Game of Vampire   作:のみみず@白月

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むこうの首相

 

 

「あら、結構いい部屋じゃないの。」

 

白い大理石の暖炉から部屋の中へと足を踏み入れつつ、レミリア・スカーレットは少しだけ感心を含んだ呟きを放っていた。ちょっと古臭いが、この部屋なら『格式』の一言で通用するだろう。

 

私が最後に出てきたので、部屋には既に私以外の全員が揃っている。『お情け』で大臣補佐官に留まっているコーネリウス、キチッとしたグレーのスーツ姿のボーンズ、同じくストライプのスーツで決めたスクリムジョール、そして……へぇ? あれがイギリスのマグルの首相か。なんか、思ってたより平凡な見た目だな。

 

つまりはここはイギリスの首相官邸で、マグルのトップに対して魔法大臣の交代と迫る危機についての説明をしに来たわけだ。別に手助けを期待しているわけではないが、マグル界にも大きな影響を与える事柄に関しては、魔法大臣は詳細を報告する義務があるらしい。

 

最後に暖炉から出て来た『羽付きの子供』を胡乱げに見た首相は、応接用のソファに私たちを誘導した後、先ずはコーネリウスに向かって口を開いた。七三分けの白髪に分厚い眼鏡。非常に真面目そうな初老の男だ。実際どうなのかは知らんが。

 

「えー……ファッジ魔法大臣? 今日は何の報告ですか? いつもより随分と人が多いようですが。」

 

まあ、さすがは海千山千の首相だと言えるだろう。就任時に魔法界の説明を受けているとはいえ、普通ならもっと慌てるもんだ。私の容姿どころか、翼に関してもノータッチを決め込んだらしい。……ほんの僅かに迷惑そうな顔じゃなければ満点だったんだがな。

 

言葉を受けたコーネリウスは、情けない半笑いを浮かべつつも返事を返す。心なしか魔法大臣だった頃よりも顔色が良く見えるな。なんとも皮肉な変化じゃないか。

 

「ええ、いきなり押しかけて申し訳ない。まあ、その、なんです。私は魔法大臣の職を退くことになりまして。後任のご紹介と、少しお話をしに来たのですよ。……詳しくは新魔法大臣の、マダム・ボーンズからどうぞ。」

 

自嘲的な笑みのコーネリウスから促されたボーンズが自己紹介を始めるのを他所に、執務机らしきものの後ろにある革張りの椅子へと座り込む。……ふふん、ここに座った吸血鬼は私が初だろう。マグル界の政治機関の頂点か。実にいい気分だぞ。

 

「お初にお目にかかります。このたび魔法大臣に就任いたしました、アメリア・ボーンズと申しますわ。今後魔法界との連絡は私が受け持つこととなりますので、以後よろしくお願いいたします。……そして、こちらがルーファス・スクリムジョール。魔法法執行部の部長です。」

 

「スクリムジョールです。そちらで言う、警察や軍隊のような機関を統括しております。」

 

手を出されれば握手してしまうのは政治家の常だ。マグル界においてもそれは変わらないようで、首相は礼儀正しく自己紹介をしながら二人の手を握り返すと……おや、こっちを見たぞ。勝手に執務机に着く私を胡乱げな表情で見つめている。説明しろということらしい。

 

私が執務机に頬杖をついてニヤニヤしているのを見て、ボーンズが額を押さえながら説明を放った。

 

「そして、あちらにいらっしゃるのはイギリス魔法省の相談役、レミリア・スカーレット女史です。……ああ見えてこの場の全員を足しても届かないほどの年齢らしいので、失礼のないようにすることをお勧めしますわ。」

 

「それは……しかし、少女のようにしか見えませんが?」

 

「女史は吸血鬼ですので。人間とは成長のスピードが違うのです。」

 

ボーンズの簡潔な説明を受けて呆然とする首相に、ヒラヒラ手を振りながら挨拶を投げる。うんうん、ようやくマグルらしくなったじゃないか。

 

「はぁい、首相さん。ちなみに私、この建物より『お姉さん』よ。」

 

私の台詞を聞いた首相は、『ちょっとしたジョークですよ』とは誰も言ってくれないことを確認すると、曖昧な頷きを私に返してからボーンズに向き直った。うーむ、賢いな。判断を保留にしたらしい。

 

「あー、なるほど。それで、先ほどファッジ魔法大臣……元魔法大臣が『お話』があるとおっしゃっていましたが? どういったご用件でしょうか?」

 

「ええ、簡単に説明しますと……戦争です。ヨーロッパ魔法界で大きな戦争が起きようとしているのですわ。その警告と、こちらが行う対処についてを説明しておこうと思いまして。」

 

「ちょ、ちょっとお待ちください。戦争? それは、我が国と他国が戦争行為を始めるということですか? ……それは困る。非常に困ります。私はヨーロッパ諸国との連携を強化するために、今まで必死になって──」

 

「ご安心ください。国同士の戦争ではありません。言わば……そう、テロリストが相手なのです。過激な思想を持ったテロリストが。」

 

首相の発言を遮ったボーンズは、困惑する彼に対してリドルについての説明を始めるが……うーん、完璧に説明するのは難しいと思うぞ。多少は『こちら』のことを知っているとはいえ、マグルにとっては前提となる知識が少なすぎるはずだ。

 

「ご存知かどうかは分かりませんが、イギリス魔法界では七十年代から十年間ほど戦争があったのです。当時はマグル……非魔法族にも多くの死者が出ました。心当たりは?」

 

「その時期に事故死や災害が多発したことは記憶にあります。しかし……あれが? あれは事故ではなかったと?」

 

「その通りですわ。そして、それを引き起こした男が戻ってきたのです。『ヴォルデモート卿』という男が。……彼は非魔法族を弾圧し、魔法族による支配体制を築こうと目論んでおります。つまり、力による支配を。」

 

厳密に言えば、それだってグリンデルバルドの残党を纏め上げるためのおためごかしに過ぎまい。かなり『やんわり』と伝えたボーンズだったが、どうやら首相にとってはそれでも十分すぎる脅威に聞こえたようだ。僅かに真剣味を帯びた表情で質問を捲し立ててきた。

 

「それは……野蛮ですな。なんとも野蛮だ。しかし、どの程度の規模の集団なのですか? 『戦争』ということは、小規模な集団ではないのでしょう? 魔法族の方々は我々をそこまで憎んでいると?」

 

「憎んではおりませんわ。……少なくとも、この部屋に居る我々は。そして大多数の魔法使いもそうでしょう。近い場所で、ほんの少し『ズレた』場所で生きることを是としています。」

 

そこで一度言葉を切った後、ボーンズは首を振りながら続きを語る。

 

「しかし、そうでない者もいるのです。魔法力を持たないからと見下す者、隠れ住むことに不満を持つ者、単純に権力が欲しい者、そして魔法族の血を『穢される』ことを恐れる者。嘆かわしいことに、イギリスの……いえ、世界の魔法界にはそういった考えを持つ者が一定数存在しています。そして、彼はそういった者たちを煽動しているのです。」

 

「……その集団は、それほど危険なのですか? イギリスには軍隊があり、卑劣なテロリズムに対抗すべく作られた力もあります。無論、ヨーロッパ諸外国にもあるでしょう。そう易々とテロリストの思い通りにはならないはずです。そうでしょう?」

 

ふむ、愛国心はそれなりにあるらしいな。少しだけ誇りを持ってイギリスのことを話す首相に、ボーンズはまたしても首を振って答えた。

 

「ここで厄介な点は、彼らが国家を主体とした軍隊ではなく、有象無象が集まったテロリストだという点なのです。我々には遥か彼方に一瞬で移動する方法も、杖一本で建物を破壊する方法もあります。……想像出来ましたか? 今まさにこの場に彼らが現れて、この建物を吹き飛ばすかもしれないのです。」

 

首相は言葉の意味を『ある程度まで』正しく認識出来たようだ。顔を真っ青にしながら、暖炉を指差して言葉を放つ。

 

「あなたがたは暖炉から出てきた。いつも暖炉から出てくる、そうですね? では、暖炉を破壊するか塞ぐかすれば……?」

 

「残念ながら、我々が暖炉を利用して訪れたのは礼節の問題なのです。その気になれば問題なくここに姿あらわしを……えー、瞬間移動? と言えば伝わりますか? それを行うことが出来ます。」

 

まあ、実際はマグルの重要な施設にも姿あらわしを妨害する魔法がかかっている。名高きナンバー10だって例外ではないだろう。……とはいえ、そんなことを知る由もない首相には恐るべき情報として伝わったようだ。俯いて額を押さえてしまった。

 

「……では、どうすれば? つまり、どう対処すればいいのですか? いきなりなんの脈絡も無く現れて、建物を吹き飛ばすような連中なのでしょう? そんなもの、対処のしようが無いではありませんか。」

 

「それはこちらのスクリムジョールが説明しますわ。彼が実際に対処を行う魔法使いたちの長であり、この場所を守る責任者でもあるのです。」

 

『この場所を守る』のあたりで勢いよく顔を上げた首相に、スクリムジョールはいつもの冷徹な表情で説明を始める。……もう少し愛想良くしてやれよ。さすがに哀れだぞ。

 

「魔法には魔法を以って対抗します。道理でしょう? 我々は貴方がたの世界の重要な施設に、姿あらわし……瞬間移動のことですな。に対する妨害の魔法をかけたいのです。故に、この羊皮紙にそうすべき施設をリストアップしていただきたい。出来れば順位を付けて。……我々もある程度までは把握しておりますが、『現代的』な施設に関してはあまり詳しくないのです。」

 

どうやら、スクリムジョールはかなり説明を『省略』することにしたらしい。細かく言えばその他にも様々な魔法をかけるし、飼い馴らした魔法生物なんかを警備に当てる予定なのだが……止む無しか。言ったところでどうせ理解出来まい。

 

私が一人で納得している間にも、マグルの首相どのはコクコク頷きながらスクリムジョールに向かって口を開いた。

 

「分かりました、すぐに行いましょう。……あなたがたの事に関しては部下に伝えない方がよろしいので?」

 

「黙っていることをお勧めしますな。気が狂ったと思われるのがオチでしょう。……それと、もしも戦闘が行われそうな地域があれば事前に通告しますので、そこにいる非魔法族の方々を避難させていただきたい。我々もマグル避けの魔法を使いますが、それにも限度があるのです。」

 

「マグル避け……私たちのことですね? いや、しかし、どう説明すれば? 貴方が先程おっしゃったように、『魔法使い同士の戦いがあるから避難しろ』とは言えないでしょう?」

 

そりゃそうだな。スクリムジョールの言う通り、気が狂ったと思われるのがオチだろう。それが自分たちの首相ともなれば尚更だ。かなり悲しい理由で引き摺り降ろされることになるぞ。

 

首相の尤もな質問に、スクリムジョールは頷きながら事務的な答えを返す。

 

「我々は貴方がたの組織を知らないのでなんとも言えませんが……そうですな、いざとなったら多少強引な手を取っていただいても構いません。こちらから忘却術師……記憶を修正することを専門にした魔法使いを派遣しますので。」

 

「記憶を、修正? 記憶を?」

 

「如何にも。それと、出来れば護衛の魔法使いを一人付けさせていただきたい。何せ他者を意のままに操るという魔法がありますからね。首相である貴方が操られると、かなり厄介なことになってしまうのですよ。」

 

「意のままに操る? 人を?」

 

そこで頭痛を堪えるように頭を押さえた首相は、やがて顔を上げると困ったように言葉を放った。誰がどう見ても様々な疑問をぶん投げた表情だ。

 

「護衛の件は分かりました。それに、避難勧告の件も。……しかし、我々に出来ることは何か無いのですか? 出入国の審査を強化するとか、軍隊を派遣するとか。我々とて無力ではないのですよ?」

 

「お気持ちだけで結構。魔法使いは行儀良く入国審査を通ったりはしませんし、そちらの……銃でしたか? あれはあまり効果が無いでしょう。私もそれほど詳しいわけではありませんが、単純な盾の呪文で防がれてしまうはずです。」

 

「盾の……? だが、それでは我々はどうすればいいのですか? ただ怯えて、座して被害を傍観し、あなたがたが全てを解決するのを待てと? 国民に何一つ知らせないままで? ……私はこの国の首相です。国民を守る義務が、国民に危機を知らせる義務があります。それは、それはあまりにも……受け入れ難い。」

 

「残念ですが、受け入れていただくしかないのです、首相。我々魔法省も命を賭して事に当たります。魔法族、非魔法族に関わらず、この国を守るために。……どうか信じていただきたい。」

 

スクリムジョールの言葉を受けて、首相は深々とソファに沈み込んでしまった。……いやはや、一番忘却術師が必要なのは彼だな。このことを綺麗さっぱり忘れられると聞けば、喜んで術を受け入れることだろう。

 

そのまましばらくは沈黙が場を包むが、やがてボーンズがパチリと手を叩いてから声を上げる。

 

「では、私たちはこれで失礼させていただきます。詳しい話は護衛となる魔法使いにお聞きになるとよろしいでしょう。優秀な闇祓いをお付けしますので、分かり易く説明してくれるはずですわ。」

 

もはや『闇祓い』が何なのかを聞き返す気力もないようで、首相はただ力なく頷くと、暖炉の方へと向かい始めた私たちに言葉を投げかけてきた。この短時間で一気に老け込んでしまったな。

 

「最後に一つだけ教えていただけませんか? その戦争とやらは、どのくらいの期間続くのでしょうか? ……いえ、もちろん予想で構いませんから。」

 

問いを受けたボーンズとスクリムジョールが顔を見合わせている間に、ニヤニヤ笑いながらの私が答えを放る。

 

「どうかしらね? 前回のイギリスでの戦争は十年。その前に起きたヨーロッパの戦争は四十年。……貴方はどう思う? 任期中に終わることを祈りなさいな。でないと後任者に酷く恨まれることになるわよ。」

 

「よ、四十年? 四十? ……しかし、その、あなたがたは『魔法使い』のはずだ。どうにかする魔法はないのですか? 人を操るとか、建物を吹き飛ばすとか、色々なことが出来るのでしょう?」

 

我慢出来なくなったように放たれた首相の問いに、緑の炎が揺らめく暖炉に片足を入れながらコーネリウスが返した。その顔には首相に負けず劣らずの、酷く疲れた諦観の笑みが浮かんでいる。

 

「その通りです、首相。しかしながら、我々の敵も魔法使いなのですよ。彼らも『魔法の杖』を持っているのです。」

 

言ってから帽子を押さえてお辞儀をすると、コーネリウスは炎と共に消えていってしまった。いやぁ、毒が抜けて洒落っ気が出てきたじゃないか。クスクス笑いながら、私も暖炉に足を踏み入れて口を開く。

 

「ま、頑張りなさいな。神が味方かどうかは知らないけど、少なくとも吸血鬼は貴方の味方よ。……ほら、何だか分かんないような存在よりかは頼もしいでしょ?」

 

もっと喜んだらどうなんだ、マグル。物凄く微妙な顔になってしまった首相に肩を竦めてから、レミリア・スカーレットは『魔法省』と呟くのだった。

 

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