Game of Vampire   作:のみみず@白月

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幻想の宴

 

 

「そう、その認識で合ってるわ。重要なのは卦の組み合わせと順番、それに流すエネルギーの総量よ。同じ組み合わせでも、流す力の量次第では全く違った結果になるの。」

 

目の前で四方八方に温風を撒き散らすミニ八卦炉を見ながら、パチュリー・ノーレッジは見習い魔女へと説明を飛ばしていた。……やっぱり便利だな。こいつがあれば暖炉いらずだ。

 

どうやら私の気付かぬうちに、この学校はクリスマス休暇へと突入していたらしい。生徒たちの九割近くは家へと帰り、真冬のホグワーツ城には常に無い静寂が訪れている。……お陰で防衛術の教室で来もしない生徒たちを待つ羽目になったが。

 

私を探しに来たマクゴナガルの呆れ顔が今でも鮮明に思い出せるぞ。あの時のなんとも言えない空気といったら……私のトラウマに新たな一ページが追加されてしまったようだ。忘却術を自分に使うべきかもしれない。

 

……とにかく! クリスマスだかなんだか知らんが、魔女の探究に休みなどないのだ。であるからして、城に残った霧雨を呼び出して個人レッスンを続けているのである。大体、魔女が神の子の誕生を祝うなんて意味不明だぞ。

 

ちなみに今は日常生活に役立つ使用法を教えているところだ。温風や冷風を出したり、八卦炉の上に鍋を置いて湯を沸かしてみたり、花壇の水やりに使えそうな散水シャワーを出してみたり、そんな感じのを。

 

空き教室を一気に暖めるミニ八卦炉を見ながら、霧雨は若干呆れた表情で疑問を放ってきた。

 

「いやまあ、便利だな。寒い冬には物凄く便利なんだが……こういうことなのか? 使い道って。」

 

「あくまで一例よ。先ずはこういう簡単で頻繁に使えそうなのから学んでいくの。……安心なさい。上手く使い熟せるようになってきたら、戦闘での使い道も教えてあげるから。ほら、口より手を動かす。動かした後は止めないとでしょう?」

 

「ん、分かった。……止め方はいつも通りでいいんだよな?」

 

「その通り。ちなみに、より高温にしたいなら火を、風の勢いを強めたいなら風を強めるの。……いい? 起動する時は動が最後よ? 最初にすると単にエネルギーが放出されちゃうし、火と風の間に挟むと物凄い勢いで火が吹き出てくるからね。焼け死にたくないなら注意なさい。」

 

後ろに相性の良い風を置けば、少ないエネルギーでも間違いなくそうなるだろう。この辺の相関は七曜のそれを単純にひっくり返せばいいのだ。私の忠告に頷いた霧雨は、慎重にミニ八卦炉のエネルギーを操作し始める。

 

しかしまあ、上手くなったな。最初のぎこちない操作が嘘みたいな滑らかさだ。僅か一ヶ月でこれか。……恐らく毎日起動と停止の練習を繰り返しているのだろう。つまらん反復練習を、ただひたすらに。

 

数回の授業を経て確信を得たが、霧雨は並々ならぬ努力家だ。アリスほど直感的な理解は早くないが、しつこいほどの反芻でそれを補っている。うーん、見た目と真逆の二人だな。アリスは真面目そうに見えてちょっと面倒くさがり屋なところがあるし、霧雨はいい加減に見えて堅実なわけだ。

 

最近あらゆることを人形に任せ始めた後輩のことを考えていると、見事に温風を止めることに成功した霧雨が口を開く。

 

「おっし、出来たぞ。」

 

「上出来よ。それじゃあ次は……そうね、貴女は何かやりたい事はないの? 日々の生活でこれがあったら便利、みたいな感じで。単純なことだったらすぐに出来るわよ?」

 

実際に役に立った方がモチベーションも上がるだろう。霧雨は私の問いかけに少し悩んだ後、指をピンと立てて答えを返してきた。

 

「あー、そうだな……んじゃ、顔を洗う水を出すとかは? 朝とか洗面所に行かなくて済むようにさ。うちの寮は混みやすいんだよ。」

 

「なら、次はそれをやりましょうか。ぬるま湯を出して、使った水を吸水するところまでね。顔やら髪やらを乾かすのは今やった温風で出来るし。」

 

「本当に何でも出来るんだな……。」

 

「何を今更呆れてるのよ。杖魔法だって同じようなもんでしょうに。」

 

この八卦炉もかなり優秀な魔道具だが、こと汎用性で言えば杖はその上を行ってるんだぞ。そりゃあそれぞれに向き不向き、可能不可能はあるが……うん、全体として見れば杖の方が出来ること自体は多いだろう。

 

霧雨にも思い当たる節があったようで、然もありなんと頷きながら返事を口にする。

 

「……確かにそうだな。よく考えれば杖魔法の方が意味不明だ。」

 

「その不明を明確にするのが魔女の仕事よ。……ほら、分かったらここと、ここに──」

 

うーむ、見てると中々面白いな。説明を始めた途端に集中し出す目の前の見習いを見て、ほんの小さな微笑みを浮かべるのだった。

 

───

 

「それじゃ、次は来年よ。今回出した宿題を済ませとくように。」

 

「おう、良い年越しをな!」

 

変な言い回しだな。……日本式か? 独特な挨拶をしていった霧雨を見送り、部屋の椅子に座ったままで思考を回す。予想していたよりも進みが早いし、スケジュールをいくつか前倒しにする必要があるかもしれない。

 

これは私がホグワーツに居る間に方が付きそうだな。私が教える約束をしているのは、あくまでもミニ八卦炉の使い方だけだ。ここまでトントン拍子に進むと少し勿体無い気もするが……まあ、弟子は一人で充分だろう。少なくともアリスを一人前にするまでは。

 

考えながらも立ち上がり、部屋を出て校長室へと歩き出す。後は来年の授業開始まで読書に溺れ……いや待て、その前に咲夜へのクリスマスプレゼントを送っておかねば。自慢じゃないが、本に夢中になったらいつの間にかクリスマスを過ぎている自信があるぞ。誕生日はリーゼに言われてギリギリで気付いたし。あれは焦った。

 

ふむ、今年は何を贈ろうか。もう咲夜も十四歳だし、そこそこ難解な本も読めるようになっているはずだ。となると……哲学書とか? いや、それは飛躍しすぎだな。理解出来るのと楽しめるのはまた別の話だぞ、私。

 

昼下がりの廊下を進みながら本のジャンルを絞り込んでいると、何やら前方から……モミの木? 宙に浮かんだ四本ほどのモミの木がこちらに向かって来るのが見えてきた。うーむ、実に奇妙な光景ではないか。

 

首を傾げながら興味深い光景を見ている私に、モミの木の陰からひょっこり顔を出したフリットウィックが声をかけてくる。……まあ、そりゃそうだ。彼が浮遊魔法で運んでいるのだろう。少なくともイギリスのモミの木は勝手に空を飛んだりはしないのだから。

 

「おや、校長代理! これはどうも!」

 

「ごきげんよう、フリットウィック。大広間の飾り付けかしら?」

 

「ええ、その通りです。去年は思いっきり飾り付けを楽しんだので、今年は基本に返ろうかと考えまして。大きな一本ではなく、小さなものを大量に飾ろうと思うのですよ。」

 

「そう、良いんじゃないかしら。」

 

去年の飾りがどんなものだったのかも、『基本』ってのが何なのかもさっぱりだが、どっちにしろ私はクリスマスの飾り付けなどに興味はないのだ。私は『そういうの』を楽しめるタイプではない。

 

思えば昔もそうだった。なんかこう、もしかしたら楽しくなるんじゃないかと思って顔を出したりしてみるのだが……うん、結果は予想通りの独りぼっち。会場の隅っこでもそもそ食事を食べて、飲んで、眺めて、終わり。会話なし。交流ゼロ。後悔しつつ帰るだけ。

 

若い頃はそれでも『今度こそは』という愚かしい行為をしていたもんだが、百年も生きればさすがに学習するものだ。暗い気分で帰ってくる羽目になるイベントごとにはもう参加しないことに決めたのである。賢い選択だぞ、私。

 

まあ、例外もあるっちゃあるが。紅魔館でのパーティーだけは……まあうん、楽しめるな。少なくとも嫌な感じにはならない。さすがに人外の館だけあって、人間のパーティーにありがちな気遣いやら形式やらとは無縁なのだ。

 

リーゼは肉を食いながらひたすら酒を飲み、アリスは酔っ払ってニコニコしながら人形に向かって話し続け、レミィは誰も聞いていない演説をかまし、小悪魔は誰彼構わず悪魔式の猥談を仕掛けている。そして延々食べる美鈴と酒に弱すぎて床で寝るエマ、その顔に落書きをする妹様、賑やかしの妖精メイドたち。今はそこに楽しそうに全員の世話をする咲夜が加わってくる感じだ。……あれだけ異様な光景だと、本を読みながらチビチビ酒を飲む私なんてむしろ『正常』な部類だぞ。

 

吸血鬼の館の混沌とした光景を思い出す私に、フリットウィックは楽しそうな表情で質問を寄越してきた。

 

「校長代理は参加されるのですか?」

 

「残念ながら、賑やかな場所は苦手なの。校長室で大人しくしているわ。」

 

「それは残念です。ですが、気が変わったら是非いらっしゃってください。楽しいパーティーになることは保証いたしますぞ!」

 

「そうね、考えとくわ。……それじゃ、飾り付け頑張ってね。」

 

適当な返事を返して、再び校長室に向かって歩みを進める。……フリットウィックには悪いが、ホグワーツのパーティーには私の居場所など無いだろう。今の私はもはや人外。所詮人間のパーティーには向かないのだ。

 

そうだな、もし紅魔館と同じくらい混沌としたパーティーがあれば参加するのもいいかもしれない。……まあ、有り得ないか。人外と人間が騒がしくはしゃぎ回るパーティーなど他には無いだろうし。

 

埒もない想像を切り捨てながら、パチュリー・ノーレッジは一つ肩を竦めて校長室に向かうのだった。

 

 

─────

 

 

「それで、これが第五の分霊箱というわけだ。」

 

ティーテーブルの上に転がる悪趣味なロケットを見て、アンネリーゼ・バートリは小さく鼻を鳴らしていた。さすがは秘密の部屋を造ったヤツの遺品だな。スリザリンにはアクセサリーのセンスまでもが欠けていたらしい。

 

クリスマス休暇中の紅魔館のリビングでは、美鈴と妖精メイドたちがクリスマスパーティーのために部屋の飾り付けをして……いないな。全員でリースをフリスビーみたいにして遊んでいる。真面目に料理を作ってるアリスとエマに怒られちゃうぞ。

 

どうやら先程まで監督していたブレーキ役の咲夜が居なくなったせいで、飾り付け部隊の秩序が崩壊したらしい。料理の方を手伝いに行ってしまったのだろうか? ……っていうか、ヒイラギのリースじゃないか、それ。紅魔館にそんなもん飾るなよ。

 

吸血鬼の館に魔除けを飾るとかいう意味不明な状況に呆れる私へと、同じ方向を同じ表情で見ているレミリアが返事を返してきた。

 

「その通り、スリザリンのロケットよ。なんでもブラックの実家の屋敷しもべ妖精が持ってたんですって。昨日ふらっと魔法省を訪れたダンブルドアが置いてったの。」

 

「徘徊グセがついちゃったご老人のことは置いとくとして……ブラック家のしもべ妖精が分霊箱? 何とも奇妙な話だね。リドルがブラック家に預けてたってことかい?」

 

ブラック家は数少ない例外であるアンドロメダ・トンクスやシリウス・ブラックを除けば、一族揃って筋金入りの純血主義者だ。しかし、リドルの有力な部下にはブラック家の人間はいなかったはずだぞ。血縁者が腐るほどいるからその繋がりとかか?

 

複雑すぎるイギリス魔法界の家系図を思って首を傾げる私に、レミリアは肩を竦めて否定の言葉を放ってくる。

 

「それが奇妙な話でね、どうも死喰い人に参加してたブラックの弟……レギュラス・ブラックが、リドルの隠した場所から盗み出したみたいなのよ。隠した場所にはトラップがいくつか仕掛けられてたんだけど、リドルが件のしもべ妖精をレギュラス・ブラックから『接収』して、トラップの『機能テスト』に使ったらしいわ。」

 

「まさか、それで怒って裏切ったってことかい? バカみたいな話じゃないか。」

 

「もちろんそれだけじゃないでしょうけどね。……ほら、あの頃って純血主義者の若い連中がリドルに憧れてたでしょ? それで死喰い人に入ってみたはいいものの、現実を知って打ちのめされたクチなんじゃないかしら。それがしもべ妖精の一件で爆発しちゃったとかじゃない?」

 

なるほど、それは確かに有り得そうなお話だ。『崇高なる目的』と現実の落差に嫌気が差したのだろう。とはいえ、大抵のヤツはリドルを恐れてそのままズルズルとって感じなのだが……レギュラス・ブラックは変わり種だったらしい。そこだけは兄と似ているな。

 

しかし、ブラック家の人間がしもべ妖精を気遣うとは。なんともお優しいヤツじゃないか。純血主義さえ抜きにすれば、ハーマイオニーと仲良くなれたかもしれんぞ。きっと『スピュー』に入ってくれるに違いない。

 

内心ではアホなことを考えつつも、顔には真面目な表情を浮かべて口を開いた。

 

「まあ、そこまでは分かったよ。それで、その分霊箱を何だってずっと取って置いたんだい? 自分で破壊出来ないならダンブルドアに送りつけるなり、キミに送るなり、どうにかすれば良かったろうに。」

 

「残念なことに、レギュラス・ブラックはロケットを盗み出す時に最後のトラップで死んじゃったみたい。……ダンブルドアでさえ死にかけたらしいし、卒業したてのガキじゃ無理もないでしょ? そして、今際の際に案内させてたしもべ妖精にロケットを破壊するように命じたそうよ。リドルや家族にバレないよう、内密にね。」

 

「ああ、そういうことか。それでしもべ妖精は分霊箱を破壊出来ず、誰にも言えず、今までずっと保管していたと。……正しく悲劇だね。」

 

哀れな話だ。主人の命を懸けた命令を遂行できないとは……そのしもべ妖精にとって、今までの十数年間は耐え難い苦痛だったことだろう。忠節こそが全てのしもべ妖精にとっては地獄のような日々だったはずだ。

 

若干の哀れみを感じる私を他所に、レミリアはやれやれと首を振りながら話を続けてくる。

 

「その後、紆余曲折あってダンブルドアがそれを見つけ、今まさに私たちの目の前に運ばれてきたってわけ。……ようやく一歩進めたわね。日記帳、ゴーントの指輪、レイブンクローの髪飾り、ハリー・ポッター、そしてスリザリンのロケット。判明した分霊箱はこれで五つ目よ。」

 

「後はハッフルパフのカップと、判明していない何かか。……もどかしいね。残り二個。少ないようで多いぞ、これは。」

 

パチュリーの予測が正しいのであれば、リドルは本人を含めた七つに魂を分けているはず。つまり彼が作った分霊箱は六個。そこに意図せず作られたハリーを含めれば、残り二個で合っているはずだ。……やはり問題なのは謎の一個だな。せめて作った時期を特定出来ないとどうにもならんぞ。

 

レミリアもそれは同感のようで、ソファに深く沈み込みながら首肯を寄越してきた。

 

「ロケットはパチェに送って調べてもらいましょう。ダンブルドアも独自に捜索してるみたいだけど……ハリー・ポッター自身と、最後の一個が難題ね。」

 

「面倒くさい限りだね、まったく。……一応言っておくが、条件が揃う前にリドルを殺さないように気をつけたまえよ? また延々復活を待たされるのは嫌だぞ。」

 

冷めた紅茶を飲み干してから言ってやると、レミリアはガバリと身を乗り出して捲し立ててくる。何だよいきなり。ビックリするだろうが。

 

「そこよ! そこがクソ面倒なの! リドルを殺さないように気を付けながら戦うなんて意味不明よ! ハンデマッチにもほどが……ねぇ、グリンデルバルドの方は大丈夫なんでしょうね? 随分と大人しいみたいだけど、動き始めたらリドルをさっくり殺しちゃったりしない?」

 

……なんか、有り得そうだな。後半を恐る恐るという感じで言ってきたレミリアに、ちょっと自信なさげに返事を返す。

 

「あー、そうだね。ゲラートには詳しく説明しておいた方が良いかもね。彼なら秘密を漏らす心配もないだろうし、近いうちに美鈴にでも……いや、私が行こう。美鈴だと適当な説明で終わっちゃう恐れがある。」

 

リースで火の輪ジャグリングをしているお馬鹿を見ながら言ってやると、レミリアも深々と頷いてから同意の言葉を放ってきた。きゃーきゃー騒いで拍手を送っている妖精メイドたちが喧しいな。

 

「その方が良さそうね。……とにかく、分霊箱に関しては魔女たちとダンブルドアにどうにかしてもらうしかないわ。私はひたすらリドルを足止めするから、あんたもきちんとハリーを守りなさい。」

 

「言われなくともそうするさ。そっちこそ、あんまりアリスを危険な任務に当てないでくれよ? ヤバそうなのは『捨て駒組』に回してくれたまえ。」

 

「うるさいわよ、親バカ。心配しなくてもアリスは大事に使うわよ。こっちの事情を知ってる貴重な戦力なんだから。」

 

「……ショックだね。キミにその台詞を言われるとは思わなかったぞ。今年一番のショックが年末に訪れた気分だ。」

 

親バカはお前だろうが。ジト目で睨み付けてから、大きく伸びをして立ち上がる。何にせよ一歩前進したのは確かなのだ。ジリジリと勝利に近付いている……と信じようじゃないか。

 

後でアリスには危ないことをしないように伝えることを誓いつつ、アンネリーゼ・バートリはお馬鹿門番のジャグリングをやめさせるために口を開くのだった。

 


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