Game of Vampire   作:のみみず@白月

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拉致

 

 

「……酷いわね。」

 

倒壊したオリバンダーの杖屋を見つめながら、アリス・マーガトロイドはポツリと呟いていた。歴史ある建物だってのに、なんとも無粋な連中だ。

 

真昼のダイアゴン横丁は混乱に包まれている。大穴の空いた通り沿いの店々、軽重様々な傷を負った人々、そして濛々と黒煙の立ち込めるオリバンダーの店跡。どうも死喰い人たちの狙いはこの店だったようだ。既に火は消し止められているが、それでも煙は晴れる様子を見せない。

 

壁や床は抉れ、支柱が折れたせいで屋根が崩れ落ちてきている。そして周囲に散乱する無数の折れた杖。……あの連中は、これ一本作るのがどれほど大変な作業だか分かっているのだろうか? 見てるだけで気が滅入ってくるな。

 

何よりここは数多くの子供たちが己が杖と出会い、そして魔法使いとして歩み始める場所なのだ。集まってきた野次馬たちも変わり果てたオリバンダーの店を悲しそうに見つめている。ダイアゴン横丁を象徴するこの場所の悲劇は、もしかしたら私の想像以上に影響が大きいのかもしれない。

 

転がっている杖を拾い上げながらため息を吐いていると、現場の統率をしていたスクリムジョールが声をかけてきた。向こうはようやく一段落ついたようだ。

 

「どうやらオリバンダー氏は殺されたのではなく、拉致されたようですな。向かいの店の主人がその光景を目撃していました。」

 

「それは不幸中の幸いだけど……なら、どうしてここまで入念に破壊していったのかしら? 『ついで』にしてはやり過ぎじゃない?」

 

「いえ、連中にとっても予想外だったようです。恐らく杖や芯材に引火した結果、連鎖的な爆発を引き起こしたのでしょう。数人の死喰い人は逃げ切れずに吹っ飛んでいたとか。死体は既に回収済みです。」

 

「……馬鹿ばっかりね。自分たちで火を点けて、挙句勝手に爆死したってわけ?」

 

うんざりだぞ。死喰い人ってのはどうしてこう……こうなんだ。スクリムジョールにとってもイラつく結末だったようで、鼻を鳴らしながら説明を続けてくる。

 

「信じ難いほどに迷惑な連中ですな。……とはいえ、こちらにも多数の死者が出ております。警邏をしていた魔法警察の隊員が数名と、爆破呪文をもろに受けた通り沿いの店員が二人。それと通行者が二人。情報が整理されればもう少し増えるでしょう。」

 

「嫌になるわね。……あの頃に戻ってきたみたいだわ。」

 

「戻ってきたのですよ、ミス・マーガトロイド。そして、ダイアゴン横丁の住人たちもその事に気付いたはずです。」

 

スクリムジョールの冷静な言葉に、小さく同意の頷きを返す。皮肉なことだが、これで復活を肯定する者は一気に増えるだろう。百の言葉よりもこの被害が多くのことを伝えたはずだ。

 

「そうであることを願うばかりよ。向き合う人間は多ければ多いほど良いもの。」

 

「……それと、人形に関しての苦情が来ております。『やり過ぎだ』と。目撃した子供がトラウマを植え付けられたそうでして。」

 

「それは……あー、悪いことをしたわね。」

 

うーむ、『微笑み機能』はちゃんとつけておいたんだが……子供には分かり難かったのかもしれないな。笑い声とかも出せるようにしてみようか? そもそも人形は可愛いものなんだし、親しみやすくすれば怖がりなどしないはずだ。

 

それとも、棍棒ってのがいけないのだろうか? なんだかんだであれが一番便利なのだが、確かに威圧感はあるかもしれない。正義の味方っぽい武器じゃないし。悩む私に、何を思ったのかスクリムジョールが気まずい顔でフォローを放ってきた。

 

「まあ、不可抗力でしょう。貴女の人形が無ければ被害はもっと増えていたはずです。もしかしたら、その子供が傷ついていたのかもしれません。」

 

「んー、一応『改善』はしておくわ。……それより、魔法警察の動きが結構早かったわね。新しい隊長は有能な人物なの?」

 

たまたま所用で魔法省に居た私もかなり早く到着したはずだが、私が人形を展開させる頃には既に姿あらわししてくる隊員の姿がちらほら見えていたのだ。私の疑問を受けたスクリムジョールは、首を縦にも横にも振らずに返事を返してくる。

 

「ジョン・ドーリッシュですよ。一時期闇祓い局にも所属していた男でして。あの男は、どう言ったらいいか……決められたことをやるのは大得意なものの、臨機応変な対応をするのは苦手なタイプですね。今回も非常時の緊急対処マニュアル通りに部隊を展開したようです。迅速だったが、無駄も多い。」

 

「つまり、マニュアル人間なわけね。……まあ、魔法警察なら向いてるでしょう。あそこは集団で力を発揮する組織だし、変な『オリジナリティ』を出されるよりかはマシよ。」

 

ということは、八月以降はスタンドプレーの闇祓いをムーディが、チームプレーの魔法警察をドーリッシュとやらが指揮するわけか。……うん、悪くない人選だな。上にスクリムジョールが居る以上、どちらも上手く『操縦』してくれるに違いない。

 

それに、魔法事故リセット部隊の到着も早かった。前回の戦争時は戦闘に巻き込まれるのを恐れるあまり、鈍亀のような動きしか出来なかった部署なのだが……どうやら今回は頼りになりそうだ。今も各所で精力的に修復作業を行なっている。

 

「しかし、大臣の交代前なのに随分と大きく変わってるのね。妨害されたりはしないの?」

 

私は魔法省の内部事情にそれほど詳しくないが、一応まだファッジが大臣なのだ。嫌がらせで承認が下りなかったり、邪魔されたりとかは無いのだろうか?

 

首を傾げながら聞いてみると、スクリムジョールはかなり微妙な表情で答えを返してきた。呆れたような、拍子抜けしたような表情だ。

 

「それが、ファッジ大臣はこのところやけに『協力的』なのですよ。まるで憑き物が落ちたかのように、スカーレット女史のイエスマンになってしまいまして。……余計なことを囁く人間が居なくなったからかもしれませんな。」

 

「それはまた、今更って感じの状況じゃないの。反対してた連中は全員ウィゼンガモットの所属になっちゃったってこと?」

 

「ファッジ大臣を含め、数名は『取り残された』ようですが……基本的にはそうなります。魔法教育促進委員会だの、報道管理監視部だのと、有名無実な役職を乱立させてそこの所属にしているようです。」

 

「……イギリス魔法界が誇った賢人議会も落ちぶれたもんね。魔術師マーリンも草葉の陰で嘆いてるわよ。」

 

かつては世界の魔法界を牽引するほどの機関だったというのに、今では権力の象徴でしかなくなってしまったわけか。……悲しくなってくるな。叶うなら、いつの日か再生してもらいたいもんだ。

 

各所からふよふよ戻ってくる半自律人形を回収しながら考えていると、スクリムジョールが杖屋の残骸を見てポツリと呟く。

 

「……しかし、何故死喰い人たちはオリバンダー氏を攫ったのでしょうか? 杖に関しての知識が目的とか?」

 

「でしょうね。オリバンダーが関係している以上、杖に関連する何かなことは間違いないわ。……というか、今年の新入生たちはどこで杖を買うのかしら?」

 

「頭が痛い問題です。ホグワーツには杖の購入方法のガイドラインを作らせる必要がありますな。でなければ酷い混乱が起きてしまう。」

 

マクゴナガルが泣くぞ。ただでさえパチュリーの『介護』で忙しいだろうに、かなり面倒な仕事が増えてしまったようだ。……ダンブルドア先生は今何をしているのだろうか? レミリアさんも知らないと言ってたし、パチュリーへの手紙も全然返ってこない。秘密ってことなのかな?

 

ダンブルドア先生のやることだ。そうする必要があるのだろうが……もどかしいな。言ってくれれば手伝えるかもしれないのに。それとも、まだまだ私も実力不足なのだろうか?

 

「……スコージファイ(清めよ)。」

 

考えつつも血塗れの人形を流れ作業で綺麗にしていると、取り押さえた連中を監視していた人形たちも戻ってきた。……うん、やっぱり直接戦った人形は損害が大きいな。私の操作無しで半自律運用だとこうなっちゃうか。

 

「それで、拘束出来たのはどのくらいなの?」

 

何かの呪文を食らったのだろう。右半身が抉れちゃっている人形を脳内の修復リストに追加しながら聞いてみると、スクリムジョールは素早く正確な数字を寄越してくる。

 

「現状入ってきている情報では拘束が十名、死体が八体です。拘束した中にはイギリスの魔法使いではない者も複数見受けられました。……というか、殆どが若い他国の魔法使いでしたな。」

 

「『新入り』の連中ってわけ。アズカバンに送るの?」

 

「そこが悩みどころでしてね。ウィゼンガモットは躍起になって否定していますが、もはやあの場所が監獄として機能するかは疑わしいでしょう? 私なら吸魂鬼が連中の側に付く方に賭けますし、ボーンズ部長もそれには同意見でした。」

 

「前回は離反しなかったから今回も大丈夫ってのは……まあ、そうね。ちょっと希望的観測に過ぎるわね。」

 

とはいえ、あの場所はウィゼンガモット直下の組織なのだ。大法廷を掌握出来ていない現状ではレミリアさんでも手出しはできない。それどころか出来損ないの権力分立のせいで、アメリアが魔法大臣になってからも干渉するのは難しいわけだ。

 

さすがに大臣交代後は徐々に体制が確立されていくだろうし、そうなればウィゼンガモットの影響力も失われていくだろうが……アズカバンの体制見直しにはまだ時間がかかりそうだな。

 

そもそも、イギリス魔法界はあの監獄に依存し過ぎているのだ。仮に吸魂鬼の『利用』が取り止められたとしても、すぐに別の手段に切り替えるというのは至難の業だろう。

 

吸魂鬼を追い払って、魔法をかけ直して、刑務官たちに業務の内容を刷新させる。それを死喰い人と戦いながらやるわけだ。……間違いなく無理だろうな。考えるだけで頭が痛くなってくるぞ。

 

「いっそ全員処刑出来れば話は早いのですがね。」

 

スクリムジョールの冗談なんだか本気なんだか分からん言葉で、思考の海から浮上する。レミリアさんやリーゼ様なら諸手を挙げて賛同しそうな言葉だが……当然、不可能だろう。私もさすがに賛成しかねる提案だ。

 

「賛否はともかくとして、倫理的な問題がある以上、『手早い』方法は無理でしょうね。貴方だって大量虐殺者として後世に名を残したくはないでしょう?」

 

「それで問題が解決するのであれば、喜んで汚名を被りますよ。評価する者はそれを評価してくれるでしょう。」

 

「なんとも頼りになる言葉じゃないの。」

 

クラウチ、ムーディ、そしてスクリムジョール。闇祓い局の局長ってのはどうしてこう躊躇いがないのだろうか? 職務上仕方がないとはいえ、『やり過ぎ』を伝統にするのは勘弁して欲しいぞ。

 

うーむ、常識人っぽい中に非常識が埋もれているのは、バーテミウス・クラウチ・シニアに若干似てるな。何の気なしに目の前の男の心理分析をしつつ、最後の人形を回収してから口を開く。

 

「何にせよ、早めに決めた方がいいわよ。これから山のように逮捕者が出てくることになるわ。魔法省の拘留室だけじゃ絶対に足りなくなるでしょうね。」

 

「……そうですな。問題、問題、そして問題。うんざりしますよ。」

 

「まあ、良いニュースもあるわ。例の制度、中々上手く機能してるみたいじゃないの。」

 

現場検証をするリセット部隊の隊員や、軽傷者を誘導する魔法警察。その合間を縫って動く『魔法戦士』たちの姿を指して言ってやれば、スクリムジョールはため息を吐きながらも頷いてきた。

 

「草案の段階ではかなりの混乱が起こることを覚悟していましたが……確かに上手く機能していますね。とはいえ、今回動かしたのは元闇祓いや元魔法警察の方々だけです。まだまだ油断は出来ませんよ。」

 

「千里の道も一歩から、よ。こうやって魔法省職員以外にも杖を取る魔法使いが居るっていうのは、きっと職員たちにとって励みになるでしょう。……本来、あんまり正しい在り方じゃないのは確かだけどね。」

 

「情けないことですが、今はそうも言っていられません。本格的にヴォルデモートが動き出す前に、どうにかして実用段階に持っていかなければ。」

 

その通りだ。今日の『襲撃』でさえここ数年じゃ一番の大事件だが、これから先にはもっと大きな戦いが待っているだろう。イギリス魔法界は備えなければならない。少しでも被害を減らすために。

 

思わず強く握ってしまった手を解いて、一度首を振ってから身を翻す。……焦るな、私。自分に出来ることをやるだけだ。悔いの残らないように、精一杯。

 

「それじゃ、私は修復作業を手伝ってくるわ。……頑張りなさい、スクリムジョール。そうすればきっと後世に名が残るわよ。虐殺者よりもずっと良い形でね。」

 

「……それも悪くはありませんな。では、精々励むことにしましょう。」

 

背中越しにひらひら手を振ってから、適当に修復魔法を放ちつつ通りを歩き始めた。……レミリアさんがスクリムジョールを気に入っている理由がなんとなく分かったな。確かに頼りになる男だ。冷徹な現実主義者。きっと有事にこそ輝く人間なのだろう。

 

そういえば、まさか魔理沙は出かけてなかっただろうな? 私の実家がある地区は遠く離れているし、大丈夫だとは思うが……うーん、心配になってきたぞ。一応人形に無事を確認させておこう。こういう時は忠誠の術の制限が痛いな。

 

一番使い慣れている赤色の人形を取り出して、アリス・マーガトロイドはふわりとそれを放つのだった。

 


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