Game of Vampire   作:のみみず@白月

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三つの狂気

 

 

「この学校はイカれてる。……全てがだ!」

 

夕食後の談話室に響くロンの嘆きを聞きながら、アンネリーゼ・バートリは咲夜の太ももの感触を楽しんでいた。膝枕をしている咲夜も何故か幸せそうだし、されている私も幸せ、そして毛玉もハーマイオニーの膝の上でゴロゴロ言って幸せそうだ。みんな幸せ。素晴らしいじゃないか。

 

羊皮紙に羽ペンを走らせるハリー、黙々と編み物をするハーマイオニー、唸りながら分厚い本と睨めっこする魔理沙、そして私の頭上で幸せそうにニマニマする咲夜。誰からも賛同の声が無いことを確認すると、ロンは再び『嘆き』を放ち始める。

 

「どうしてこんなに宿題が出るんだ? 狂ってるよ! まだ最初の週だっていうのに、合計すれば羊皮紙二百二十センチだ。二百二十センチっていったら、二メートルちょっと。二メートルちょっとの宿題だぞ! 僕より大きな宿題だ!」

 

そこで同意の返事を待つロニー坊やだったが、誰一人として『わあ、ノッポな宿題だね』とは言ってくれないのを確認すると、諦め悪く話を再開した。ちょうど良いリラックス用BGMだな。自分以外の誰かの不幸ってのは非常に和むぞ。

 

「このままだと、フクロウ試験を迎える前に誰かノイローゼで入院しちゃうぞ。つまり、僕がだ。……待てよ? 入院したら試験免除にならないかな?」

 

「ならないわ。同じようなことを考える生徒が多すぎたから、魔法省に臨時試験センターが作られたの。そこで一人ぼっちで受ける羽目になるわね。」

 

「ああ、そうか……くそ、イカれてる。教師はみんなおかしくなっちゃったんだ。二メートル、二メートルなんだぞ……。」

 

ハーマイオニーの冷徹な回答を受けたロンは、頭を抱えてソファ沈み込んでしまう。……まあ、確かに今年のイカれっぷりは例年を凌いでるな。『成長期』の宿題以外にもだ。

 

特筆すべき点はいくつかあるが……うん、先ずはハーマイオニーのことを挙げるべきだろう。彼女が熱心に編み物をしているのは、ブルガリアに居る文通相手にそれを贈るとかいう可愛らしい理由ではなく、無辜のしもべ妖精に対する陰惨なトラップを作り出しているからなのだ。

 

去年に引き続き、未だしもべ妖精の解放を諦めていないハーマイオニーは、とうとう強硬手段に打って出たらしい。帽子やら手袋やらを編みまくって談話室中にばら撒くことで、掃除に来たしもべ妖精たちに『洋服』を渡そうという狂気の解放運動を始めたのである。それをハリーは『毛玉トラップ』と名付けた。実に的を射た表現ではないか。

 

既にハーマイオニーにはしもべ妖精たちが絶対に喜ばないであろうこと、一年生が監督生の『奇行』を怖がるであろうこと、そもそもハーマイオニーの作り出す『毛玉』が洋服だと認識されるか微妙なことなどをハリーとロンが誠心誠意伝えたのだが……まあ、その程度で『ミス・スピュー』が止まるはずもなく、今も談話室の各所には謎の毛糸の塊が大量に隠されている。これがイカれてるポイントその一だ。

 

次に双子が繰り返している『実験』のことが挙げられるだろう。彼らが何を考えているのかは定かではないが、最終学年になった双子はこれまでを凌ぐ勢いでイタズラをし始めたのだ。……『盟友』たる魔理沙ですら引くほどの勢いで。

 

「ハーマイオニー、双子とジョーダンがまた何かを配ってるぞ。絶対にロクでもない『何か』を。」

 

「……もう! どうしてこう、毎日毎日!」

 

今もまた部屋の片隅で穢れなき一年生たちに何かを配る悪童たちを指差して言ってやると、正義の監督生どのは立ち上がってそれを止めに向かう。膝から落とされた毛玉の抗議の鳴き声が実に哀れだ。

 

ただまあ、どうも少し遅かったらしい。彼らから『何か』を受け取った一年生は一人、また一人と糸切れるかのように気を失い始めた。あどけない子供たちがパタパタと倒れていく光景は……うーむ、やっぱりイカれてるな。これがその二で決定だ。ようこそホグワーツへ、ガキども。

 

「たくさんよ! もうたくさん! 何度言ったら分かるの? 一年生たちが何も知らないのをいいことに、これ以上こんなことを仕出かすなら──」

 

怒れるハーマイオニーの説教を聞きながら、今度はその三へと顔を向ける。……説教とは逆側の片隅で、クィディッチの戦術本に向かってブツブツと呟いているアンジェリーナ・ジョンソンにだ。あれに関しては一年生どころか七年生だって怖がってるぞ。

 

どうやら新キャプテンとなったジョンソンには、オリバー・ウッドの生霊が取り憑いてしまったらしい。最初は誰もがウッドが急死して取り憑いてるのだと思っていたのだが、ジャンケンに負けたロングボトムが代表して所属先のクィディッチチームに問い合わせたところ、元気にクィディッチを楽しんでいることが確認出来た。毎日狂ったように練習しているそうだ。

 

そこから生霊か思念体か、はたまた謎の魔道具にウッドが執念を残していったのかの議論が白熱したが、結局『生霊派』がディベートの勝利を収めたのである。誰か早くエクソシストを呼んでやれよ。超一流のヤツを。

 

ちなみに魔理沙はあくまでもチェイサーとして育てていきたいということで、今度キーパーの選抜が行われるそうだ。……まあ、その辺はどうでもいいな。クィディッチの心配はハリーと魔理沙に任せよう。

 

グリフィンドール寮に潜む三つの狂気について考えを巡らせる私に、ハリーが羽ペンを動かすのを止めて話しかけてきた。

 

「リーゼは宿題をやらなくていいの?」

 

「んふふ、今年から私の正体を知る者は増えたからね。今や教師たちの殆どが私がここに居る理由を知っている。だから、宿題なんぞを無視したところで怒られたりはしないのさ。」

 

私のことを知った教師たちの反応は……まあうん、こっちも私の想像よりは驚かれなかったな。フリットウィックやスプラウト、それにフーチなんかは『大いに納得』の表情を浮かべていたし、あんまり接点の無かった占い学のトレローニーや数占いのベクトル、マグル学のバーベッジなんかは『ふーん』という感じだった。

 

バブリングは当然ながら一切表情を変えず、ビンズは理解してるかすら怪しく、シニストラはそれでも猫可愛がりを止めるつもりはないようだ。あいつにとって重要なのは年齢ではなく容姿らしい。そして、スラグホーンとグラブリー=プランクは新入り故に普通に納得していた。

 

当然ながらハリー云々に関しては詳しく伝えておらず、あくまでも城や生徒たちを守るための存在だということになっている。……お陰でダンブルドアの評価が上がってしまったが。数年前から備えていたという事実は彼らの心を射抜いたようだ。家出しちゃった爺さんより私を褒めろよな。

 

ちなみに生徒たちにはまだ明かしていない。ホグワーツで一週間を過ごして気付いたのだが、私に対する反応がいい『踏み絵』になるのだ。明らかに怯えて近付こうとしてこない者は、つまりは親から私のことを教わっている者であり、死喰い人との繋がりがある生徒ということになる。

 

お陰で警戒すべき相手が丸分かりだ。後はそいつの名前を調べて、それをそのままスクリムジョールあたりに送りつければいい。喜んでそいつの家にムーディを派遣することだろう。ムーディ宅配システムの誕生というわけだ。

 

『御宅訪問』を繰り返しているグルグル目玉のことを考える私に、ハリーが羨ましそうな言葉を寄越してきた。彼もノッポすぎる宿題には辟易していたようだ。

 

「羨ましいよ。これが一年続くと思うとうんざりだしね。でも、先生たちに伝えたってことは……スラグホーン先生にももう会ったの? どんな人だった?」

 

「ありゃ? 五年生はまだ魔法薬学をやってないのか?」

 

思わずという感じで割り込んできた魔理沙の問いに、ハリーが肯定の頷きを返す。

 

「うん、グリフィンドールとスリザリンはまだだよ。来週の頭に初授業なんだ。……三年生はもうあったの?」

 

「おう、あったぜ。良かったぞ。結構分かり易かったし、贔屓も全然なかったからな。ほら、こっちもスリザリンと合同だからさ。」

 

「そっか、ちょっと安心したよ。」

 

「ただ、しつこくクラブに誘ってくるんだよ。『スラグ・クラブ』とかってやつに。咲夜も誘われてたよな? 授業の後にえらく話し込んでたじゃんか。」

 

魔理沙が後半を私の頭上に投げかけると、咲夜は困ったような口調で返事を放った。

 

「そうね。お誘いを受けた時にお母さんやお父さん、それにお婆ちゃんの話も沢山していただいたわ。随分長いこと一緒に働いた、尊敬できる同僚だったって。……でも、魔理沙は入らないんでしょ? なら私もやめておこうかしら。他に知り合いも居なさそうだし。」

 

「んー、魔法薬学のクラブってのは結構興味あるんだけどな。……まあ、クィディッチやら『宿題』やらで忙しすぎてそんな暇ないぜ。」

 

「魔法薬学のクラブ? ……なら僕は誘われないね。あの授業の成績は良い方じゃないし。」

 

ちょっと苦笑いで言ったハリーに、今度は私が言葉を飛ばす。……視界の隅でジョンソンが含み笑いし始めたのは無視したほうが良さそうだな。怖いし。

 

「どうかな? 聞くところによれば、何も魔法薬学の成績だけで選ばれるわけじゃないみたいだよ。スラグホーンは『青田買い』が好きなのさ。将来活躍しそうなヤツに恩を売って、大成した後にチヤホヤされるってわけだ。」

 

「それならハリーは誘われるな。それに、ハーマイオニーもだ。……もちろん僕はないけどね。」

 

「……ちなみに、ヴォルデモートもクラブの出身者だよ。まあ、ある意味では大成したと言えるかな。残念ながらチヤホヤはしてくれないだろうけどね。」

 

私からその名前が出ると、ロンは自嘲げな笑みをかき消して一気に緊張した顔になってしまった。ハリーと魔理沙もピリつく中、咲夜だけが私の頭に手をやろうとして、それを止めてを繰り返している。……どうしたんだ?

 

「じゃあ、僕は絶対に入らない。ヴォルデモートが入ってたクラブなんて嫌だよ。」

 

「しかしだ、ハリー。キミの母親もクラブの一員だったのさ。先日スラグホーンのことをフランへの手紙に書いてみたら、彼女が教えてくれたよ。」

 

「ママが? ……分かんなくなってきた。結局スラグホーン先生は良い人なの? 悪い人なの?」

 

「そうだな……フランやダンブルドアの言から察するに、権力に弱い、世渡り上手な善人って感じかな? あの老人がこのご時世に城に入れた以上、少なくとも悪人ではないだろうさ。」

 

私の言葉を受けて、全員が一応納得という感じの表情を浮かべた。……ちなみに私はあんまり信用していない。善悪云々以前に、『やらかす』タイプなのはリドルに分霊箱のことを教えた件で証明済みなのだ。つまり、ハグリッドに近い評価である。

 

悪意が無いあたりもそっくりだな。お口ツルツルコンビのことを考えていると、説教を終わらせたらしいハーマイオニーがソファに戻ってきた。すぐさま毛玉が膝に飛び乗っている。

 

「全くもう、うんざりよ。次やったら絶対にウィーズリーおばさんに伝えてやるわ。……何の話をしてたの?」

 

毛玉がジャレていたせいで絡まった毛糸を解すハーマイオニーに、ロンが羊皮紙にデタラメを書き込みながら返事を返す。恐らく占い学の宿題だろう。不幸なことが起こると適当に書けば高評価が貰えるらしい。それでいいのか、トレローニー。

 

「スラグホーンについてだよ。君とハリーが魔法薬学のクラブに誘われるかもって話。……誘われたら入るか?」

 

「入らないわよ。S.P.E.W.で忙しいし、それにハリーも入らないわ。閉心術の練習をしないといけないもの。……そうよね? ハリー。」

 

ちなみにこの『そうよね?』は、問いかけのそれではなく催促のそれだ。ハリーも頑張ってはいるのだが、未だに私の侵入すら完璧に防げてはいない。……とはいえ閉心術はそれなりに難易度の高い技術なのだ。徐々に侵入するのは難しくなっているし、二ヶ月ちょっとの進歩としては上々と言えるだろう。

 

「まあ、このままいけば反射的に防げるようになるのも遠くはないさ。侵入に時間がかかるようにはなってきたしね。」

 

「うん、頑張るよ。頑張るけど……でも、本当にそこまでする必要があるの? いや、文句を言ってるわけじゃなくて。」

 

最後を慌てて付け足したハリーに、いつも通りの返答を送る。もはや慣れたやり取りだ。

 

「あるんだ。それは断言出来る。」

 

「……そうなんだよね。分かったよ、どうにかしてみる。」

 

疲れた感じで呟いたハリーに、ハーマイオニーとロンが元気付けるように声をかけ始めた。持つべきものは何とやらだな。

 

「ん……そうね、ハリーも頑張ってるんだものね。私も何か役に立ちそうな本が無いか探してみるわ。」

 

「それじゃ、僕は後で宿題を見せてやるよ。……そんな顔しないでくれ、ハーマイオニー。優先すべきは宿題なんかより閉心術だろ? こっちはハリーの安全に関わってるんだから。」

 

「……ま、いいわ。確かにそうよ。ほら、貸してごらんなさい。手伝ってあげるから。」

 

編み物を中断して宿題を手伝い始めたハーマイオニーを見て、魔理沙も一度頰を叩いてから再び本を読む作業に戻る。うんうん、良い感じじゃないか。

 

「んふふ、今年は成長の年になりそうだね。……キミはいいのかい? 咲夜。」

 

「いえ、新しい授業も増えましたし、私も頑張ります! 背の方も成長期ですし。」

 

「……背の方は伸びすぎないことを祈るばかりだよ。なんなら縮んでくれてもいいくらいだ。」

 

現状で既に差があることを頭から追い出しつつも、アンネリーゼ・バートリは自らの成長期を待ち望むのだった。……最短でもあと二百年くらいはかかりそうだな。

 


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