Game of Vampire   作:のみみず@白月

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2話

 

 

「相変わらず悪趣味な館だな。」

 

彼方に見えてきた月明かりに照らされる建物を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは呆れた声色で呟いていた。あれこそがスカーレット家が誇る本拠、『紅魔館』である。昔は紅くてカッコいいとか言っていた気がするが、その度に父上は複雑な顔をしていたものだ。今ならその気持ちが理解できるぞ。さすがに真っ赤に染めるのはやりすぎだ。

 

「あれ? 門前に誰か居ますね。」

 

「ふむ、門番かな。」

 

連れてきた使用人が言うのに、翼をはためかせながら返答を送る。誰も付けずに訪問するのはプライドが許さなかったので、一応世話役として連れてきたのだ。おっとりとした見た目の、父上の代から我が家に仕えている忠誠心抜群のハーフヴァンパイア。……まあ、ちょっとおっちょこちょいなのが玉に瑕だが。

 

単純な世話役としてはしもべ妖精の方がよっぽど使えるのだが、彼らは残念ながら飛ぶことが出来ない。着陸後にロワーを呼び出すってのは……うん、やっぱりダメだな。供を付けずに飛ぶなんて格好が悪いのだ。

 

しかし、門番だと? そんなものが居るとは生意気じゃないか。うちの屋敷には居ないぞ。レミリアに負けるってのは癪に障るし、こっちでも早急に雇う必要がありそうだ。

 

内心で決意しながら門の前に着陸して、赤い長髪の奇妙な格好をした門番に顔を向けた。人間……ではないな。かといって吸血鬼でもない。大陸の方の妖怪か? 少しだけ警戒する私たちへと、件の門番が歩み寄りつつ声をかけてくる。

 

「どーもどーも、ようこそ紅魔館へ。門番の紅美鈴と申します。」

 

「これはご丁寧にどうも。こちらがバートリ家のアンネリーゼお嬢様です。今日はよろしくお願いしますねー。」

 

なんだその呑気なやり取りは。私の連れてきた使用人と同じく、どうやらこの門番……紅美鈴とやらもちょっと抜けているヤツのようだ。やけにふわふわした使用人同士の会話を尻目に、懐かしき紅魔館へと目をやった。

 

ふむ、記憶よりもやや古ぼけた感じだな。見栄っ張りのレミリアが手入れを怠っているということは、やはりスカーレット家も順風満帆とは言い難いらしい。おまけにここからでもフランの狂気が感じられるぞ。これでは尋常な存在は生きていけないはずだ。

 

「それじゃあ、お嬢様のところにご案内いたします。こちらへどうぞ。」

 

「ああ、頼むよ。」

 

お決まりのやり取りを終えたらしい門番に頷いて、先導するその背に続いて門を抜けてみれば……ほう、やるじゃないか。庭は綺麗に整っているな。ここだけは昔の紅魔館よりも美しいくらいだ。

 

夏の花々が咲き誇る庭を見物しつつ進んで行くと、大きな玄関の前に仁王立ちする小さな少女の姿が目に入ってきた。肩にかかるかかからないか程度のシルバーブロンドに、私と同じ真紅の瞳。薄紅色のドレスを着ながら、顔には懐かしい勝気な笑みを浮かべている。

 

言わずもがな、彼女こそがレミリア・スカーレットだ。私の幼馴染で、スカーレット家の現当主。記憶の中の彼女よりも少しだけ大人びた、幼きデーモンロードがそこに立っていた。

 

薄く微笑みながらの私がレミリアに近付くと、先んじて彼女の方から挨拶を投げかけてくる。うーむ、相も変わらず可愛らしい声だな。その所為で威圧感が半減だぞ。

 

「久し振りね、リーゼ。」

 

「また会えて嬉しいよ、レミィ。相変わらず小さくて可愛らしいね。お人形さんみたいだ。」

 

皮肉げな口調で返してやれば、途端に私とレミリアの間の空気が凍り付く。おお、怒ったか? 私の方が身長が高いのは純然たる事実だぞ。

 

「……あんたと違って私は伸び代を残してるのよ。そっちこそ昔と一切変わってないペタンコ具合ね。一瞬洗濯板の妖怪が訪ねてきたのかと思ったわ。」

 

「どんぐりの背比べという東方の諺を知っているかい? レミィ。私が洗濯板ならキミは壁だね。壁妖怪さ。」

 

「あのね、私は身長に対しての大きさの話をしてるの。私が壁な分には収まりがいいけど、あんたの場合は貧相さが目立ちまくりよ。」

 

突如として始まった罵り合いに、うちの使用人はオロオロしているが……おやまあ、レミリアのとこの門番は笑ってるな。大した度胸じゃないか。悔しいが、使用人のレベルは向こうが上らしい。

 

「ところで、最近の紅魔館では客を外に立たせておくのかい? 随分と失礼な当主じゃないか。スカーレット卿も地獄で嘆いているだろうね。」

 

「うちでは客を選ぶのよ。……まあいいわ、寛大な私に感謝するのね。入りなさい。」

 

「記憶が確かなら、私は招かれたはずなんだがね。」

 

苦笑を浮かべながらレミリアに続いて館に入った瞬間、いきなり身を包む狂気が強くなった。敷居を跨いだ瞬間にこれということは、狂気を封じ込めるために何らかの結界を張っているのだろう。我ら吸血鬼の未来と同じように、フランの病状も悪化の一途を辿っているようだ。

 

「おいおい、フランは大丈夫なんだろうね?」

 

思わずレミリアに問いかけてみると、前を歩いていた彼女はバツが悪そうな表情で振り返ってくる。

 

「大丈夫ではないわね。一刻も早く狂気を改善するための方法を探す必要があるわ。」

 

……強がりもなしか。なかなか切羽詰まっているようだ。想像していた以上に深刻な返答に顔を顰めつつ、再び歩き始めたレミリアへと言葉を放った。

 

「私にとってもフランは妹同然だ。もし助けが必要なのであれば、ここだけは意地を張らないでくれよ?」

 

「そんなこと分かってるわよ。……そもそも、今日はそのことを話したくて呼んだの。」

 

「ふぅん? なるほどね。」

 

やけに素っ気なく言ってきたレミリアに相槌を返して、記憶より小さく感じる階段を上っていく。翼がぷるぷるしているのを見るに、どうやら照れているようだ。分かり易いのも相変わらずか。

 

しかしまあ、随分と飾られている絵が減ったな。私の屋敷と違って、昔の紅魔館には壁という壁に絵画が飾られていたのだが……さすがに絵までは直せなかったらしい。当主交代の際の騒動はそれなりに大きかったわけだ。

 

私が細やかな変化に考えを巡らせている間にも、たどり着いた部屋のドアをレミリアが開いた。二階東側の一室。昔はスカーレット卿の執務室だった部屋だ。二人でこっそり忍び込んだ結果、後で怒られてしまったことを覚えている。

 

記憶を掘り起こしながらドアを抜けてみれば、大きな執務机や応接用の真っ赤なソファ、マホガニーのセンターテーブルなんかが見えてきた。備え付けの棚の一部には本や地球儀などの小物が置かれ、残るスペースは訳の分からん大量のガラクタで埋め尽くされている。スカーレット卿が使っていた頃は本だらけだったはずなんだがな。

 

「座って頂戴。」

 

レミリアがさっさとソファに座りながら言うのに、やれやれと首を振りながら対面のソファへと腰を下ろす。客より先に座っちゃうのはどうかと思うぞ。そのまま脚を組んで話の口火を切ろうとしたところで、ドアの方からカラカラという音が聞こえてきた。

 

チラリとそちらに目をやってみれば……おや、門番? 私たちの後ろを付いて来ているもんだと思っていた門番が、ティーセットの載ったカートを押して部屋に入ってきている。おいおい、いつの間に準備しに行ったんだ? 私が気配を読み違えるとは、つくづく想像を上回るヤツだな。ちょっと欲しくなってきたぞ。

 

「あげないわよ。」

 

ニヤリと笑ったレミリアの言葉に、肩を竦めながら苦笑を返す。残念、先手を取られたか。

 

「んふふ、いつから心を読めるようになったんだい?」

 

「あんたの場合は顔に出やすいのよ。」

 

そうかな? そんなこと初めて言われたぞ。首を傾げる私に対して、レミリアはこれでもかってくらいの得意げな笑みを浮かべている。考えを言い当てられたのと、部下自慢のダブルでご満悦らしい。なんとも憎たらしい表情ではないか。

 

「どうぞ。えーっと……なんとかティーです。つまりはまあ、紅茶です。」

 

なんだそりゃ。私の前にカップを置きながらの門番が謎の説明を口にしたところで、レミリアの笑みが大きく引き攣った。どうやら紅茶の銘柄を忘れてしまったらしい。うーん、有能なんだか抜けてるんだかよく分からんヤツだな。

 

「ああもう! 下がってなさい、美鈴!」

 

「はーい。」

 

「キミも下がってていいよ、エマ。」

 

「はい、それじゃあ失礼しますねー。」

 

レミリアの指示で門番が出て行くのに合わせて、私も連れてきた使用人を下がらせる。二人ともどことなく雰囲気が似ているし、門番に任せておけば問題ないだろう。一つ頷きながら用意された紅茶に口を付けてみれば……むう、美味いじゃないか。銘柄不明なのが残念だな。

 

 

 

「それで、フランのことだけど……。」

 

そしてお互いの近況報告が一段落したところで、レミリアがやおらフランの話題を切り出してきた。いよいよ本題ってわけか。ソファに深く座り直して聞く姿勢になった私を見て、レミリアも少し前屈みになりながら話を続けてくる。

 

「年々強くなるあの子の狂気に対して、現状有効な手立ては一切ないわ。そもそもお父様ですらどうにも出来なかったんだから、いきなり解決策が見つかる訳ないしね。」

 

「まあ、それはそうだろうね。私たちに思い付く程度のことはスカーレット卿がもう試してるはずだ。」

 

納得の頷きを返した私へと、レミリアはテーブルにずいと身を乗り出しながら提案を放ってきた。

 

「だからこそ、思い切って着眼点を変えてみるべきなの。お父様が選ばなかった道こそを辿ってみる必要があるわけよ。……時代は移ろっているわ。嘗ては生まれていなかった者たち、姿を隠していた者たちが力を付けてきている。そういう連中だったら、私たちが知らないような方法を知っているとは思わない?」

 

「まさかとは思うが、人間を頼るつもりじゃないだろうね? あの蛆虫どもがフランの問題を解決できるとは思えないぞ。」

 

矮小で、目障りで、忌々しい存在。数だけがどんどん増える人間のことを考えるとイライラしてくる。組んだ脚を小刻みに揺する私に対して、レミリアは背凭れに身を戻しながら肩を竦めてきた。

 

「そうね、私たちは強い。あんな連中よりも遥かにね。……だけど、この国を見渡してごらんなさいよ。何処も彼処も人間だらけじゃないの。連中は次々と未知を既知に変え、その短い寿命で何かを生み出し続けているわ。貴女だって本当は分かっているんでしょう? リーゼ。私たちは負けたのよ。……負けつつあると言うべきかもね。」

 

諦観か、達観か。悟ったような微笑みでレミリアが言うのに、鼻を鳴らして返答を放る。……ふん、分かっているさ。レミリアの言う通り、我々は強すぎたのだ。その強さ故に進歩を拒んでしまった。私たち吸血鬼が種族的優位にかまけて停滞している間にも、人間たちはその矮小な命の限り闇夜を照らす努力を重ねてきた。その結果がこれなのだろう。

 

「理解はしているさ。だが、それでも認めることは出来ないね。我々は吸血鬼。ヤツらの恐れる夜そのものなんだ。……私たちは畏れなくして生きていけない。巷で吸血鬼と呼ばれているあの半端者ども。あいつらのように人間に擦り寄って生きろとでも? 冗談じゃないね。それを選ぶくらいなら、私はバートリの吸血鬼として誇り高く死ぬことを選ぶよ。」

 

「分かってるわ、貴女はそういう存在だものね。……でも、私はフランの為ならなんだってやってみせる。連中の靴を舐めてあの子が狂気から解放されるなら、迷わず這い蹲って舐めてやるわよ。」

 

レミリアの真っ直ぐな宣言を聞いて、熱くなっていた議論が急速に冷めていくのを感じる。……羨ましいことだな。フランはちゃんと理解しているのだろうか? 自分がこんなにも想われていることを。

 

「……まあ、キミの愛情の深さは理解したよ。大したもんだ。脱帽さ。しかし実際のところ、人間どもが何かの役に立つとは思えないね。狂気に当てられて狂うだけじゃないか?」

 

「そりゃあ、普通の人間には無理でしょうけどね。連中の中でもとびっきりの異端者たち……魔法使いならどうかしら?」

 

「一応聞くが、どっちの魔法使いのことだい?」

 

私の知る限り、魔法使いと呼ばれる生き物は二種類存在するはずだ。棒きれを振り回しながら呪文を唱えている間抜けな連中と、文字通り人間をやめた種族としての魔法使い。私の問いかけに対して、レミリアは間髪を容れずに答えを返してきた。

 

「分かり切ったことを聞かないで頂戴。『本物』の方に決まっているでしょう?」

 

「ま、そりゃそうだ。人間やめてるくらいじゃないと狂気の解決なんか夢のまた夢だろうしね。……とはいえ、そうなると今度は別の問題が出てくるぞ。あのイカれた連中が易々と知識を渡すと思うのかい?」

 

魔法使いってのは等価交換を重んじる存在だ。フランを狂気から救うほどの方法に相応しい対価を用意できるとは思えないし、そも取引に応じるような魔法使いが居るかも微妙なところだろう。ヤツらは他者とは関わらず、山奥に籠って一人で研究しているのが大好きなのだから。わざわざ厄介な問題に首を突っ込んできたりはすまい。

 

私の示した懸念を聞いて、レミリアはピンと人差し指を立てながら自身の策を語り始めた。

 

「だから魔法使いに至る前の人間に話を持ちかけるのよ。至ることが出来そうな、人外になれる素質を持った人間にね。手取り足取り面倒を見てあげた後、然るべきタイミングで負債を徴収するってわけ。……どう? 良い考えでしょ?」

 

「迂遠だね。なんとも迂遠な方法だ。かなりの時間がかかるぞ、それは。」

 

「幸いにも時間だけは有り余ってるわ。私たち吸血鬼は特にね。……それに、運命が見えたの。この方法を選んだ先に、あの子が外で楽しげに遊んでいる姿があるはずよ。」

 

『運命を操る程度の能力』

 

いつからか宿っているレミリアの力。私からすればひどくあやふやな力だが、少なくとも行動方針にするくらいには信用できる。そのことは長年の付き合いで学習済みだ。

 

「ふぅん? ……にしたって、至れる存在とやらをどうやって探すつもりだい? まさかその辺を歩いている人間を教育するつもりじゃないだろうね?」

 

「そんなわけないでしょ。紛い物の中から探すのよ。原石はそこにあるはずだわ。」

 

紛い物? ……ああ、なるほど。棒きれを振り回してる方か。確かにその辺を当てもなく探すよりはマシだろう。それにしたって苦労はするだろうが。

 

「まあ、話は概ね理解できたよ。それで? 私に何か手伝えと言うんだろう?」

 

「『私にとっても妹同然』なんでしょ? 当然働いてもらうわよ。」

 

おっと、言質を取られていたわけか。……いいさ、あの発言は別に冗談で言ったわけじゃない。フランを狂気から解放してやりたいというのは紛れもない本心なのだ。

 

「んふふ、仕方がないから手伝ってあげるよ。具体的には何をすればいいんだい?」

 

「そうこなくっちゃね。用意した資料があるから、先ずはそれに目を通して──」

 

私の質問を受けたレミリアが立ち上がって執務机の方に向かおうとした瞬間、館をビリビリと揺らす振動と共に階下から凄まじい轟音が響いてきた。なんとまあ、起こす癇癪のレベルも昔とは段違いだな。

 

二人揃って地面に視線を送った後、上げた顔を見合わせて苦笑を交わす。

 

「どうやら、詳しい話の前に地下室に行った方がよさそうね。フランに会ってあげて頂戴。」

 

「そうすべきみたいだね。」

 

箱入り娘どのの催促には逆らえんな。くつくつと笑いながらソファを離れて、幼馴染の背に続いて地下室へと歩き出す。レミリアの話はまだ長くかかりそうだし、紅魔館が廃墟になる前に可愛い妹分との再会を果たすことにしよう。

 

 

 

「リーゼお姉様っ!」

 

地下室の扉を抜けた途端に突っ込んできた金色の塊を、年長の意地でなんとか抱き止める。普通の女の子がやる分には可愛らしいかもしれんが、フランがやるとバカにならない衝撃だな。一瞬息が詰まったぞ。

 

「やあ、フラン。久し振りだね。また会えて嬉しいよ。」

 

「うん、フランも会いたかったよ! 今日はね、今日はね、リーゼお姉様が遊びに来るからってずっと起きて待ってたんだ! ねえねえ、何して遊ぶ? 今日は泊まっていくの? 泊まっていくよね? それじゃあずっとフランと──」

 

「フラン、はしたないわよ。少し落ち着きなさい。」

 

私に抱きついたままで捲し立ててくるフランへと、背後に続くレミリアが注意を放つが……うーむ、これは良くないな。狂気の所為なのか、姉妹仲がかなり悪化しているようだ。フランはいきなり冷たい表情に変わって文句を返した。

 

「うっさいなぁ、オマエは呼んでないよ。上で当主ごっこでもしてればいいじゃん。勝手に入ってこないでくれる?」

 

「スカーレットの家人としての礼儀作法は教えたでしょう? いくらリーゼが相手でも、きちんとした淑女としての振る舞いを──」

 

「うるさいってば。誰かさんがこんな場所にユーヘーするもんだから、使う機会がないんだよ。いいから出てって。ジャマだから。」

 

いやはや、レミリアの愛情を知っている身としてはもどかしくなってくるやり取りだな。フランの取り付く島もない返事を受けたレミリアは、ちょっとだけ悲しそうな苦笑で部屋を出て行く。

 

「まあいいわ。私は執務室で書類を片付けてるから、しばらく二人で遊んでおきなさい。」

 

「べーっだ! もう二度と来なくていいからね! ……それで、えーっと、なんだっけ? そう、お人形! 美鈴に大きなお人形を用意させたから、これを二人でバラバラにして遊ぼうよ!」

 

くるりと表情を変えて提案してきたフランへと、部屋の隅に転がっているチェスセットを指差しながら返答を送る。せっかく準備してくれた門番には悪いが、ひたすら人形をバラバラにするくらいならチェスでもやった方が百倍マシなはずだ。

 

「それも魅力的だが、私としてはチェスをやりたいな。フランがどれだけ強くなったのかを見せてくれないかい?」

 

「んぅ、リーゼお姉様はチェスがいいの? んー……分かった! じゃあチェスにしよっか。」

 

自分と同程度の背丈の人形をぞんざいにぶん投げたフランは、私の手を引いて部屋の中央に置かれたベッドの方へと誘導し始めた。ソファもテーブルも無いのか。……というか、フランが壊しちゃったようだ。その残骸らしき木片が壁際に転がっている。

 

 

 

「それでね、美鈴ったらアジアの妖怪だからってみんなから仲間ハズレにされちゃってさ。アイツの側に付くしかなかったんだって。運が悪いよねぇ。」

 

……マズいな、今回は負けそうだぞ。ベッドの上で行われるチェスももう三戦目。疎遠だった時間を埋めるように語り合いながら試合を進めていたのだが、ここにきて初めて劣勢になってしまった。物凄く強くなってるじゃないか、フラン。

 

姉貴分としては負けるわけにはいかないと焦り始めた私を他所に、フランは当主交代の際の騒動についての話を続けてくる。

 

「昼も夜もうるさくって眠れなかったよ。いろんな音がして楽しそうだったのに、フランはここから出られないしさ。気付いたら全部終わっちゃってたの。つまんなーい!」

 

「なるほどね。」

 

かなりの劣勢だったのだろうに、レミリアは地下室に敵を入り込ませなかったらしい。涙ぐましい努力だが、肝心のフランには一切伝わっていないようだ。クィーンを動かしながら報われない姉を思って苦笑する私へと、フランは腕を組んで受け手を考えつつ質問を寄越してきた。

 

「リーゼお姉様の方はどうだったの? 楽しかった?」

 

「いや、私の方は手間も時間もかからなかったよ。残念ながら私自身の力じゃないけどね。父上のお陰さ。」

 

晩年、病によって自分の命が燃え尽きようとしていることを自覚した父上は、遺言を伝えるという名目で当時屋敷にいた実力者たちを自室に集めたのだ。そして、最後の力を振り絞って私以外の全員を皆殺しにしてくれた。後は好きに生きろとの言葉を遺して。

 

だからまあ、家の支配を確立するのは大して苦労せずに済んだ。残った反抗的な木っ端どもを誅殺すればそれで終わりなのだから。うむ、父上には感謝しきれないな。地獄で母上と一緒に優雅に過ごしていてくれれば良いのだが。

 

「チェックだよ、フラン。」

 

バートリ家のお家騒動の時を思い出しながらも、フランの悪手に付け込んでチェックをかける。よしよし、どうにか勝てそうだな。もうフランとチェスはしない方が良さそうだ。次やったら負ける自信があるぞ。

 

「うぅー、ここもダメだし、ここも、ここもダメ。フラン、また負けちゃったみたい。やっぱりリーゼお姉様は強いね。……ねね、もう一回! もう一回やろうよ!」

 

「すまないが、そろそろレミリアの所に戻るよ。お仕事の大事な話があるんだ。」

 

おやおや、くるくると表情が変わるな。途端に不機嫌そうな顔になってしまったフランへと、頭を撫でてやりながら言葉を繋げた。さすがにその反応は予想済みなのだ。

 

「その代わり、また近いうちに遊びに来るよ。次はきちんとお土産も持ってくるから、それで許してくれないかい?」

 

「んぅ……ホントに? ホントにまた来てくれるの?」

 

「ああ、約束だ。バートリの名誉に懸けて誓うよ。」

 

真剣な表情で頷いてやると、フランは抱き付いた私の胸に頭をぐりぐりと擦り付けながら口を開く。

 

「……わかったよ。フランは良い子だから、また来てくれるなら許してあげる。お土産はおもちゃがいいな。二人で遊べるやつ!」

 

「了解したよ。とびっきりのを探しておこう。」

 

名残惜しげなフランのおでこにキスした後、ベッドを下りて鋼鉄製の重苦しい扉へと向かう。いつかこの子が地下室から出れるようになったら、レミリアと三人で自由に夜空を飛び回りたいもんだ。

 

「それじゃあね。また来るよ、フラン。」

 

「うん……絶対、ぜーったいまた来てね! 約束だよ!」

 

扉の先で振り返って挨拶を放つと、ベッドの上のフランは両手で大きく手を振ってきた。……うーむ、後ろ髪引かれるな。今ならフランの魅了にかかってしまうかもしれない。

 

後戻りしたい気分をなんとか振り払いながら薄暗い地下通路を抜けて、一階への階段を上がったところで……何してるんだ? こいつら。熱心に階段の手すりを見つめる奇妙な二人組が目に入ってくる。門番と、我が家の使用人だ。

 

「ほらほら、このクリームを使うと木材がピッカピカになるんです! これでお掃除なんか楽勝ですよ!」

 

「わあ、凄いですねぇ。……でもなんか、色が変わってきてませんか? ひょっとして強すぎるんじゃ?」

 

「あっ、ヤバい。……まあほら、それだけ凄いってことですよ。見方によっては白くて綺麗になったとも捉えられますし。ね?」

 

ニスが剥がれてるようにしか見えんぞ。どうやら門番から掃除用品についてを教えてもらっているようだが……私の屋敷では絶対に使わせないからな、そんなもん。物事には加減というものがあるのだ。

 

呆れた表情で近付く私へと、先んじて気付いた門番が声をかけてきた。優秀なポンコツか。なるほどレミリアが好きそうな人材じゃないか。なにせ当の本人がそうなわけだし。

 

「ありゃ、従姉妹様。妹様とはもういいんですか?」

 

「フランとは充分遊んだが、レミィとの話が残ってるんだ。もうちょっとの間だけうちの使用人をよろしく頼むよ。」

 

「はーい、了解でーす。」

 

『従姉妹様』か。面白い呼び名を考えるもんだな。素直に頷いた門番と慌ててお辞儀してきた使用人の間を抜けて、エントランスの階段を上って二階の執務室に戻ってみると、部屋の主人が執務机で羊皮紙の束に向き合っているのが見えてくる。

 

「あら、ノックもなし? 貴女もフランと一緒にマナーを勉強すべきね。」

 

「我々の間に壁はないのさ。……フランはチェスが強くなってたよ。キミが教えたのかい?」

 

先程居たソファに座り込みながら問いかけてみれば、レミリアは苦い表情で首を横に振ってきた。

 

「多分、一人遊びをしてるうちに強くなったんでしょ。私とはもうチェスなんかやってくれないでしょうしね。……お父様が死んだから、地下室から出してもらえると思ってたらしいの。私が封印を解かないもんだから裏切り者扱いされちゃってるのよ。」

 

「なるほどね、姉妹仲が悪くなってたのはその所為か。」

 

「いずれ分かってくれる日が来るわ。……きっとね。」

 

草臥れた表情で執務机を離れたレミリアは、手に持っていた羊皮紙の束を私の前のテーブルに広げてくる。二十枚ほどのそれには顔写真や肖像画、それに人名と簡単な経歴なんかが載っているようだ。履歴書か何かか?

 

「何だい? これは。」

 

「見所がありそうな魔法使いのリストよ。『魔法省』とかいう政治機関の人間を何人か美鈴に攫わせて、私が魅了をかけて調べさせたの。国外のやつもいるわよ。遠すぎる場所のはさすがに入手できなかったけど、ヨーロッパ圏の有望株は大体揃えたわ。」

 

「ふぅん? 頑張ったじゃないか。」

 

手に取ってよく見てみると、ちらほらと中の人物が動いている顔写真があるぞ。これが魔法か。ちょびっとだけ面白いな。興味深い気分で写真の中の魔法使いを突っつく私に、レミリアが束の中から三枚の羊皮紙を選び取って差し出してきた。

 

「運命を覗いたところ、『本物』に至れそうなのは三人だけだったわ。アルバス・ダンブルドア、ゲラート・グリンデルバルド、そしてパチュリー・ノーレッジ。……この三人よ。」

 

どれも若いな。快活そうな雰囲気の鳶色の髪の少年、怜悧な目付きでこちらを睨むブロンドの少年、俯いて暗い顔をしている紫の髪の少女。つまり、この三人の中の誰かがフランを救う鍵になるわけか。

 

羊皮紙に貼り付けられた三者三様の写真を見て、アンネリーゼ・バートリは薄っすらと笑みを浮かべるのだった。

 


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