいことが沢山あるじゃろう。」

 

ダンブルドアのどこか悲しげな声だけが響く大広間の中で、アンネリーゼ・バートリは小さく息を吐いていた。例年とは大違いだな。今年のこれは学期末『パーティー』とは言えまい。毎年各テーブルの上に掲げられていた寮旗も、今日は真っ黒な弔旗に変えられている。

 

『レミリア・スカーレットの真っ赤な嘘』、『例のあの人、帰還す』。それがリドルが復活した次の日に発行された、日刊予言者新聞と夕刊予言者新聞の見出しだ。片やリドルの復活を根も葉もない妄言だと非難し、片や再び訪れた脅威に団結すべきだと呼びかけていた。

 

同一の新聞社が真逆のことを書く。これが今のイギリス魔法界をよく表現している逸話だと言えるだろう。……つまり、この国の魔法使いは真っ二つに分かれたのだ。リドルの復活を否定する者と、信じる者に。

 

そしてそれはホグワーツの生徒たちも同じだった。復活など有り得ないと鼻で笑う生徒がいれば、復活を信じて怯える生徒もいる。親が復活を信じないことに憤る生徒がいれば、何故そんな馬鹿げたことを信じるのかと嘆く生徒もいる。

 

そんな中、私たちは今日までいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。別に口裏を合わせたわけではない。何故か自然とそうなったのだ。ハリー、ロン、魔理沙がクィディッチの練習をするのを私、ハーマイオニー、咲夜で眺めていたり、全員でチェスのトーナメントをやってみたり。

 

……あとはまあ、共食いしようとして相討ちになったスクリュートの墓を作ったりもしたな。あれだけは全然楽しくなかったが。ハグリッド以外は全員スクリュートの『絶滅』を喜んでいたはずだ。

 

他の生徒たちも、今日まで誰一人としてハリーに詳しく話を聞こうとはしなかった。あの事件の次の日の朝食で、ダンブルドアが詮索をするな、話をせがむなと諭したからなのかもしれない。スリザリン生ですらその話題を出してくることはなかったのだ。今日、この場で話があることが暗黙の了解のようになっていた。

 

ちなみに結局、ハーマイオニーとロンには私の正体を明かしていない。ハリーはちょっと呆れたような視線を寄越しながら付き合ってくれているが……まあ、夏休み中には絶対に話すさ。うん、絶対。だからもう少しだけ心の準備をさせてくれ。

 

何故か踏ん切りがつかないのを情けなく思う私を他所に、ダンブルドアは静かな声で話を続ける。……その悲しげな視線をハッフルパフのテーブルに注ぎながら。

 

「しかし、話の前にやるべきことがある。先ずは一人の立派な生徒を喪ったことを悼もうではないか。本来なら一緒にテーブルを囲んでいたはずの友を。……さあ、立っておくれ。みんなで盃を掲げよう。セドリック・ディゴリーのために。」

 

全員がその言葉に従った。生徒も、教師たちも、そして病み上がりのムーディでさえも。誰もがゴブレットを掲げ、口々に一人の青年の名を呟いている。『セドリック・ディゴリーのために』と。

 

唱和の後、耳に痛い沈黙だけが大広間に残った。……いやはや、私が知る中でこんなに静かなホグワーツは初めてだぞ。僅かなすすり泣き以外は何一つ音が聞こえてこない。まるで、城自体が黙祷しているかのようだ。

 

やがて示し合わせたかのように生徒たちが着席すると、ダンブルドアがゆっくりと語り始める。

 

「セドリックはハッフルパフを体現したかのような、非常に模範的な生徒じゃった。忠実な良き友であり、勤勉であり、フェアプレーを尊んだ。……彼の死は多くの者に影響を与えたことじゃろう。彼をよく知る者にも、知らぬ者にも。故に、わしには彼の死がどのように齎されたものなのかを説明する義務があると、そして君たちにはそれを聞く権利があると考えておる。」

 

そこで言葉を切ると、ダンブルドアは一度生徒たちを見渡した後、威厳を秘めた表情でハッキリとその名を口にした。

 

「セドリックはヴォルデモート卿に殺されたのじゃ。」

 

途端に不安そうな騒めきが大広間を支配するが、一部の生徒達は真っ直ぐにその言葉を受け止めているようだ。長机の下で手をギュッと握るハーマイオニーも、蒼白ながら視線を逸らさないロンも、そして……勿論、ハリー・ポッターも。

 

「わしの語るべきことのうち、多くのことは既にスカーレット女史が語ってくれた。今やイギリスに再び脅威が舞い戻ってきたのじゃ。……我々は結束せねばならぬ。今までよりも強く、固く団結せねばならぬのじゃ。ヴォルデモート卿は我々の不和を煽り、繋がりを断ち切ろうとしてくるじゃろう。かつて在った恐怖と猜疑の時代を再現してくるじゃろう。それに対抗するためには、同じくらい強い友情と信頼の絆を示すしかないのじゃよ。」

 

そこまで言うと、ダンブルドアはボーバトンとダームストラングの生徒たちに目線を送りながら続きを話し出す。……去年のハロウィンの時とは大違いだな。今の両校の生徒たちは、真剣な表情でダンブルドアの話に耳を傾けている。

 

「イギリスだけではない。ヨーロッパにとっての苦難の時が訪れたのじゃ。わしは今年、この三つの学校の生徒たちが出会えて本当に幸運だったと思っておる。……君たちは知ることが出来たじゃろう? 海の向こうの学校でも君たちと同じように学び、同じように苦難に立ち向かおうとしている者がいることを。我々は決して孤独ではないということを。……言葉や習慣の違いなど些細なことなのじゃ。重要なのは目的を同じくし、心を開き合うことなのじゃから。」

 

そこで再び言葉を切ったダンブルドアは、いつになく真剣な、いつになく切実な声で続きを語り始めた。

 

「よいか? 皆にもう一度言おう。結束すれば強く、バラバラでは弱い。団結し、立ち向かおうぞ。……そして正しきことと易きこと、そのどちらかを選択することを迫られた時は、かつて在った一人の青年のことを思い出すのじゃ。セドリック・ディゴリーの身に何が起こったのかを。彼がどのように生き、どのように死んだのかを。……そして、彼ならばどちらを選び取るのかを。」

 

───

 

翌朝になっても生徒たちの顔は晴れなかった。玄関ホールで駅への馬車を待つ生徒たちは、今なお昨夜のダンブルドアの話についてヒソヒソ話し合っている。復活に関しての考えを翻した生徒も居れば、ディゴリーのことを想って沈んでいる生徒も居るようだ。

 

ホグワーツには似合わない風景だな。不安そうに囁き合う生徒たちをぼんやり眺めていると、ロンがスリザリンの集団の方を見ながら吐き捨てるように言葉を放った。彼は昨夜ハリーに詳細を聞いてからというもの、マルフォイに対しての怒りを露わにしているのだ。

 

「見ろよ。マルフォイのやつ、何でもなさそうな顔をしやがって。あいつの父親はセドリックが殺された場所に居たんだ。全財産賭けてもいいぞ。絶対に居たはずだ。殺したヤツにヘコヘコしながらな。それなのに、平然とあの時ゴブレットを掲げてたんだろ? ……信じられないほどのクソ野郎だよ。」

 

「私もキミと同じ方に賭けるが……まだ詳細を知らない可能性もあるんじゃないかな。青白ちゃんの父親だって、手紙にそんなことを書くほど馬鹿じゃないだろうさ。」

 

「絶対に知ってるさ。……今に見てろよ。きっとスカーレットさんがあいつの父親をギタギタにしてくれるはずだ。そしたらあんな顔をしてられるか見ものだぞ。」

 

おやおや、ウィーズリー家はレミリアの信者になる宿命でも背負ってるのか? レミリアの演説を夕刊紙で読んで以来、『入信』することに決めたらしいロンを冷めた目線で見ていると……おや、クラム? 向こうでハーマイオニーと話していたはずのクラムが、こちらに向かって歩み寄ってくる。遠距離恋愛のご相談は終わったのだろうか?

 

クラムは生徒たちの間を縫って私たちの前にたどり着くと、少しだけ悲しげな微笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「ミス・バートリ、ゔぉくたちもそろそろホグワーツを離れます。貴女と会うことが出来て、そして話すことが出来て、本当に光栄でした。」

 

「ああ、気をつけて帰りたまえ、クラム。……操舵は大丈夫なのかい? カルカロフは消えてしまったわけだが。」

 

あの山羊髭は結局姿を消してしまったのだ。ハリーが帰還してきた時のゴタゴタに紛れて、生徒も校長職も投げ棄てて逃げ出したらしい。……まあ、どうでもいいな。あの男は敵でもなければ、もはや利用価値もない。精々落ち延びてリドルを撹乱してくれることを祈るばかりだ。

 

私の問いかけを受けたクラムは、かなり微妙な表情で首を振ってくる。困ったような、呆れたような表情だ。

 

「あの人はゔぉくたちに作業をさせて、自分はキャビンでヴァインを飲むだけでした。ゔぉくたちだけでも問題なく帰れます。」

 

「そりゃまた結構。上が無能だと下が苦労するわけだ。」

 

「はい。……ゔぉくは学校に帰ったら、ダンブルドア校長の話を生徒たちに伝えます。ヴォルデモートとグリンデルヴァルド。ゔぉくたちも戦います。ミス・スカーレットにもお伝えください。ゔぉくたちも杖を取ると。」

 

「それは頼もしいが……大丈夫なのかい? ダームストラングには違った考えを持つ生徒もいるんじゃないか?」

 

あの学校ならばリドルに共感する者も絶対にいるはずだ。確信を持って問いかけると、クラムは神妙に頷きながら返事を返してきた。

 

「イギリスと同じように、そしてヨーロッパと同じように、ダームストラングも二つに割れるでしょう。それでも、ゔぉくは呼びかけます。それがイギリスでダンブルドア校長の話を聞いたゔぉくたちの使命なのです。」

 

「そうか。……もし何か危険に陥ったら、フランスかポーランド、もしくはギリシャに行くといい。あの三国は間違いなくレミィの側に付くはずだ。」

 

「お気遣い感謝します、ミス・バートリ。もし何かあれゔぁそうさせてもらいます。……では、お元気で。ポッター、君も頑張ってくれ。君と競い合えて光栄だった。」

 

「うん、僕も光栄だったよ。気をつけてね、クラム。無事を祈ってる。」

 

私に深々と一礼した後、ハリーに向かってしっかりと頷いてから、クラムは船が停泊している湖の方へと去って行く。……向こうでクラムを待っているダームストラングの生徒たち。そのうちの何人かは戦いに巻き込まれることになるかもしれない。

 

せめて、敵として再会しないことを祈るばかりだ。ため息を吐きながら去り行く彼らを見送っていると、ハーマイオニーと……デラクールか? ハーマイオニーがボーバトンの代表選手どのを連れてこちらに向かって来た。

 

デラクールはいきなりハリーにハグをすると、私に向かってぺこりと一礼してから口を開く。……ロンが羨ましそうにハリーを見て、それにハーマイオニーがイライラしているのが何とも奇妙だ。思春期だな。

 

「アリー、マドモアゼル・バートリ。私たちもフランスに帰りまーす。……でも、もしかしたらガブリエルはまた戻ってくるかーもしれません。その時はどうかよろしくお願いしまーす。」

 

「えっと、妹さんだけ? 君は?」

 

「フランスはきっと戦場になりまーす。嘗てそうしたように、イギリスに幼い子たちを避難させることになるかーもしれないのです。……でも、私はもう大人です。その時はフランスに残って戦うことになるでしょう。」

 

「戦うって……君が?」

 

ショックを受けたようなハリーに向かって、デラクールはしっかりと頷きながら言葉を放った。

 

「大丈夫です、アリー。フランスは強い。そしてイギリスも強い。きっとまた会うことが出来まーす。それに、デラクールは騎士の家です。覚悟は出来ていまーす。」

 

ニッコリ笑ってそう言うと、最後にデラクールは後ろで見ていた咲夜に近寄って……その額にキスしてからフランス語でポツリと呟く。

 

『小さなヴェイユ。どうか貴女にも幸運の訪れんことを。』

 

「あの……?」

 

「ちょっとしたおまじないでーす。……それでは。」

 

キョトンとする咲夜に微笑んだ後、デラクールもまた私に深々と一礼してから去って行った。巨大なボーバトンの馬車へと消えて行くデラクールを見て、ハリーがポツリと言葉を漏らす。

 

「みんな、戦いに行くんだね。」

 

どこか物悲しげなハリーの声が、玄関ホールの騒めきの中でやけに大きく聞こえた。その通りだ。遠からぬいつの日か、彼女たちは戦いに巻き込まれることになるだろう。否が応でもそうせざるを得ないのだ。

 

───

 

そしてホグワーツ特急。例年よりも少しだけ盛り上がりに欠ける旅も終わり、列車は無事にキングズクロス駅へと到着した。……恐ろしく混んでいる駅に。

 

「凄い人の数ね。警備の魔法使いなんかもいるのかしら?」

 

「だろうね。それに、親たちも今年ばかりは心配なんだろうさ。」

 

ハーマイオニーに応えながら混み合う駅のホームへと降り立ち、出迎えを探していると……誰だ? 見知らぬ二人の男女がゆっくりとこちらに近付いてくる。がっしりとした大柄な男と、細身のたおやかな女性だ。

 

「……セドリックのご両親だ。最後の試合の前に見たよ。」

 

緊張した様子で呟いたハリーは、急いでトランクから……ああ、優勝賞金か。彼らに渡すつもりなのだろう。重そうな皮袋をギュッと握りしめながら、ディゴリー夫妻に向かって歩いて行った。

 

「怒られたりしないよな? ……僕たちも行った方がよくないか?」

 

「ダメよ、ロン。ディゴリー夫妻はハリーに話を聞きたいの。彼らにはそうする権利があるわ。……それは私たちが邪魔したらダメなことなのよ、きっと。」

 

まあ、ハーマイオニーの言う通りだ。そしてハリーもそうすることを望んでいるだろう。……それに、ディゴリー夫妻は見た限りでは怒っているという様子ではない。ハリーの手をしっかりと握って、彼に向かって感謝を告げているようだ。恐らく遺体を持ち帰ってきてくれたことへの感謝を。

 

話し合う三人を無言で見つめていると、やがて私たちを発見したらしい親たちが集まってきた。赤毛の子供たちを心配そうに誘導するモリー、ハリーとディゴリー夫妻の話し合いを神妙な面持ちで見守るブラック、そして例年とは違う雰囲気の中をキョロキョロと見回しながら近付いてくるグレンジャー夫妻。最後にいつもの優しい笑顔でこちらに向かって来るアリスだ。

 

「お帰り、みんな。」

 

一言に想いを籠めて言ったアリスに、私、咲夜、魔理沙が返事を返す。……うーむ、私たちに微笑みかけながらも、油断なく周囲を警戒しているのがよく分かるな。多分人形も戦闘用のを持ってきているのだろう。

 

「リーゼ様、今年はちょっと長居をすることになりそうです。駅の警備を頼まれてしまって。私は生徒たちが帰り切るまでは持ち場で待機になるので、魔理沙を家まで送るのをお願いできますか?」

 

「了解したよ。」

 

どういうルートから頼まれたのかは知らんが、魔法省は猫の手も借りたいような状況のようだ。……もしくはダンブルドアあたりからの要請かもしれんな。

 

考えながらも頷くと、アリスは続けて私たち全員に……おいおい、そこまでするのか。過保護なお姉さんだな。アリスの綺麗な筆跡で住所が書き込まれている、羊皮紙の切れ端を見せてきた。

 

「これ、私の家の住所よ。……覚えた?」

 

「いや、覚えたっていうか、住んでるんだからもう知ってるに決まってるだろ。いきなりなんだよ、アリス。」

 

「私が教えるのが重要なのよ。詳しくは……お願い出来ますか? リーゼ様。私は持ち場に戻らないといけないんです。」

 

「ああ、任せておいてくれ。」

 

言わずもがな、忠誠の術である。守り人はアリス自身か。……何にせよ、これでマーガトロイド人形店は万全の守りを得たと言えるだろう。恐らく細やかな防衛呪文もかけてあるはずだ。

 

私の頷きを見て、アリスは持ち場とやらに戻って行った。その背を見ながら、魔理沙と咲夜に対して説明を放つ。

 

「いいかい? アリスは人形店に忠誠の術をかけたんだ。これで彼女が場所を教えた人間以外は人形店を見つけることも出来ないし、当然入ることも出来なくなった。……術をかける以前に場所を知っていたとしても、だ。」

 

「それって……そっか、これがハリーの両親も使ってたやつか。何となくは知ってるぜ。」

 

「ただし、守人であるアリスは術を解くまで人形店に入ることは出来ない。それに、キミが誰かを入れようとしても無駄だ。アリス経由で秘密を教えてもらわないと入れないのさ。」

 

「おいおい、ちょっと待ってくれ。それは……それは困るぜ。」

 

どうしたんだ? 何故か焦ったような声を返してきた魔理沙は、少しバツが悪そうな表情で続きを話し始めた。

 

「私さ、夏休みの間にアリスに鍛えてもらおうと思ってたんだ。どうにか頼み込んで。……戦いになるんだろ? そりゃあ私なんかに何か出来るとは思ってないけど、最低でもハリーたちの足手纏いにはなりたくないんだよ。咲夜は『能力』があるから心配ない。けど、私は……。」

 

「魔理沙……。」

 

「最近やけに大人しかったと思えば、キミはそんなことを考えてたのか。」

 

俯く魔理沙の肩に、咲夜が心配そうな表情で手を乗せている。うーむ、十三歳の少女が心配することではないと思うのだが……まあいいさ。心意気は買おうじゃないか。

 

「……いいだろう。幸いにも来年はキミにピッタリの教師がホグワーツに来るんだ。私が話を通しておいてあげるよ。それに、夏休み中は私が教えられる。一人も二人も同じことだしね。」

 

「教師? それに、二人って?」

 

「んふふ、後で話すよ。あっちの話も終わったようだし、先に別れを済ませようじゃないか。」

 

言いながら振り向くと、ちょうどハリーたちが近付いてくるところだった。ハーマイオニー、ロン、それに父親に連れられたルーナ。三人と別れの挨拶を済ませた後で、ブラックに連れられているハリーへと向き直る。魔理沙と咲夜もジニーやルームメイトたちと別れを済ませているようだ。

 

「ハリー、これを持っていきたまえ。」

 

「えっと、いつもリーゼが使ってるトランクだよね? 何が入ってるの?」

 

「『部屋』さ。かつて偉大な魔女が高みに至り、そして私が杖魔法を学んだ場所だ。キミは夏休みの間の一定期間、どうしても叔父の家に居る必要がある。だからキミを鍛えるには私が出向く必要があるんだよ。」

 

「あー……どういうこと?」

 

キョトンとするハリーに、クスクス笑いながら答えを返す。まだまだだな、ハリー。パチュリーはすぐに理解してたぞ。

 

「んふふ、帰ったらキミの『牢獄』で開いてみたまえ。そこが夏休み中の特訓室になるはずだ。なんなら私室として使っても構わないよ。ダーズリー家よりかはマシだろうしね。」

 

小部屋の暖炉を煙突ネットワークに繋げばいいのだ。あるいは姿あらわしで通ってもいい。トランクの中の小部屋はトランクが置いてある場所の『所属』になるはず。ホグワーツに置いてある時は姿あらわしが出来ないが、ハリーの部屋ならば問題はあるまい。

 

それに、リリー・ポッターの護りや『臭い』も問題ないはずだ。あくまでもハリーはダーズリー家に居るわけだし、パチュリーが使ってた頃に臭いが漏れない魔法はかけてある。

 

未だ疑問顔で曖昧に頷くハリーに背を向けて、今度はブラックに向かって口を開いた。

 

「ハリーを頼むぞ、ブラック。」

 

「無論です。ダーズリー氏には既に私が送ると言ってありますので、姿あらわしで直接移動します。」

 

「結構。……それじゃあ、また会おう、ハリー。どうせすぐに会えるがね。」

 

ヒラヒラと手を振りながら別れの言葉を放って、後輩二人と共に駅に設置されている暖炉へと向かう。……来年は忙しくなるぞ。ハリーに正体がバレた以上、他の連中に伝えるのには何の抵抗もない。アリス同様、レミリアから『おつかい』を頼まれることも増えるはずだ。

 

レミリア、ダンブルドア、アリス、そしてパチュリーでさえも動き出すというのに、さすがに私だけがのんびり過ごすわけにはいかんだろう。……くそ、こんなことなら去年の夏休みをもっと満喫するんだった。ああ、懐かしきヨークシャーの食い道楽よ。

 

ステーキ、ワイン、ローストビーフ。せめて帰ったらエマに頼もうと決心しつつも、アンネリーゼ・バートリは暖炉へと足を踏み入れるのだった。

 


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