Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……おや、キミだけかい? 魔理沙。」
トランクの中の小部屋に姿あらわししたアンネリーゼ・バートリは、ソファに寝っ転がってお菓子を食べている魔理沙に声をかけていた。ふむ? 魔理沙が来ててハリーが遅れるってのは珍しいな。
七月中旬。今日も二人の特訓のために、ハリーに渡したトランクの中の小部屋を訪れたのだ。ちなみに姿あらわしがまだ使えない魔理沙は、マーガトロイド人形店から煙突飛行で通ってきている。この前なんかはフルーパウダーの消費が一気に増えたと嘆いていた。
一応、安全面も考慮済みだ。レミリア曰く、従来のものからは独立した煙突ネットワークに組み込んであるらしい。詳しい仕組みはさっぱり分からんが、紅魔館と人形店の暖炉からのみ煙突飛行でこの場所に出られるようになっているんだとか。
当然ながら私のベッドやら衣装棚やらはハリーに渡す時に運び出しているので、部屋の中にはティーテーブルとソファ、そしてハリーの箒整備グッズや、魔理沙が持ち込んだ標的代わりのクッションなんかが転がるばかりだ。……この部屋は本当に『模様替え』が多いな。パチュリーの頃から通算すると何度したか分からんほどだぞ。
もう慣れっこなのだろう。いきなり姿あらわししてきた私に驚くこともなく、魔理沙はソファに寝っ転がったままで返事を寄越してくる。……うーむ、将来が心配になるほどに乙女らしからぬ姿勢だ。魔法より先に慎みを教えるべきかもしれんな。
「おっす、リーゼ。私も五分くらい前に来たばっかだけど……ハリーが遅れるのは珍しいよな? 様子を見に行った方が良くないか?」
「そうだね。私がこっそり呼びに行ってくるから、キミは練習の準備を進めておいてくれ。」
「へいへい、了解だぜ。」
魔理沙の軽快な返事を背に、小部屋を出て階段を上る。キングズクロス駅でした約束の通り、ハリーの閉心術と並行して彼女にも杖魔法を教えているのだが……まあ、そっちは然程苦労していない。やってることは星見台での延長線だし、基礎を教えれば勝手に自主練に励んでくれるのだ。
ちなみに、三日に一度くらいのペースで咲夜も特訓に参加している。頻度が少ないのはエマに『メイド道』の修行を受けてるからだそうだ。……後で内容の聞き取りを行う必要があるな。絶対に変なことを教えてるぞ。
美鈴とは別ベクトルで頼りにならない使用人のことを考えながら、突き当たりにある梯子を上って落とし戸をノックしてみれば……んー、返事が返ってこない。居ないのか?
妙だな。何たって、ハリーはこの練習と箒の整備だけを楽しみに夏休みを過ごしているようだったのだ。である以上、何の理由もなくすっぽかすとは思えない。また『ダーズリー関係』のトラブルでも起こしたか?
「ハリー? 居ないのかい?」
呼びかけながらも戸を開けて、トランクの中からひょこりとハリーの部屋へと顔を覗かせるが……やっぱり無人だ。恐らくダーズリー家で一番狭い寝室の中には、無人の静寂が広がるばかりだった。
困ったな。ハリーには別に入っても構わないと言われてはいるのだが、主人不在の私室に入るのはなんか気が引けるもんだ。……『侵入』を躊躇う吸血鬼? 我ながら意味不明だぞ。
自嘲しながら部屋の中へと足を踏み入れると、ポールハンガーにかけられたカゴの中の白ふくろうがキーキー鳴いて威嚇してきた。なんだよ、羽毛饅頭め。防犯のつもりか?
「やあ、羽毛饅頭。キミのご主人様はどこだい?」
何の気なしにダメ元で問いかけてやれば、羽毛饅頭はやけに人間味を感じるジト目になった後……壁? じゃないな、外ってことか? 庭がある方向を嘴で指し示す。
ふむ、行ってみるか。能力で姿を消してから、またしてもキーキー鳴き始めた羽毛饅頭を背にドアを開けると、埃一つないダーズリー家の廊下が見えてきた。魔法なしでこの清潔さを保つのは大変だろうに。
あるいはマグルの便利な掃除用具があるのかもしれない。考えながらも階段を下りて、そのまま玄関を抜けると……何してるんだ? 庭先に屈みこんで何かをしているハリーの姿が目に入ってくる。ひょっとして、名付け親のモノマネか?
「やあ、ハリー。パッドフットごっこかい? あの不良中年の真似をしてると、ご近所の評判が悪くなっちゃうぞ。」
「わっ……リーゼ? そこに居るの?」
「ああ、ここの家主に姿を見られると厄介なことになりそうだからね。魔法で姿を消してるんだ。」
厳密に言えば能力だが、ひっくるめれば魔法のジャンルだろう。近付きながら言ってやると、ハリーは私の『居るであろう』方向を見ながら説明を寄越してきた。……そこには誰も居ないぞ、ハリー。まだまだだな。
「スプリンクラーを直してたんだよ。バーノンが帰ってくるまでに直さないと、『また』夕食抜きにされるんだ。……ひょっとして、もう練習の時間になっちゃってた?」
「その通り。『すぷりんくらー』が何なのかは知らないが、引っこ抜いて持ってきたまえよ。小部屋で修復呪文をかけたほうが早いぞ。」
「そっか、その手があったか。……何で僕は思い付かなかったんだろ? そしたら一時間以上も暑い中で格闘しないで済んだのに。」
一時間もやってたのか。かなり情けない顔で呟いたハリーは、立ち上がって伸びをしてから口を開く。
「うん、練習が終わったら外して小部屋に持ってくよ。……ねえ、トランクの中みたいに、家の中でも魔法が使えるようには出来ないの? そしたらかなり助かるんだけど。」
「可能不可能で言えば可能だろうが、私にはどうにも出来ないんだよ。夏休み中は素直に諦めたまえ。……ほら、行くよ。魔理沙も既に到着してるんだ。」
「……それじゃ、行こうか。」
かなり残念そうに付いてくるハリーに心が痛むが、私は『臭い』を防ぐ魔法を使えないのだ。私が知る限りでそれを使えるのはパチュリーとアリスだけで、パチュリーはホグワーツを離れられないし、アリスは元教師として未成年が自由に魔法を使える状況を是とすまい。
それにまあ、魔法が検知されるってのは安全策の一つにもなるわけだし。考えながらも再び戻ってきたトランクに飛び込んで姿を現すと、ようやく私の姿を認識したハリーが梯子を降りながら話しかけてきた。
「今日も閉心術の練習をするの? ……あのさ、今日だけは他の呪文にしない? 何ならもう習得済みのやつでもいいから。武装解除とか。」
「当然、ダメだ。説明しただろう? キミが閉心術を身に付けない限り、私やダンブルドアはキミに何も話せないんだよ。……話せないその理由すらもね。それでも構わないっていうなら他の呪文にするが。」
「……分かったよ、頑張る。」
閉心術の練習は嫌だが、秘密にされ続けるのはもっと嫌なのだろう。飴と鞭……じゃないな。鞭と棘付き鞭ってところか。それなら誰だってただの鞭を選ぶはずだ。
嫌そうなハリーに肩を竦めながら小部屋へのドアを抜けると、お菓子片手に準備を進めていた魔理沙が声を放ってきた。太っちゃうぞ、魔女っ子。
「おう、遅かったな。」
「ハリーを『刑務作業』から救出してたのさ。……さて、それじゃあ今日は防衛呪文だ。先に呪文と振り方を教えるから、ハリーにいつもの『尋問』をする間に練習しておいてくれ。」
「へいへい、お手柔らかにやってやれよ?」
「それは保証しかねるね。」
まあ、正直なところ魔理沙の存在は結構助けになっている。始めてみて分かったことだが、二人っきりで閉心術の練習というのは中々に気が滅入るもんだ。魔理沙の賑やかしが無ければもっと暗い雰囲気になっていただろう。
「
「小さく、三角だな。……分かった、練習しとく。」
教わる時だけはやけに素直な金髪ちゃんに苦笑しつつ、今度はソファに座るハリーへと向き直った。……さて、ここからが本番だ。そろそろ取っ掛かりくらいは掴んでくれよ?
「それじゃあハリー、そっちも準備はいいかい?」
「ちょっと待って。心を空っぽに……うん、いいよ。」
「結構。では……
杖を向けながら集中して、ハリーの心へと入り込む。……実際のところ、開心術というのは非常に難しい呪文だ。人間の『心』というのはそう分かり易い構造をしているわけではない。まるで……そう、立体的な多重構造の迷路のような感じになっているのだ。
故に、開心術を使う時は真実薬を併用することが多い。あれを使うことで迷路をより簡単にして、心の奥底に隠されている秘密へとたどり着き易くするわけだ。……あるいはまあ、磔の呪文を使う時もあるらしいが。繰り返し拷問することで心の抵抗力を削ぐとかなんとか。
とにかく、何を言いたいかというと……まあ、うん。私は開心術があまり上手とは言えないのである。そもそも妖怪と人間とでは『心』の構造が異なっているし、この呪文はあんまり使う機会が無いのだ。昔よりは若干上手くなっている気はするが、それでも新米開心術師よりちょびっとマシくらいの腕前だろう。
そして、そんな私に侵入を許している以上、ハリーの閉心術はまだまだだということだ。杖を下ろして集中を解き、掘り出した『記憶』についてハリーへと質問を投げかけた。今回のも中々に意味不明な光景だったな。
「……ダーズリー家では昔犬を飼ってたのかい? バーノンはあまり動物が好きそうな雰囲気じゃなかったが。」
狂犬病を疑うほどに獰猛なブルドックと、それに追い回される小さなハリー、そしてそれを大爆笑して見ている従兄。謎の光景について首を傾げる私に、ハリーはバツが悪そうな表情で答えを寄越してくる。
「あれはマージおばさんの犬だよ。九歳くらいの時に追い回されて、庭の木の上に逃げたんだ。そしたら、急に屋根の上に移動しちゃってて。……今だから分かるけど、無意識に魔法を使ったんじゃないかな。」
「なるほど。例の『風船おばさん』の犬か。道理でアホっぽい見た目だったわけだ。」
今度ブラックにでも仕返ししてもらうのがいいかもな。あいつなら喜んでやるだろう。どうでもいいことを考えながら返事を返したところで、クッションの要塞化を推し進めている魔理沙が声を放ってきた。
「プロテゴ・トタラム。……風船おばさんってなんだ? バルーンアートとかをやってる人なのか?」
「ハズレだ、魔理沙。バルーンアートに『なった』人なのさ。……フリペンド。ほら、全然防げてないぞ。」
「むぅ……これって本来はどうなるんだよ?」
「成功したら盾の呪文よろしく防ぐし、見習いレベルでも逸れていくはずだ。……まあ、かなり難しい呪文だからね。気長にやりたまえ。」
吹っ飛んでいった哀れなクッションを見つめる魔理沙に声をかけてから、再びハリーに向き直って杖を構える。……そんなに嫌そうな顔をするなよ、ハリー。私だって楽しんでるわけじゃないんだぞ。
「集中だ、ハリー。心の中に空っぽな場所を作って、私の意思をそこに誘導するんだ。それ以外の場所に入ろうとしたら跳ね除けながらね。」
「うん、頑張るよ。……もうこれ以上恥ずかしい秘密を知られるのは嫌だしね。」
「なぁに、十歳の時の『アレ』がピークさ。あれ以上恥ずかしいってのは中々無いと思うよ。」
「……慰めの言葉をありがとう、リーゼ。もし君からあの記憶が消えるなら、僕はグリンゴッツの金庫を空っぽにしたって構わないよ。あるいは、スクリュートをペットにしたっていい。」
いやまあ、確かにそのくらいの恥ずかしさだったはずだ。あの記憶を『見ちゃった』後は、私でさえ気まず過ぎて声をかけられなかったほどなのだから。……ハリーは真っ赤になって床をゴロゴロ転がってたし。
思春期の少年には辛過ぎる練習に同情を送りつつも、再びハリーに向かって呪文を放つのだった。
「レジリメンス!」
───
そして数度の『発掘作業』が終わり、私とハリーの間の空間が気まずさで支配された辺りで、見兼ねた魔理沙の提案を受けて一度休憩することになった。……早く習得してくれ、ハリー。こんなもん私まで恥ずかしくなってくるぞ。
「でもよ、意外だよな。スキーターがこういう記事を書くとは思わなかったぜ。……えらく『まとも』じゃんか。」
私が持ってきた昨日の夕刊予言者新聞を見ながら言う魔理沙に、ブルーベリーパイを切り分けているハリーが返事を返す。夏休み中のハリーの食生活を改善するために、練習の時は毎回エマに軽食を用意してもらっているのだ。そして彼の食いつきを見る限り、その選択は大正解だったらしい。
「うん、対抗試合の時とは大違いだよね。大陸との連携が大事だとか、家庭でも出来る防犯の心得とか……確かにまともだ。頭でも打ったのかな?」
「なぁに、スキーターはレミィと『提携』したのさ。今じゃ悪しき吸血鬼お抱えのジャーナリストだよ。一介のゴシップ記者から、政府のプロパガンダ担当に昇進したってわけだ。」
「おいおい、それって……怖えな。裏取引ってやつか?」
「ま、ウィンウィンの関係みたいだけどね。実際にスキーターの評価は上がってるわけだし、本人もきっとご満悦だと思うよ。」
死喰い人の『襲撃リスト』入りしたのは間違いないだろうがな。引きつった顔で言ってきた魔理沙に肩を竦めて返したところで、ハリーが美味そうにブルーベリーパイを食べつつ質問を放ってきた。
「んー……でも、あんまり大きな事件は起きてないみたいだね。僕、もっと分かり易い戦いになると思ってたよ。こう、『戦争』って感じに。」
「そりゃまあ、いつかは大きな戦いが起きるかもしれないが……まだ暫くは『陣取り合戦』が続くと思うよ。リドルもバカどもを取り纏めるのに一苦労だろうしね。」
「それが終わったら、ようやく始まるってこと?」
「残念ながら、それ以前にも小出しで『テロ行為』をやってくる可能性は高いかな。戦争以下、事故以上くらいなのをね。姿あらわしという魔法が存在してる以上、それが向こうにとって一番の戦法なのさ。」
小さなテロ行為を頻発させるのはヤツの常套手段だ。積み重なる恐怖と不安によって連携を引き裂き、抗おうとする気力を失わせる。前回の戦争の光景を思い出す私を他所に、魔理沙が小さく鼻を鳴らしてから声を上げた。
「ふん、そうそう上手くいかないと思うけどな。レミリアがその為の法案を通したんだろ? あの、有事における魔法戦士……緊急なんちゃらってやつ。」
「その通り、そこが前回との違いさ。前回のイギリスはバラバラだった。騎士団と魔法省はそれぞれ別個に戦っていたし、民間の魔法使いたちも為す術なく閉じ籠ってるしかなかったんだ。……だが、今回はそうじゃない。ダンブルドアの言葉を借りるのは癪だが、団結したイギリスは確かに強いぞ。リドルもこれを突き崩すには苦労するはずだ。」
「騎士団って?」
おっと、そこを教えてなかったか。質問を放ってきた魔理沙は元より、ハリーもパイをモグモグしながら首を傾げてしまっている。名前くらいは聞いたことがあるようだが、詳細はまだ教わっていないのだろう。
ハリーは三年生の時にフランから聞いているとばかり思っていたが……うーむ、戦争の話はあまりしなかったのかもしれんな。それならこの際さわりだけでも教えておくか。無論、リドルに伝わったらマズい情報は省かねばならないが。
「正式名称は『不死鳥の騎士団』といってね。ハリーや咲夜の両親、フラン、ブラック、ルーピン、それに勿論ダンブルドアやレミリア、アリス。後はキミたちが知っている人物だと……ウィーズリー夫妻や『本物の』ムーディ、ハグリッドに次期魔法大臣のボーンズ。あの辺が所属してた、前回の戦争時の抵抗組織だよ。」
「へぇ……なんか、知ってるヤツが多いな。それとも人数がそもそも多かったのか?」
「いや、そこまで多くはなかったかな。知り合いが多いのは、レミィやハリーの両親との繋がりがあるからだと思うよ。……勿論、咲夜ともね。」
興味が出てきたらしい魔理沙の質問に答えたところで、今度はハリーがフォークを置きながら質問を放ってきた。その顔は魔理沙と同じく、興味の色に彩られている。
「フランドールさんやシリウスから軽くは聞いてたけど……そっか、その人たちが僕を守ってくれてたんだね。」
「そういうことだね。ただまあ、本当に詳しく話すのは閉心術をマスターしてからだ。旧団員の中には、今まさに任務に当たってる魔法使いもいるからね。」
「うん、分かってる。分かってるけど……話せるところまででいいんだ。パパとママの話、少しだけ聞かせてくれないかな? ルーピン先生が話せなかったところも、今なら話せるでしょ?」
やっぱりそう来たか。私は守人だったのでムーンホールドには入れなかったし、そこまで騎士団について詳しいわけではないのだが……こんな顔をされたら無下にも出来まい。なんとか記憶を掘り起こすことにしよう。
身を乗り出す二人に苦笑しながらも、紅茶を淹れ直してから口を開いた。
「その頃の私は表立って動いてたわけじゃないから、あくまでレミィやフラン、アリスあたりから聞いた話になるよ? ……そうだな、それなら先ずは──」
思ったよりも長い休憩になりそうだな。今ではずっと昔に感じられる戦いの記憶を思い出しながら、アンネリーゼ・バートリはなるべく陰惨な場面に触れないように語り始めるのだった。