Game of Vampire   作:のみみず@白月

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帽子の愛

 

 

「……あら、居たの。」

 

ホグワーツの校長室。もはや座り慣れた揺り椅子の上で、パチュリー・ノーレッジはポツリと呟いていた。いつの間にやらダンブルドアがソファで寛いでいたのだ。

 

うーむ、煙突ネットワークは封鎖済みだし、ポートキーに対する妨害魔法もかけている。それなのに敷地に張り巡らせた警戒魔法にも、飛翔術を警戒して空に張ってある方にも反応無し。これは私の張り方が甘いと取るべきか、ダンブルドアの技量が優れていると取るべきか……ま、両方だな。今度強化しておこう。

 

内心で面倒くさいと嘆く私に、ダンブルドアはニコニコ微笑みながら口を開く。

 

「ほっほっほ、読書に夢中のようだったのでね。少し待っておったのじゃよ。……もう良いのかい?」

 

「良いわけないでしょ。本は無数にあるの。そして、私はそれを全部読まないと死ねないのよ。一冊残さず、全てをね。」

 

「それはまた、壮大な望みじゃな。しかしながら、時間じゃ。このままでは大広間の生徒たちがお腹を空かせてしまう。付いて来てくれるかね? ノーレッジ。」

 

「……ちょっと待って、今日は何月何日?」

 

体感だとまだ夏休み序盤のはずだぞ。『少し前』に査察官だか検察官だか審問官だか……とにかくカエル女が挨拶に来たじゃないか。疑問顔で問いかけてみると、ダンブルドアはかなり呆れた表情で答えを返してきた。

 

「九月一日の夜じゃよ。……いつだと思っていたのかね?」

 

「七月の半ばだと思ってたわ。不思議ね。」

 

「ううむ、不思議じゃな。実に、実に不思議じゃ。……わしは少し心配になってきたよ。君には目覚まし時計をプレゼントした方がいいかもしれんのう。」

 

「大丈夫よ、マクゴナガルが居るわ。」

 

立ち上がって堆く積まれた本にぶつからないように伸びをすると、ダンブルドアも苦笑しながらソファを離れる。

 

「ミネルバには『介護手当』を出さねばならんようじゃな。それも、たっぷりと。金庫がガリオン金貨で埋まるほどに。」

 

「あら、これまで出してなかったの? 何十年も爺さんの介護をしてるんでしょうに。可哀想なことね。」

 

「打てば響くのう、君は。そして、それは時として良いことではないようじゃ。この歳で一つ勉強になったよ。」

 

「生意気言ってないでさっさと行くわよ。私は生徒が全員餓死しようが構わないけど、貴方は嫌なんでしょ。」

 

皮肉を飛ばし合いながら校長室を出て、大広間に向かって歩き……めんどくさいな。飛ぼう。隣の爺さんは少し歩いた方が良いが、私はか弱いのだから飛ぶべきなのだ。乙女なのだ。

 

ふわりと浮き上がって進み始めると、ダンブルドアはやれやれと首を振りながら言葉を放ってきた。なんだよ、また余計なことを言う気か?

 

「知っておるかな? ノーレッジ。マグルには目的地なく歩くことで、自身の健康を保とうとする者がいるようじゃ。素晴らしいのう。運動の良さを感じさせる逸話だとは思わんかね?」

 

「そうね。そして、そんなことをやる切っ掛けになったのは便利な移動手段の登場なのよ。マグルは文明を進めることで、馬やら徒歩やら以外の移動方法を編み出したわけ。彼らが車に乗るように、私は飛ぶの。それが進歩ってもんだわ。」

 

「奇妙な話じゃのう。歩きたくないから別の方法を使い、その結果歩く羽目になっていると。……うーむ、謎じゃな。やはりマグルは奥が深い。」

 

「奥が深いんじゃなくて、バカなの。」

 

ま、一向に進もうとしない魔法族よりはマシか。雑な突っ込みを入れたところで、ふと思い出した疑問を投げかけてみる。……そもそも、何でダンブルドアがここにいるんだ?

 

「そういえば、何でホグワーツに居るのよ。やる事が沢山あるって言ったのは貴方でしょうに。」

 

「無論、歓迎会の後はまた出かけるつもりじゃ。しかし……いきなり現れた君のことを、生徒たちが校長として受け容れてくれるかが心配でのう。今日だけは戻ってきたのじゃよ。」

 

「受け容れるもなにもないでしょ。決定したんだから、それで終わりよ。」

 

「うむ、どうやら戻ってきて正解じゃな。君のそういうところを分かり易く説明せねばなるまい。でなければ生徒たちが不安がってしまう。」

 

本当に失礼なヤツだ。ジト目で睨みながら階段をふよふよ下っていくと、ダンブルドアが軽快に仕掛けのある段を飛び越えつつ口を開く。こいつも歩く必要はないかもしれんな。

 

「ホグワーツでの生活は十全かね? ……まあ、校長室の『有様』を見れば分かるような気もするが。あの部屋にあそこまで本が置かれたのは初めてじゃろうて。」

 

「そうね、本が足りないわ。今のペースだと十月には足りなくなるもの。紅魔館から追加を持ち込まないとダメみたい。」

 

「ノーレッジ、一応言っておくが、『今のペース』を保たれては困るのじゃ。君は校長代理で、そして防衛術の教師なのじゃから。授業は毎日あるのじゃよ?」

 

「心配ないわ。教科書はきちんと選んだもの。」

 

うむ、我ながら完璧なチョイスだったぞ。一階の踊り場を抜けつつ言ってやれば、ダンブルドアはますます心配そうな顔になって返事を返してきた。

 

「まさかとは思うが……ただ教科書を読ませるつもりかね? つまり、単に読書をするわけではないのじゃろう?」

 

「そのつもりよ。……何? その顔。」

 

「そうじゃな、この顔は……そう、後悔じゃ。後悔している顔じゃよ。それも、『すんごい』後悔じゃな。」

 

「あっそ。ご愁傷様。」

 

非常に効率的な授業じゃないか。他の授業がどういった形式で行われてるのかは知らんが、本こそが知識を得るための……ああもう、鬱陶しいな! 『後悔』のままでこちらをジッと見てくるダンブルドアに、分かり易い説明を送る。ちょっと考えれば分かるだろうが!

 

「あのね、私が選んだ本には全てが載ってるの。『全て』がね。……使うべき状況、使うべきではない状況、杖の構え方と振り方、握り方、呪文のアクセントの位置、効果、利点、欠点、反対呪文、干渉呪文。その全てが、余すことなく詳細にね。トロールだってこれを読めば問題ないわ。だってそうでしょう? 書いてあることをただ実行すればいいのよ?」

 

トロールが字を読めればの話だが。肩を竦めて言ってやると、ダンブルドアは額を押さえてため息を吐いた後、『後悔』のままで弱々しく反論を放ってきた。

 

「ノーレッジ、君なら問題ないじゃろう。君はそういう魔女じゃし、それに関しては感心するばかりじゃ。……しかし、生徒の中にはそういった方法が適していない子もいるのじゃよ。実際に行って見せた方が良い場合もある。」

 

「時間の無駄ね。言葉も文字も動作も、最終的に伝わるものは同じでしょうに。それなら何度も読み返せる本が一番適しているわ。」

 

「教師の役目はそれを噛み砕いて教えることなのじゃよ。より分かり易く、より効率的に情報を伝えるのが教師の仕事なのじゃ。」

 

誠心誠意という感じで言ってくるダンブルドアに……もう、仕方ないな。コクリと頷く。

 

「……はいはい、分かったわよ。」

 

「おお、分かってくれたかね、ノーレッジ。」

 

「つまり、質問には答えればいいんでしょ? 面倒くさいけどやるわよ。やればいいんでしょ。」

 

「おお、分かっておらぬようじゃな、ノーレッジ……。」

 

同じようなセリフを全く違うトーンで言ったダンブルドアは、暫く長い髭を弄りながら難しい顔をしていたが、やがて諦めたかのようにポツリと呟いた。

 

「まあ、君が答えるなら分かり易いじゃろうて。この譲歩を引き出せたことこそを誇るべきじゃろうな。」

 

「良かったわね、ダンブルドア。」

 

「うむ……。」

 

何故か全然嬉しくなさそうな顔のダンブルドアに適当な言葉をかけたところで、大広間の裏手に通じる小部屋へと到着する。ちょうど教員テーブルの裏側にある小さな部屋。単に待機のためだけにある部屋のようで、小さなテーブルが一つと丸椅子がいくつかポツリポツリと置かれるばかりだ。

 

「では、行こうか。」

 

「手早く済ませてよね。本が私を待ってるんだから。」

 

そのまま部屋を通り抜けて大広間へと入ると、教員と生徒たちの視線が一気に集まってきた。……うぅ、ちょっとクラっときたぞ。こういう場所は苦手だ。というか、嫌いだ。

 

教員テーブルの中央にダンブルドアが、その隣に私がなんとかたどり着いたところで、見計らったかのように大広間の扉が開いて……ああ、組み分けか。殻を被ったヒヨコちゃんたちを引き連れたマクゴナガルが入場してくる。

 

これはまた、信じられないほどに懐かしい光景だ。百年ほど前、私もああやってホグワーツへと誘われたっけ。そう考えると全然変わってないな。調度品や顔触れなんかはさすがに違うが、全体的な雰囲気は当時のまま。私が魔法の学校に入学した頃のままだ。

 

「懐かしいかね? ノーレッジ。」

 

目を細めてボソリと囁いてきたダンブルドアに、不承不承ながら同意の声を返す。

 

「そうね。……懐かしいわ。」

 

「うむ、そうじゃろうて。わしはこの瞬間が好きでのう。新たにホグワーツに入ってくる子供たちの姿を見ると、どうにも嬉しくなってしまうのじゃ。」

 

「……そう。」

 

好々爺の笑みで言うダンブルドアに、素っ気なく頷く。悔しいが、確かに理解出来てしまうのだ。……羨ましいな。あの子どもたちにはこの大広間が酷く美しく見えているはずだ。未知に溢れ、好奇心が疼いているのだろう。多くを知ってしまった私なんかよりも、ずっとずっと鮮やかな景色の中で。

 

千年。この城では千年もの間これが繰り返されてきた。魔術師マーリンも、大魔女モルガナも、私も、ダンブルドアも、アリスも、リドルも、妹様も。善なる魔法使いも、悪しき闇の魔法使いも、強大な吸血鬼でさえも。誰もがこの光景に胸を膨らませ、この場所で魔法を学び、そしてそれぞれの道へと巣立っていった。

 

偉大だ。捻くれ者の私をして、ホグワーツは偉大な場所だと言わざるを得ない。レミィやリーゼですら追いつかないほどの時間を、この城は移り変わる顔触れとともに過ごしてきたのだから。

 

少しだけ、ほんの僅かだけダンブルドアの強さの源が理解出来た気がする。これを背にするからこそ、彼は屈さずに立ち続けることが出来るのだろう。……まあ、私とは違う強さだ。なればこそ彼は人間で、私は魔女を選んだわけか。

 

私が思考に区切りをつけた頃には、既に一年生たちは不安そうな表情で教員テーブルの前に整列していた。それを確認したマクゴナガルがチラリとこちらを振り返った瞬間、教員テーブルの前に置かれた椅子の上の帽子が歌い出す。これもまた昔と同じだ。組み分け帽子の『独唱会』もまだまだ健在らしい。

 

 

昔々の大昔  今より遥かな大昔  ここに我らが城は無く  単なる野山が在りし頃

 

それは如何なる偶然か  それは如何なる運命か  集いし四人の魔法使い  集いし四人の賢者たち

 

四人の願いは重なりて  共に興さん、教えんと  この地に築くホグワーツ!

 

 

荒野から来たグリフィンドール  勇猛果敢なグリフィンドール  私は護ろうこの城を  如何なる敵も通すまい

 

湿原から来たスリザリン  怜悧狡猾スリザリン  私は見張ろう内側を  真なる敵は内にあり

 

高原から来たレイブンクロー  賢明公正レイブンクロー  私は集めん知識をば  知恵さえあれば敵はなし

 

谷間から来たハッフルパフ  温厚柔和なハッフルパフ  私は繋ごう人の和を  敵など一体何処にいる?

 

これほどの護りあり得るや?  四人の賢者が支え合い  四つの柱で護られし  難攻不落のホグワーツ!

 

 

されど不滅のものはなく  永久に続くものもなし  いつしか迫る恐れと不安  忍び寄りしは不和の種  かつて誇ったその絆  徐々に濁りて細くなる

 

争いに次ぐ争いが  決闘に次ぐ決闘が  四つの護りを割りし時  残るものなど何も無し

 

懐かしきはあの絆  懐かしきはあの想い  なれど気付いた時はもう  去った一人は戻らない  唯一残るは虚脱感

 

 

帽子の私に出来るのは  分けることと歌うこと  ならば分けよう生徒をば  正しき寮に組み分けよう

 

そして歌おう警告を  私は歌うだけだけど  それなら声を張り上げよう  あらん限りにこの声を!

 

四つの柱に護られし  難攻不落のホグワーツ!  かつて誇ったホグワーツ!  忘れるなかれそのことを  四つ揃えば憂いなし!

 

 

歌が終わると、大広間には戸惑いを含んだパラパラという拍手が起こった。……警告か。かつて誇った護りを蘇らせろと、来るべき脅威に備えて団結せよということなのだろう。

 

「賢い帽子じゃないの。」

 

「さよう。組み分け帽子には本当に驚かされる。彼もまたホグワーツを守りたいのじゃろうて。……この場所を愛するが故に。」

 

「帽子の愛、ね。哲学だわ。」

 

奇妙なことに、四つのテーブルのうちで最も歌のことを真剣に受け止めているのはスリザリンのようだ。彼らの中のいくらかは選択を迫られているのだろう。友と同じ道を選ぶか、親と同じ道を選ぶか、それとも……決別することを選ぶのか。それがどちらの道に通じているかは知らんが。

 

不幸なことだな。中には選択することすら叶わずに引きずり込まれる者もいるはずだ。家同士の繋がりを断ち切れなかったり、姓が背負う歴史が背くことを許さなかったり。……それもまた団結力の一側面というわけか。繋がりが深いからこそ、それが足手まといになることもあるのだ。

 

真なる敵は内にあり、ね。スリザリンはいい格言を残したな。正しくその通りだ。本当に恐ろしいのは目に見えている脅威ではなく、背中から襲いかかってくるものなのだから。

 

まあ、私の場合は当て嵌らんな。私の『後ろ』にいるのはとびっきり性悪な吸血鬼なのだ。リーゼが馬鹿正直に真後ろから襲ってくるはずがない。もっと卑怯で、もっと意地汚い手段を使ってくるはずだ。吸血鬼らしく、『正々堂々』と。

 

グリフィンドールのテーブルでハリー・ポッターと話している性悪吸血鬼を見ながら考えていると、隣のダンブルドアが横目で私を捉えて質問を投げかけてきた。

 

「どうかしたのかね? ノーレッジ。」

 

「……何よ?」

 

「いや、実に愉快そうな笑みを浮かべておったからのう。少し気になったのじゃよ。」

 

「あのね、ダンブルドア? 乙女の顔をジロジロ見るもんじゃないわよ。組み分けを見なさい、組み分けを。新入生たちが可哀想でしょうが。」

 

睨め付けながら言ってやると、ダンブルドアは肩を竦めて組み分けの方へと視線を戻す。まったくもって失礼なジジイだ。うら若きレディに対する態度がなってないぞ。

 

……しかし、暇だな。生徒の名前なんぞいちいち覚えていられんし、誰がどこに組み分けされようが知ったことではない。リーゼ、咲夜、あとはギリギリでハリー・ポッター。私に判別出来るのも、判別しようと努力させるのもその三人だけだ。その他の生徒なんかどれも変わらん。

 

マクゴナガルの声と組み分け帽子の声。それが交互に響く大広間を前に、パチュリー・ノーレッジは懐から文庫本を取り出すのだった。

 


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