Game of Vampire 作:のみみず@白月
「あの、聞いていらっしゃいますか? ノーレッジさん。」
『私と杖と、トロールと』に視線を落としたままで、パチュリー・ノーレッジはコクリと頷いていた。この本は娯楽本だか学術書だか判断に迷うな。全部読み終わってからじゃないと決めるのは難しそうだ。
場所はホグワーツの校長室の中の、持ち込んだ揺り椅子の上である。ダンブルドアが普段使っていた椅子は私のお眼鏡に適わなかったのだ。……ジジイのくせに、硬い木の椅子だと? 腰痛とかにならないのだろうか?
もしくはクッション魔法なんかを上手いこと使ってるのかもしれないな。どうせ『イメージを損なわない為に』とかいう訳の分からん理由なのだろう。カッコつけめ。利便性より見た目を重視するってのは理解不能だぞ。
あらぬ方向に飛んだ思考を、再び聞こえてきたマクゴナガルの声が引き戻した。いけない、いけない。本に集中しなければ。
「ええと……では、通してもよろしいので?」
「いいわよ。」
端的に返答を放ってから、再び本へと意識を向ける。マクゴナガルの説明によると、大法廷から派遣された『監査員』とやらが挨拶に来たらしいが……まあ、どうでも良いな。ウィゼンガモットと反ポンコツ吸血鬼同盟が組んでも、結局有名無実の監査員を派遣するのが精一杯だったようだ。
建前的には『イギリス魔法界に相応しい教育が行われているかを監査するため』ということだったが、実際は間違いなくダンブルドアの粗探しをしに来たのだろう。レミィとダンブルドアが『お友達』なのは有名な話だ。彼らは先ず馬を射ようとしてきたらしい。
っていうか、『城に入れる人間は選びたい』云々は何処にいったんだろうか? まさかダンブルドアが唯々諾々と了承したわけがないし、となると独立自治の建前では防げなかった派遣ということになる。法規的な抜け道を使われたかな? ……とにかく、面倒事が一つ増えてしまったようだ。読書が一段落したらレミィにも確認を入れなければなるまい。
「ェヘン、ェヘン。」
しかし、この本はタイトルでかなり損をしてるな。トロールの種類、生態、果てはそれぞれの耳の長さまで。かなり大規模な統計をとってその数値を弾き出しているのだ。これだけ調べるのには相当苦労したはずだぞ。トロール相手のフィールドワーク……嫌になったりしないのだろうか?
「ェヘン、ェヘン。」
何にせよ、魔法使いらしからぬきちんとした統計のとり方には非常に好感が持てる。マグル学を受講したのか? 気になってもう一度表紙を見てみると、著者は……ああ、スキャマンダーの弟子の一人か。それなら納得だ。恐らくスキャマンダーの妻から統計学を学んだのだろう。イルヴァーモーニーじゃあ昔から普通に教えているようだし、ホグワーツでもそろそろ取り入れるべきだぞ。
「ェヘン、ェヘン!」
うーむ……こうなってくると、『トロール全集 ~これであなたもトローラー~』とか、『トロールか、人か』とか、『脳みその小さな生き物たち』に勝るとも劣らぬトロール専門書だと言えそうだ。少なくとも単なる娯楽本として扱うには惜しすぎる。
「ェヘン、ェヘン、ェヘン!」
よし、決めた。これは学術書として分類しよう。文体こそ軽い感じだが、内容は完全に専門書のそれなのだ。うんうん頷きながら読み終わった『私と杖と、トロールと』を置いて、次に『バンシーのおひめさま』なる絵本を手にしたところで……何だ? マクゴナガルが困り果てたような声を寄越してきた。
「あの、ノーレッジ校長代理。先程からずっと……その、監査員の方がお待ちです。」
言葉に従って目線を上げてみれば、何故か顔を真っ赤にしている……カエル? ピンクのカエル女が目に入ってくる。そういえばレミィがガマガエルがどうこうって言ってたっけ? 確かハエを食べるとかなんとかって。
「あら、居たの。……それで?」
まあ、カエルだろうがヒトだろうが構うものか。本よりも重要なはずがない。目線を下ろしてバンシーがある日突然声を枯らしてしまう場面を読みながら聞いてやると、カエル女は耳障りな甲高い猫撫で声で話し始めた。
「ごきげんよう、ノーレッジ校長代理。私はウィゼンガモット大法廷直下の『魔法教育促進委員会』から派遣されてまいりました、ドローレス・アンブリッジ監査員ですわ。実際のお仕事は新学期からになりますが、今日は赴任のご挨拶をと思って参りましたの。」
「そう、こんにちは。」
ふむ。難しい単語も使ってないし、ちゃんと文字も大きく分かり易く描かれている。絵がちょっとだけ怖い感じだが……んー、ギリギリ許容範囲だな。話の雰囲気上仕方のないことだろうし、未就学児向けの絵本としては文句なしだ。
「……ェヘン、ェヘン。しかし、校長を代理の人間に任せているとは驚きですわ。ダンブルドア校長は今どちらにいらっしゃるのですか?」
「知らないわ。」
「あらまあ! それでは、いざ何かあった時に困るのではありませんの? 連絡も取れないのでは指示を仰げないではありませんか。」
「困らないわ。」
マグルの王子さまがバンシーとキスする場面を読みながらチラリと目を上げてみると、ニタニタ顔で首を傾げているカエル女が見えてきた。うーん、これだとバンシーの方がまだ可愛げがあるな。さすがにこの顔相手ではマグルの王子さまもキスを躊躇うだろう。
「あら、あら、あら。これは監査役としては見過ごせませんわ。連絡の不備、そしてその問題に対する認識の不足。メモさせていただいてもよろしいかしら?」
「どうぞ。」
うんうん、起承転結がハッキリしていて分かり易いし、ハッピーエンドなのも高得点だ。地味にマグルと魔法使いの交流が描かれているのも悪くない。この絵本は『お子様向け』の棚の前列に置くべきだな。いやはや、また良い本を発見してしまった。
満足して大きく頷きながら『バンシーのおひめさま』を置いて、今度は『マグル ~その歴史と愚かしさ~』を手に取る。なんとまあ、魔法族上位主義者が書いたのが丸わかりの本じゃないか。……いやいや、先入観は良くないぞ、パチュリー。もしかしたらきちんとした意見を述べているのかもしれないし。本は読んでから評価すべきなのだ。
「ェヘン、ェヘン。……私は来学期いっぱいの間、行われている授業内容や生徒たちの生活、教師の習熟度と魔法教育に対する考え方、それに校内の設備についてを監査させてもらうことになります。それを然るべき場所に報告する義務があるのですけれど……魔法省と頻繁に行き来する必要がありますので、煙突ネットワークが繋がっている部屋を用意していただいてもよろしいかしら?」
「それは無理ね。」
「あら、どうしてですの?」
「マクゴナガル。」
二度に渡る大戦のことを書き連ねている箇所を読みながら呟くと、マクゴナガルも心得ている様子で代わりに説明を話し出した。前回の騎士団の時もそうだったが、この副校長は確かに使えるヤツだ。打てば響く。やり易くていいぞ。特に、丸投げしちゃえば全部やってくれるところとかが。
「防犯のためです。本日ポートキーでお越しいただいたのも、既に校内の煙突ネットワークを完全に封鎖しているからでして。更に、九月以降はポートキーでの移動も校長代理の魔法で制限することになります。外部に報告を送りたいのであれば、手紙でのやり取りをなさった方がよろしいかと。」
「それは少々……被害妄想が過ぎるのでは? 私から見ればやり過ぎという感じが強いですわ。」
「ヴォルデモート卿が復活した今、必要な措置なのです。」
マクゴナガルからリドルの芸名が出ると、しばらくの間部屋を沈黙が包むが……やがてアンブリッジが私に向かって問いを放ってくる。なんだよ、少し没入し始めてたとこだったのに。読書にケチがついちゃったぞ。
「……ノーレッジ校長代理も、例のあの人の復活を信じていますの?」
「ええ。」
「ナンセンスですわ。……そもそも、貴女が校長代理として相応しい人物かが私には疑問ですの。お気を悪くなさらないで欲しいのですけれど……貴女はほら、『無名』でしょう? 保護者の方々も心配するのでは?」
「心配ないわ。」
うーむ、話の起点は悪くなかったが、結局は『魔法が使えないからマグルは愚かだ』という意味不明な結論に向かっているようだ。下調べは正確だっただけにちょっと残念だな。……これは『主義者向け』の本棚行きになりそうだ。
「私は根拠を示していただきたいのです。つまり、それだけの能力があるということを。……それとも、出来ませんの? 出来ないのでしたら無理にとは──」
「出来るわよ。はい。」
目線を本に落としたままでちょちょいと手を振って、目の前の女をカエルに変える。……『カエルに変える』か。ちょっと面白いな。今度リーゼにでも披露してみよう。いやはや、我ながら中々のジョークセンスじゃないか。カエルに変える。うーん、素晴らしい。
会心のジョークに私がむふむふ笑っている間にも、大慌てでぴょんぴょこ跳ね回り始めた大きめのカエルを見ながら、マクゴナガルが負けず劣らずの慌てた声を寄越してきた。
「ノ、ノーレッジさん? それはちょっと……さすがにマズいのでは? その、『これ』は違法だと思うのですけれど。」
「合法よ。私は杖を使ってないし、厳密に言えばこれは貴女たちの言う魔法じゃないわ。つまり、魔法法じゃ『これ』は未だ定義されていないの。証明出来ず、定義も出来ないものは裁けないでしょ?」
「あー……なんと言うか、そういう法的な問題ではないのだと思います。つまりその、もっと『常識的』な意味で問題になるのではありませんか?」
「そう? それじゃあ……はい。これで元どおり。問題なしよ。」
つまらんな。カエルを解呪してやると、ひっくり返った状態のアンブリッジが校長室の床に現れる。彼女は自分が人間……というかカエル人間に戻っていることを認識すると、顔を真っ赤にして私に文句を捲し立ててきた。何で怒ってるんだ? そこまで大きく変えたつもりはないぞ。
「こんな、こんな……こんな屈辱は初めてです! 違法ですわ! このことは今すぐにでも報告させていただきます!」
「あら、貴女が能力を示せって言ったんじゃないの。私にあるのは『魔法を使う程度』の能力なのよ。……それで、何処に報告するのかしら? 魔法法執行部? 闇祓い局? 魔法警察部隊? それなら私がレミィを通して連絡してあげましょうか? その方が早いしね。」
「それは……大法廷です! 大法廷に報告させていただきますわ!」
「それじゃ、ウィゼンガモットの『坊や』たちが現場検証をしに来るのを楽しみに待っておくわ。……連中がこんな場所まで来られるとは思えないけど。玄関の石段で躓いて死にかねないしね。」
そこまで言ったところで、尚も文句を放とうとするアンブリッジの口を魔法で塞ぐ。私は読書の時間を邪魔するヤツが一番嫌いなのだ。そして、こいつからはその臭いがする。ならば最初に釘を刺しておくのが肝要だろう。
「いい機会だから教えてあげる。この城に滞在するつもりならよく覚えておきなさい。私はダンブルドアのように優しくはないし、レミィのように『常識的』でもないの。理不尽で、陰湿で、残酷で、常識知らずな魔女なのよ。……だから貴女が何処から来た誰だろうと、私の邪魔をするなら一切容赦しないわ。お分りかしら?」
そこで魔法を解いてやると、アンブリッジは真っ赤な顔で口をパクパクしながら私を睨みつけた後、やがてドスドスという荒い足音で部屋を出て行ってしまった。……きっと良い運動になるだろう。用意したポートキーは片道だけだ。である以上、彼女がロンドンに帰るためには敷地の外に出て姿くらましをする以外に方法がないのだから。
「飛翔術が使えるといいんだけど。歩くと結構な距離よ?」
「……ええっと、よろしかったのですか? かなり怒っていたようですけれど。」
「怒ったところで何にも出来やしないでしょ。今の魔法省はレミィのオモチャよ。それに、私の読書を邪魔するヤツは嫌いなの。」
「はあ。」
同意とため息の中間くらいの声を出したマクゴナガルは、執務机に置いてあった羊皮紙の束を指差しながら口を開く。……ふむ? 何故かもう片方の手で額を押さえているな。頭痛持ちなのか? 可哀想に。
「それでは、教師たちから提出された来年度の授業計画やら補充品の確認やらは私がやっておきます。それと、在校生たちへの手紙と、新入生の案内と、霊魂課へのゴースト名簿の提出と、絵画の補修手続きと、水中人への連絡と、階段の点検と、しもべ妖精たちの担当箇所の割り振りなんかもお任せください。」
「素晴らしいわね、貴女はきっといい校長になるわ。……今からでもどうかしら?」
「『校長』でないと起動できない魔法もあるのです。今が有事な以上、私などよりもノーレッジさんが適任ですよ。」
「あらそう、残念ね。」
よく働く副校長だ。小悪魔なんかよりもよっぽど仕事が出来るじゃないか。私が後半を速読で終えた『マグル ~その歴史と愚かしさ~』を置いて、今度は『美容の求道者 ~これで貴女もケンタウルス系美女~』を手に取ったところで、マクゴナガルが恐る恐る伺うような口調で話しかけてきた。
「あの、防衛術の方は大丈夫なんでしょうか? もちろん私は心配しておりませんが、出来れば授業計画なんかを見せていただけると安心できるのですけど……。」
「ああ、それなら……はいこれ。」
「あー……これは?」
「使う教科書のリストよ。生徒たちに準備させて頂戴。」
言いながら私が差し出した羊皮紙を見て、マクゴナガルは何故か物凄く困ったような表情になった後、かなり慎重な感じで語りかけてくる。……何だよ。もっと感心した顔になると思ってたぞ。
「その、これはさすがに多すぎるのではないでしょうか? 私が見る限りでは、各学年で十五冊以上あるように見えるのですけれど。……七年生は二十冊もありますね。」
「正確には二十三冊よ。かなり絞り込んだ結果がこれなの。どれもこれも絶対に必要な本だわ。」
「ええ、勿論そうでしょう。私は一切疑っておりません。しかし、これだけの量となると金銭面で負担をかけることになってしまいます。……どうにか二冊か三冊には抑えられませんか?」
むう、金の問題があったか。そういえば本は買う物だったっけ。しかし、三冊だなんて不可能だぞ。……ホグワーツの食事を質素にする代わりに、その金を本に回せないかな? ダメか。さすがにダンブルドアに怒られちゃいそうだ。
私なら喜んで受け入れるのに。不満に思いつつも、困り顔のマクゴナガルへと譲歩の言葉を放った。
「一学年あたり十冊に抑えるわ。それでどう?」
「五冊では無理ですか? それなら何とかなるはずです。」
「……七冊よ。これが限界。これ以上は絶対に無理。」
「……分かりました。一学年あたり七冊。それでいきましょう。」
ぐぬぬ、結構削られてしまった。……まあいいさ。七ってのは縁起がいいし、七冊あればギリッギリなんとかなるはずだ。もう一度絞り込みをやらなければいけないな。
脳内で『総当たり教科書トーナメント』を開きながら、マクゴナガルに向かって最後の抵抗を投げかける。
「一応、残りも推薦図書として載せておいて頂戴。賢い学生はそれで買うはずよ。私が選んだ本にはそれだけの価値があるわ。」
「分かりました。……では、私は仕事に戻らせていただきます。」
「はいはい、頑張ってね。」
ぺこりと一礼して校長室を出て行ったマクゴナガルを見送り、再び本へと意識を戻す。……ケンタウルス系美女ってのは『馬っぽい』っていう意味じゃなくて、『ケンタウルスの女性のような顔』ってことだったのか。
確かにあの種族は美形揃いだし、目指す目標としては悪くないな。ただし、美容関係の魔法に関しては出鱈目が多すぎるぞ。『髪をツヤツヤにする呪文』として縮毛呪文が載っているのがなんとも間抜けだ。
うん、これは奥の本棚に回そう。間違いは良くない。……さて、次は『欧州呪文史』か。タイトルはいいぞ。こういう端的なタイトルのやつは、中身が充実している場合が多いのだ。
紙を捲る感触と音、等間隔に並ぶ文字、羊皮紙独特の匂い。それらに安らぎを感じつつ、パチュリー・ノーレッジは本の世界へと沈み込んでいくのだった。