Game of Vampire   作:のみみず@白月

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彼女が得たもの

 

 

「つまり、私は十五歳なんかじゃないし、ホグワーツで学生をやっているのも本来は任務のためなんだ。……ハリーを守るという任務のね。」

 

ダイアゴン横丁のカフェの店内。目の前に座るハーマイオニーとロンに対して、アンネリーゼ・バートリは静かに告白していた。……長い自白の時間も終わり、後は判決を待つのみだ。

 

今日は二年ぶりの『お買い物会』に来ているのである。モリー、双子、ロン、ジニー、そしてハーマイオニーと私で一緒に来学期の学用品を買い揃えようというわけだ。ダイアゴン横丁はこの前騒ぎが起きたばかりだし、集団で買い物をするのは悪くない選択だろう。

 

ちなみに咲夜と魔理沙は、それぞれ親バカ吸血鬼と過保護なお姉さんから『外出制限』を食らっているため来ていない。当然、ハリーもだ。三人の分は纏めて私が用意することになっている。

 

本人は残念がっていたが、ハリーが来ると護衛だらけのお買い物になってしまうのだ。彼も懲戒尋問の旅路で懲りたらしく、苦笑しながらも納得してくれていた。……私は結構楽しかったんだがな。

 

そんな中、モリーに頼んで三人の時間を作ってもらったというわけだ。まあ……うん、私の懺悔のために。夏休みも三分の二が過ぎてしまった今、延び延びにしていた宿題を終わらせる時が来たのである。

 

とはいえ、話せない箇所も未だ多い。運命のこと、ヴォルデモートとハリーの繋がり、騎士団についての詳細。少なくともハリーの閉心術の訓練が終わるまでは、二人にもこの辺りの事情を話すわけにはいかないだろう。

 

しかし、基本的な部分は全て話し終えた。年齢のこと、任務のこと、魔法技能のこと、レミリアやアリスとの関係、前回の戦争との関わり。さすがに血生臭い箇所は省いているが、概ね全体を語り終えたのだ。

 

それらを黙して聞いていた二人は、緊張する私を前に顔を見合わせて……やがて困ったように苦笑しながら口を開く。ハリーの時と同じような表情だ。呆れたような、それでいて柔らかい苦笑。

 

「あのね、私は……うん、正直言って四年生の時には気付いてたわよ。貴女が私たちと同じ年齢じゃないってことくらい。まあ、ハリーの護衛をしてたってのにはちょっと驚いたけどね。てっきり長命種だから、今が学生期間なのかと思ってたわ。」

 

「僕は全然気付かなかったけどな。驚いたよ。そりゃあ驚いたけど……でも、君はリーゼなんだろ? 別にそのこと自体は偽ってるわけじゃなくて。だから、つまり……くそ、上手く言えないな。」

 

もどかしそうに言葉を探すロンに微笑みかけながら、ハーマイオニーが助け船を差し出した。

 

「要するに、リーゼ。貴女は私たちのことをどう思ってるの? 必要だから私たちと仲良くしてた? 任務のために友達ごっこをやってたってこと?」

 

「最初は、そうだったかもしれない。ハリーとの関係を構築するための一つの要素だった。だが、今は本当に友人だと思っているよ。……もしも、まだキミたちがそれを許してくれるならね。」

 

「それなら何の問題も無いわ。私をあまり侮らないで頂戴。……私にとっての貴女は誰よりも大事な親友だし、それは年齢やら仕事やらで壊れるほど脆い気持ちじゃないの。ロンだってそうでしょ?」

 

当然でしょと言わんばかりにハーマイオニーが問いかけると、ロンも大きく頷きながら言葉を放つ。今度は自信を持ってはっきりとだ。

 

「そりゃあそうだよ。僕はハーマイオニーほど賢くないから上手くは言えないけど、リーゼに何かあったら助けたいって思うし、リーゼだって僕に何かあったら助けてくれるだろ? ……だから、それが友達ってことなんじゃないかな。年齢とか、種族とかはそんなに関係ないんだよ、きっと。」

 

私を射抜く二つの真っ直ぐな視線に、少しだけ脱力しながら肩を竦めた。ハリーの言っていた通り、二人も私が思うほど怒ってはいないようだ。

 

「参ったね。怒らないのかい? 理由はどうあれ、結構な数の嘘を吐いていたわけだが。」

 

「怒ってるわよ。そんな些細なことで私たちが貴女を見限るかもって思ってたことにね。そんなに狭量だと思ってたの?」

 

「そうじゃないさ。そうじゃないが……分かったよ、降参だ。私はキミたちを侮ってた。どうやら、キミたちは私が思うよりもよっぽど大人だったようだね。」

 

「うんうん、分かればいいのよ。」

 

戯けて鼻を鳴らすハーマイオニーに、両手を上げて降参のポーズを示す。『些細なこと』ね。緊張してたのがバカみたいだな。……フランもホグワーツで『これ』を手に入れたわけか。そりゃあ、あれだけ変わるわけだ。今なら彼女の気持ちがよく分かる。

 

氷が溶けてしまったアイスティーにようやく口をつけた私に、ロンがコーヒーにシロップを追加しながら話しかけてきた。それで五個目だぞ。

 

「でもさ、何で今話したんだ? まさかホグワーツを辞めるとかじゃないよな? ……だってほら、よくあるだろ? 姿を消す前の告白的な。」

 

「いや、ハリーにバレちゃったのさ。闇の帝王どのと話した時に私の名前が出てきたみたいでね。……それに、今の魔法界は安全とは言えないだろう? 私に何が出来るのかを、キミたちは知っておいた方がいいと思ったんだよ。」

 

「そっか。……うん、よかったよ。いや、魔法界のことは良くないんだけど、リーゼが居なくならなくって良かったってこと。」

 

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか、ロニー坊や。」

 

私がクスクス笑いながら言ったところで、今度はハーマイオニーがカフェの窓越しにダイアゴン横丁の大通りを見て口を開く。いつもより少し活気がない大通りを。

 

「でも、ホグワーツは大丈夫なのかしら? ダンブルドア先生が代理を立てるだなんて……不安だわ。あの方が居るからどこよりも安全だったのに。」

 

「心配ないさ。私もレミィも、そしてダンブルドア当人も。ホグワーツに関しては何一つ心配しちゃいないよ。今年のあの城はヨーロッパで最も堅固な城塞だ。パチェが居る限り、何の問題も生じないだろうね。」

 

マクゴナガルの胃と防衛術の授業以外は、だが。気楽な感じで言う私に、ハーマイオニーがキョトンとした表情で質問を寄越してきた。

 

「えっと、知り合いなの? パチュリー・ノーレッジさん。」

 

「そうだな……私の知る中で最も強力な魔法使いだよ。パチュリー・ノーレッジ、ゲラート・グリンデルバルド、そしてアルバス・ダンブルドア。並べるならこの順だね。」

 

「ダンブルドア先生が三番目ってこと? それに……グリンデルバルドは死んだって予言者新聞で見たわよ。ヌルメンガードの集団脱獄の時に仲間割れの末倒れたって。日刊でも夕刊でもトップニュースだったわ。」

 

「さて、どうかな? キミたちはダンブルドアの訃報が報じられたら信じるかい?」

 

悪戯な笑みで問いかけてやると、ハーマイオニーとロンはすぐさま首を横に振る。イギリスの魔法使いなら大抵が同じ反応を返すだろう。先ずは誤報を疑い、次に何者かの策略を疑うはずだ。

 

ゲラートに関しては私は生きていることを知っているわけだが、もしそれ無しだとしても私は訃報を信じまい。あの男にもダンブルドアと同じく、そう思わせるだけの実績と華があるのだから。

 

「私もそれと同じ気持ちなのさ。世界を相手に喧嘩を売って、三十年近くも優位を保ち続けた男だぞ? そんなつまらん死に方は似合わないね。……まあ、とにかく、パチェはその二人に勝るとも劣らない大魔法使いなんだよ。彼らほど人を操るのには長けていないし、積極的に社会に関わるようなタイプでもないが、こと単純な戦闘に限れば二人同時に相手取っても勝つだろうさ。」

 

ゲラートとダンブルドアが人を導き、それ故に大きく見えるのに対して、パチュリーはただ一人で完結している魔女だ。魔法界への影響力など一切無いが、その力そのものはあの二人を大きく凌ぐだろう。

 

正直言って、今のパチュリーがどれだけ強くなっているかは私にすら分からん。弾幕ごっこはあくまで『ごっこ』。私だって隠し札はいくつかあるし、そう簡単に負けないとは思うが……どうだろう? 真っ正面から本気で殺し合ったら勝てないかもしれんな。

 

ま、いいさ。そういうのはスカーレット家の得意分野であって、私の得意分野は外道の戦い方だ。お互いに準備万端で正々堂々やり合うのではなく、闇に潜んで無防備な一瞬を狙う。それこそがバートリ家のやり方なのである。大体、それが本来の吸血鬼ってもんだぞ。

 

私が『正しい』戦い方にうんうん頷いているのを他所に、ハーマイオニーはちょこっと安心したような表情で口を開いた。

 

「そう? リーゼがそこまで言うなら安心なんでしょうね。……それに、新聞には防衛術の教師も兼任するって書いてあったわ。教科書のチョイスも素晴らしかったし、今年の授業も期待できそうね。」

 

「それ、僕のママには絶対に言うなよ? 二十八冊も教科書を買わされる羽目になって嘆いてたんだ。一つの授業で二十八冊だぜ? 狂ってるよ。もし僕が監督生に選ばれてなかったら、きっと教科書無しで……そうだ、監督生! 僕、監督生に選ばれたんだよ!」

 

言葉の途中で急に笑顔になったロンは、シャツの胸ポケットから見慣れた監督生バッジを取り出すと、それを高らかに掲げ始めた。……パーシーは死んでないだろうな? だとしたら弟に乗り移ってるぞ。

 

「あら、私もよ。……ほら。」

 

そしてハーマイオニーも輝く『優等生』バッジをジーンズのポケットから取り出す。……ハーマイオニーは順当な結果だと思うが、ロン? ロンは監督生って感じじゃないと思うぞ。能力の問題じゃなく、向き不向きの問題だ。面倒見の良さを評価されたかな?

 

本人にも自覚はあるようで、ロンは掲げていたバッジをテーブルに置いてからポツリと呟いた。

 

「でも、僕はハリーが選ばれるんだと思ってたよ。だってハリーは……ほら、色々と『活躍』してただろ?」

 

「まあ、同時に『問題児』でもあったしね。監督生に相応しい種類の活躍じゃなかっただろう?」

 

「そうね。何にせよ、選ばれたならそれに応えるべきよ。私のパパやママも喜んでたわ。『監督生』って概念はマグルでも理解できるから。」

 

「うん、僕のママも喜んでた。……そうだ、箒を買ってもらえることになったんだ。教科書が多過ぎて説得は難しかったけど、ママはよっぽど嬉しかったみたいでさ。大臣が変わってパパが昇給したみたいだし、何より監督生はパーシーで終わりだと思ってたんだよ。」

 

そりゃあそう思うだろう。……いや、末妹あたりはまだ可能性があるか。金銀コンビやルーナのいい抑え役になってるみたいだし。ただまあ、双子のインパクトが強すぎたのかもしれんな。あの二人は監督生という単語がこの世で一番似合わないぞ。

 

今年遂に卒業となる、ホグワーツを代表する悪ガキ二人組について考えていると……ハーマイオニーが窓の向こうへと手を振りながら言葉を放った。おっと、グリンゴッツに行ってたモリーが迎えに来たようだ。

 

「ウィーズリーおばさんよ。話は終わったし、行きましょう。……もう終わったのよね? まさか実は男でしたとは言わないでしょ?」

 

「残念ながら、純然たる『女の子』だよ、私は。」

 

「んー……そうね、それだけはちょっと残念だわ。」

 

「なんだそりゃ。」

 

苦笑しながら返事を返して、薄くなったアイスティーを飲み干してから立ち上がる。何にせよ心の荷物が一つ下ろせた。これで心置きなく今年もホグワーツでの生活を送れそうだ。

 

───

 

そして書店にたどり着いたお買い物集団は、早くも立ちはだかる困難に見舞われていた。防衛術だけでも七年生用のを七種十四冊。五年生用のを七種二十一冊……私の分を抜いて、ハリーのを追加した数だ。教科書に指定するような本が紅魔館に無いはずもなく、私は図書館のを使うことになっている。

 

それに加えてジニーの四年生用のを七種七冊と三年生用……こっちは咲夜と魔理沙の分だ。当然咲夜には新品のを使わせる。を七種十四冊。おまけに他の授業でも教科書の更新があったり、三年生二人は選択授業のための新教科書が必要だったり。

 

つまり、買うべき教科書が多すぎるのだ。パチュリーはこの辺りを全く考慮していなかったようで、ダイアゴン横丁最大の書店であるフローリッシュ・アンド・ブロッツは阿鼻叫喚の混乱に陥っている。

 

一番の原因は、学年ごとに共通する本が一冊たりとも存在しない点にあるようだ。全学年で見れば防衛術だけでも四十九種類。例年は学年を言うだけで準備してくれていた店員も、今年ばかりはセルフサービスを導入することに決めたらしく、頑としてレジから動こうとしていない。

 

「『闇の魔術に関する中級理論』はどこかしら? 『闇の魔術に関する中位理論』はあったんだけど……。」

 

「こうなってくると殆ど間違い探しだね。ほら、これだよ。」

 

せめて一箇所に纏めればもう少し落ち着くだろうに。私が探し当てた『闇の魔術に関する中級理論』をハーマイオニーへと示していると、本棚の隙間からロンが顔を出して抱えた本の山を突き出してきた。

 

「三種類は確保したぞ。そっちは?」

 

「こっちも二人で三種類だ。ってことは残りは……『闇の魔術、その深奥』だけだね。なんとも物騒なタイトルじゃないか。」

 

「あー、さっき見た気がするな。これを見ててくれ。持ってくるよ。」

 

言うと、ロンは九冊の本を置いて勢いよく探しに行ってしまう。先ほどからかなり精力的に『捜索』しているのを見るに、彼はさっさと本屋を終わらせて箒屋に行きたくてたまらないようだ。

 

「ロンには悪いけど、この量の本を抱えて箒屋ってのは無理なんじゃないかしら? 少なくとも私は嫌よ。」

 

「まあ、いざとなったら漏れ鍋にでも預ければ……おいおい、ハーマイオニー? キミはまさか、推薦図書の方も買う気なのかい?」

 

言葉の途中で振り返ってみれば、ハーマイオニーが馬鹿みたいに大量に列挙されている『推薦図書』の部分を読んでいるのが見えてきた。私の読みでは、この本も本来は教科書として指定するつもりだったのだろう。マクゴナガルにでも止められたか? よくやった。偉いぞ、副校長。

 

「うーん……金額的に全部は無理だけど、興味はあるわね。さっきジニーの方の推薦図書も見せてもらったんだけど、とっても素晴らしいチョイスだったわ。ただ、五年生用のやつはどれも読んだことが無いタイトルなのよね。」

 

「やめておきたまえ。パチェのことだ、どうせ三年生辺りの推薦図書が本来五年生が読むべき本になってるのさ。そしてキミが読むようなのが四年生用にきて、五年生ともなれば専門書しか載ってないぞ。……ちなみに、七年生のは『辞書』だ。人を殴るために使うやつ。」

 

「でも、それなら尚更興味があるわ。……そうね、三冊くらいならお小遣いでなんとかなるし、買ってみようかしら。」

 

「計十冊か。人生楽しそうで何よりだよ、ハーマイオニー。」

 

そういえばハーマイオニーは『パチュリー側』の人間だったか。タイトルからして小難しい感じのする専門書を探しに行ったハーマイオニーを横目に、書棚に寄りかかって思考を回す。

 

ハーマイオニーやロンに言った通り、今年のホグワーツは平穏な日々になるだろう。……なんか毎年そう考えているような気もするが、今年ばかりは自信を持ってそう言える。五度目の正直となるはずだ。

 

そして、代わりに大陸が困難に見舞われるだろう。レミリア、リドル、そしてゲラート。赤、黒、白の三人の指し手が、ヨーロッパ大陸を盤とした熾烈な色塗り合戦を繰り広げるのだから。

 

平穏が保証されているからこそ、この一年を無駄にするわけにはいくまい。ハリーを鍛え、分霊箱に関しても何らかの成果を得る必要があるのだ。……ダンブルドアも恐らくその為に動いているのだろう。

 

よし、私のやるべき事はハリーの指導と、ゲラートを『焚き付ける』ことだな。ホグワーツ城の防衛はパチュリーに、ウォーゲームはレミリアに、細かい実働面はアリスに、そして紅魔館はフランに任せればいいのだから。

 

頼もしいもんじゃないか。今年はカッチリとピースが嵌り、全員が無駄なく動いている感覚がある。……キミも早くやる気を出せ、ゲラート。じゃないと『パーティー』に参加出来なくなっちゃうぞ。

 

ま、いざとなったら引きずり出してやるさ。未だ燻っている白い老人のことを考えながら、アンネリーゼ・バートリは意地の悪い笑みを浮かべるのだった。

 


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