Game of Vampire   作:のみみず@白月

215 / 566
R.A.B.

 

 

「それじゃあ、先ずは説明を聞きなさい。一度しか言わないから心するように。」

 

テーブルの上に預かっていた『ミニ八卦炉』を置きながら、パチュリー・ノーレッジは目の前の小娘に語りかけていた。真剣な表情でコクコク頷いてるのがなんとも初々しいな。昔のアリスを思い出す。

 

場所はホグワーツの空き教室の一つだ。物が物だけに本に危険が及ぶ校長室でやる気にはならず、適当な空き教室に拡大呪文をかけてスペースを確保したのである。別に星見台でも良かったのだが、それは霧雨が強硬に反対を主張した。……かのマーリンが造った部屋なんだし、壊れたりはしないと思うぞ。多分。

 

お陰でだだっ広くなった教室には、私の座る椅子と霧雨が座る椅子、そしてそれを挟むテーブルだけがポツンと置かれている。つまり、見習い魔女へのレッスンを開始する日が訪れたわけだ。

 

リーゼによれば、ハリー・ポッターたちの足手纏いにならないために強くなりたいとのことだったが、どうやら霧雨は先日の集団脱獄騒ぎでその決意を新たにしたらしく、やる気満々で私の言葉を待っている。……ま、お手並み拝見といこうか。理解の乏しいヤツに指導するほど私は優しくないからな。

 

今はただの置物にしか見えないミニ八卦炉を指差しながら、先ずは大前提となる大枠の説明を放った。

 

「大きく分けて、この魔道具には二つの役割があるわ。そのことは前にも話したわね? 『炉』と『変換器』よ。八卦の循環を利用してエネルギーを生み出す炉としての側面と、それぞれの卦を通して現象に変換する変換器としての側面があるわけ。」

 

「えっと……エネルギーってのは魔力とは違うのか?」

 

「近いけど、違うわ。この炉が生み出しているのは魔力よりもなお根源的な力よ。まだ色付けされていない、形の無い純粋なエネルギー。……それを適した形に変換することで、使用者が望む現象を引き起こすわけね。」

 

魔力、妖力、気力、神力などなど。そういった力の一段階前。使い手や環境に影響される前の無色の『力』。この小さな炉で生成されているのはそれなのだ。

 

まあ、正直言ってそれだけだと使い道は少ないだろう。自らの要素が混ざっていない力など操れるはずもないのだ。魔女である私に妖力が操れないように、吸血鬼であるリーゼにも魔力は操れない。……そう、杖が無ければ。

 

要するに、杖とは一種の変換器なわけだ。リーゼが普段意識してやっているかはともかくとして、彼女は杖を使うことで魔力に自らの要素を混ぜ込んでいるのである。

 

当然、私も同じことをすれば妖力を操れるだろう。例えば東洋の呪符なんかは正にこの変換器に当たる。あれは神力や妖力へと変換するための装置な訳で、だからこそ人間が妖術を使ったり、妖怪が神術を使ったりできるわけだ。

 

考えながら魔法で手元に本を引き寄せて、説明を続けるために口を開いた。やっぱり時間が勿体無いな。本を読みながらでいこう。

 

「分かる? これは生成機であり、精製機なの。単品で完結している魔道具なのよ。そして八卦という森羅万象に通じる概念を利用している以上、この世界が存在する限りそのエネルギーが失われることはないわ。」

 

「あー……無限にエネルギーを生み出して、おまけにそれを利用できるってことか?」

 

「基本的にはそうよ。もちろん一度に利用できるエネルギー量そのものには限度があるけどね。この魔道具の製作理念を考えるに、本来は多分『貯蔵器』も取り付けるはずなんだけど……それが欠けている現状では、炉で渦巻くエネルギーしか利用出来ないわ。」

 

「未完成ってわけか。……いやまあ、私にとっちゃ充分すぎる代物なんだけどな。滅茶苦茶凄い魔道具だぜ。」

 

恐らくだが、製作者は霧雨の安全のために『貯蔵器』を取り付けなかったのだろう。過ぎたる力はトラブルの元だし、なにより貯蔵器が壊された時が怖い。『爆発』って単語が生易しく感じられるくらいのことが起きるはずだ。

 

こんなもんを渡すくせに妙な気遣いをする製作者に若干呆れつつも、えらく感心している霧雨に向かって説明を締める。

 

「もう理解出来たでしょうけど、これはかなり完成された魔道具なの。使い方さえ究めれば大凡のことは出来るでしょうし、貴女の望む戦闘にも役立つはずよ。……はい、第一回目の授業はここまで。」

 

「へ? ……いやいや、ちょっと待ってくれよ。こっからが本番だろ? 使い方とかはやらないのか?」

 

「やらないんじゃなくて、出来ないの。どれが火を表す卦か分かる? どれが山を表すかは? どれが目を表すかは? 北を表すかは? 先ずはそれを知らなきゃ使えるはずないでしょ。……ほら、次回までの宿題よ。最低でも陰陽、四象、爻と、爻を組み合わせた卦、更にそれを組み合わせた時の卦辞を理解しないとお話にならないの。詳しく解説されてる本を用意したから、これを隅から隅まで読んで、完全にそれを理解した頃に二回目をやるわ。使い方やらはその時までお預けね。」

 

「そりゃそうだ。……くっそ、知ってたら一年の頃からきちんと勉強したのに。香霖の大馬鹿野郎め。なんで言っといてくれなかったんだよ。」

 

ブツブツと恨み言を呟きながら十冊の分厚い本を受け取った霧雨に、読んでいた本から目線を上げて質問を放つ。

 

「それで、時間はどのくらい必要? 言っておくけど、生半可な理解で切り上げたなら承知しないからね。『完全』に理解出来るまでの時間を答えなさい。」

 

さあ、どう出る? 今の私なら半日で十分だし、十三歳の頃の私なら一、二週間はかかるだろう。今のアリスが本気で取り組めば二日で、十三歳の頃のアリスなら一ヶ月程度はかかるはずだ。……さて、お前はどうだ? 霧雨。最短の時間を皮算用する間抜けか、それともマージンを取りすぎる臆病者か。答えを聞かせてもらおうじゃないか。

 

目を細めて答えを待つ私へと、霧雨は積み上げられた本を見つめて考え込んだ後に……真っ直ぐに視線を向けながら答えを返してきた。

 

「一ヶ月だ。一ヶ月以内で絶対に理解してみせる。」

 

「……そう。それじゃあ、順調にいけば次の授業も十一月中にできそうね。終わったら防衛術の授業かリーゼ経由で連絡して頂戴。」

 

「おう。それじゃ、授業ありがとな!」

 

言うと、霧雨は歩く時間も惜しいという様子で教室を飛び出して行く。一ヶ月か。正直無謀な皮算用にしか思えないが……ふむ、もし本当に一ヶ月で完全に理解したとなれば、私ももうちょっと本気で教えてやることにしよう。

 

自分で言うのもなんだが、私は生まれついての魔女だ。これまで魔女になるために『努力』したというつもりはないし、研究や鍛錬を苦だと思ったことなど一度もない。好きなことを好きなだけしていたら、勝手にこうなっちゃったのである。故に比較対象にはならないし、すべきではあるまい。

 

霧雨と比較すべきはアリスだ。あの子はきちんと努力していたし、ある程度『人間らしい』生活をしながら魔女の勉強に取り組んでいた。……ただし、あの子は才能に満ち溢れていたが。そのアリスと同レベルだとすれば、霧雨にもまた才能があるのだろう。

 

魔女としての『才能』が何なのかは議論が分かれるところだろうが、私は好奇心と理解力……というか、適応力がそれに当たると思っている。未知のものへと突き進む好奇心と、未知の法則を理解し、適応する力だ。

 

特に重視すべきは後者だろう。魔法の世界ではそれまでのルールや常識などあってないようなものなのだから。リンゴは下に落ちないし、時間は一方通行じゃないのである。それを有り得ないと否定するようなヤツは魔女にはなれん。瞳を輝かせて調べ始めるヤツこそが魔女なのだ。

 

まあ、アリスの考えはまた違っているようだが。彼女は弛まぬ探究心こそが魔女の最も重要な資質だと考えているらしい。……この辺は在り方によって違うのかもしれないな。私は本を読み、ひたすらに知識を集める『収集型』の魔女だが、アリスは自律人形を目指し、新たな魔法を生み出そうとしている『創造型』の魔女だ。

 

既にある道の根源を目指す私に対して、アリスは新たな道を切り拓くことを選んだ。そしてアリスはひたすら後ろ向きに探求し続ける私の方が、私は前向きに新規の法則を創ろうとしているアリスの方が魔女に相応しいと思っているわけか。……変なの。

 

まだあまり話してないからよくは分からんが、霧雨は私たち二人とはまた違ったニオイがする。あれは多分、『使う』タイプの魔女だな。私とアリスが一種の求道者なのに対して、あの小娘は実際に使用するために魔法を学ぶのだろう。

 

ま、別に悪いことではない。というか、むしろ霧雨こそが主流の魔女だ。アリスはともかくとして、私は間違いなく魔女の中でも変わり種だろう。生産性が無いってのは自分でもよく理解しているのだ。

 

巡る思考に決着を付けたところで、ちょうど読んでいた本も終わりを迎えた。ギルデロイ・ロックハートの自伝、『私はマジックだ』。……これは些か分類に迷うな。ファンタジーな気もするし、かなり独特なコメディにも思える。唯一分かるのはノンフィクションではないということだけだ。

 

ふよふよ浮き上がって部屋を出て、教室そのものに封印を施してから二階の廊下を進む。ミニ八卦炉は置きっ放しでいいだろう。まさか私の封印を突破出来る者がホグワーツにいるとは思えないし。

 

そのまま三階に上がってガーゴイル像を抜け、校長室のドアを開くと……おや、真の主人のお帰りか。ソファに座る老人の姿が見えてきた。

 

「ごきげんよう、ダンブルドア。……何よ、その顔は。毒でも呷ったの?」

 

おいおい、こんなに弱ってるところは初めて見たぞ。ソファに座り込む真っ青な顔のダンブルドアに声をかけてみると、彼は弱々しい苦笑で返事を返してくる。

 

「やあ、ノーレッジ。君の洞察力には舌を巻くばかりじゃ。少々厄介なものを飲み干してしまったようでのう。」

 

「一体全体何をしているのよ、貴方は。……ほら、四滴よ。飲みすぎると死ぬからね。」

 

ポケットから取り出した薬の入った小瓶を差し出すと、ダンブルドアはひどく緩慢な動作でそれを受け取り、そっと四滴だけ口に含んで……よしよし、見る見るうちに顔に生気を取り戻していく。

 

「……いや、生き返ったよ。相変わらず君の作る薬は見事じゃな。どうかね? 製作方法を公表するというのは。聖マンゴの癒者たちは飛び上がって喜ぶじゃろうて。」

 

「そして職を失った後に恨まれることになるでしょうね。……何にせよ、公表する気は無いわ。貴方も分かってるでしょ? 過ぎたる薬は命の価値を狂わせるわよ。」

 

「うむ……そうじゃな。まっこと残念なことじゃが、この薬を手にするのは魔法族にはまだ早いのかもしれん。」

 

言いながら返してきた小瓶を受け取って、本を慎重に魔法で片付けてから向かいのソファの空いたスペースに座る。向こうでフォークスが本の上に止まっているが……まあ、あの不死鳥なら大丈夫だろう。その辺の生徒よりもよっぽど賢いのだ。本を燃やすようなヘマはすまい。

 

「それで? 何処で何をしてたのよ?」

 

何がどうなったら毒を飲むようなことになるんだ? ちょっと呆れた口調で問いかけてみると、ダンブルドアは杖を振って紅茶を出しながら説明してきた。

 

「あっちへちょこちょこ、こっちへちょこちょこじゃよ。わしのやってきたことの負債を片付けるためにね。……そうしているうちに、意外なところから分霊箱のヒントが手に入ってのう。それで少々……うむ、焦ってしまったようじゃな。あまり心踊らぬ洞窟探検の末、この有様じゃ。」

 

そう言ってダンブルドアが差し出してきたのは……少し大きめのロケットだ。蓋は透明なガラスのような素材で、透けて見える表面にはビッシリとルーン文字が刻んである。ただし、特に魔法的な力は感じられない。単なる飾りなのだろう。

 

「このロケットがどうしたのよ?」

 

何の変哲も無いロケットにしか見えないぞ。受け取ったそれを手の中で弄くり回しながら聞いてみると、ダンブルドアはなんとも情けなさそうな表情で答えを返してきた。

 

「つまりのう、凍てついた海を渡り、血を対価に入り口を開き、薄暗い洞窟に仕掛けられた罠を突破し、亡者の巣くう湖を渡り、毒を飲み干した結果、手に入った物がそれだというわけじゃな。一杯食わされたのじゃよ、わしは。……いやまあ、実際には何杯も飲まされたわけじゃが。」

 

「……それはまた、なんともご愁傷様ね。」

 

ひっどい話だ。正に骨折り損のくたびれもうけだな。私の呆れたような、同情するような視線を受けて、ダンブルドアは更に情けない顔になって言い訳を語り始める。

 

「これまでは分霊箱を君たちに任せっきりだったからのう。それに、ヒントを見つけたのは例の脱獄騒ぎの直後だったのじゃ。だから居ても立っても居られなくなってしまって……まあ、老人の哀れな失敗というわけじゃな。笑ってくれ、ノーレッジ。」

 

「笑えないわよ。ジョークにしては悪質すぎるわ。……しかし、貴方にしては珍しい失敗ね。リドルに出し抜かれたってこと?」

 

「それが、そうでもないようでの。ほれ、ロケットの中に羊皮紙が入っているじゃろう? そこに『犯行声明』が書かれておるよ。」

 

犯行声明? 言葉に従ってロケットを開いてみると、写真や髪の毛などを入れるべき場所に確かに古ぼけた羊皮紙が入っているのが見えてきた。広げて読んでみれば……なるほど。これは確かに犯行声明だな。

 

そこには『R.A.B.』なる人物が本物の分霊箱を盗み出したこと、それを破壊するつもりでいること、そして自身が近いうちに死ぬであろうことと、ついでにリドルに対しての皮肉の効いた罵倒が記されている。

 

「こういうのを、ありがた迷惑って言うのよね。」

 

バッサリ一言で切り捨てると、ダンブルドアは苦笑しながらフォローを放ってきた。

 

「わしらの他にも分霊箱の存在に気付き、そしてトムに抗おうとしていた者が居たわけじゃ。なんとも心強いではないか。」

 

「一つをリドルから盗み出したことは評価するけどね。……でも、破壊したかどうかを明確にしていないのはいただけないわ。『できるだけ早く破壊するつもりです』って書いてあるわよ? つまり、これを書いた時点では破壊の目処が立ってなかったってことでしょう?」

 

「さよう。そこは確かに大きな問題じゃな。……君には心当たりはあるかね? 『R.A.B.』なる人物に。」

 

うーむ、多分人名だと思うのだが……分かるわけないだろ。『人名』ってのは、数少ない私の知識に欠けているものの一つなのだ。歴史上の偉人とかならともかくとして、その辺の木っ端の名前などいちいち覚えてはいないぞ。

 

態度で『知ってると思うか?』と伝えてやると、ダンブルドアは然もありなんと肩を竦めてから口を開く。……分かってるんだったら聞くな! ジジイめ!

 

「わしには一つだけ心当たりがあってのう。……レギュラス・アークタルス・ブラック。シリウスの弟じゃよ。学生時代はスリザリンに所属し、そして優秀なシーカーじゃった。」

 

「シリウス・ブラックの弟、ね。そいつもリドルと敵対してたの? 騎士団には参加してなかったはずだけど。」

 

「いや、むしろ純血主義には賛同し、そして死喰い人にも参加していたはずじゃ。……ううむ、謎じゃな。シリウスによれば戦争が終わる少し前、自らの行いに恐れをなして逃げようとしたところを、死喰い人の誰かに殺されたとのことじゃったが……この羊皮紙を見るに真相は違っていたのかもしれん。彼もまた闇に抗おうと命を賭したのであれば、その名誉を回復しなければなるまい。」

 

「はいはい、無駄に毒を飲まされたってのになんともお優しいことじゃない。……でも、優先すべきはブラックの弟の名誉じゃなくて分霊箱よ。当てはあるの?」

 

もし本当にそうならマーリン勲章でもなんでもくれてやればいいのだ。今のレミリアに頼めば簡単なことだろう。レギュラス・ブラックの人となりを適当に流して重要な部分を聞いてみると、ダンブルドアはしっかりと頷きながら答えを寄越してきた。

 

「無論、真っ先に調べるべきはブラック邸じゃな。シリウスは未だに帰っておらぬようじゃし、今は誰一人として住んでいないはずじゃ。もしかしたらあの場所に何かが隠されているかもしれん。」

 

「結構なことじゃないの。それならさっさと調べなさいな。」

 

「おお、ノーレッジ。老人に鞭打つとバチがあたるよ? わしがさっき死にかけていたことを忘れてしまったのかね?」

 

「勝手に勘違いで死にかけて、そして私が命を救ったんだったかしら? よく覚えてるわよ。」

 

皮肉に皮肉で返していると、やおら周囲を見回したダンブルドアが、何かに気付いたような表情で質問を放ってくる。

 

「……そういえば、わしの執務机は何処へ行ったのじゃろうか? 不思議じゃ。実に不思議じゃな、ノーレッジ。わしがここに居た頃は家出などしなかったのじゃが。」

 

「あー……そうね、不思議ね。まあ、心配しなくても大丈夫よ。あの机ももういい歳なんだし、なんなら捜索願いを出しておくから。次に来る時までには帰ってくるでしょ。」

 

「そうかね? それならいいのじゃが……。」

 

ヤバいな。後でマクゴナガルにでも探すように言っておこう。……問題は、本当に何処へ行ったのかが分からんことだ。魔法で適当に『飛ばしちゃった』からホグワーツの中にあるかすら定かではないぞ。

 

目を逸らしてダンブルドアの非難の視線を避けながら、パチュリー・ノーレッジはちょっとだけ自らの行いを反省するのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。