Game of Vampire 作:のみみず@白月
「商売上がったりだぜ、クソったれの『例の何ちゃら』め。」
カウンターで新聞を読む箒屋のおっちゃんの罵声を聞きながら、霧雨魔理沙は棚に並ぶ箒の艶出しクリームを物色していた。……まあ、確かにこのご時世で箒を買うヤツは少ないだろうな。去年はワールドカップの影響でそこそこ繁盛してたってのに、今じゃいつもの閑古鳥だ。
二ヶ月の長きに渡る夏休みも、そろそろ三分の一が過ぎようとしている。リーゼの授業、箒の練習、山積みの宿題、そしてこっそりやっている咲夜との秘密特訓。それらに埋め尽くされた日々の中、今日はハリーに頼まれた箒用品を買いに来たのだ。
頻繁に人形店を訪れて手伝ってくれている咲夜のお陰もあり、私は既にいくらかの呪文をモノに出来たが、ハリーは未だ閉心術に苦戦中。そんな彼を励ますべく何か頼みはないかと聞いてみたところ、箒の整備のための品々を代わりに買ってきてくれと頼まれたのである。
どうやら私とリーゼが帰った後は、箒を整備している時間が唯一の癒しになってしまうようだ。リーゼの言によれば、あの家に居なければならない理由があるとのことだったが……どうにかならんのかな? さすがに哀れになってくるぜ。
せめて一番良いクリームを選んでやろう。決意を新たに『ボウトラックルだってピッカピカ!』と書かれたクリームをチェックしつつ、カウンターに新聞を叩きつけたおっちゃんへと質問を放った。
「おっちゃんは信じてるのか? ヴォ……『例のあの人』の復活を。」
「そりゃあ、出来れば信じたくはねぇがな。俺は前回の戦争の時もこの場所で店を開いてたんだ。色々と酷い光景も見た。……レミリア・スカーレットの言う通りさ。可能性があるんなら、それに備えなきゃならねぇ。俺はもうあんなダイアゴン横丁を見たくないんだよ。」
「……今だって人通りは少なくなってるぜ? これより酷いのか?」
ショーウィンドウの向こうに見える、平時よりいくらか少ない人混みを指しながら聞いてみると、おっちゃんは哀愁を感じる表情で首肯を返してきた。いつもの勝気さは鳴りを潜め、その顔は草臥れたように歪んでいる。
「一番酷い頃は、誰も家から出ようとしなかったんだ。勇敢なヤツからどんどん死んでいったからな。……ひでぇ時代だった。誰もが疑い合って、聞こえてくるのは訃報ばかりだ。うんざりさ。」
「そんなにか。」
「おう、そんなにだ。……情けねえことに、俺たちは家の中に縮こまって息を潜めてるしかなかったんだよ。目の前の通りで誰かが殺された事もあった。だが、出て来たのは俺を含めても数人だけさ。他は雨戸の隙間からジッと見てるだけ。……言っとくが、責めてるんじゃねえぞ。仕方ねぇんだ。そのくらい恐ろしい時代だったんだよ。」
「……そうか。」
実感は湧かないが、想像は出来る。暗黒の時代、恐怖の時代。新聞に載っているそれらの単語も、きっと大袈裟なものではないのだろう。確かにその言葉に相応しい時代があったのだ。
そして、今まさにその足音が迫ってきている。ゆっくりと、確実に。通りから響く微かな騒めきを聞きながら考えていると、おっちゃんが空気を塗り替えるように明るい声を寄越してきた。
「まあ、お前みたいな小娘が心配することじゃねぇよ。こういうのは大人の仕事なんだ。お前らガキどもは勉強して、クィディッチをして、友達との馬鹿話を楽しめ。俺たちが解決しきれなかった問題を背負うことはねぇのさ。」
「そうも言ってられないだろ? 否が応でも巻き込まれるんだ。私たちも戦う準備をしないと。」
「バカ言え、ホグワーツは安全だ。ダンブルドアも居るし……そら、読んでみろ。それを読めば安心するぜ。」
そう言って放ってきた新聞をキャッチしてみると、一面には……『老人の大失態』? どうやらダンブルドアを責める内容の記事らしい。これを読んでどう安心しろってんだよ。
「おいおい、折角スキーターが書かなくなったってのに、まだこの新聞はこんな記事ばっかり載せてんのかよ。こんなもんを信じるなよな。」
「信じちゃいねぇよ。今の予言者新聞は……日刊の方は馬鹿みたいな記事ばっかりだ。そうじゃなくて、その記事の四行目を読んでみな。」
四行目? 言葉に従って目を通してみると……『──た結果、ダンブルドア校長はパチュリー・ノーレッジ氏を校長代理に任命することを決めた。しかし、それは大きな間違いだったと言えるだろう。ノーレッジ校長代理は精神的に酷く不安定のようで、大法廷から派遣された無実の監査員に対して、危険な変身呪文を使うなどの暴挙に出たのだ。』との文章が書いてある。
パチュリー・ノーレッジ。知ってるぞ。訳の分からん理由で星見台を爆破しようとしたヤバい奴で、アリスの師匠だ。そして何より吸血鬼の『お友達』。そりゃあ能力的には問題ないだろうが……あいつが校長代理? それに、『精神的に酷く不安定』?
喜ぶべきか、悲しむべきか。判断に迷っている私に、おっちゃんが肩を竦めながら話しかけてきた。
「ノーレッジはあんまり有名な魔女じゃねぇが、俺は前回の戦争の時に一度だけ見たことがある。向こうの通りに予言者新聞の本社があるだろ? そこに昔死喰い人どもが襲撃を仕掛けたんだ。」
「それで、ノーレッジが来たのか?」
「おうともよ。その日、俺はたまたま近くを歩いててな。……なんで来たのかは知らねぇが、姿あらわししてきたノーレッジは手を『ちょい』っと振るだけで十人くらいの死喰い人どもを制圧しちまったんだ。『ちょい』だぜ? 信じられねぇ光景だった。杖も持ってなかったんだぞ?」
「そいつはまた……凄いな。」
『ちょい』か。アリスの師匠ってんならそれくらいはやるかもな。あんまりな擬音に顔を引きつらせる私に、おっちゃんは苦笑いで事の結末を語り出す。
「そのまま面倒くさそうに本を読み始めたかと思えば、また『ちょい』って手を振って死喰い人を縛り上げると、すぐに姿くらましで消えちまったんだ。……それで、後から来た闇祓いたちに聞いたんだよ。『あの魔女は誰なんだ?』ってな。そしたらダンブルドアに協力してる魔女で、パチュリー・ノーレッジだって教えてくれたのさ。」
「だからホグワーツは安心って言いたいのか?」
「そういうこった。あれは大した魔女だぞ。……大体、ダンブルドアが任命したなら間違いなんぞあるはずがねぇんだ。それを日刊の連中は馬鹿みたいに──」
瞬間、いきなり響いた爆発音と共に店の奥へと吹っ飛ばされた。……ってぇな! 何だよ! キンキンする耳を押さえながら顔を上げてみると、無茶苦茶に散らばった箒用品、倒れた棚、大穴の空いたショーウィンドウ、それに……影? 店の前の通りをビュンビュン横断していく、複数の黒い影が見えてくる。
「おいおい、何だよありゃ。」
どうやら、あの影が通り過ぎざまに爆破呪文やら破砕呪文やらを撃ちまくっているらしい。……いや、何でだよ。そんなことして何の得があるんだ? あまりの事態に混乱しながら通りを見つめていると、慌てた表情のおっちゃんが私を掴んでカウンターの陰へと運び始めた。
「……クソったれめ、死喰い人だ! 小娘、ここに隠れてろ。絶対にカウンターから顔を出すな。」
「し、死喰い人? あれが? ……おいおい、何する気だよ? おっちゃんも隠れとけって!」
「向かいのブライズの店が酷くやられちまってる。助けにいかねぇと。……いいか? 絶対に顔を出すなよ? 死喰い人が箒屋なんぞに踏み込んでくるはずはねぇ。ここに居れば安全だ。」
見た事のないほどに真剣な表情でそう言うと、おっちゃんは悲鳴の響く店の外へと出て行ってしまう。……確かに向かいの店は酷く壊されてるな。数発の爆破呪文が直撃してしまったようで、既に火の手も上がっているようだ。
焦りながらも、頭の中で思考を回す。どうしよう、どうしよう。もう影は通り過ぎてしまったようだし、安全だとは思うが……おっちゃんは大丈夫だろうか? 私も手伝いに行った方が良くないか?
でも、かえって足手まといになってしまうかもしれないのだ。それだけは避けなければならない。苦悩しつつもカウンターの後ろに隠れていると、おっちゃんが向かいの店から細身の中年男性に肩を貸しながら走ってきた。あれがブライズか? 足を怪我しているらしい。
「カウンターの後ろに行け、ブライズ!」
「ダメだ! まだ中にリンジーが──」
「いいから行け! 俺がなんとかする!」
ブライズを箒屋の玄関に下ろすと、おっちゃんは全速力で向かいの店に戻って行ってしまう。せめて、あの人を運ぶくらいならいいよな? ……ええい、バカバカしい! 放っておけるもんか!
「おい、大丈夫か?」
「……客か? 子供が出てくるな、隠れてろ!」
「目の前で這いずってるヤツがいるのに、隠れっぱなしのバカがいるかよ!」
ブライズの手を取って思いっきりカウンターへと引っ張る……じゃなくって! お前は魔法使いなんだぞ、魔理沙! 杖を使え!
「
リーゼに習った呪文でブライズを少しだけ浮かせて、慎重にカウンターの後ろに運び入れる。後は止血、止血……くそ、癒しの呪文なんかまだ使えないぞ。攻撃ばっかりじゃなくって、そういうのも習っておくべきだった。
「癒しの呪文は使えるか? 私はまだ使えないんだ。」
「ダメだ、これだと深すぎる。先に刺さってる破片を抜かないといけないし……布かなんかは無いか? とりあえずは縛るしかない。」
「ちょっと待ってろ。」
布……あれでいいか。高級箒を包むための布を掴み取って、急いでカウンターの裏まで戻る。途中で何本かの箒が折れてるのが見えてしまった。店自体は魔法で直せるだろうが、あれはもうどうにもなるまい。クソ迷惑な連中だぜ。
「ほら、これでいいか?」
「ああ、ありがとよ、お嬢ちゃん。……リンジーは? 妻はどうなってる?」
「えっと……うん、大丈夫そうだぜ。おっちゃんが連れて来てくれてる。」
カウンターからひょっこり顔を出して覗き見ると、ちょうど向かいの店から中年の女性を連れたおっちゃんがこっちに走ってくるところだった。怪我もないみたいだし、どうやら最悪の事態は免れたようだ。
「リンジー!」
「あなた! 大丈夫なの?」
再会して抱き合う夫婦を背に、荒い息をついているおっちゃんへと労りの言葉を送ろうとしたところで……また来たぞ。再び通りの方を黒い影が通り過ぎて行くのが見えてくる。さっきとは逆向きだな。何処かへ行って、戻ってきたってことか?
「隠れてろ。」
緊張したおっちゃんの声に従って、見つからないようにカウンターの隙間から覗き見ていると……ぅわお。実に爽快な光景だな。店の前を通り過ぎる影の一つを、いきなり飛んできた小さな人形が棍棒でぶん殴って叩き落とした。美しいフォームのフルスイングだ。
「なんだよ、ありゃあ。」
呆然とするおっちゃんの声を他所に、慌てたように上空へと進路を変える黒い影たちを数体の人形が武器を振り回しながら追いかけて行く。……ちなみに叩き落した人形は、叩き落とされた黒ローブの男を棍棒でボッコボコにし始めた。容赦なさすぎるぞ。ここまで打撃音が聞こえてくるほどだ。
「クソが! やめっ、やめろ! 誰か戻って、戻ってこい! 助け……ああ、クソ、クソ! ボンバー、ぐっ……デパル、ぎぃっ、もうやめ、やめてくれ! とう、投降する! がぁっ……。」
うーん、ここだけ見てるとどっちが悪者だか分からんな。死喰い人はクセのある英語で何か命乞いみたいなことを喋っているが、人形は無表情でひたすら殴打を繰り返すばかりだ。っていうかむしろ、話そうとする度に顔をぶん殴っている気がする。……呪文を唱えさせないためなのか?
小さな人形に『襲われる』成人男性。人気の無くなった通りで戦慄の光景が繰り広げられているのを眺めていると、おっちゃんがかなり呆れた口調でポツリと呟いた。
「いい気味だが、あれだと死なねぇか? 動かなくなってるのにまだ殴ってるぞ。」
「あー……そのうち止まると思うぜ。あれは多分、『死んだフリ妨害機能』だ。」
「なんか知ってるのか? 小娘。」
「うん、まあ……知り合いの人形なんだよ。アリス・マーガトロイド。七色の人形使いって聞いたことないか?」
なんか、本当に止まるのか自信無くなってくるな。通りを見ながら引きつった顔で問いかけてやると、おっちゃんはいまいちピンときてない顔で曖昧に頷く。んー、アリスってあんまり有名じゃないのか? でも、リーゼは有名だって自慢げに言ってたし……むしろ死喰い人の中で名が広まってる存在なのかもしれない。
「どっかで聞いたような……気がするような、しないような。」
「つまり、レミリア・スカーレットの味方だよ。前の戦争でも戦ってたらしいぜ。」
「ああ、騎士団だかなんだかの連中か。……怖い魔女なんだな。容赦ってもんを知らねぇらしい。」
言うおっちゃんの視線の先では……死喰い人が動かなくなってから結構経ってるのに、まだ時折思い出したかのように殴りつけている人形がふよふよ浮いている。まあうん、あれは確かに怖い。普通にホラーだぞ。
そのまま少しの間人形の殴打音だけが通りに響いていたが、やがてパチンという音と共に数人の魔法警察が姿あらわししてきた。お揃いの青いローブを纏って、杖を構えながらの臨戦態勢だ。
彼らは酷く痛めつけられた死喰い人を見て一瞬顔を引きつらせると、人形から決して目線を外さないようにしながら拘束し始める。……ちなみにその間ずっと人形は輝くような笑顔を隊員たちに送っていた。もちろん血の滴る棍棒片手にだ。クソ怖いぜ。
どちらかといえば人形の方を警戒している隊員の一人が、拘束した死喰い人を姿くらましで連れて行くと……おお、撲殺人形も何処かへふよふよ飛び去って行く。残された隊員たちが明らかにホッとしているのがなんとも悲しい光景だ。アリスには笑顔機能を外すように助言すべきだな。
私がどう伝えようかと悩んでいる間にも、おっちゃんがブライズに肩を貸して通りの方へと歩き始めた。そうだった。早く聖マンゴに行かせないと。
「おう、こっちに怪我人が居るんだ! 手を貸してくれ!」
おっちゃんが隊員たちに呼びかけると、慌てて一人の隊員が近付いてくる。……あの傷ならすぐに良くなるだろうし、壊された通り沿いの店々も隊員たちが手分けして直しているようだ。家の中に隠れていた人たちも、恐る恐るといった様子で顔を出し始めた。
しかし、結局あの連中は何をしに来たんだろうか? 考えながら私も店の外へと出てみれば……こりゃまた、思ったよりも酷いな。真昼の太陽に照らされたダイアゴン横丁の至る所で、煌々と炎が揺らめいているのが目に入ってくる。
この通りだって石畳の所々が抉れているし、壁が吹っ飛んでいる店もいくつかあるが……どうやらそれでもマシな部類だったようだ。オリバンダーの店がある辺りが特に酷いぞ。物凄い勢いで黒煙が昇っているのを見るに、あの地区はかなりの被害を受けたらしい。
暗黒の時代、か。そう呼ばれていた時代には、きっとこういう風景が日常だったのだろう。そして、これからそんな日々が訪れるかもしれないのだ。私たちのすぐ身近に。手が届く場所に。
変わり果てたダイアゴン横丁の風景を見ながら、霧雨魔理沙はギュッと杖を握り締めるのだった。