Game of Vampire   作:のみみず@白月

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The Emperor

 

 

「……ん?」

 

分厚い鉄門の奥に転がっている看守らしき人間を見ながら、アンネリーゼ・バートリはかくりと首を傾げていた。奇抜な遊びが流行っているのではないとすれば、どうやら死んでいるようだ。幸先が悪い……いや、幸先が良いじゃないか。こうでなくてはな。

 

目の前には石造りの巨大な要塞が聳え立っている。嘗て『最悪の魔法使い』が本拠地として建設し、そして今では彼自身を閉じ込める監獄として利用されている場所。……懐かしき我が旧友、ヌルメンガードだ。ああ、友よ、壮健そうで何よりだぞ。

 

つまり、『お片付け』の話をするためにゲラートに会いに来たというわけだ。ああいう別れ方をしただけに、普通に再会するのは些か恥ずかしいとも思っていたのだが……ふむ、この分だと何かが起こっているようだな。ひょっとしたら結構ドラマチックな再会になるかもしれない。

 

そうなることを期待しつつ、『荷物』を引き摺って入り口へと歩き出す。夕日に照らされた地面が所々抉れているのを見るに、戦闘らしき何かが起こったようだ。しかも、つい先程。

 

ポツリポツリと倒れ伏す看守たちの死体を横目にしながら、重厚な石扉が開きっぱなしの玄関を抜けてみれば……おお、想像以上じゃないか。室内にも激しい戦闘の痕跡が見えてきた。看守の待機室っぽい場所なんかは跡形もなく吹っ飛んでいる。

 

看守らしき白い制服の連中と、見慣れた黒ローブに仮面付きのバカども。ボロボロの囚人服を着たヤツもいれば、黒いキッチリしたスーツの死体もある。うーむ、混沌としているな。死体の種類が多種多様だ。

 

死喰い人とゲラートの残党が侵入してきたようだが、どう見ても囚人と相打ちになっている死体もあるし……単純に脱獄させに来た訳でもないのか? 三つ巴でやり合った感じの雰囲気だ。

 

まさかゲラートは死んでないよな? ……まあ、大丈夫か。あの男が死ぬってのは何故だか想像出来ん。ダンブルドアと同じく、いつまでも生きているようなイメージがある。

 

生あるものが一人も居ない一階を抜け、バリケードの残骸が散らばる階段を上って行くと、やがて記憶より少し古ぼけた最上階への入り口が見えてきた。ちなみに姿は消してある。当然、『荷物』もだ。

 

階段の踊り場から最上階の廊下へと顔を覗かせてみると……おや、ようやく生きている人間に会えたな。年嵩の囚人たちが死体のお片付けをしているらしい。恐らく杖は奪い取ったのだろう。魔法で浮かせた死体を窓から外にぶん投げている。雑すぎないか?

 

死喰い人、黒スーツ、看守の死体を片付けているのを見るに、ヌルメンガードの戦いを制したのはこの年老いた囚人たちだったようだ。大穴だな。きっとバグマンですら予想出来なかったぞ。

 

その光景を横目に廊下をズンズン進んで行くと……おいおい、酷く老けたな。廊下のど真ん中で悠然と椅子に座っている、異質な老人の姿が見えてきた。慌ただしく動き回る他の囚人たちを横目に、前屈みになって手の中の杖を弄んでいる。

 

白い。陰惨な光景からただ一人浮き出ているかのような、ゾッとするほどに白い老人だ。純白の髪や髭は伸びっぱなしで、元々色素の薄かった肌も長い獄中生活の結果なのか更に白くなっている。……なんかこう、えらく現実感が無いな。パッと見では『人間』にカテゴライズしていいか迷うほどだぞ。

 

その端正だった顔は深い皺に覆われ、見窄らしい囚人服に身を包んではいるが……ふん、流石だな。灰色と黒のオッドアイは未だ支配者に相応しい力を保っているようだ。纏う雰囲気にもダンブルドアに負けず劣らずの威圧感がある。……我が古き盟友、ゲラート・グリンデルバルドがそこに座っていた。

 

ゆっくりとゲラートに近付くと、彼は顔を上げずにポツリと呟く。……覗く口元には僅かな苦笑を浮かべながら。

 

「久しいな、吸血鬼。」

 

うーむ、気配も姿も消してたはずなんだが……長い監獄生活で鋭敏になったか? 何事かと首を傾げる囚人たちを他所に、姿を現して返事を返した。勿論、ニヤニヤ笑いながらだ。こいつとの再会はこの顔じゃないとな。

 

「やあ、ゲラート。ピッタリ半世紀ぶりだね。元気そうでなによりだよ。」

 

「相変わらずの節穴だな。お前にはこれが元気な姿に見えるのか? ……よせ、古い盟約者だ。敵ではない。」

 

台詞の後半を聞いて、杖を構えていた囚人たちは疑問も挟まずにそれを下げる。なるほど。こいつらは嘗ての『狂信者』たちか。半世紀も牢獄に繋がれてなお、その忠誠心は些かも薄れていないようだ。

 

「しかし、何があったんだい? 私はもっと穏やかな再会になると思ってたんだがね。随分と面白い事態になっているじゃないか。……つれないな、パーティーを開くなら招待状を送ってくれよ。ファイア・ウィスキーでも持って駆けつけたのに。」

 

戯けるように問いかけてやると、ゲラートは鼻を鳴らしながら答えを寄越してきた。うんうん、懐かしい反応だ。ハリーたちとの穏やかな会話も心地良いが、偶にはこういう『殴り合い』もしなくちゃな。

 

「ふん、どうやら古い旗頭は邪魔のようでな。今更出てこられても困ると思ったのだろう。遥々こんな僻地にまで、『黙らせ』に来てくれたというわけだ。」

 

「そりゃまた、ご苦労なことじゃないか。……ただまあ、残念なことに成功はしなかったらしいね。こうして私はキミとお喋りを楽しんでいるわけだし。」

 

「嘆かわしい限りだな。今の若い連中は杖が無ければ魔法が使えないと思い込んでいるらしい。適当に奪ってやればこの有様だ。……いや、本当に嘆かわしい。魔法界にはいつからこんな馬鹿どもが蔓延るようになった?」

 

「どこもかしこも平和ボケしているのさ。……いや、平和ボケして『いた』と言うべきかな? 今はちょっと、平和とは言い難いしね。」

 

肩を竦めて言ったところで、囚人の一人が何処からか椅子を持ってきてくれた。気が利く連中じゃないか。『荷物』を横に置いて腰を下ろすと、ゲラートは物憂げにため息を吐きながら口を開く。

 

「それで、何故お前がここに居る? ……まさかとは思うが、今はこの能無しどもを『手駒』にしているんじゃないだろうな? だとすれば趣味が悪くなったと言わざるを得んぞ。」

 

「おやおや、ジョークが下手になったのかい? 私が駒に拘るタチなのは知っているだろうに。……いやぁ、キミの崇拝者たちが新しい『教主』を見つけたようでね。それに関しての話をしに来たんだよ。その様子だと何が起こっているのかは知ってるんだろう?」

 

問いかけてやると、ゲラートはうんざりしたような顔で頷いてきた。地の果てのようなこの場所にも、確かに届く報せはあるようだ。新聞でも差し入れてもらっているのだろうか?

 

「ああ、知っている。愚か者が俗物と手を組んだとか。これほどバカバカしい話は他にあるまい。『ヴォルデモート卿』だったか? ……信じられんな。どういう神経をしていたらそんな名前を名乗れるんだ?」

 

「お可哀想に、絶望的にセンスが無いヤツでね。……とはいえ、しぶとさだけは呆れるほどだ。ゴキブリ並さ。苦労させられているんだよ。」

 

組んだ足を揺すりながら言ってやると、ゲラートは少し意外そうな顔をした後……笑ってるのか? 出来の悪いジョークを耳にした時のように、呆れた感じでくつくつ笑い始める。他人の不幸を笑うとは失礼なヤツだな。

 

「お前が苦労させられているのか? 吸血鬼が? ただの人間に? ……ふん、度し難いな。どんなハンデを背負ってるんだ?」

 

「聞けば驚くぞ。信じられないほどの制限を課されているんだよ。キングでしかキングを取れない上に、犠牲を出すことも出来ないのさ。……おまけに駒が頻繁に命令無視をしてくる始末だ。たまに寝返ったり、すり替わったりもするしね。」

 

「それはそれは、愉快なゲームだ。精々見物させてもらおう。」

 

「それがだね、ゲラート。キミも既に盤上に立ってるんだよ。それはこの襲撃を見れば明らかだろう? 問題なのは、キミが赤でも黒でもないって点だ。白のままでは扱いに困るのさ。」

 

私の言葉を受けて、ゲラートは……ふむ、あんまり乗り気じゃないな。なんとも迷惑そうな顔になってしまった。

 

「俺はアルバスに負けた。それが全てだ。……故に、今更何かをしようとは思っていない。この古ぼけた要塞の中で、時代と共にただ朽ち果てていくだけだ。」

 

「おいおい、キミらしからぬ台詞じゃないか。自分の兵隊を好き勝手に使われてていいのかい? それに、あの言葉もだ。あれはヴォルデモートなんぞが使っていい言葉じゃないはずだぞ。」

 

言いながら地面を……ヌルメンガードの入り口がある方向を指差す。『より大きな善のために(For the Greater Good)』。ついぞ誰にも消すことのできなかった言葉が、今なおこの要塞の外壁には刻まれているのだ。

 

私の問いかけを受けたゲラートは、少しだけ逡巡する様子を見せるが……むぅ、頑固者め。結局首を振りながら答えを返してきた。

 

「俺は過去なんだ、吸血鬼。あの日、アルバスに負けたあの日、ゲラート・グリンデルバルドは死んだ。自らの理想と共にな。……お前にも分かっているだろう? あれはそういう決闘だったんだ。今ここにあるのは、嘗て理想を求めた男の亡霊に過ぎん。……亡霊が歩き回るべきではない。それは間違っている。」

 

いつの間にか囚人たちも作業の手を止めて、ゲラートの言葉に耳を傾けている。誰も彼もが口惜しそうな表情だが、それでも黙して言葉を発しようとはしない。彼らはゲラートの言葉を正しく理解しているようだ。

 

……『亡霊』ね。それもいいだろう。この忠心深い囚人たちと同じように、私にだってあの決闘の意味は理解出来ている。あれがゲラート・グリンデルバルドの物語の結末だったのだ。彼にとって、今はただのエピローグに過ぎないのだろう。

 

だが、私はそんな台詞を聞くためにここに来たわけではない。この場所に居ればまたリドルは手駒を差し向けてくるだろうし、私はゲラート・グリンデルバルドという大駒を遊ばせておくほど無能ではないのだ。

 

それに……似合わないんだよ、ゲラート。キミには獄中死などというつまらん結末は相応しくないのさ。あれだけの生き様を見せた男なら、死に際も見事に飾られねばなるまい。この男に唯一相応しいのは、誰もがアンコールを叫ぶような幕引きなのだから。

 

話は終わったとばかりに再び杖に視線を戻したゲラートに、吸血鬼の笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「なんともまあ、つまらん言い訳だね。今ヴォルデモートと共にはしゃいでいるのは、私とキミが残した『負債』だろう? 散らかしたものを片付けもせずに、見て見ぬ振りをしながら獄中生活を満喫するつもりかい?」

 

「ふん、昔のようにはいかんぞ、吸血鬼。お前が唆そうが今更出しゃばるつもりなどない。……大体、若い連中に問題を残せるのは老人の特権だ。どれだけ苦労しようが知ったことではないな。」

 

「おや、悲しいね。昔のキミなら盛りのついた犬のように噛み付いてきてくれたというのに……では仕方がない。私も切り札を出すとしよう。」

 

言いながら懐に手をやり、レミリアを通して受け取った一通の手紙を取り出す。……なんか既視感のあるやり取りだな。いや、あの時は相手に渡す手紙を受け取ったんだったか? 真逆だ。前回の受取人が今回の差出人になるわけか。

 

ゲラートは私の差し出した手紙を怪訝そうな表情で受け取ると、裏に書いてある署名を見て嫌そうに顔を歪ませた。んー、いい顔だ。それでこそ運び手になった甲斐があるぞ。

 

そのまま無言で封を開け、二枚の便箋へと目を通す。無表情で手早く読み終えると、一度俯いて大きなため息を吐いた後で……おお、怖い。私を睨みつけながら吐き捨てるように言葉を放ってきた。

 

「どうやら、お前の性格は半世紀経ってもマシにならなかったようだな。……いや、より酷くなった。教えてくれ、吸血鬼。何をどうすればそんなに嫌な性格になれるんだ?」

 

「血を飲んで、悪巧みをして、ゲームを楽しむんだ。それで私のようになれるさ。……どうだい? 簡単だろう? キミも試してみたまえよ。」

 

「その三つを法で固く禁じるべきだな。……それでお前のような存在が居なくなるのであれば、だが。」

 

苛々とした表情のゲラートは、首を振りながらも手紙を懐に仕舞う。……何が書いてあったのかは知らんが、大まかな内容は想像できる。きっと老人が老人に『お願い』をしたのだろう。勿論、嫌になるほどに柔らかな言葉で。

 

私が無言で言葉を待っているのを見て、ゲラートは再びため息を吐いてから話しかけてきた。ため息ばっかり吐いてると幸せが逃げちゃうぞ、ゲラート。

 

「手紙には『身を隠せ』と書いてあった。仔細は運んだ者に聞けと。……どういう意味だ?」

 

「んー、そうだね。簡単に言えば、キミはちょっとばかし影響力が強すぎるんだよ。ヴォルデモートに対しても切り札に成り得るが、我々にとっても使い所が難しいワイルドカードなのさ。」

 

この際、ゲラート自身がどう思っているかは問題ではないのだ。『ゲラート・グリンデルバルドが動く』という事実が問題なのである。その余波はリドルの比ではあるまい。何せこっちはあんな廉価版ではなく、紛うことなき『オリジナル』なのだから。

 

当然、今リドルに従っている連中も少なからず裏切るだろうが、それ以上の数の魔法使いたちが杖を取って立ち上がってしまうだろう。……そうなれば悪夢だぞ。当事者にも止めることの出来ない、大陸を舞台にした三つ巴の無茶苦茶な戦いが始まってしまうことになる。

 

いやまあ、正直言ってゲラートがまだやる気なのであれば、ハリーの一件にケリをつけた後に付き合っても良かったんだが……もう未練も無さそうだし、レミリアやダンブルドアの計画通りに事を進めるべきだろう。

 

そのことを僅かに残念に思っているのを自覚しながら、ゲラートに向かって話を続ける。いいさ、とりあえずはレミリアのレール通りに行こうじゃないか。とりあえずは。

 

「『私たち』はこの戦争を長引かせるつもりはない。数年以内には決着をつけるつもりなんだ。……だから、何処かで大きな戦いが起こることを誘導しようと思っている。ヴォルデモートが自身の戦力を集めたその瞬間、纏めて一気に叩くというわけさ。」

 

レミリアの出した答えがこれだ。小出しのテロリズムを相手取っていてはいつまで経っても決着がつかない。負けないが、勝てない。そんな状況が延々続くだけだろう。ならば多少の損害を度外視してでも、どこかの時点で『決戦』を引き起こそうというわけだ。

 

「道理だな。……それで? 俺に何をしろと?」

 

「先ず、表舞台からは姿を消してもらう。キミが死ねばヴォルデモートの影響力が増すだろうが、自由になれば大陸は大混乱だ。二進も三進もいかないわけさ。……だから、死んだような、生きてるような状態を保っておいて欲しいんだよ。」

 

「正に『亡霊』というわけだ。具体的には?」

 

「キミは今日ここで『死ぬ』が、同時に生存しているという情報も流す。ヨーロッパ各国の裏側に、尤もらしくね。……その上でソヴィエトの動きを牽制してもらいたい。勿論、自分の存在をチラチラ見せながらだ。あの国にはまだキミの力が及ぶ者たちがいるだろう?」

 

あの大国は邪魔なのだ。大戦時はゲラート寄りだった以上レミリアは良く思われていないだろうし、無視するには影響力も規模も大きすぎる。さすがに表立ってリドルを支援したりはしないだろうが、裏側から手助けする権力者が出てこないとも限らない。

 

ならばいっそのこと、ゲラート本人を対処に当ててしまおうというわけだ。レミリアはゲラートの生存が確かになってしまう可能性を危険視していたが、あの国には間違いなく彼のために秘密を守り抜く者たちが残っているだろう。……第一線からは既に離れたものの、まだ尚政治的な力を持っている者たちが。私はそのことをよく知っている。

 

そしてゲラートにも思い当たる節があったようで、小さく頷きながら言葉を放ってきた。

 

「俺は半世紀もこの場所に居た。だから確かなことなど何も分からないが……そうだな、不可能では無いだろう。中立を保たせるくらいなら裏側からでも可能なはずだ。」

 

「その上で、出来れば『舞台造り』にも協力して欲しいんだ。細かいことはまだ決まっていないが、私たちに手が届かない場所もキミならば動かせるだろうしね。」

 

レミリアの計画を実現させるためには、リドルの動きを牽制しながらも上手く誘導する必要がある。こちらの準備が整うまでは相手の動きを抑制しつつ、時が来たらあの用心深い男をどうにかして舞台に引っ張り出す必要があるのだ。

 

私の言葉を受けたゲラートは、僅かな間天井を見上げて瞑目した後……ゆっくりとこちらに頷きを寄越してきた。よしよし、これでようやく役者が揃ったな。

 

「……いいだろう。死ぬ前に自分の残した負債くらいは片付けてやる。田舎小島のチンピラに、誰の名前を使っているのかを分からせてやることにしよう。」

 

「結構、結構。連絡役には私と、赤髪の女……覚えているかい? キミがまだうら若き少年だった頃に、ダームストラングで会った女だ。私が忙しい時には彼女を当てようと思ってるんだが。」

 

美鈴のことはさすがに忘れてるかと思って問いかけてみれば、ゲラートは少しだけ宙を眺めた後に、頷きながら肯定の返事を返してくる。おいおい、百年前だぞ。ダンブルドアと同じく、ゲラートもボケとは無縁のようだ。

 

「覚えている。あの呪文を握り潰した、頭の悪そうな顔の女だろう? あの女も吸血鬼だったのか?」

 

「そうそう、その頭の悪そうな女だ。……ただまあ、あっちは妖怪だよ。人間じゃないが、吸血鬼でもない。」

 

「……お前の知り合いにはバケモノしかいないのか?」

 

「私はキミと違って交友関係が広いのさ。バケモノから穢れを知らぬ少女までなんでもござれだ。とっても社交的な吸血鬼なんでね。」

 

嘘つけと目線で非難してくるゲラートに肩を竦めてから、持ってきた『荷物』の封を開く。まあうん、端的に言えば死体袋だ。中身はまだ生きているが。

 

「では、早速行動に移ろうじゃないか。『これ』にポリジュース薬を飲ませてすり替えるのさ。……とある脱獄犯のオマージュでね。手口を真似させてもらおうってわけだ。」

 

「誰なんだ? 『それ』は。随分と酷い有様になっているが。」

 

「キミの後輩だよ。ダームストラングの出身者で、アズカバンで刑務官をやってたんだが……一年前にちょっと『おいた』をしちゃってね。攫ってきて懲らしめてたら壊れちゃったんだ。処分するくらいなら有効活用すべきだろう?」

 

説明しながら死体袋に一緒に入っていたボトルを渡すと、杖で自分の手のひらに傷をつけたゲラートはそこに数滴の血を注ぎ入れた。さすがに『先駆者』だけあって、ポリジュース薬の扱いは朝飯前のようだ。

 

「しかし、意味があるのか? 使用者が死んでもポリジュース薬の効果が切れないのは知っているが、それにだって制限時間があるはずだぞ。」

 

聞きながら……随分と変な色に変わったな。角度によって白にも黒にも見える液体の入ったボトルを返してきたゲラートに、それを虚ろな目の『これ』に飲ませながら返事を送る。

 

「なぁに、心配ないよ。私が一報入れれば手早く処理が終わる手筈になっているんだ。こんな事になっているとは思ってなかったが……まあ、効果が切れる前には終わるだろうさ。」

 

「墓を掘り返されたらどうするつもりだ? 『生存説』が広まったら誰かが絶対にそうするはずだ。確認のためにな。」

 

「残念だったね、ゲラート。極悪魔法使いの遺体を何処かに埋めたら『聖地』になっちゃうかもしれないだろう? 燃やして骨を砕かれて、小分けにした後で海に撒かれることになってるよ。『元』が誰だったかは闇の中ってわけだ。」

 

「……ありがたい気遣いだな。死んだ後までご丁寧な対処をしてくれるとは、痛み入る。」

 

そんなもん当たり前だろうが。絶対に骨とかを掘り出す輩が出てくるぞ。呆れた顔のゲラートに更に呆れた顔を返しつつ、彼と瓜二つになった『これ』に杖を向けて死の呪文を使う。……さらばだ、愚か者。眠れない日はキミの絶叫を思い出して安らぎを得ることにするよ。

 

アバダ・ケダブラ(息絶えよ)。……うんうん、これでいい。あとは死体に囚人服を着せれば完璧だ。」

 

「『自分』が死ぬのを見るというのは中々に薄気味悪い気分だな。……服を着せて俺の牢に入れておけ。」

 

命令を受けた数人の囚人が『ゲラート』を引き摺って行くのを見送った後、立ち上がって大きく伸びをしながら口を開いた。

 

「さて、これで今日の仕事は終わりだ。隠れ家が決まったら昔と同じ方法で連絡してくれたまえ。……そういえば、質問はないのかい? 私とレミリア・スカーレットの関係とか、キミの『親友』との関係とか。気になることは山ほどあるだろう?」

 

「想像は付くし、必要なら自分で調べる。お前の寄越す情報など信じられると思うか?」

 

「んふふ、随分と賢くなったじゃないか、ゲラート。牢獄ってのは人を賢くするらしいね。私も一つ勉強になったよ。」

 

「お前も入ってみたらどうだ? その減らず口が治るかもしれんぞ。」

 

うーむ、魅力的な提案だが、吸血鬼を閉じ込めておける牢獄ってのは空想上にしか存在しないのだ。窓の方へと歩み寄りながら、ニヤリと笑って肩を竦める。

 

「遠慮しておこう。高貴な私に相応しい牢獄があるとは思えないしね。私が行ったらすぐに闇祓いたちが来る。さっさとずらかりたまえよ? ……それじゃあ、また会おう、ゲラート。今度は近いうちに。」

 

「ああ、さらばだ、吸血鬼。今度こそ二度と会わないことを祈っておこう。」

 

「おや、その歳になってもまだ気付いてないのかい? キミの祈りを受け取る神はいないと思うよ。」

 

肩越しに言い放ってから、窓の外へと身を投げた。……ふむ、少し飛ぼうかな。荷物も無くなったことだし、たまには翼を広げるのも悪くない。この場所なら夏の夕空でも快適な気温なのだ。

 

頬を撫でる涼やかな風を楽しみつつも、アンネリーゼ・バートリはじわじわと高度を上げていくのだった。

 


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