Game of Vampire 作:のみみず@白月
「まあ……そうだね、思ってたよりかは悪くなかったんじゃないかな。」
パタパタと申し訳程度に小さな応援フラッグを振りつつも、アンネリーゼ・バートリは隣に座るハーマイオニーに話しかけていた。少なくとも箒から落っこちはしなかったぞ。落っこちそうにはなっていたが。
十一月も半ばを過ぎた今日、グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合が執り行われたのである。結果は見事にグリフィンドールの勝利。晴天の冬空の試合は220-170で幕を閉じた。……つまるところ、ハリーがスニッチを捕る前はボロ負けしていたわけだ。
これをどう評価するかは人によって分かれるところだろう。百点差に『抑えた』と取るか、百点差まで離されたと取るかだ。……どうやらグラウンドを歩く新人キーパーどのは後者の意見を取り上げたようで、勝ったというのに沈んだ表情で控え室へと戻って行く。
ネガティブ思考にもほどがあるぞ。ため息を吐きながら遠ざかるその姿を見つめていると、立ち上がって歓声を送っていたハーマイオニーが返事を返してきた。彼女もロンの顔を目撃したのだろう。私と全く同じ表情を浮かべている。
「うん、悪くなかったわ。……ロンの前では『良かった』って言うべきね。」
「皮肉と取られかねない表現だと思うよ、それは。……ま、実際ついていけてたじゃないか。最初はともかくとして、後半はそこそこセーブ出来てたし。」
「慣れたっていうか、えーっと……吹っ切れたって感じだったわね。」
「どうかな。私には『もうどうでも良くなった』に見えたけどね。」
的確な訂正を入れてやると、ハーマイオニーは黙して小さく頷いてきた。あれは私の目の錯覚ではなかったわけだ。あの時のロンは全てを諦めた表情をしていたぞ。
要するに、最初は酷かったのである。試合開始直後にいきなり六連続でゴールを決められた時は、選手たちも、観客席の私たちも目を覆ったものだ。あまりにもロンが真っ青になったせいで、ハーマイオニーなんかは彼が箒から飛び降りるんじゃないかと心配していた。
しかし、結果的にはそれが幸いしたらしい。ロンはもうこれ以上の『ドン底』には陥らないとでも思ったのだろう。諦観の境地に達した結果、動きに精彩を取り戻したのだ。前半のぎこちないブリキ人形みたいな動きとは段違いだったぞ。
かくして調子を取り戻したロンはなんとか百点差で耐え抜き、ハリーの見事なダイビングキャッチのお陰でグリフィンドールは優勝杯へと一歩近付いたのである。めでたし、めでたし。いやぁ、万々歳じゃないか。
「終わり良ければ全て良し、勝てば官軍、勝者が正義なり。それでいいじゃないか。勝ったんだから誰も文句は言わないさ。」
「それ、ロンには言わない方がいいわよ。多分逆効果になるわ。」
「……参ったね。多感なお年頃ってのはこれだからいけない。」
やれやれと首を振りつつ立ち上がって、ハーマイオニーと共に観客席の階段を下りて行く。一応は勝ったんだし、談話室で戦勝パーティーがあるのは間違いあるまい。その時までに慰めの言葉を探しておかなければ。……勝ったのに慰め? 意味不明だぞ。
そのまま二人で城に入ると、ハーマイオニーがマフラーを巻き直しながら話しかけてきた。咲夜は一足先に控え室へと魔理沙を迎えに行ったのだが、早く談話室に戻るように言っておくべきだったかもしれない。今日はかなり寒いのだ。
「でも、これでちょっとはマシになるでしょ。少なくともロンは初戦を経験したわけだしね。後は徐々に慣れていくわよ、きっと。」
「そう願おう。このままだと私たちの慰めの語彙が先に尽きそうだしね。……そういえば、防衛術クラブの方はどうなったんだい?」
ロンの初試合でそれどころではなかったが、昨日は監督生の定期集会があったはずだ。途中で目に入ったクラブのポスターを見ながら聞いてみると、ハーマイオニーは少し笑顔になって返事を寄越してくる。どうやらディベートには勝利を収めたらしい。
「十二月から、他の行事が無い土曜と日曜の夕方に大広間で開催。全寮ランダムの月毎にグループ変更で纏まったわ。最後はレイブンクローが折れてくれて、そのまま多数決で決定になったの。」
「つまり、スリザリンは未だに納得してないわけだ。……いいのかい?」
「よくはないけど、仕方ないわ。先ずは一歩を踏み出すことが大切なのよ。スリザリンには……うん、クラブを通じて分かってもらうしかないわね。」
「なんとも儚い願いに聞こえるね。」
蛇寮が他の寮生と仲良くする光景? ……全然想像出来ないな。唯一レイブンクローとのペアならギリギリ想像が付くが、それだって『利害が一致すれば』という条件付きだ。私はグリフィンドールとスリザリンが仲良くしているところを見たら、これは夢だと断ずる自信があるぞ。
少し呆れた表情の私に、ハーマイオニーは腕を組みながら尚も言い募ってきた。
「これは創始者たちの遺した『呪い』なのよ、リーゼ。偉大な四人の唯一の失敗ね。……そりゃあ、千年近くもいがみ合ってたものを私にどうにか出来るとは思えないわ。でも、誰かが切っ掛けを作らなきゃ始まらないじゃない。こんなことをいつまでも続けてるのはバカみたいでしょう? どこかでブレーキを掛けるべきなのよ。」
「……そうだね、その通りだ。」
何故か今、ハーマイオニーがグリフィンドール生だということを心の底から理解出来た。……まあ、別に今まで疑問に思っていたわけではない。前から勇敢な子だとは思っていたし、『グリフィンドール的』であることも納得していたのだ。
しかし、今ようやくハーマイオニーの本質に気付けた気がする。彼女の持つ勇気は常識に挑む勇気なのだろう。しもべ妖精、人狼、そして千年に渡る『呪い』。誰もが仕方のないことだと通り過ぎるような問題を、彼女だけは無視しないで真っ直ぐに見つめていた。
そして、それに果敢に立ち向かって行くのだ。一見すれば無謀で、常識外れの行動かもしれないが、ひょっとしたらハーマイオニーのような人間が踏み出す一歩で何かが変わっていくのかもしれない。
巨大な常識に挑む、現代のドン・キホーテというわけだ。……いやまあ、ハーマイオニーの方は幸運にもイカれちゃいないが。やってること自体はそう間違っていないのを見るに、本当にバカなのは巨人を風車だと勘違いしている周りの方なのだろう。
騎士の格好をして巨人に挑むハーマイオニーを想像する私に、当のライオンの騎士どのが怪訝そうな表情で話しかけてきた。
「……どうしたの? リーゼ。ニヤニヤしちゃって。」
「んふふ、組み分け帽子を侮ったことを反省してたのさ。勇気あるものが住まう寮、騎士道精神のグリフィンドールってね。」
「組み分け帽子? ……どういう意味?」
キョトンと首を傾げるハーマイオニーに、クスクス笑いながら口を開く。いかんな、何だか面白くなってきた。やっぱり人間ってのは面白い。
「いやぁ、ちょっとした発見があってね。……ちなみにキミはグリフィンドールをどんな寮だと思う?」
「そりゃあ、勇猛果敢な人が所属する寮よ。全体的に勇気があって、フェアプレーを重んじるところがあるわ。……ただまあ、向こう見ずで常識外れなところもあるわね。あとはちょっと独善的なところも……ちょっと、本当にどうしたのよ? どうしてそんなに笑ってるの?」
「んふっ、何でもないさ。ライオンの騎士どのにピッタリの評価だ。見事な分析だと思うよ、ハーマイオニー。」
おまけにこっちの騎士どのは賢いときたか。頼もしい限りじゃないか。キョトンとするハーマイオニーを横目に、アンネリーゼ・バートリは込み上げてくる笑いに身を委ねるのだった。
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「……まあ、とりあえずは合格ね。及第点をあげるわ。」
安心したのかふにゃりと表情を崩す見習い魔女を見ながら、パチュリー・ノーレッジは小さく鼻を鳴らしていた。……ふん、まあまあやるじゃないか。
十一月が終わる直前、霧雨は私の出した課題を見事に達成したのだ。……まさか一ヶ月を切ってくるとは思わなかったぞ。目の下にある濃い隈を見るに、随分と努力したのだろう。
目の前にある机の上には、採点の終わった問題用紙が置かれている。今回のために私が用意したテストだ。かなり難しめに設定したのだが、霧雨は『絶対に解けない問題』以外をほぼ正解するという結果を叩き出した。
うーん、見誤っていたな。以前確認したホグワーツの成績自体は上の下だっただけに、私としても結構驚きの結果だ。……満遍なく学ぶタイプではなく、興味のある内容に一点集中するタイプなのだろう。
面白い。やはり私とも、アリスともまた違ったタイプなわけだ。ジェネラリストではなくスペシャリストか。ちょっとは頑張って育ててみようという気になったぞ。
『新種』の出現を見て少しやる気になった私に、霧雨は待ちきれないと言わんばかりに話しかけてきた。
「それじゃ、次は実践に入れるんだよな? 何をするんだ? 何でもやるぞ!」
「落ち着きなさい。……そうね、先ずは起動の仕方よ。」
言いながら手を振って、空き教室の隅に置いてあったミニ八卦炉を目の前のテーブルに引き寄せる。まだ黙して動かないそれを指しながら、霧雨に向かって注意を放った。
「いい? ここからは慎重に、私の言う通りにやること。『チャレンジ』は絶対にダメよ。これが危険な代物だってのは重々承知しているでしょう?」
「分かってる。約束するぜ。」
「結構。では手のひらに置くように持って……そう。そしてほんの少しだけ魔力を注ぎなさい。つまり、炉に種火を入れるわけよ。ほんの少しだけでいいんだからね? 僅かにでもエネルギーがあれば、勝手に大きくなってくれるんだから。」
「杖に流す時と一緒だよな? 少しだけ、少しだけ……。」
霧雨が緊張した表情で僅かな魔力を注ぐと、何かが焼け焦げるような音が微かに八卦炉から聞こえ始める。これで炉は動き出したわけだ。
「そこまで。……ここからが肝心よ。炉の中で渦巻くエネルギーを感じ取れる? 先ずはそれを表面の図形に行き渡らせるように動かしなさい。それでようやく起動できるわ。……ここでは絶対に魔力を流さないようにね? あくまでも使うのは炉の中のエネルギーよ。」
「ん……難しいな。」
まあ、そりゃそうだ。使ったことの無い力をいきなり動かすというのは難しかろう。うんうん唸りながら試行錯誤する霧雨に、集中を邪魔しないように静かな声で語りかけた。
「色でイメージなさい。貴方にとって魔力の色は何?」
「えっと……青、かな?」
「なら魔力は青、そして炉のエネルギーは白よ。一度杖を持ってそこに青い力を流し込むイメージを固めなさい。……そうよ、その感覚。性質は違えど、エネルギーであることは同じなの。魔力が操れるなら炉のエネルギーも動かせるはずだわ。そもそも貴女の魔力を種火にして生まれた力なんだしね。……では次に炉を持って、中でぐるぐる回る白いエネルギーをイメージなさい。自分から発するのではなく、そのエネルギーを引っ張り出す感じで動かすのよ。」
「分かった、やってみる。」
ちなみに、私の視界にはきちんと真っ白な力の奔流として捉えられている。魔女に至った時に手に入れた視界のお陰だ。……とはいえ、さすがに霧雨に賢者の石を飲ませるわけにはいかんだろう。ならばこの感覚は自分で習得してもらうしかない。
そのまま十分、二十分、三十分と経過した頃、ようやく霧雨は炉のエネルギーを動かす感覚を掴んだようだ。私の視界に映る白いエネルギーがジワジワと染み渡るように動き始めた。
「慎重に、正確によ。表面の図形を完全になぞるの。どこかで途切れてもダメだし、多過ぎて形が整わなくなってもダメ。……ま、ゆっくりやんなさいな。」
「ん、分かった。」
余裕が無いのだろう。端的に答えた霧雨は、額に汗を滲ませながらゆっくりゆっくりとエネルギーを動かし続ける。……思ったよりかは早いが、それでも完璧になるまでは数ヶ月掛かりそうだな。
となれば、ある程度頑張らせたら停止の仕方を教えて今日は終わりだ。……うーむ、八卦炉を返して起動と停止の練習をさせてみるか。見た目とは裏腹に結構慎重な性格っぽいし、無闇に妙なことを試したりはすまい。
それにまあ、こいつは目標があるうちは手を抜くタイプではなかろう。ひたすら課題を与え続けたほうが伸びるはずだ。目の前で悪戦苦闘する小娘を眺めながら、ほんの小さな笑みを浮かべるのだった。
───
そして霧雨との『個人レッスン』も終わり、すっかり夕日に彩られたホグワーツの廊下を校長室に向かって歩いていると……ん? 急に背後から声がかかる。
「どうも、校長代理。」
振り返ってみれば、無愛想な短髪の魔女が直立不動で立っていた。バスシバ・バブリング。古代ルーン文字学の教授だ。私も大概無愛想なことは自覚しているが、この女には流石に負けるな。無愛想どころか無感動だぞ。
完全なる無表情で声をかけてきたバブリングは、立ち止まった私にそのままの顔で報告を放ってくる。
「ちょうど今、校長室にお邪魔しようと思っていたところです。……ご依頼の通り、城の各所に刻まれたルーンを確認しておきました。」
「ああ、ご苦労様。どうだった?」
そのことか。リーゼやダンブルドアなんかは私がのんびり本を読んでいるだけだと思っているらしいが、私だって城の防衛機能についてきちんと調査しているのだ。……いやまあ、指示を出しているだけとも言うが。
書物や記録を通して眠っている機能、隠されている設備を探し当てて、それを教員たちに確認させているのである。ホグワーツ城に隠されているのは何も部屋や通路だけではない。有事に生徒たちを守るための仕掛けも無数に施されているのだ。
四人の創始者たちが手ずから遺したものもあれば、歴代の卒業生たちが残していったと思われる仕掛けも見つかった。物凄く強力なものからバカバカしいジョークじみた仕掛けまで千差万別だ。……なんともホグワーツらしいではないか。『常識外れ』は千年前からの伝統だったらしい。
この学校のいい加減さを思ってちょっと呆れる私に、バブリングが平坦な声で報告の詳細を伝えてくる。
「城内のものはさほど問題ありませんでしたが、城外のものは経年劣化によって欠けていたり、掠れているものが多々ありました。……修復しますか?」
「あら、出来るの?」
既に刻まれたルーンの修復というのは簡単じゃないはずだぞ。それが古いものとなれば尚更だ。少し驚いて問い返してやれば、バブリングはそうと分からないほどの微かな頷きを返してきた。
「出来るものもあれば、私の技量では追いつかないものもあります。そうですね……七割ほどは修復可能かと。」
「十分よ。それならお願いするわ。……ただし、危なそうなところは手出ししなくていいからね? 先達たちが『愉快な仕掛け』を残していてもおかしくないでしょ?」
「心します。詳しい報告はここに。……それでは。」
差し出してきた数枚の羊皮紙を私が受け取ったのを見ると、バブリングはくるりと身を翻して去って行った。再び校長室へと歩き出しながら羊皮紙に目を通してみれば……うーむ、よく纏まっている。結構有能なヤツだな。
まあ、何にせよ目をつけていた防衛機能の一つに手を加えられたわけだ。備えあれば憂いなし。戦う前に勝利へのタネを仕込んでおく。それが魔女の流儀というものだろう。
コツコツと夕暮れの廊下を歩きながら、パチュリー・ノーレッジは次に何を調べようかと思考を回すのだった。