Game of Vampire   作:のみみず@白月

214 / 566
ハロウィン・パニック

 

 

「いいから封鎖は続けなさい! 市民の文句が何だって言うのよ! なんならイギリス中の暖炉をぶっ壊したって構わないから、やるの!」

 

かつてないほどの混乱に陥っている魔法省の緊急対策本部で、レミリア・スカーレットは聞き分けの悪い煙突ネットワーク庁の職員に怒鳴り散らしていた。何が吼えメールだ! そんなもん無視しろ! バカ!

 

中央に巨大な円卓が置かれている魔法省二階の大会議室は、今や以前の厳かな雰囲気は一切感じられない有様になっている。テーブルの中央にはイギリスの巨大な地図が置かれ、その上に乗ってピンを刺しまくっているヤツや、大量の書類を浮かせて部屋に出たり入ったりするヤツ、そして椅子に座ってブツブツ呟きながら羽ペンを走らせているヤツなどが部屋中にひしめいているのだ。

 

アズカバンから吸魂鬼離反の一報が魔法省に入ったのが七時間前で、私が長引いていたドイツ魔法議会での停戦交渉を切り上げて帰って来たのが四時間前。そして日刊予言者新聞が『わざわざ』市民の混乱を煽ってくれたのが三十分前で、吼えメールが届きまくってるのが今だ。クソったれの暇人どもめ! こっちはそんなもんに構ってる余裕はないんだぞ!

 

ボーンズの動きは早かった。文句の付けようもないほどに。……離反の報を受けてから十五分後には魔法省に残っていた闇祓いと魔法警察隊員を纏め上げてアズカバンへと向かったし、それと同時にスヤスヤ眠っていた魔法戦士たちのドッグタグへと容赦ない緊急招集をかけたらしい。もちろん一人残らず、全員にだ。

 

しかし、それでも遅きに失したのである。アズカバンには一部の逃げ遅れた間抜けどもが残るばかりで、他には刑務官たちの死体が転がっているだけだったそうだ。当然ながら吸魂鬼も、大多数の囚人たちの姿も無し。イギリス魔法省にとっての悪夢の始まりというわけだ。

 

恐らくだが、ドイツの騒動はこのための陽動だったのだろう。リドルの十八番にまたしても引っかかってしまったことになるが……ええい、そんなもん分かるわけないだろ! 一国の内戦を陽動に使うなんて無茶苦茶だぞ!

 

大胆な一手だったし、結果的には成功したと言えなくもないが……うーむ、私だったら打てない手だな。少なくともこれでドイツ純血派は力を失い、リドルは動かし易い手駒を大量に失ったことになる。つまり、あの男は兵隊の補充よりも往年の配下を救出することを選んだわけだ。

 

もしかしたら、私が思っている以上に死喰い人の内部はグラついているのかもしれない。急激に組織の規模が膨れ上がった所為で、それを纏めるための幹部が足りないのだろう。多少高い対価を支払ってでも旧臣の救出を優先したわけか。

 

何にせよ私とスクリムジョールは居らず、闇祓いの一部と有力な魔法戦士も居なかった。おまけに事件が起きたのは深夜だ。周到な事前準備といい、素早い撤収のことといい、イラつくほどに綿密な計画ではないか。

 

コンコンと円卓を指で叩いていると、頭上から震えた声が聞こえてくる。……何だ、まだ居たのか? 顔を上げてみると、泣きそうな表情の煙突ネットワーク庁職員君の姿が見えてきた。

 

「あの、しかし、通勤に煙突ネットワークを使う方々から……その、抗議の手紙が──」

 

「あのね、通勤にも使われるでしょうけど、脱獄した連中だって使うの! そして煙突飛行は大陸に移動するための数少ない手段の一つなの! だから封鎖しないといけないの! ……分かったかしら? まだ分からないって言うならぶん殴るわよ? 私は今誰かを殴りたくて仕方ない気分なのよね。」

 

「わ、分かりました。封鎖を続けます。」

 

「結構。監視も怠らないように。……何を突っ立ってんのよ! 分かったんだったらさっさと仕事をなさい!」

 

私の怒声に飛び上がって走り去って行く職員君を見送って、イライラと頭を掻きむしる。正直言って死喰い人に関してはもう諦めているのだ。いくら煙突ネットワークを封鎖しようが、ポートキーの作製を見張ろうが、姿あらわしで何処へなりとも自由自在だろう。アズカバンで捕らえられなかった以上、もはやどうにもならん。

 

だが、他のチンピラどもは別だ。長距離の姿あらわしが出来ない間抜けも居るだろうし、そもそも杖を持っていないようなヤツも多いはず。闇の帝王どのは解き放った囚人全員に杖をくれてやるほどお優しくはあるまい。既に捕らえた囚人によれば、アズカバンから陸地までは面倒を見たらしいが、その後は『現地解散』したようだし。

 

まあ、つまりはこれも大好きな陽動というわけだ。時間稼ぎなのか、はたまた次なる策に繋げる気なのかは知らんが、本命の死喰い人以外はただの『デコイ』なのだろう。……とはいえ、まさかそれを放っておけるはずもなく、私たちはそれに付き合う他ない。なんとも忌々しい状況じゃないか。

 

ああ、ホグワーツに行きたい。そして大広間を貸し切って咲夜の誕生日パーティーを開いて、思いっきりワインや血を──

 

「スカーレット女史、よろしいですかな?」

 

……せめて妄想くらいはさせてくれ。こめかみを揉みながら顔を上げると、仏頂面のスクリムジョールが目に入ってきた。全然癒されない顔だな。今の私に必要なのは癒しなんだぞ。具体的に言えば咲夜の笑顔だ。スクリムジョールの仏頂面じゃない。

 

「何? またアズカバンが誰の管轄だったのかをど忘れしたウィゼンガモットのジジババどもが文句を言ってきたの? だったら今度こそぶっ殺してやるわ。本気よ。一人残らず地獄に送ってやるから。」

 

今回の一件に関しては、さすがのフォーリーも協力的なのだが……シャフィクを中心とした能無しどもは何故か文句を言ってきているのだ。どうやらアズカバンがウィゼンガモット直下の組織であることすら忘れてしまったらしい。死神の連中は仕事もせずに何をしてるんだ? 早くあの死に損ないどもを連れてけよ。

 

私のかなり本気な提案を聞いたスクリムジョールは、冷徹な表情のままで返事を寄越してくる。

 

「非常に魅力的な案ですが、違います。フランスから支援の提案が入っておりまして。受けるべきかどうかを聞きに来たのです。人員を派遣してくださるとのことでした。」

 

「随分と動きが早いじゃないの。……指揮官は誰? 提案してきた人物は? それと人数も。」

 

事件発生から僅か七時間で他国への援助を決断か。フランスも随分と変わったな。私が聞くべきことを端的に聞くと、スクリムジョールもまた答えるべきことを端的に答えてきた。

 

「フランス魔法大臣名義の提案で、指揮官はルネ・デュヴァル氏。人数は指揮官を抜いて闇祓い十二名です。」

 

「なら受けなさい。今は猫の手も借りたいような状況だし、デュヴァルなら少なくともお荷物にはならないはずよ。ムーディの指揮下に付ければ満点ね。」

 

「国際魔法協力部は『国の恥』を国外に晒すことを懸念していましたが。実際、これだけの規模の脱獄となると、ヨーロッパ魔法史に残るほどの大失態ですからな。」

 

「今更でしょ。『イギリスの恥』どのは死喰い人と一緒に出所パーティーでも開いてるわよ。……これ以上事態を悪化させないためにも、乙女みたいに恥ずかしがってる場合じゃないの。受けるべきよ。今すぐに。」

 

もう面子などとっくの昔にぶっ潰れているのだ。今は名より実を取るべきであって、下らない体面なんかを気にしている余裕はない。デュヴァル麾下の闇祓い十二名など、喉から手が出るほど欲しい駒だぞ。

 

デュヴァルを知るスクリムジョールにもそれは良く分かっているようで、さほど躊躇わずに首肯してくる。

 

「では、大臣にはスカーレット女史の賛意があったと伝えておきましょう。……何か伝言はありますか?」

 

「魔法警察の連携が甘いわ。こっちに入ってくる情報を見る限り、同じ場所を捜査してる部隊が多すぎるわよ。ドーリッシュに文句を言っておいて頂戴。……あと、忘却術師を各部隊に一人ずつ付けるのは無理なの? 『目撃系』のトラブルが多すぎて、一々向かわせるのは時間の無駄よ。」

 

「各部隊に一人となると足りませんが……そうですな、魔法戦士の中から忘却術に長けた者を募ることで対処しましょう。」

 

「名案ね。任せたわよ。」

 

静かに頷いてから足早に去って行くスクリムジョールを見送った後、行儀悪く机の上に乗って巨大な地図を眺める。……マグルの首相にも連絡済みだし、向こうの世界でも『集団脱獄』として顔写真付きで報じられているはずだ。既に杖を持たない何人かは向こうの警察が確保してくれたらしい。マグルも中々やるじゃないか。

 

地図に刺さる『確保地点』を示す青いピンは、イギリス東部から放射状に広がっている。こっちはまあ、予想通りだ。トボトボ徒歩で逃げようとしているバカどもは、このペースなら余裕で確保出来るだろう。

 

問題なのは吸魂鬼だな。むしろ国際魔法協力部はあんな存在を外国に放つことこそを警戒すべきだぞ。吸魂鬼の目撃地点を示す黒いピンは僅か二本だけ。イギリス北部に向かったらしいのだが……明らかに統制が取れている。

 

あの黒マントどもがバラバラに飛び回ってマグルを襲うってのも厄介だが、馬鹿トカゲの『軍隊』の一部に取り入れられるってのもそれはそれで悲劇だ。守護霊の呪文を使える魔法使いなど多くはないのだから。

 

「……北部に吸魂鬼の足取りを追う部隊を派遣出来ない?」

 

地図を睨みながら近くに居た職員の一人に問いかけてみると、彼は首を横に振りながら返事を寄越してきた。ヨレヨレのローブが彼の疲弊っぷりを物語っている。

 

「無理です。今は人員不足でどうにもなりません。……それに、隠れようとしている吸魂鬼を探すのは難しいと思いますよ。食事は必要ありませんし、マグルには見えませんから。」

 

「本当に忌々しい存在ね。……それなら、北部の魔法族の家庭に注意勧告だけは出しておきましょう。襲撃される危険性もそうだけど、今は目撃情報が欲しいわ。」

 

「しかし、どこにやらせますか? 今はどこも手一杯ですよ?」

 

「魔法ゲーム・スポーツ部よ。あの連中だって手紙を書くくらいは出来るでしょ?」

 

全然役に立たないからずっと待機させているが、タイプライター代わりにはなるはずだぞ。……それに、あそこだけ遊ばせとくってのもなんかイラつくのだ。注意勧告の手紙を書かせた後は吼えメールの後片付けでもさせよう。

 

「それは……良い考えですね。さっそく指示を出してきます。」

 

そしてこの職員にとっても自分が忙しいのに暇なヤツが居るってのは歓迎すべき事態ではないようで、悪どい笑みを浮かべながら足早に指示を出しに行った。不幸ってのはこうやって伝染していくわけか。いいぞ、どんどん広がれ。

 

さて、後は……ああくそ、完璧に忘れてた。ヨーロッパ各国の魔法省にも死喰い人の主要人物の顔写真を送らねばなるまい。特にベラトリックス・レストレンジ、エバン・ロジエール、アントニン・ドロホフ、フェンリール・グレイバックあたりは絶対に指名手配してもらわねば。当然、生死問わずでだ。

 

こんなことなら、夏にラデュッセルのところに『遊び』に行ったリーゼに殺してもらえばよかったな。……まあ、結果論か。狙ってくる可能性は考えていたが、まさかこんな展開になるとは思わなかったのだ。

 

「国際魔法協力部の方に行ってくるわ。緊急性の高い案件は事後承諾でいいから、適当に捌いておいて頂戴。」

 

慌ただしく働く職員たちに一声かけてから、ドアを開けて廊下へと出る。別に誰かに伝言を頼めばいいわけだが、私だってちょっとは息抜きをしたいのだ。少しは歩かないと思考が鈍っちゃうぞ。

 

連絡用の紙飛行機と、吼えメールを掴んだ大量のふくろう。鬱陶しい飛行物体が行き交う廊下を歩いていると、いきなり後ろから耳障りな声が聞こえてきた。……毎回毎回どうやって侵入してるんだか。今日も守衛は仕事をしていないらしい。

 

「ああ、此処に居たんざんすね。ごきげんよう、スカーレット女史。」

 

「ご機嫌は最悪よ、スキーター。さっきまでのが最悪だと思ってたんだけど、貴女の顔を見て更に悪くなったわ。驚きね。」

 

リータ・スキーター。最近ヨーロッパにも名が知れ渡ってきた、イギリスが誇る『正義の記者』どのだ。家を狙われること一回、移動中を狙われること三回、取材中を狙われること二回。度重なる死喰い人の襲撃をしぶとく生き延びて、記事を書き続けている『プロパガンダ担当』である。……どうやって切り抜けたのかは知らんが、しぶとさだけは評価すべきかもな。

 

ひょっとして、実は杖捌きもそこそこだったりするのか? 私の冷たい返答を聞いたスキーターは、全然気にしていない様子で話を続けてきた。

 

「そりゃまたご愁傷様。……それで、今回の一件の落とし所は? ウィゼンガモットの管理責任を追求する? それとも死喰い人の脅威で矛先を逸らす? 『スポンサー』の貴女が早めに方向を決めてくれないと、記事が纏まりゃしないんですよ。」

 

「……ある程度は魔法省も叩きなさい。じゃないと不自然すぎるわ。『魔法省も悪いけど、ウィゼンガモットはもっと悪いし、死喰い人が脱獄してそれどころじゃない』。民衆が望む批判から始めて、最終的には論点をズラして頂戴。」

 

「煽る阿呆に踊る阿呆、それを見下す大阿呆。何とも滑稽ざんすね。」

 

「今更何を言ってるのよ。それが政治ってもんでしょ。」

 

イギリスは自覚があるだけマシなんだぞ。ヨーロッパ魔法界には無自覚でそれをやっているヤツだって居るんだからな。肩を竦めて流した私に、スキーターはつまらなさそうにため息を吐いてから頷きを返してくる。

 

「ま、いいざんす。どうせ煽るならとことん煽るとしましょ。阿呆ばかりなら良心も痛まないしね。」

 

「在りもしない『良心』を引き合いに出すのはどうなのかしらね。」

 

「これは失礼。目の前に極悪人が居ると、自分がどうしようもない善人に思えてきちゃうもんでね。」

 

長すぎる真っ赤な爪をひらひらさせながら遠ざかるスキーターに、思いっきり鼻を鳴らしてから歩き出す。何にせよ、あの女なら上手くやるだろう。多少は民意を誘導出来るはずだ。

 

後は……そう、差し当たり監獄として利用出来る施設を確保しないとな。魔法省の拘留室は完全にパンク状態なのだ。ヌルメンガードに続いてアズカバンまで閉鎖となれば、慎重になっている他国から場所を借りるのも至難の業だろう。いっそマクーザを頼ってみるか?

 

次々と積もっていく問題の山にうんざりしながらも、レミリア・スカーレットは騒がしい廊下を歩き続けるのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。