Game of Vampire   作:のみみず@白月

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Draco Dormiens Nunquam Titillandus

 

 

「それで、結局飛行機はどうなったの?」

 

神妙な表情で事の経緯を話すロバーズに、アリス・マーガトロイドは恐る恐る問いかけていた。頼むから無事だったと言ってくれ。

 

闇祓い局のガウェイン・ロバーズのデスクの周りには、同僚や魔法戦士たちが勢揃いしている。ギリシャへ出張していた彼の『武勇伝』を聞きに集まったのだ。彼は死喰い人の情報をギリシャ魔法省へと渡しに行った帰りに、『ちょっとした』騒動に巻き込まれたらしい。

 

なんでも帰りに乗った飛行機を死喰い人がハイジャックしようとしたそうだ。……いやまあ、向こうも向こうでかなりお粗末な有様だったようだが。コックピットが何処にあるのか分からずに、機体後方で杖を片手にまごついていたとか。

 

そこを幸か不幸か乗り合わせていたロバーズがなんとか制圧したところ、逸らした爆破呪文が片方の翼をへし折ってしまったらしい。……三人の死喰い人を相手にしながら乗客を守ったのは評価するから、大立ち回り部分は省いて早く安否を教えてくれ。

 

やきもきする私の質問を受けたロバーズは、その無精髭だらけの顔を綻ばせながら答えを返してきた。

 

「無事ですよ。乗客も全員無事です。本当に見事な手際でした。グリフィン使いたちが協力し合って、墜落しそうになっていた『跳行機』を地面に下ろしたんです。まだ高度が低かったのも幸いしたのかもしれません。」

 

「飛行機だよ、ロバーズ。ヒコウキ。」

 

誰かから飛び出てきた訂正は、周囲の歓声と拍手にかき消されてしまう。……いやはや、良かった。本当に良かった。その後の記憶修正の苦労を考えると同情ものだが、それでも人命には代えられまい。

 

「お手柄だったぞ、ロバーズ! お前はイギリス闇祓いの誇りだ!」

 

「ギリシャの連中も喜んでたろ? よくやった!」

 

揉みくちゃだな。闇祓いや魔法戦士たちから荒々しい賞賛を受けるロバーズは、ちょっと照れた様子で結末を語り始める。

 

「喜んでいたよ。というか、あー……多分喜んでいたんだと思う。通訳がもう帰ってしまっていた所為で、何を言ってるかはさっぱりだったんだ。杖から謎の銀色の煙を出して振りかけられたよ。ニシンにでもなった気分だったな。」

 

「多分賞賛の証なんだろ。多分な。よくは知らないけど。」

 

「ああ、そう信じよう。……だがまあ、もう二度とあれには乗りたくないかな。話のタネになるかと思って乗ってはみたが、そもそも不安だったんだ。だってそうだろう? どう考えても魔法なしであんな物が空を飛ぶのはおかしい。『跳行機』は一生に一度で十分だ。次からは普通にポートキーを申請するよ。」

 

「飛行機だってば、ロバーズ。なんで伝わらないのかなぁ。」

 

諦め悪く訂正しようとしている……トンクスだったのか。お調子者の闇祓いの声を背に、壁際で仏頂面を浮かべているムーディへと歩み寄った。ギリシャ人たちの幸運も、彼の心にはまったく響かなかったようだ。

 

「何を不満そうにしているのよ、ムーディ。頑張ったロバーズを褒めてあげたらどうなの? それが良い上司ってもんでしょうが。」

 

私は褒めて伸ばすタイプなのだ。壁に背を預けて腕を組みながら言ってやると、ムーディはいつも通りに鼻を鳴らしてから返事を返してくる。こいつは明らかに叩いて伸ばすタイプだな。

 

「ふん、愚かしいな。全員腑抜けておる。……お前だって今の話の最も重要な部分には気付いているんだろう? マーガトロイド。」

 

「……死喰い人が、曲がりなりにも飛行機を利用しようとしたってこと?」

 

「その通りだ。前回の戦争では、あの能無しどもはマグルの乗り物を利用しようなどとは考えもしなかっただろう。見下し、せせら笑っていただけだ。……だが、今は違う。グリンデルバルドの残党どもを勢力に取り込んだことで、やつらはようやく『知恵』を身に付けたのだ。忌々しいことにな。」

 

腕を組んだままで目を細める私に対して、ムーディは本物の瞳を向けながら尚も言い募ってきた。

 

「厄介なことになるぞ、マーガトロイド。残った自前の眼を賭けてもいい。今は統制を欠いた散発的なテロ行為に過ぎんが、ヴォルデモートが指揮系統を確立すればどんな手を打ってくるか……ふん、油断大敵! やつらが戦い方を変えるなら、我々もそれに対応せねばならんのだ。こんなところで油を売っている前にな!」

 

私に向かってそう吐き捨てると、ムーディは怒鳴り散らしながら魔法戦士たちを追い出しにかかる。……確かにその通りだ。皮肉なことに、リドルの陣営はその主義主張を曲げることで大きな進歩を見せた。彼らの忌み嫌っていた『マグル的』なものを取り入れることで。

 

それに、事件の数もどんどん増えてきている。ダイアゴン横丁の事件以来、イギリス国内は平和そのものだが……まるでその代わりになるかのように、大陸での事件は増え続けているのだ。数も、規模も。

 

フランスで上がった狼煙に応えるかのように、ポーランド、スイス、チェコスロバキア、スペイン、オーストリア、そしてギリシャ。他にも数多くの場所で大小様々な事件が起こっている。

 

それぞれの国では死喰い人の活動として報じられたり、あるいはグリンデルバルドの残党として報じられたり、どちらとも見なされずにただの犯罪として報じられた事件もあるが……闇祓い局の中央に貼り出された大陸の地図を見れば明らかだ。まるで炎が燃え広がるかのように、事件を表す黒いピンの数が増え続けているのだから。

 

とにかく、情報の共有を急がなければ。レミリアさんや国際魔法協力部が必死に頑張っているが、未だ『死喰い人』に関して正しく受け止めていない国は多い。ある程度『軍規』を保っていた、グリンデルバルドのイメージが先行している国も少なくはないのだ。

 

もどかしいな。ため息を吐いて壁から離れようとした瞬間、部屋に飛び込んできたウィリアムソンが大声を放った。常に派手な色のローブを着ている闇祓いで、長すぎるポニーテールをいつもムーディに怒られている男だ。今日の真紅のローブも凄まじいな。原色で目に痛いぞ。

 

「緊急だ! 国際魔法協力部からの連絡で──」

 

「ウィリアムソン、髪を切れと言っただろうが! それに、なんだそのローブは! そんなもの的にしか──」

 

「いいから聞いてくれ、ムーディ! ドイツが割れた! 議会で乱闘騒ぎが起こったんだ!」

 

ムーディを凌ぐ剣幕で言い切ったウィリアムソンの言葉を聞いて、闇祓い局内が一瞬沈黙に包まれる。……ドイツが、『割れた』? それに、議会で乱闘騒ぎだと?

 

一斉に集まった目線に促されて、ウィリアムソンはかなり焦った表情で続きを話し始めた。

 

「詳細は分からない。国際協力部に書類を渡しに行った時に聞いたんだ。向こうもひどく混乱してた。どうもドイツの魔法議会で、純血派が『混血登録法』とかいうのをゴリ押しで可決させようとしたらしい。それに融和派の議員が怒り狂って……。」

 

「乱闘に発展したってわけ?」

 

トンクスの恐る恐るという感じの問いかけに頷いてから、ウィリアムソンは更に詳細を語る。

 

「最初は黙らせ呪文が行き交う程度だったのが、最終的には死者の出る騒ぎにまで発展したみたいなんだ。それで今は東西の真っ二つに割れて睨み合っているらしい。西の魔法議会に融和派、東の旧魔法庁に純血派ってな具合に。」

 

「ちょ、ちょっと待って。既に内戦状態になってるってこと?」

 

おいおい、それはマズいぞ。想像以上の状況に思わず質問を飛ばしてみれば、ウィリアムソンは困ったような表情で曖昧に頷きながら返事を寄越してきた。

 

「その、国際協力部もよく分かっていないみたいなんです。どうもポーランドが西側に、ソヴィエト……今はロシアでしたか? とにかくあの国が東側に助力しているみたいで、情報が錯綜して滅茶苦茶になってるって……。」

 

既に他国の介入が発生してるということか。五階の混乱っぷりが眼に浮かぶようではないか。誰もが金縛りにあったかのように身動きを止める中、真っ先に再起動を果たしたムーディが大声を張り上げた。

 

「動け、馬鹿どもが! 即応の準備だ! プラウドフット、お前はスクリムジョールに今の件を確認しに行け! サベッジ、お前はボーンズにだ! ロバーズ、運輸局にドイツへの移動方法を検討しろと言っておけ! それと……マーガトロイド!」

 

「分かってるわよ。レミリアさんでしょ。」

 

「ならさっさと動いたらどうだ? ぇえ?」

 

「はいはい。」

 

あの頃と同じく、鬱陶しいが頼もしい男だな。思わずクスリと微笑んでから、早足でアトリウムに向かって歩き出す。レミリアさんなら既に情報を掴んでいるとは思うが、事が事なのだ。念には念を入れなければなるまい。

 

『混血登録法』とかいうバカみたいな名前から見ても、リドルが関わっている可能性は高いだろう。問題はこれが今までのような『狼煙』なのか、それとも本命となる『火種』なのかということだ。

 

もし火種だとすれば、それが燃え広がる前に消し止めねばなるまい。それはリドルという負債を残してしまった私たちイギリス魔法界が……私がやるべきことなのだから。

 

ホルダーの杖にそっと手をやりながら、アリス・マーガトロイドは魔法省の廊下を歩き続けるのだった。

 

 

─────

 

 

「……だから、ダンブルドアは居ないの。出掛けてるのよ。ずっとね。ずーっと。」

 

目の前でぷるぷる震える一年生に語りかけながら、パチュリー・ノーレッジは内心かなり焦っていた。頼むから泣くなよ? 泣いたらどうしていいか分からんぞ。

 

一年生のレイブンクローとスリザリンの授業が終わり……というかまあ、終わったことには気付かなかったが、生徒が居なくなっているということは終わったのだろう。とにかくその後、残っていた一人の男子生徒が話しかけてきたのである。ローブの色を見るにスリザリンの誰かだ。名前は知らん。

 

彼は『ダンブルドア先生に会わせてください』と言うばかりで、何を聞こうが頑として他の台詞を話そうとはしないのだ。だからまあ、面倒くさくなってちょっと強めに言ったら……そら、この有様。どうも人一倍気の弱い子のようで、目頭には既に涙が浮かんでいる。

 

「あー……何か伝えたいことがあるの? それなら私が連絡を送るけど。」

 

「ダンブルドア先生に直接会いたいんです。他には話すなって……。」

 

「つまり、誰かからの伝言なわけね? 誰に頼まれたの?」

 

「あの、ダンブルドア先生に直接なんです。」

 

これだよ。これだからガキは嫌いなんだ! 全然論理的に話しちゃくれないし、我儘だし、すぐ泣く。しかも泣いたら私のせいになるオマケ付きだ。忌々しい! 同じ頃のアリスや咲夜はもっときちんと会話出来ていたぞ!

 

思えば昔もそうだった。五年生の頃、善意でレイブンクローの一年生に向かって懇切丁寧に宿題の間違いを教えてやったら、何故かギャンギャン泣き始めて私が悪者になったのだ。言い方が嫌味だったとか、根掘り葉掘り間違いをほじくり返すなとか、やっぱり『根暗のノーレッジ』には一年生の指導は無理だとか……なんでだよ! 私はその子のために教えてやったんだぞ! 隅から隅まで丁寧にだ!

 

古のトラウマを蘇らせる私に、一年生は鼻をすすりながら壊れたラジオみたいに言葉を繰り返してくる。ああ、本が読みたい。早く癒されたい。

 

「お願いします。ダンブルドア先生にはどうやったら会えますか? すぐに会わないといけないんです。」

 

「あのね、会えないの。無理なの。だってホグワーツにダンブルドアは居ないの。だから私が校長代理をやってるの。……分かったでしょう? 頼むから分かったって言って頂戴。」

 

「でも、でも、すぐに伝えろって。じゃないと危ないって。だから、だから僕……。」

 

あー、終わった。泣いたぞ。一年生はグスグス言いながら目を覆ってしまった。これでもう私が悪者なのは決定だな。……理不尽だぞ、こんなもん! 本当にアリスとかはどうやっているのだろうか? 私にとっては子供の扱い方のほうがよっぽど魔法だ。

 

現実逃避をしながら、声を押し殺して泣く一年生を為す術なく眺めていると……そら、これだ。これだから運命ってやつは嫌いなんだ! 何故か一番来て欲しくないヤツが教室のドアを開けて入ってきた。つまり、黒髪の性悪吸血鬼どのだ。

 

リーゼは私を見て、泣く一年生を見て、もう一度私を見ると……これでもかというくらいの呆れ顔を浮かべながら声をかけてくる。『呆れ』を通り越して『驚愕』に近い表情だ。

 

「ちょっと連絡があって来たんだが……キミ、いい歳して一年生を泣かせたのか? 百歳超えてるのに? 情けないよ、私は。育て方を間違えたかな。こんなに悲しい気分になったのは久し振りだぞ。」

 

「貴女は私の親じゃないし、この子は勝手に泣いたの。泣かせたんじゃなくって、泣いたの! 勝手に! 一人で!」

 

「はいはい、自覚が無いってのが一番厄介だね。……そら、どうしたんだい? おチビ。この紫しめじにイジめられたのかい?」

 

ふん、アリスならともかく、リーゼにガキをあやすなど不可能だ。精々情けない姿を晒すがいいさ。顔を覗き込むようにリーゼが声をかけると、一年生は子供特有の泣きながら声で返事を返す。

 

「あの、僕、ダンブルドア先生に話さなくちゃいけなくって。パパとママから急げって。だから緊急なのに、それなのにノーレッジ先生が、ダメだって。」

 

「おお、それは酷い。悪魔の所業だ。……ふーむ、しかし困ったね。ダンブルドアは今この学校には居ないんだよ。仕事で遠くに行ってるんだ。だから、そのことを両親に伝えてみたらどうだい?」

 

「でも、でも、パパが今すぐにって。何とかして伝えろって。」

 

「へぇ? ……ほーら、お姉さんの目を見てごらん。何を伝えたいのかを教えてくれるかな?」

 

あっ、コイツ! リーゼの紅い瞳を見た瞬間、一年生は泣くのをやめてコクコク頷き始めた。お前こそ穢れなき一年生に魅了なんか使って胸が痛まないのか! なんて恐ろしいヤツなんだ。倫理観がぶっ壊れてるぞ。

 

私がドン引きの視線を性悪吸血鬼に送るのを他所に、一年生はリーゼのことをジッと見つめながら素直に答えを返す。……傍から見てると恐ろしい能力だな。今のこのガキはリーゼのためなら親でも殺すぞ。

 

「はい。……僕のパパが、昔死喰い人に協力してたんです。だから今回も協力するように言われてて……でも、パパは嫌だって思ってるから、だから情報を渡す代わりに匿って欲しいって。それをダンブルドア先生に伝えろって言われたんです。」

 

「ふぅん?」

 

どう思う? とこちらに目線を送ってきたリーゼに、少しだけ考えてから答えを放った。

 

「まあ、一番信頼出来そうなのがダンブルドアだったんじゃない? ムーディもスクリムジョールも、ついでに言えばレミィやボーンズもあんまり『優しい』イメージはないしね。情報だけ抜かれた後に放置されるのを恐れたんでしょ。」

 

「そんなとこだろうね。それに、内応するのを知られたら保護の前に死喰い人に殺されかねない。だからこのチビは必死になってダンブルドアに直接伝えようとしたんだろうさ。涙ぐましい小さな奮闘じゃないか。」

 

「……それならそう言えばいいでしょ。知らないわよ、そんなもん。」

 

「訳の分からん校長代理には話せないから困って泣いちゃったんだろうに。言っておくが、世間の信頼度から言えばキミはムーディ以下なんだからな。……そら、おチビ。キミの名前は?」

 

ムーディ以下? 嘘だろう? あのグルグル目玉より下なのか? 私がかなりのショックを受けている間に、そのまま一年生の名前を聞き出したリーゼは、それを書き込んだ羊皮紙を私に突き出してくる。……何だよ? どうしろと言うんだ。

 

「……何よ?」

 

「『何よ?』じゃない。キミは校長代理だろうが。ダンブルドアに代わって、このチビの保護やら両親の保護やらを手配したまえよ。」

 

「そんなの出来るわけないでしょ。何をどうすれば良いのか……よし、マクゴナガルを呼びましょう。彼女ならきっと分かるわ。」

 

「キミは本当にダメダメだな。」

 

ほっとけ! 抗議のジト目を返しながら杖を振って守護霊を生み出すと、それを見たリーゼは少し驚いたように声をかけてきた。

 

「まだ杖を持ってたのか。……懐かしいね。キミがそれを振ってるのは久々に見たよ。」

 

「そりゃあ当然持ってるわよ。杖の方が使い易い呪文もあるしね。」

 

エボニーにユニコーンの毛。19センチ。頑固で一途、自我が強い。……それが私が買った当代のオリバンダーの評価だ。あまり使わなくなった今でもきちんと手入れをしているし、忠誠心に一切の陰りは見られない。うん、自慢の杖だぞ、相棒。

 

しっくりくる手触りを感じながら、ミミズクの守護霊に伝言を託してマクゴナガルの下へと放つ。……よしよし、これで解決だ。後はあの有能な副校長が全てを手配してくれることだろう。

 

うんうん頷きつつも本に手を伸ばしたところで、一年生に何かを囁きかけていたリーゼがこちらに戻ってきた。一年生がボーっとしながら機械的な足取りで部屋を出て行くのを見るに、とりあえずは寮に帰したようだ。

 

「しかしまあ、面白いことになってきたね。イギリスでは他にもチラホラと離反者が出てきてるし、前回とは真逆の展開じゃないか。」

 

「代わりに大陸が混乱してるけどね。……まあ、そっちはレミィの担当よ。私の仕事はここの防衛。だから知ったこっちゃないわ。」

 

「何ともつれない台詞じゃないか。忙殺されてるレミィが聞いたら泣いちゃうぞ。」

 

「一年生ならともかく、レミィが泣いたところで心は痛まないでしょ。絶対に嘘泣きだってすぐに分かるし。」

 

吸血鬼の涙なんて誰が信じるもんか。素っ気なく返してから、手元の本に意識を移す。私は私のやるべき事をやるだけだ。ダンブルドアの依頼はホグワーツの防衛なのだから。

 

「ま、いいけどね。……そういえば、城の防御は本当に大丈夫なのかい? 私はキミが『それっぽい』作業をしているところを見たことが無いんだが。より正確に言えば、本を読んでるところしか見てないぞ。」

 

「心配しなくてもちょこちょこやってるわよ。……そもそも、本来は私が表立って守る必要すらないの。仮に敵が攻めてきたとしたら、眠っているホグワーツを『起こして』やればいいだけよ。私はその手助けをするだけ。」

 

「ホグワーツを、ねぇ。」

 

言いながら部屋を、この城を見回すリーゼへと、本を読みながら口を開く。本に書かれている歴史を見れば、この城が攻撃を受けたのは一度っきりじゃないことが分かるだろうに。その度に私やダンブルドアのような存在が防備を固めてきたんだぞ。

 

「忘れられた魔法、錆びついた仕掛け、隠された機能。私はそれが無数にあることを良く知ってるわ。……リドルも、ひょっとしたらダンブルドアでさえもこの城の力を見誤っているのよ。」

 

「そんなに大したもんなのかい? 動く階段といい、意味不明な隠し通路といい、私には『ちょっと変わった城』にしか見えないが。」

 

「それは貴女が生徒として過ごしているからよ。『眠れるドラゴンを擽るべからず』。知ってるでしょう? ホグワーツの校章に刻まれた文言。……これは過ぎたる好奇心への教訓であると同時に、ホグワーツに手を出そうとする愚か者への警告でもあるの。」

 

生徒を守る巨竜。それがホグワーツだ。普段は大人しく生徒たちを包み込み、この城から巣立って行くのを優しく見守っているが……一度己が『子供たち』に危機が迫ったら、ホグワーツはまた別の側面を見せてくれることだろう。怒れる母竜の側面を。

 

その時イギリス魔法界は思い出すはずだ。この城が刻んできた歴史を、身近に在りすぎて忘れていたことを。文章を追いながら考えていると、規則的な足音が近付いて来るのが聞こえてきた。早いな。やはり頼りになる。

 

リーゼにもその足音は聞こえたようで、若干同情的な表情で声を寄越してきた。

 

「おや、過労死寸前の副校長どのが来たようだね。……心なしか足音にも元気が無いような気がするんだが。」

 

「過労死する前に薬でなんとかしてあげるわよ。」

 

「……それはそれで残酷な所業だと思うけどね。治す前に休ませてあげた方が良いと思うよ。」

 

残酷なのが魔女だろうに。呆れ果てたような顔のリーゼを前に、パチュリー・ノーレッジは小さく肩を竦めるのだった。

 




正月休みは帰省する予定なので、実家のPCが死んでたらその間は投稿止まっちゃうかもです。一昨年は大丈夫だったので多分問題ないはずですが……もしそうなったら申し訳ございません!

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