Game of Vampire   作:のみみず@白月

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破れぬ誓い

 

 

「今日はそんな話をしに来たんじゃないんだ、ゲラート。」

 

リーゼがグリンデルバルドの話を遮りつつ、苛立ったような口調で言うのを、パチュリー・ノーレッジは黙って聞いていた。

 

ヌルメンガードのグリンデルバルドの自室。石造りの薄暗い部屋の中には、私、リーゼ、グリンデルバルド、ロワーさんの四人がいる……じゃなくて、三人と一匹がいる? いや、人間はグリンデルバルドだけだから……やめよう、これ以上は言語学者の仕事だ。

 

私がアホなことを考えている間にも、リーゼのイライラした声は続いている。リーゼのこういう声色は、あまり聞く機会がないから少し興味深い。

 

「やれレジスタンスの拠点がどうのだの、やれインドへの侵攻予定だの、そんな事はどうでもいいんだ。私が何を言いたいか分かるだろう?」

 

「それは……分かっている。しかし──」

 

「時期ではない、か? 聞き飽きたよ、その台詞は。私たちには人間よりも多くの時間がある。だからこそキミの戯言をこれまで聞き続けてきたんだ。だがゲラート、何事にも限度というものがあるんだよ。」

 

リーゼが椅子に座って足を組みながら、コツコツと地面に着いている片足を鳴らす音が部屋に響く。吸血鬼のお説教は怖いらしい。

 

「イギリスの重要性は承知している。だからこそ準備に時間をかけているんだ。」

 

「それで? 後何年かけるつもりだ? このまま行けば、キミが死ぬほうが早いだろうさ。……そんなにダンブルドアが怖いのかい?」

 

「黙れ、吸血鬼。」

 

「黙らないさ。ヨーロッパで暴虐の限りを尽くす史上最悪の魔法使いさんは、どうやら学校の教師が怖いらしいからね。……どうしたんだい? 震えているじゃないか、お強いダンブルドアの事でも考えているのかな?」

 

「黙れと言った!」

 

グリンデルバルドは怒りで震えている。リーゼの煽りのセンスはともかく、彼ももう少しポーカーフェイスを磨くべきだろうに。

 

杖を抜きそうなグリンデルバルドに対して、座ったままのリーゼはなおも言い募る。

 

「ゲラート、有耶無耶にされるのはもう御免だ。キミはダンブルドアに勝てないと本気で思っているのかい? これほどの影響力を手に入れ、優秀な部下たちに囲まれているのにも関わらず、まだなお彼には届かないと?」

 

冷静な声色に戻ったリーゼに覗き込まれたグリンデルバルドの顔が歪む。何かを噛みしめているような顔だ。

 

「ああ……ああ、そうさ! 俺は怖い! 笑わば笑え! だが……だが俺はあの男にだけは、アルバスにだけは勝てる気がしないんだ。理屈じゃない、それでもそう思ってしまうんだ。」

 

絞り出すような声だった。この男のこんな声を誰が想像するだろうか? 少なくとも今だけは、目の前の男がヨーロッパを恐怖で支配するような人間だとは、誰からも思われないはずだ。

 

グリンデルバルドは言い切るとよろよろと椅子に倒れこむ。自嘲しているような、何かを諦めているような表情だ。

 

「……兵隊どもを使おうとは思わないのか? ダンブルドアがいくら強力な魔法使いとはいえ、今のキミなら方法はいくらでもあるはずだ。」

 

リーゼの声に、グリンデルバルドは伏せていた目を上げる。リーゼの目を真っ直ぐに見つめながら、彼はゆっくりと語りだした。

 

「それは出来ない。……出来ないんだ、吸血鬼。たとえ負けると分かっていても、俺とアルバスは直接闘わねばならないんだ。そうでなければ納得できない。お前にも居ないか? 雌雄を決するのであれば、余人を挟むことは出来ないという相手が。俺にとっては……それがアルバスなんだ。」

 

言葉を受け止めたリーゼの目が少しだけ開かれる。何となく分かる、きっと銀髪の吸血鬼のことを考えているのだろう。もしあの吸血鬼と闘うことになったとしたら、リーゼもきっと私の手出しを許すまい。最後は自分たちだけで決着を付けるはずだ。

 

「そうか……そうだね、私にもそういう相手は居る。」

 

言うとリーゼは懐から一通の手紙を取り出して、それをグリンデルバルドの目の前に置く。

 

「これは?」

 

「読んでみたまえ。キミの運命が書かれているから。」

 

訝しみながらもグリンデルバルドが手紙の封を切って、読み始める。一瞬目を通すだけでいいはずだ。何せあの手紙にはたった一文しか記されていないのだから。

 

「1945年の夏? これは一体何のつもりだ、吸血鬼。」

 

「言っただろう、運命だよ。キミと、ダンブルドアとの。」

 

「予言者にでもなったつもりか? まさかこの日に俺たちが闘うとでも?」

 

「残念ながら、予言というほど大仰なものじゃないよ。ただ……この手紙の主は運命を読めないことがあっても、読み違えることはないんだ。」

 

「それで? 俺がそれを信じるとでも思ったのか?」

 

まあ、そりゃそうだ。いきなりそんなことを言われても、はい分かりましたと信じるヤツはいないだろう。

 

「信じないだろうね。だからこそ、今日はこの魔女を連れてきたのさ。」

 

やれやれ、ようやく出番か。久し振りに杖を取り出して、グリンデルバルドとリーゼの間に立つ。

 

「私が結び手をやるわ。」

 

「何を……正気か? 破れぬ誓いを結べと?」

 

私の言葉にグリンデルバルドが目を剥いてこちらを見てくる。提案者に聞けとリーゼの方を目で示すと、問いかける前に説明を始めてくれた。

 

「安心してくれ、別に正確な誓いを結ぼうというわけではないよ。ただ、そうだね……もし機会が来たなら、闘ってくれればいい。私にとってはそれで充分なのさ。何故なら、そうなる運命だからだ。」

 

グリンデルバルドは理解できないという顔をしていたが、やがて諦めたようにため息を吐きながら、自分の手をリーゼの方へと伸ばした。

 

「正直言って欠片も信じてはいないが、それでお前の気が済むなら結ぼうじゃないか。……本当に『機会があれば』でいいんだな?」

 

「文言はキミに任せるよ。何もしなくてもその時はやって来るんだ、この誓いはキミの心の準備のためにするのさ。破れぬ誓いを結んでおけば、幾ら信じていないとしても……少しは準備をしておこうと思うだろう?」

 

からかうように言いながら、リーゼが伸ばされたグリンデルバルドの腕を握る。グリンデルバルドが応えるようにリーゼの腕を握ったのを見て、杖をそっとグリンデルバルドの手の上に乗せた。実はちょっと楽しみなのだ。なんたって、この呪文を使うのは初めてなのだから。

 

二人の腕に光の鎖が絡み合ったのを確認して、グリンデルバルドに誓いの確認をする。

 

「それじゃあ、ゲラート・グリンデルバルド。貴方は来たる1945年の夏に、もしもアルバス・ダンブルドアと闘う機会が来たと貴方自身の心が認めたのならば、ダンブルドアに勝利するために全力で闘うことを誓うかしら?」

 

「誓おう。」

 

グリンデルバルドがそう言った瞬間、絡み合っていた鎖が炎を纏ったように赤く光りながら消えていった。

 

「んふふ、これでキミは誓いを破れば死ぬことになったわけだ。」

 

「破れぬ誓いに反すれば、結んだ二人ともが死ぬはずだ。」

 

「ゲラート、こんなちゃちな契約で私が死ぬと思わないで欲しいな。私の種族名を思い出してみるといいよ。」

 

イタズラが成功したように、楽しそうに声を弾ませながらリーゼが言う。そんな事だろうと思ってた。大体、私でもどうにかなる契約なのだ、こんなもんでリーゼを殺せるわけがない。

 

「ふん、まあいい、何れにせよ破るつもりはない。あと四年半か……心には留めておこう。」

 

「ああ、楽しみにしておくといいよ、ゲラート。この長い……長かった戦いのフィナーレなんだ、楽しまなきゃ損だというものさ。」

 

肩の荷が下りたような表情で二人が話している。リーゼはともかくとして、グリンデルバルドも何だかんだでスッキリしたらしい。吸血鬼のカウンセリングか……まったく、冗談にもならない。

 

何度目かになる下らない思い付きに蓋をしつつも、パチュリー・ノーレッジは早く帰りたいなぁ、と心の中でため息を吐くのだった。

 

 

─────

 

 

「マーガトロイド先輩!」

 

またか、と心の中でため息を吐きつつ、アリス・マーガトロイドはゆっくりと声の主に振り向いた。

 

「こんにちは、ハグリッド。……また宿題で分からないところがあったの?」

 

「はい、マーガトロイド先輩。そのぅ……魔法薬学でさっぱり分からねえとこがありまして。」

 

この見上げるほどの巨大な一年生と初めて会ったのは、三年生が始まってすぐの学校の図書館でのことだった。大きな身体を窮屈そうに閲覧机の椅子に収めながら、困ったようにしている彼に、何となく声をかけてしまったのだ。

 

それ以来、事あるごとに宿題の手伝いを頼まれるようになってしまったというわけだ。どうもこのルビウス・ハグリッドという後輩は、グリフィンドール寮にあまり馴染めていないらしい。本人は原因が自身の生い立ちにあると思っているようだが、私は安全とは言い難い魔法生物をやたらと談話室に持ち込むからだと睨んでいる。

 

「自分ではきちんと調べたんでしょうね? それでも分からなかったのなら、手伝ってあげるわ。」

 

「へぇ、一応調べはしたんですが……どうにもさっぱりで。」

 

「それじゃあ、図書館にでも行きましょう。……まさかまた、ニフラーをポケットに入れてないでしょうね?」

 

「今日は入れてねえです、マーガトロイド先輩。あいつはこの前怒られて以来、図書館を怖がるようになっちまって……可哀想に。」

 

私はさっぱり可哀想とは思わないが。何せこの前ハグリッドがポケットに潜ませていた時は、あのカモノハシもどきが図書館にある本の留め金を集めまくったせいで、私まで司書さんに怒られたのだ。パチュリーの図書館だったら間違いなく殺されている。

 

「ねえ、魔法生物とはもう少し距離を置いたほうがいいんじゃないかしら? グリフィンドールの人たちは、貴方の『お友達』が点数を減らすから怒っているんだと思うわよ。」

 

図書館へと歩きながらハグリッドに伝えると、彼が信じられないという瞳でこちらを見てくる。

 

「そんなことはできねぇです、マーガトロイド先輩! あいつらは……あいつらはまだ小せえんだ、放っておいたら死んじまいます。」

 

ハグリッドにとっての『小さな赤ちゃんたち』がやってきた悪事を思い返すに、どう考えても禁じられた森の中で放っておくべきだと思うのだが……まあ、私の寮はレイブンクローだ。そのことにそれほど関心はない。

 

と、前方から関心がありそうな人が歩いて来た。グリフィンドールの数少ない私の友人、テッサ・ヴェイユだ。

 

「アリス、こんにちは! それに……ルビウス、また騒ぎを起こしてないでしょうね?」

 

「起こしてねえです、ヴェイユ先輩! おれは、ただマーガトロイド先輩に宿題を教わろうと思っちょるところです。」

 

「こんにちは、テッサ。ハグリッドは無実よ、少なくとも今日はまだ、ね。」

 

テッサはハグリッドの世話を焼く、数少ないグリフィンドール生の一人だ。残念ながら、その努力は未だ実ってはいないらしいが。

 

「あのねえ、ルビウス。アリスだって暇じゃないんだよ? 三年生は課題が増えて大変なんだし、それでなくてもアリスは他にもやらなきゃいけないことがあるの。ほら、宿題なら私が教えてあげるから。」

 

「それは、申し訳ねえとは思っちょりますけど。でも、ヴェイユ先輩はすぐ怒鳴るんで、その……教わりにくいって言うか、何と言うか。」

 

「ちょっとルビウス! どういう意味よ!」

 

確かにテッサは教師役には向かなそうだ。どうして分かんないのよ! なんて怒鳴ってる姿が目に浮かぶ。

 

だがテッサの言う通り、他にやらなければならないことがあるのも事実だ。実はパチュリーからちょっとした課題を出されているのである。

 

曰く、人生を懸けられるほどの目標を見つけなさい、とのことだ。あまりに抽象的で壮大すぎる宿題だが、このことを話すパチュリーの顔は真剣なものだった。どうも将来の進路という意味ではなく、もっと根源的な望みを見つけろということらしい。

 

真っ先に頭に浮かぶのは人形のことだ。どんなに忙しくても日課の人形作りをサボったことはないし、それを苦に思ったこともない。

 

となると……完璧な人形を作ること? うーむ、そもそも何を以って完璧とするのか、それが決まらなければ考えようがない。

 

いつもそこで躓くのだ。『完璧な人形』とは何だろうか? 私は人形に何を望んでいるのだろうか? 何度も考えた疑問がぐるぐると頭を回る。

 

「……アリス! ちょっと、聞いてるの? アリスったら!」

 

「へ? ああ、ごめんなさい、ちょっと考え事をしてたの。」

 

「それならなおのこと図書館に急ごうよ。私もルビウスの宿題を手伝うことになったから、アリスはゆっくり考え事してていいよ!」

 

いつの間にかテッサが一行に加わったようだ。三人で図書館へと歩きながら、ふとテッサとハグリッドに件の疑問を問いかけてみる。他人の意見を聞いてみるのも大事かもしれない。

 

「ねぇ……『完璧な人形』って何だと思う?」

 

「どしたのよ、急に。さっき悩んでたのはそのこと?」

 

「ええ、そうなのよ。何て言うか……ずっと答えが出ないの。」

 

私の問いかけにテッサとハグリッドが考え込む。二人とも、私の趣味が人形作りなのは知っているはずだ。その辺から生まれた疑問だと分かってくれたらしい。

 

「うーん……単純に造形の問題じゃあないんだよね? 何だっけあれ、黄金比? とか、そういうのじゃなくて?」

 

「そうね、それも一つの答えなんでしょうけど、私が知りたいのはもうちょっと……概念的な意味での完璧さかしら。」

 

「概念的ねえ? うーん、難しいなぁ。頭のいいアリスが悩むのも分かるよ。」

 

やっぱりそう簡単に答えは見つからないか、とガックリしていると、悩んでいたハグリッドが徐に口を開いた。

 

「そのぅ……おれには難しいことは分からねえですけど、友達になれるような人形が作れるなら、そりゃあ凄えことだと思います。一緒に遊んだり、勉強したりとか……たまに喧嘩するのも悪くねえ。」

 

それは……それは人形とは言えるのだろうか? そこまでの存在となると、最早それは──

 

「ちょっとルビウス、それじゃあ人間と変わらないじゃないの。アリスが悩んでるのは人形の話なの!」

 

そうだ、それはもう人間と同じだ。感情を持ち、自分で考え、自分で行動する、自律的な……自律的な?

 

それは……それは素晴らしい人形なのではないか? 可能不可能は置いておくとして、そんな人形が目の前にあれば、少なくとも私は狂喜乱舞するだろう。今日あったことを話したり、辛い時には慰めてくれる存在。ポケットの中の小さな友人。

 

足りなかったピースが嵌ったような感覚がする。そわそわと心が浮き立つのを感じながら、こうしちゃいられないと二人に声をかける。

 

「ハグリッド、貴方は天才だわ。ごめんなさい、二人とも。急用ができちゃったの、宿題は二人で片付けて頂戴。」

 

「へ? そりゃあ、ありがとうごぜえます。そんなこと言われたのは初めてです。」

 

「ちょ、ちょっと、どうしちゃったのよアリス! どこ行くの?」

 

二人の声に背を向けて、フクロウ小屋へと走り出す。先ずはパチュリーとリーゼ様に相談しなければなるまい。

 

ホグワーツの廊下を駆け抜けながら、アリス・マーガトロイドは久方ぶりに自分の心が沸き立つのを感じていた。

 


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