Game of Vampire   作:のみみず@白月

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赤ちゃん蜘蛛

 

 

「ハ、ハグリッド? それはさすがに……マズいんじゃないかしら?」

 

ホグワーツの生活も五年目に突入したばかりの秋、試験に向けて心機一転して頑張ろうと張り切っていたアリス・マーガトロイドは、ハグリッドが胸に抱く巨大な蜘蛛を前に、早くも今年の学生生活に障害が現れたことを悟っていた。

 

テッサと一緒に昼食を取ろうと大広間に向かう途中、ハグリッドに声をかけられた時点でちょっと嫌な予感はしていたのだ。

 

森の近くまで連れてこられてみれば、木箱に入った巨大な蜘蛛にこんにちはというわけだ。

 

「こいつは生まれたばっかりの赤ちゃんなんです、マーガトロイド先輩。おれは、その……放っておくことはできねえもんで、それで……。」

 

「それで、学校に連れて来ちゃったってわけ? ルビウス、あんた退学願望でもあるの?」

 

さすがにテッサの言葉に同意せざるを得ない。アクロマンチュラという種類であるこの赤ん坊サイズの蜘蛛は、成長すれば馬車馬ほどのサイズまで大きくなるらしい。おまけにその牙には猛毒があり、パチュリーの薬品棚の分類によれば、『間違いなく死んじゃう毒』の棚にカテゴライズされている。

 

「でも、家に置いてくるわけにもいかなかったんです。おれが居ないとキィキィ寂しそうに泣いちょって、それが可哀想で……。」

 

確かにキィキィ鳴いてはいるが、どう見ても威嚇しているようにしか見えない。なんたって、頬擦りするハグリッドの顔を、腕の先に付いている鋏で挟みつけているのだから。このサイズでも人間の耳くらいならちょん切れそうだ。

 

「ねえ、ハグリッド? 現実的に考えて、それ……その子を寮で飼うのは無理でしょう? 他の寮生のペットを食べちゃうだろうし、下手すれば飼い主も食べられちゃうわ。」

 

「アリスの言う通りだよ、ルビウス。少なくとも私は……そんなのがウロウロしてる談話室で、お喋りを楽しむ気分にはならないかな。」

 

私たちの説得に対して、ハグリッドはギュッとアクロマンチュラを抱きしめながら首を振る。しかし、巨大なハグリッドが巨大な蜘蛛を抱きしめている光景は中々に現実離れしている。夢に出そうだ。

 

「地下牢の空いてる部屋で飼うつもりなんです、それならみんなにも迷惑をかけねえで済む。お二人に頼みてえことは、その部屋にちょこちょこっと呪文をかけて欲しいってことでして。ほら、急に人が入って来たら、アラゴグが驚いちまうでしょう?」

 

「驚くのは人間の方だと思うけどね。」

 

なんでそんなことが分からないんだと言わんばかりのテッサを横目に、それくらいなら構わないかと結論を出す。この蜘蛛を地下牢に閉じ込めておくのは、ホグワーツのためにもなるだろう。幾ら何でもグリフィンドール寮に放り込むよりはマシなはずだ。

 

「まあ、それくらいなら協力させてもらうわ。……ただし、絶対に世話は手伝わないからね。」

 

「そいつはありがてえことです。ほれ、アラゴグ、おまえもありがとうしなさい。」

 

こちらに差し出されたアクロマンチュラは、八本の腕を振り回しつつギューギュー鳴いている。かなり好意的に解釈しても、お前をバラバラにして食ってやる、という感じだ。

 

「まあ、アリスがいいんなら構わないけどさ……。じゃあ、さっさと行こうよ! 今なら昼食時だから生徒も少ないだろうしね。」

 

テッサの言葉を合図に、三人で地下牢に向かって歩きだす。アクロマンチュラはハグリッドがローブの下に隠しているのだが、中から布を引き裂く音が聞こえている。急がないとハグリッドのローブがボロ切れになってしまいそうだ。

 

地下通路にたどり着き、見つからないように慎重に歩いていたのだが……マズい、前からスリザリン生の集団だ。トラブルの臭いを感じつつハグリッドの前に出るが……どうやら大丈夫そうだ。先頭を歩いているのは、見慣れた顔の友人だった。

 

「ごきげんよう、リドル。」

 

「やっほー、リドル。」

 

「やあ、マーガトロイド、ヴェイユ。こんな場所で会うとは奇遇だね。」

 

リドルは今や最優秀の名をほしいままにしている、ホグワーツ期待の秀才だ。取り巻きの数も随分と増えている。

 

「ちょーっとした用事があってね。そっちはこれから昼食?」

 

「ああ、宿題を見せ合っていたら遅くなってしまってね。しかし、用事? こんな場所にかい?」

 

「えーっと、ほら、魔法薬学の……あー、あれだよ!」

 

テッサに嘘を吐く才能は皆無らしい。別にリドルなら知られても問題ないとは思うが、ハグリッドが不安そうな顔で見ている以上、適当に誤魔化す必要がありそうだ。

 

「大したことない用事よ。それより……リドル、貴方ひどい顔色よ? 具合が悪いなら医務室へ行くべきだわ。」

 

話題を変えようと思って咄嗟に出てきた一言だが、リドルの顔色が悪いのは本当だ。よく見れば……化粧で誤魔化している? かなりのクマがあるのだろう、強引にそれを消しているのが分かる。

 

「ああ、少し……寝不足なだけだよ。医務室に行くほどじゃないんだ、心配かけて悪かったね。」

 

自分の顔色を隠すように俯いたリドルは、そのまま大広間へと向かうことにしたようだ。チラリとハグリッドのことを見た後、私とテッサに声をかけてきた。

 

「……それじゃあ、もう行くよ。もしスリザリン生に誰何されたら、僕の名前を出してくれ。それでどうにかなるはずだから。」

 

「そりゃ凄いね。有効に使わせてもらうとするよ。」

 

「またね、リドル。体調に気をつけて頂戴。」

 

手を振りながら遠ざかるリドルと、それに付き従う取り巻きたちを見送る。顔色が悪かったのが少し心配だが……後にしよう。今は火急の問題があることを思い出して、三人で地下牢の奥へと急ぐ。

 

立ち並ぶ空き部屋の中から、一番目立たない部屋を選ぶ。ホグワーツには使われていない部屋が腐るほどあるのだ。地下牢の奥まった場所には、その類の部屋が大量に隠されている。もしかすると、文字通りの地下牢として使っていたのかもしれない。

 

そんな部屋の一つに、テッサと協力して保護呪文をかけていく。私だって巨大な蜘蛛がホグワーツを徘徊するようにはなって欲しくないのだ。

 

ありったけの保護呪文をかけたら、そこにアクロマンチュラを放り込んでミッション達成だ。これで後輩と大蜘蛛の愛の巣ができあがった。

 

「ま、こんなもんでしょ。」

 

部屋中をガサガサと這い回るアクロマンチュラから、決して目を離さないようにしながらテッサが言う。気持ちは分かる。目を離すと襲いかかってきそうで怖いのだ。

 

「そうね。あとはこの壁を、あの子が破壊できないことを祈るだけよ。」

 

馬車馬ほどの大きさになったアクロマンチュラを想像してみる……儚い望みかもしれない。

 

アクロマンチュラを追いかけ回しながら喜んでいるハグリッドを、テッサと共に引きつった顔で眺めつつ、アリス・マーガトロイドは今後の騒動を思ってうんざりするのだった。

 

 

─────

 

 

「あれは魔王ごっこというか、ただの虐殺ね。」

 

妖精メイドたちを追い立てながら楽しそうにピチュらせていく妹様を眺めつつ、パチュリー・ノーレッジは呆れた声でそう呟いた。

 

遂に部屋の外へと出ることが許された妹様は、ご機嫌な様子で毎日遊び回っているらしい。『妖精メイド狩り』が最近のお気に入りなようだ。

 

レミリアと……結界の改良の後、こう呼ぶのが許されるようになった。彼女は外出できるようになったのがよほど嬉しかったらしい。

 

とにかく、レミリアとリーゼ、そして私と小悪魔による慎重な調査の結果、改良型の紅魔館を覆う結界の機能は、予測通りであることが確認された。……ちなみに美鈴は役に立たなかった。

 

結果として妹様は館の中限定の自由を手に入れたわけだが、それでは問題の根本的な解決に到っていないのだ。

 

それを話し合うためにリーゼに連れられて図書館から引きずり出された私は、紅魔館のリビングで吸血鬼たちと額を突き合わせているというわけである。

 

「まあ、妖精メイドたちも楽しんでいるようだし、いいんじゃないかな。……しかし、あの連中は本当に何を考えて生きているのかね?」

 

「何も考えてないんでしょ。そんなことはどうでもいいのよ、話を戻しましょう。フランの狂気に対しての仮説、だったわね? 聞かせてくれないかしら、パチュリー。」

 

フランの方を微笑みながら見ていたレミリアが、真剣な顔に戻ってこちらに問いかけてくる。

 

「そうね、あくまで仮説であることを念頭において聞いて頂戴ね?」

 

前置きで予防線を張り、頭の中を整理しつつゆっくりと話し始める。

 

「まず、妹様は能力を使用する際に物体の最も緊張している点……つまり、『目』を認識しているらしいじゃない?」

 

「その通りよ。あの子はそれを手に移動させて、握り潰すことであらゆるものを破壊することが出来るわ。」

 

補足してくれたレミリアに頷きを返しつつ、続きを口にする。

 

「その『目』を認識するというのが問題なのではないかと考えているのよ。『目』とやらを視覚化するにあたって、凄まじい量の情報が妹様の頭の中で計算されているのではないかしら。私もちょっと試してみたのだけど、外部の演算装置を大量に使っても、『目』を視覚化するのは不可能だったわ。もしもあの計算が頭の中で行われたとしたら……まあ、良くて廃人でしょうね。」

 

「つまり……能力を発動するための計算のせいで、狂気に囚われるようになったということかい?」

 

質問してきたリーゼに対して、言葉を選びながら慎重に訂正する。言葉で説明するのが非常に難しい。頭の中を見せられたら楽なのに。

 

「計算というか、情報の密度が問題なのよ。あの能力はこの世界を構成する情報の、かなり深い場所にまで介入しているわ。結果として妹様は、密度の高い情報を直接認識してしまっているというわけ。」

 

「ふむ、難しいな。……とびっきり危険な魔導書を開いてしまって、到底理解できない内容を大量に頭に突っ込まれるようなものか?」

 

「近いわね。そう考えるとどうかしら? 頭がおかしくなりそうでしょ?」

 

リーゼとの話し合いの間も黙って考え込んでいたレミリアが、ふと顔を上げてこちらを見てくる。

 

「つまり、能力を使わせなければ狂気から解放されると言うこと?」

 

「残念ながら返答はノーね。妹様は常に『目』を認識しているらしいのよ。である以上、それを移動させて握り潰す行為を禁止したところで、現状と何も変わらないでしょうね。」

 

「結局、『目』を認識することをやめさせなければならないというわけね。だとしても、それは可能なの?」

 

「恐らくだけど……不可能だと思うわ。妹様にとっては、私たちが目でモノを見るくらいの普通の行動なのよ。私たちが目を開きながらモノを見ないことができないように、妹様も『目』を認識することを止められないんじゃないかしら。」

 

私の言葉に、諦観の表情をしたレミリアが脱力してソファへ深く座り込む。リーゼも同じように厳しい顔で黙り込んでいるが……私は魔女だぞ、解決策ぐらい準備している。

 

「ちょっと、話は終わってないわよ。あくまで今の仮説が原因だったらの話だけれど……それなら何とか出来るかもしれないわ。」

 

言い切った瞬間レミリアが飛び起きて、慌てたように私に言葉を投げかける。

 

「ほ、本当? 何とかなるの?」

 

「要するに、情報を処理するための補助装置を持ち歩けばいいのよ。私のときは失敗しちゃったけど、曲がりなりにも処理しきれていた妹様であれば、多少は改善するはずよ。」

 

「素晴らしい、素晴らしいわパチュリー! それで? その補助装置とやらはどれくらいで完成させられるの? 必要な物は? 場所は?」

 

「落ち着きなよ、レミィ。パチェはもやしっ子なんだ、そんなに揺すったら死んでしまうよ。」

 

私の肩を掴んで揺すりながら質問していたレミリアをリーゼが止めてくれる。酷い目に遭った、頭がくらくらする。それと、私はもやしっ子じゃないぞ。繊細な乙女と呼んで欲しい。

 

「ええっと、演算装置にはとりあえず賢者の石を使おうかと思ってるわ。材料もあるし、慣れてるから作成自体も難しくないしね。まあ……ちょっと期間はかかるんだけど。」

 

「素晴らしいわ……貴女は最高の魔女よ、パチュリー! いや……パチェ! 私のことはこれからレミィと呼んで頂戴!」

 

「前から思ってたけど、キミって案外ちょろい女だよね、レミィ。」

 

これはリーゼの言う通りかもしれない。感動のあまりテンションがおかしくなっているらしいレミリアにちょっと引きつつも、実はちょっとした問題が残っていることを二人に伝える。

 

それを聞くと表情を真剣なものに戻した二人に向かって、説明を始める。いや、本当に大したことではないのだが。

 

「何というか、その……賢者の石だと数個じゃ足りないのよね。手のひらサイズのものだと十個か、十五個くらいを常に身に付けなきゃいけなくなるのよ。」

 

言うと二人は妙な表情になった。おそらく首からジャラジャラと石をぶら下げている妹様を想像したのだろう。

 

「ま、まあ……新しい感じのファッションではあるんじゃない?」

 

「……まあ、なんだ、些細な問題さ。」

 

遠くから聞こえる美鈴と妖精メイドたちの叫び声を背に、パチュリー・ノーレッジはこの奇妙な沈黙をどう片付けようかと思い悩むのだった。

 


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