Game of Vampire   作:のみみず@白月

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都会派吸血鬼

 

 

「それじゃあ、マクゴナガルからの許可はもらえたのかい?」

 

かなり寒くなってきた早朝の廊下を歩きながら、アンネリーゼ・バートリは隣のハーマイオニーへと質問を放っていた。彼女はどうやら『防衛術クラブ』を開催する許可を得ることに成功したようだ。

 

今日は十月三十一日。つまりはハロウィンで、つまりは咲夜の誕生日である。本当は談話室でお祝いを告げようと思っていたのだが、ハーマイオニーが先に行って大広間にポスターを貼りたいということでそれに付き合っているのだ。まあ、お祝いは大広間で言えばいいさ。

 

そういえば、パチュリーは今日が咲夜の誕生日だってことを覚えているのだろうか? ……うーむ、不安だ。かなり不安だ。紅魔館に居た頃はレミリアやアリスなんかが急かしただろうが、ホグワーツで一人っきりとなると怪しいかもしれんぞ。

 

いや、さすがのパチュリーも咲夜の誕生日を忘れたりはすまい。そのはずだが……うん、日付の感覚がおかしくなっている可能性は高いな。一応後で伝えに行くか。白い息を吐きながら考える私に、寒さで頬を染めるハーマイオニーが返事を寄越してきた。

 

「ええ、リーゼがお仕事で城を出てた日があったでしょう? その時に詳しく話したら、喜んで賛成してくれたわ。それに、フリットウィック先生と一緒に監督もしてくださるんですって。」

 

「それで、遂にポスターを貼るわけだ。」

 

ハーマイオニーが両手いっぱいに持っているポスターを指差して聞いてみると、彼女は嬉しそうに微笑みながら首肯してくる。やけにカラフルなのが気合の程を物語っているな。

 

「複製呪文で沢山用意したの。大広間に、廊下に、玄関ホールに……あとは各寮の談話室にも貼らなくちゃね。次の監督生集会の時に議題として提案するつもりよ。きっとみんな賛成してくれるわ。」

 

「まあ、スリザリン以外は賛成すると思うけどね。蛇寮はどうかな? ニコニコしながら『それはいい考えだね!』なんて言ってくるとは思えないよ?」

 

パチュリーの授業に危機感を持っているのは全寮の全学年共通のことだろうし、イベント好きなグリフィンドールや協調性のあるハッフルパフなんかはこぞって参加するだろう。その辺は特に心配あるまい。

 

そして事が勉強やら成績やらに関わっている以上、いつもは付き合いの悪いレイブンクローも参加するはずだ。だが、スリザリンは? ……発案者がグリフィンドール生ってのがどこまで影響するかだな。

 

冬に備えて水を止めてある中庭の噴水を横目に思考を回していると、ハーマイオニーが私に向けてビシリと人差し指を突き立てて口を開く。どうやら待ち望んでいた質問だったようだ。

 

「スリザリンを参加させることこそが一番重要なのよ、リーゼ。ホグワーツの結束を強める時、鍵となるのは彼らだわ。だから、なんとしてでも参加させないといけないの。……後でスラグホーン先生にもお願いに行かなくっちゃね。」

 

「鍵、ね。……傍迷惑な鍵だよ、まったく。さすがはホグワーツだ。」

 

やれやれと首を振りながら大広間の扉を抜けると、まだ人が疎らなガランとした四つの長テーブルが見えてきた。結構新鮮な光景だな。寂しいというか、静謐というか。何にせよホグワーツの大広間らしからぬ雰囲気だ。

 

「それじゃ、手伝って頂戴。私は右側に貼るから、貴女は左側ね。」

 

「はいはい。永久粘着呪文でいいんだろう?」

 

「『普通の』粘着呪文よ。去年貴女がその呪文を使いまくった所為で、S.P.E.W.バッジが取れなくなったって苦情が凄かったんだからね!」

 

「喜ばしい事態じゃないか。『学生全スピュー』。それこそがキミの望むホグワーツだろうに。」

 

適当な返事を返してから、杖を振って手早く左側の壁にポスターを貼り付ける。しかし、我ながらこういう地味な呪文も上手くなったな。かつては棒切れだと罵っていたが、今じゃ杖無しの生活など考えられん。

 

浮遊呪文と『永久』粘着呪文。ついでに防水呪文やシワ消し呪文なんかもかけて、更にピーブズやスリザリン生対策に呪い避けと各種保護呪文もかけていると……いつの間にか隣に立っていたハーマイオニーが、かなり呆れた口調で声をかけてきた。

 

「リーゼ、頑張ってくれるのは嬉しいんだけど、死喰い人はこのポスターを狙ってこないと思うわよ?」

 

「いやぁ、ちょっと面白くなってきちゃってね。そっちは終わったのかい?」

 

「粘着呪文だけならすぐよ。……ほら、ポスターの命を守ってる暇があったら、早く朝食を食べちゃいましょう。」

 

残念、一枚だけ中途半端になってしまったようだ。後ろ髪引かれる思いでグリフィンドールのテーブルに着いて、既に並んでいる朝食からベーコンとソーセージ、ミートローフを確保する。今日も良い感じの焼き具合だな。よくやったぞ、しもべたち。褒めてつかわす。

 

「毎回思うんだけど、吸血鬼って野菜を食べられないわけじゃないのよね? その皿、健康に悪すぎると思うわよ?」

 

私の皿を微妙な表情で見るハーマイオニーに、肩を竦めながら返事を返した。

 

「私くらいの歳だとこういうメニューなのが普通なのさ。もう少し『大人』になると野菜も好むようになるらしいけどね。……でも、大昔にピュタゴリアンの吸血鬼に会ったことがあるな。おまけに船旅が好きときたもんだ。変なヤツだったよ。」

 

「ピュタゴリアン? ……ああ、それはもう死語よ。今だとベジタリアン。そういえば前からちょくちょく古い表現があるとは思ってたけど、それも年齢の所為だったわけね。」

 

「……言っておくが、私は別に時代遅れとかじゃないんだぞ。新しいものはどんどん取り入れる都会派の吸血鬼なんだ。単に知らなかっただけなんだからな。」

 

「別に何も言ってないじゃないの。」

 

いいや、その目は流行遅れを見る目だ。……今度アリスにでもファッションのことを教えてもらわねばなるまい。言葉が古くさいのはギリギリ許容範囲だが、ダッサい服を着るなどプライドが許さんぞ。この前着たマグルの服なんかは理解不能だったし、もう少しお勉強をする必要があるだろう。

 

決意を新たにソーセージを噛み千切っていると、大広間の扉から……おお、青白ちゃんだ。最近構ってくれないマルフォイが、いつもの仔トロールたちを引き連れて入ってくるのが見えてきた。

 

マルフォイは大広間を見渡すと、私と目が合って一瞬怯むが……おや? ちょっとだけ勝ち誇るような笑みを浮かべた後、次に自嘲げな表情に変わってスリザリンのテーブルへと歩いて行く。なんだ? 随分とくるくる変わる表情じゃないか。

 

首を傾げる私に、同じ光景を見ていたらしいハーマイオニーが話しかけてきた。

 

「何かしら? ちょっと嫌な感じね。」

 

「うーん、原因が分からないと反応に迷うね。微笑みかけたって感じでも無いし……。」

 

「気持ち悪いこと言わないで頂戴よ。ご飯中なんだから。」

 

哀れな。マルフォイの微笑みというのは、ハーマイオニー的には食事の席に相応しくない代物のようだ。さすがにそこまで嫌うことはないだろうに。……マルフォイも監督生らしいし、集会とかで何かあったのだろうか?

 

表情豊かな青白ちゃんに若干の同情を送りつつも、ハーマイオニーと雑談しながら食事を進めていると……徐々に集まってきた生徒たちの中に、見慣れた金銀の髪が交じっているのが見えてくる。今日の主役のご到着だ。

 

「やあ、おはよう、二人とも。そして十四歳の誕生日おめでとう、咲夜。キミが健やかに育ってくれていることに感謝するばかりだよ。」

 

「二人ともおはよう。それに誕生日おめでとうね、サクヤ。」

 

私に続いてハーマイオニーがお祝いを言うと、近付いてきた咲夜は嬉しそうにお辞儀をしてから返事を返してきた。新しいヘアスライドを着けているのを見るに、きっと誰かからのプレゼントなのだろう。いつもと違う髪型なのが非常に可愛いな。

 

「ありがとうございます、リーゼお嬢様、ハーマイオニー先輩。お陰様で十四歳になれました!」

 

「髪もよく似合ってるよ。いつもより大人っぽく見えるね。」

 

「えへへ、そうですか? ……これ、美鈴さんからなんです。」

 

後半を小声で囁いてきた咲夜の声に、少しだけ湧き上がってくる敗北感を自覚する。そういえばソヴィエトに行った時に買ってたな。美鈴はああ見えてかなりのお洒落さんなのだ。しかも、咲夜の好みを突くのが非常に上手い。

 

十一歳の時に贈った懐中時計は肌身離さず身に着けているし、一年生の時のシュシュは寝る時に決まって着けるそうだ。そして去年のチョーカーは夏休み中によくメイド服に合わせていた。なんでか知らんが、美鈴にファッションセンスで負けるってのはかなり悔しいな。これは本格的にアリスからファッションを習わねばいかんぞ。

 

自分でもよく分からない危機感を感じる私を他所に、ハーマイオニーと魔理沙が残りの二人についてを話し始めた。

 

「ハリーとロンはまだ寝てるのかしら?」

 

「ああ、さっき談話室で会ったぜ。咲夜にお祝いを言った後、朝練に行っちまったよ。……最近のアンジェリーナはしもべ妖精たちにサンドイッチを作らせることを覚えたらしくてな。もう大広間で朝食すら食わせてくれないんだ。」

 

「それは……それは問題よ、マリサ。しもべ妖精たちの仕事を増やすのはいけないわ。後でアンジェリーナに言ってやらないと。」

 

義憤に燃える『ミス・スピュー』を横目に、いつもの謎サンドを作り始めた魔理沙へと質問を投げる。ゆで卵と目玉焼きとスクランブルエッグを同時に挟んでるぞ、こいつ。狂ってるな。

 

「キミは朝練に行かなくていいのかい? ジョンソンに呪い殺されちゃうぞ。」

 

「さすがに呪い殺しはしてこないし、許可はもらってるぜ。私は初戦スタメンじゃないんだよ。……それにまあ、咲夜の誕生日だからな。」

 

「もう……別にいいって言ったのに。」

 

プイと横を向くが、咲夜は明らかに嬉しそうだ。魔理沙にもそれはよく理解出来ているようで、苦笑しながら肩を竦めて口を開いた。

 

「まあ、一日くらい休んだってバチは当たらんさ。今朝はクソ寒いしな。正直ラッキーだったぜ。」

 

「まったくね。こんな日に箒で飛び回るなんてどうかしてるわよ。ホグズミードに行くまでには少しでも暖かくなってくれるといいんだけど。」

 

ホグズミードは昼からだし、多分大丈夫だろう。窓の外を見て呆れるように言ったハーマイオニーへと、咲夜がコーンポタージュを皿に掬いながら言葉を送る。

 

「ポッター先輩なんかは談話室の時点で既に元気なさそうでしたよ。なんでも悪い夢を見たとかで。うなされちゃったみたいです。」

 

……夢? 出てきた単語に少しだけ目を細めてから、咲夜に向かって何気ない風で問いかけを放った。

 

「へぇ? どんな夢だかは言ってたかい?」

 

「私はその話題の後すぐにロン先輩と話してたので……魔理沙は聞いてたわよね?」

 

「おう、聞いてたぜ。吸魂鬼の夢だったんだってさ。なんでも視界いっぱいにひしめいてたんだと。……そんなもん掛け値無しの悪夢だぜ。」

 

「……なるほど。」

 

言いながらぶるりと身を震わせた魔理沙にぼんやり返事を返してから、思考の中に沈み込む。……吸魂鬼か。普通の悪夢の題材としても文句のない対象だな。夏休み中にも遭遇しているわけだし。

 

「ハリーはひょっとして、起きた時傷痕が痛んだって言ってたかい?」

 

最後の確認として魔理沙に聞いてみれば……これは決まりだな。彼女はゆっくりとその首を縦に振る。

 

「言ってたぜ。それで目が覚めたんだってよ。……おい、なんかマズい話じゃないよな?」

 

「いや、前にも同じようなことがあったからね。もしかしたらと思ったんだ。」

 

偽りの笑みで言ってから、手早く朝食を済ませるためにフォークを動かす。吸魂鬼、吸魂鬼ね。夏休みの一件と何か関係があるのだろうか? ……何にせよレミリアには一報入れておくべきだろう。それと、一応パチュリーにもだ。

 

考えながらもミートローフをマナー無視で豪快に頬張っていると、頭上からバタバタと忙しない羽音が聞こえてきた。新聞を抱えた羽毛どものお出ましか。今日はちょっと早いご到着だな。

 

「よっと。」

 

私たちのところにも日刊予言者新聞が二部落ちてくるのを、手早く魔理沙がキャッチする。私とハーマイオニーが取っている分だ。……夏休み中はともかくとして、もうどっちか一部でいいかもしれんな。微々たる額とはいえ、あの新聞社に儲けさせるのは業腹だし。

 

「ほらよ。」

 

「ありがと、マリサ。」

 

「お見事だ、名チェイサーさん。」

 

それぞれの言葉と共に新聞を受け取って、同時に広げて……そして同時に顔を上げて見合わせた。ハーマイオニーは恐怖と困惑。そして私は静かな驚愕と疑念の表情を浮かべながらだ。

 

「……悪いが、私はやることが出来た。魔理沙、ハリーは競技場に居るんだね?」

 

「ああ、居るけど……何だよ、怖い顔しちゃって。」

 

「読めば分かるさ。……咲夜、すまないが、ホグズミードは中止になるかもしれない。それに、色々とやらなくちゃいけなくなったんだ。夜には必ず顔を出すから、それで許してくれるかい?」

 

「それは、はい。勿論ですけど……。」

 

キョトンとした顔で言った咲夜のおでこにキスしてから、立ち上がってハーマイオニーへと声を放つ。

 

「二人を頼むよ、ハーマイオニー。」

 

「いいけど、その……大丈夫なのよね?」

 

「ま、少なくともホグワーツは安全だよ。そんなに心配しなくても大丈夫さ。」

 

そこだけは確かだろう。むしろ問題なのは魔法省だな。……物理的にではなく、政治的にだ。レミリアはこの所為で忙殺されてるに違いない。私に事前の連絡が無かったことが、どれほどの混乱なのかを如実に表している。

 

とにかく、ハリーだ。夢のことを正確に、根掘り葉掘り聞く必要があるだろう。断ち切ろうとしている繋がりを利用するってのは本末転倒だが、今はそんなことを言っていられる状況ではあるまい。僅かな情報でも無駄にはならないはずだ。

 

一面の見出ししか読んでいない予言者新聞を放り出して、アンネリーゼ・バートリは早足で歩き出すのだった。……『アズカバンから死喰い人が集団脱獄!』と書かれたその新聞を。

 


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