Game of Vampire 作:のみみず@白月
「会うのは初めてね。ようやく顔が見れて嬉しいわ、アルバス・ダンブルドア。」
ホグワーツの教職員塔にあるダンブルドアの私室の中で、レミリア・スカーレットは優雅に一礼していた。
「ええ、その通りですな。そして……先にお詫びを申し上げておきます。長年貴女の期待に応えられず、本当に申し訳なかった。」
どうやら詫びる気持ちはあるようだが、結果が伴わなければ意味がないのだ。そのことを態度で示すべく、声色を変えて話し出す。
「へぇ……私は手紙が届いていないのかと心配だったのだけれど、どうやらふくろうたちは職務を全うしていたらしいわね。」
「無論、貴女の手紙の内容については熟考を重ねました。しかし……私にその役目が相応しいとは思えなかったのです。」
「本心で話して欲しいわね、ダンブルドア。今日は詫びを聞きに来たわけではないのよ? ……とりあえず、座っても構わないかしら?」
「おお、これはとんだ失礼を……どうぞ、お座りください。」
応接用と思われるソファに身体を預けながら、そういえばこの男が私の容姿に驚いていないことを思い出す。まあ、こいつも並みの魔法使いではないのだ、そうそう驚いたりはしないか。
ダンブルドアが杖をひと振りすると、目の前にティーカップいっぱいの紅茶が現れる。カップといい、部屋の内装といい、どうやらこの男は独特のセンスを持っているようだ。……悪い意味で。
口を付けてみると案外美味しかった紅茶をソーサーに置き、ここに来た用件を話すべく口火を切る。
「さて、先ほども言った通り、今日は貴方の本心を聞きに来たの。もう……二、三年前になるのかしら? アリス・マーガトロイドに持たせたあの手紙、その返事を聞きに来たというわけよ。」
手紙の話題を出すと、ダンブルドアの顔が戸惑いの感情を表す。しかし、しわくちゃになったもんだ。人間というのはすぐ見た目が変わるので、覚えておくのに苦労する。
「あの手紙……俄かには信じられない内容でしたが、何か根拠がお有りなのですかな?」
手紙の内容から定型文を抜いて要約すると、貴方が戦わないと生徒やその両親がたくさん死にますよ、という内容だったはずだ。いや、実際の手紙は勿論もっとお堅い表現なわけだが。
「1945年の夏、その日に貴方は自分の運命と闘うことになるわ。貴方が信じようと、信じまいとね。」
「それは……何というか、予言のようなものですか?」
「あんな胡散臭いものと一緒にしないで欲しいのだけれど……まあ、似たようなものだと思ってくれればいいわ。」
完全に疑っているダンブルドアに、ゆったりとしたリズムで話を続ける。自分の能力ながら、説明が難しい。
「つまり、グリンデルバルドが遠くない未来にイギリスへ攻め込んでくるのは分かっているでしょう? そして、貴方抜きで戦った場合に多くの犠牲者が出てしまうことも。」
「それは、そうかも知れませんが……。しかし、私がいたところで事態が大きく変わるとは──」
「いいえ、変わるわ。貴方にとってグリンデルバルドが特別なように、グリンデルバルドにとっても貴方だけは特別なのよ。……分かるでしょう? ダンブルドア。」
ダンブルドアの年老いた顔が歪む。彼には理解できているはずだ、でなければああいう結果にはならないのだから。
「貴方がグリンデルバルドと闘うことを選べば、彼はきっと一対一で勝負を決めると思わない?」
「貴女はそう思っていると、そういうわけですかな?」
「違うわ、私が知っているのは結果よ。何を思ってそう決めたのか、どうしてそうなったのかは分からない。ただ……貴方と彼がその日に闘うと知っている、それだけよ。」
「禅問答のようですな。」
今や彼の顔からは疑いの色が薄れ、諦観の色を帯びてきた。しばらく考え込んでいたダンブルドアが、徐に顔を上げる。
「話の筋は理解できました。確かに、彼がイギリスに攻め込んでくるのであれば、犠牲を減らすために私は決闘という手段を選ぶかもしれない。しかし……彼はこれまで海峡を渡ろうとは決してしなかった。それなのに、それがなぜ1945年に起こると分かったのですか?」
「ここが一番の不思議な部分でね、確かに私がグリンデルバルドに対して、その日に闘いが起きるように小細工をしたのは認めるわ。でも、そもそもそれは運命を知っていたから行ったことなのよ。」
そこで一度話を切って、ダンブルドアのブルーの瞳を覗き込みながら続きを話す。
「……どう? 不思議でしょう? 闘いが起きると知っていたからそれを起こそうと行動して、その結果闘いが起きるということよ。鶏か卵か……貴方も興味深いと思わない?」
「もしも貴女が小細工とやらをしなかったのであれば、闘いは起きないのでは?」
「もしも、なんて話はないのよ、ダンブルドア。結果を知っていて、結果そうなる。それだけの話よ。」
一度紅茶で喉を湿らせながら一息つく。時計の針は戻らない……こともないが、まあ結果が確定したのは事実だ。
「さて、本題に入るとしましょう。闘うからには、勝ってもらわなければ困るのよ。今日私が聞きたいのは、貴方がグリンデルバルドに勝てないと思っているのは本心からのことなのかということよ。」
「それは……。」
押し黙るダンブルドアに質問を重ねる。リーゼにも話したが、どちらが勝利するかまでは読めなかった。ここまで頑張ってきたのだ、勝利の可能性を少しでも上げるためにも、迷いがあるなら払ってやらねばならない。
「それとも、アリアナ・ダンブルドアのことが関係しているのかしら?」
「……何故そのことを?」
「見くびらないで欲しいわね。これまで誰がグリンデルバルドと戦ってきたと思っているの? 彼のやったことについて詳しいのは当たり前でしょう? 当然、ゴドリックの谷での事件についても知っているわ。」
「なるほど、道理ですな。」
「話してもらうわよ、ダンブルドア。貴方の代わりに戦い続けた私こそが、この世界で最もその話を聞く権利を持っているのだから。」
私がそう言うとダンブルドアは瞑目し、懺悔するかのように話し始めた。
「そうですな……その通りだ、貴女にはその権利がある。私は……私は怖いのですよ。グリンデルバルドが怖いのではない、あの日の真実を知るのが怖いのです。」
言いながら、ダンブルドアが窓際の机の上へと視線を向ける。視線を辿ってみれば……写真立ての中で、アリアナ・ダンブルドアが悲しげに微笑んでいた。
「あの日、私には誰の呪文の所為で妹が死んだのか分からなかった。弟のアバーフォースにも分からなかったと聞いています。だが彼は……ゲラートはもしかして知っているのではないか、そしてそれは私なのではないか、そんな考えが頭から離れてくれないのです。」
「つまり、貴方は妹を殺したのが自分かもしれないと思い悩み、それを指摘されるのが怖くて闘いを避けていたと、そういうこと?」
「随分と女々しい理由だと思いますかな?」
「思うわね。何故なら貴方は、アリアナ・ダンブルドアを殺してはいないのだから。」
驚きに目を見開くダンブルドアに、持って来ていた一枚の書類を差し出す。
「あの事件の後、貴方たちは魔法事故惨事部の魔法使いに杖を一度預けたでしょう? 彼らは調査のために、直前呪文を使って杖を調べたのよ。その結果がここに書かれているわ。」
ダンブルドアは震える手で書類を取り、恐る恐るそれに目を通している。やがて放心したようにその長身を椅子に預けると、たった一言だけを呟いた。
「プロテゴ。」
「その通り、貴方の杖から最後に発せられた呪文は守りの呪文だったのよ。アバーフォースは癒しの呪文を妹に使いまくっていたし、グリンデルバルドの杖は調べられなかったから、結局犯人が誰かは分からないのだけど……。貴方が呪文を放ったのは、咄嗟に妹に向けたものが最後だったと証言したらしいじゃない。それなら、少なくとも貴方は妹を守ろうとしたということよ。」
ダンブルドアの瞳から一滴の涙が流れる。長年の肩の荷が下りたのだろう、しばらくはそれを拭うことも忘れて、ただ虚空を見つめていた。
しばらくすると彼はハンカチで涙を拭って、アリアナの写真をチラリと見てからこちらに向き直った。
「スカーレット女史、私は貴女に大きな借りができてしまったようですな。この事を伝えてくれたこと、本当に、本当に感謝しております。」
「そうね、それならこれまで代わりに戦っていたことも含めて、1945年の夏に返しなさい。私にここまでやらせたのだから、負けることは許さないわよ。」
「もはや迷いはありません。その日がきたら、死力を尽くしてゲラートを打ち倒すと約束しましょう。」
よし、それでこそここまで来た甲斐があったというものだ。これでようやく、長かったゲームも終わりを迎えられる。
「結構、素晴らしいわ! それじゃあ、私は失礼させてもらうわよ。」
ソファを飛び降りて、ドアの前で一度だけ振り返った。視界に映るダンブルドアは、部屋に入ってきた時よりも一回り大きく見える。
「備えなさい、ダンブルドア。杖を磨き、呪文を鍛えるのよ。貴方の敗北はイギリスの敗北であることを自覚なさい。」
「必ず勝ってみせましょう。」
短い返事に背を向けて、ホグワーツの廊下を歩き出す。勇者の迷いを払って道を示すだなんて、今日の私はカリスマに溢れているのではないだろうか?
しかしレミリア・スカーレットは知らなかった。この後帰り道が分からなくなり、無礼なポルターガイストにからかわれることを。
─────
「だめ、全然分かんないよ。」
ムーンホールドの図書館で、アリス・マーガトロイドは机に突っ伏しながら白旗を上げていた。
私が去年決めたテーマは、パチュリーをして『めちゃくちゃ難しい』と言わせるほどのものだったらしい。
『完全自律人形』
ハグリッドの言葉で思い付いた時は、絶対に作ってやると奮い立ったものだ。しかし今となっては、自分がどれだけ無謀なことを考えていたのかがよく理解できてしまう。
目の前に堆く積まれた本には、自意識を扱った魔法哲学の本から、動く絵画の作り方まで手広く揃っている。だが、その全てに同じ答えが書かれているのだ。
曰く、完全にゼロの状態から自律する意識を作り出すのは不可能である、らしい。
一応、似たようなことは出来るようだ。例えば、ある人形を作ったとして、その生い立ちから死ぬまでのある程度詳細な人生をインプットすれば、それに沿った形での受け答えを自動でする人形が出来上がるらしい。
しかし、それでは手の込んだ人形劇をやっているのと変わらない。私が作りたいのは、所有者とともに成長できるような人形だ。
目の前の本を睨みつけながら思考に耽っていると、小悪魔さんがそっと紅茶を差し出してくれた。
「どうぞ、アリスちゃん。あんまり考え込んじゃうと、変な方向に向かって行っちゃうものですよ? 一息ついてください。」
「ありがと、小悪魔さん。……そうね、ちょっと休憩しようかな。」
気を遣わせてしまったようだ。確かに少しリフレッシュしたほうが良いのかもしれない。一緒に出されたクッキーをかじってみると、糖分が頭に染み渡っていく気がする。
「やっぱり魔導書に手を出すべきなのかなぁ。」
「んー、危険なのは分かりますけど……そうですね、パチュリーさまもアリスちゃんくらいの頃に読み始めたらしいですし、いけるんじゃないですか?」
さすがに私の目標への道筋が、その辺にある本には載っていないというのはもう理解している。そろそろ手を出すべきだとは分かっているのだが……。
「リーゼ様が許してくれない以上、どうにもならないよ。」
アリスにはまだ早い、と言われてしまってはどうしようもない。ちなみにそれを聞いたパチュリーは、私の時は洗脳してまで読ませようとしたくせに、と憤慨していた。リーゼ様のことは尊敬してるが、それはちょっと擁護できない所業だ。
「過保護なのよ、リーゼは。」
声に振り向くと、パチュリーがふよふよ浮きながら近づいて来ていた。最近のパチュリーは図書館の中を歩くことすらやめている。いくら不老不変だとしても、さすがに健康に悪いんじゃないだろうか。
「まあ、パチュリーさまも似たようなもんですけどね。」
「こあ、お仕置きされたいのかしら?」
「そんなぁ、言論弾圧反対です! 悪魔の人権を守れ!」
「悪魔に人権があるわけがないでしょうに。」
二人の漫才じみたやり取りを眺めながら、やっぱり過保護なのかなと考える。うーむ、ちょっとだけ迷惑かもしれないけど、やっぱり嬉しさが勝る。
「ま、リーゼの過保護問題に関しては、これで解決できるわ。」
いつの間にか漫才を終えたパチュリーが、机の上に分厚い本を置く。普通の本にしか見えないが……。
「尋常じゃない数のプロテクトをかけた魔導書よ。そうね……補助輪付き魔導書といったところかしら。これだったら、レタス食い虫の飼育よりも安全なはずよ。」
「ほらー、そんなのを作るなんて、やっぱりパチュリーさまもリーゼ様のことをとやかく言えないじゃないですか。」
「黙らないと口を縫い合わすわよ、こあ。」
二人の声を聞きながら、目の前の本をそっと触ってみる。こんな物を作るだなんて、大変だっただろうに。宙に浮かぶ先輩魔女の顔を見ながら、感謝の気持ちを込めてお礼を言う。
「ありがとう、パチュリー。とっても嬉しいわ。」
「べ、別に大した手間じゃなかったしね。研究の片手間に作っただけよ。」
赤く頬を染めるパチュリーに微笑みながら、早速リーゼ様に見せてこようと立ち上がる。
「リーゼ様に見せてくるね!」
二人のいる図書館を後にして、胸に魔導書を抱きしめながらリーゼ様の執務室へと走り出す。
リーゼ様も、パチュリーも、小悪魔さんも、私のことを心配しながら手を貸してくれている。報いるためにも頑張って自律人形を完成させなければなるまい。
決意を新たにしながら、アリス・マーガトロイドはムーンホールドの廊下を走るのだった。