Game of Vampire   作:のみみず@白月

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“Eckeltricity”

 

 

「さて、こんにちは、皆さん! 私はチャリティ・バーベッジ教授です。これから五年間、複雑で奥が深いマグルの世界についてを皆さんに教えさせていただきます!」

 

ニコニコ顔で自己紹介を放つ中年の魔女を見ながら、霧雨魔理沙は教室の内装に顔を引きつらせていた。……あえて言うとすれば、『ガラクタ小屋』というのが一番近そうだな。香霖堂にそっくりだぞ。

 

新学期二週目初日の午後。私と咲夜が選択した、マグル学の初回授業が始まったのである。ハリーやロン、なによりハーマイオニーの辛辣な評価を受けて占い学は除外。数占いは難しい上にマイナーだという評判を聞いてそれも除外。結局、私と咲夜は消去法でマグル学、飼育学、ルーン文字を取ることにしたわけだ。正直マグル学はどうでも良かったのだが、咲夜に流される形で受講を決めてしまった。

 

しかしこれは……うーん、失敗だったかもしれんな。壁に掛けられた謎のヒモの数々、棚に並ぶ大小様々な機械たち、そして天井から吊り下げられた大量のチカチカ光る電球、駄目押しとして中央に設置されている壊れた車。

 

あまりにも意味不明すぎるインテリアを見て、早くもこの授業を選んだことを後悔し始めた私を他所に、部屋の主たるバーベッジは満面の笑みで続きを語り始めた。

 

「最初に言っておきますが、マグルの世界についてを完全に理解するのは困難を極めます。何せ彼らは暖炉を使わないし、庭に庭小人の立像を飾り、『窮屈』こそを至上の喜びとしているのですから。……ですが、諦めないでください。少なくとも長年の研究を経て、私はマグルに『限りなく近い』存在になれたと自覚しています。学び続ければ私のようになれるのです!」

 

勢いよく言いながら振り上げたバーベッジの右手には、何故か大量の……腕時計か? それ。色とりどりの腕時計が十個以上も着けられている。何の意味があるんだよ。

 

「とりあえず、バーベッジが『変わり者』ってのは理解出来たな。まともな魔女なら腕時計は一個のはずだ。」

 

「今更でしょ。ホグワーツの先生方は『変わり者』の方が多数派なんだから。」

 

隣の咲夜とコソコソ話している間にも、バーベッジは早歩きで棚の一つに移動すると……おお、てれびじょんだ。去年ハリーの家で見たのよりぶ厚めのてれびじょんを弄り始めた。

 

「本来ホグワーツ城の中では『マグル製品』が使えませんが、校長先生のご好意でこの教室では唯一使用可能になっています。……ほら、ほらほら! これが何だか分かりますか? 不思議でしょう? これは、『テレビジョン』です! マグル界における写真に近い存在ですね。」

 

バーベッジはえへんと胸を張って話しているが、テレビジョンは白黒の画面でザーザー言ってるだけだぞ。生徒たちの困惑顔を見たマグル学教授どのは、画面をツンツンしながら説明を続ける。

 

「何か特殊な操作を行うことでここに映像が映し出されるらしいのですが……まあ、まだそれは少し難しいですね。一昨年受講していたマグル文化に詳しい生徒によると、『あんてな』なるものが必要なのだそうです。……しかし、この映像も美しい。そうは思いませんか? もしかしたら、マグル界の喧騒を表しているのかもしれませんね。」

 

絶対に、絶対に違うと思うぞ。愛おしそうに画面を撫でながら言ったバーベッジは、名残惜しげな表情でテレビジョンの映像を消すと、再び教卓に戻って声を張り上げる。

 

「不思議でしょう? マグル界にはこういった品物が数多く存在しています。……この授業の目的は、マグル界の文化、製品、法律などについて詳しく学び、未来の魔法界においてマグルとの架け橋になれる存在を生み出すことなのです。……その為に一つルールを定めましょう。授業中は魔法の使用を一切禁止します。少なくともこの教室の中では、『マグルらしく』行動しようではありませんか。」

 

魔法禁止ね。純血主義者が受けたら発狂しそうな授業だな。スリザリン生の姿が全く見えないのはこの所為か。動作で生徒に杖を仕舞うように促したバーベッジは、そのまま黒板に『気電』と書いてから授業を開始した。

 

「では皆さん、教科書の七ページを開いてください。今日はマグル界において最も重要な要素の一つである、『気電』についての基本的な説明を行います。今後にも関わってくる内容なので、きちんと集中して聞くように。」

 

「ありゃ? 『電気』じゃないのか? 教科書も『気電』だけど……ああ、著者はバーベッジ本人だったぜ。私の英語が間違ってんのかな?」

 

「『電気』で合ってるわ。パチュリー様が言ってたから間違いなくそうよ。……大丈夫なのかしら? この授業。」

 

「まあうん、ダメかもな。」

 

ハーマイオニーが『マグル学は魔法使いから見たマグルを学ぶ授業だ』、としつこく強調してきたのはこれが原因なわけだ。困り顔の咲夜と顔を見合わせつつ、一応教科書を開くのだった。

 

───

 

「ああ、ちょっと待って、ミス・ヴェイユ。」

 

そして『気電』についての授業も終わり、生徒たちが次の授業へと移動し始めたところで、バーベッジがキョロキョロしながら咲夜の方へと近付いてきた。……何だ? 教科書に悪戯書きしてたのがバレたんじゃないよな?

 

「えっと、どうかしましたか? バーベッジ先生。」

 

「いえね、知り合いのマグル研究家からこれを貰ったから……ほら、仕舞っちゃいなさい。他の生徒にバレたら贔屓になっちゃうわ。急いで急いで。」

 

彼女は何故か他の生徒たちからの視線を遮るように位置どると、ローブのポケットから何かを取り出して咲夜に渡す。どうもマグル界の飴っぽいな。結構な量だ。

 

「ええ? あの……はい、ありがとうございます。」

 

「いいのよ、いいのよ。貴女はちょっと細すぎるんだから、こういう物も食べないと。ほら、ミス・キリサメ。貴女にもあげるわ。内緒よ? 内緒。」

 

「あー……こりゃどうも。」

 

なんか、行動が正に『世話焼きのおばちゃん』って感じだな。忙しない動きで私のポケットにも大量の飴を押し込んだバーベッジは、満足そうに頷きながら口を開いた。咲夜に目線を送りつつ、顔には優しげな笑みを浮かべている。

 

「でも、貴女がこの授業を選んでくれて本当に嬉しいわ。ヴェイユ先生……貴女のお祖母様ね。には当然として、貴女のお父さんにもとてもお世話になったから。アレックスのお陰で私の研究は大きく進歩したのよ? ……特に『ガソリン』を詳しく教えてもらったのが大きかったわ。長年謎だった自動車の仕組みが解明されたの。」

 

「それはまた、良かったですね。」

 

「あら、喜んでくれるだなんて優しい子ね。」

 

咲夜の父親もマグル学を取ってたのか。勢いに押されるように同意した咲夜に微笑んでから、バーベッジは私たちの背中を叩いて声を放った。

 

「それじゃ、次の授業に行っちゃいなさい。遅れたら大変だわ。……次回の授業も面白くなるから、期待しておいて頂戴ね。」

 

「えーと、はい。楽しみにしておきます。」

 

「おう、期待しとくぜ。」

 

笑顔のバーベッジに見送られるように二人で教室を出て、北塔の廊下を歩きながら隣の咲夜に話しかける。これは厄介なことになったぞ。

 

「……もう止めるだなんて言い出せる雰囲気じゃないな。続ける他なさそうだぞ。」

 

「……そうね、無理だわ。あれだけ喜んでくれてるバーベッジ先生に悪いもの。罪悪感で潰れちゃうわよ。」

 

「まあ、まだ一回目だし。こっから面白くなるかもしれないしな。」

 

我ながら儚い望みを口にしてみると、咲夜も微妙な表情で頷きを返してきた。彼女にとっても楽しい授業とはいかなかったようだ。

 

「そう願いましょう。……バーベッジ先生が良い人なのは分かったしね。」

 

「厳密に言えば、『変わってる』良い人、だな。なんともホグワーツらしい教師だぜ。」

 

北塔の階段を下りながら二人してため息を吐いていると……おっと、ルーナだ。三階の廊下の窓からちょこっとだけ顔を覗かせて、中庭をジッと見下ろしている友人の姿が目に入ってくる。巣穴から様子を窺うニフラーみたいだな。

 

「ああもう、ルーナったら、また変なことを……誰かにからかわれる前に止めなくっちゃ。」

 

「今更誰もからかってこないと思うけどな。もう慣れてるだろ、ホグワーツの生徒なら。」

 

心配顔で早足になった咲夜と共にルーナの下へと近付いてみれば、私たちに気付いた彼女は指を『シー』の形にしてから手招きしてきた。何だ? 見つかったらダメってことか?

 

「二人とも、静かにして屈まないと見つかっちゃうよ。」

 

小声で言ってくるルーナに首を傾げながら、咲夜と二人でこっそり中庭を見下ろしてみれば……おー、ハリーとチョウだ。我らがシーカーどのが想い人と二人っきりで話している。これは確かに見つかるべきじゃないな。

 

「やるじゃんか、ハリー。……何を話してんだろな? 結構良い雰囲気じゃないか?」

 

「そう? 私にはちょっと気まずい雰囲気に見えるけど。」

 

……まあ、確かにそうとも見えるな。チョウが微笑みながらハリーに話しかけて、ハリーは苦笑しつつも頭を掻いている。『照れている』というよりかは、『困っている』に近い表情だ。

 

「ひょっとしたら、ディゴリーの件が影響してんのかもな。どっちにも後ろめたさがあるんだろ、多分。」

 

「それは……うん、そうかもしれないわね。ポッター先輩から声をかけたのかしら?」

 

中庭のぎこちない二人を見ながら囁き合う私たちに、隣のルーナが『解説』を寄越してきた。かなり冷静な、魔法生物の生態を観察するかのような表情を浮かべている。

 

「チョウ・チャンから声をかけたみたい。さっき話し始めたばっかりだよ。」

 

「それはいいけどさ、何でそれを観察し始めるんだよ。……いやまあ、今まさに覗いてる私が言えることじゃないけどな。」

 

小声でルーナに問いかけてみると、彼女は目をパチパチさせながら答えを返してきた。何故それを聞くのか心底不思議と言わんばかりの表情だ。

 

「だって、ジニーに教えてあげないと。私はジニーを応援してるんだもん。それに、ハリーにはジニーの方がお似合いだよ。……私にはよく分かんないけど、多分そうなんだと思う。」

 

「んー、ジニーの方がお似合いなのには同意するけどな。その辺は当人たちが決めることだろ?」

 

「そうね。……ただ、易々とポッター先輩がジニーを『ゲットする』ってのもちょっと気に入らないわ。ジニーはあんなに可愛いんだから、望めば誰とでも付き合えるのに。」

 

ジト目でチョウと話すハリーを睨む咲夜に苦笑してから、窓に張り付く二人を引っ張り起こして口を開く。何にせよ、『覗き行為』はこの辺にしておくべきだろう。

 

「ま、あんまり他人の色恋沙汰に首を突っ込むべきじゃないと思うぜ。そら、ルーナも次の授業があるんだろ?」

 

「……そうだった。次は薬草学なんだ。みんな私とペアを組むのを嫌がるから、せめて早めに行って手順を確認しておかないと。」

 

立ち上がったルーナからさらりと出た言葉に、私と咲夜が思わず顔を見合わせる。……これだからレイブンクローは嫌いなんだ。陰険ガラスどもめ。グリフィンドールならそんなこと有り得ないぞ。

 

何と言っていいか迷う私たちに、ルーナは微笑みながら声を放ってきた。

 

「ん、別に平気だよ。今の私には友達がいるんだもん。パパは学生の時にママしか話し相手がいなかったみたいだから、沢山いる私のことを褒めてくれたんだ。それはとっても凄いことなんだって。」

 

「あの人は……まあうん、確かにそういう見た目だったな。」

 

「こら、魔理沙。」

 

肘で突っついてきた咲夜に、肩を竦めて抗議の目線を返す。本当のことなんだから仕方ないだろうが。今年の駅でルーナの父ちゃんを見た時は、死喰い人対策だか何だかで二十四色のド派手なスーツを着てたんだぞ。遠ざかるホームで闇祓いに質問を受けていたのが何とも物悲しい光景だった。

 

無言で牽制し合う私たちを見てクスクス笑いながら、ルーナが置いてあった鞄を拾って話しかけてくる。

 

「大丈夫だよ。パパも私も自分が『変』だって自覚はあるから。でも、ジニーはそれが私の魅力なんだって言ってくれたんだ。……二人はどう思う? やっぱり『普通』にした方がいいかな? それなら、もうちょっと頑張ってみるけど。」

 

「んー、ルーナの好きにすればいいと思うわよ。どっちのルーナでも私にとっては大切な友達だもの。それは変わらないわ。」

 

「そうだな、別に今のままでいいと思うぜ。無理して変わっても疲れるだけだろ。……私は結構好きだしな、ルーナのセンス。」

 

目玉ネックレス以外は、だが。私たち二人の返答を受けて、ルーナはニッコリ笑って手を振ってきた。

 

「それなら、このままでいいや。無理して『ルーナ』になるよりも、みんなと一緒に『ルーニー』でいたほうがきっと楽しいもんね。……それじゃ、バイバイ、二人とも。薬草園に行ってくるよ。」

 

「おう、じゃあな、ルーナ。」

 

「またね、ルーナ。」

 

咲夜と二人で手を振ってルーナを見送ってから、私たちも魔法史の教室へと歩き出す。……しばらく無言で歩いた後、動く階段を下りながら『提案』を放った。

 

「……今度さ、レイブンクローのバズビーに悪戯を仕掛けてやろうぜ。ほら、いつもルーナをからかってるデカ女。」

 

そろそろ『天誅』を下さねばなるまい。私は優等生ではなく、悪霊の弟子の魔女見習いなのだから。傾く段をひょいと飛び越しながら悪どい笑みで言ってやると、咲夜も私と同じ笑みで返事を返してくる。

 

「いいわね。貴女の『師匠』から良さそうな悪戯グッズを仕入れてきてよ。私が時間を止めて仕掛けるから。」

 

「そうこなくっちゃな。確かネバネバ・クラッカーとか、遠吠えキャンディとかの『実証実験』がまだだったはずだ。双子もきっと喜ぶぞ。」

 

「でも、リーゼ様とハーマイオニー先輩には内緒だからね。バレないように話を通して頂戴よ?」

 

コソコソと悪戯の計画を練りながら、霧雨魔理沙は友人と二人で一階への階段を下りていくのだった。

 


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