Game of Vampire   作:のみみず@白月

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足掻く者

 

 

「ご自分が何をやっているのかを本当に理解しているのですか? スカーレット女史。」

 

目の前のソファに座るフォーリーの問いかけを受けて、レミリア・スカーレットは鷹揚に頷いていた。しているさ。少なくとも有象無象の連中よりはな。

 

九月初旬。魔法省地下一階の応接室で、私とチェスター・フォーリーによる一対一の話し合いが行われているのだ。議題はもちろん名家への強制捜査と、その利権の制限について。聖28一族の中でも最も重要な職……ウィゼンガモットの議長職に就いているこの男が、代表して『直談判』に訪れたということなのだろう。

 

日刊、夕刊の両新聞では名家への強制捜査についてのみが大きく取り上げられているが、他にも現政権は色々と制限案を出しているのだ。重職への推薦制度、評議員の世襲枠の削減、家名によって入省時の役職に差があったりとか……まあ、そんな感じの部分にメスを入れる提案を。

 

当然、他にも多方面から文句が飛んできている。国内の名家やお抱えの商人たちからは元より、国外の純血派の連中からも『お便り』の大盤振る舞いだ。やんわりとした忠告から高圧的な文句まで。この数日で実に多種多様な手紙を読むことが出来た。……今は全て暖炉の灰になっているはずだが。

 

今日も山ほど届いているであろうことにうんざりしながら、目の前の枯れ木のような老人へと口を開く。

 

「十分に理解しているわ。私がやっているのは『膿』の除去手術よ。」

 

「やはり何も分かっていない。……さぞ良い気分でしょうな。民衆のための改革、平等への第一歩というわけですか。」

 

「貴方は随分とご不満のようね、フォーリー。」

 

ニヤニヤしながら言ってやると、受けたフォーリーは厳しい表情で言葉を放ってきた。ここまでは当たり障りのないやり取りだったし、ようやく第一ラウンドの開始というわけか。

 

「我々名家がイギリス魔法界にどれだけ寄与してきたかはご存知でしょう? 我が身を粉にして懸命に働いてきたはずだ。その結果がこれでは、あまりに報われない話ではありませんか。」

 

「認識に誤差があるわね。確かに『遥か昔』にイギリス魔法界の成立を支えたことは知っているわ。……しかし、私が関わってきた百年間は邪魔でしかなかった。積み上がっていた貯金が尽きたのよ。そろそろ負債を払う時が来たんじゃないかしら。」

 

「それこそ視点の違いによるものではありませんか。貴女にとっては政敵だったかもしれないが、我々も我々なりにイギリス魔法界を思って行動してきたのです。自身に敵対する者は全て害悪だと? それは独裁者の理屈ですな。」

 

「あら、私は民衆の考えに則った行動をしているだけよ? 貴方たちが何を思って行動してきたのかは知らないけど、結局のところイギリスの利益になっていないのであれば、それは何の価値もない行動だわ。……そうね、むしろ『害悪』と言っていいでしょうね。」

 

肩を竦めて言う私に、フォーリーは立ち上がって両手を広げる。納得出来ないと言わんばかりの表情だ。

 

「民衆の考えなどに大した価値はありません! そのことは貴女も良くご存知でしょう? ……察するに、貴女も高貴な生まれのはずだ。違いますか?」

 

「大正解よ。スカーレット家は吸血鬼の世界ではぶっちぎりの名家と言えるでしょうね。私はそこの長女で、おまけに跡取り。『高貴な生まれ』と言って何ら差し支えないわ。」

 

「ならば分かるはずだ。民衆など新聞やラジオに流される愚かな存在でしかないことが。コロコロと考えを変え、目先のことしか理解出来ず、国の利益よりも個人の利益を優先する俗物であることが! ……だが、我々は違う。そうでしょう? 我々は幼い頃から己の責務を子守唄に育ってきたのです。大衆を導く存在として、イギリス魔法界を支える名家の跡取りとして。」

 

まあ、一理あるな。イギリス魔法界における予言者新聞の影響力がそれを雄弁に物語っている。立ち上がったままで捲し立ててくるフォーリーに、紅茶で唇を湿らせてから返事を返した。

 

「民衆が愚かなことも、高貴な者の義務と権利についても良く知っているわ。……ま、私は別に平等主義やら民主主義やらの信奉者じゃないからね。政治形態に関して利点と欠点が存在しているのも承知の上よ。その上で言わせてもらうけど、今の世界では民主主義が『流行ってる』の。ちょっと前にファシズムが、その前に専制君主制が流行ってたみたいにね。貴方たちの利権の剥奪もその流れの一つってわけ。」

 

「……つまり、別段正しいことだと思ってやっているわけではないと?」

 

「私は思想家ではなく政治家なのよ、フォーリー。流れを創り出す者ではなく、それを利用する者なの。……マグル界が民主的な政治形態に傾いている以上、魔法界がそうなるのも時間の問題でしょ? これはその切っ掛けに過ぎないわ。私はその流れをちょっとだけ早めただけ。ヴォルデモート対策の一環としてね。」

 

結局のところ、私は戦争に勝ちたいだけなのだ。イギリス魔法界云々ではなく、リドルに付いている勢力が名家だったからその利権を剥ぎ取っているだけである。これが逆だったら利権の拡大を推し進めていただろう。

 

皮肉な話だな。自らの利益を考える私が民衆の支持を受け、一応はイギリス魔法界のことを考えているフォーリーが批判されているわけか。……まあ、その考え方が今の時代に『ウケ』なかったというだけの話だ。政治ってのはこれだから面白い。

 

紅茶をティースプーンで掻き混ぜつつ考える私に、フォーリーは部屋の中を歩き回りながら言葉を放った。考える時に歩き回るタイプなのか?

 

「名家は必ずしも『例のあの人』の考えを支持しているわけではありません。私は支配者たる教育を受けた純血の魔法使いこそが政治の音頭を取るべきだとは思っていますが、なにもマグル生まれや半純血を虐殺したり、魔法界から追い出そうとまでは思っていない。あの男の考え方はやり過ぎです。」

 

「でも、そうすべきだと思っている者が名家に多いのも確かでしょう?」

 

「……私がなんとか抑えます。それでも弾圧を続けますか?」

 

「続けるわ。保証がないもの。……正直言って、貴方の言っていることを理解出来なくはないのよ。私も受けた教育からいけばそっちの考え方に寄ってるわけだしね。だけど、今は容赦していられるような状況じゃないの。ヴォルデモートに利する可能性がある以上、叩く以外に選択肢は無いわ。」

 

資金面と人脈、それに他国との繋がり。名家は力あるからこそ名家と呼ばれているのだ。だからこそリドルも連中を死喰い人の中核に入れているわけで、だからこそ私はそれを潰さねばならない。恨むなら利用しようとしたリドルを恨むんだな。

 

私の言葉を受けたフォーリーは、尚も歩きながら反論を続けてくる。……しかしまあ、思ってたよりも弁が立つ男じゃないか。副議長のシャフィクがアホすぎて気付かなかったぞ。

 

「私にとって重要なのは、例のあの人の騒動が終わった後なのです。実際のところ、あの迷惑な男が復活していようがしていまいがどうでも良い。仮に復活していたとして、貴女に抵抗し続けられるとは思えませんしね。……問題なのは、戦争後もこの平等化の流れが続くであろうということです。そうなればマグル生まれがどんどん魔法省の重職に入り込み、その連中は間違いなくマグル有利の政策を採るはずだ。魔法族ではなく、マグルのことを考えた政策を。」

 

「一概にそうであるとは言い切れないけど、確かに可能性はあるわね。貴方はそれを危惧していると?」

 

「その通りです。魔法省が優先すべきは何より魔法族の利益であって、隣人たるマグルのそれではないはずだ。今でさえあの連中のために隠れ住み、生きる場所を減らし、数々の制限をかけられている。それが拡大していくのですよ? ……そんなことは認められない。我々はどこまであの連中に譲歩しなければならないのですか?」

 

「それはまた、なんとも『グリンデルバルド的』な考え方じゃないの。」

 

私が思わずという感じでそう言うと、フォーリーは歩き回っていた足をピタリと止めてから……へぇ? ゆっくりと頷いて言葉を寄越してきた。

 

「……大戦当時の魔法大臣だった父の最大の失敗は、グリンデルバルドに抵抗しなかったことではなく、賛同しなかったことです。グリンデルバルドは魔法族の利益を考えて行動していました。マグル生まれに擦り寄るのではなく、魔法族の『より大きな善』のために。」

 

「……ウィゼンガモットの議長がグリンデルバルドに賛同ってのは問題だと思うけど?」

 

「私が思うに、魔法族の未来について何も考えていない貴女が政治のトップに居ることこそが問題だと思いますがね。」

 

「あらま。痛いとこ突いてくるじゃないの。」

 

よく分かってるじゃないか。クスクス笑いながら参りましたと両手を上げる私に、フォーリーはこめかみを押さえて口を開く。

 

「……うんざりですよ。私は魔法力があるからといって、魔法族が上位種であるとまでは思っていません。しかし、マグルの下位種だとも思えない。それなのにここまでの制限を課される必要がありますか? 連中は大手を振って歩いているのに、我々は世界の片隅で隠れて生きている。こんな理不尽が罷り通っていることこそがおかしいのです。」

 

「別におかしなことじゃないわ。単純な理由でしょ。……数よ、フォーリー。マグルが多くて、魔法族が少ないから。たったそれだけの話なの。」

 

「であれば、やはり私は認めるわけにはいかない。少ないからといって迫害されるのなど馬鹿げている。……魔法族のことを最も重視しているのは純血の一族です。多少考え方が歪んでいることは認めますが、それでも平然と『利敵行為』を行うマグル生まれよりはマシだ。彼らに魔法省の政治の舵を取らせるわけにはいきません。」

 

「んー……正直、貴方を見くびっていたわ。結構まともな考えの下に行動していたのね。」

 

聞けば聞くほどグリンデルバルドの思想にそっくりだな。ちょっと驚いたように言う私に、フォーリーは再びソファに座り込みながら返事を返してきた。

 

「私は単純な考え方のシャフィクやアンブリッジとは違います。問題をきちんと受け止めなかった父とも違う。そして、魔法族を優先しない貴女とも違うのです。……本音で言えば、例のあの人の復活を認めないのもただのポーズですよ。貴女がここまで大っぴらに行動するということは、あの男は確かに復活したのでしょう。」

 

「そこがちょっと驚きなのよね。さっきも言ってたけど、要するに貴方はヴォルデモートが大した問題にはならないと踏んでるわけ?」

 

「端的に言えばそうなります。現状のヨーロッパで貴女に刃向かうなど自殺行為だ。遅かれ早かれ例のあの人は負けるでしょう。……私が貴女に抵抗しているのは、貴女が魔法族の利にならないからなのです。今でさえ貴女はヨーロッパ魔法界の『女王』なのに、これ以上発言力を伸ばされれば対処しきれなくなってしまう。……まあ、既に望み薄かもしれませんが。」

 

「なんとも複雑な気分ね。私の勝ちに賭けたからこそ、私に反抗していると。うーん、褒められてると取るべきかしら?」

 

戯けた感じで言ってみると、フォーリーは自嘲するような口調で呟きを返す。かなり疲れた表情だ。

 

「ゲラート・グリンデルバルドが居れば良かったのですがね。例のあの人……ヴォルデモート卿など力不足だ。私はあの男の扇動者としての実力は評価していますが、統治者としては下の下ですから。反面、グリンデルバルドならば唯一貴女の発言力に対抗出来たでしょう。統治者としても問題ありません。……しかし、彼はもう居ない。ならば投了ですよ。今の私は無駄な足掻きをしているだけです。」

 

「……もしグリンデルバルドが戻ってきたら、貴方は彼に協力すると?」

 

「もしもの話に意味などありません。……ただ、グリンデルバルドが戻ってきたのなら私は喜んでこの命を捧げるでしょう。そう思っている魔法使いは多いと思いますよ。彼こそが魔法族にとっての本当の指導者なのですから。」

 

「『本当の指導者』ね。つまり、私は偽りの女王だと。」

 

言ってくれるじゃないか。鋭い視線で睨め付ける私に、フォーリーは一切怯まずに返答を寄越してきた。

 

「先程貴女も言っていたではありませんか。貴女は政治家だ。そして、グリンデルバルドは思想家なのです。……政治家は妥協を呑み、思想家は理想を追う。マグルに妥協したのが貴女で、魔法族の理想を追うのがグリンデルバルドなのですよ。」

 

「理想は所詮理想よ。実現しなければ意味は無いわ。」

 

「それでも夢を見てしまうのが人間というものでしょう? ……結局のところ、貴女は本当の意味で理解出来ていないのです。これは別に差別でも何でもありませんが、貴女は吸血鬼だ。短命な魔法族ではなく、長い時を生きる吸血鬼。だからこそ我々の苦痛を軽く見てしまう。……貴女にとっては歴史の一部かもしれませんが、我々にとっては危急の、自らの存亡の問題なのですよ。」

 

……ま、正論だな。五百年を生きた私にとっては、今起きていることもよく見る『革命』の一つに過ぎんのだ。魔法族がこの先どうなろうが知ったこっちゃないし、所詮他種族だとも思っている。

 

この男にとっては私もマグルと同じ、単なる『隣人』に過ぎないわけか。中々冷静な判断が出来ているじゃないか。今度は私が自嘲しつつ、目の前のフォーリーへと拍手を送る。

 

「お見事、フォーリー。論戦は貴方の勝利よ。素直に負けを認めるわ。……でも、残念だったわね。さっき自分で言っていたように、貴方に私を止めることは出来ない。私はこの方向で政策を推し進めていくわ。……悪いけど、これが今の民意なのよ。私が今回時計の針を進めなくても、多分この流れになったんじゃないかしら?」

 

「でしょうな、それには同意します。グリンデルバルドが貴女に敗北した時点で、既に大まかな方向性は決まってしまったのでしょう。……アルバス・ダンブルドアも余計なことをしてくれました。ヨーロッパにとって貴女たちは英雄かもしれませんが、私にとっては魔法族の命脈を刈り取った死神ですよ。」

 

「そりゃまた、結構頑張ったってのに酷い台詞ね。……ただまあ、別に可能性が消えたわけじゃないでしょ? このまま『世界の片隅』とやらで平和に暮らせるかもしれないし、いつの日か魔法族とマグルが融和出来る日が訪れるかもしれないじゃない。」

 

恐らくダンブルドアは後者を、殆どの魔法使いたちは前者の未来を想像しているはずだ。私の気楽な声を受けたフォーリーは、弱々しく首を振りながら返事を返してきた。

 

「変わらないものなどありませんよ、スカーレット女史。このまま魔法族はより窮屈になり、マグルはより増えていくはずだ。……まあ、貴女の言う通りかもしれませんな。遅かれ早かれ魔法族は衰退する定めだったのでしょう。我々は少しばかり『魔法』に胡座をかき過ぎました。長きに渡る停滞の結果がこれだとすれば、もはや受け容れるしかありません。」

 

そう言って立ち上がったフォーリーは、廊下に続くドアの前に立ってから、ゆっくりと振り返って私に言葉を放ってくる。……その顔に不敵な笑みを浮かべながら。

 

「ですが、私は足掻きを止めるつもりはありません。それが無駄だとしても、批判を受けたとしても、魔法族の未来に利益を齎らすと信じているからです。……貴女にとってはさぞ迷惑な話でしょうな。それでも『より大きな善のために』なるのであれば、私は無様に足掻き続けますよ。」

 

「結構よ。貴方の理念に敬意を表して、思いっきり踏み潰してあげるわ。一切の容赦なくね。」

 

「……しぶといですよ? 私は。」

 

最後に私を睨みつけて、そのまま部屋を出て行ったフォーリーを見送ってから……深々とソファに身を預けて大きなため息を吐く。これは評価を修正する必要があるな。あれは厄介な男だ。あの男が議長の座に居座る限り、ウィゼンガモットは想像以上に足掻くかもしれない。

 

政治家と、思想家か。グリンデルバルドも厄介な種を残してくれたもんだ。未だにフォーリーのような男を生み出し続けているのであれば、確かに私の影響力に伍する可能性があるかもしれんな。

 

んー、やっぱりヌルメンガードで殺しておいた方が良かったと思うんだが……まあ、それをやるとリーゼが怒るだろう。ゲームの上で戦うのは楽しいかもしれんが、私だって本気であいつと喧嘩したくはないのだ。フランや咲夜も悲しむだろうし。

 

何にせよ、私は今のやり方を変えるつもりはない。フォーリーの思想にもいくらかの理があることは認めるが、融和派の意見にも頷けるところはある。結局のところ考え方の違いなのだろう。そして、そうなった以上力を持つのは多数派の意見だ。

 

いやはや、本当に面白いな。善悪も正誤もあやふやな世界。だからこそ流れを操る政治家が勝ち、結果として流れに抗おうとする思想家が生まれる、と。永久に続くいたちごっこだ。魔法族よりも更に数が少ない吸血鬼の世界では、決して味わえなかった娯楽ではないか。

 

うーん、こうなるとこの世界にも未練が残ってくるな。幻想郷にもこういうゲームがあって欲しいもんだ。無ければその時は……うん、私が作るか。八雲の言から察するに多種族が暮らしているんだろうし、適当に種族間の差を煽ってやれば勢力が生まれてくれるはずだ。

 

ま、その前にこっちのゲームにケリをつけないとな。一人っきりになった応接室の中で、レミリア・スカーレットは静かに微笑むのだった。

 


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