Game of Vampire   作:のみみず@白月

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Greater Good

 

 

「『赤は美しい』。この一点に関してだけは、この国とレミィは気が合うだろうね。」

 

モスクワの中心地。だだっ広い赤の広場を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは隣を歩く美鈴へと話しかけていた。前方にはアホほど赤い国立歴史博物館、後方にはどこかメルヘンな聖ワシリイ大聖堂、左手には燻んだ赤のレーニン廟とクレムリンの城壁。赤、赤、赤。胸焼けしちゃうぞ。

 

迫ってきた冬でクソ寒いというのに、真昼の広場にはマグルの観光客たちがごった返している。なんでも数年前、世界遺産だかなんだかに登録されたらしいが……本当にマグルってのは度し難いな。たかだか五百年前に建造された場所だろうに。そんなことを言ったら高貴な私だって世界遺産だぞ。

 

小さく鼻を鳴らす私に、隣の『古代遺産』どのが返事を返してきた。こいつにとってはこの広場なんぞ新築同然だろうな。

 

「いやぁ、私も好きですけどね、この雰囲気は。派手でいいじゃないですか。テンション上がってきますよ。」

 

「ソヴィエトの議会にとってはいい迷惑だろうけどね。頭の上でマグルに騒がれるってのはさぞ苛つくことだろうさ。……おっと、目的地はそっちじゃないぞ。百貨店の方だ。」

 

クレムリンの方へと進んで行こうとする美鈴を引っ張って止めると、彼女はキョトンとした顔で疑問を放ってくる。というか、そもそも入れるのか? 一応は宮殿なんだぞ。……いや、この感じだと入れそうだな。何を考えているんだか。

 

「ありゃ、百貨店? てっきり向こうに入り口があるんだと思ってましたけど……ほら、いかにもそれっぽいじゃないですか。宮殿ですよ、宮殿。」

 

「だからこそ関係無さそうな百貨店にあるのさ。それが魔法界ってもんだろう?」

 

「あー……まあ、そうですね。イギリスとかフランスもそんな感じでしたし。」

 

苦笑して頷いた美鈴と共に、巨大なグム百貨店の中へと入ってみれば……うん、こっちは多少品があるな。白を基調とした古風な店内は、ガラス張りの天井から差し込む光によって明るく照らされていた。立ち並ぶ店々にマグルどもが群がっている。

 

「うひゃー、まさに『百貨』店って感じですね。店だらけじゃないですか。食べ物屋さんはどこでしょう?」

 

「んふふ、唸るほどあるはずさ。色々調べてきたからね。後で食べ歩きをしようじゃないか。」

 

「大賛成です。大いに、大いに賛成します。」

 

百点満点の笑みで頷いてきた美鈴に、こちらも満面の笑みで頷きを返す。うーん、楽しみだ。ホグワーツのみんなにもお土産を買ってやらねばなるまい。小悪魔やエマから頼まれたお菓子とか、フランから頼まれてるワインもあるし。

 

今日はホグワーツを抜け出して、買い物のついでにソヴィエトの……じゃなくって、ソヴィエトの魔法議会に寄るついでに買い物に来たのだ。厳密に言えば、ソヴィエト魔法議会を『掌握しつつある』ゲラートに会うために、だが。

 

詳細を確認したレミリアもえらく驚いていたが、僅か数ヶ月でゲラートはソヴィエト議会の半数近くを己が内側に取り込んでしまったようだ。今は抵抗している派閥の力を削ぎ落とす作業に入っているらしい。

 

当然、表立って『同志グリンデルバルド!』とか言って持て囃されているわけではなく、あくまでも『忠実な』権力者を通した間接的な支配らしいが……いやいや、早すぎるぞ。レミリアも、フランも、彼をよく知る私でさえも。これほどまでに素早く事が進むとは思っていなかった。

 

この支配劇の最大の理由は、ソヴィエト議会の指導者層にゲラートの信者が数多く存在していたことにあるようだ。彼の『啓示』を秘密裏に受け取った老年の権力者たちは、嬉々として積み上げてきた影響力を行使したらしい。長年の政治活動で積もり積もったその力を、惜しみなく、湯水の如く。

 

知らぬ者からすれば訳の分からない動きだったのだろう。引退したはずの老獪な政治家たちが、急に揃って政治の場へと舞い戻ってきたのだ。……それも、示し合わせたかのように協力し合いながら。

 

ゲラートの指示こそ受けていない信者たちもそれに気付いた。彼らを焚き付けている者が存在することに。それは嘗て魔法界を揺るがした革命児かもしれないことに。ゲラート・グリンデルバルドは生きているかもしれないことに。

 

その瞬間、ソヴィエトは盛大に燃え上がったわけだ。リドルの主張に疑いを持っていた『賢い』残党たちもこれに呼応した。頭が回る故にゲラートの影に気付いた彼らは、老人たちに挙って協力し始めたのである。

 

結果として、ソヴィエト議会はたった数ヶ月で大きく変化してしまったのだ。謎の一大派閥が急速な成長を遂げ、ゲラートの影に気付けない政治家たちは戸惑い、気付きながらも反抗しようという派閥は纏まり始める。……レミリアがイギリスでやったことの『超濃縮バージョン』が数ヶ月の間に起こったわけだ。

 

そして、今のソヴィエト議会は間接的にゲラートに従うのが四、それに対抗しようと纏まったのも四、中立ないし無関心が二、という混沌とした状況になっているらしい。もう連邦解体どころじゃないだろうな。マグル界では確立したらしい『ロシア連邦』も、魔法界に広まるのは少し先になりそうだ。

 

あるいは、この国が変革期にあったことも影響してるのかもしれない。時すらもゲラートに味方したわけか。……イギリスでひどく苦労させられたレミリアが聞いたら、アンフェアだと激怒することだろう。あいつは運命を操れるくせに運命に敵視されすぎだぞ。

 

考えながらもエスカレーターで二階に上がり、百貨店の隅っこにある寂れた家具屋に到着したところで……そこで待っていた一人の老人が片言の英語で声をかけてきた。ロシア帽のよく似合う、かなり大柄な老年の男だ。

 

「お待ちしておりました。ご案内させていただきます。」

 

「ああ、お願いするよ。」

 

翼を消している私にこの対応なのを見るに、この老人がゲラートの寄越してくれた『案内人』なわけか。丁寧な仕草で私たちを先導する老人は、やがて店の奥にある巨大なクローゼットを『操作』し始める。ノックしたり、取っ手を回したり……つまりはまあ、魔法界でよくあるやつだ。これがここの『扉』を開く手順なのだろう。

 

「入り口はクローゼットか。……タイトルを思い出せないが、ちょっと前にこういうマグルのファンタジー小説があった気がするな。」

 

「あー……なんか、そんなのもありましたねぇ。昔、妹様が読んでた覚えがあります。ライオンを捕まえてきて欲しいって言われて焦りましたよ。」

 

マグルも結構いいとこ突いてるのかもな。あるいは、筆者が実は魔法使いだったのかもしれない。私たちが無駄話をしている間にも、案内人はクローゼットを開けて中へと入って行く。

 

「それじゃ、いざ魔法の世界へ行こうじゃないか。」

 

「入るのが吸血鬼と妖怪じゃあ、ちょっと趣に欠けますけどね。」

 

「ごもっとも。」

 

ふざけ合いながらクローゼットを抜けると……これはまた、大国ソヴィエトに相応しい豪華さじゃないか。白、赤、金の交じり合った、巨大な美しいホールが見えてきた。

 

床は凄まじく精巧な……寄木造りか? これ。多種多様な木材で形作られた複雑な模様が、どこまでもどこまでも続いている。表面はワックスで仕上げられているのかなんなのか、まるで金属のように滑らかな硬質だ。カツカツと響く足音がなんとも心地良い。

 

宮殿を思わせる造形の壁は純白で、当然ながら所々を金細工で彩られており、高所の窓には赤いビロードのカーテンがかけられている。入ってくる光も計算尽くの設計なのだろう。眩しくはないが、暗すぎない。煌びやかながらも落ち着きを保った絶妙な雰囲気だ。

 

豪奢なシャンデリアが吊るされた天井を見上げてみれば、ソヴィエト魔法界を構成する家々の紋章で埋め尽くされているのが見えてきた。なんともまあ、多種多様だな。層の厚さを誇示しているのか?

 

そしてホールのど真ん中には、ドラゴンを喰らう双頭の鷲の石像がこれでもかというデカさで聳え立っている。双頭の鷲はロシア帝国時代から続く、ソヴィエト魔法界の象徴だ。……うーむ、イギリスの和の泉よりかはちょっとばかし『攻撃的』だな。

 

「大したもんじゃないか。昔行ったドイツの魔法庁も好きだったが、ここも悪くないね。」

 

「でも、掃除が大変そうじゃないですか? あのシャンデリアを下ろすのは一苦労だと思いますよ。沢山ありますし。」

 

「……最初に出てくる感想がそれかい? 頼むよ、美鈴。」

 

雰囲気ぶち壊しの大妖怪にジト目を向けてから、待っていてくれた案内人に頷いて先へと進む。……ホールに立ち並ぶ入り口から続々と魔法使いが出たり入ったりしているのを見るに、赤の広場の各所に入り口が隠されているようだ。

 

「こっちじゃ暖炉はあまり使わないのかい?」

 

やっぱりイギリスよりもがっしりした魔法使いが多い気がするな。……これは偏見か? ホールを歩き回る職員たちを眺めながら問いかけてみれば、案内人は首を振ってから返事を寄越してきた。

 

「いえ、一般の家庭では頻繁に利用されます。しかし、この場所は安全上の理由から暖炉の設置を禁じられておりますので。……レニングラードからここに拠点を戻す際、全て撤去されました。」

 

「ふぅん? ってことは、暖炉の撤去も大戦の影響なわけだ。」

 

「その通りです。」

 

利便性より防衛を重視したわけか。その辺はやっぱり国の色が出るな。考えながらもホールの隅に設置されていた階段を下り、また下り、更に下り……おいおい、どこまで下るんだよ。ホールの時点でイギリス魔法省同様に地下なんだから、もうかなり深い場所のはずだぞ。

 

ソヴィエトはエレベーターの存在を学ぶべきだな。折り返しを十回ほど終えたあたりで、ようやく目的の階層に到着したらしい。案内人は踊り場のドアを開けて奥へと進んで行く。……隣に下り階段があるのを見るに、まだまだ下まで続いているようだ。

 

「ありゃ? 日光が入ってきてますね。」

 

「イギリス魔法省と同じ魔法だろうさ。魔法なんて適当なもんなんだし、その辺を真面目に考察するとバカを見るぞ。」

 

ぼんやり受け入れるくらいが丁度良いのだ。私はホグワーツでそのことを学んだぞ。美鈴に返事を返してから、窓から差し込む日差しに照らされる白い廊下を進んで行くと……案内人は一つのドアをゆっくりと開けて、私たちに入るよう促してきた。

 

「『あの方』はこちらでお待ちです。私はここで待機しておりますので、どうぞごゆっくり。」

 

「ご苦労様。」

 

この案内人もいい歳に見えるんだが、大丈夫なのか? 寒い廊下に取り残される案内人に若干の同情を送りつつ、ドアを抜けて室内へと入ってみれば……おやまあ、実に『らしい』部屋じゃないか。

 

真っ白で、空虚な部屋だ。壁も床も天井も、白い継ぎ目のない大理石で構成されている。窓には白いカーテンがかけられ、シャンデリアすら白い金属。余分な家具は一切なく、三つの椅子だけが中央にポツリと置かれている部屋が目に入ってきた。……ちなみに、椅子も白だ。ここまでくると病的だな。

 

「やあ、ゲラート。やけに寂しい部屋だね。」

 

白い部屋に浮かぶ黒。椅子の一つに座っている瀟洒な老人に話しかけてみると、彼はゆっくりと顔を上げて口を開く。

 

「嘗ては貴人に対する取り調べに使われていた部屋らしい。……白は真実の色だからな。」

 

伸びっぱなしだった髭は短く揃えられ、髪も少し長めのオールバックに撫で付けてある。白いシャツに黒いベストとダークスーツ。赤いアスコットタイが目を惹くコーディネートだ。……ふん、お洒落さんめ。ヌルメンガードの時とは大違いじゃないか。

 

「これはこれは、随分とショッピングを楽しんだみたいじゃないか。よく似合ってるよ。やっぱりキミは囚人服よりスーツだ。」

 

椅子に座りながら褒めてやると、ゲラートは鼻を鳴らして言葉を返してきた。美鈴は……椅子には座らず、窓の外を眺めに行ったようだ。自由すぎるぞ。

 

「服は人物を表す最初の記号だ。見窄らしい服を纏った者になど誰も付いてはこない。必要だから、そうしている。それだけの話だ。」

 

「まあ、そうだね。『旗』は豪華な方が下々の連中もやる気が出るだろうさ。……それでだ、ゲラート。ヌルメンガードでした会話を覚えているかい? キミは『中立を保たせるくらいなら不可能じゃない』とかなんとか言ってたね。ソヴィエト魔法界の『王座』に着くとは言ってなかったはずなんだが?」

 

こんなに規模が大きくなるとは思ってなかったぞ。脚を組みつつ多少呆れた感じで問いかけてやると、ゲラートは含み笑いをしながら返事を寄越してくる。そこを突っ込まれるのは予想済みだったらしい。

 

「可能だと判断したからな。どうやら俺が思っていたほど、俺のことを忘れてしまった魔法使いは多くはなかったようだ。」

 

「おやおや、やっと気付いたわけだ。自分が『伝説』になっていた自覚が湧いてきたようで大いに結構。……楽しんでるかい?」

 

「……悪くはない。俺のやったことが無駄ではなかった実感は持てた。同時に、思い描いていた危機が迫っていることもな。」

 

危機? そこで一度言葉を切ったゲラートは、椅子に深く身を預けながらため息を吐くと、ゆっくりと身を乗り出してから質問を飛ばしてきた。

 

「……吸血鬼、お前はマグルをどう思う? ノー・マジック。非魔法族と呼ばれる者たちを。」

 

「マグルを? そうだな……頭が堅くて、視野が狭くて、機械が好きで、忙しない連中って感じかな。あとはまあ、そこら中にうじゃうじゃ居るイメージだ。嫌になるほどにね。」

 

「そうか。……俺は、マグルは恐ろしい生き物だと思っている。今も昔も、ずっと。」

 

「恐ろしい? それは、また……意外な台詞じゃないか。」

 

ゲラート・グリンデルバルドがマグルを恐れている? ヨーロッパ魔法界じゃジョークにもならん言葉だぞ。疑問げな表情に変わった私に、ゲラートは少しだけ俯きながら自身の『予想』を語り始める。

 

「想像したことはあるか? マグルが我々の存在に気付いた時に何が起こるかを。……そうだな、最初は喜ばれるかもしれん。未知の力、新たな技術、隠された法則、尽きない資源。連中にとっての『幻想』が実物に変わるんだ。好奇心に溢れる笑顔で、瞳を輝かせて魔法族を歓迎するだろう。……だが、その力が自分たちには使えないものだと分かったら? 魔法族のみに許された技術だと知ったら?」

 

「そりゃあ、怖がるでしょうねぇ。……彼らが大昔『私たち』を恐れたように、今度は魔法族を恐れるはずです。」

 

窓際に立つ美鈴が珍しく皮肉げな表情で言うのに、ゲラートは一つ頷いてから続きを話す。

 

「その通りだ、妖怪。力なき隣人を哀れむ者は多いが、力ある隣人を喜ぶ者など居ない。羨みは嫉妬へと変わり、劣等感は排斥へと繋がっていくだろう。連中は我々に枷を嵌めようとしてくるはずだ。……魔法族の誇りである、魔法を封じ込めることでな。」

 

……まあ、想像は付くな。マグルは『魔法の杖』を恐れるはずだ。知らぬうちは許容できていたものでも、目の前で見せつけられれば考えが変わるだろう。他者にのみ許された技術など我慢できまい。それが人間というものなのだから。

 

「耐えられると思うか? 魔法族が魔法を規制されることに。それまでずっと身近にあった、生活の基盤を奪われることに。……無理だ。必ず諍いが起こり、それは戦争へと発展していくだろう。勝ち目のない、破滅への戦争へと。」

 

「つまり、キミは魔法族がマグルに負けると考えているのかい? 魔法も使えないような連中に?」

 

小首を傾げた私の問いに、ゲラートは皮肉げな笑みを浮かべながら答えてきた。

 

「もし戦えば、勝てない。負けないことは出来るが、勝つことは不可能なはずだ。……そもそも魔法族とマグルの間で戦争が起きたとなれば、マグルに味方する魔法使いが必ず出てくるだろう。半世紀前にスカーレットがそうしたようにな。」

 

「んー、いまいち分からないね。結果として魔法族同士の戦いになるってことかい?」

 

「もし事が起きれば、マグルに敵対する魔法族、マグルに味方する魔法族、そしてマグルそのもの。世界は大きく分けてこの三つに分かれるはずだ。……こうなった場合、最も不利なのはマグルに敵対する魔法族となる。数で劣る我々は正面切って戦うわけにはいかず、服従の呪文による間接的な攻撃や姿あらわしによる奇襲はマグルに味方する魔法族によって妨害されるだろう。……半世紀前に何度も繰り返したシミュレーションだ。これには自信がある。」

 

「ふぅん? 正直、想像が付かないような状況だが……それ以前に、マグルが魔法界を易々と見つけられるのかい? これまでずっと隠されてきたんだぞ。十八世紀に新大陸であれほどの失敗があった時も、結局は隠しきれたじゃないか。」

 

ヨーロッパでも何度か危ない瞬間はあったが、その度に国際機密保持法の改正や大規模な記憶修正で乗り切ってきた。そう簡単には気付かれないはずだぞ。私の疑問を受けて、ゲラートは天井を見上げながら口を開く。遠い場所を見る瞳だ。

 

「その時はもう遠くはあるまい。……吸血鬼、お前はユーリイ・ガガーリンという男を知っているか?」

 

「ガガーリン? 聞かない名だね。ソヴィエトの名前ってのは分かるが。」

 

言いながら美鈴にも目線を送ってみるが、彼女もかっくり首を傾げている。そんな私たちの反応を見て、ゲラートは小さく苦笑してから答えを寄越してきた。

 

「そうだろうな。俺もヌルメンガードを出るまでは知らなかった。ソヴィエトの小さな村で生まれた、魔法とは何の関係もない一人のマグル。その男が何をしたと思う? ……宇宙に行ったんだ。信じられるか? その男は宇宙から地球を、この星を目にしたんだ。」

 

宇宙? 宇宙って……空の上にある、あの宇宙か? 意外な台詞を受けてキョトンとする私と美鈴を他所に、ゲラートはまるで諦観しているような笑みで語り続ける。

 

「もう三十年以上前の話らしい。それが今のマグルの『力』なんだ、吸血鬼。連中はもはや、俺たちが見上げる遥か彼方にいるのさ。……魔法族の多くはマグルのことを何ら理解していない。『マグル学の権威』と称される連中でさえも同じだ。心の何処かで嘗て在った魔法の優位性を信じ続け、この関係がいつまでも続くのだと疑っていない。……だが、いつの日か終わりが来るんだ。マグルが我々に気付く時が。そして、それは遥か先の話ではないぞ。連中は陸を、海を、宇宙すらも『開拓』し始めている。魔法界だけが隠されたままでいられるものか。」

 

そこで一度言葉を切ったゲラートは、私の目を真っ直ぐに見つめながら話を締めた。この男にはひどく似合わない、草臥れたような苦笑を浮かべながら。

 

「俺は魔法族の未来を繋げたかった。マグルとの差がこれ以上広がる前に、我々の権利を確立しておきたかったんだ。……魔法族がくだらん法律で支配され、マグルにとっての『魔法を生み出す家畜』に成り下がる前にな。」

 

「それが、キミにとっての『大きな善』というわけか。……いや、驚いたね。そんなことを考えてたとは知らなかったぞ。」

 

私はてっきり、力ある魔法族が隠れ住むことに憤りを感じていたのだと、『裏側』でいることに理不尽さを感じていたのだとばかり思っていた。……いや、これはその延長線か。唯一私が勘違いしていたのは、マグルと魔法族の力関係の認識だ。

 

「アルバスにしか話していないからな。……あの日、俺が負けたあの日、アルバスにだけは話したんだ。アルバスはマグルがそれほど愚かな弾圧をしてはこないだろうと、もう少し穏やかな関係を築けると思っているようだった。……だが、この世界を見てみろ、吸血鬼。半世紀経っても何一つ変わっていない。魔法族は愚かなままで、マグルはどんどん進歩し続けている。このままでは差が広がるばかりだ。自らの未来が閉ざされようとしているのにも拘らず、魔法族はそのことにすら気付いていない。……俺は『外』に出たこの数ヶ月でそのことを実感した。」

 

なるほど。……つまり、ゲラートは先手を取ろうとしたわけだ。僅かでも有利な条件であるうちに、マグルに対しての魔法族の『位置どり』を決定付けようとしていた、と。

 

正しく、『より大きな善のために』だな。当時の魔法界を混乱に陥れてでも、これから生まれてくる魔法族のために戦おうとしたわけだ。誰からも理解されないであろう、『マグル』という脅威に抗うために。

 

結構だ。大いに結構。ゆっくりと立ち上がって、地面を見つめるゲラートを覗き込みながら声をかける。……問いかけるように、唆すように。久々に放つ吸血鬼の声色で。

 

「ならばキミが変えたまえよ、ゲラート・グリンデルバルド。もう一刻の猶予も無いんだろう? 今度こそ変えるんだ。キミが、その手で! ……ダンブルドアに何を言われたのかは知らんが、他人の善性を信じすぎるのはあの男の悪い癖だ。信頼、愛、友情。悪くはないさ。今の私はそれに価値があることを知っているからね。……だが、同時にそれが酷く危ういものだということも知っているぞ。そんな楽観的な考え方に魔法族の未来を託していいのかい? キミがもっと強固で冷徹な仕組みを作るべきじゃないのか?」

 

やるんだ、ゲラート。多くの魔法使いたちがそれを望んでいるんだぞ。ソヴィエトの現状がそれを物語っているじゃないか。キミはこんな場所で燻っているべき存在じゃないんだ。もう一度大陸に、この世界にその名を轟かせてみろ!

 

私の言葉を受けたゲラートは、しばらく私と視線を合わせずに考えた後……くそ、惜しいな。迷ってたくせに。ゆっくりと首を横に振って返事を寄越してきた。

 

「俺はもう老いた。今さら動き出したところで、もはや間に合わんだろう。……もう遅いんだ、吸血鬼。今となってはアルバスの言葉を信じる他ない。」

 

「ふん、どうかな? ダンブルドアは人間が美しいものだと信じているようだがね、本来人間なんてのは醜い生き物なんだ。……無論、そうじゃない人間も存在する。吸血鬼をして尊敬に値するような人間もね。……しかし、大多数は愚かなもんだぞ。妬み、憎み、奪う。それが人間の本質なんだ。歴史がそのことを証明しているだろう?」

 

「……何にせよ、先ずはヴォルデモートを片付けねばなるまい。アルバスの道を選ぶにせよ、俺の道を選ぶにせよ、あの男は邪魔だ。マグルのことを何一つ理解していないのにも拘らず、無謀にも殴りかかろうとしている。何の準備もせずにな。……止めるべきだ。何より魔法族のために。」

 

「……ま、そうだね。先に目先の問題を片付けるとしようか。」

 

いいさ、今は話題逸らしに乗ってやろう。……だがな、ゲラート。キミの疑問はどんどん大きくなっていくはずだぞ。マグルの進歩を、魔法族の停滞を。知れば知るほどにキミの中の疑問は成長していくはずだ。

 

それが確信に変わった時、キミは見て見ぬ振りを出来るかな? ……ふん、私はキミが杖を取る方に賭けるぞ。だからこそ誰もがキミを恐れ、誰もがキミに従ってきたんだ。

 

「……それじゃ、先ずはソヴィエト魔法議会の状況についての詳細を教えてもらおうか。こっちの情報とも擦り合わせをしておきたいからね。」

 

「ああ、現状では指揮権を持った魔法使いの半数以上を──」

 

別に魔法界の未来などどうでもいいが、ハリーたちとその子供、孫あたりまではそれなりに幸せな生活を送ってもらわねば困るのだ。ゲラートの予想する未来がいつ訪れるものなのかは分からんが、マグルどもの成長具合を見る限りではそう遠くない話なのだろう。

 

ならば私は、ダンブルドアの理想よりもゲラートの理想に賭ける。ダンブルドアは他者のことを、マグルのことを信用しすぎだ。最善よりも最悪を想定して動くべきだろうに。この五百年間で私はあの連中が盛大に殺し合うのを何度も見てきたぞ。

 

だから早く立て、ゲラート。座り込んで諦観するなどキミの流儀じゃあるまい? 邪魔なものを焼き払い、新たな秩序を構築してみせろ。鋼のように冷たく、頑強な秩序を。魔法族のより大きな善のために。

 

ゲラートの詳細な説明を聞きつつも、アンネリーゼ・バートリは迫るその時を待ち望むのだった。

 

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