Game of Vampire   作:のみみず@白月

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懲戒尋問

 

 

「バカバカしすぎて言葉も出ないわ。」

 

評議員席にずらりと並ぶ顔触れを眺めながら、証人席に座るレミリア・スカーレットはやれやれと首を振っていた。未成年の魔法不正使用に大法廷審理だと? どうかしてるぞ。

 

魔法省地下十階の十号法廷……つまりイギリス魔法省でもっとも格式高い法廷では、百人近い魔法使いが今や遅しと懲戒尋問の開廷を待っている。評議員、証人、廷吏、取材陣、そして細々とした役職の職員たち。『ガキの火遊び』を審理するためにこれほどの人間が集められたわけだ。アホくさ。

 

本来この大法廷というのは、違憲審理や立法審査、魔法大臣の罷免決議、国際的な指名手配犯の裁判だったり、多数の凶悪犯の合同裁判なんかを行うために開かれる法廷だ。定足数二十三名。裁判長は魔法大臣。イギリス魔法界最大規模の法廷なのである。

 

当然、最初はこんなことになるはずではなかった。本来ウィゼンガモット管轄の小法廷で審理されるところに私が執行部を使って介入し、それに過剰反応したウィゼンガモットが他の評議員を巻き込み、そして更に私がそれをひっくり返すために友好的な評議員を審理に組み込ませ……ってな感じで、雪だるま式に規模が大きくなってしまったのだ。

 

結果、この有様である。……今日の懲戒尋問はイギリス魔法史に残るかもしれんな。政争による司法の歪みの典型例として。あまりのバカさ加減に後世の魔法使いたちは笑うだろうさ。

 

内心どうでもいいことを考える私へと、隣に座るスクリムジョールが声を放ってきた。……ちなみに、その向こうには瞑目してるんだか居眠りしてるんだかのダンブルドアも座っている。私の連絡には鈍い反応しか寄越さないくせに、ハリーの危機にはすっ飛んでくるらしい。

 

「実際、誰もがそう思っているでしょうな。それでもこれだけの人間が集まったのは、この審理が『ハリー・ポッターの懲戒尋問』の名を借りた貴女とウィゼンガモットの政争だと理解しているからですよ。」

 

「でしょうね。味方、敵、そして立場を決め兼ねている者とただの野次馬。……負けられないわよ。今日の結果次第では鞍替えするヤツも出てくるはずだもの。」

 

「それには同意しますが……不幸なのは巻き込まれたポッター少年ですね。さすがに同情しますよ。」

 

「ま、それについては申し訳ない限りよ。後でちょっとした誕生日パーティーを開くみたいだし、そこで謝っとくわ。」

 

この法廷内でハリーの行く末について真面目に考えている者はごく僅かだろう。下手するとダンブルドアただ一人かもしれないくらいだ。懲戒尋問などあくまで舞台。本質的にはどうでもいいことなのだから。……いやまあ、さすがに杖を折られたら困るし、私なんかはそうも言っていられないわけだが。

 

テーブルに頬杖をつきながらため息を吐いていると、コーネリウスが入廷してきたのが目に入ってくる。うーむ、今日も今日とてやる気ゼロだな。魔法大臣最後の日を迎えた彼は億劫そうに裁判長席に着くと、いそいそと雑誌を取り出してそれに何か書き込み始めた。クロスワードパズルでもやってるのか?

 

雑誌に夢中な裁判長の左手には執行部部長であるボーンズと、ウィゼンガモット大法廷評議会議長であるチェスター・フォーリーが。右手には副議長であるアディティア・シャフィクが座っている。

 

ガリガリに痩せたフォーリーはヨーロッパ大戦当時のイギリス魔法大臣であるヘクター・フォーリーの息子で、グリンデルバルドの危機を全然認識出来なかった父親同様、リドルの危機を正しく認識しようとしていない能無し老人だ。あの『枯れ草』は暖炉の焚き付けくらいにしか使えん。

 

そして、でっぷり太ったシャフィクはカースト制度の信奉者。要するに、純血主義でヒト至上主義で魔法族上位主義の超クソ爺である。当然ながら吸血鬼も大っ嫌いなようで、アンブリッジなんかとは頗る話が合うらしい。

 

コーネリウスを含めたこの四人が被告人への尋問を行い、最終的には法廷を囲むように座っている評議員たちの多数決で判決が出る、という仕組みになっている。今回だと……六十人弱かな? つまり、三十人分くらいの無罪を確保するのがこちらの勝利条件なわけだ。

 

現状では……私が六、相手方が四ってとこだな。今回幸運だったのは、質ではなく量の勝負であるという点だろう。評議員の上層部は軒並み『反吸血鬼派』だが、末端に行けばいくほど『親吸血鬼派』が増えてくる。というかまあ、反吸血鬼派が重用され、親吸血鬼派は追いやられているわけだから当然っちゃ当然だが。

 

こと今回の法廷においては末端だろうが一票は一票。である以上、一応は私に有利な状況を確保出来ているわけだ。……問題は、事前の工作でどこまでひっくり返されているかだな。私だっていくらか翻意させてるんだし、向こうだって手は打ってきているだろう。そればっかりは実際カードをオープンしてみないと分からないのである。

 

負けそうになったら『強硬手段』でいこうと決意しながら、用意されていた水を床にぶち撒けて持ち込んだワインと交換していると……おっと、遂に『主役』のご登場だ。

 

十階の薄暗い廊下に続くドアから、スーツに『着られている』ハリー・ポッターがオドオドと入廷してきた。テーラーメイドなのが一目で分かる、クソ高価そうなスーツだが……いやいや、全然似合ってないぞ。どう見ても学生には分不相応な一品だ。

 

「被告人席に着席せよ。」

 

「あの……はい。」

 

冷たい声の廷吏に導かれて、ハリーは不安そうに周囲を見回しながら被告人席に着席する。それを見たコーネリウスがガベルを叩いて気怠げな声を上げた。凄いな。厳密に言えば始まってもいないのに、もう終わって欲しそうな顔になってるぞ。

 

「あー……では、七月三十一日、懲戒尋問を開廷する。内容は未成年魔法使いの制限法と、国際機密保持法に関する違反についての審理。被告人はハリー・ジェームズ・ポッター。住所はサレー州、リトル・ウィンジング、プリベット通り四番地。」

 

『面倒だけど読んでます』という態度を隠そうともしないコーネリウスは、次に尋問に関わる面子の名前を読み上げ始める。法廷書記がそれを必死に書き留めているが……やっぱり自動筆記羽ペンじゃダメなのかな? 取材席のスキーターは余裕の表情で羽ペン任せにしているが。

 

「尋問官を務めるのは、コーネリウス・オズワルド・ファッジ魔法大臣、チェスター・フランクリン・フォーリー評議会議長、アディティア・ラヴィ・シャフィク副議長、アメリア・スーザン・ボーンズ魔法法執行部部長。」

 

尋問そのものはやる気無しのコーネリウスを抜いて二対一だ。危なくなったら横槍は入れるが……頼むぞ、ボーンズ。次期魔法大臣としての格を見せてみろ。

 

「えー……そして被告側証人、レミリア・スカーレット国際魔法使い連盟名誉顧問、ルーファス・スクリムジョール闇祓い局局長、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア魔法魔術学校校長。」

 

私とスクリムジョール、そしてようやく目を開けたダンブルドアの頷きを受けて、コーネリウスは次に罪状に関してを読み始めた。……ちなみにハリーはずっとキョロキョロしっぱなしだ。そりゃそうか。普通ビビるぞ、こんなもん。

 

「では、罪状、罪状……これか。あーっと、被告人の罪状は以下の通り。被告人は魔法省から数回に渡って魔法の不正使用に関する警告文を受け取っており、被告人の行動が違法であることを十分に熟知し、理解しながらも、去る七月二十六日十八時十一分、マグルの居住地区にてマグルの目前で守護霊の呪文を行使した。これは未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令のC項、及びに国際魔法戦士連盟機密保持法の十三条の違反に当たるものである。」

 

おっと、罪状文が『改正』されちゃってるな。二度の警告文に関してハリーには何の咎も無いことを明記してあったはずなんだが……どうやら向こうに先手を取られてしまったらしい。

 

罪状を面倒くさそうに読み上げたコーネリウスは、緊張した様子のハリーに向かってお決まりの事実確認を開始する。

 

「さて、それでは……被告人の名前、住所については間違いなかったかね?」

 

「はい、間違いありませんでした。」

 

「では、次に前提の確認に移る。被告人は三年前、魔法の不正使用によって魔法省から警告文を受け取った。間違いないかね?」

 

「はい。でも、その件に関しては僕じゃないって証明されているはずです。ドビーの……屋敷しもべ妖精の魔法だったって。」

 

ちょっとぎこちないハリーの反論を受けて、シャフィクが三重顎を動かしながら何かを喋ろうとするが……その前にボーンズが声を上げた。

 

「その件に関しては執行部に記録が残っております。確かにあの事件は屋敷しもべ妖精が起こしたものであり、被告人は一切の違法行為を行なっておりません。」

 

「しもべ妖精が? 馬鹿馬鹿しい。しもべ妖精がマグルの家に居たと? 執行部はもう少し正確な捜査を行うべきではないかね?」

 

「件のしもべ妖精は現在ホグワーツにて雇用されていますので、お望みならば呼んで確かめてみてはいかがですか? ……可能でしょう? ダンブルドア校長。」

 

「無論、可能じゃ。場合によっては真実薬を使った証言すら辞さぬとの言葉を預かっておる。」

 

ダンブルドアの言葉を受けて怯んだシャフィクへと、ボーンズが更なる追撃を送る。ここを突っ込まれるのは予想済みだったのだ。

 

「そもそも、その事実に関しては罪状文に記載してあったはずですが? ……何故抜け落ちているのかを後できちんと確かめる必要がありますね。大法廷における審理の遅延行為は許されるべきではない。そうは思いませんか? シャフィク副議長。」

 

「ああ、まあ……その通りだ。」

 

余計な小細工をするからそうなるんだぞ、肉達磨。見事にカウンターを食らったシャフィクが黙ったところで、それをどうでもよさそうに見ていたコーネリウスが事実確認を再開した。

 

「もういいかね? ……結構。次に二年前に受け取った警告文に関してだが、これについては私が罪無しと決定している。魔法使いの権利章典に基づいて、無罪判決を受けた事案に関しては本審理において一切の影響を齎さない。……異議のある者はいるかね?」

 

コーネリウスの確認には、フォーリーもシャフィクも噛み付いてこなかった。残念。もしこの辺を追求してくれば権利侵害で叩けたのだが……一応、あっちも専門家なのだ。そこまで上手くはいかないか。

 

「結構、結構。では、最も重要な七月二十六日の事実確認に移ろう。この日の午後六時十一分、被告人はマグルの面前で守護霊を出現させたことを認めるかね?」

 

「はい。でも、吸魂鬼が居たんです! 二体の吸魂鬼が──」

 

「吸魂鬼? ふん、吸魂鬼だと? ……この少年の言葉を聞いたかね? 吸魂鬼が居たんだそうだ。リトル・なんちゃらとかいうマグルの町に。」

 

まあ、そう来るよな。物凄いバカにした口調でシャフィクが嘲るのと同時に、フォーリーが手元の羊皮紙を見ながら声を放つ。打ち合わせしてた感丸出しだぞ。

 

「既にアズカバンには確認を送っている。その時間、吸魂鬼は間違いなくアズカバンを離れてはいなかったそうだ。一体たりとも、間違いなく。」

 

「実際に居たんです! 二体の吸魂鬼が。吸魂鬼はダドリー……僕の従兄です。彼にキスしようとしていました。何の関係もないマグルの魂を吸おうと! だから僕は彼と自分の命を守るために、止むを得ず守護霊の呪文を使ったんです!」

 

うんうん、それでいい。自分と他者に生命の危険が迫ったことを証言するのが重要なのだ。こちらもちょっと台詞を読んでる感じがあったし、恐らくリーゼかアリスあたりがそう主張しろと入れ知恵したのだろう。

 

「信じられんほどのたわ言だな。そもそも吸魂鬼は居なかったのだ。被告人は大嘘を吐いて法令七条にある例外事項を利用しようとしているか、もしくは……そう、幻覚でも見たのではないかね? 『例のあの人』が復活したとかいうのと同じような、幻覚を。」

 

フォーリーが侮蔑の視線と共に言うのを受けて、ハリーは反論を放とうとするが……その前にシャフィクが口を開く。どうやら彼らはここが攻め時だと考えたようだ。

 

「我々が調べたところによると、君は随分と『目立ちたがり屋』のようだね? ホグワーツでも様々な事件を起こしているとか。……いや、それも仕方がないだろう。『生き残った男の子』などと持て囃されればそうなるのも無理はない。マグルに見えない吸魂鬼を言い訳にしてきたところも評価しよう。それなりに頭は回るようだ。……だが、今回は少しばかりやり過ぎたようだね。大法廷はそこまで愚かではないのだよ。君のような『目立ちたがり屋』が成人してから大きな事件を起こさないように、この辺で──」

 

と、そこまで言ったところでいきなりシャフィクが後ろに倒れ込んだ。すんごい勢いだったな。こっからだとよく見えないが、どうやら椅子の脚が折れてしまったらしい。……ああ、なるほど。この法廷内には透明の『悪戯っ子』が紛れ込んでいるわけか。

 

そうこなくっちゃな、ペタンコ。全員が倒れたシャフィクに注目したところで、立ち上がって大声を張り上げた。当然、物凄く焦った表情を浮かべながらだ。

 

「あら、大変! 廷吏は何をしているの? 早くシャフィク副議長を『救出』なさい! このままだと自分の肉に押し潰されて死んじゃうわ!」

 

「やめろ、不要だ。自分で立てる。自分で……やめろと言っているだろうが! 私は自分で立てる!」

 

『何故か』倒れた椅子が全然動かない所為でいつまでも立てないシャフィクを、廷吏たちが慌てて引っ張り起こし始める。……よしよし、いいぞ。この騒動で空気はリセットされた。

 

そしてボーンズもそれを感じ取ったようで、ようやく起き上がったシャフィクに冷たい視線を向けながら言葉を発する。

 

「この法廷は貴方の個人的な『思想』を語る場所ではなく、被告人の行動を審理するための場所です。裁判長、恣意的な発言は禁じるべきでは?」

 

「あー……その通り。シャフィク副議長は発言に注意するように。」

 

コーネリウスが言われるがままに注意を送ったのと同時に、今度は私が声を上げた。ハリーの主張も確認出来たし、そろそろ頃合だろう。

 

「発言しても? ……それじゃ、証人として発言させてもらうわ。ここに居る全員が理解したように、本件において争点となっているのは吸魂鬼がリトル・ウィンジングに居たかどうかなのよね? 被告人は居たと主張し、アズカバンは吸魂鬼は離れていないと主張している。ここまではいいかしら?」

 

その言葉に反論が出ないのを確認してから、肩を竦めて話を続ける。

 

「だけど、本当にアズカバンは吸魂鬼を『管理』出来ているの? あれだけ沢山いるわけなんだし、二体くらい消えても気付かないんじゃない?」

 

「それは『素人』の無知な意見ですね。アズカバンは三百年近くに渡って吸魂鬼を管理し続けてきました。その間、吸魂鬼がマグルの居住地区に出没したことがありましたか?」

 

「『記録には』残ってないわね。でも、アズカバンが吸魂鬼を制御出来ていないのは一年前のホグワーツでの一件を鑑みれば明らかじゃないの。連中は無実の一年生を二人ほど襲ったわけだけど?」

 

「その一件は当時刑務官だったアンス・ラデュッセルの独断です。あのような危険思想の犯罪者を刑務官に任命したことに関しては、確かにアズカバンの失態だったと言えるでしょう。しかし、それは今回の一件とはまた別の話です。」

 

フォーリーの冷静な反論に、コクリと頷いてから続きを語り始めた。……ここまでは筋書き通りだ。本題はここから。

 

「そうね。……それじゃあ、その一件以降アズカバンは完璧に吸魂鬼を管理出来ているのね? 七月二十六日の午後六時も、今日この瞬間も。欠けることなく、完全に。確かにそうだと言い切れるの?」

 

「言い切れます。……必要ならば書類を提出しましょうか?」

 

「書類は結構。代わりに被告人側証人の入廷を申請するわ。この部屋の前まで連れて来てるから……入れても構わないかしら? コーネリウス。」

 

後半をコーネリウスに向けて言うと、彼は気軽な感じで首肯を返してきた。どうも飽きてきちゃったようだ。安心しろ、もう終わるから。

 

「証人の召喚は被告人の権利です。どうぞご自由に。……誰か? 入れてやってくれ。」

 

「ああ、スクリムジョールを行かせるわ。ちょっと『気難しい』方だから。……エスコートをお願い出来る? スクリムジョール。」

 

「喜んで。」

 

すっくと立ち上がったスクリムジョールは、キビキビとした動作で一度部屋を出ると……そら、証人のご登場だぞ。キャスター付きの巨大な檻を法廷内に運んできた。中に五体の吸魂鬼が詰まった檻を。

 

「な、何を……何を考えているのだ!」

 

シャフィクの驚愕したような声が響くと同時に、一斉に檻から評議員たちが離れていく。私は全然感じないが、怖気を誘う寒さとやらが部屋に満ちているのだろう。苦笑しながらのダンブルドア、呆れた表情のボーンズ、そして何人かの『資格ある』評議員たちが守護霊を出したところで、ようやく騒ぎが徐々に収まってきた。

 

「ハリー、貴方も出していいわよ。いい『証明』になるでしょ。」

 

白い顔になってしまった被告人席のハリーに呼びかけてやると、コクコク頷いた彼は杖を振って牡鹿の守護霊を出現させる。……おやおや、評議員の何人かは感心顔だ。守護霊を出してるヤツの割合から見るに、ここに居る大半の連中は十五のガキに出来ることが出来ないらしい。

 

ちなみにコーネリウスとシャフィクは出せていないが、フォーリーはカワセミの守護霊を近くに控えさせている。思想はともかく、魔法の腕前は多少あるようだ。

 

生意気なヤツめ。鼻を鳴らして証人席を立ち上がってから、檻の近くに移動して言葉を放った。心底呆れたような表情で、大きく肩を竦めながら。

 

「ここに居るじゃないの。管理外の吸魂鬼。」

 

論より証拠、書類より吸魂鬼。平然と檻の中の吸魂鬼をチョンチョンしている私にシャフィクは怯むが、フォーリーは厳しい顔で反論を寄越してくる。

 

「ふざけないでいただきたい! こんな茶番が認められるとでも? 吸魂鬼の管理はアズカバンの管轄です。勝手に拘束するなど許されることではない。」

 

「魔法大臣の認可は得てるわ。アズカバンの管理能力を抜き打ちで査定するために、執行部主導で四日前にこっそり『お連れした』んだけど……変ね。アズカバンの看守たちは何をやってるのかしら? 誰か吸魂鬼が五体も消えたという報告を受けた人は居る? 『欠けることなく、完全に』管理されてるはずなんだけど。」

 

びっくり仰天の表情で評議員たちを見回してみると、半数ほどは苦笑して、四割ほどはバツが悪そうに目を逸らしてしまった。バカどもが。五日もあるのに私がのんびり開廷を待つとでも思ったのか? 色々と『悪巧み』してるに決まってるだろうが。

 

『魔法大臣の認可』と聞いてフォーリーはコーネリウスを睨みつけているが、当のコーネリウスはキョトンとした顔で首を傾げるばかりだ。無理もあるまい。今の彼は自分がどんな書類にサインしてるかを知らないのだから。

 

私がニヤニヤしながらフォーリーを見ていると、今度は吸魂鬼ショックから立ち直ったらしいシャフィクが文句を捲し立ててきた。おいおい、オムツを替えなくていいのか?

 

「それとこれとは別だ! 執行部が吸魂鬼を『盗み出せた』からといって、吸魂鬼が自分の意思でリトル・なんちゃらに行ったことなど証明出来まい?」

 

「別に誰も『自分の意思で吸魂鬼がお出かけした』なんて言ってないでしょ。私は吸魂鬼を連れ出すことが可能で、それをアズカバンが把握出来ないことを証明したの。つまり、ハリー・ポッターの命を狙う、もしくは彼の不利益を望む魔法使いにもそれが可能ってことよ。」

 

「だが、確たる証明ではない!」

 

「そして吸魂鬼が居なかったってことも証明出来なくなったわね。……疑わしきは、何だったかしら?」

 

私が冷たく言い放つと、スクリムジョールが更に冷たい声で補足を追加する。刺々しい、絶対零度の声だ。

 

「一応補足しておきますと、事に当たったのは僅か三名の職員です。この人数で可能なのであれば、実行そのものはそう難しくないでしょう。……いや、驚きですな。アズカバンの管理体制がこれほど杜撰だとは思いもしませんでした。まさか四日経った今でも一切報告が上がらないとは……魔法法執行部はこの調査結果を重く受け止めております。」

 

正確に言えば、ムーディ、シャックルボルト、ロバーズという闇払い局でも指折りの三人が『誘拐犯』なわけだが……まあ、その辺は省略してよかろう。三人は三人。嘘ではない。

 

スクリムジョールの怜悧な視線を受けたシャフィクが口を噤んだところで、今度はダンブルドアが穏やかな声で語り始めた。顔にはいつもの柔和な微笑みが浮かんでいる。

 

「ふむ、どうやら話がズレてきているようじゃな。どうですかな? そろそろ決を採っては如何でしょう? 十五歳の少年をこれほど大勢の魔法使いが取り囲み、その行いや人格を根掘り葉掘り責め立てた。……もうよろしいのでは? わしはここに居る皆様が、恥ずべきことを恥じることの出来る人間だと信じる次第じゃ。」

 

ダンブルドアの柔らかい、それでいて威厳を感じさせる言葉を受けて、派閥を問わず法廷のほぼ全員が居心地悪そうな顔になってしまった。要するに、ダンブルドアは『やり過ぎだ』と言っているわけだ。いい大人ならもう少しやり方を選べ、と。

 

ハリーの尋問とは一切関係ない言葉だったが、それでも後ろめたい感情はあったのだろう。ダンブルドアの言葉は中立を保っている連中の何人かから無罪を引き出したらしい。数人は『もういいじゃん』という顔になってしまっている。

 

そして、その感情に背を押されたのか、それとも早く大臣室に帰って荷物の整理をしたかったのか。詳細は定かではないが、コーネリウスが訪れた沈黙を引き裂くように声を上げた。

 

「まあ、その通り。そろそろ良いでしょう。……では、有罪に賛成の方は杖を挙げていただきたい。」

 

言葉に従って、明らかに半数以下の杖が挙がった。フォーリー、シャフィクは当然杖を挙げているが、その他に挙げているのは二十に届くか届かないかといった程度だ。

 

「あー、結構。では、無罪放免に賛成の者は?」

 

そう言って自分も杖を挙げたコーネリウスの声に従って、今度は七割近くの杖が挙がる。うん、上々。思ってたより余裕の勝利だったな。他にも色々と仕込んでおいたんだが……ちょっと拍子抜けだぞ。台本通りに進んで、台本以上で終わった感じだ。

 

「それでは、ハリー・ポッターは無罪放免。これにて閉廷。」

 

ま、こんなもんだろうさ。最後までやる気を感じさせないコーネリウスの言葉を聞きながら、レミリア・スカーレットは檻の中の吸魂鬼にウィンクを送るのだった。

 


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